魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~   作:黒井福

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第273話:面影との再会

 何処か薄暗い、息苦しさを感じそうな部屋に何かを擦るような音が響いている。部屋の奥に目を凝らせば、そこにはランタンの明かりを光源として何やら作業に没頭している者の姿があった。周囲が薄暗い為分かり辛いが、その人物はどうやら女性であるらしい。

 

 その女性が一心不乱に手にした鉱石の様な物を砥石の様な物で擦り、時折刷毛で削り滓を払ってはランタンの明かりに翳して形を確かめ、再び削る作業に戻っていく。先程から同じ作業をずっと繰り返しているその女性に、まるで影の中から姿を現したように1人の男が近付いて話し掛けた。

 

「ハロ~! 調子はどうかな、萌音(もね)ちゃん?」

 

 萌音と呼ばれた女性は、その男……グレムリンことソラの声に作業の手を止めゆっくり顔を上げる。手入れがされていないのかボサボサに伸びた髪の間から覗く目は何処か虚ろであり、視線はソラに向いているが本当に彼の事を見ているのか怪しい。

 

 それでも視界に彼が映っているのは確かなようで、彼女は言葉は口にせずとも今の成果を見せようと研磨していた物を持ち上げ見やすいようにした。掲げられた”それ”を見て、ソラも満足そうに頷いてみせる。

 

「うんうん、順調みたいだね! じゃ、その調子で頼むよ!」

 

 ソラの言葉に、萌音は頷く事も無く再び視線を作業台の上に戻し、手にした赤黒い鉱石を研磨する作業に戻っていった。その様子にソラは嗜虐的な視線を向けると、作業台の近くに置かれているグールの元となる鉱石とファントムの種を乱雑に掴んでその場を後にした。

 

「あ、これまた貰っていくから」

 

 無遠慮なソラの物言いにも少しも気分を悪くした様子もなく、また頷く事もせず萌音は作業を続ける。ソラはそんな彼女を軽く鼻で笑うと、手の中のグールの魔石をジャラジャラと音を立てるように弄びながら部屋を後にした。

 

「……とは言え、完成まではまだ時間が掛かりそうだね。となると、連中の目をもう暫く逸らしておかないと。()()がバレるのも、きっと時間の問題だろうし」

 

 そう言いながら彼が階段を上っていくと、視線の先に窓が見えた。ガラスも嵌っていないただ枠があるだけの、壁に開いた穴の様な窓から外を見るとそこに広がっているのは草原とその先にある川か湖と思しき水面であった。ソラはそれを見ながら、次は何をして颯人達にちょっかいを掛けようかと思案する。その表情は実に楽し気であり、それを実行した時に彼らがどんな反応を見せてくれるかと期待している様であった。

 

「セレナちゃんはもうやったし~……奏ちゃんは最後に取っておきたいから……次はクリスちゃん…………いや」

 

 その時不意にソラの脳裏を過ったのは、ハンス共々すっかり大人の姿となったキャロルであった。そう言えば彼女に対しては、魔法少女事変の際に唆しただけでそれ以降手を出していない。シェム・ハを巡る戦いの最中に攫いはしたが、あの時は彼自身の趣向とは別に目的があった為これと言った手出しが出来なかった。しかし、今は違う。

 

「クフフ……! ”アレ”さえ出来ればもうな~んにも気にする必要は無い。それまでの時間が稼げればいいんだし。だったら…………もう我慢する必要も無いよね♪」

 

 無邪気な、だがこの上なく邪悪な事を口走りながらソラはその場を去っていく。

 

 その後ろ姿からは、楽しみと言う感情を隠しきれていないのが分かるくらいウキウキした様子が滲み出ているのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃S.O.N.G.本部では、今後のジェネシスの動きを予想し対策を練る為の会議が行われている真っ最中であった。

 目下最大の課題はズバリ、ジェネシス残党の筆頭であると思しきグレムリンの動向である。

 

