剣鬼の軌跡   作:温野菜

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第9話

リィンとサラの激闘が終り、他のⅦ組一同の実技テストが終わった後、サラから言い渡された物があった。

 

《特別実習》。それがリィンたちに課せられた特殊なカリキュラムである。聞き覚えのない言葉に驚く一同ではあるが、サラはそれらを無視して言葉を続けた。

 

それはA班、B班に分けて指定した実習場所へ向かうことである。その実習場所で決められた期間に用意された課題を行うことである。

 

スペシャルな実習と驚けるサラだが戸惑いの声もあがった。彼らはまだ入学してから日が経っていないからだ。当然サラは実習先には付いてこない。獅子は我が子を千尋の谷に、がサラの言だ。

 

それに呆れる者もいれば望むところと思う者もいるなかに当然のごとく実習場所を尋ねる者もいた。

 

その言葉に頷くサラは話を続ける。そこで皆に実習場所が書かれている紙を手渡す。

 

【4月特別実習】

A班:リィン、アリサ、ラウラ、エリオット

(実習地:交易地ケルディック)

B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス (実習地:紡績町パルム)

 

紙に書かれていた内容がこれらである。

ケルディックは交易が盛んな地だ。パルムは帝国南部にある紡績で有名な場所だ。

 

Ⅶ組一同がその内容に目を通したのを確認してサラは言を続ける。日時は今週末に。実習期間は2日が日程だ。A班、B班はトリスタ駅から鉄道を使い、それぞれの実習先へ向かう。

 

サラはその後、各自、それまでに準備を整えて英気を養っておきなさいと締め括ったのであった。

 

4月24日、今日に到る。リィンは朝早くに起き出していた。いまはまだ4月。寮内の空気は冷え込んでいる。リィンは辺りを見回す。自分以外はまだ支度しているのだろう。先ほどからA班の面々は自身の部屋から動く気配がない。だが1人だけ部屋から出てくるものがいた。

 

それと同時に階段の方から足音が聞こえる。そして降りてきたのは――

 

「――あ。」

 

アリサ・ラインフォルトである。彼女は恐る恐るとリィンに近付いていった。

「お、おはよう…。」

 

「おはようございます。」

リィンは彼女の朝の挨拶に挨拶を返した。2人の間から無言が続く。アリサは言葉を続けた。

 

「…起きるの早いのね。」

 

「ええ、まあ。」

 

終わりである。会話のキャッチボールがリィンで終わったのであった。アリサはキョロキョロと視線をさ迷わせる。他にも自分以外の人が居ないか探しているのである。気まずいのだ。この男は彼女の様子に気にもしないのだが。

 

「えっと……何時くらいに起きたの?」

 

それでも会話を続けようとするアリサは健気である。間違いなく、この男が悪いのだから。

 

「4時です。」

 

これにはアリサも驚きである。いくら何でも起きるには早すぎる。それに追記するならリィンが寝た時間は深夜の1時頃、実質3時間しか寝ていないのである。

 

何故1時頃まで起きてたのか。勿論、鍛練である。剣を振り寝る。そして4時頃に起きて、また剣を振る。これを幼少期の頃から続けているのである。

 

「それは…早いわね。何でそんなに早く起きたの?」

 

「鍛練です。」

 

「そ、そうなんだ?」

 

2人がそんな会話を続けていると少しは時間が経っていたのであろう。新しく階段の方から2人分の足音が聞こえてきた。

 

「あっ。」

 

階段から降りてきたエリオットが思わず声をあげる。ラウラも一緒に降りてきたようだ。2人はリィンとアリサに近付いていく。

 

「お、おはよう、2人とも。」

 

エリオットが先ずは挨拶をした。

 

「おはよう、アリサ。……リィンも。」

 

ラウラは2人に対し挨拶するがリィンに対して消化しきれない思いがあるようだ。少なくとも甘酸っぱい思いではない。これから実習先で一緒に活動する4人一同が集まったのであった。

 

 

