剣鬼の軌跡   作:温野菜

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第12話

まだリィンが偽管理員の男たちと衝突していない時間に戻る。話し合いによって、リィンが先行しアリサ、エリオット、ラウラの3人が依頼を片付け、その後にルナリア自然公園に行く。

 

その3人は思いの外、速く依頼が片付いていた。落とし物の依頼は旅行客である女性に直ぐに手渡すことが出来て、今は手配魔獣ズウォーダーの討伐である。

 

このズウォーダーは獰猛な猛禽型の魔獣であり、その巨体からの翼で繰り出される竜巻は獲物を巻き上げ、鋭い爪で鷲掴みにし、噛み殺すのだ。故に危険な魔獣と指定されている。

 

いくら街道の導力灯が魔獣避けの役割を果たしているとはいえ、誰だってそんな魔獣が傍にいる街道は通りたくないのだ。

そして3人は連携を組み、ズウォーダーへと挑み掛かった。先ずはアリサによる導力弓の一矢だ。それは苦もなく魔獣は躱す。魔獣とて当たると分かるものを避けたりする知能はあるのだ。

 

だがそれは牽制だ。そこに躱したと思っている魔獣の間合いにラウラが詰め寄る。その表情は鬼気が迫る顔をしており、一撃もまた破格だ。ラウラの袈裟懸けの一刀両断。

 

この一刀両断は少なくともケルディック街道にいる魔獣なら、この一撃で終わる。だがこの手配魔獣は巨体だ。故にまだ死なない。ラウラをその足で捕まえようとする。

 

そこにアリサが弓矢を連射する。一矢、二矢、三矢と。故に魔獣はラウラから離れるしか無かった。その離脱も傷によって巧く身体を動かすことが出来ないのか弓による一撃を貰っている。

今までアーツを駆動していたエリオットが駆動を終える。【ニードルショット】。鋭く尖った岩石が魔獣の巨体を貫く。この一撃で致命。魔獣は地面へと倒れ伏したのであった。

 

3人は魔獣を倒したことで一息ついた。戦っている最中にアリサとエリオット、両者の2人が気付いたのだ。ラウラの様子が可笑しいと。それでも何故か聞くことが出来なかった。もし聞いたらラウラが苦しそうな顔をしてしまうのではないのかと、そんな予感を2人は覚えたのだ。

 

事実、ラウラは思い悩んでいた。昨夜からの想いと疑問。勿論、想いとは彼女が誇りとする騎士道だ。許せなかった。彼女にはリィンが力を思いのままに奮う凶刃の刃。そう見えたのだ。許せなかった。そんな刃に為す術も無く無様に敗北に喫した自分を。

同時にラウラは思ったのだ。力無き意思に意味などないと。昨夜の構図は正しくそれを表していた。彼女はリィンという強者に敗れ、意思を通すことが出来なかった弱者だ。

 

だからこそ心に刻み付ける。今は弱者だと。自分は驕っていたのかも知れないと。同年代に類を為す者が居なかったとは言い訳にならない。彼女には『光の剣匠』と呼ばれる強者、すなわち父親がいたのだから。

 

だからこそ、今は鍛練だ。力を身に付ける。その思いで手配魔獣に挑んだ。だがそれでも、その思いは揺れる。刻み込んだと思っても揺れてしまうのだ。やはり届かないのではないか?自分の思いは無意味ではないのか?と。

 

彼女はまだ若く未熟なのだ。例えるならラウラは沢山の歯車で心が作られている。故に時々、歯車が故障したり狂ってしまう。リィンの心は歯車が1つだけで出来ている。故に狂うことなど有り得ない。おまけにその歯車がどんな衝撃を受けても壊れないのだ。単純故に完成されている。道に迷うラウラと道に迷わないリィンの違いだ。

それがエリオットとアリサが見えていないラウラの問題だ。これがリィンが偽管理員と邂逅されるまでの3人のやり取りである。

 

そしてリィンたちの場面に戻る。

 

そこに声で割り込むのはクレア憲兵大尉だ。彼女は鉄道憲兵隊所属の女性将校である。

 

『鉄道憲兵隊』。《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンの肝煎りで設立された正規軍の精鋭部隊。

 

帝国全土に張り巡らされた鉄道網を駆使して各地の治安維持を行っており、貴族勢力の領邦軍と対立することが多く、かつて無いほど緊張が高まっている。

同じく宰相が設立した《帝国軍情報局》とは高度に連携している関係だ。

そこに所属しているクレア大尉。彼女はオズボーン宰相直属の『アイアンブリード(鉄血の子供たち)』の1人である。清楚可憐な容貌だが、導力演算器並みの指揮・処理能力とあらゆる作戦行動を完璧に遂行する事から『氷の乙女(アイスメイデン)』と呼ばれ、貴族派から警戒されている人物が部下と共に目の前に現れたのだ。