「さて、では早速対策会議と行きたいところだが……何か意見はあるか?」

 

 弦十郎がそう訊ねて装者や魔法使い、錬金術師達を見渡すが、我先にと口を開く者は皆無であった。無理もない。意見をと言われても、そもそも敵の狙いが何であるかがさっぱり分からないのだから。

 

「意見と言われてもねぇ、旦那。現状アタシらに出来る事と言ったら、場当たり的で後手に回るけど出てきた敵を片っ端からぶちのめして、隙見て捕まえて尋問する位しかないんじゃないのか?」

「乱暴ではあるかもしれないけど、奏の意見には賛成ね。そもそも私達は敵の拠点も分からないんだし、攻めるべき場所が分からないんじゃ動きようがないわ」

「それは分かっている。だが三人寄れば文殊の知恵とも言うし、こうして話し合う事で何らかの道筋が見える事もあるだろう。何か思った事は無いか?」

 

 実際意見を交わす中でふとした瞬間に気付きを得る事もあるので、会議が無駄とは言い切れない。だがそれにしたって敵の狙いが不明瞭な現状、出せる意見にも限りがあるのは致し方ない事であった。

 

「思った事っつってもよぉ……」

「そもそも今残党を率いているのが、本当にグレムリンなのかは分からない訳ですし……」

「そうだな……セレナを危ない目に遭わせたのは間違いなく奴だが、それも別に黒幕が居ないとは言い切れない訳だしな」

 

 そこが彼らにとって難しい所である。敵のそれまでの首魁であったワイズマンは今や太陽の中で崩壊と再生を繰り返す生き地獄の真っ只中。本来であればこの時点でジェネシスと言う組織は瓦解し後は散り散りになった残党を各個撃破すればそれで終わりの筈だった。

 

 ところが連中は、組織が瓦解した様子も見せず、かと言って組織的な動きをする訳でもなく散発的に騒ぎを起こすのみ。悪足搔きの様に暴れるばかりで何がしたいのか見当もつかず、これがS.O.N.G.を困惑させる要因でもあった。

 

 不可解なジェネシス残党の動きに、違和感を感じたキャロルは何とはなしに呟いた。

 

「……案外、明確な狙いなんて無いんじゃないか?」

「え?」

「確証がある訳じゃないが、残る幹部はグレムリンだけだろ? この間のミノタウロスは、まぁそこらの魔法使いに比べれば厄介と言えば厄介だったが、危険と言う程じゃなかった。あれは幹部じゃない。幹部じゃないファントムが出たって事は、もう幹部クラスの魔法使いはグレムリン以外打ち止めと思ってもいいだろ。となると、明確な目標の無い破壊活動も何となくだが頷ける。あの男は刹那的な考えで動くタイプだ」

 

 もしグレムリン以外に敵に幹部が居ると言うのであれば、なるほどこんな意味の無い騒ぎばかりで終わる訳がない。戦力を保持する意味でも、無用な騒ぎを許すとは思えなかった。となると、敵の幹部がグレムリンだけと考えるのは自然な事だ。これまでの戦いの中で、彼は実に刹那的に行動し自由気ままに行動してきた。それをワイズマンが許容していたと言うのが不可解ではあるが、残る幹部がグレムリンだけと言うのであれば明確な狙いが存在しないと言うのも答えの一つではあろうと思われた。

 

 だがその意見に対して、否と答える者が居た。

 

「さぁて、そりゃどうかな?」

「颯人?」

「何だ? 何か意見でもあるのか?」

 

 それまで黙って議論を聞いていた颯人の反論に、キャロルが少し唇を尖らせて聞き返した。真っ向から否と唱えるのであれば、それ相応の理由がある筈だからだ。そうでなくてもキャロルは颯人に対しては一歩身構える。彼からの反論は、キャロルにとっては十分に警戒するに値していた。

 

 キャロルの警戒心を察したのか、颯人は苦笑して両手を軽く上げながら宥めるように自身の考えを口にした。

 

