魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~   作:黒井福

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第275話:突き付けられる過ち

 時は少し遡って…………

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 本部に戻って来てからと言うもの、キャロルは先程から溜め息を吐いてばかりだった。その理由は言うまでもなく、街で偶然出会った丸岡 李作と言う男に関してだ。

 

 過去、狂信者達の手によりその命を奪われた最愛の父。ただ人々を助けようとしていただけだったのに、何も知らぬ無知な者共の手に掛かり亡き者にされてしまった。その不条理と父を失った喪失感から、キャロルは共に生きたハンス共々狂気に支配され、イザークの本来の願いをはかけ離れた行動を起こしてしまった。心優しかった父は、自分が処刑される寸前になっても尚キャロルの事を気に掛け、彼女が間違った道に歩む事が無いようにと人々を信じる道を往く事を願ってくれた。

 

 だが現実はどうだろう。キャロルは自身の感じた怒りと憎しみをぶつける為の都合のいい理由として、父の願いを曲解し願いとは正反対の道を進んだ。颯人達が止めてくれたから最悪の事態にこそならなかったが、そこに至るまでの間に多くの血を流す事となってしまった。キャロルが李作に対して複雑な思いを抱いているのにはそう言った事も関係している。

 端的に言ってしまえば、自分の罪を父に知られる事が怖いのである。勿論、李作はイザークとは別人なので、彼に彼女の過去の所業を知られても何ら困る事は無い。しかし父の面影を持つあの男に見られていると、実際に父を前にしたような気分になりどうしても怖くなってしまうのである。

 

 なので今、キャロルは李作は勿論ハンスとも距離を取り、1人心を落ち着けようと努力していた。が、1人になると今度は思考が止まらずしかも考えが同じところをぐるぐると回ってしまい収拾がつかなくなってしまった。相談したくとも今更誰かに会う気にはなれず、八方塞がりな状況にキャロルはただただ溜め息を吐くしか出来なかったのだ。

 

――あれがパパとは別人だと分かってる。分かってるのに……――

 

 頭では理解していても、心がどうしてもざわついてしまう。そんな子供の様な感情に振り回され、一人寂しく溜め息を吐いていると彼女に近付く人影があった。

 

「どうも」

「ん?……なっ!? お、お前は……!」

 

 キャロルに接触を図ったのは、今最も彼女を悩ませている張本人である李作その人であった。一応保護された形の彼には、基本的にあまり自由な行動は許されていない。精々食堂を中心とした僅かな範囲だ。今彼女がいるこの場所は、休憩所ではあるが食堂からは離れている。李作が行動を許されている範囲を超えて来ている事に、キャロルは険しい顔になって彼を元居た場所に戻そうとした。

 

「こ、ここはお前が居て良い場所ではない筈だぞ。あまり勝手な行動をしていると逮捕される。さっさと食堂に戻れ」

「すみません、本当は直ぐに戻るつもりだったんですけど、道に迷ってしまって……」

「何?……全く」

 

 まぁ言われてみれば、ここは潜水艦の中なので内部構造は少し複雑になっている。慣れていないと場合によっては簡単に迷う事もあり得るだろう。そう考えると一概に彼を責める訳にもいかず、キャロルは溜め息を吐いて心を落ち着け彼を食堂に誘導しようと試みた。

 

「食堂ならこの先を真っ直ぐ言って突き当たりを右に行けば案内板が見える。それを見れば辿り着けるだろうから早く行け」

「そうでしたか! ありがとうございます」

「フン……」

 

 丁寧に感謝してくる李作の姿が、またしてもイザークと重なった。そう言えば父も錬金術は達者なのに、こんな風に抜けているところがあったなどと言う事を思い出しキャロルは懐かしさに頬を綻ばせそうになったのを慌てて引き締めた。何度振り払おうとしても鎌首を擡げてくる父の面影に、縋りたくなるのを必死に堪えてキャロルは彼が食堂に戻るのを待った。

 

 が、彼女の願いに反して李作は尚もその場に留まっていた。その事に違和感を感じてキャロルが彼を睨み付けると、彼は穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「……そんなに、御父上に似ていますか?」

「え?」

「街であなたに助けてもらった時、そんな事を言っていたので」

 

