剣鬼の軌跡   作:温野菜

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第8話

サラ仕掛けの特別オリエンテーリングから3週間の日々が過ぎた。その間のリィンはどうしていたかと言うと教官たちのもとでⅦ組一同と勉学に励んでいた。然したる特別なことがない普通の学院生活といったところだろうか。

 

ならばリィンとⅦ組の面々はと話が変わるが始めのほうはまるでお通夜の雰囲気と呼べばいいのだろうか。その原因は勿論、リィンにあった。誰だってサラからあんな話を聞かされれば不用意に彼という爆弾のスイッチを押したくないのだ。

あれほど反発しあい合っていたマキアスとユーシスの両名とて大人しくしていたのだ。Ⅶ組の1人、フィーは我関せず。猟兵団のなかにそういった常人とは違う価値観で生きている人間を知っていたからである。リィン・シュバルツァーもその1人だろうと推測したのである。

 

 

最初の頃は委員長のエマが少しでもその雰囲気を緩和させようと皆に声を掛けたりしていたのだ。それをガイウスが協力、男子も女子も徐々に空気を柔らかくしていたのだ。

 

時間も経っていったという理由もあるだろう。リィンがいる空間に慣れていったのだ。それに乗じてマキアスとユーシスが教室内でも口論を始めたのは余談だろう。

 

リィンがそんな教室内に興味がそそられることを無く、無視をしていたのだ。ある日サラに呼び出されることになった。呼び出された理由は自由行動日に旧校舎の探索をしてくれないかという話だ。

 

なんでも旧校舎には先の石の守護者、ガーゴイルも含めていろいろな不思議な話もしくは異変でもいい、それがあるからである。あのガーゴイルとて時間が経てば壊れたのが元通りになり、普通の魔物の石像になるのだ。

 

だからこそ生徒たちの修練と腕試しも兼ねて、あの地下区画が使われていたのだ。だが、ここ1年で旧校舎の状況が少し変わり無かった筈の扉が現れたり、どこからともなく声が聞こえたりとオカルト染みた報告が寄せられるようになったのだ。

 

そこで学院長の依頼といった感じで地下を一巡りして先月末と違ったことが起きていないか確認してほしいとのだとサラは言う。

 

リィンは学院内どころか大陸きっての実力者である。旧校舎内でどのようなトラブルに見舞わっても随時、対処できると判断したのである。

 

リィンはそれを了承した。彼の勘が面白い事態に巻き込んでくれると警鐘したのだ。あとサラがこれはⅦ組全員の依頼であると付け足したのだ。これを機に他の子たちとも交流を深めたらどうだという話も持ち上がったが彼はそれには興味がなかったのだろう。

 

気が向いたら考えておきますと口上だけを述べたのだった。彼は社交辞令を筆頭に無用な他者同士の衝突を避ける便法といったものが苦手なのだ。故にⅦ組一同に気を遣うといったものをわざわざ自分からやるような気狂いな真似をしたくないのだ。そして彼はサラの一室から出ていくのであった。サラはその様子を視て深々に溜め息を吐いた。何気に彼女は苦労性である。

 

 

 

リィンは自由行動日、旧校舎の探索を行った。とは言っても特筆すべきことが何もないのだ。強いて言うならば石の守護者がいた広間が二回りほど小さくなり、その石の守護者が居なくなったぐらいだ。それに加え見覚えのない扉があり、そこから先の地下区画の構造がまるで別の物に変わっていた。

 

特筆すべきことがないのはあくまでリィンの主観である。徘徊していた魔獣も変わっていたが然してオリエンテーリング時の地下区画にいた魔獣と強さは変わらなかったからである。

 

この変わった地下区画を第1層と名称しよう、その最奥には転送装置が置いてあり、扉の先ではこの第1層では別格の魔獣がいたがそれも然して強いものではなかったのだ。

 

リィンは自分の主観を廃して旧校舎の異変をサラに伝えるのが自由行動日の彼の行動だった。

 

 

 

 

そして今日、4月21日。実技テストの日である。リィンたちは今、学院にあるグラウンドに集められている。皆の前に立ちサラが言った。

「――それじゃあ予定通り《実技テスト》を始めましょう。前もって言っておくけど、このテストは単純な戦闘力を測るものじゃないわ。『状況に応じた適切な行動』を取れるかを見るためのものよ。その意味で、何の工夫もしなかったら短時間で相手を倒したとしても評点は辛くなるでしょうね。」

