剣鬼の軌跡   作:温野菜

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第11話

早朝、階下に降り風見亭の食席の間にリィンたちは集合していた。サラは昨日の内にB班の元へと向かった。ラウラは昨夜のこともあり、少し陰鬱な表情をしていた所をアリサ、エリオットらに気に掛けられていたが本人が問題無いと言った以上、2人共に口を噤むのであった。

 

そこに歩いて近寄ってきた女将が元締めから預かっていた依頼をリィンたちに一声掛けて手渡した。手渡された紙に書かれている内容はこれである。

 

特別実習・2日目。

実習内容は以下の通り。

西ケルディック街道の手配魔獣。

落とし物の財布。

 

であった。依頼の数は想像よりも少なく、リィンたちが今日帰ることも合わせての元締めの気遣いだ。列車も夜9時までならトリスタ行きがあるという女将の言だ。彼らは早速行動しようとするが風見亭の店子の1人が扉の音を大きく立て駆け足で女将に近寄る。女将もそれを咎めた。店子も1つ謝罪し、続けて大市の方で事件が起きたと声を荒げる。

 

事件という一言に疑問符を一同は付ける。アリサは店子に尋ねる。どうやら大市の屋台が壊され、おまけに商品も盗まれたのだ。

 

この事を聞いたリィンは恐らく3人は首を突っ込むと推測する。普段なら余計なことに時間を使うなと言いたくなるだろうが彼は昨日の内には意識を切り換えていた。

 

そもそもな話、士官学院に居る以上は自分の時間は縛られ、自身も了承したはず。どうにも自分は飽きっぽい。今更ながら其れに文句を付けようなど家族等に申し訳ないと考えた。楽しめば良い。やりたいようにやる。臨機応変。これでいいじゃないか。まだ自分は軍人では無いのだから、そこまで規律を守る必要は無いだろう、リィンはそう考えたのだ。

この切り換えの速さは、他の人間にしても見習うべきところがあるだろう。

 

リィンたちは風見亭から出て、店先から少し離れる。

 

「……ど、どうしよう?」

 

「ふむ……さすがに気になるな。」

 

ラウラは内心忸怩たる思いがあるがそれを表に出さないようにしている。

 

「とにかく近くだし、様子を確かめたいわね。…リィンはどう思う?」

 

「貴女たちがしたいようにすればいいですよ。今の自分がどうしたいのか。」

 

エリオットはリィンがそんなことを言うとは思わず驚いた表情をする。アリサはその言葉に嬉しく思い頷く。…ラウラは皆に悟られないぐらいでリィンから視線を反らしている。

 

「そうね。先ずは大市へ行って見ましょう。」

 

リィンたちは大市へと歩いていく。途中、通りすがりに耳から入ってくる声に事件が起きたことの真偽を確かめる者、大市が開いていないことに戸惑う者と多々にいた。

 

大市の門前に到着すると商人の1人が大市を開いていないことを告げる。が、あちらはリィンたちが昨日の士官学生だと気付いたようだ。お互いに挨拶をする。

 

やはり盗難事件により大市が遅れているようだ。今も被害者の商人たちが揉めているのこと。たち故に複数の被害なのかと商人の言葉からリィンは読み取る。

 

話し込んでいた所に怒号が響く。リィンはその声に聞き覚えがあった。元締めも仲裁しているが収まらないようだ。

 

「…昨日の商人の方々がまた言い争っているようですよ。皆さんはどうしますか?」

 

「昨日の人たちが…!」

 

「…私たちに任せて貰えないでしょうか?」

 

アリサは毅然とした表情に力の篭った声で商人へ告げる。昨日の対応もあり商人も任せても問題無い、寧ろ元締めの助けになるかもと了承した。

 

徐々に近付いていくとお互いに抑えが聞かないのか聞くに耐えない罵詈雑言を吐いている。元締めは2人を落ち着かせようとしているが余り効果は見受けられない。

 

4人は2人の間に入り込む。リィンは既視感を覚えた。昨日の再現だから当然だった。元締めもリィン一行等の登場に救いを感じたみたいだ。ここにきてリィン一行はこの2人が言い争っていたことが理解できた。ここからでも分かるくらいに2人の屋台は店の運営が不可能なほどに壊されている。

ラウラは言い争っていたところで壊れた物は元通りにならないと2人を諌める。だがそれでも収まらない。商品すらも盗まれて気が立っているのだ。

 

そこに冷や水を掛ける男の声だ。領邦軍。その者等である。彼らは2人の商人を暗に脅迫し、その場を無理矢理に締め括ったのだ。これは誰が観てもおかしい。明らかに領邦軍はこの件に関係してる。

 

元締めに事件の捜査を申し出てリィン一行等は情報収集を始めた。1つ、盗まれたものは帝都で流行っているブランド品に保存の効く加工食品。

 

2つ、自然公園の管理人をしていた男が突如クビにされ若い男たちが管理することになった。そのクビにされた男が昨夜、道端で自棄酒を飲んでいたところ、木箱などを抱えた新しく管理する男たちを見かけたこと。

