魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~ 作:黒井福
腕輪に再度封印されたシェム・ハとの交渉……その為S.O.N.G.は少しだけだが慌ただしくなった。
何しろ封印されていたとは言え、嘗てこの地球に君臨していたアヌンナキの意識を引っ張り出して対話しようと言うのだ。準備を怠ればどんな不具合が起こって、それがどんな惨事を引き起こすか分かったものではない。
差し当たりシェム・ハとの交渉の準備は、その道のプロであるアリスとキャロル、サポートにエルフナインに加えて錬金術師協会からサンジェルマン達まで呼び寄せると言う大事に発展していた。流石に錬金術に関してはアマチュアもいい所な了子は大々的に手を付ける事は出来なかったが、それでも聖遺物関連のエキスパートと言う事でエルフナイン同様サポートに回り準備を進めていた。
「とは言え、まさかあーし達が神と称されるアヌンナキと対面する場面に立ち会えるとはね~」
「これはまたとない機会なワケだ。せっかくだから、得られる情報は得てしまおう」
「プレラーティ。勤勉なのは結構だけれども、お願いだから欲を出して事態を悪化させるような事だけはしないで頂戴ね?」
「私はそんなに強欲ではない」
封印された物体から意識だけを引っ張り出すと言うのはいう程簡単な事ではなく、これ程の数のエキスパートが揃っても尚その準備には結構な時間を要していた。尤も準備の時間の大半は、シェム・ハの力を抑え込む為の処置にかなりの割合を割かれていたが。
「間違ってもシェム・ハ本体が飛び出してくるような事態だけは避けないといけませんね」
「あぁ。依り代が無ければ表に出られない存在になっているとは言え、腕輪を捨てて小日向 未来の体を強引に奪いに出てこないとも限らない。十重二十重に結界を張って、意識以外は表に出られないようにしないとな」
こうして腕輪からシェム・ハの意識を引っ張り出す為の準備は進んでいった。
準備が整うまでの間、暇な颯人達ではあったが当然時間を持て余す様な事はせず、この間にジェネシスの襲撃を警戒したりと緊張感のある時間を過ごしていた。あのワイズマンがこのまま腕輪を放置する訳がないのである。来るとすれば未来の身柄共々狙ってくるだろうから、未来への警備も万全にしつつ襲撃に備え、それだけでなくジェネシスが潜んでいるだろう場所へと赴き捜索するような事もした。
しかしそれらの結果は芳しくなく、以前は潜んでいた形跡もあったがアタリを付けた場所はどこももぬけの殻と無駄足を踏む事となってしまっていた。
この状況に、捜索に出ていた颯人も思わず首を傾げた。
「な~んか、不気味だなぁ……随分と静かじゃねえか」
「おかしいですね。ワイズマンにしては随分と慎重というか、不自然なくらいに大人しいです」
颯人が感じた違和感は、透も同様に感じていたらしい。ワイズマンがこのまま腕輪を放っておく筈がないと言う確信はあったのだが、その為の備えを何もしていない状況は明らかに不自然であった。幾ら魔法使いが転移魔法で何処に居ようとすぐに移動できるとは言え、それに依存し過ぎているのは明らかにおかしい。こちらが向こうの手の内を理解している様に、こちらだって向こうの手の内は理解しているし相応の対策は練っている。少なくとも今現在、本部周辺に直接転移して襲撃する事は不可能な様に結界を張っているので、連中が腕輪奪取の為襲撃を仕掛ける為にはその中継点となるアジトが必要不可欠な筈なのだ。
「ハヤト。相手を欺く事に長けたお前の意見を聞きたい。今の状況をそのまま受け止めたとして、お前ならどうする?」