 

「フン、……面白い。」

 

ユーシスはそのテスト内容に自分の腕を試すことができることが喜ばしいようだ。

 

「……単純な力押しじゃ、評価には結びつかないようね。」

 

アリサはそのテストに厳しめな表情でサラの言を頭の中で反芻する。 それらの生徒のやる気を視て嬉しげな表情をサラはする。

「ふふ――それではこれより、4月の《実技テスト》を開始する。と言いたいところだけど先ずはリィン、前に出なさい。要望に応えてあげるわ。」

 

サラの言葉に訝しげな顔をする一同。だがリィンは察しているのだろう。その瞳には剣呑な光が宿り童子のような笑いを浮かべている。他の者たちはそれを視て、久し振りに背筋が凍る思いだった。

「ふふ、はははは――。俺と殺るんですか?」

 

その言葉にサラは頭を振る。

 

「あくまで、模擬戦よ。あんたは実技テストなんて本当は必要無いからね。――代わりに私が相手をするって訳よ。――君たちも観ていなさい。これも勉強になるでしょ。」

リィン以外のⅦ組一同に向けてそう言った。その言葉に一同、重く頷く。そしてリィンとサラは所定の位置に付く。エマが慌てて、開始の合図を取りますと立候補した。

 

「往くわよ。――『紫電』のバレスタイン、参る!」

 

リィンは成る程。そういう口上かと納得する。ならばそれに応じよう。お誂え向きに観客までいる。我が剣は至高である――。

 

「――八葉一刀流、リィン・シュバルツァー。――往きます。」

 

その2人の合図にエマが――。

 

「始め!」

 

まず先制に出たのは勿論、リィンである。誰よりこの状況を望んでいたのだから。その踏み込みはまさしく神速。サラは彼の初手の剣閃を防げたのはただの勘もしくは無意識下の行動であった。サラにはリィンの姿が視えていなかったのである。危機感――。直ぐ様にブレードを構えたのであった。そして鉄同士が衝突した甲高い音を鳴り響かせたのだった。

 

これには戦慄した。速すぎる。先の一閃は間違いなくこちらの命を刈り取るつもりであったと確信する。いったいどういうことだ。これはあくまで模擬戦であることを伝えた筈だ。サラはろくに思考させてもらえない。リィンの猛攻は続く。

鋭敏して苛烈な剣閃の嵐に防戦一方のサラは今も防いでいる剣閃から先ほどのような危機感を感じない。そこで思い至る。成る程…合格というところか。自分が模擬戦するに相応しい相手と判断したのであろう。そのサラの考えは的を得ていた。

 

リィンは初手の一撃は殺すつもりで振ったのだ。これはお前から申し込んだ模擬戦なんだ。これで死ぬようならそこまでだ。疾く死ね。躱せぬほうが悪いのだ。身勝手であり、傲慢である。甘いのだ。彼に常道、常識の悉く通用しない。『剣鬼』と呼ばれたりしないのだ。これがリィンからの模擬戦ならば配慮されただろうが生憎サラからの申し出である。

元より彼の剣は斬人の剣。相手の思惑、思想、思考、全てが知ったことではない。障害があれば斬り、我が道を往くのだ。

 

 

故に賛美した。一閃を防げたサラを見事と讃えたのだ。これが本気の殺意であったのであればサラは為すすべもなく斬り殺されていただろう。過去に『闘神』と渡り合うことができたのは膨大の殺気の中に殺意を隠すと言った達人同士ならではの意の読み合いをさせないから優勢を保つことができたのだ。

 

 

そして加えるなら接近戦をするリィンの姿をいまだにサラは捉えることができないのだ。これは視線誘導、体捌き、虚実の用いなどの技法を使い、サラの死角に回り続けているからである。これは『闘神』との戦いでは未完成であったが『剣仙』ユン・カーファイとの年月を掛けた模擬戦により、天賦の才だけでは完成出来得ない神技である。自身の身体から血飛沫が舞い真紅に染める。サラは接近戦では余りにも自分に分がないと判断している。サラの装備は特注のブレードと導力銃である。

リィンの猛攻に自分から距離が取れないならば相手に取らせる。

 

導力銃の銃口を下に向けつつ剣閃を何とか防ぎきるサラは銃弾を地面に向けて射ち放した刹那、地に雷撃が走った!サラが射った雷撃は並の武芸者ならば致死いたるほどのものだ。これを逸速く察知したリィンは地を蹴り上げ後退する。やっと捉えたその瞬間を見逃さないサラは彼に向けて導力銃を速射する。

