剣鬼の軌跡   作:温野菜

6 / 12
第6話

薄暗い旧校舎の地下区画をリィンはコツコツと足音が響きながら歩いている。そこに徒党を組んだ魔獣の群れがリィンに襲いかかった!

――居合いが一閃。刹那、魔獣たちは皆すべからく斬り殺された。ただの一閃。それでこれを彼は成したのである。だが可笑しい。何故なら魔獣たちが斬り殺された後から風を斬る音が聞こえたのだ。

 

音を置き去りにする速度。そう表現するしかないだろう。

リィンにとってこの程度、通常の攻撃でしかないのだ。何か特別の技法を使うわけでもなく常時、斬鉄すら容易に行えるのである。

しかしこのようなことを成し得るリィンが何処か不満げな顔だ。再三、述べるがリィンにこの程度、児戯なのだ。そんなことをした程度で何を誇ることがある。

 

先ほど斬り殺した魔獣とて常人に分かりやすく言えば蟻を踏み潰すようなものだ。いちいち人が道端を歩いているなか踏み潰している蟻のことを気にかけるだろうか。いや、気にかけないだろう。それと同じである。

 

リィンは期待外れな地下区画に溜め息を吐きたい気分を我慢しながら黙々と歩いていく。この消化不良な気持ちをサラ教官は埋め合わせを彼は期待したいぐらいである。

 

リィンはおもむろにポケットからオーブメントを取り出す。『アーツ』。それはオーブメントからもたらされる魔法。彼はこれを必要としていなかった。まだ最強の身に遠いなれど、このような道具を用いなければ何かをなすことが出来ない弱者であると認めることではないのだろうか。

 

リィンはもし自分の武が他人に貶められたら間違いなく、その相手を斬り殺すだろうと確信している。彼は自身の在り方に誇りがあり、同時に強者であると自負している。故にこういう道具は好かないのだ。それでも渡されたものなので仕方無いと私心を律した。

 

 

オーブメント回復装置がある場所から過ぎ去り歩いていく内に分かれ道に出た。リィンは迷うことなく右の道へと向かった。五感が常人よりかけ離れている彼は左の道が行き止まりであることを察することが出来たのだ。これはリィンだけに限ったことではない。感覚的に優れているものならば誰にでも出来る芸当である。

 

気配という物がある。これとて武芸の道に進んでいるのなら、ある程度読み取ることが出来る。リィンの気配探知と呼べばいいのだろうか。距離にすれば彼を中心に500m位だろう。だがこれを重宝することはない。相手が何処にいるか、大きさ、鈍重なのか、素早いのか、リィンにとってその位が解るお遊びの技なのだ。斬る相手か斬らない相手なのか、そんなのは対面すれば分かる話なのだから。

 

とうとう終着点にきたのであろうとリィンは周りを見渡す。それなりに大きい広間。魔獣の石像。階段の上に扉がある。リィンは階段を昇り扉に手を掛けるが開かない。どういうことだと彼は頭を悩ませる。

斬ればいいのだろうかと刀に手をやろうとするが考え直した。何かしら理由があるのだろうと。

そこで閃いたのだ。もしや隠し扉が地下区画にあるのではないかと。リィンはこの考えになるほどと思った。道理で魔獣らを含めて容易いはずだ。サラ教官はお遊びも入れてこんな趣向にしたのか。ならばきっとその隠し扉の先には敵手を用意しているだろうとリィンは得心した。

 

そして来た道を戻ることにした。

 

紅茶髪の小柄な少年、エリオット・クレイグと眼鏡を掛けた少年、マキアス・レーグニッツと褐色肌の留学生、ガイウス・ウォーゼルは共に行動していた。

 

始めはエリオットとガイウスの2人だけだったが仕留め損なった魔獣がエリオットを襲い掛かり、その窮地をマキアスが救ったのだった。途中女子3人と邂逅したり、1人で魔獣たちを捌いていたユーシス・アルバレアとマキアスがまたしても口論となりマキアスがユーシスに殴り掛かろうとするトラブルなどが発生したが、その後は滞りなく進めていた。

 

「ガイウスもマキアスも本当に2人共つよいね。」

エリオットは2人に対して感心する。元々エリオットは武芸の道に何の縁もなかったのだ。

「…いや、それほどでもないさ。故郷ではこういったことに慣れていたからな。」

 

ガイウスは自分の得物、十字槍の状態を確認しながらエリオットに答えた。

 

「僕もさ。たまたま趣味でやっていたことが役に立ったにすぎないよ。」

 

マキアスはどこか照れくさそうにしている。趣味でやっていたとは言え褒められれば満更でもないのだ。

「うーん、でもたしかあのラウラっていう女の子もガイウスが言うには凄く強いんでしょ?」

 

「ああ、あの巨大な剣も苦も無く操ることが可能だろう」

 

「僕はいまだに信じられないよ。それでも女子の力だろうに」

 

エリオットはそういう会話をしている内に1人さきに行ったリィン・シュバルツァーのことを思い出した。同時に恐怖も甦ってきた。それでも尋ねようと決心する。それは人が知ることによって恐怖を緩和させようとする反応だったのだが、エリオットは知るよしも無し。

「ねえ、リィン…あの長髪の男の子は?」

 

その質問にガイウスとマキアスは口を噤んだ。マキアスは殺気を当てられた経験は無いが本能的に自分に向けられていたことを理解している。

ガイウスはどう言葉すればいいのかわからないのだ。だがそれでもエリオットの問いに答えようとする。

 

