【完結】最強の聖騎士だけど聖女様の乳を揉みたいので魔王軍に寝返ってみた   作:青ヤギ

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やはり、そのおっぱいは豊満であった

「ふぅ、凄まじい戦いだった……」

 

 聖騎士たちとの戦いに俺は見事生き残った。

 いかに俺が聖都最強と謳われていても、あの数の精鋭を相手にして無事でいれられたのは奇跡と言っていい。

 

 これも、この黒い剣のおかげだぜ。

 いままで以上に剣筋が冴え渡っていたのは、やはり新たに手に入れたこの剣の恩恵によるものだろう。

 なんせ一騎相手でも手こずる《十二聖将》の十人を同時に相手して勝てたのだから。

 ひとり、またひとり強敵と刃を交えるたびに、この剣と心身ともに繋がっていくような錯覚を覚えた。

 この剣さえあればどんな相手でも負ける気がしない。

 いまやちょっと友情めいたものすら感じている。

 

 新たな相棒と共に、このまま一気に聖都攻略だぜ!

 

 

 

 暗黒騎士として覚醒したチカラを存分に揮いつつ、俺は聖女様の待つ聖都へと一直線に進んだ。

 もはや聖都に主戦力はほとんどいない。

 あとは結界を破壊して、神官どもをフルボッコにして聖女様を頂戴するだけの簡単なお仕事です。

 

 ふははははは!

 もうすぐあのおっぱいが揉めると思うと、逸る気持ちを抑えられず、ついつい縮地してしまうぜ!

 傍から見たら、ほぼ瞬間移動しているだろう速度で俺は聖都を目指した。

 悲願の成就はまもなくだ!

 

 ことは順調に進んでいる。

 そう舞い上がっていた俺だったが……

 

「ん? なんだ? 聖都の様子がおかしいぞ……」

 

 遠目からでもわかる、聖都のシンボルである《聖神柱》。

 それが異様に光を発している。

 聖女様に神託が降りる際に光るものだが、あんな風に強く発光し続けるところは見たことがない。

 それによく耳を澄ますと、無数の悲鳴までが聞こえてくるではないか。

 

「いったい何が……」

 

 もしや魔王軍の生き残りが聖騎士たちの留守を狙って聖都を攻めてきたのか?

 ……いや、しかし聖女様の結界を突破できるのは容易なことではないはず。

 

 しかし現実、聖都を包む結界は解かれていた。

 聖女様に許された者しか入国できず、それ以外の者は弾き出されてしまう鉄壁の結界。

 それがなくなっている。

 俺が破壊するまでもなく、聖都はいま丸裸の状態と化していた。

 

 好都合と言えば好都合だが……なんだ、この妙な胸騒ぎは。

 すごく、良くないことが起こっている気がする。

 

 聖都の変容を前に呆然としていると……

 

「ひ、ひぃい! た、助けてくれぇ!」

 

 まるで聖都から逃げ出すように、城門からひとりの老人が出てきた。

 

 あれは……神官ゲスオ!

 噂では幼い少女に儀式と評して、ふしだらな真似をしているというクズ神官のひとりだ!

 よぉし、聖都で何が起こったのか聞くついでに去勢したろ!

 日頃の恨みを晴らすチャンスだ!

 しかし……

 

「お、お許しを《聖神》様! わたくしがあのような真似をしたのはすべては《聖神》様の偉大さを思い知らせるため! 決して信仰を利用して己の欲望を発散させていたわけでは……ひ、ひぃやああああああああああ!」

 

「なっ!?」

 

 とつぜんゲスオの股間が身の丈以上に膨張したかと思うと……そのままヤツの肉体は破裂した!

 

「な、なんだっていうんだ、いったい……」

 

 やはり、ただ事ではないぞ!