ルナリア自然公園。広さもあり盗品を隠すには打ってつけである。だがリィンたちは依頼もあった。故にリィンがルナリア自然公園へ先陣を切る。そして他の者たちは依頼をこなしたら随時来ることになった。時間を掛けて既に盗品も実行者も見当たらなかったと為れば話にならない。

 

そしてリィンはいま西ケルディック街道を駆けている。だがその速度がおかしい。彼は次々と景色を駆る。対比に導力車と競争すればためをはれるほどの速度である。あっという間にルナリア自然公園の門前へと到着する。

 

柵を飛び越え、公園内部に入る。眼前の自然公園の様相は森を放蕩させる。ルナリア自然公園は古代の精霊信仰における精霊を鎮めるための場所。いわば鎮守の森だ。といっても今のリィンには関係の無い話である。

彼は木々がないかの様に進み、ときおり精霊信仰の名残の小さな石碑が見受けられる。そして数人の気配をたどり、とうとう木箱やアクセサリーなどを手にして愉悦の顔を浮かべていた男たちの眼前にリィンは到着した。

 

唐突に現れたリィンに男たちは硬直した。彼はそんな男たちを無視して言葉を紡いだ。

 

「それがあの2人の商人から盗んだ物でしょうか?返して貰います。」

 

男たちは鼻で笑った。餓鬼が何を言っている?渡すわけ無いだろうが。自分たちの得物、ライフルを構える。腕や足の一本、撃ち抜き、それを視て笑ってやろうと考えたのだ。そして彼等は自分たちの命で戦端を開いたのだ。

真紅。紅く染めた流水が煌めいている。両隣では質量のある物が落ちた音がした。男はそちらに目をやる。それは男の仲間だ。首から上が無くなり、少し遠くには何が起きたのか分からないのか間の抜けた表情した仲間の頭だ。

 

「…………あっ?」

 

男も間の抜けた表情する。突拍子がない。理解が追い付かない。それでも時間は経つ。呼吸が荒くなる。男の口から過呼吸染みた呼吸音が聞こえる。

 

「っっっっ!!!」

 

声にならない悲鳴が洩れた。いつの間にか、男の目の前にいるリィンが刀を握っている。だがその刀には血の一滴も付いていない。

 

「ああ、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。貴方だけは生かしてあげます。自分で商品を盗んだと証言して貰わなければ困りますから。」

 

男を落ち着かせるような声色でリィンは言う。だが落ち着くわけがない。男1人を残して全員殺しているのだから。

殺すことはリィンにとって、やり過ぎではない。そもそも武器を自ら手にしたのはあちらの方で彼は情けを掛けたりしないのだ。彼は実力があるから、殺さずに無力化するべきという発想がでない。

 

武器を手にした以上、殺されて文句は無い。そう認識しているのだ。そこに更に場を混沌させる者たちが来た。領邦軍である。恐らく実行犯である男たちと接触するつもりだったのだろう。この両者は元々結び付いていたのだから。

それが更なる流血を招きかねない。

 

「これは…何事だ!」

 

領邦軍隊長が声を大いにして言った。今しがた来た彼等の眼前にあるのは士官学生服を着たリィンに腰を抜かした男、最後に数人の首無し死体である。領邦軍隊長を含め隊員、全員が顔を青ざめた。

「領邦軍の方々も来たのですか。先ほど商品を盗んだ男を捕まえましたよ。」

 

リィンは腰を抜かした男を指差す。

 

「これは…貴様がやったのか…?」

 

「ええ、そうですよ。彼等が俺に対してライフルを発砲しようとするから、思わず刀を抜いてしまいました。恥ずかしながら、どうにも抑えが効きませんでした。」

 

リィンは少しだけ苦笑した。領邦軍隊長は男たちを殺したことに意も介してないリィンの姿に恐怖する。だがこのままでは腰を抜かしているあの男は色々と喋るだろう。

 

ならばむしろ、この士官学生が盗んだと証言させ捕まえようと領邦軍隊長は考えた。

所詮は学生。学生ごときに殺されたあの男たちと我らは違うのだ。領邦軍隊長を腕を上げ、部下の隊員たちに武器を構えさせる。

 

「貴様を殺人、窃盗の罪で拘束する。大人しくしろ。」

 

領邦軍隊長の言葉にリィンは少し考える素振りをする。

 

「これは、――困りましたね。捕まるなんて面倒事は嫌いなんですよ。―だから斬らせて、もらいます。」

 

即時即決。リィンは領邦軍が自分に敵対したと認識した。だからこその必然。その殺意に領邦軍等は恐怖にする。彼等は本気の殺意など受けたことがない。何故ならアルバレア公爵家が後ろ楯にあり、皆それに萎縮するからである。いわば真っ向から敵対する者がいない権力による温室育ちである。

 

リィンは今にも刀を抜こうとすると――。

「待ちなさい!」

軍服姿をした女性が声で割り込むのであった。

 

余談だが笛を持った1人の男が一瞬にして数人の首を飛ばしたリィンの技量を視て逃げ出していた。それを誰だかは言わない。

 


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