魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~   作:黒井福

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第276話:獅子の咆哮と許し

 ファントムの種を植え付けられたキャロルを助けるべく、単身彼女のアンダーワールドへと飛び込んだハンス。

 

 彼が降り立ったのは、彼にとっても馴染みのある光景の只中であった。

 

「ここは……」

 

 そこは嘗て、彼とキャロルが共に過ごした遠い地の片田舎の一軒家。300年と言う途方もない月日が流れても尚、キャロルとの大切な思い出と言う事で記憶に深く刻みつけられている。例え想い出の焼却の為に自身の事すら見失っても、この光景だけは片時も忘れた事は無かった。

 

 その懐かしさすら感じる一軒家から、満面の笑みと共に姿を現したのは曇りの無い輝くような笑みを浮かべた幼い頃のキャロルであった。

 

『あはっ! パパ~! ハンス~!』

 

 絶望とは無縁なキャロルが家の中に向けて声を掛けると、彼女の後に続くようにイザークとキャロル同様幼い頃の自分が姿を現した。本当に何の変哲もない、だが掛け替えのない日々。もしあの悲劇が起こらなければ、きっと自分は現代まで生き続ける事は無くキャロル共々真っ当に人生を過ごしていたかもしれない。

 あの光景を見ているとそんな事を考えてしまう。もうこの光景を取り戻す事は出来ないが、ならばせめてこれから先の人生でキャロルに少しでも多くの笑顔を与えなければならない。それが彼女に救われた自分の使命だ。

 

 そう気合を入れ直したところで、この素敵な思い出の空間をブチ破る様に巨大なファントムが姿を現した。

 

「ッ! 居やがったなッ!」

 

 まるで眼球に巻き付いた鎖を体として左右に巨大な手をくっつけたような不格好なファントムは、キャロルのアンダーワールドを手当たり次第に破壊している。これ以上彼女を苦しめる訳にはいかないと、ハンスはキマイラを呼び出し共に巨大ファントムに立ち向かった。

 

「行くぞ、キマイラッ!」

〈キマイライズ、ゴーッ!〉

 

 ハンスの召喚に応じたキマイラが、アンダーワールドで暴れるファントムを倒すべく襲い掛かる。だが巨大な両手は決して伊達ではなく、片手でキマイラを受け止めるともう片方の手で殴り飛ばしてしまった。殴り飛ばされたキマイラがハンスの所まで飛んできたので、彼は自身のファントムに押し潰されないようにと慌てて横に転がって回避する。

 

「うぉっとっ!? ちぃ、なかなかやるじゃねえか」

 

 己惚れる訳ではないが、自身のファントムは颯人のドラゴンにも引けを取らない強さであると自負している。そのキマイラを軽くあしらう目の前のファントムに、彼は一筋縄ではいかないと少し冷静になって相手を見定めようとした。

 だがファントムは彼が長々と観察するだけの時間を与えてはくれなかった。ファントム側からすれば、別にハンスを倒す必要は無くさっさとアンダーワールドを破壊してキャロルをファントムにしてしまえばいいだけの話なのだから。

 

「あぁっ!? くそ、止めろお前ッ!」

 

 破壊活動を続けるファントムに慌てて攻撃を仕掛けるハンスであったが、足が無いからか敵ファントムは空中に浮遊する事が出来てしまう。その所為で跳躍でしか相手に攻撃を届かせる事が出来ないハンスは攻撃が大振りにならざるを得ず、それを易々と喰らう程敵も愚かではない為あっさりと回避された挙句逆に地面に叩き落されてしまった。

 

「ぐはっ!? くぅ、この野郎……!」

 

 叩き付けられながらも相手を睨み付けるハンス。地上からでは勝負にならないと、彼はファルコマントを身に着けて空中戦で蹴りを付ける事にした。

 

〈ファルコ! ゴーッ! ファッ ファッ ファッ ファルコ!〉

「行くぜ、目玉野郎ッ!」

 

 ハンスが飛び立つと、キマイラもそれに続くように飛行しファントムに向かっていく。接近したハンスはファントムの周りを飛び回りながら斬りつけ、ファントムが彼に意識を向けている隙にキマイラがタックルをお見舞いする。小回りが利くハンスに翻弄され、一撃の威力が重いキマイラの攻撃に今度はファントムの方が地面に叩き付けられる事となった。

 

「よしっ! このまま……」

 

 このまま一気に畳み掛けようとした時、突然ファントムが鎖を光らせながら両手を合わせた。何をするつもりなのかと思っていると、何とファントムは広げた両手の間に鎖をあやとりの様に広げてハンスとファントムを捕えようと迫ってきた。

