魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~ 作:黒井福
今回は先週宣言した通り、箸休め的なほのぼの回となります。
正月が過ぎても尚、否故にこそ寒さも増したその日。
首都圏から遠く、人里離れた山中の温泉旅館に颯人達はやって来ていた。颯人はここまで愛車のマシンウィンガーを走らせ後ろに奏を乗せて遠路遥々途中休憩を適宜挟みながら到着すると、ヘルメットを外し長時間の運転で凝り固まった筋肉を解す様に大きく背筋を伸ばしながら肺一杯に空気を吸い込んだ。
「くぅ~~~~ッ…………はぁっ! ふぃ~、流石にここは都会と違って空気が美味いぜ。なぁ奏?」
「んぅ~~っ! はふぅ、同感。都会も悪くは無いけど、こういうのもたまにはいいな」
思えばパヴァリアとの戦いの最中、風鳴機関本部に向かった際にも周囲を自然に囲まれてはいた。が、あの時は新鮮な空気を暢気に味わう余裕も無かった為、こんな風に純粋に自然豊かな排気ガスの臭いの無い空気に包まれるのは本当に久々だった。2人の記憶の中でこんな風に自然に囲まれたのは、皆神山に行った時くらいのものだ。尤もその時の事は、ある意味で忌まわしい記憶として刻まれている為あまり思い出したいものではなかったのだが。
2人が辿り着いた温泉旅館は、嘗て彼らが訪れたプライベートビーチと同じく政府管轄のプライベート旅館的なものであった。故に一般の宿泊客は居らず、ほぼ貸し切りの状態で満喫できる。グレムリンの目から逃れるにはある意味で打って付けの場所であった。
そんな旅館の正面に居るのは今現在颯人と奏の2人のみ。他の面々についてはそれぞれ別の方法で移動し順次合流する事になっていた。これもまたグレムリンの目を可能な限り誤魔化す為の策である。全員が魔法などを使って一斉に移動すれば、それはそれで怪しまれ後をつけられる危険があった。全員がバラバラに行動すれば、グレムリンの注意も散漫になり出し抜けるのではと考えた結果である。それでも次に狙われる可能性が高いクリスに関しては、パートナーである透は勿論同伴としてキャロルにハンス、翼と言った面子が行動を共にしていた。
一足先に旅館に辿り着いてしまった颯人と奏。流石に雪は降っていないが、寒空の下で何時までも外で立ち尽くすのもあれだったので旅館のロビーで待とうかとバイクを駐車場に停めて受付に向かおうとした時、旅館の前に違う方向から2台のタクシーがやって来た。窓から見える車内の人物に颯人が手を上げると、タクシーから降りてきた響と未来、マリア達元F.I.S.の3人がそれぞれ車内から姿を現した。
「あ、奏さんと颯人さんッ!」
「もう着いてたんですね」
「よ、お先ッ!」
「待たせちゃったかしら?」
「安心しろって、アタシらも今し方着いたところだよ」
これで残るはクリス達とガルド達のみ。そう思っていると今度は旅館近くの停留所にバスが停車し、そこから透に手を引かれエスコートされるような形でクリスが下りてきた。その後には翼、ハンスと続き、最後にキャロルが姿を現す。バスから降りるとキャロルは白い息を吐きながら肩を縮こませて身を震わせた。
「うぅ~、思いの外冷えるな」
「故郷を思い出すな」
「ハンス……フッ、そうだな」
都会から離れた自然に囲まれた環境特有の冷え具合に、ふと遠い昔の故郷での日々に想いを馳せるハンスとキャロル。一方クリスもまた、寒さがあまり得意ではないのかマフラーに顔を半分ほど埋め寒さに赤くなった耳の先をチラリと覗かせながら透に寄り添い暖を取ろうとした。
「うひぃ~、さぶさぶ……! うぅ、しゃーねぇとは言え、こんな寒い時期にこんな寒い所に来る事になるなんて……」
「もう少しの辛抱だよ。部屋に入れば温かいから」
「それにこんな季節でも無いと、この温泉の良さは味わえないぞ雪音」
「アタシはそう言う風情には興味ないんだよ先輩」
