魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~ 作:黒井福
今回はしないフォギアXV編2話目。キャロルにスポットを当てた話になります。
ジェネシスとの決戦を終え、一時の平穏を手に入れたS.O.N.G.の装者と魔法使い達。まだまだ危険の芽は燻っているが、それでも明確な事件が起きていた時に比べればずっと心穏やかな日々を過ごせていた。
そんな中、昼も過ぎて人気も少なくなった食堂に、キャロルが透とクリス、ガルドとセレナの4人を前に真剣な表情で椅子に腰掛けテーブルに肘をつき、組んだ両手で隠れた口を開いた。
「突然呼び出して済まない。実は折り入って、お前達に相談がある」
「それは別にいいけどよ、何だってアタシらだけなんだ?」
クリスはこの人選に疑問を抱いた。別に相談自体は問題ない。魔法少女事変では敵対したとは言え、それも最早過去の話。今のキャロルは十分に仲間と呼べる存在である事は、ワイズマンとの戦いを経た今クリスですら実感している。他者へと無償の優しさを向けられる透は言わずもがなだ。
しかし、内容は分からないが、相談をしたいというのであればもっと適任が居るような気がする。特に年長組である颯人や奏、マリア何かはクリスや透に比べれば人生経験も幾分か豊富だろうから、相談する相手としてはそちらの方が適任な筈だ。なのに何故、そう言った手堅い人物を省いてこの4人なのかが彼女には見当がつかない。
ちょっと考えてみれば当然の疑問に対し、キャロルは言葉に詰まり視線を泳がせ閉ざされた口からは喉奥から絞り出す様な唸り声が零れる。煮え切らないキャロルの様子に4人が揃って首を傾げると、意を決したのかキャロルは喉を震わせながら言葉を紡いだ。
「じ、実は、その……」
「ん?」
「ふ……普通の、男女の付き合い方というものを…………教えて欲しいんだ」
「「「「…………はい?」」」」
キャロルの口から出てきたまさかの言葉に、4人が揃って同じ言葉を口にしてしまったのは仕方のない事だっただろう。何しろ、あまりにも予想外過ぎる。
ジェネシスとの戦いの後、キャロルとハンスは過去に縛られていた幼い肉体を捨て成人した大人の姿となった。魔法少女事変でダウルダブラを纏った時の様なすらりと伸びた肢体を持つ、奏やマリアにも負けないスタイルとなった大人な姿のキャロルが、恋愛初心者と言っても過言ではない事をいきなり宣ったのだから当然だろう。
目を点にして自分を見てくる4人に、キャロルは恥ずかしさからか頬を赤く染めて半眼になりながら不満を滲ませた言葉を吐いた。
「な、何だその顔は? 俺がこんな事を言うのがそんなにおかしいかッ!?」
「あぁ、いや、すまない。おかしいとまでは言わないが、ただちょっと意外だと思ってな」
「だよな。だってお前、300年近くハンスと2人きりだったんだろ? 今更男女の付き合いなんて、知る必要あるのか?」
釈然としないクリスであったが、キャロルがこんな事を聞こうとしてくるのにもちゃんと理由がある。
端的に言えば、2人の半生は世界への復讐で占められていた事にあった。
「し、仕方ないだろ……昔は、そんな事に現を抜かしてる余裕も無かったんだよ。間違った形だけど、パパの命題を完遂する事に俺もハンスも夢中だったから……」
「あ……わ、ワリィ」
キャロルの言葉の端から感じられる後悔の念に、自分が少しばかり無神経な物言いをしてしまった事に気付きクリスは頭を下げる。ガルドもまた、言われてキャロルとハンスがどれだけ壮絶な過去を経験し、そして辛く苦しい過去を歩んできたのかを想像して、配慮が足りなかったと反省した。
「そう、だったな……こんな言い方しか出来なくて悪いとは思うが、キャロルとハンスの過去は普通じゃないからな」
「大変……だったんですよね。私なんかよりも、ずっと……」
仲間となって改めて理解したキャロルの心の痛みに、周囲の空気が重くなる。これではいけないと、透は手を軽く叩いて重くなった空気を霧散させ話を先へと進めた。
「まぁまぁ、それでもキャロルさん達は前に進めるようになったんだからいいじゃないですか。それで、男女の付き合い方でしたっけ?」
「あ、あぁ……どうすればいいんだ?」
縋る様に問い掛けながら、キャロルは改めて自分とハンスの過去の付き合い方を顧みた。
錬金術を学びながら父から託された命題を完遂しようと必死に足掻き、その中で膨れ上がった憎悪に突き動かされ間違った方法へと辿り着き、そんな中で計画遂行の為とは言え想い出の焼却に踏み切った。ハンスはキャロルの事を忘れないようにする為、彼女に自ら傷付けられる事で痛みと共に彼女の存在を己の中に刻み込むという暴挙に出て、気付けばそれが2人の間での普通となってしまっていた。