 確かに最初彼の姿を見た時、瞬間的にキャロルは彼を見ながら父を呼んでしまった。さらにその後のちょっとした騒動。それらを組み合わせて考えれば、自分がキャロルの父親と似ているのだと言う事に気付く事も無理からぬことである。己の失態にキャロルは顔を顰め、これ以上彼の干渉を避けるべく突き放すような事を口走った。

 

「お前には関係のない事だ。良いからさっさと戻れッ!」

 

 頭では分かっている。李作は父とは別人であると。だが心はそんな彼にも縋りたいと思ってしまっていた。その相反する思いから、キャロルは逃れたくて自らも距離を取ろうと彼に背を向けた。

 

 だが次の瞬間、その背に投げ掛けられた言葉は彼女の肝に冷水を流し込んだような衝撃を齎した。

 

「そうですか……酷い人ですねぇ。そんな相手を一度は殺そうとしたのに、謝罪の一つも無しとは」

「………………は?」

 

 何処か嘲笑うような李作の言葉に、キャロルは足を止めゆっくりと振り返った。振り返った彼女が見たのは、目を見開き視線を右往左往させながらもその場に佇んで言葉を続ける李作の姿であった。

 

「いや聞きましたよ? あなた昔御父上を殺された上に、その願いを無視して随分と酷い事をなさったそうで。しかもそれが、御父上の遺志に反する事だとか」

 

「……めろ」

 

 好き勝手に口走る李作は相変わらず視線だけが忙しなく動いているのに口元は流暢に言葉を垂れ流す。あまりにもちぐはぐなその姿に、今の李作に何らかの異常が起こっている事は明白なのだが、イザークとよく似た姿の彼に己の罪を糾弾するような事を言われて心底動揺しているキャロルにはそれが分からない。ただ絞り出すように掠れた声で制止の言葉を口にするも、声には力が無い為殆ど響かない。

 そんな彼女に、”李作の口を借りた何者か”は更に彼女の心を言葉のナイフで抉る。

 

「そんな事をしでかしておいて、自分はつい最近まで全部忘れてのうのうと暮らした上に……」

「止めろ……」

 

「いざ記憶を取り戻せば取り戻したで、罪を償う事もせず暢気に生きて……」

「止めろ……!」

 

「おまけに御父上にそっくりの僕を殺そうとするなんて」

「止めろッ!」

 

 遂には我慢しきれず、キャロルの手が李作の襟首を掴んで捻り上げる。彼の顔が恐怖に歪むが、彼の口は構わず言葉を続けた。

 

「もしかしてあれですか? あなた本当は御父上の事――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んでほしい位大っ嫌いだったんじゃないですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉が紡がれた瞬間、キャロルの頭の中で何かが音を立てて切れ、視界が真っ赤に染まったような気になり感情を抑えきれず心の赴くままに体を動かしてしまった。

 

「止めろぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォッ!!!!」

 

 これ以上、父の顔をした奴からそんな言葉聞きたくない。その想いだけが先走ってしまい、まるで目の前の父の幻影を振り払おうとするかのようにキャロルは拳を叩きつける。その際加減を忘れて錬金術により肉体を強化しながら殴ってしまった為、李作は殴られた瞬間口から血を吐いてその場に崩れ落ちる。

 

「ごぼっ!? あ゛……!?」

「ッ!? あ、あぁ……!?」

 

 やってしまってからキャロルはしまったと顔を青褪めさせた。幾ら何でもこれはやり過ぎだ。最悪死んでしまう。殴った後になってから冷静さを取り戻したキャロルは、咄嗟に李作に手を伸ばすがその際彼の口は血を吐き出しながらも尚言葉を紡ぎ出した。

 

「キャロル……どう、して…………」

「ッ!?!?」

 

 明らかに己を責める声色の言葉を吐き出す李作。その姿はそのまま父の姿となってキャロルの脳裏に刻み込まれる。父に責められる、父を手に掛ける……それらは全てキャロルの心を大きく抉るのには十分な衝撃を持ち、目の前で倒れる李作を黙ってみている事しか出来なかった。

 

 その直後、角を曲がって颯人と奏が姿を現す。だがキャロルは2人が現れた事にも気付かず、目を見開き荒く呼吸を繰り返しながら倒れた李作を見ているしか出来なかった。

 

