晩秋の冷たい風が肌を刺す。ただでさえ人口密度の低い場所を好むぼっちにとっては明らかにオーバーキルだ。
大学からの帰り道、俺は手をポケットに突っ込みながら身体を縮こまらせて歩いていた。
「……寒っ」
来月にはクリスマスだからか、既にイルミネーションで飾っている店舗がやたらと目につく。まあ俺には関係ないが。大学生になったら彼女が出来るとかあれ嘘だからな。良い子は信じちゃダメだぞ。
太陽が傾き空がグラデーションを描く。西の空は燃えているように赤く、あの熱が外気を暖めてくれたらいいのになんてくだらないことを考えた。
歩くこと十数分。俺は一人暮らしをしているアパートに辿り着く。二階建てのそこは最近建てられたもので外観が小綺麗であり、部屋もこれといった弊害はない。俺が一人だとどんどん散らかっていくが。
……俺が一人だったら、な。ひんやり冷たいドアノブを捻ると、何の抵抗も無くガチャリと音が鳴る。
鍵は掛けて出たはずだが、まあ予想通りだ。どうせ今日も居るんだろう。
俺は靴を脱いで居間へと進む。カレーの匂いが漂っていた。
「おかえり、比企谷」
「ん」
「今日もただいまを言ってくれないのか。せっかく俺が来てるっていうのに」
「お前毎日来てるだろうが……」
「そんなことないだろ? 今週に入ってまだ四回目だ」
「今日は木曜日だボケ」
しかも先週は七回。意味がわからん。
爽やかスマイルを浮かべながらカレーを煮込む金髪のイケメン。キッチンに立っているのは高校の頃からの付き合い付き合いである葉山隼人。
こんなことを言うのは死ぬ程気持ち悪いが、大学生になってからこいつはなぜか俺の家に毎日顔を出すようになった。
「そこは通い妻って言って欲しいんだけどな」
「自分で言うな。そしてさらっと思考を読むな」
俺は溜め息をつきながらカバンを置き、ズボンとパーカーを脱ぎ捨てる。パンツにTシャツ。これが家だと一番楽だ。
キッチンで鼻歌を歌いながらカレーをぐるぐるとかき混ぜる葉山。どこか楽しげな様子は高校の頃には見たことのない姿だ。
「そういや今日は持ってきたんだろうな」
「マッ缶がなかったからコピルアックを持ってきたよ」
「それ猫のフンのやつじゃねえか何持ってきてんだお前」
「高かったんだからな? そう言えば比企谷の家ってコーヒーメーカーあったっけ」
「一応な。てかお前が置いていったんだろうが」
着替えと一緒にな。何が悲しくて男の着替えなんざ家に置かなければならないんだ。
「それは良かったよ。さて、カレーも出来たからそろそろ食べようか」
火を止め皿にカレーをよそう。見慣れた光景だ。
葉山は飯や洗濯、掃除までやってくれるため俺にとってはありがたいことこの上ない。俺だけだと飯は惣菜で洗濯は週に一回、掃除なんざ小町が来る時にしかしないからな。追い出したら多分俺が死ぬ。
そんな時、玄関からドアの開く音がした。
「ただいま八幡!」
「おかえり、戸塚」
返事をしたのは俺ではなく葉山。丁度カレーをテーブルに並べていた時だ。
「……何で葉山君がここにいるの。ここは八幡の家だよ」
「そりゃ俺は通い妻だからな。……いや、通い夫かな?」
「ふぅん。ねえ八幡。その役目、僕じゃダメかな?」
「勿論良いぞ。俺が戸塚のお願いを断るわけがないだろ」
「比企谷!? これまでの絆はどこに行ったんだ!?」
茶番を繰り広げながらも葉山はもう一人分のカレーをよそいにいく。このやり取りももう何度目かわからない。やはり俺の男しかいないラブコメは間違っている。なんてな。
カチャカチャと皿とスプーンのぶつかる音が響く。この沈黙も何度目だろうか。葉山と戸塚、高校の頃は仲も良好だったはずなんだが……。
「なあ葉山。そう言えばお前今サッカー部に入ってるんだよな」
「ああ。大学のサッカー部はやっぱりレベルが高いよ」
「んで戸塚はテニスサークルだったか」
「僕は部でやっていける程強くはないからね。高校とは心機一転、楽しくやっていこうって思ったんだ」
「当然、そういう組織に属していたら飲み会とかあるんだよな。俺は入ってないから知らんが」
「まあ、僕のところはそうだね。今日もあったはずだよ」
「俺のサッカー部もチア部とよく合コンしてるね」