 

  ◆

 

 聖都に入ると、そこは、まさに地獄だった。

 

「《聖神》様! 私は聖都の暮らしに満足しています! 本当です! 決して不満など微塵も……うわああああ! いやだあああ! カラダが崩れるぅうぅう!」

 

「《聖神》様万歳! 俺は俗にまみれた神官たちとは違う! 真の信仰者です! ですからどうか見逃して……ぐぎゃああぁぁぁあぁ! 石に、石になるのはイヤだああああああ!」

 

「もうたくさんよ! 私たちが何したっていうのよ!? ただ人間らしく生きたいだけなのに! あはははは! ひと思いにやりなさいよ! 信仰なんてクソ喰らえよ! ああああああああああああっ!」

 

 カラダが溶けていく者。

 発狂しながらカラダが石になっていく者。

 神官ゲスオと同様にカラダが破裂する者。

 その者たちのカラダには等しく、聖痕に似た焼き印が刻まれていた。

 俺たち聖騎士が持つ聖痕とは異なる、禍々しく輝くソレに人々は苦しめられている様子だった。

 

「《聖神》様のお怒りじゃ……我々が不信心だったあまりに、ついに《聖神》様がお怒りになられたのじゃ」

 

「これこそが《聖神》様の御力……なんと凄まじい」

 

 ただ例外も存在するようだ。

 信心深くお祈りをしている者たちのカラダには何事もない。

 

 《聖神》の怒りだと?

 この惨劇は《聖神》が起こしているというのか?

 

「おお、聖女様はついに《聖神》様と等しい存在となった。なんと神々しい……」

 

「あの御方こそ人を越えられた存在……どうか背信者を滅ぼし、真なる楽園に我々を導きくださいませ……」

 

「なに!?」

 

 信徒たちの口から聞き捨てならないことが語られる。

 聖女様が《聖神》と等しい存在に?

 まったく意味はわからんが、まさか聖女様の身にも何かが!?

 

「うおおおお! こうしちゃいられん!」

 

 俺は惨劇の場をすり抜けて神殿のある方向に走った。

 状況はさっぱりだが、あのおっぱいが危険に見舞われているのなら駆け出さないわけにはいかない!

 

「……あれ? 神殿なくなってんじゃん!?」

 

 そこにあるのは光り輝く《聖神柱》だけだった。

 それ以外のものは、まるで『近づくな』と言わんばかりに破壊し尽くされていた。

 聖女様は!? 聖女様は無事なのか!?

 

「ほう……わざわざ戻ってきたか。叛逆の聖騎士、フェイン・エスプレソン」

 

「っ!? 誰だ!?」

 

 甲冑で総身を隠しているはずの俺の正体を見破る厳かな声。

 声は空高くから響いた。

 導かれるように頭上を見上げると……

 

「せ、聖女様?」

 

 かくして、あたかも《聖神柱》を守るように空中に浮かび上がる聖女様がそこにいた。

 見間違えるはずがない。

 あの美貌を。あの生白い肌を。あの美しい亜麻色の長髪を。

 そして……あのおっぱいを!

 

 というか……

 

「エッッッッッッッッ!?」

 

 な、なんですか聖女様! その大変けしからん格好は!?

 いつもの露出の少ない聖衣ではなく、彫刻の女神が身につけているような一枚の布だけで大事なところを隠しただけの露出の多い格好!

 神聖美よりも「エロい!」という感想しか出てこない、カラダの輪郭がはっきりわかる、あの格好である。

 

 生足だ! 聖女様の生足だ!

 普段は黒ストッキングで隠されているあの美脚が外気にさらされている!

 太ももまで巻き付いた白のリボンが食い込んでいるのがまた非常にエロい!

 スラリとした足ながら腿肉はむっちむちに肉づいた、いまにもしゃぶりつきたくなるような太もも!

 

 てかウエスト細っ!?

 知っちゃいたが本当に細っ!

 同じ内臓が入っているのか心配になるほどにくびれたウエスト。

 《蜂腰》と称されたソレは聖都中の女性の憧れの的だ。

 

 そして、そのくびれによって、より存在感が強調されている膨らみ……

 夢にまで見た聖女様のおっぱいが!