 

「何ッ!?」

 

 慌てて回避しようとするハンスであったが、ファントムは更に鎖を操り彼を捕らえると鎖から電撃を流してきた。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 まさかの攻撃方法に今度はハンスの方が苦しめられる。見兼ねたキマイラが鎖に噛み付き振り回すと、ファントムとハンスが振り回され拘束が緩み解放された。

 

「うぐぅっ!? く、そがぁ……ふざけやがってぇッ!!」

 

 こちとら一刻も早くファントムを倒してキャロルを苦しみから解放しなければならないと言うのに、こうも手間取る事にハンスは敵への煩わしさと己への不甲斐無さで激昂しつつあった。

 そんな彼の肩を、何かが乱暴にグイグイと押してくる。この忙しい時に何だと彼が振り返ると、そこに居たのはキマイラであった。

 

「あ? 何だよ?」

 

 何かを伝えたい様子のキマイラに苛立ちながら問い掛けると、キマイラは徐に口から何かを吐き出した。

 

「うぉぁっ!? きったね、何だよオイッ!……って、コイツは?」

 

 咄嗟の事に思わず受け止めてしまったが、物が口から吐き出された事に彼は思わず文句を言おうとした。だがよくよく見るとそれが見た事の無い指輪である事に気付き、彼は状況も忘れてまじまじと観察してしまった。

 

「何だ? この指輪……」

 

 ウィザードリングはどれも基本装飾部分が特に分厚いが、この指輪はそれに輪をかけて分厚い。ネイビーベースの色合いで中石には金色のライオンの顔が彫られている。どんな指輪だと弄っていると、装飾部分がスライドしライオンの口の部分が開く事に気付いた。

 

「ん~?」

 

 訳が分からないと首を捻るハンスだったが、耳に響いてきた破壊音に今はそれどころではない事を思い出し慌てて戦いに戻ろうとした。

 

「ヤベッ!? 今はそれどころじゃ――」

 

 刹那、彼の脳裏にビーストキマイラの声が響いた。

 

『世話の焼ける男だ。どれ、我がもっと力を貸してやる』

「キマイラ?」

『精々上手く使えよ? 仮にも我の主なのだからな』

 

 それだけ告げるとキマイラは再びファントムとの戦闘に戻っていった。両手と鎖を巧みに扱って戦うファントムを相手にキマイラも僅かに攻めあぐねる中、ハンスは仮面の下で苦笑を浮かべながらも立ち上がり右手の指輪を交換した。

 

「ったく、義理堅いと言うか世話焼きと言うかよ……!」

〈ハイパー! GO!ハイッハイッハイッ ハイパー!〉

「いいぜ、見せてやるッ! だから俺にもっと力を寄こせ、キマイラッ!!」

 

 ハンスが指輪を使用すると、ファントムと戦っていたキマイラが反転して戻ってきた。そして彼の背中に出現した魔法陣に飛び込む様に彼と一体化すると、ビーストの鎧の姿が大きく変わった。

 

 青く輝くボディースーツに金色の鎧。胸の鎧はキマイラの顔を模った様な造形になっており、両腕には金色のフリンジが無数に伸び風に吹かれて僅かに靡いている。

 

 これこそがハンスが変身する魔法使いビーストの強化形態、その名も『ビーストハイパー』であった。

 

 キマイラの力と一体化した事によりハンスの力が上がった事を察したのか、ファントムは周囲への破壊を止めて確実にハンスを仕留めるべく攻撃を仕掛けてくる。迫りくるファントムを前に、新たな姿となったハンスは落ち着いた様子で手をバックルの前に持っていくとバックルから魔力が噴き出しそれが形を持つと一丁の大型拳銃となって彼の手に収まった。

 ハンスは新たに手にした拳銃『ミラージュマグナム』を構えると、それを巨大ファントムに向け引き金を引く。放たれた銃弾は一撃でファントムの体勢を崩し、浮遊を維持できなくさせて地面に墜落させた。

 

「ほぉん? 銃ってのは初めてだが、案外悪くねえ」

 

 新たな武器の性能に彼が満足していると、体勢を立て直したファントムが再び両手の間に鎖で網を作り捕えようと迫ってきた。だが今度は遠距離への攻撃手段がある為、彼はファントムを近付ける事はせず鎖の網を維持している手の片方を執拗に攻撃し鎖の網を維持できなくさせた。