まともな感性を取り戻した今だから分かるが、幾ら何でも酷過ぎる。特にハンスとの触れ合いは、S.O.N.G.と戦う以前からは所謂SMプレイなどでは言い表せられない位血生臭く凄惨な関係で、思い返すと我ながら彼にとんでもなく酷い事をしてしまっていたとドン引きする程であった。
これではいけない、もっと普通の健全とした付き合いをしなければならないと思い直したキャロルではあったが、実際にそれを考えるとどうすれば良いのか全く分からない。猛獣とその主人の様な関係性が出来上がってしまっていた為、ここからどうやって軌道修正すればいいのか悩んだ結果、キャロルはS.O.N.G.内部でも公認となっている二組のカップルに目を付け助言を賜ろうとしたのである。
だがここで一つ疑問が残る。S.O.N.G.内部で公認となっているカップルは正確に言えばあと3組ある。
一つは弦十郎と了子、この2人は正に大人な付き合いであり、正式な婚約を交わしたという話も聞かないがそれも時間の問題だろうと言われている。
もう一つは輝彦とアリス。この2人はカップルと言うよりも明確な夫婦の関係であり、付き合いの長さもあって教材とするならある意味で最適とすら言える。
そして最後は言わずもがな、颯人と奏である。若者の中では明確に婚約を交わしている間柄であり、最も関係が進んでいる2人でもあった。まだキス位が精々の透達――ガルドとセレナは同棲しているので進展している可能性もあるが、それを聞き出すほど野暮なことはしない――に比べれば、彼らを呼んだ方がずっと為になると思うのだが…………
「僕らだけで良いんですか? 司令やアリスさんは忙しいから仕方ないにしても、颯人さん達が居れば僕らよりずっと頼りになると思いますよ?」
「いいや、あの男はダメだ」
疑問に思った透が彼の名を出して訊ねてみれば、キャロルは即行で断固とした却下の意を示した。殆ど反射的にも等しい返答速度に透が目を丸くしていると、キャロルは濃度の濃い青汁を飲んだような顔で答えた。
「あの男にこんな話をするなど、自ら餌をくれてやるも同然だ。そんな事をしてみろ、今後長くに渡って突っつかれる未来しか見えない」
「「……確かに」」
「「あ、あはは……」」
キャロルの言葉に少し思案したクリスとガルドはうんうんと頷き、透とセレナは乾いた笑いを零した。クリスは颯人の破天荒さを理解している、と言うかさせられた為、彼に対し迂闊に弱点を晒せばどうなるかは簡単に想像できてしまった。ガルドもまた、彼はクリス程被害に遭った覚えはないものの、普段の彼の様子から同意出来てしまう。透とセレナは明確に言葉にこそしないが、否定しきる事は出来ず曖昧な笑いを浮かべるしか出来なかったのだった。
とりあえずこの人選の理由は分かった。となると残りはキャロルの悩みである男女の付き合い方だが…………
「しっかし……改めて言われるとなぁ……」
「僕らは、特別何かを意識してる訳じゃありませんから……」
「むぅ……意外と言語化するのが難しいな……」
特別な内容であれば、行うは難しでも言うは易し。口で言うだけであれば簡単であった。だが普通と言うのは普段意識していない分、いざ言語化するのは難しいものであった。クリスと透、ガルドの3人は腕を組んでうんうん唸る。
そんな中で、思いついたように声を上げるのがセレナであった。
「あの……ちょっと恥ずかしいかもしれませんけど……」
「何だ、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ?」
「セレナで構いませんよ? それで、思いついた事なんですけど……思い切って、甘えてみるのはどうでしょう?」
ちょっぴり顔を赤くしながら言葉を口にしたセレナに対し、今度はキャロルの方がキョトンとした顔になって首を傾げた。
「甘え、る……?」
「そうです。こうやって……」
そう言ってセレナは徐にガルドの腕を抱き寄せ、胸を押し当てるようにして腕を組み彼の肩の頭を乗せた。人前で改めて見せつけるようにこんな事をするのは恥ずかしいが、それでもそれほど抵抗なく出来てしまえるのはそれだけ2人の仲が深いという事の表れだろうか。
ガルドに甘えるセレナの姿を見せ付けられたキャロルは、自分がハンスにこれをする姿を想像して思わず赤面してしまった。
「セレナ……!」
「こ、これ……!? 俺が、ハンスに……!?」