 薄い布一枚だけで包まれたおっぱいが!

 大事な場所だけを隠し、生白い谷間や横乳や下乳が際どく露出したおっぱいが!

 聖女様の生おっぱいがそこにはあった!

 

「あ、ああ、あぁあああっ!」

 

 俺は感動のあまり叫んだ。

 一部では「さすがにあのありえんデカさは何か詰めてるでしょ」と噂されていたが……そんなことはなかった!

 やはり、そのおっぱいは豊満であった!

 小柄な少女のカラダには、あまりにも不釣り合い過ぎる巨大おっぱい!

 大の男の顔もまるごとその谷間で挟めてしまいそうな特大おっぱい!

 見ただけで柔らかさが伝わってきそうな爆弾サイズおっぱい!

 

「お、おお……おおおおおおっっぱあああああい!」

 

 俺の理性は崩壊した。

 女神が身につける神聖な衣装も聖女様が身につければたちまち色気ムンムンなエロ衣装に様変わりしてしまう。

 

「うおおおおおおお! おぱおぱおぱおっぱああああああい!」

 

 聖騎士のチカラをフルに発揮して俺は跳躍した。

 オスを誘っているとしか思えない格好をした聖女様に向かって突撃し、手を差しのばす!

 いまこそあのおっぱいを我が手に……

 

「我が聖女に触れるな。穢らわしい人間よ……」

 

「っ!?」

 

 あと少しで膨らみに届きそうだった俺の手は、見えない壁によって阻まれた。

 な、なんだ? これまで感じたことのないこの高圧のエネルギーは!?

 

「地に落ちよ」

 

「ぐわあああああああっ!」

 

 強化された俺ですら突破できない防壁に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 それどころか……

 

「くっ、バ、バカな……甲冑が……」

 

 一瞬で身に纏っていた黒い甲冑が消失してしまった!

 《十二聖将》たちですら傷つけられなかった甲冑がいとも簡単に!

 

「平伏せよフェイン・エスプレソン。貴様のような輩には、我が聖女を見ることすら不敬である」

 

 聖女様の前で正体がバレても俺は焦ることはなかった。

 そんなことを気にしている場合ではないと、すぐに判断したからだ。

 

「……貴様は何者だ?」

 

 聖女様の姿をした『ナニカ』に俺は問いかける。

 

「我こそは貴様ら人間が《聖神》と呼ぶ存在だ」

 

「《聖神》だと!?」

 

「いまはこうして聖女ミルキースの器を借りている状態だがな」

 

 まさかの名乗りに驚く。

 では本当にこの惨劇は《聖神》自らが起こしているというのか!?

 

「《聖神》とあろうものが、なぜこんなことをする!?」

 

「決まっている。この地を浄化し、聖女ミルキースが生きるにふさわしい世界を創造するためだ」

 

「聖女様に、ふさわしい世界だと?」

 

「然り。この世界は穢れている。権力に溺れ、信仰を利用し、腹を肥やす愚か者どもが頂点に立ち、チカラ無き者たちはその腐敗した政治に頼るしかない世界。実に醜いとは思わんか?」

 

「それは……」

 

「だが、このミルキースという少女だけは違った」

 

 《聖神》は愛おしむように語る。

 

「彼女ほど清く美しい魂を持つ存在を我は知らない。まさに聖女の名にふさわしい。我が寵愛を受けるにふさわしい。ゆえに……」

 

 また、どこかで人の悲鳴が上がる。

 

「心の穢れた者をこの地から一掃する。そして我が聖女を人類の頂点に立たせ、この世界を真なる楽園に変えるのだ。

 清き心を持つ者だけが生きる世界……ああ、なんと目眩く未来か!」

 

 ひとり悦に浸って野望を語る《聖神》。

 世界の浄化。

 心清き者だけが生きる世界。

 どれも話がデカすぎて実感が湧かない。

 だが……

 

「お前の未来図なんて、俺には知ったこっちゃない」

 

 腐敗した世界とか、楽園がどうのとか、俺には心底どうでもいい。

 

「けど……」

 

 はっきりしていることは、ただひとつ。

 

 

 

「テメェが存在している限り、聖女様の乳を揉めねえってことだな!」

 

 

 聖女様の意識を乗っ取って、好き勝手している《聖神》。

 それだけでも気に食わないというのに、あろうことか聖女様に触れることすら許さないときた。

 これでは魔王軍に寝返っても意味がない!