「そう警戒しなさんなって。ただ俺が気になってるのは、そんな場当たり的で刹那的に生きるような奴が、態々リスク背負ってまで欠片とは言え賢者の石を回収するかって話さ」

 

 言われてみれば、なるほど確かに気にはなる話だ。あの状況下で、一体何時動いたのかは分からないが、グレムリンは賢者の石の欠片を回収してしまった。下手な事をすれば四方を装者や魔法使いに包囲されてしまいかねない状況下で、彼は誰に気付かれる事も無く賢者の石の欠片を回収してファントムの種を作ってしまったのだ。

 それは偏に、それが出来るだけの隠密に自信があったからと言う可能性もあった。グレムリンは神出鬼没であり、何時何処から姿を現すか分からない。だからあの状況下で、或いはその後始末の最中にさり気無く賢者の石の欠片を回収出来ていたとしても不思議は無いのかもしれない。

 

 だとしてもそこまでするリスクとリターンが果たして釣り合うかと言われれば、答えに窮して唸らずにはいられなかった。

 

「……考えてみれば、私達ってそのグレムリンって人に関して知らない事多いんですよね」

「そうだな。組織の幹部である筈なのに、私達が奴と対峙したのは時間にしてみれば僅かなものに過ぎない」

「私達は、ドクターと行動してた時は何度か顔を合わせたけど……」

「デース。あいつ、私達にはあんまり興味ないみたいな感じで直接話したりした覚えはあんまり無いのデス」

「いや、何度かちょっかいを掛けようとはしてた。それは俺が事前に邪魔しておいたが……」

「他の幹部が積極的に動いていたのに対して、性格に反して動きが少ない印象なのは気になるな」

 

 よくよく考えてみれば、グレムリンはほとんと表立って動いていなかった。基本裏方に回り、誰にも分らない所でコソコソと動いている。本人の性格が享楽的で他者をおちょくる事を好む割には、何とも大人しい輩である事に疑問を感じずにはいられなかった。

 

「……どうやら残る幹部であるグレムリンは、相当な曲者らしいな」

「その印象、今更って気はするけどな。何しろ奏を誑かした張本人だし」

 

 未だに颯人はグレムリンが奏の事を誑かして自分達から引き離した事を根に持っている。あれは当時の旧二課組にとってもまだまだ苦い思い出であった。

 

 そしてその颯人の発言でハンスが思い出すのは、グレムリンがキャロルを誑かした事であった。まだ死んでいなかったハンスの事をグレムリンは彼女に死んだと告げ、彼女に自暴自棄になるよう仕向けた。その事を彼はまだ許してはいない。

 

「何にしてもアイツを見つけ出してボコしてとっちめれば済む話だろ。違うか?」

 

 燃え上がるグレムリンへの怒りを闘志に変え、ハンスが拳を手の平に叩き付けながらそう呟けば、弦十郎も一応の方針は固まってきたかと話を締めくくる。

 

「やや乱暴かもしれないが、それも一理ある。何にしても、現状は後手に回る事になろうとも敵の行動に対応する事が最優先だ。各自、気を抜き過ぎず日々警戒を続けてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして日常の中、主だったメンバーは各々の日常を過ごしながら何時グレムリンが行動を起こしても良いようにと警戒していた。と言っても当てがある訳ではないのでパトロールなどに労力は割かない。そう言う事は通常スタッフの仕事だ。弦十郎指揮の元、スーツ姿のスタッフが人知れず調査を続け日夜グレムリンを始めとしたジェネシスの動きを警戒していた。

 

 そんな中で、戦闘と研究の二足の草鞋を履くキャロルはアリスの勧めもあって気晴らしに街中を散策していた。生憎とハンスは警戒と訓練で一緒に居ないが、それが逆に1人で静かに考え事をするのに丁度良かったりする。

 

「ふぅ……」

 