休憩がてらペットボトルから水を飲みつつガルドが颯人に問い掛けた。それに颯人は腕組みしつつ視線をあちこちに彷徨わせ、自身の考えを纏めて口を開いた。
「まぁ素直に諦めるなんて事は絶対にねえな。連中は俺らが腕輪と封印されてるシェム・ハを危険視してる事は知ってるんだ。場合に寄っちゃ腕輪ごとシェム・ハの排除も考えてる事は予想してる。だから腕輪の早期奪取は絶対条件だ」
「だがそれをする為の準備がお粗末に過ぎないか?」
「もしかして、僕らが調べた後になって改めて隠れ家を作り始めてるんじゃ?」
「いや……それはねえな。俺だってその可能性は考えてるし、もしそうなった時の為に今まで調べた所には全部仕掛けを施してある。何か異変があればすぐに分る筈だ」
一度調べてしまえばそこはもう安心と油断してしまうのは人間の心理である。なので颯人はその油断を逆手にとって、これまで調査したところ全てに簡単な警報装置の役割を果たす魔法を仕掛けておいた。もしそこで大規模な動きが起これば、即座に颯人に警報が届く仕掛けだ。
念の為に都市掛けてきた罠ではあるが、颯人はこれが徒労に終わると察していた。こんな単純な罠に嵌るほど、ワイズマンは簡単な輩ではない。
「考えられるとすれば…………少数精鋭での潜入とか、か?」
「それは……かなりのハイリスクなんじゃないのか?」
「今本部には、錬金術師協会のサンジェルマンさん達も来てるんですよ? 加えてキャロルさんも居ますし、シェム・ハとの交渉には僕らも同席するんですから、今あそこは世界の何処よりも警備が厳重な所になる筈です。そんな所に、幾らワイズマンと言えども少数で攻め込む様な事しますか?」
「それは、そうなんだけどなぁ……」
颯人がスッキリしないのは、ワイズマンの本命の狙いが読み切れていない事にあった。彼の狙いが神の力であり、その為にシェム・ハが封印された腕輪と依り代となる未来の身柄を狙っている事は分かっている。問題なのはそもそも何故ワイズマンが神の力をそこまで欲しがるのかという事にあった。奴らは神の力で何を成し遂げようとしているのか、それが分からないからこうした場当たり的な対応しか出来ていないのである。
それが気持ち悪くて、颯人はここの所ずぅっと奥歯に物が挟まったような気持ち悪さに悩まされていた。
颯人達が悩みながら話し合っていると、周囲に異常がない事を確認した輝彦が戻ってきた。
「話し合っているところ悪いが、そろそろ時間だ。戻るぞ」
「ん、そうか。もう準備終わったのかい?」
「あぁ。間も無くシェム・ハの意識を引っ張り出す」
「流石にあれだけのメンツが揃うと仕事も早いな」
「ここから先は、僕らは裏方ですね」
本部の方でシェム・ハとの交渉の準備が整い、颯人達は魔法で本部を覆う結界の近くまで転移した。そこは事前に決めておいた合流ポイント。本部とその周辺をジェネシスの魔法使いによる転移から守る為、颯人達が帰還する時は結界の外で合流し慎次が用意した車で戻る事が決められていたのだ。
「お待ちしてました。さぁ、乗ってください」
「悪いね緒川さん。奏達のマネージャーなのに、運ちゃんの真似させちゃって」
「気にしないでください。皆さんをサポートするのも僕らの仕事ですので」
颯人の労いの言葉に慎次が笑顔で答えながら運転席に乗り込む。颯人達が彼に感謝しながら乗り込み、慎次が車を走らせて少し進んだところで輝彦は魔法で追加の結界を周囲に張り巡らせた。
〈アラート、ナーウ〉
「そいつは?」
「単純だが、警報機の様な物だ。本部の場所自体は変わっていない、と言うか変えようがないからな。転移魔法が使えずとも、徒歩や飛行でやってこないとも限らん」