「……何でお前ら、俺ん家に居んの?」
「「来たいから」」
「ああそう……」
答えになってねえよ。戸塚はたとえ世界を滅ぼしても俺だけは肯定するつもりだが、葉山。お前は何故俺ん家に入り浸ってるんだ。あれか、合コンに来られたら軒並み持って行かれるとかそういうやつか。
「俺は比企谷に会いたいから来てるんだけどな」
「だから思考を読むな」
「あ、そうそう今日は泊まるから。明日は休講が重なって全休なんだよ」
「勝手にしろ」
「は、八幡! 僕も泊まりたい!」
「良いけど着替えあんのか? 葉山は家に置いていってるから大丈夫だが」
「じゃあ僕は八幡のパンツを履くよ。良いでしょ?」
「勿論だ」
「!? じゃ、じゃあ俺も……!」
「お前は自分の着替えがあるだろうが気色悪い」
おぞましい発言をする葉山にツッコミを入れる。そんな冗談を言うやつじゃなかっただろうがお前。海老名さんが見たら失血死するぞ。
……にしても。本当、何故こんなことになってんだろうな。
家で寝続ける葉山を置いて俺は一人大学へ行く。人が寝てる中大学に行くのとかマジクソだわ。明日もし寒かったら自主休講。これは決定事項だ。
寒い通学路を抜け、暖房が効いた大教室へ入る。講義開始の七分前なのでがやがやとしており、前の方に空いてる二人席のうち片方に腰を下ろす。俺みたいなぼっちは後ろの席を取れない。何故ならお友達同士で来ているヤツらが占拠するからだ。べ、別に羨ましいとか思ったことないんだからねっ!
イヤホン装着、スマホ装備、これで完璧だ。周りに人と関わりたくない系ぼっちの完成。万が一にも「隣良いですか?」とか訊いてくるやつはいなくなる。
そんなことを考えていると、不意にイヤホンが片耳から引っこ抜かれる。え、何怖い。
「あーし隣座るから」
「あーしさんか……」
「誰があーしさんだし」
渋々イヤホンを取りながら隣に目をやる。
金髪縦ロールで黒い服を来てるあーしさん。俺も今黒いパーカーを着てるせいで何かペアルックみたいになってるな。
こいつは何故か俺と同じ大学で同じ学部、何ならゼミまで同じの運命の相手みたいなやつだ。色々被りすぎだろ。
「お前は今日もぼっちか」
「ヒキオに言われるとかあーし死んでもいいかも」
「月は別に綺麗じゃないぞ」
「あーしのことブスって言ってんの? 死にたいわけ?」
獄炎の女王様から外気より冷たい視線で睨まれる。怖すぎて漏れそう。
三浦のことは一年生の頃から同じ大学だと知っているが、誰かと居るところは一度も見たことがない。曰く友達になりたいやつがいなかったとのことだが、実際のところはわからない。まあ興味もないんだが。
講義開始まで残り二分程度。俺と三浦は何かを話すわけでもなくスマホを弄っていた。
……何か後ろがざわついてんな。何かあったのか?
「どしたしヒキオ」
「いや、何か後ろうるさくないか」
「元々でしょ」
「それが余計うるさくなったというかだな……」
「はぁ、はぁ、比企谷……。お前教科書忘れていくなよ……!」
「あ? ああ、葉山か。だから後ろざわついてたのか」
「はっ隼人!? 何でここに居んの!?」
外は冬も近いというのに汗が光る葉山。ここまで走ってきたのだろうか。
ちなみに隣のあーしさんは顔を真っ赤にして、こちらも晩秋だというのに暑そうに顔をあおいでいた。お前ら季節感ゼロかよ。
「比企谷……、俺が机の上に教科書置いてたの気付かなかったのか?」
「いやお前寝てたし」
「先に起きて今日の分を用意してたんだよ。その後は寝てたけどさ」
「ああそういう。わざわざすまんな。ほれ、はよ帰れ」
「その前に待つしヒキオ! なに、何でヒキオと隼人が仲良さそうにしてるの!?」
驚きながら三浦は俺と葉山を忙しなく交互に見る。確かに片や元スクールカーストトップと片やスクールカーストド底辺だ。共通点なんざ見つかるはずもない。
「優美子、久しぶりだね」
「あ、うん、久しぶり……じゃなくて!」
「とりあえず比企谷、教科書は届けたから帰るよ。まだ寝足りないんだ」
「誰の家に帰るつもりだ」
「比企谷の家に決まってるだろ? 荷物も置きっぱなしだし」
「ん。あと今日四限までだから夜飯頼むわ」
