走る。
走る。
「──うわでた。あの人トレーナーまだやってたの?」
「──でも悪気はなかったって話だよ?」
「──つっても予想出来たろ?あーなっちまうの。」
「──どの面下げてここ来てんだお前っ!」
「──まぁ、悪気があろうがなかろうが…あれは…ね?」
うるさい。
うるさいけど
正しい。
「ま、まって!シキ!!」
ごめん。ユウリ。やっぱり無理だ。
──────────
「…っ…はあっ…ちっく…しょお…っ」
全力疾走をした後だ。息が上がっても仕方ない。いまがどこかなんて分からない。とりあえず適当な路地裏に逃げ込んだ。壁に背を預けて地面に座る。
別に誰も追いかけているわけじゃないのに、全力で何かを振り切るように逃げた。
サルノリはボールに入れて逃げた。
サルノリはああ見えて強いし、速いから俺がボールに入れなくても追いつけただろう。じゃあなんでボールに入れたのか。
「…サルノリ、出てきて。」
サルノリをボールから出す。すると、不安そうな顔が目に入る。心配してくれてるんだろう。
なぜサルノリをボールに入れたのか。いや、入れざるを得なかったのか。それはある1人のヤジの声を聞いて反射的にボールに入れたからだ。
『──てめぇそのサルノリにも同じことすんじゃねぇのか?!』
「…サルノリ。ごめんな…おれ、だっっさいトレーナーでさ。」
ようはサルノリにすがったのだ。俺だって前はもっと手持ちがいた。けどケジメとして全員にがした。もちろんサルノリもにがした。
けど、このサルノリだけはハロンタウンまで歩いて帰ってきた。
「おれ…サルノリが相棒だって、言い返せばいいのにさ…ボールに入れて逃げてさ。
…お前もホントは俺が嫌いなんじゃないかって、疑っちまった。」
─キ
サルノリはまるであやすように俺の頭を撫でてくれる。
ああ、ダッサイなぁ。
──────────
「シキ。ガラルに引っ越すわよ!」
「はえ?」
そのシキという少年は最初何を言われているのか分からなかった。
自分は昨日たしかポケモン剣盾の図鑑を完成させて、寝たんじゃなかったのか。というか俺一人暮らしだったよな?あれ?
混乱していたが話を続ける。
「あ、うん。ガラルってどこの国?」
「ん?ガラル地方よ?」
「ん?」
「ん?」
母との会話が妙に噛み合わない。
ただそこにいる母は自分が正しく記憶している母親だし、自分の家も見慣れたものだ。
大きめなテレビに置時計。
ただ1点、妙な点があった。
「あれ?ポンは?」
飼っている犬が見当たらなかったのだ。ポンはシキが子供の頃から飼っていた、ヨークシャーテリアで、家族みんなで「ぽんちゃん」と可愛がったものだ。
「ポン?」
「うん、ぽんちゃん。家族の。」
「…あなた顔洗ってきたら?」
「へ?おう、じゃあそうする」
風呂場も脱衣所も覚えている通りの造りで、何一つ不自由じゃなかった。
言われた通りにシャワーを浴びた後部屋に戻る。暇だからポケモンでもしようと、スイッチを起動して気づく。
「は?」
ないのだ。ポケモンが。ホーム画面に。
シキは焦った。
いままで育成と図鑑の完成に費やした時間は?水の泡?ウォーターバブル??
よく分からないことを口走ったあと1度冷静になる。そうだ。何かの間違いで親がソフトを抜いてしまったのだろう。きっとそうだ。
確認するために、母に確認しに台所へ向かう。
「ねぇ、母さ─────」
「どうしたのシキ?暇ならのタマゴのせわしてあげて。」
シキは母の隣にあるポケモンのタマゴを見て、固まった。
──────────
シキがガラルに引っ越すころには、落ち着きを取り戻していた。
もともと北海…じゃなくてシンオウ地方にいたシキ一家はガラル地方への引越しを決めた。
ならガブリアスつかフカマル捕まえとかねぇと!!おい母ちゃん!!モンボくれモンボ!!