寒さに辟易した様子のクリスを翼が諭し、クリスはそれに対して反論しながらも透に体を密着させる。透がそれを優しく抱きしめて彼女を温めていると、それを見ていた切歌と調が顔を寄せ合いヒソヒソと声を潜めて話し合った。
「クリス先輩、普段は他人に家でやれ~とか言ってるクセに……」
「先輩、自分と透先輩に対しては駄々甘なのデ~ス」
「聞こえてっぞお前らッ!!」
「「うぇっ!?」」
透に甘えながらも、後輩たちの陰口はしっかり聞き取っていたクリスは口元をマフラーから出して怒鳴り返す。まさか聞かれているとは思っていなかった2人は、肩をビクリと跳ねさせ急いでマリアの後ろへと避難した。自分を盾にする2人に、マリアは苦笑しながらもクリスの事を宥めつつ2人の事も軽く叱った。
「まぁまぁ、そんなに言わないであげて。2人も、そんな風に言ったらダメよ?」
「「は~い……」」
「ったく……」
「フフッ……ところでマリアさん? ガルドさんとセレナさんの2人は一緒じゃないんですか?」
後この場に来ていないのは、ガルドとセレナの2人のみ。今回の旅行に参加するのはそれで全員なのだが、あの2人だけが未だに姿を見せない事だけが気掛かりだった。何かあったと思っている訳ではないが、あまり時間が掛かるようであればクリスだけでも一足先に旅館に上げてしまいたいと思っていたのだ。
そんな彼の問い掛けに対し、マリアは旅館に続く坂道を肩越しに親指で指差しながら答えた。
「あぁ、あの2人なら来る途中にタクシーの窓から歩いてるのが見えたわ。途中で饅頭とかを食べ歩きしてるのが見えたから、もう少し掛かるんじゃない?」
こんな状況でも変わらず料理の研究に熱心なガルドは、温泉街でしか食べる事の出来ない饅頭などに興味津々らしい。セレナ共々デート感覚で食べ歩きしながらゆっくりとこちらに歩いてくる様子が容易に想像できて、クリスは思わず顔を引き攣らせ逆に食い意地が張っている響や切歌達は2人の事を羨ましがった。
「ったく、あの料理馬鹿……こちとらさっさと旅館に入りたいってのに……」
「いいな~、ガルドさんとセレナさん……ねぇねぇ未来ッ! 私達も後で行ってみようよッ!」
「はいはい、後でね」
「調調ッ! 私達も旨いもんマップ作りに行のデスッ!」
「うんッ!」
普段立ち寄ることの無い温泉街の甘味や珍味に想いを馳せる響達。マリアはそんな子供達を引率の先生か母親の様に宥め、一同は遅れてくる2人に先んじて旅館へと入って行く。
「そう言うのは、先ずは荷物を置いてからの話よ」
「マリアの言う通り。颯人、ガルドには先に宿に入ってるって連絡しといてくれ」
「はいよ~」
そうして旅館へと颯人達が入って行ってから数分後、遅れて到着したガルドとセレナも交えての温泉旅館での慰労が始まる事となった。
旅館に入ると、一行は男女それぞれに分かれる事となった。慰労目的とは言え節度は持たねばと言う事で、今回はパートナーが居ても男女はそれぞれ別に分けられる。ハンス何かはキャロルと別室になる事に若干の不満を抱いたが、そう言う事は騒動の不安が無くなった後に個人的にと言う事で今回は落ち着かせた。
部屋は男が4人で一部屋に、女が5人ずつに分かれての二部屋という塩梅だ。割り振りに関しては、響、未来、クリス、切歌、調の比較的若年の5人と、奏達年長組5人にそれぞれ分けられた。
部屋に通され荷物を置いて一息つくと、一行は特に示し合わせた訳でもないのに全員が温泉へと足を運んだ。やはり温泉旅館に来たからには、温泉に浸からなければ始まらない。
脱衣所で手早く衣服を脱ぎタオル1枚持って温泉に入ると、早速響達若年組がはしゃいで温泉に飛び込もうとしたのを空かさず年長組に取り押さえられた。
「ヒャッホーッ! 温泉だぁッ!」
「飛び込むデースッ!」
「駄目よッ! 先ずは体を洗ってから」
「気持ちは分かるが落ち着けお前ら」
「全く……」