 なら戦うしかない!

 相手が神だろうと関係ない。

 俺の目的を邪魔するヤツはすべて敵だ!

 

「聖女様のカラダを寄こしやがれえええ!」

 

 聖騎士としてのチカラを使い、再び宙に向かって跳躍。

 とにかく、あの光の障壁を破壊しなければ!

 この黒い剣で断ち斬ってやる!

 

 新たなる愛剣に渾身のエネルギーを注ぎ込む。

 しかし……

 

「愚かな」

 

 《聖神》は嘲笑を浮かべながら片手を差し出す。

 

「忘れたか? 貴様の聖騎士としてのチカラの源流が、どこから来ているのかを」

 

「あ……」

 

 プツン、と糸が切れたような感覚。

 聖騎士の証である、右手の聖痕が消える。

 同時に、俺の中で異能のチカラが消失していくのを感じた。

 

「これで、貴様はただの人間だ」

 

 視界が光で包まれる。

 

「かはっ……」

 

 気づけば、地に倒れていた。

 肉体の損傷は、命に関わるほどに重度である。

 身を守るための聖騎士の障壁が無くなったのだから当然だった。

 

 傍らには、黒い剣がある。

 

 ……刀身の砕けた、剣が……。

 

「簡単には殺さんぞフェイン・エスプレソン。貴様には生まれたことを悔やむほどの絶望を与えてから地獄に送ってくれる」

 

「あ、ああっ……」

 

 絶望、だと?

 そんなの、もうとっくにしている。

 頼りだった黒い剣が折れてしまったから?

 違う。

 

 俺の両腕。

 肘から先までの腕が二本とも……

 

 

 

 この世から消滅してしまったからだ。

 

「う、うわあああああああああああああああああああ!!!」

 

 聖女様の乳を揉む。

 その悲願は、もう叶うことはない。

 そのための両手を、失ってしまった。

 

 聖騎士としてのチカラも失った。

 剣も折れた。

 俺の心も折れた。

 

 これが絶望以外の何だというんだ?

 

「いい顔だフェイン・エスプレソン。その顔がずっと見たかった」

 

 もはや《聖神》の嘲りも耳に入ってこない……はずだったが。

 

「思えばお前ほど忌々しいと感じた存在はいない。ミルキースを完全な聖女にするためには、お前という存在だけがどうしても邪魔だった。ミルキースの思い人である貴様だけが」

 

 聞き逃せないことを耳にし、消沈していた意識が再び浮上する。

 俺が、聖女様の思い人?

 

「気づいていなかったのか? ミルキースは長年貴様に懸想していた。貴様に思いを馳せているときに限っては、彼女は聖女らしからぬ振る舞いを見せた。

 ああ、それだけが我は悲しい。貴様さえいなければ、ミルキースはとうに完全な聖女だったというのに!」

 

 そんな……。

 それでは聖女様のあの笑顔は。

 あの慈しみも。

 あの言葉も。

 万人に向けたものではない、俺だけに向けてくれていたものだったというのか?

 そうとは知らず、俺はひとりだけ先走っていた?

 素直に思いを打ち明けていれば、もしかしたら今頃、簡単に悲願は成就していたかもしれなかったというのに?

 

 聖女様、あなたは……

 

 ――フェイン、見てください。私が育てた花がこんなに綺麗に咲きました!

 

 ――フェイン、よろしければ、あなたが子どもの頃のことを教えてくださいませんか? ……あ、いえ! 深い意味はないです! 聖女として聖騎士ひとりひとりのことを理解するのは大事ですから!