トリスタ駅についた一同。まだ早朝ゆえに人の姿はあまり見受けられない。その少ない人のなかにガイウス、ユーシス、マキアス、エマ、フィー、5人のB班が先に駅へ来ていたようだ。

 

エマは駅に来たA班に挨拶をする。ガイウスも続き出発かどうか尋ねる。フィーも小声で挨拶する。その挨拶を返すアリサ。B班はもう出発のようだ。トリスタからB班の行くパルム市はここからだと距離が離れているからである。今の早朝の時間から出発しても着く頃には夕方になっているのだ。

 

エマの説明にラウラは納得の声をあげる。だがエリオットはユーシスとマキアスの2人を見て少し戸惑いの声をあげる。この2人、お互いの顔を見えないよう背けているのだ。2人は会話に加わろうともしない。そこはリィンも同様である。思った以上に根が深いようだ。それはリィンとラウラもだが。

 

そこで駅のアナウンスがホーム内に鳴り響いた。どうやら、B班の乗る列車が来たようだ。それをA班の面々は見送った。A班も自分が乗る列車の乗車券を買うため受付へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝の人が少ない列車のなかで、列車の揺られながらリィンは瞑想を行っていた。列車に居ながらも自身に出来る鍛練を行う。内面への埋没。いま彼のなかで興っていることは自分が戦った最高峰の敵手との殺し合い。

 

『闘神』、『剣仙』の2人である。瞑想はリィンが行う鍛練のなかで多用されるものだ。内面のなかだけで興っていることとはいえ、それでも現実の自分に反映されるからである。

 

そしてある程度の殺し合いを経て眼を開ける。瞑想を行っていても外界から遮断されるわけではない。アリサの実習地の説明も聞こえていた。

 

交易地ケルディック。帝国東部、クロイツェン州にある昔から交易が盛んな町。帝都と大都市バリアハート、更には貿易都市クロスベルを結ぶ中継地点としても知られている。

 

そして大穀倉地帯としても有名である。農作物全般からバリアハート特産の宝石や毛皮、大陸諸国からの輸入品にいたるまで、1年を通して開かれる大市では様々なものが商われている。

大体な概要がこんなところである。そのような説明が瞑想中にされたのだ。途中サラが列車内で合流をしたが彼女は隣の席で眠り然して何かあるわけでもなかったのである。

 

 

リィンたち一行は交易地ケルディックへと到着した。牧歌的な雰囲気を持った町で遠目からでも風車が建ち並ぶ姿も見受けられる。温暖で土地も肥沃だからこの季節だとライ麦畑なども農場では実っているらしい。少し離れている所に大市あるのだろう。ここからでも商いで賑わっている声がする。

 

町の雰囲気とは違い大市目当てで人通りも多い。サラはこれから向かう場所のライ麦の地ビールが目当てなのか足早である。

 

向かった場所は今日から宿とする〈風見亭〉だ。知り合いなのかサラは中年の女性に気さくに声を掛ける。

 

この女性、女将のマゴットが彼らの泊まる部屋まで案内するようだ。途中泊まる部屋が男女共用にアリサは騒ぎ立てたが元よりエリオットは不埒なことなどしないし、リィンにいたってはどうでもよいのだ。そんな騒ぎ立てる彼女をラウラは諌めるのだった。

 

騒ぎ収めたら、女将から表に特別実習と記載された封筒を手渡しされた。中のものを確認する一同。そこにはこう書かれていた。

 

特別実習・1日目。

実習内容は以下の通り――

東ケルディック街道の手配魔獣。

壊れた街道灯の交換。

薬の材料調達。

 

とのことだ。そしてレポートをまとめて、後日担当教官に提出するようだ。

 

リィンは手配魔獣に興味を移したがそもそもな話、いきなり高難度の実習が来るわけないと自分を諌めた。

「こ、これが特別実習……?」

 

アリサは訝しげだ。自分の想像とは違ったのだろう。

 

「な、なんかお手伝いさんというか、何でも屋というか……」

 

エリオットもその雑多な内容に戸惑う。

 

「一応、魔獣退治なども入っているようだが……」

 