この場に居る中で一番の年長であるキャロルがはしゃぐ響達の様子に呆れながら、体を洗い静かに湯船に体を沈める。その堂に入った様子に感化された様に、響達も一時は落ち着いて体を洗ってから湯船に浸かるのだが、元気が有り余っている彼女達に落ち着いて温泉を堪能しろと言うのも難しい話。
温まって気分も高揚してきたからか、響と未来は直ぐに互いに湯を掛け合ったりしてじゃれ合い始めた。
「それっ!」
「きゃっ! もう、響ったら! えいっ!」
「わぷっ!? おいコラッ!」
途中までは若年組の中では最年長と言う自負のあるクリスがマリア達に倣う様に大人しくしていたが、お湯掛けの流れ弾が顔に掛かると即座に火が付き参戦し始める。それに引っ張られる形で切歌と調も騒ぎ始め、騒々しくなった様子を翼とマリアが仕方が無いと言う様に眺めていた。
「全く、立花達ときたら……落ち着いて温泉に浸かる事も出来ないのか」
「適当な所で止めるべきよね」
「まぁまぁ、良いじゃないかそんな堅苦しくしなくても」
「そうですよ。楽しくていいじゃないですか」
「俺としては、もう少し静かにしてほしいけどな」
比較的大らかな奏とセレナが2人を宥めつつ、キャロルが騒ぐ面々を軽く睨みながら肩まで湯船に浸かる。体の芯まで温まる感覚に絞り出すように息を吐く様子は長く溜まった疲れを吐き出しているようで、それだけでもキャロルがこれまでの人生でどれ程張り詰めた日々を送ってきたかが伺える。
そんな彼女を慮り、いい加減静かにするようにとマリアと翼に叱られ響達もやっと大人しくなった。
流石に叱られたら大人しくなるかと思われたが、静かになると今度は別の事に意識が向くのは避けられぬ事。特にこの風呂場と言う裸の付き合いをする場では、互いのあられもない姿を見ると言う事で色々と目に入る所がある。
その最たる部分は、やはり多くの年長組が持つその豊満な乳房だろう。湯船に浸かっても尚湯に浮くサイズのそれは、まだまだ成長途上の響達からすれば関心の的であった。
響は何気に初めて目にする大人サイズのキャロルの裸体に、憧れに近い視線を向けていた。
「うわ~、キャロルちゃんのオッパイ奏さん達に負けないくらい大きいね」
「な、何だ立花 響……そんなに見るな」
こんな風に胸を凝視される事も無かったので、キャロルは居心地の悪さを感じて胸元を隠す様に響に背を向ける。因みに実際には、この姿が普通になってからは街を出歩けば平時からその手の視線を向けられる事はあった。ただ彼女の方がその手の視線を全く気にしていなかったので、これまではそう言う居心地の悪さを感じた事が無かったのである。
しかし響に背を向けたとしても、限られた空間内では絶えず誰かの視線が届くもの。キャロルが体の向きを変えた先には、セレナにじゃれ付いていた切歌と調が居り彼女達もセレナに負けない巨乳の持ち主であるキャロルに対しては興味津々と言った様子である。
「むむぅ、セレナも大きいですけどキャロルも大きいデ~ス」
「うん……どっちの方が大きいかな?」
「やっ! ちょ、2人共待って……!」
2人が大きさを確かめる様にセレナの胸を撫で回せば、擽たさにセレナが身悶えする。妹のそんな姿をマリアが放置出来る筈もなく、2人は即行マリアに首根っこを掴まれて持ち上げられた。
「こぉら、2人共ッ! セレナにそんな悪戯しないのッ!!」
「ごめんなさい……」
「でも同じ女としては、気にせずにはいられないのデス」
「だとしても、同じ女性相手でも胸の事をそんなに見るものじゃないわ。大体女の魅力は胸だけじゃないんだから。そうでしょ翼?」
「その意見には同意したいところだが……お前にだけは言われたくないぞマリア」
セレナやキャロルとそう大差ない大きさのマリアに、胸の大きさ云々言われても説得力は皆無である、ましてや今ここに居る面子の中では下から数えた方が早いくらいのサイズしかない翼からすれば、マリアの言葉は嫌味にしか聞こえなかった。勝手に落ち込む翼に、言った後になって失言に気付いたマリアがどうしようかと慌て始める。