「了解。夕飯はドライカレーにしておくよ」
「昨日の残りか。まあ何でも良い」
「だから待つし! ふ、二人ってそんなに仲良かった!? ……とりあえずヒキオ、ちょっと外出るよ!」
「いや今から講義だろ」
「出席取らないから同じ! ほら早く!」
ぐいぐいと俺の腕を引いて外に出ようとする三浦。まあ確かに俺と葉山が仲良いとか天変地異の前触れにしか思えないからな。気持ちは分からなくもない。
俺はカバンを手に取り、連れられるがまま教室を出た。
移動した先は空いていた教室。葉山は寝なきゃ死んでしまうと言って一足先に帰り、俺は机を隔てて三浦と向かい合っていた。
何かこういう構図は学園ラブコメにありそうだな。放課後クラスメイトが帰ってから二人だけ残って他愛もない話をする。現実は男二人が謎に仲が良いからという汚い話を問い質されるだけなのだが。
「で? ヒキオいくら隼人に積んだし」
「何の話だよ」
「金」
「友達料金ってお前な……」
何なら向こうが払うレベルだ。俺自身葉山の家に行ったことは数回しかない。言っても信じそうにないけどな。
「ねえわかってる!? ヒキオ、アンタさっき隼人と付き合ってるみたいな感じだったからね!?」
「気色の悪いこと言うなよ」
「だって何かずっと一緒にいる感じだったし! 二人が付き合ってるとかありえないから!」
「まあそりゃ相手は男だしなぁ……」
「アンタ状況わかってんの!? これ浮気だからね!?」
「浮気ってお前……」
三浦は興奮しながら俺を糾弾する。そんなつもりは毛頭ないのだが。
しかし何故三浦がこれ程取り乱して怒っているのか。
その理由は──
「──ヒキオはあーしと付き合ってるんだからね!?」
これは誰にも言っていないが、俺は三浦と恋仲にある。うちの大学の一年生になってからすぐ、三浦は適当に入ったサークルの先輩に言い寄られて困っていた。そこをたまたま通りがかった俺が
ただし付き合いだしたのは今年の夏の終わり頃から。なのでまだ家デートなるものはしていないため、葉山との仲が知られていなかったのである。
「お前と付き合うくらいだ、当然ノーマルに決まってんだろ」
「でもさっき教科書の用意とか昨日の残りとか、ずっと一緒にいるみたいに……!」
「アイツが毎日勝手に俺の家に来るんだよ」
「あーしのことは家に入れてくれたことないくせに!」
「それはまだ早いっつうか……」
「隼人は入れるのに!?」
「アイツは男だろ」
何をこいつはこんなにヒートアップしてるんだ。本気で俺が葉山とそういう関係にあるって思ってんのか。心外にも程がある。
「……今日の夜あーしもヒキオの家に行くから」
「え、でもお前俺の今日ラストの講義の後にも何かあっただろ」
「あんなもん飛べば良いだけだし!」
「出席取るやつだろうが……。まあ良いけど」
葉山はいつも戸塚の分まで作るため結構量がある。一人飯を食べるやつが増えたところで特に支障はない。
「……んで、この後どうする? 今更講義に戻るのも面倒だろ」
「カラオケ行きたい」
「ん」
俺は短く返事をして立ち上がる。講義を飛んでカラオケとなると、昼までと考えるたら大体二時間くらいだろうか。
……結局、今日早く起きた意味なかったな。自主休講にしておけば良かった。
拝啓、愛する小町へ。お兄ちゃんは今修羅場のど真ん中にいます。
事の発端は一緒に帰ってきた三浦が中にいた葉山と何故かくつろいでいた戸塚に向かって「こんばんはーヒキオの彼女の三浦優美子でーす!!!」と敵に向かってダイナマイトを投げるような牽制をしたせい。てか何でそれで空気固まるんだよ。この場に女は俺の彼女しかいねえぞ。
「嘘……嘘だよね、八幡……?」
「俺の彼女は戸塚だけだ」
「ちょっとヒキオ!!!」
「冗談に決まってんだろうがって痛い痛いつねるな」
「八幡は、僕のことが嫌い……?」
「愛してる」
「さっきカラオケでめちゃくちゃイチャイチャしてくれたくせに!!! あれは遊びだったってわけ!?」
「んなわけねえだろ!?」
とんでもないことを言い出す三浦。てかカラオケでのこと言うなよ恥ずかしい。それもお前が求めてきたから乗っただけだろうが。
「ヒキオも満更でもなかったくせに」