「飛行はともかく、徒歩はないんじゃ?」
「いや、分からないぞ。可能な限りバレない様に近付こうと、敢えて空を飛ばずに来る可能性もある。備えあれば仕損じぬと言うだろう」
「備えあれば患いなし、ですね」
「後半は急いては事を仕損じる、だな。最後の部分すら間違っているが」
「……ホント?」
等と束の間の穏やかな雰囲気のまま、彼らを乗せた車は本部潜水艦を停泊させている湾港の駐車場に停車した。颯人達は停まった車から降りていくが、ガルドは先程の間違いをまだ引き摺っているのか顔を両手で覆い透に慰められている。
そんな彼らを引き連れて輝彦が腕輪を安置している部屋へと入ると、そこでは装者8人に加えてアリスやサンジェルマン達錬金術師、そして弦十郎など錚々たる面々が既に待機していた。
「来たか」
「すまないな、待たせた」
「いや、大丈夫だ」
彼らを待たせてしまった事に輝彦が軽く頭を下げつつ、合流して腕輪からシェム・ハの意識が引っ張り出されるのを待つ。因みに未来はこの場には居ないが、壁一枚隔てた部屋でキャロル、ハンスと共に強化ガラス越しに内部の様子を見ていた。安全を考えるのであれば未来はもっと離れた部屋に居るべきなのかもしれないが、本人のたっての希望もあって強化ガラスを隔てた別室から様子を見守り近くでキャロルが守りにつくと言う事で落ち着いた。
人手が揃ったところで、サンジェルマンとアリス達がいよいよシェム・ハの意識を引き上げる作業に取り掛かる。
「では、行くわよ」
「はい」
アリスとサンジェルマンが錬金術により、腕輪に封印されたシェム・ハの意識を引っ張り出す。腕輪の周囲に展開される多数の幾何学模様が腕輪を照らし、件の腕輪を起動させる音階を響かせた。すると音階に合わせて腕輪が明滅し、腕輪上部に新たな幾何学模様からなる魔法陣の様な物が展開されるとそこから何かが姿を現した。
それを別室で見ていたキャロルは、同室する未来に問い掛ける。
「あれが?」
「はい、間違いありません。あれが……シェム・ハです」
依り代にされていた間、深層意識内でシェム・ハと対面した未来だけは即座にそれがシェム・ハ本人であると認識する。
シェム・ハの容姿は、一言で言ってしまえば人間離れしていた。肌は病的とかそんな表現では済まない位真っ白であり、髪も同色となっている。肌には白だけでなく元々そうなのか、それとも化粧の類なのか薄い紫色が引かれている部分もある。
姿を現したシェム・ハを颯人達が見守っていると、シェム・ハはゆっくりを目を開いた。まるで爬虫類の様な赤い目が室内を見渡し、そこに並ぶ面々に顔を顰める。
「……何のつもりだ?」
自身の前に並ぶ一行をジロリと見渡し、シェム・ハが開口一番そう問い掛ける。それに答えたのは、曲がりなりにもこの場で最も権力を持つ責任者である弦十郎であった。
「君と、交渉の機会を作った」
「交渉、だと? 仰ぎ見るしか出来ぬヒト如きが、神である我に交渉だと?」
弦十郎の言葉にシェム・ハは屈辱に顔を歪ませ肩を震わせた。シェム・ハからすればふざけているとしか思えぬ発言だったのだろう。神を自称し、実際過去の地球に君臨した自分と圧倒的に劣った存在である彼ら人間が交渉しようなど、烏滸がましいにも程があると言いたいのだ。
しかし現状、条件は対等どころかシェム・ハが圧倒的に不利であった。何しろシェム・ハは文字通り手も足も出せない状態なのだから。
「ぬ……くっ! 小癪な……!?」
ふざけた事を抜かす弦十郎やその周囲に居る者達に目に物見せようとしたようだが、意識以外の部分は全て腕輪の中に封印されたままなので何も出来ない。言葉を交わす以外の全てを封じられたと理解したシェム・ハは、悔しそうに奥歯を食い縛りせめてもの抵抗なのか怒りの籠った目を周囲に向けた。