「あ、や、違……!? ごめんなさい、そう言う意味じゃ……」
必死に弁解しようとするマリアの様子を、騒動に巻き込まれないようにと少し距離を取っていたクリスが呆れた様子で眺めている。尚そんな彼女の胸元も、多くの年長組に負けず劣らず湯船に浮島を作っていた。
「ったく、下らねえ……こんなのあっても肩が凝るだけだってのに」
「そう言うなって。こ~んなりっぱなもん持ってるんだ、透にだって十分アピールできるだろ?」
捻くれた態度のクリスに、奏が隙を見て背後から抱き着く様に彼女の乳房を持ち上げる。背中に押し付けられる奏の乳房の感触と、己の乳房を下から持ち上げられる感触にクリスは堪らず悲鳴を上げてしまった。
「うひゃぁぁぁぁっ! ちょ、何すんだ止めろよッ!」
「お~お~、アタシよりも年下のくせして大したもんだ。寧ろ前よりもちょっと大きくなったかこれ? クリス? お前もしかして透とはもう?」
「ちっげぇよっ! 透とはまだそんな事してねえってのッ! そう言う事なら先輩の方がッ!」
胸を弄ばれた事と透と”そこまで”進んだ事を妄想させられた事にパニクったクリスが、既に色々と経験済みとなった奏の事を口にすれば、それに即座に反応したのはマリア達元F.I.S.組であった。
旧二課組は颯人と奏が婚約関係になった際に”そういう行為”にも及んだ事は大体察しがついていた。御丁寧に首筋に痕をつけて、左手薬指に真新しい指輪を嵌めてきたのだから了子がそれに真っ先に気付きそこから先は芋づる式に軽い騒ぎとなった。が、その時はマリア達はまだ仕方が無かったとは言え独房で軟禁状態だった為、詳しい事情を知らなかった。奏が颯人と婚約状態にあると言う事は知っていても、2人の関係がそこまで進んでいるかは今の今まで不確かな情報だったのだ。
「奏ッ! あなたと颯人ってやっぱりそこまで進んでるのッ!」
「はわわ~、奏さん大人の階段上りきってるのデス」
「ゴクリ……」
「あの、奏さんッ! 後学の参考に色々と聞かせて欲しい事が……!」
「待ってセレナッ! お願いだからまだ待ってッ!」
忽ち大騒ぎとなる湯船では、奏がマリアやセレナ達に詰め寄られて顔を引き攣らせる。流石の彼女もそこまで明け透けに話せるほどの度胸は無く、どうしたものかと悩んでいるとふと我関せずと言った様子のキャロルの姿を見つけ、咄嗟の判断で矛先をそちらに向けさせた。
「え、あ……! そ、そうだキャロルッ! お前、お前はどうなんだよッ!」
「……はぁっ!?」
「お前、300年くらいハンスと2人きりだったんだろ? アイツとそう言う事になったりとかさ……」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなッ!! おおお、俺、俺とハンスが、そ、そそそ、そんな、そん……!」
確かにまぁ、憎しみと復讐を糧に生きてきた300年間、ハンスに対してキャロルがそう言う気持ちを抱かなかったかと言われれば嘘になる。ふとした瞬間に温もりが欲しくなり、彼にそれを求めようとした事も何度かあった。だがそうする事で気持ちが和らぎ、父の命題を疎かにするような事があってはならないと己を律して欲望を抑え続け、また彼を都合よく使う事を良しとしなかった事もありそこまで踏み切る事が無かった結果、キャロルは300年を過ぎた今になっても体は清らかな乙女のままであった。だがその呪にも等しい憎しみの鎖から解き放たれ自由となった今、ハンスに対する想いが日に日に強くなっている事は彼女自身感じていた。
そんな所で、その欲望を殊更に刺激するような事を奏に言われたものだから、ハンスとそう言う事をする自分の姿を想像してしまったキャロルは、元々が初心な性格なのもあって脳が処理しきれず思考回路がショートしてしまい顔を赤くして湯船の中でひっくり返ってしまった。
「~~~~、あふぅ……」