 

 ――もう、フェインったらまた無茶をして。あまりシュカを心配させるようなことはしてはなりませんよ? ……私だって、もちろん心配なんですからね?

 

 ――ねえフェイン? いつか、この戦いが終わったら私と……いえ、なんでも、ありません!

 

 ――フェイン。きっとこの世界を平和にしてみせましょう。あなたと私なら、きっと……

 

 

 

「聖女様……」

 

 気づいた。

 気づいてしまった。

 こんなにも、こんなにも俺は、聖女様が好きだったんだ。

 好きな人の乳を揉みたいと思う。

 俺のこの気持ちは、そんな至極当たり前のものだったんだ。

 

 俺に必要だったのは、魔王軍に寝返る勇気ではなかった。

 聖女様に思いを伝える勇気だったんだ!

 

「フェイン・エスプレソン。忌々しい魔族どもを滅ぼしてくれたことだけは褒めてやろう。我がこうして降臨するまでは、貴様ら人間どもに頼るしかなかったからな。ミルキースの住む世界にあのようなおぞましい存在は不要だ。

 ……そして貴様も用済みだ。消えるがよい」

 

 気づいたところで、もう手遅れだ。

 戦うチカラを失った俺ではもう、聖女様を救うことができない。

 

「喜ぶがいい。愛する者の手によって逝けるのだからな」

 

 破壊光が迫ってくる。

 これが国を……聖女様の願いを裏切った者の報いか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――諦めるにはまだ早いよ、フェイン。

 

「え?」

 

 迫り来るはずの終わりは訪れなかった。

 砕けたはずの黒い剣。

 それが独りでに浮き上がり、《聖神》の破壊光を防いだのだ!

 

 ――君が充分に時間を稼いでくれたおかげで、元の姿に戻る準備が整った。

 

 この声は……

 黒い剣を抜くときに聞こえたのと同じ声!

 やはり、この剣そのものが話していたのか!?

 

 ――さあ、反撃の開始だよ。

 

 砕けた剣が強い光を発する。

 光源から光の粒子が流れ、そのまま両腕の切断面に集まったかと思うと……

 

「くっ……う、腕が!?」

 

 見る見るうちに無くなった腕が再生していく!

 聖女様でも欠損した部位は再生することはできなかったのに、こんなにあっさりと!

 このチカラはいったい!?

 

 ――いまとなっては君こそが希望だフェイン。だから諦めちゃいけない。

 

 光り輝く剣は、徐々に人の輪郭を形成していく。

 

「き、貴様はまさか!?」

 

 《聖神》が動揺の声を上げる。

 俺も驚愕する。

 目の前に現れたのは、聖女様にも負けない美貌を持つ黒髪の美少女だった。

 

「……ふぅ。やっぱり外の空気はおいしいね」

 

 け、剣が女の子になった!?

 

「き、君はいったい……」

 

 困惑する俺に向けて少女はニコリと愛らしい笑顔を浮かべる。

 

「はじめまして。ぼくはリィム。君たち人間が呼んでいる、魔王ってやつさ」

 

「魔王!?」

 

 この女の子が!?

 いや、しかし魔王は確か俺が倒したはず……

 

「君が倒したのは影武者さ。本当の魔王であるぼくは、こうして剣として姿を変えていたのさ」

 

 影武者だって?

 どうりで魔王にしては手応えがないとは思ったが……

 

「な、なんたってそんな真似を?」

 

「ちょっと素性を隠さないといけない事情があってね。あとは、こうしてこっそり聖都に忍び込む作戦のためさ」

 

 リィムいわく、魔王軍で二番目に強いあの影武者を倒すほどの戦士の到来を、ずっと待っていたという。

 剣には抜かざるを得なくなる『魅了』の魔術がかかっており、抜いた者の意識を乗っ取る仕掛けが施されていた。

 そうして聖騎士のフリをして聖都に侵入する予定だったようだが……

 