「こ、これ位だったら普通ですよ……ね? ガルド君?」
「そうだな……愛し合ってるならこれ位はな」
思い切りのいいセレナに最初こそ驚かされたガルドではあったが、腕から伝わる彼女の心臓の鼓動に自分が動揺してはいられないと平常を保ち、セレナに抱きしめるように組まれているのとは反対の手で彼女の頭を撫でた。すると彼の手の感触に、セレナは自然と心地よさそうに目を細める。
目の前で繰り広げられる2人がイチャつく姿に、顔を赤くしたのはキャロルだけではなかった。それを間近で見せられる事となったクリスもまた、堂々と見せつけられる2人の仲睦まじい姿に我が事の様に顔を赤くし唇を震わせる。
「ぬな、ななななな……!? そ、そ、そう言う事は、い、家で……!」
恥ずかしさのあまり口が上手く回らないクリス。一方透は、仲の良さを見せつけてくるガルドとセレナの姿に対抗心を燃やしたのか、こちらは彼の方がクリスの肩に手を伸ばして抱き寄せた。突然彼の腕に包まれ抱きしめられた事に、最初クリスは思考が追い付かず状況を理解すると一気に顔を赤くした。
「と、とと、透ッ! あ、あの、これ、み、見られて……!」
「大丈夫、大丈夫だよクリス。僕を信じて」
「あ、あぅ……」
キャロルやガルド達が見ている前で恋人らしく抱きしめられ、動揺を隠せないクリス。S.O.N.G.内部では公然のカップルではあるが、普段の立ち振る舞いに反して初心な彼女はこういう状況に弱かった。しかしそれでも振り払おうと言う気にはならないのは、口では何だかんだ言っても彼に包まれる安心感の方が勝るからであり、宥めるように背中を撫でられれば彼に全てを委ねるように頭を彼の胸板に擦り付けるように甘えてしまった。
普段自分の同類の様に気が強いクリスが、猫の様に透に甘える姿にキャロルも言葉を失い顔を赤くしながら口を無意味にパクパクと開閉させていた。
「…………!!」
呼吸を忘れているのではないかと思う程動揺したキャロルの姿に、ガルドは苦笑しながらもフォローした。
「まぁ、いきなりここまでやれとまでは言わないがな? ただ普通に触れ合いたいなら、軽く抱き着いたりする程度なら良いんじゃないかと思うぞ?」
「そ、そうか……? いや、そうか…………」
ガルドのフォローに、キャロルも何とか自分の中で情報を噛み砕いた。そして考えが纏まったのか、未だ顔を赤くしながらも立ち上がったキャロルは彼らに礼を言ってその場を後にする。
「分かった、色々とありがとう。や、やってみる」
「あぁ。ま、無理しないようにな?」
「自然にですよ、自然に」
「分かってる」
ガルドとセレナの言葉に、キャロルは若干足元をふら付かせながら食堂を離れていった。どことなく不安を感じさせる後ろ姿に、本当に大丈夫だろうかと思わずにはいられない。
「こ、これで良かったのかな?」
「さぁな。とは言え、少しくらい恥ずかしい思いをするくらいがいい刺激になるんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。きっとなる様になりますから。ね、クリス?」
透の言葉に、クリスは彼の胸に顔を埋めながらコクンと頷いた。そんなクリスの姿を見て、ガルドとセレナも笑みを浮かべずにはいられず、透は彼女を独り占めするかのようにギュッと抱きしめるのであった。
***
「~~~~ッ!!」
時は少し経過し、発令所ではキャロルが早速ハンスに対してガルド達から得たアドバイスを実践していた。
ジェネシスの残党、及び悪巧みをする錬金術師の捕縛と言う仕事がない場合彼は大抵発令所に居て、この日もそうだった為見つけるのは直ぐだった。そしてキャロルは彼の姿を見つけるなり早速彼に甘える為腕に抱き着くのだったが…………
「キャロル? どうした?」
「いや……別に……」
普段キャロルがやらないような行動に困惑するハンスに、彼女は素っ気無い感じに答えてしまう。彼女としてはハンスにこんな形で甘える事が無かった為、こうするだけでも結構一杯一杯だったのだ。
何となくキャロルが甘えようとしてくれているのだという事は察したハンスは、この状況に何かを言う事はせずされるがままにしていた。が、それを見て黙っていられなかったのが奏であった。
「キャロル? おいキャロル」
「な、何だ?」
「何があったのかは知らないけど、取り合えず一旦ハンスを解放してやれって」
「何故だ?」
いきなりハンスの腕を放せと言われて、何故奏にそんな事を言われなければならないのかとムッとした表情で睨み返す。大人な姿でそんな子供っぽい事をされると対処に困るのだが、取り合えず彼女本人は気付いていないようだから現状を簡単に説明してやった。