「何? お前らはデフォで読心術出来んの? ぼっちが知らないだけで普通はみんな出来るもんなの?」
「比企谷、そうだったのか。俺はてっきり優美子とは仲の良い友達だとばかり思っていたよ」
「逆に一緒にいることは知ってたのかよ」
「そりゃ大学までつけてた時とかに……んんっ! 酔っ払った時とかに言ってたよ」
「おまっストーカーとかマジやめろよ何だ今の」
男が男のストーカーとか地獄絵図じゃねえか。気持ちの悪いイケメンだ。
「とにかくヒキオはあーしの彼氏だから。手出さないでよ」
「八幡……」
「さっきから俺を求めてくれるのは嬉しいけど、戸塚は別にネタでやってるだろうが。三浦はマジで勘違いするからやめてやってくれ」
「あ、そうなんだ。ごめんね三浦さん」
「え、あ、そうなの?」
「僕は別にホモじゃないよ」
「生々しい言葉を使うな……」
「あはは! ごめんごめん、三浦さんもごめんね?」
「えっと、まあ恋敵じゃなかったら何でも良いけど……」
冗談と聞いてすっと矛を収める。別に束縛が激しいようなやつでもないし、現状把握が出来たらこうなることはわかっていた。これでひとまず一件落着だろうか。
「ねえヒキオ。隼人もそうなの?」
「ああ。まあ葉山は戸塚と違って家政夫みたいな感じだけどな。飯も作れば掃除もしてくれるし、何なら洗濯もやってくれる」
「隼人、嫌ならやめていいからね。てか自立出来てないのならあーしが自立させてやるし」
「恐ろしいことを言うなよお前は」
「……ううん、良いよ。俺が好きでやってることだ」
三浦の言葉に葉山はうつむき加減で返答する。どこか影を纏っているのは何故だろうか。
「ごめん、ちょっと外の空気を吸ってくるよ」
俺の自問に答えが出る前に、葉山は足早に玄関へ向かった。財布も持たずにどこに行くのか。残された俺達は暫くの間無言だった。
「……この場に僕は邪魔かな。今日は帰るよ」
「飯くらい食って行っても」
「ううん。それはまた今度ね。じゃあね、八幡」
「ん、そうか」
戸塚は隅に置いていたバッグを持って部屋を出ていく。
途端俺と三浦は二人きりになり、何とも言えない空気が流れた。
暖房を効かせているためか、何となく空気が悪い。
「三浦、窓開けて良いか」
「え、寒くない?」
「二酸化炭素溜まってる感じするだろ」
「それって人間にわかるものなの?」
「……開けるぞ」
「んー」
俺みたいな理系壊滅の文系に向かってその返しは刃物より鋭い。何となく空気が悪いってわかればそれで良いんだよ。
窓を開けると冷たく刺すような風が部屋へ入ってくる。一瞬で身体が縮こまった錯覚を覚えた。
「寒っ。これもうコタツいるな」
「あーしの家コタツないからこっちに住もっかな」
「葉山と戸塚が泊まらない時ならな」
「は? あーしより男二人を優先すんの? ホモ?」
「だからホモじゃねえって。……、お前は俺が彼女と男を一緒にすると思ってんのか」
「あ……」
言いたくなかった恥ずかしい理由を口にする。窓開けたってのに何で暑いんだよ。地球温暖化か。
「……そういや葉山のやつ、着の身着のままで出ていったよな」
「ふふっ、わかりやすく話逸らしたし。まあ隼人は何か急いでるっぽかっしね。こんな寒空の中だとめっちゃ寒そう」
「……はぁ、面倒臭ぇな」
俺は重い腰を上げてコートを着る。手にはもう一着のコート。これも葉山が俺の家に置いていったものだ。
「行ってくる」
「はーい。暗くなる前に帰ってくるし」
「オカンかよ」
軽口を叩いて俺は玄関へ向かう。三浦も止める様子はない。
……本当に、葉山のやつ。何を考えてこんな寒い中外に出ていったんだ。
俺の家の周りは大学生が住むアパートが密集しており、腰を下ろせるような場所なんてほとんどない。
ただ一つ、休める場所と言ったら近くにある公園くらい。さっきも言った通りこの近くに住んでいる人間の割合は大学生がほとんど全てを占めるため、いつ来ても閑散としている。冬なんて特にだ。
だが今日は、一人ベンチに座る人影が見えた。見慣れた金髪が俯いている。間違いない。
「葉山」
俺は近くへ行って呼びかける。顔を上げる様子はない。
「ほれ。コート持ってきたぞ」
応答がないので続ける。だがそれでも動こうとすらしない。