「まさかぼくでも乗っ取れないほどの精神力の持ち主だったとは想定外だったよ。それだけ君の願望が強かったということかな? まあ、無事こうして聖都に入れたことだし、結果オーライってやつだね」

 

「……侵入してどうする気だったんだ? やっぱり聖都を滅ぼすためか?」

 

「いや、ぼくらの目的はずっと昔からただひとつさ。この人間界に現れた《聖神柱》を破壊すること……もっと言えば、《聖神》と呼ばれるあの存在を滅ぼすためさ」

 

 そう言ってリィムは《聖神》を睨む。

 

「久しぶりだね。相変わらずそうやって気に入らない者を消すことばかりしてるんだね、君ってやつは」

 

「……リィム。まさか貴様が生きていたとはなっ!」

 

 リィムの挑発に《聖神》は憎悪を込めた声で応える。

 なんだ? 会話からするに《聖神》と魔王は顔見知りのようだが……

 

「君には真実を明かしておこうかフェイン。君たちが魔族と呼んでいるぼくらはね……もともとは、あの《聖神》の住まう天界の住人なのさ」

 

「なに!?」

 

「あの身勝手な《聖神》様はね、気に入らない天界の民をこの人間界に追放し続けてきたんだよ。『見た目が醜いから視界に納めたくない』とか『自分に忠実じゃないから気に入らない』とか『そもそも自分を愛さないやつは必要ない』とか。そんな理不尽な理由でね」

 

 な、なんだそりゃ。

 まるで暴君そのものじゃないか。

 

「ぼくもね、アレに求婚されて『イヤだ』って拒んだ結果、殺されかけたんだ」

 

「は?」

 

 なにソレ? ひ、引くわー。

 というか、正確な年齢はわからんが魔王の見た目って年端もいかない幼女なんだけど……

 なになに? 《聖神》ってロリコンだったの? しかもフラれたから殺すとか……ないわー!

 

「当然の報いだ! 我と同等のチカラを持つ希少な存在だから求婚してやったというのに、我が妻になることを拒むとは! 死を持って償うのが当然であろう!」

 

 しかも全然悪びれてねー!? マジ引くわー!

 

「……とまあ、あんな感じに理不尽な理由で瀕死の重傷を負わされたぼくも、そのままこの世界に追放されたというわけさ」

 

 それが人間たちが語る、魔王到来の経緯か……。

 

「姿を隠していたのは、《聖神》にぼくの生存をバラさないため。その間に傷ついたカラダを癒して、失ったチカラを回復させる時間が必要だったんだ。……すべては《聖神》を倒し、皆で天界に帰るためにね」

 

 長年続いた人間と魔王軍の戦いの真実。

 その元凶はそもそも……

 

「ぜんぶお前のせいじゃねーか《聖神》!」

 

「黙れ黙れ! 我は何も間違えない! 我は絶対なる存在! 我が為すことはすべて正しいのだ!」

 

 だ、だめだコイツ。メチャクチャだ。

 こんなイカれたヤツを俺たちはずっと神として信仰していたのか?

 

「我を崇めない存在など必要ない! 我を愛さない存在はもっと必要ない! だからすべての民をこの地に追放してやったのだ!」

 

「すべての民!?」

 

 道理でやたらと魔族が多いと思ったが……いくらなんでもやり過ぎだ。

 コイツ、本気でイカれてやがる!

 

「愚かな民など無用! 天にはこの我だけが存在していれば良いのだ!」

 

「そう言うなら、なんでこの人間界に干渉しにきたんだい?」

 

「……なんだと?」

 

「だってさ、気に入らない民を全員追放して清々したんだろ? ひとりきりになって満足したんだろ? ……なのに、わざわざこの世界に関わるのはどういった理由だい?」

 

 確かにリィムの言うとおりだ。

 唯一絶対の存在でありたいのなら、他の存在なんて必要ないはず。

 それが我慢ならなかったのは……

 

