あーし、三浦優美子は、葉山隼人が好き。
教室でもアピールしてるし、それはクラスのみんなにも伝わってると思う。
──ただひとり、隼人本人を除いて。
だから、あーしは決意した。
覚悟を決めた。
だって、三年になっても同じクラスになる保障はないし。何より文理選択なんて知ったことじゃないし。
あーしは、隼人しか見えないんだから。
だけど、あーしの乙女心は無残に散った。
告った時の、隼人の辛そうな顔。
それがあーしの恋の、エンドロールだった。
でも、もう少しだけ、好きでいても……いいよね?
隼人に振られてからのあーしは、一人で過ごす時間が増えた。
結衣や姫菜はあーしを気遣って、色々誘ってくれる。
けれど、戸部たちは腫れ物を触るような感じであーしを扱う。
それが嫌で、悔しかった。
昼休み。
春だというのに、購買のある校舎はまだ寒い。
ううん。寒いのは、あーしの心、かな。
人も商品も寂しくなった購買で、ミルクティーを買う。
──ひとりで飲んでも、あんまり美味しくないな。
ふと人の気配がした。
いや、人なのかな。
ロングコートに包まれたその見覚えのある肉塊は、ブルドーザーのように突進してきて、あーしを避けようとして、盛大にコケた。
瞬間、肉塊の手に握られた紙の束が吹雪のように舞って、冷たいリノリウムの床に落ちた。
肉塊は、泣いていた。
何がそんなに悔しいのだろう。
そんな米粒ほどの興味が、あーしを動かす。
「……なにしてんの」
肉塊はビクッと震える。
大きな図体で、まるで怯えた子供のように。
「す、すみません、すみません」
無様な四つん這いで、散らばった紙を必死にかき集めながら、肉塊は謝罪する。
何も悪い事なんてしてないのに。
冷たい床に散らばる、紙の一枚を拾い上げる。
これは……小説?
血界悪夢斬って、ブラッディーナイトメアって読むの?
ヘンな振りがな。
「これ、あんたが書いたの?」
肉塊は慌ててあーしが持つ紙を奪いに来る。
思わず条件反射でその短い手を躱す。
「か、返してくだされ!」
眼鏡の奥の瞳が、必死に縋り付いてくる。
なんで?
なんでこんなに必死なの?
そもそも誰かに読ませる為に印刷したんじゃないの?
ワケわかんない。
あーしは、散らばる紙を拾い集め、束にして肉塊メガネに渡す。
「廊下は走るもんじゃないし」
なんだそれ、あーしは風紀委員か。
なんなら風紀を乱す側なのに。
「か、かたじけない……」
へんな言葉。
紙束を渡すと、再び肉塊メガネはあーしに背を向けて走り出そうとした。
「あんた」
この時なぜ引き止めたのか、あーしにも分からない。
単なる気まぐれかもしれない。
でも、なんとなく放っておけなかった。
「あんた、名前は」
「ざ、材木座……」
「下の名前」
「よ、よ、義輝でござる」
「よし、
「あの、材木座なんですけど……」
丸い肉塊あらため材木が何かモゴモゴと言っているが、気にしない。
「あーしは、三浦優美子」
「ぞ、存じ上げてござる」
へー。
こいつ、あーしの事を知ってたんだ。ちょっと意外。
「ねえ。あんたって、恋愛小説って書ける?」
「いや、恋愛は……その」
「とりあえず、恋愛小説書いてきな」
なんであーしはこんな事を言ったのか。
きっと、自分の失恋を何かに置き替えてしまいたかったのだ。
他人事にしたかったのだ。
わかんないけど、そう思う事にした。
* * *
どういう経緯か、現在放課後の図書室にいる。
「ど、どうでしょうか」
「んー、ダメ」
我の向かいに陣取るのは、リア充女子の代表格といえる、三浦優美子。
八幡のクラスのトップカーストであり、獄炎の女王の二つ名をもつ、学年でも屈指のモテ系女子、なのだが。
どうしてこうなった!?
我は今、図書室にて三浦殿に短編小説を読んでもらっている。
三浦殿の発注は、恋愛小説。
我は自室の
「全然リアリティが無いし。それに何でいつもヒロインが突然裸になるの?」
「そ、それは
「わけわかんない。書き直し」
はあ、これで三度目の書き直しが決定である。
しかし、我はこの状況をそれほど悪くは思っていない。
目の前には、多少ワガママで辛辣だがリアルの金髪美少女がいる。
それだけでも我にとっては奇跡なのに、その金髪美少女は、我の作品を読んでくれるのだ。
我の様な書き手からすれば、夢の様なシチュエーションである。
「また書けたら読ませてもらうから」
三浦殿との時間は、ダメ出しを含めて三十分たらず。
しかしそれでも、泥と恥辱と脂肪に塗れた我が人生の中では、珠玉の時間だ。
リア充の気まぐれだとは思う。
けれど今は、その気まぐれに与えられた四半時を楽しみたいのだ。
悪いな八幡。
これからは、原稿を持ちこむ頻度がグンと低くなりそうだ。
フハハハハ!