 度重なる銃撃に鎖が耐えきれなくなり砕けるように千切れ跳ぶ。二つの手を繋ぐ鎖が無くなった事でバランスを崩した両手に対し、ハンスは両腕を振り回すと腕の鎧から伸びたフリンジが長く伸びてファントムを打ち据え一纏めにして叩き落す。

 

「今だッ!」

 

 両手が一纏まりになった所でハンスは一気に勝負を決めようと、ミラージュマグナムを左手に持ち明らかに指輪を嵌め込むのだろうスロット部分に右手の指輪を嵌めた。が、どうもスロットの形状が合わないのか指輪を嵌めても何も起こらない。

 

「あ? ん?」

 

 何処からどう見ても指輪を嵌め込む以外に使い道の無さそうなスロット。それが何の反応も示さない事に疑問を抱くが、そう言えば指輪にはスライドして形が変わるギミックがある事を思い出す。

 まさかと思いハンスが指輪をスライドさせてから再びスロットに嵌めてみると、今度は形がぴったり嵌り必殺技が発動した。

 

〈ハーイパー! マグナムストライク!〉

「そう言う事かよ、ったく。どうせならしっかり説明しろよな」

 

 必殺技『シューティングミラージュ』が発動すると、拳銃上部の鏡にキマイラの顔が浮かび上がる。同時に魔力の集束に伴い銃の左右に施された飛び掛かるライオンを模した装飾が光を帯びていく。この状況にぶつくさ文句を言いつつもハンスは魔力を集束させていく銃口をファントムへと向け引き金を引いた。

 

 引き金が引かれると、銃口からはビーストキマイラ型の魔力弾が放たれファントムへと飛び掛かり、その身を構成する魔力の全てを喰らい尽しハンスへと送り込んだ。

 爆発の中から魔力が魔法陣となってビーストドライバーへと吸収され、ファントムを倒した事を確認したハンスはもうここに用は無いとさっさとアンダーワールドから出ようとした。

 

 が、その前にもう一度だけ子供の頃の無垢な笑顔を浮かべるキャロルの姿を目に焼き付ける。もうあの頃には戻れないと理解しつつ、それでもあんな笑顔をもう一度キャロルにさせてみせると固く誓うと彼は今度こそアンダーワールドから外に出るのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ハンスがアンダーワールドでファントムと戦っている頃、奏はアラクネに操られた響を相手に苦戦を強いられていた。

 

「くっ!? 響、目を覚ませッ!」

 

 情け容赦なく殴りつけて来る響に奏が必死に声を掛けるが、今の響には届かないのかブレる事無く強烈な拳が叩き付けられる。奏はそれをアームドギアの柄で何とか防ぐも、相手が操られているだけの響と言う事で本気を出せないからか踏ん張りが利かず後ろに吹き飛ばされ背中を壁に強かに打ち付けた。

 

「がはっ!? うぐ、ぅぅ……」

 

 壁に叩き付けられた事で派手に内臓を揺らされ、視界が揺らぐ中奏は何とか立ち上がる。そんな彼女を響は容赦なく殴りつけ、咄嗟に防ごうとした際にアームドギアが弾き飛ばされてしまった。

 

「あっ!? うあっ!?」

 

 奏の意識が弾き飛ばされたアームドギアの方に向く。そこを見逃さなかった響は、彼女を押し倒し馬乗りになるとマウントを取った状態で何度も拳を彼女の顔に叩き付けようと殴り掛かる。奏は両腕を上げて拳を防ぐが、アームドギアに変形させたためガントレットが無い状態では防御力に乏しく奏は響の殴打に翻弄されてしまった。

 

「や、止めっ!? 響、待、げほっ!?」

 

 顔ばかり防御していた為胴体への防御が疎かになり、そこを狙われて鳩尾に鋭い一撃が突き刺さる。込み上げる吐き気に防御が緩んだ一瞬の隙を突いて、響の激しい連打が奏を襲った。何度も叩き付けられる拳に奏の姿はボロボロになっていき、遂には防御も儘ならない程にまでなってしまっていた。

 

「ぐ、は……!? はぁ、はぁ……」

 

 漸く響からの攻撃が止んだ頃には、奏も攻撃を防ぐ事も出来ないほど消耗してしまっていた。両腕を上げてガードする事も出来ない奏の首を、響が掴んで持ち上げると右手の拳を握り締めて後ろに引き、更にガントレットのジャッキも展開して強烈な一撃を叩き込む準備に入った。それを揺れ動く視界の中で見た奏は、渾身の力を込めて奇跡を信じ響に呼び掛けた。

 

「はぁ、はぁ……し、しっかり、しろよ……お前は、そんな弱い奴じゃない筈だろ」

 