 

 

それだけでは終わらない。また近寄られたら今度こそ終わりだ。リィンの攻撃を防げたのは奇跡的とも言っていい。事実、サラの身体に至る所に刀傷がある。それも含めてサラの実力ではあるが…。剣術の技量、戦い方まで、自分を遥かに上回っているのならば相手が躱せぬほどの広範囲の攻撃をすればよい。サラのブレードからは紫電を放っている。そのブレードから雷撃が地を焦がしながら真横に走った!リィンはそれを躱し、サラへと接近する。だがサラは十分な時間を稼げた。

 

 

「――受けてみなさい。【オメガエクレール】!」

その瞬間、眼を焼く白光。大轟音と共に落ちた雷電!グラウンドの地面を揺らすほどの一撃が落とされたのであった。

 

サラの絶技。この一撃にⅦ組一同は眼を剥く。こんなものを受けて人が生き残ることができるのかと。いまだ粉塵の帳が開かぬグラウンドでリィンの生死を確かめる。サラもその一撃により、一瞬ほんの刹那だけ気が緩む。それは不味かった。砂煙を裂きながら轟音と共に駆け抜けたのは稲妻の閃光。それが自分の身にも受けたのである。まさか――

 

「―サラさん。別にそれは貴女だけの十八番ではないんですよ。」

 

 

その声に眼を向けたいがまるで全身がバラバラになるような衝撃を受けてサラは身動きがとれない。

あの瞬間はリィンでも躱せぬのは必定だった。ならば斬ればよい。向かってくる雷光を迎い討ち、紫電を斬り裂いたのである。そのまま意趣返しで稲妻の斬撃を放ったのだ。

 

2人の戦いは終局した。サラの姿を視て慌てて駆けつけるエマに他のⅦ組一同。エマとエリオットは回復のアーツを使う。サラの身体が癒えるまで時間を有するのであった。

 

「痛たたたた……。リィン、もう少し加減が出来なかったの?」

 

サラはエマ、ラウラに肩を借りながらリィンに文句を言う。

「しましたよ?サラさん、――生きてるじゃないですか。」

 

 

サラはリィンの言葉に思わず顔を手に遣る。実際リィンの言はその通りである。彼の技のほとんどが殺傷能力が高すぎるのだ。リィンの考えに相手を斬り殺してこそ技であると根底にあるからである。故に意趣返しの意味も兼ねていたが、あの稲妻は威力の調整がしやすいから選ばれたのだ。

 

「それでどうだった?少しは良い見稽古になったかしら?」

 

身体が痛むのだろう、顔をしかめながらサラはⅦ組の面々に問う。

 

「なんといいますか……」

マキアスは上手く言葉に出来ないのだろう。そのさきは口を噤んでいる。

 

「凄まじいほどの戦いだった。」

 

ガイウスは簡潔に自身の感想を述べた。

「デタラメな奴等だ。」

 

ユーシスは自分の常識外の戦いに呆れ半分のようだ。

 

「あはは……」

 

エマは困った顔をしながら笑っている。

 

「うーん、僕には到底真似出来ないよ……。」

エリオットは将来はあのぐらい出来なければならないのかと困惑している。

 

「もっと参考にしやすいものをお願いします。サラ先生……」

 

どこか疲れた表情でアリサは言う。

「うん、父上も似たようなことをしていたな。」

 

ラウラは自分の父も鍛練の場で似たようなことをしていたことを思いだしていた。

「…サラ、リィン。……人間?」

 

フィーは率直な言である。

 

 

「別にこれを今すぐに真似をしろと言う訳じゃないわ。こういう戦いをする人たちも居るということを覚えてほしいの。あなたたちの実技テストではこれを利用するつもりよ。」

サラは指を弾いて出てきたのは戦闘傀儡である。それに驚く一同。

 

「動くカカシみたいな物よ。そこそこ強めに設定してるけど決して勝てない相手じゃないわ。たとえば――ARCUSの戦術リンクを活用すればね。」

 

それに納得する一同。そこからはサラが組んだメンバーによる戦闘傀儡との対戦の実技テストである。

追記しておくとリィンとARCUSによる戦術リンクが可能だったのはガイウス、フィー、エマの3人である。この結果にまたしても頭を悩ませるサラの姿があった。

 


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