「うわぁぁぁっ!? ちょ、キャロルちゃん大丈夫ッ!?」
「ひ、響ッ! 取り合えずキャロルさんを引っ張り上げてッ!」
(全く忙しない。我らの休息を邪魔立てする者など放っておけばよいものを)
「シェム・ハさんは黙っててッ!」
(うぐ……)
響と未来が逆上せ上がったキャロルを湯船から引っ張り出し冷やしている頃、奏は尚もマリア達からの詰問に遭っていた。
「さぁ奏ッ! この際だから色々と吐いちゃいなさいッ!」
「どうだったんですか、奏さんッ!」
「大人の女の秘密が知りたいデスッ!」
「ジーッ」
「ちょちょ、待て待てッ! つ、翼ッ! クリスッ! た、助けてッ!」
四方を囲まれ壁際に追い詰められた奏は、堪らず翼とクリスに助けを求める。だがそれに対して、相方と後輩の対応は冷たかった。
「奏……今回ばかりは私は奏の敵に回る」
「自業自得だ」
「ちょっとぉぉぉぉっ!?」
***
そんな感じに女風呂が騒々しいのに対して、男風呂の方は至って静かなものであった。と言うより、隣が騒々しすぎてこちらは騒ぐ気になれなかっただけの話である。
何しろ話の内容が生々しい。男湯と女湯は竹を組んだ壁で仕切られているだけなので、ぶっちゃけ会話は双方に丸聞こえであった。そしてこの場の男子は全員が、隣の女湯の方にパートナーが居る為その会話が気になり自然と静かになってしまったのである。
そんな中で、優越感を感じているのは颯人であった。今この場に居る男衆の中で一番進んでいる事への自負が、彼に精神的な余裕を持たせていた。
「奏の奴、災難だなぁ。ってか、セレナって見た目以上に結構アグレッシブなんじゃねえか、ガルド?」
普段は大人しいくせして、こういう時は姉のマリアも驚くほどの積極性を見せる。もしかするとマリアに先んじてセレナにパートナーが居るのは、そう言う事情も関係していたのかもしれない。
そう指摘されたガルドはと言うと、彼女が自分との関係の進展を望んでいる事を再認識し気恥ずかしさに湯で体が温まったのとは違う意味で顔を赤くしていた。
「ん、まぁ……そうだな」
「早く満足させてやれよ?」
「五月蠅い、言われなくても分かっている」
セレナの求めと、颯人にせっつかれた事に色々と考えを巡らせるガルド。そんな彼の姿に、まだしばらく時間が掛かりそうだと颯人は肩を竦めると、その隣で一見余裕そうにしている透に矛先を変えた。
「お前はどうなんだ透? クリスちゃんとはまだそこまで行ってないみたいだけど?」
颯人程ではないが、透も随分と落ち着いていた。彼は颯人からの問い掛けに小さく笑うと、仕切りとなっている竹の壁を見ながら答えた。
「そうですね。僕も、クリスの事は全て受け入れるつもりですし、受け入れて欲しいと思ってます。でも、まだ早いかなって」
「ん?」
「お2人みたいなことは、せめて大学に入ってからにしようって決めてるんです。だからまだ暫くは辛抱って事で」
大した忍耐力である。彼とクリスは同じ屋根の下で暮らし、寝る時は1つのベッドに2人で入っていると聞いた。この年頃の少年であれば、そんな状況で忍耐力を持たせるのは難しい。何しろクリスは傍から見ても魅力的な少女なのだ。そんな少女と毎晩同じベッドの中で過ごすのは、己の欲望との戦いとなるだろう事は想像に難くない。彼はそれを堪えて、そしてクリスにそれを察される事なくお互いが許せる年齢になるまで待つと言い、それを実際に実行しているのだから。
果たして自分だったら奏とそんな日々を送って何処まで自制し切れるかと考え、あまり深く考えるのを止めると降参を示す様に両手を頭の高さに上げ肩を竦めた。こればっかりは彼も透に勝てそうにない。
そうして残るはハンスとなり、颯人はハンスにもキャロルとの関係について訊ねた。
「ハンス、お前は?」
「ん? 何がだ?」
「キャロルだよ。お前はキャロルの事を、そう言う目で見たりとかしない訳?」