「颯人、あれっ!?」

「クソッ、間に合わなかった!」

 

 2人が到着した時には既に遅く、キャロルは李作を傷付けてしまった後であった。その事に颯人が悔しそうに歯噛みしつつ、倒れた李作に近付き容態を確認した。見ると李作は口から血を吐き、呼吸も大分弱くなっている。一目で危険な状態だと分かり、颯人は急ぎ彼を治療すべくアリスの下に連れて行こうとした。

 

 一方奏は呆然と立ちすくんでいるキャロルに近付き、何があったのかと訊ねようとした。が、奏が近付くとキャロルは腰が抜けたようにその場にへたり込み、顔に死相を浮かべた李作の姿に色々な感情が爆発して堪えきれなくなり胃の中身を吐き出してしまった。

 

「んぶっ!? うえぇぇぇぇっ!?」

「キャロルッ! おい、しっかりしろッ!」

「キャロルちゃんッ!?」

 

 奏に遅れて到着した響もキャロルに声を掛けるが、2人の声が聞こえていないかのようにキャロルは李作の事を見続けながら涙を流して体を震わせた。

 

「あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁ……!? 俺は、俺が……!? 俺が、パパ……パパを……!?」

「キャロル落ち着けッ! あれはお前の父親じゃないッ!」

「俺がパパを殺したッ!? パパの想いを踏み躙ったッ!? 俺は、俺がぁ……!?」

 

 完全に錯乱した今のキャロルには、奏の声も響の声も届かない。子供の様に泣きじゃくり己の行いを後悔するキャロルに、遅れて現場に到着したハンスが血相を変えて駆け寄った。

 

「キャロルッ!?」

「遅いぞハンスッ! お前何やってたッ!」

「丸岡って奴がいきなり居なくなったから探してたんだよッ! それよりキャロルはどうしたッ!」

「そのキャロルが、丸岡さんやっちまったんだよ」

 

 颯人が腕の中で息も絶え絶えになっている李作をハンスに見せると、彼は息を飲んで泣き叫んでいるキャロルと李作を交互に見た。彼女がこんな事をするなど信じられなかったのだ。よりにもよってイザークに似た李作を手に掛けるような事、父の事を愛していた彼女がする訳が無いと。

 

「そんな……!? 何で、キャロルがそんな事を……」

「嵌められたんだよ。あのグレムリンにな」

「アイツ……!?」

 

 またしてもグレムリンによりキャロルが嵌められた事を知って、ハンスが怒りに奥歯が砕けんばかりに食い縛る。だが今はそれよりも李作の容態とキャロルの心のケアだ。

 

「颯人ッ! 今はそれより丸岡さんをお義母さんの所にッ!」

「あぁっ!」

 

 アリスであればこの状態からでも李作を安全な状態まで持っていくことが出来る。生憎と通信は使えない為、颯人は転移魔法で急ぎ李作を発令所へと連れて行った。残された奏は響、ハンスと共にキャロルを落ち着かせようと一先ず場所を移そうと彼女を立ち上がらせる。

 

「取り合えずここじゃあれだ。先ずはキャロルを部屋に――」

 

 刹那、何時の間にかキャロルの背後に姿を現したグレムリンが後ろからキャロルの中にファントムの種を植え付けた。

 

「う゛ッ!? あ゛……!?」

「なっ!?」

「キャロルッ!?」

 

「あはっ♪」

 

 突然グレムリンが現れた事もそうだが、何よりもキャロルにファントムの種を植え付けられた事の方が重要だったので奏とハンスは急ぎキャロルをグレムリンから引き剥がした。だが既に種を植え付けられた事実は変える事が出来ず、キャロルは命を蝕まれて成長するファントムに全身を罅割れさせながら苦しんだ。

 

「あぐぁっ!? あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!? ぐぅぅっ!? うあ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

「キャロルッ!? テメェ、よくもッ!」

「待てハンスッ!」

「止めるなッ! コイツは、コイツは俺が……!」

 

 激昂してグレムリンに襲い掛かろうとするハンスであったが、奏と響が必死にそれを宥めた。通信も出来ないこの状況、キャロルを助ける事が出来るのは魔法使いでもあるハンスしか居ないのである。

 