その視線に晒され、切歌や調は思わず息を飲む。
「うぅ……何も出来ないと分かってはいても……」
「やっぱり、緊張は隠せないのデス」
恐らく矛先が向いてくる事はないだろうと思ってはいても、やはりああいう感情を向けられては居心地が悪い。それを察してか弦十郎も早々に本題に入った。
「状況は理解してもらえただろう。その上で、話がある。和平への道は拓けないだろうか?」
「和平?」
「そうだ。ハッキリ言って、こちら側としては不要な争いは望むところではない。もしこれ以上我々やこの世界に害をなさないのであれば――――」
出来るだけ穏便に、平和的に解決しようと交渉する弦十郎であったが、シェム・ハはそんな彼の提案を真っ向から拒絶した。
「ふざけるな、仰ぎ見るしか出来ぬヒト如きがッ! 何を血迷って我と対等に接しようとしているッ!」
徹底して人間を見下し、飽く迄も自分が支配する側であると言うスタンスを崩さないシェム・ハ。これは交渉が難航するどころか不可能に近いと弦十郎達が早々に諦めムードになったその時、危険を恐れず響が前に出て自身の想いを口にした。
「あの、シェム・ハさんッ!」
「何だ、貴様は?」
「あ、私、立花 響って言います。それで、シェム・ハさん。私達、本当に仲良くする事とかできないんでしょうか?」
必死にシェム・ハと分かり合う方向で話を進めたい響の姿に、クリス何かは若干呆れた目を向けていた。尤もそんな彼女の優しさに助けられた事を理解している為、決して邪険に思う事はせずそれでこそ響だと寧ろ認めてもいた位ではあるが。
「ったく、相変わらずだなあの馬鹿は」
「でも、僕も響さんと同じ気持ちだよ」
平和主義とも言える響の思考に、共感したのは彼女と同じく平和的解決を望む透であった。彼は響の隣に立つと、彼女と揃ってシェム・ハに共存への道を歩めないかと手を差し伸べた。
「シェム・ハさん。あなたから見れば、僕ら人間は弱くてちっぽけな存在なのかもしれません。それでも、今はこうしてあなたの前に立てている。あなたが生きていた頃とは違うんです。そんな僕らを、少しでも認めてもらう訳にはいきませんか?」
透はこう考えた。シェム・ハが人間を見下すのは、彼女が生身を得て生きていた時代の価値観のままに自分達を見ているからではないかと。言うまでも無いが、過去の人間と今の人間は違う。シェム・ハが生きていた当時に比べて、人間はずっと多くの事を学び文明を発展させてきた。勿論互いに争い合ったり、いがみ合ったりする事もあったがそれは人間の在り方が多様性に富んでいる事の裏返しでもある。今の人間と過去の人間は違うのだ。その人間を少しでも知ってもらえれば、シェム・ハの考えも少しは変わるのではないかと彼は期待していた。
だが透の言葉もシェム・ハからすれば煩わしいの一言に過ぎなかったのだろう。不愉快そうに顔を歪め、吐き捨てる様に反論してきた。
「何を言うかと思えば……下らぬ。お前達ヒトは我が健在であった頃と何も変わらぬ。互いに分かり合えず、痛みに苦しんでいるではないか。ならば、我がその痛みに抗い解き放ってやろうと言うのである。寧ろ感謝し、積極的にその身を差し出してほしいものだ」
相変わらず人間を見下し、交渉の余地もない様子のシェム・ハであったが、その中で彼女は自身の狙いを零していた。
それに興味を引かれた颯人が交渉の輪に加わる。
「どういう事だ? その、痛みに抗い解き放つ……ってのはさ」
自身の狙いに颯人が興味を抱いた事に、シェム・ハも気分を良くしたのか饒舌に己の野望を語り始めた。