などと口走っていたシキの思いは届かず、割とすぐガラル地方にやってきた。どのみちシキはフカマルをゲットすることは出来なかっただろう。手持ちが1匹もいないのだから当たり前だ。
トレーナーにまだなれなかったシキはどうしたのか、もちろんテレビでやっていたのポケモンバトルにのめり込んだ。
「えええええ?!なにあのわざ!?合体技?!え、まって録画録画!!」
「あああああ!シロナさんのガブリアスかっこいいいいいい?!あああああ!」
「ええい!離せ母ちゃん!おれはカビゴンのお腹に飛び込んでくるんだ!!いますぐ!会場に!!!」
時にはそこら辺を行くトレーナーに話しかけた。有名人もたまに居た。
「かっ、カッコいいすね!ゴウカザル!え、技見せてくれるんですか?!おおおお!!」
「あなたはメリッサさん!!あっいえ、テレビ見てるんで、あの…フワライドにつかまっていいですか…?」
「い、イーブイかわええええ!あっ、すいません。うるさいですよね。はい。」
とにかくポケモンのいる生活が楽しくて仕方なかった。
当たり前だろう、子供の頃にポケモンに触れたことのある人は必ずしも考えたことがあるだろう。ポケモンが本当にいたら!とか。
さて、シキがダンデからサルノリをもらって、旅立つ前までに気づいたことは大きく3つ。
1つ、ポケモンバトルはターン制じゃない。
んじゃ、「すばやさ」はゴミか?そうじゃない。事実、テレビでみたシロナのガブリアスはスピードで相手を圧倒していた。距離を詰める、離す、攻撃を避けたり、奇襲するのにもこのステータスは高い方がいいように見えた。
「「あなをほる」して、飛び出し際にドラゴンダイブ叩き込むのなにあれ?攻撃のタイプなにになるの?え?」
と混乱していたとの事。
2つ、母ヤバいやつ説。
あの日のタマゴは無事に孵った。
中身はリオルだった。
あらあら可愛いわね。とか言ってる母の横でお前何モンだよと本気でシキは混乱した。タマゴちょーだい、とも言っていた。
3つ、自分は英雄になれない。
ホップが同い年で、これは?!とか舞い上がったこともあったが、家からまどろみの森が遠かった。ユウリの家が1番近かった。
ダンデにポケモンをもらった次の日、まどろみの森に入っていったのはあの2人だった。
「お、お前ら平気だったか?!」
「う、うんなんとかね」
「なんかすごい威厳あるポケモンがいたんだぞ!シキ!」
さて、ここまでシキがどうポケモン世界に馴染んだのかわかっていただけたかと思う。
なら、シキの失敗はなんだったのか。
──────────
シキはポケモンバトルの勝率が悪かった時期があった。タイプ相性は分かれど、わざを組み合わせたりする発想力、ポケモンとの連携力が伸び悩んでいた。
「ちっくしょお。サルノリ、レドームシ。大丈夫か?」
─キ、キィ…
─レド…
ゲットしたサッチムシが、レドームシに進化していたとはいえ、ちゃんと2匹の力を引き出せていなかった。
ポケモン1匹捕まえるのだって苦労した。ボールがあたらないあたらない。自分がノーコンなのではないかと自信を失うくらい捕まえられなかった。そりゃそうだ。ポケモンだって好きで捕まるものもいれば、捕まりたくないものもいる。必死で逃げるだろう。
バトルだって難しい。
自分のポケモンが何を覚えているか最初は図鑑を見ないとわからないし、なんなら体力も見えない。性格も分からないし、極めつけにレベルだって分からない。
相手もbotじゃない。ちゃんと考えて、対策している。
目があったらボコボコにされるなんて、珍しくなかった。
さらにはシキにはプライドもあった。
「もうクリアしてる」「相性覚えてる」
こういった別世界で強くなった自信はあまり意味がない、だなんて頭では分かっていたのだろう。
しかしだ。
口には出さなかった。サルノリにも、ユウリにも、ホップにも、母にも言わなかった。
「ゲームだったら…」だなんて。
少しずつ、だが確実にシキの意識が変わっていった。
次、なるべく早く仕上げて投稿します。