「落ち着けッ! 分かるだろこの状況ッ! 今苦しんでるキャロルを助けられるのはお前しか居ないんだッ!」

「うっ!」

「エンゲージの指輪は持ってるな?」

「あ、あぁ」

「ならそれで早くキャロルの中で暴れてるファントムを始末してこいッ! その間にアタシと響でグレムリンを抑えとくから」

 

 厳密に言えば奏もウィザードギアになれば指輪無しでエンゲージの魔法を使う事は出来る。だが奏は自力で魔力を捻出できない為、颯人が近くに居ない状況だと行動が制限される。何が起こるか分からないアンダーワールドの中で、更に制限を課されながらファントムを倒すのはかなりの危険が伴う。それならばアンダーワールドでも自在に動け、更にファントムの援護も受けられるハンスの様な魔法使いが対処する方が余程合理的だ。

 

「何より、キャロルはお前の女だろッ! お前が助けなくてどうするんだッ!」

「~~~~ッ! 分かった……キャロルは俺が助ける。そっちは頼んだぞッ!」

「任せてくださいッ!」

 

 己の激情を何とか抑え込んだハンスは、苦しむキャロルの姿に心を痛めながら彼女を救うべくビーストに変身してエンゲージの魔法で彼女のアンダーワールドへと入って行った。

 

「はぁっ!? はぁっ!? う、ぐっ!? あぁぁぁぁ……!?」

「キャロル、今助けるからなッ!」

〈L・I・O・N、ライオーン!〉

〈エンゲージ、プリーズ〉

「はっ!」

 

 ビーストとなりキャロルのアンダーワールドへと入って行くハンス。それを見送ったグレムリンはもう興味は無いと言いたげにその場を去ろうとした。

 

「ふ~ん……ま、もうやりたい事はやっちゃったし、僕も帰ろうかな~」

「逃がすと思ってるのか?」

 

 踵を返すグレムリンの背に、シンフォギアを纏った奏のアームドギアが突き付けられる。まだ変身していない今の彼には必殺ともなり得るそれを向けられて、しかし当の本人は全く意に介した様子も見せなかった。

 

「一つ良い事を教えてあげる。あの丸岡って人を操ったの、僕じゃないんだよね?」

「何だと?」

「奏さん、危ないッ!?」

「えっ!?」

 

 グレムリンの言葉に奏が訝しんでいると、響が叫びながら彼女を突き飛ばした。次の瞬間、奏の死角から飛び掛かって来た蜘蛛の様な見た目のファントムが響に飛びつき、そのまま彼女の影の中へと入り込んでしまった。すると直後、響はまるで天井から糸で吊られているかのように不自然な動きで立ち上がると、ガングニールの拳で奏に殴り掛かっていった。

 

「うわっ!? 響、待てッ!」

「無駄無駄。丸岡って男を操ってた時とは比較にならない強さで干渉してるから。今の彼女には、奏ちゃんの声も届かないんじゃないかな?」

「クソッ、響ッ!」

 

 必死に声を掛け続ける奏だったが、グレムリンの言う通り今の響に彼女の声が届いていないのか少しも動きが鈍る様子が無い。響が相手だと満足に反撃も出来ないのか、奏は何とか攻撃を回避しつつ響を取り押さえるしか出来なかった。グレムリンは操られた響に苦戦する奏の姿を暫し眺めて楽しむと、満足そうに今度こそその場を去っていった。

 

「それじゃ、後は頼んだよ♪」

「お、おい待てッ!」

「じゃ~ね~!」

 

 奏の制止も聞かず、グレムリンは姿を消してしまった。去っていくグレムリンの後ろ姿を睨みながら、奏は感情を失い機械的に殴り掛かって来る響の攻撃を受け流しながらこの状況を打開すべく奮闘するのだった。




と言う訳で第275話でした。

イザークそっくりの人物である李作さん。彼を操っていたのは厳密に言えばグレムリン本人ではなく、彼の指示を受けていたファントム・アラクネでした。アラクネファントムは原作ウィザードにも登場しましたが、能力がアラクネっぽくないので本作ではモデルに即した感じで人間を操る能力を持たせてみました。響が操られた際のマリオネットみたいな動きがそれですね。人間を操る蜘蛛と言う要素は、他にも鬼太郎などに登場した牛鬼要素も盛り込んでいます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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