「そのままだとハンスの腕が折れるぞ?」
「…………え?」
キャロルが奏の言葉に下の方を見れば、抱きしめられているハンスの腕が血の巡りが悪くなり変色してきていた。恥ずかしさを少しでも誤魔化そうと思いっ切り抱きしめるあまり、力加減を間違えて危うく骨が折れるのではと言う程の力で抱きしめてしまっていたらしい。奏の指摘でそれに気付いたキャロルは、慌てて彼の腕を解放した。
「うわぁぁぁっ!? は、ハンス大丈夫かッ!?」
「俺は別に平気なんだけど……」
「馬鹿言うな、下手したら折れてたかもしれないんだぞ。長年キャロルに痛めつけられ過ぎて真正のマゾヒストになったか?」
「キャロルが相手なら俺は「止めろ止めろッ!? そんなんじゃないからッ!」もがっ」
なまじっかキャロルの全てを受け入れてしまうハンスは、キャロルから仕打ちに等しい行いを受けても平然としてしまう。これからはそんな関係を少しでも変えたいと思っていたキャロルは、そんな彼の口を慌てて塞いだ。
「うぅ~……何でこうなる……」
ハンスの口を塞ぎながらも、儘ならない現実に苦悩するキャロル。だが以前の苦しみ血を吐く思いをしながら世界を分解しようとしていた頃に比べれば、余程穏やかで人間臭いと奏は安堵に息を吐いた。こんな風に普通に悩めるくらいには、精神的に安定しているという事の証拠だ。
「別にそんな気負う必要は無いんじゃないか?」
「何?」
「自然体で良いって事だよ。アタシと颯人もそうだし、何ならクリス達だってそうだと思うぞ?」
奏の言葉に、キャロルはそう言えばと先程問い掛けたクリス達の様子を思い出す。どうするのが男女として正しい付き合いなのかと言う問いに対し、彼らは皆一様にどう言葉にするかで悩んでいた。それはつまり、言葉にする必要もない程自然である事が普通だという事でもある。
キャロルの中で何かがストンと嵌ったような感覚に肩から力を抜いた時、出し抜けに何処からか現れた颯人が奏の頬に冷たいコーヒーの缶を押し当てた。
「ひゃおぅっ!? 何しやがんだ颯人ッ!」
「何か面白そうな話をしてると思ってな。ほれ、奏お土産」
「あぁ、サンキュ……!!」
冷えている缶だったので危うく油断するところだったが、颯人が態々こんな何でもない時に差し出す物など絶対に怪しい。ビックリ箱の可能性を疑った奏が缶を颯人につき返そうとすれば、彼はそれを手を振って拒絶し彼に向けてプルタブを引こうとすれば、彼は咄嗟に首を竦めて手でガードする。それだけでこれが普通の缶コーヒーではなく冷やして偽装したビックリ箱であるという事が分かり、奏は受け取った缶を床に叩き付けて颯人に飛び掛かった。
「はぁやとぉぉぉぉぉっ!!」
「わっはっはっはっはっ!!」
高笑いしながら出ていく颯人を追いかける奏。その様子を目を白黒させてキャロルが見送っていると、それまで事態を静観していた弦十郎が口を開いた。
「全く、あの2人は変わらないな。だがまぁ、奏の言う事も尤もだ」
「ん?」
「焦る必要は無い、と言う話だ。もう君達は、前に進んで周りを見るだけの余裕が出来たんだからな。焦らず、一歩ずつ進んでいけばいいのさ」
「焦らず、一歩ずつ……か」
弦十郎の言葉を、キャロルは何度も頭の中で反芻し噛みしめる。そして先程の奏の言葉と合わせて、クリアな気持ちになると自然とハンスの手に自身の手を重ねる事が出来た。彼は重ねられた彼女の手を優しくそっと掴み、キャロルはそれに合わせて指を絡ませる。そうするとそれだけで何だか心が温かくなり、安心感が胸を満たしてくれた。
自然と柔らかな笑みを浮かべる事が出来たキャロルに、弦十郎も安心した様子で前を向くのだった。
尚それから数分後、発令所に戻って来た颯人の頬にはしっかりと紅葉マークが刻まれ、奏は改めて彼に買わせたのだろう缶コーヒーを満足そうに味わっていたのだった。
と言う訳でしないフォギアXV編2話目でした。
前回もキャロルを取り上げましたが、今回はそれより更にキャロルの内面に踏み込む形となりました。300年近く男女が一緒に過ごしていれば関係が進展しててもおかしくなかったでしょうが、この2人は共に怒りと憎しみで一杯だったのでそんな事にまで意識が回らず普通の男女としての関係を知らずに過ごしていたと思います。それ位人間性を捨て去っていなければ、世界の分解とかやってられなかったでしょう。
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