「そんなクソッタレなファントムに、何時までも好きな様にさせてんなよ……」

 

 

 

 

「「響ぃぃぃぃぃッ!!」」

「ッ!!」

 

 

 

 

 奏が必死になって響に呼び掛けると、彼女の声に合わせるようにもう1人の少女の声が響いた。直後、ファウストローブを纏った未来が奏に殴り掛かろうとしている響の腕にしがみ付き彼女を止めに入る。

 

「響駄目ッ!? 目を覚まして響ッ!」

 

 異変を察知して本部内の響を探していた未来は、奏に殴り掛かろうとしている響の姿に後先考えずファウストローブを纏うとそのまま響の腕にしがみ付いたのだ。

 

 するとその瞬間、響の目が明らかに揺らぎ、更には奏の首を掴んでいる手の力も弱くなった。そして、まだ目には完全に意思が戻った様子はないものの、その唇は微かに震えながら絞り出すように言葉を紡ぎ出した。

 

「み、く……かな、で、さん…………」

「響ッ!」

「今だッ!」

 

 奏はこの隙を見逃さなかった。なけなしの力で素早く首を掴んだ響の手を振り払うと、右手にブレイブウィザードリングを嵌めてギアコンバーターに翳した。

 

〈ブレイブ、プリーズ〉

「響……今助けてやるッ!」

 

 未だに響は未来に取り押さえられている。この隙に奏は響を解放すべく、ウィザードギアブレイブを纏うとその中に巣食うファントムを追い出す魔法を発動した。

 

〈パリハレイト、プリーズ〉

「未来ッ!」

「! はいっ!」

 

 奏の魔法に気付いた未来は素早く響から離れた。奏のパリハレイトの魔法は、人間は傷付けずその中に巣食うものだけを焼き払い追い出したり、真実を暴いたりできる。嘗てはその能力で未来の中に下ろされていたシェム・ハを引き摺りだした。そんな魔法の余波を今の未来が喰らえば、またシェム・ハが追い出されてしまう。

 

 未来が十分に離れたのを見て奏が炎を放つと、忽ち響の体は炎に包まれる。が、彼女の体には一片の火傷も出来ず、だがその体からは苦しみながらファントムが追い出された。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!?」

「貰ったッ! そこだぁッ!」

〈チョーイイネ! キックストライク、サイコー!〉

 

 飛び出して尚体に付いた火を消そうとのたうち回るアラクネファントムに対し、奏は『MAJESTIC∞FLAME』を使用。漸く火が消えて一息つけると顔を上げたアラクネファントムを容赦なく蹴り飛ばした。

 

「ふぅ、ふぅ……あっ!?」

「オラァァァァァァッ!!」

MAJESTIC∞FLAME

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 休む間もなく喰らわされた奏の必殺技に、アラクネファントムは抗う間も無く爆散させられた。爆発で起こった炎の影響でスプリンクラーが作動し水が雨の様に降りしきる中、奏は水に濡れながらもアラクネファントムに操られて消耗した筈の響に駆け寄り未来共々容態を確認した。

 

「未来ッ! 響は?」

「大丈夫です。そんなに酷くは……」

 

 基本的に奏が防御に徹していた為、響には目立った外傷はない。ただ無理矢理体を使われた事で肉体的には消耗しているのか、2人が必死に呼び掛けてやっと彼女は目を覚ました。

 

「うっ……わ、私…………あっ!?」

 

 薄っすらと目を開けてぼんやりとしていた響の視界に奏の姿が映った。何度も響の拳を受けた奏の頬には幾つか殴られた痕があり、それを見た響は自分がどういう状況で何をしてしまったのかを思い出し顔を青褪めさせた。

 

「か、奏さんッ!? ご、ごめんなさい、私……私ッ!?」

 

 憧れの奏でに何て事をしてしまったのかと、響は自分を責め激しく狼狽えた。が、奏はそんな響を優しく抱きしめ彼女の無事だけを只管喜んだ。

 

「良いんだよ、響。お前が気にする事じゃない。無事で良かった」

「ぁ…………」

「そうだよ響。悪いのはあのファントムなんだもん。響が悪い訳じゃない事は、奏さんも私も、それに颯人さんだって分かってくれるよ」

「そうそう。颯人はそんな心の小さい奴じゃない。お前も知ってるだろ? だから安心しろって」

 

 そう言って奏に優しく頭を撫でられ、年甲斐もなく響は子供の様に涙を浮かべ奏の胸を借りて静かに涙を流す。奏と未来がそんな響を慰めている横で、ファントムを倒し終えたハンスもまたアンダーワールドから出てキャロルの容態を確認していた。