ちょっぴり挑発するような感じで颯人が問い掛けると、それに対して彼はシンプルに答えた。
「キャロルがそれを望むなら」
「いや、お前自身がどう思うかって話だよ」
「ハンスさんは、キャロルさんの事を深く愛したいって思わないんですか?」
あまり関心が無さそうなハンスの姿に透が探る様に問い掛ければ、流石の彼も少し唇を尖らせて反論した。彼にだって男としての欲望の一つくらいはある。
「馬鹿なことを言うな、俺だってキャロルの事は愛してる。だが、俺の全てはキャロルの為にある。俺から勝手な事をする訳にはいかないだろ」
一度は異端審問により両親を失い天涯孤独となった彼を救ってくれたのは他ならぬキャロルとイザークであり、そして人間らしい感情を失わずに済んだのはキャロルが居てくれたからである。故にハンスはキャロルに多大な恩義を感じており、自身の全てを彼女の為に捧げると誓っていた。だから自分からキャロルを積極的に求めるような事はしないし、彼女が求めてくれるならばそれに応える所存であった。
ハンスの言いたい事は颯人達も分からないではなかった。だが今し方隣から聞こえてきた会話、それに加えてキャロルから直接恋愛相談をされた透とガルドからすれば、今の受け身なハンスのスタンスはあまり宜しくないと感じられた。
故に彼らは、ハンスとキャロルの仲が少しでも進展するようにと背中を押してやった。
「大切に思うあまり自分から手を出さないと言う姿勢は評価できますけど、もう少しハンスさんは積極的になった方がいいと思います」
「何だと?」
「同感だな。彼女……キャロルは、きっともっとお前自身から求められる事を望んでると思うぞ」
「あの捻くれた性格じゃ、そんな事を自分から口にする事は絶対にねえと思うけどな」
何しろ300年間恋愛とかそう言う人間らしい感情を可能な限り切り捨てて生きてきたのだ。今更普通に振る舞うと言うのは難しい。それもあって、キャロルはハンストの進展を望みつつもそれをどう実現すればいいか彼女自身迷っている節がある。それを見て見ぬふりして待ち続けるのは少し不義理である、と言うのが颯人達3人の共通認識であった。
「お前、今までず~っとキャロルの言いなりって言うか、向こうから求められてばかりだったんだろ? たまには、お前の方から求めてやることも大事だと俺は思うね」
「そうですね。キャロルさんがハンスさんの事を大好きなのは傍から見てれば分かるので、ハンスさんが求めるならキャロルさんは嫌がる事は無いと思いますよ」
「寧ろ、今更かって文句の一つも言われるかもな」
などなど好き放題言われているが、言われてみればハンスは自分からキャロルの事を求めた事はない事を思い出した。少なくとも、記憶にある限り積極的にキャロルに迫った覚えはない。そして、そんな彼に対し時折キャロルが寂しそうな目を向けている事も思い出し、颯人達の言い分があながち間違いではない事にも思い至った。
「そう、だな…………うん、考えておく」
キャロルが前に進む事を選んだのだから、自分もそろそろ変わるべき時なのかもしれない。そんな事を考え、心此処に非ずと言った様子で頷くハンスの姿に、颯人達は仕方が無いと肩を竦め隣から聞こえてくる女子達の喧騒を肴に温泉を楽しむのであった。
と言う訳で第278話でした。
原作にはなかった温泉回。海やひびみくのお風呂はあっても、登場するメインの女性陣による温泉とかそう言うのは無かったので今回全員を風呂場に突っ込みました。そして裸の付き合いともなれば、こういう深いところまで突っ込んだコイバナは必要不可欠。お互いの胸の大きさを気にし合ったり、パートナーとの関係で盛大にワチャワチャしていただきました。
本当はほのぼの回は今回だけになる予定でしたが、思いの外長くなりそうなので次回もこんなテンションが少し続く予定です。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。