俺はやや強引にコートを葉山はに羽織らせてやると、そこで初めて動きを見せた。
──鼻をすする音。例えばそれは、泣いている時に聞こえるような。
「……比企谷、頼むから俺に優しくしないでくれ」
「流石に見てられないだろ。この寒空の中よくそんな軽装で出ていったな」
「……そういうことじゃない」
「なら今朝の借りを返しただけだ。教科書届けてくるとかどんだけ過保護だとも思うが」
「そういうことじゃないんだよ!!!」
「っ!」
顔を上げ俺に向かって大きな声で怒鳴る。
その顔は、何故だか涙に濡れていた。
「……俺はもう、比企谷の家には行かないよ」
「お前、何で泣いて──」
「相変わらず、残酷なことを言うね。君は」
思わず呼吸が止まる。
比企谷ではなく、君。たったその一言で離れた距離は、いつかの高校生活を思い出させた。
「こうなることはわかっていたよ。君は良いやつだし、そんな男を周りの女の子達が放っておくはずがない。もっともそれは雪乃ちゃんか結衣、もしくはいろはだと思っていたけどね」
「お前、それは」
「にしても優美子か……。確かに考えてもみたら、君達はお似合いだよね。相性も良さそうだ」
「……」
「ああ。そうだよ。俺はお前のことを恋愛対象として好きだった」
初めて自ら明言をする。
正直、今までに一切そういう気配を感じたことがなかったと言えば、嘘になる。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれることはとてもありがたかったし、ぼっちだった俺には知らない距離感の相手なのかもしれないと思っていた。
だけど、俺はそんな
「……本当のことを言うとだな、葉山。俺はその事実に見て見ぬふりをしてた」
「あはは、そっか。流石に露骨すぎたかな」
「こんなことを言うのは恥ずかしいんだが、お前は俺の中で初めて、友人に思えた人間なんだ」
「戸塚がいるだろ」
「戸塚はなんつーかアイドル的な……、要は対等な付き合いとして、お前が初めての俺の友人と感じていた」
「はは、光栄だな」
いつしか葉山の涙は乾き、平時の様子に戻っている。
それが上辺だけなのは、特に何か確認をするまでもなく理解出来た。今度は甘えない。
「俺の好きな相手は三浦だ。付き合ってるしな」
「うん」
「だから、すまん。お前の気持ちには応えられない」
「……ありがとう、比企谷」
「恨まれこそすれ、感謝なんてされる理由がない」
「そんなことないさ。はっきり断ってくれることがどれだけありがたいか」
「……そんなもんか」
「ああ。そんなもんさ」
木枯らしが吹く。風は底冷えしそうな程で、俺は身体を小さくする。
「なあ比企谷。最後に一つだけ良いかな」
最後。俺は特に口を挟まず、続きを待った。
「荷物なんだけど、また改めて後日に取りに行って良いかな」
「今はダメなんだよな」
「……今優美子を見たら、俺はまたこうなってしまうよ」
「そうか。わかった」
「じゃあね、比企谷」
葉山はそう告げてベンチを後にする。小さくなっていく背中は外の冷気も相まって、とても弱々しく見えた。
恐らくこれからはもう、荷物を取りに来る以外は来ないのだろう。いつものような軽口も、アイツの作った飯も、脱ぎ捨てた服を咎められることもなくなる。
そう思うと、何かよく分からないものが俺の全身を突き抜けた。
「ヒキオ。こんなところにいた」
後ろから声を掛けてきたのは俺の彼女、三浦の声。背を向けているため姿は見えないが、間違えるはずもない。
「どしたし、ずっと前向いて」
「……さあな」
「? 変なヒキオ」
何でもなさそうに三浦は俺の手を握る。冷えた手が俺の手の熱を奪っていく。
「あれ、隼人は?」
「帰った」
「そっか。じゃあ二人きりだし」
三浦は心做しか嬉しそうに呟く。
三浦の言う通り、二人だ。これからは恐らく、ずっと。
「……やっぱ何かあった? 大丈夫?」
「大丈夫だ。ほら、帰るぞ」
「わっ、急に手ぇ引かないでよ」
「てかお前手冷たすぎんだろ。爬虫類かよ」
「マジでそう見えてるならヒキオが性癖異常者なんだからね」
軽口を叩きながら家路を辿る。
帰りに見た木は、一切の葉も残していなかった。