「簡単な事。独立した意識を持っている限り個体同士での食い違いや衝突は避けられぬ。それは神である我らアヌンナキも同じよ」
「ならば、全てを一つに統合してしまえばいい。全てが一つに混ざり合えば、もう互いにすれ違い衝突するなどと言う事にはならぬ。全てが一つになるのだからな。簡単な話であろう?」
何とも神と自称する者らしい、壮大な計画である。壮大過ぎてちょっと想像するのが難しいが、こんな人間を見下す輩が考える計画がまともなものである筈がない。奏はシェム・ハの封印をコントロールしているアリスにそっと近づき、あれがどういう事なのかを訊ねた。
「ねえ、義母さん。アイツが言ってるのって、つまりどういう事?」
「言葉通りの意味でしょうね。全ての知性ある存在を一つに纏め上げるのです。互いの心の壁も何もかもを取っ払って」
「それって大丈夫?」
「大丈夫な訳がありません。想像してみてください。世界中の全人類の悩みや苦しみ、考えが一気に流れ込んでくるんです。嘘が無い世界と言えば聞こえはいいかもしれませんが、そんな情報の洪水に耐えられる者など居る筈がありません。まず間違いなく人間の意識は保つ事が出来ず発狂・絶望し心が壊れるでしょう」
アリスの話に奏だけでなくそれを聞いた者全員が背筋に冷たいものが流れるのを感じた。シェム・ハの計画が実行に移された場合に起こる弊害が恐ろしいのは勿論だが、何よりも恐ろしいのはシェム・ハ自身に悪意が感じられない事である。彼女は全ての知性ある存在が心の感じる痛みに悩み苦しむ事を憂いて、その救済の為にやろうとしているのだ。
正に悪意無き悪意。無邪気な悪意と言い換えてもいい。その為に人々がどれだけの被害を被ろうと、どんな目に遭おうと結果苦しみさえ消え去ればそれでいいと考えているのだ。これが恐ろしく無くて何だと言うのか。
奏達がシェム・ハの計画に息を飲んでいる中、颯人は冷静にシェム・ハの話を吟味し、そこからある可能性を見出した。
「……なぁシェム・ハさんよ。チョイと訊ねたいんだが、それってつまり人間の思考や想いを一つに束ねるって認識で間違いないんだよな?」
「相違ない。それがどうした?」
人々の想いを一つに纏める、一つに凝固する……それはサバトにより、賢者の石が生成される過程を彷彿とさせたのだ。
つまり、ワイズマンが本当に狙っているのは神の力と言うよりも、この知性体を一つに統合する能力と言う事になる。ワイズマンはその力を使って、サバトよりもより確実に純度の高い賢者の石を作り出そうとしている可能性が高い。
颯人がその可能性に気付いた瞬間、突如部屋の照明が消えた。真っ暗な部屋の中に、魔法陣の明かりだけが妖しく輝く。
「な、何だどうしたッ!?」
「停電?」
突然の停電に周囲が慌ただしくなる中、輝彦は明かりを得る為魔法で周囲を照らし出す。
「くっ、全員少し目を瞑れッ!」
〈スパーク、ナーウ〉
輝彦の魔法が周囲を眩く照らしていく。本来は強烈な光で相手の目くらましをする事を目的とした魔法は、調整すれば暗闇の中で視界を確保するのにも役立つがそれでも周囲が暗い中でいきなり光源を作れば束の間視界が塞がれてしまう。それを危惧して輝彦が警告しながら魔法を使うと、目を瞑った颯人達の瞼の向こうに眩い光が広がる。目が光に慣れた頃合いを見計らって目を開けた彼らの前にあったのは、一体何時からそこに居たのか腕輪を手にしたソラの姿であった。
「ヤッホー♪」
「なっ!? テメェ、何でここに……!」
「テルヒコ、警報はッ!?」
ガルドに言われて輝彦が周囲に張り巡らせたはずの警報を発する結界の確認をするが、結界は間違いなく張られている。では何故ソラがこの場に居るのか?