「つまりはさ……寂しくなったんだろ? 自分を構ってくれる存在がひとりもいなくなったから」

 

 とつぜん地上に《聖神柱》が出現し、人間に関わるようになったのも。

 追放した魔族を憂さ晴らしとばかりに人間を利用して滅ぼそうとしたのも……

 すべては、そんな子どもじみた理由から。

 

「そして、いまはお気に入りのお人形さんを見つけてご満悦ってわけかい? そのかわいいお人形さんと遊ぶためのドールハウスを作るために、気に入らないものは全部消すと……まったく、呆れてものも言えない」

 

「我が崇高なる目的を愚弄するか!」

 

「事実を述べたまでだよ。本当に、君ってやつはどこまでもワガママだね」

 

 そうだ。

 こんなワガママのせいで、俺たちはずっと……。

 聖女様は、ずっと……!

 

「……それで、フェイン。君の大切な人がこんな形で奪われて納得できるかい?」

 

「できるわけねーだろうがあああああああああああああああ!!」

 

 許せるわけがない。

 コイツのせいで起こるはずもなかった争いが生まれた。

 ひとりの少女の運命を狂わせた。

 絶対に、許せない! コイツだけは!

 

「そうか。ならぼくらの目的は一緒だ」

 

 ああ。もう人間と魔族とかどうでもいい。

 倒すべき敵は《聖神》……コイツだけだ!

 

「ふん。たった二人だけで何ができる? それにリィム。貴様はともかくそこの人間はもはや何のチカラも持たない役立たずだぞ?」

 

「おいおい、長年独りぼっちだったからボケたのかい? 君はその女の子に自分のチカラを授けたんだろ?」

 

「なに? ……まさか!?」

 

「君程度にできることが、ぼくにできないと思うかい?」

 

 リィムが俺の手を握る。

 

「君に託してもいいかいフェイン? 《天の制約》ってのがあってね。ヤツに追放されたぼくらじゃ、ヤツにトドメを刺すことができないんだ。だからどうしても、人間のカラダが必要だったんだ」

 

 リィムが剣となった目的は、身を隠すためだけではなかった。

 人の手で《聖神》を滅ぼしてくれる勇者を、ずっと待っていたのだ。

 

「だから……」

 

「ああ、任せろ」

 

 手の甲に光が生じる。

 

「俺が《聖神》を倒す。そして……聖女様を取り戻す!」

 

 刻まれる新たな聖痕。

 身の内から生じるチカラの奔流。

 かつて感じたことがないほどの強大なエネルギーが込み上がってくる。

 

 魔王リィム。

 《聖神》と同等のチカラを持つという彼女のチカラ。

 聖女様がそうだったように、それは人間の枠を超越して、高次元へと至る鍵。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 かくして、契約は成せられた。

 

 手に握るは刀身の折れた剣。

 しかし問題はない。

 刀身がないのならば……自ら生み出せばいい。

 

「はぁっ!」

 

 鍔から出現したのは光の剣。

 チカラそのものが教えてくれる。

 これこそが《聖神》を滅ぼすための最終手段。

 魔王リィムが歳月を経て創り上げた《神殺しの剣》だと!

 

「……愚かな」

 

 己を滅ぼす可能性を秘めた存在が出現しても尚、《聖神》は嘲笑う。

 世界で最も慈愛の笑顔が似合う、聖女様の顔で。

 

「身の丈に余るチカラを手に入れたところで、人間ごときにこの我を滅ぼせはずがない。それに……」

 

 《聖神》の周囲に出現するは無数の光の槍。

 

「どの道、これで貴様らは滅びる運命だ!」

 

 俺たちどころか、この聖都そのものを破壊し尽くさんばかりの槍が、轟音を立てて雨のように振り落とされる。

 これまでの俺だったら、この数の攻撃を防ぐことはできなかっただろう。

 

 これまで、なら。

 

「……いいや、終わるのはお前だ」

 

「なっ!?」

 

 たった一振りの斬撃。

 それだけで光の槍はすべて一掃された。

 