 

「これは…。」

 

クレアの目に入ったのは領邦軍。その次に士官学生の少年だ。問題はその後ろだ。恐らく民衆たちから得た情報の4人だろうと彼女は思案する。3人が死体で無ければの話だがと、心の中でクレアは愚痴た。

「貴様らは…!」

 

「鉄道憲兵隊…!」

 

恐怖から解放され領邦軍隊長等は驚きの声をあげる。リィンは少しだけ首を傾げる。彼とて鉄道憲兵隊を知っている。だが今の場面で何故彼等が現れるのか不思議なのだ。

 

それは領邦軍も同じ。彼等は敵対している者たちだが今回の登場は領邦軍等の命を救った。

 

動揺している領邦軍等に先んじてクレアは先ずは部下たちに命じ、盗人の男を確保させ死体処理をさせる。その後はここに来たとき感じた殺気の出所を探す。彼女の目に1人の少年が目についた。そしてその少年に見覚えがあった。それは当然である。彼女は資料で彼を見たことがあるのだから。

『剣鬼』。リィン・シュバルツァー。成る程。彼がこれをやったのですか、そうクレアは推測したのだ。

そして殺気が領邦軍に向けられていた。彼等もよりにもよって鬼を突いて私たちがそれを救った。敵対しているのに命を救うとは少し皮肉が効いていますねと彼女は心の中で苦笑した。

 

そこに動揺から気を取り直した領邦軍隊長が声をあげる。

 

「この地は我らクロイツェン州領邦軍が治安維持を行う場所……。貴公ら正規軍に介入される謂れはないぞ。」

 

クレアはそれに反論した。

 

「お言葉ですが、ケルディックは鉄道網の中継地点でもあります。そこで起きた事件については我々にも捜査権が発生する……。その事はご存知ですよね?」

その言葉に領邦軍隊長は言葉が出ない。クレアは言を続ける。

 

「あとは我々がこの場を仕切ります。宜しいですね?」

 

領邦軍隊長等はその言葉に憎々しいと思いながら安堵した。やっとこの少年から離れることが出来ると。普段なら屈辱を晴らすと思うはずなのにそれをしたら本当に命を無くしてしまうと本能が察したのだ。

 

故に彼等、領邦軍は足早に自然公園から去っていったのだった。クレアは領邦軍が去っていったのを確認してリィンに向き直る。

 

「貴方からも調書だけ録りますから同行をお願いします。いいですか?リィン・シュバルツァーさん。」

 

「はい、構いませんよ。」

クレアはリィンの素直な応じに驚きを感じながらも微笑したのであった。追記すると自分たちがルナリア自然公園に着いたら事が済んでいたことに3人の内、アリサとエリオットの2人は気合を込めていた分、拍子抜けであった。同時にクラスメイトであるリィンが人を殺した事実を知ることが無かったのも、ある意味では3人にとって幸せなことかも知れない。

 

 

 

 

だが必ず、その内に似たようなことが起きるだろう。その時に彼等がリィンに対して、どのような態度をとることになるかはこのときは誰にも解らなかった。

 

最後にもう1つ追記するならサラ教官は勿論、リィンが人を殺したことを知ることになる。このことに夜に、また酒の量が増えることになったのは彼女しか知ることが無い事実である。

 

 

 

街灯が無く月の明かりだけで照らされている場所。人がまるで見当たらない、その場所で眼鏡を掛けた1人の男がリィンたちが乗るトリスタ行きの列車を見送った。

 

「あれが『剣鬼』……。何とも恐ろしい存在だ。『鉄道憲兵隊』が可愛く見える。」

 

男は思い出す。男たちの首を一瞬にして飛ばしたリィンの技量を。今ですら身震いする。視えたという言葉すら語弊があるだろう。視えなかったのだ。視認すらできない。男が視たリィンの技を人はこう呼ぶ。『無拍子』と。斬ると思った瞬間にはすでに斬っている。

 

「やれやれ、いろいろと狂わされたものだな」

 

暗がりから現れてきたのはマントを羽織った仮面の男だ。そこから紡ぎ出された言葉にボイスチェンジが掛かっているかのようにくぐもった声だ。

 

「…C。想定の範囲内だ、と言いたいところだが、あの男は危険だ。」

 

眼鏡を掛けた男はCに言う。

 

「そのとおりだ。同士Gよ。私とてあの男を知っている。まさか士官学院に行くとは…。予想も付かなかったよ。だからこそ計画の見直しが必要だ。」

 

Cは眼鏡を掛けた男、Gにそう告げた。

 

「ああ、今後の計画の障害となりえる、《鉄道憲兵隊》と《情報局》……。念のためにあの男も視野にいれておこう。再度計画を練る。」

 

月下の元で男たちは誓う。あの独裁者に無慈悲なる鉄槌を下すと。そして闇夜へと消えていくのだった。

 


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