「あの少年…リィンといったか。恐らくだがかなりの実力者だ。少なくとも俺の力量では測ることが出来なかった。」

 

「そうだったのか…」

 

そう声にしているマキアスだが同時に納得もしていた。エリオットは他にも質問しようとするが――

 

「待て。」

ガイウスは2人を止めた。

「誰かくる。」

 

3人が自分たちの前の通路の奥を見ようと眼を凝らすと足音を立てながら近づいてきたのは先ほど話にあがったリィン・シュバルツァーだった。

 

4人は無言になるがリィンが先に口を開いた。

 

「エリオットさんにたしかマキアスさん…。貴方は―」

 

「ガイウス・ウォーゼルだ。」

 

ガイウスがエリオットとガイウスの前に立つ。

 

「そうでしたか。そう言えば、マキアスさんとガイウスさんには自己紹介していませんでしたね。これは失礼しました。リィン・シュバルツァーです。しがない男爵家の息子です。」

普段なら貴族となれば何かしらの反応をするマキアスが無言である。それは先ほどリィンを話題にしたエリオットも同様である。故にガイウスが出る。

 

「そうか。どうやら戻ってきたようだが何かあったのか?」

 

「ええ、そうなんですよ。何故か行き止まりになっていましてね。さてどうしたものかと。――先ほどから無言のエリオットさんにマキアスさんはどうしたのですか?具合でも悪いのでしょうか。」

 

この言葉だけを聞けばリィンは2人を心配しているように聞こえてくるがそんな筈はないのだ。この3人は知らないが今のリィンは感情が沸き立っているのだ。だから本人も普段に比べて口数が多くなっている。

リィンの感情が高ぶっている原因は勿論、待ち受けているかも知れない敵手である。勘違いでもそんなことは知ったことではないのだ。斬りたくて斬りたくて仕方無いのである。だからと言って敵でもない3人にいきなり斬りかかったりしないのだがこの3人が知るわけないのである。

 

ガイウスはこのとき、やっとリィンに対して言葉にすることが出来たのだ。知性があり、理性ある人の形をした化外。もしくは抜き身の刃。触れれば誰であろうと斬り殺す斬刃。

 

何故なら先ほどから隠す気配もない透明の殺意を3人に無差別に叩き付けられるのだ。

 

「――すみません。先を急いでいたのでした。それでは失礼します。」

 

リィンは3人の横を通り抜け、その姿が見えなくなるまで3人は無言だった。同時にマキアスとエリオットが堪えきれずに嘔吐する。胃の中にあるものを全部を吐き出すかのように2人は嘔吐を繰り返す。それは当然の反応だった。2人にしてみれば今にも自分たちを食い殺そうとする猛獣の目の前に立たされているような気分だったのだからである。リィンにその意図が無くても変わらない。

それは1人1人が得る個人の主観であるからである。その2人に限らずガイウスも緊張状態だったのである。彼の顔には汗が滝のように流れ始めている。3人はお互いに落ち着くまで時間を要するのであった。

 

 

 

 

リィン・シュバルツァーは途方に暮れた。なぜなら何処を探しても隠し扉が無かったのである。ここにきてとうとう其れは自分の勘違いであることを認識した。どうしようかと悩むリィンはもう一度、あの終着地点まで向かうことにした。

 

 

リィンが終着地点に近付いてくると戦闘音のようなものが聞こえてくる。それに加えて他にも聞き覚えの声が聞こえた。見えてきたのは石像だったものガーゴイルと名称する、それがⅦ組8人と戦闘しているのである。どうやら苦戦をしているようだ。8人がかりでも殺しきれないのならば面白そうだ。

 

ならば受けてみろ。まずは手始めだ。

「―――ツァァッ!」

 

裂帛の気合いによる【弧影斬】の一閃が放たれた。音速すらも遥かに超越した斬閃はⅦ組一同の知覚は認識外である。

ガーゴイルと戦っていた一同はいつの間にか目の前の魔物が両断されていたのだ。それどころかガーゴイル越しに壁に斬閃の後がある。いったい何時?どういうことだ。故に唖然とする。

リィンはこれで終わりなのかと肩透かしを食らったような気分だ。唖然とする一同を無視して自分が斬ったガーゴイルに近付く。倒されたガーゴイルは石に戻るようである。そこから彼はまた刀を振った。一閃、二閃、三閃、四閃、五閃。無造作に振るわれた剣筋は他流派からすれば奥義に位置する技である。何故こんなことを。ただの八つ当たりである。期待外れ感にいい加減にしてほしいとリィンは思った。

彼は刀を鞘に納めた。周りから魔獣の気配がせず、当面必要が無いと断じたからである。リィン以外の者たちは意識をたち直し始めた。

 

とはいっても金髪の少女アリサ・ラインフォルトは何度も石像に戻ったガーゴイルとリィンに視線をさ迷わさせ、普段ならその卓越した剣筋に感心する筈のポニーテールの少女、ラウラ・S・アルゼイドは難しい表情をしている。

 

マキアスとエリオットはリィンの登場に若干怯えの表情を見せており、ガイウスはリィンの腕前に納得の意を示していた。

 

銀髪の少女、フィー・クラウゼルは無表情の顔を崩して驚き、ユーシスもまた同様である。眼鏡の少女、エマ・ミルスティンはどこか困惑している。端から観ても、混沌としているこの場の収拾を誰かが抑えなければならないところをサラ・バレスタインが困った表情をしながら扉を開けて皆の元へと出向いたのであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。