 

「キャロル? 大丈夫か、キャロル?」

「う、んん…………ハンス?」

「キャロル……!」

 

 アンダーワールドで暴れていたファントムが倒れた事で、キャロルの体に浮かび上がっていた罅割れは綺麗さっぱり無くなった。それでも彼女が目覚めるまでは安心できないと思っていたが、消耗しながらもしっかりと自分を見てくる彼女の姿に安堵し彼女を助けられた事への喜びを噛み締める様に彼は少し強めに彼女を抱きしめた。

 

「良かった……キャロル!」

「ん……!」

 

 抱きしめる腕に力が籠ってしまったからか、キャロルの口から少し窮屈そうな声が上がる。その声に慌ててハンスが離れようとするが、キャロルは自分から彼の胸の中へと潜り込みその身を委ねた。たまには、こんな風に強めに抱きしめられるのも悪くは無い。

 

「っと、すまない!? 痛かったか?」

「いや、いい。寧ろもう少し、このままで……」

「キャロル……」

 

 キャロルの求めに応えるように、ハンスは彼女の事を強く抱きしめる、彼から強く求められる事への安心感を胸に、キャロルは暫しそのまま身を委ねるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、キャロルの中に植え付けられたファントムの種とアラクネファントムが倒された事を悟ったのかグレムリンによる通信妨害は解除された。

 

 状況確認が素早く行われると、事後処理を弦十郎達に任せてキャロルは自身が傷付けてしまった李作の元を訪れた。幸いな事に颯人が迅速に彼をアリスの元へと連れて行ってくれたお陰で一命は取り留め、今は医務室のベッドの上で安静にしている。

 

 そんな彼にキャロルは頭を下げた。

 

「すまない……俺が愚かだったばかりに、巻き込まれただけの無関係なお前の事を傷付けた。殺し掛けた張本人である俺が何を言っても意味は無いだろうが、それでも謝らせてくれ。本当に……本当にすまない」

 

 他人に謝るにしては少し態度が大きい気もするが、長年ハンス以外と触れ合ってこなかった弊害かこんな物言いしか出来なくなっていたのだ。咄嗟に出てくる謝罪の言葉がこんな物である事にキャロルは改めて不甲斐無さを感じ自責の念に駆られるが、李作から返ってきたのは微笑を伴う許しの言葉であった。

 

「顔を上げてください。私は、そんなに気にしていません」

「え?」

 

 意外な言葉にキャロルがキョトンとしながら顔を上げると、そこにあったのは亡き父を思わせる優しい笑みであった。

 

「あの時、私にも意識はありました。だから自分があなたに何を言ったのかは覚えています。きっとあなたには、御父上の事で何か複雑な事情があったのでしょう?」

「あ……」

「ならば、私からあなたに言える事はありません。あなたは私に何が起こっていたのか知らなかったように、私もあなたに対して知っている事は殆どありませんでしたから。だから、まぁ……お相子と言うところで手を打ちませんか?」

 

 普通の人間であれば、どんな理由であれ殺されかけたのだからその事に対して文句の一つも言いたくなるものだろう。だが、李作はキャロルの心を案じた。彼女がそこまで我を失う程の事情があったのだと、慮った結果彼は彼女を許す事を選んだのだ。

 

 あまりにもお人好しが過ぎる。普段であればそう言って呆れ、または苛立ちの一つも覚えるのだろうが、彼の顔立ちも相まってキャロルはまるで父に許されたかのような気になり思わず目に涙を浮かべた。

 

「お……お人好しが過ぎるぞ、お前……」

「よく言われます」

「…………! あ、ありがとう……」

 

 ただ単純に許しを得た……それ以上の安心感に、キャロルが静かに涙を流す。

 

 彼女の事を心配して少し離れた所からその様子を眺めていたハンスは、大事には至らない様子に安堵しこの場は邪魔をしてはならぬとその場を静かに離れるのであった。




と言う訳で第276話でした。

ここでビーストにも強化形態であるハイパーが登場です。正直ビーストハイパーはどの段階で出そうか、そもそも出すかどうかを大分迷いました。何分本作では長らくビーストが敵だった上に、味方になってからもあまり時間が経っていないので。ですがだからと言って出さずにいるのも勿体ないですし、出すならばここだと言う事で今回ビーストハイパーを解禁しました。原作と違ってハイパーもキマイラからの協力あっての強化と言う形になりました。キャロルを必死に助けようとする、ハンスの想いにキマイラが応えてくれた感じです。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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