「
「はひぃ!?」
「キモい顔してないで、書き直してきな」
ひどい。
やっぱリアルの女子こわい。
* * *
「材木、書き直し」
「もう七回目でござるよ……」
最近のあーしは、放課後になると材木座の小説を読みに図書館に通っている。
といっても、図書館にいるのはものの三十分ほど。
別にこいつの文章を読みたい訳じゃない。
だけど、材木座の小説を読んでいると、不思議と嫌なことを忘れられた。
変な言葉ばっかりでツッコミどころだらけの小説だからかも。
でも、悪くない。
材木座は、あーしみたいな素人のアドバイスをちゃんと聞いてくれる。
そして、次に読む時にはちゃんと反映させてくれるのだ。
打てば響く。
それが何とも嬉しかった。
けれどこれは、逃げだ。
自分の気持ちから、悔しさからの逃げ。
だから、もう一度決着をつける為に、あーしは行動する。
これ以上、
「材木」
「な、なんでござる、か」
「あーしね。もう一度、隼人に告白する。それで、終わらせる」
材木座は、何も言わずにあーしを見ていた。
* * *
三月中旬、放課後。
あーしは、もう一度隼人を手紙で呼び出した。
『放課後、あの屋上で待ってる』
隼人、来るかな。
来てくれるかな。
来てくれたら、もう一度ちゃんと言おう。
そして、前回言えなかった言葉も……伝えるんだ。
ブレザーの袖に冷たくなった手を隠して、ひとり屋上で待つ。
「寒い、な」
──既に三十分ほど待っただろうか。
日は傾き、あーしの身体はすっかり冷えて、なんだか情けなくなる。
スマホの画面を開いて、時計を見る。
あと、三十分。
それだけ待ったら、帰ろう。
最後に言いたいこともあったけど、もういいかな。
スマホをバッグに仕舞った時、運動場の方から大声が聞こえてきた。
「ふざけるでない!」
これ、
気がついた時、あーしは、弾かれるように走り出していた。
息を切らして運動場に辿り着く。
サッカー部の部室の前に、人だかりが出来ていた。
「貴様は、人の好意を何だと思っておるのだ!」
人だかりの中心で叫ぶのは、コートを羽織ったメガネの
その前で、隼人は項垂れていた。
「やめて!」
とっさに叫ぶ。しかし、あいつは止まらない。
「我はこんな奴だから、告白なぞした事もされた事もない。だが、行動を起こす勇気と覚悟だけは知っておる!」
あーしの為に、あんなに必死になって。
鼻水やら肉汁やら撒き散らして。
あーもう、汚いったらありゃしない。
「かの
思わず涙腺が緩む。
嗚咽がこみ上げる。
あいつ……いい奴だな。
「告白を断るのは仕方ない。貴様にも事情はあろう。だが、せめてしっかり、面と向かって断ってやってくれ。無視はな、一番
段々と
気が弱い、あいつ。
いつもあーしの一挙手一投足にビクッとしていた、あいつ。
それでも律儀にあーしのワガママに付き合ってくれた、あいつ。
それは、たった数日のこと。
それが、頭の中をぐるぐると駆け回る。
「……頼む、頼む葉山殿。せめて、もう一度ちゃんと」
「心を、想いを、
額をグラウンドに擦り付けて、あいつは懇願する。
あいつ自身のことじゃないのに。
どうして、ここまで必死に、なれる、の?
「どうか、どうか屋上へ……かの御仁の待つ場所へ」
「もう、もういいから!」
我慢しきれなくて、あーしは叫ぶ。
「もういい、もういいの」
丸くなったコートの背中を包むように抱いて、頬を擦りつける。
材木座の身体は、震えていた。
怖かったのだろう。
恥ずかしかったのかもしれない。
普段こいつは、ぼっちだ。
それなのに、こんな運動部のど真ん中に独りで乗り込んで。
あーしのために。
あーしの、ためだけに。
「み、三浦殿……どうして」
「あんたね、あんな大声で叫んでれば誰だって気づくってーの」
「大丈夫。元々葉山殿は、部活動に顔を出してから屋上へ向かう予定であったのだ。だから三浦殿は早く屋上へ戻って、葉山殿を迎える準備を」
あーあ、嘘が下手な奴。
でも、たまらなく優しくて、暖かい。
「もういいの」
「え、し、しかし……」
あーしの為に出してくれた勇気。
あーしの為に流してくれた涙。
それが、何より嬉しい。
だから、今度はあーしが勇気を出す番。
「隼人」
立ち上がって、項垂れる隼人に正対する。
伝えたかった言葉を、伝える為に。
「隼人……」
──ダメだ。
あーしの勇気だけじゃ、まだ足りないみたい。
蹲る材木座を見遣る。
とても真剣な目で、あーしを見つめてくれていた。
こいつがこんだけしてくれた。
それを、無駄には出来ない。
だから。
あんたの勇気、少しだけ借りるね。
材木座の目を見つめたまま、少しだけ頷く。
隼人に向き直り、胸一杯に息を吸い込む。
さあ、準備はできた。
あとは、想いをぶつけるのみ。
「隼人、今まで好きでいさせてくれて、本当にありがとう」
あーしを見る隼人は、呆気に取られた顔をする。
また告白されると思っていたのだろう。
けれど、あーしの恋は、ここで終わらせる。
ざまーみろ、隼人。
隼人に背を向けて、今度は材木座に視線を送る。
「い、良いのでごさる、か?」
「あー、いいのいいの。言いたいこと、ぜんぶ言ったし」
ニカッと笑ってやると、つられた材木座も笑う。
「スッキリした顔でごさるな、三浦殿」
「まあねー」
材木座の腕を引っ張り上げ……って重いよあんた。
ちょっとはダイエットしな。
「さ、行こう。さっさと小説出しな。あーしがまた、ダメ出ししてやるから」
腕を引いたまま、図書室へと歩を進める。
「ふえぇ、お手柔らかに頼むでござる」
「ダメだね。あーしを満足させなきゃ許さないし」
お手柔らかに、なんて出来ない。
だって、こんだけあーしの心を動かす奴が、面白い物語を書けない筈ないし。
だから、
覚悟しといてよ。
あーし、ワガママだからね。
了