ラウラも内容を見返す。

「俺は斬れればいいです。」

 

リィンは相変わらず言動がぶれない。ラウラは彼の一言に鋭い目付きで睨むが直ぐに視線を外した。ほかの2人はスルーである。リィンの言動をいちいち聞いたら割りを喰うと判断したのだろう。

「まずはサラ教官に聞いてみない?」

 

アリサが皆に提案する。それに一同は頷く。

階下のサラの元へと向かう。そこにいたのは幸せそうな表情で地ビールを飲むサラの姿だった。それに呆れる、アリサ、ラウラ、エリオット。リィンは無表情である。琴線に触れぬ限り常にこれだ。

 

アリサは実習内容のことをサラに問うがそれを含めて自分たちで話し合いなさいとの言だった。

 

外へ出てサラの言葉に一同は考え込む。だがリィンにはその姿がわからない。何故こんなことでいちいち悩むのか理解できない。こうしている間も時間は過ぎて行くのに。人の一生は短いのだから即断即決でいいじゃないかとリィンは思う。故に口を出す。

 

「実習を始めませんか?行動しなければ何も進みませんよ。」

 

リィンの言葉に納得できるものがあるのか皆は実習を始めることになった。

 

 

 

 

 

壊れた街灯の交換、薬の調達が終わり、今は東ケルディック街道の手配魔獣の依頼を彼らはやっている。その手配魔獣が彼らの目の前にいる。

 

スケイリーダイナ。凶暴な蜥蜴型の魔獣だ。この魔獣は怪音波を発し弱った獲物から優先して攻撃する。リィンは五月蝿い音に苛立ち、怪音波を発生される背びれを一閃で切り落とした。

 

魔獣は背びれを切り落とされたことに痛みで苦悶の咆哮をあげる。結局は五月蝿かった。そしてリィンはその場から引く。何故か。道中の魔獣の殆どがリィンに斬り殺されてアリサ、エリオット、ラウラの3人がやることがなかったのだ。

 

3人も任せっきり不味いと思い手配魔獣は自分たちが倒すと宣言したのである。リィンもその意を汲んだのだが、思わず一閃入れてしまった。だけどちゃんと生きている。

 

アリサは導力弓で【フランベルジュ】、火を伴う一矢を敵に撃ち抜く。続きエリオットがアーツ【アクアブリード】を使い質量が重い水の塊を叩きつける。連続する攻撃に魔獣は怯み、攻勢を取れない。その機を視たラウラが間合いを詰める。【鉄砕刃】。アルゼイド流に伝わる技である。その女子特有の華奢な腕から想像できない腕力を誇り、大剣を操る。その一撃は魔獣を袈裟懸けで斬り通し、地面にまで叩きつける。

 

この一撃を受けた魔獣は瀕死。もう動けないのだろう。ラウラは最後の介錯を務めた。

 

 

 

「ふぅ、やっぱりラウラは強いわね。」

 

ラウラが魔獣に止めを刺したのを確認してアリサは声を掛ける。

 

「皆の援護も有ったからこそ、容易く倒すことが出来たのだ。アリサも見事な弓の腕だ。」

 

そのラウラの言にアリサは照れくさそうにしている。

 

「はぁー、緊張した…。あんな大きな魔獣、旧校舎以来だよ…。」

 

エリオットはまだ戦い慣れていない様子だ。

 

「あっ!そうだ、リィン!私たちに魔獣を任せてくれるんじゃなかったの?」

 

アリサは拗ねるようリィンに言う。意外なことにアリサが彼に少し気安くなったのだ。魔獣を悉く倒していく姿を視て自分たちを守ってくれていたように見えるのだ。事実は違うのだがそれを記すのは不粋だろう。

 

「すみません、五月蝿かったもので。」

 

「あはは……」

 

エリオットは苦笑いをしている。ラウラはリィンを無言で見詰めている。

 

「もう、それじゃあ魔獣を倒したことを報告しましょ。」

 

アリサを先導に依頼主の元へと向かうのであった。


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