 どれくらいぶりになるか、1人でぼんやりと考え事をしながら当てもなく街をぶらつくと言う取り留めのない行為。思えばこんな風に気を抜きながら出歩いたのは、本当に幼かった子供の時以来かもしれない。あの頃はこんな風に発展した街も無かった為、出歩くと言えば近場の森の中位であったが。

 

 のんびりぶらぶらと街中を出歩き、何とはなしに立ち寄った公園で1人ベンチに腰掛ける。周囲を見渡せば子連れの家族が我が子と戯れていたりして、微笑ましい日常の景色が存在していた。

 

 キャロルはそんな親子の姿、取り分け戯れる父と娘の姿に、過去の自分と今は亡きイザークの姿を重ねていた。

 

「親子…………か」

 

 色々と心の中で整理をつけ、吹っ切れたと思っていたがまだまだ引き摺っているものはあるらしい。少なくともあんな風に穏やかな時間を過ごす父と娘の姿を、素直に羨ましいと思う位には。

 

「パパ……」

 

 見ず知らずの父娘の姿に、ちょっぴりセンチメンタルな気分に浸りそうになったその時、突如としてキャロルは嫌な気配を察知し頭で理解するよりも体の方が反応して咄嗟に立ち上がった。

 

「! これは……」

 

 直前に感じ取った感覚が何であるかを考える間もなく、何処からか悲鳴のような声が聞こえてくる。キャロルがそちらに目を向ければ、そこには公園の入り口から入って来る無数のグールの姿があった。グールは手当たり次第に破壊活動を行い、名も知らぬ親子にまで襲い掛かる。

 

「させるかッ!」

 

 今正に父が娘を守ろうと咄嗟に自分の身を盾にしようとした。それを見たキャロルは後先考えずに飛び出しながら、ファウストローブを装着して手にした槍を突き刺そうとしていたグールを蹴り飛ばす。

 

「フッ!」

「えっ!?」

「逃げろ、早くッ!」

「あ、は、はいっ!」

 

 突然の事に理解が追い付いていない様子の父親に、キャロルが逃げるよう告げれば遅れて状況を理解した父親が娘と共にその場を後にする。グールはそれを追いかけようとするが、キャロルはそれを許さず錬金術で障壁を張りつつ別のグールには砲撃をお見舞いして足止めした。

 

「チッ、のんびりしてる暇も無いな」

「マスターッ!」

 

 突然の攻撃に思わずぼやいていると、キャロルの状況を察したオートスコアラー達が転移して援護にやって来た。キャロルは次々と姿を現すグールを相手にしながら、オートスコアラー達に逃げ遅れた人々の避難を手助けするよう指示した。

 

「コイツ等は俺が相手をするッ! お前らは逃げ遅れた人を避難させておけッ!」

 

 言いながらキャロルは錬金術を駆使してグールを次々に仕留めていく。ファントム相手には少し苦労させられたが、グール程度であれば片手までも対処は容易であった。

 

 着実にグールの数を減らしつつ、逃げ遅れた人々がこの場を離れていく光景にキャロルも束の間安堵した。

 その時、物陰から隠れていたと思しき逃げ遅れた人が新たに姿を現し、腰を抜かしたようにその場に倒れた。

 

「う、うわぁっ!?」

「ったく……おい、大丈夫…………!?」

 

 未だに逃げずに物陰に隠れていた男の存在に呆れながらも、見捨てる訳にはいかない為キャロルは手を貸そうと近付いて行った。

 

 だがその男の姿を見て、キャロルは思わず驚愕に目を見開く。その男は、髪の色こそ茶色いが髪型、掛けている眼鏡、口周りの無精髭にくたびれながらも何処か柔和な雰囲気と、これ以上ないくらいキャロルにとって見覚えのあり過ぎる人物そっくりだったからである。

 

「パ、パパ……!?」

 

 死んだ筈のイザークと雰囲気などが瓜二つの男を前に、キャロルは思わず思考が停止してしまったのであった。




と言う訳で第273話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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