「バ、バカな!?」

 

 己の攻撃が悉く無に帰したことで、《聖神》にも焦りが生じたようだ。

 

「くっ! 小癪な!」

 

 先制される前に防護障壁を展開する《聖神》。

 だが、それすらも……

 

「穿て」

 

「っ!?」

 

 剣先から射出される破壊光。

 あれほど強固だった障壁は、紙切れのように消失した。

 

「あ、ありえぬ!?」

 

 攻撃も防御も、この剣の前ではもはや無意味。

 ならばあとは、聖女様のカラダからヤツを切り離すだけ。

 そのための手段もすでにチカラそのものに教えてもらっている。

 聖女様の身を傷つけることなく、それは可能だ。

 

「あ、あってはならん! こんなことがあってたまるか!」

 

 不利と悟ったか。

 あまりにも見苦しことに、ヤツは戦線を離脱しようとする。

 光の速度で人の身では届かない天高くに逃げようとしている。

 

「おっと。逃がさないよ」

 

「ぐっ!?」

 

 だが逃走は阻まれる。

 リィムが展開した結界によって、脱走路は塞がれた。

 魔王が作り出す結界だ。

 そう簡単に破られはしまい。

 

「忌々しいやつらめ!」

 

 続いて出現するは奇怪な装甲を纏った無数の雑兵。

 チカラで分析を開始する。

 雑兵そのものに命はない。中身は空洞の鎧だけの存在だ。

 だがそのチカラは一騎一騎が《十二聖将》にも並ぶ戦闘力を秘めている。

 数で押されたら不利になるだろう。

 

「ふははは! 戦力差が貴様らの敗因だったな! せいぜい遊んでやるがいいわ!」

 

 数で攻めてこちらの集中力を削ぐ作戦のつもりらしい。

 いくら倒しても無限に湧く雑兵。

 確かに厄介だ。

 しかし……

 

「戦力差だって?」

 

 ヤツは忘れている。

 

「そんなのすぐ越えてやるさ」

 

 ここにいるのは、あの魔王リィムだということを。

 

「皆! いまこそ反撃のときだ!」

 

 リィムの掛け声と共に轟く異形たちの咆吼。

 

 魔王がいる限り何度でも蘇る魔族たち。

 その実体は、《聖神》に等しいチカラを持つリィムだからこそできる奇跡だったのだ。

 いまこの瞬間、すべての魔族……いや、天界の民たちが、憎き神を打倒し、元の世界に帰るために集った!

 

「覚悟しやがれこの野郎!」

 

「俺たちは帰るぞ! 元の世界に!」

 

「聖騎士! いまは貴様にチカラを貸そう!」

 

「お前には何度もやられたが……いまは忘れてやる!」

 

「雑魚は我々に任せよ!」

 

「目的のためとはいえ、人間を何度も傷つけた手前、こんなことを言うのは身勝手だが……頼む! ヤツを倒してくれ!」

 

「お願い! あなたにしかできないの!」

 

 かつて敵対していた者たち。

 だがいまや共通の敵を倒す協力関係だ。

 

「我が背に乗るがいい聖騎士。敵のところまで連れていってやる」

 

「お前は……」

 

 魔王の影武者!

 実力ナンバー2の彼は竜の姿となって、俺に背を差し出す。

 きっとこれが本来の姿なのだろう。

 

「あのときはお前の目的を笑ったな」

 

「?」

 

「『聖女の乳が揉みたい』。バカらしいことこの上ないと思ったが……しかし、あの聖女を見て考えが変わったわ」

 

 そう言って竜はグッと親指を立てた。

 

「男なら、あれは揉まざるを得ないな」

 

「……わかってるじゃねーか!」

 

 同じくグッと親指を立てて、俺は竜の背に乗った。

 

「行くぞ聖騎士! 取り返せ! 惚れた女を!」

 

「当たり前だぁあああ!!」

 

 待っていてくれ聖女様!

 必ず助ける!

 


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