「お前……まさかあの車に?」
「ピンポーン! 流石に分るよね」
そう、ソラは慎次ですら気付かぬ内に、颯人達を本部まで送り届けた車のトランクの中に潜り込んでいたのである。外部の者を報せる結界も、張る前に内部に入り込んでしまえば意味はない。まんまとしてやられた事に輝彦は悔しそうに奥歯を噛みしめた。
「……だが1人で来た事は迂闊だったな。しかもその手に持つ腕輪に封じられている神はお前達に協力などしないぞ」
今この場には多くの実力者が揃っている。ここまで潜りこんできた事は素直に称賛に値するが、しかし無謀でもあった。おまけに彼らの目的である腕輪に封じられているシェム・ハは、決して人間と相いれる事はない。彼の行動は無謀にして無駄足であると言うしかなかった。
しかしソラは全く焦った様子を見せない。顔には他人を嘲笑うような笑みを浮かべつつ、手にした腕輪をじっくり撫でていた。
「ん、そうだね。神様の意識があるなら、役には立たないかも」
何か含みを持たせたソラの発言に、奏が訝し気に問い掛ける。
「そりゃあ、どう言う……」
「ッ!? ヤバい、母さんサンジェルマンさんッ! 今すぐ錬金術を解けッ!」
颯人はソラの狙いに気付くと、シェム・ハの意識を引っ張り出している2人に即座に錬金術を解くよう告げた。だがそれは些か遅かった。彼が狙いに気付いた時には、ソラは既に魔法を使う準備が出来ていたのだ。
「要らないものは、切り離しちゃおうね~♪」
〈ディスコネクト、ナーウ〉
ソラが魔法を使用すると、その瞬間腕輪と魔法陣から体を出しているシェム・ハに電流の様な火花が散りシェム・ハの悲鳴が響き渡った。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
激しい火花の中、錬金術で意識だけを投影されたシェム・ハの体が徐々に輪郭をハッキリとさせていく。そして数秒ほどで頭の先から爪先まで、受肉したと言ってもいい状態になったシェム・ハの体が投げ出されるように床に放り出され、倒れたシェム・ハの体を響が咄嗟に抱き起した。
「だ、大丈夫ですかッ!?」
「あ、うぅ……ぁ、我が……我の、力が……」
シェム・ハは息も絶え絶えになりながら、手を必死にソラが持つ腕輪へと伸ばす。だがソラはもう彼女に興味はないと言いたげに、手にした腕輪に頬擦りしていた。
「あ~、良かった。これが欲しかったんだ~」
「お前、最初からそれが目当てで……!」
「そうそう。君らだったらもしかしたらシェム・ハと話し合ってくれるんじゃないかと思ってさぁ。何しろ君らの中には、とんでもないお人好しが2人も居る訳だし?」
「なっ!?」
「くぅ……!」
ソラは颯人達が問答無用でシェム・ハを消したりせず、何らかの方法でシェム・ハの意識だけを引っ張り出して交渉するだろう事を読んでいたのだ。そして意識だけを引っ張り出された状態で、シェム・ハの意識だけを腕輪から引き剥がし残された力を全て手に入れる。完全にしてやられた事に颯人は近くの壁を殴りつけつつ、ソラをこの場から逃がすまいと変身の為の指輪を手に近付こうとした。
「だがお前がこの場から逃げられないって事に変わりは無いぜ。魔法での転移も封じられた今、どうやって逃げる?」
「そりゃもちろん……下から」
「下?」
足元を指差すソラに颯人達が首を傾げた次の瞬間、突如本部が大きく揺れた。
「こ、今度は何だッ!?」
立つ事も難しい程の揺れに颯人も思わずその場に膝をつくと、足元を突き破って新たな魔法使いが飛び出してきた。深い青色の仮面をした幹部クラスのメイジは、腕輪を手に入れたソラの腕を掴んでそのまま開けた穴に飛び込んでいった。
「行くわよ、グレムリン」
「も~、僕の事はソラって呼んでって言ったじゃ~ん」
「待てグレムリンッ!?」
逃げていくソラに奏が手を伸ばすが、彼はその手を掴むとそのまま彼女の手の甲に口付けをした。手の甲に唇が触れた感触に奏は全身に鳥肌が立つのを感じ、咄嗟に手を引っ込めるとソラはにこやかな笑みを浮かべながら幹部のメイジと共に床の穴の中へと消えていった。
「じぇ~ね~♪」
穴の中に消えていったソラを追いかけようと淵から覗き込んだ颯人達だが、彼らが見た時には下の方に水面が見えるだけで2人の姿はもう影も形も見当たらなかった。
まんまと神の力だけを持って逃げられた事に、颯人は悔しそうに床を殴りつけるのであった。
と言う訳で第249話でした。
ここで漸くワイズマンの狙いが明らかとなりました。ワイズマンの狙いはシェム・ハの能力である知性体を統合する力を使って、強力な賢者の石を作り出す事に在りました。その為にはシェム・ハの意識が邪魔で、颯人達はそれにまんまと利用されてしまった形となります。今のシェム・ハは力だけを全て腕輪の中に残した状態で切り離されて体を得た状態なので、正真正銘力のない状態です。出涸らしにも等しい状態ですね。
ぼちぼちXV編も終盤へと差し掛かりそうです。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。