魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~   作:黒井福

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どうも、黒井です。

読んでくださりありがとうございます。


第78話:クリスの居場所

 颯人が奏を宥めている頃、翼は学院内で不穏な視線を感じていた。視線自体には慣れている。何しろ彼女はトップアーティストだ。しかも今日は一般人も多く学院内に足を踏み入れる学際の日。普段滅多に近くで見ることの出来ない翼の、それも学生服姿を物珍しそうに見る者も少なくはなかった。

 

 だが、先程から時折感じる視線はそれとは明らかに違う。身の危険を感じる視線だ。

 

 もしや敵の手の者が近くに来ているのか? と翼が周囲を警戒しながら階段を降りると、出し抜けに目の前に人が降ってきた。

 

「なっ!?」

 

 すわっ! 敵が奇襲を仕掛けてきたのかと身構える翼だったが、よく見るとそれはクリスを横抱きに抱えた透である事に気付いた。

 見知った相手である事に安堵すると同時に、何故クリスを横抱きに抱えて上から降って来たのかと翼は疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「何だ、雪音に北上か。驚かさないでよ。それで? 北上は何で雪音を抱えて上から?」

 

 翼がそう問い掛けると、クリスは焦って半ば怒鳴るように答えた。

 

「追われてるんだよ!? さっきから連中の包囲網が少しずつ狭められて……」

「雪音も気付いていたか? 先刻より、こちらを監視している様な視線を、私も感じていたところだ」

 

 クリスの返答に翼が真剣な顔で返すが、透はそれに苦笑を浮かべるとクリスをその場に降ろしメモ用紙にペンを走らせた。

 数秒ほどで何かを書き終え、透は翼にメモ用紙に書いた文字を見せた。

 

〔そんなに危ないものでは無いですよ〕

「何? では一体どう言う――」

 

 透の言葉の意味を問おうとした翼だったが、それより早くに何かに気付いたクリスが透の袖を引っ張った。

 

「やばい、奴らが来たッ!?」

「む――――!?」

 

 クリスの言葉に咄嗟に身構える翼。その彼女達の前に、3人の女子生徒が息を切らせて走ってきた。

 

「見つけた! 雪音さんッ!」

「な、何だ?」

 

 女子生徒達の様子に翼が困惑していると、3人はクリスを取り囲み彼女に向けて手を合わせた。

 

「お願いッ! 登壇まで時間が無いのッ!」

「一体どうしたんだ?」

 

 事情が分からない翼がクリスと透、そして女子生徒達を交互に見ていると、透がメモ用紙にペンを走らせた。

 

〔なんでも勝ち抜きステージを予定していた子が急に出られなくなったらしいんです。で、クリスに代わりを頼みたいと〕

「なるほど……だが雪音はそれを恥ずかしがって、逃げていたから穏やかではない事を口にしていた……と」

 

 事情を察した翼の言葉を、透が頷いて肯定する。

 

 その間にも3人はクリスに懇願していた。

 

「お願い雪音さんッ!」

「だからって、なんであたしがッ!? あたしは――あ、いや……」

「だって雪音さん、凄く楽しそうに歌ってたからッ!」

「う――――!?」

 

 一瞬歌を否定しようとしたクリスだったが、透がすぐ近くに居る事に思わず言葉を詰まらせる。

 そこに事実を指摘され、クリスはぐうの音も出なくなってしまった。

 

 確かにクリスは歌を楽しんでいた。以前の様に歌に対し嫌悪感を抱いたりしてはいない。しかし、透以外の人の前で…………それもステージ上で歌うとなれば話は別であった。

 

「いきなり歌えなんて言われて、歌えるものかよ」

 

 呟くクリスに、翼はチラリと透を見てから問い掛けた。

 

「だが北上は多分、お前の歌を聴きたいと思ってるぞ」

「えっ!?」

 

 クリスだけでなく女子生徒達も一斉に透の事を見た。4つの視線に晒され一瞬気圧される透だったが、直ぐに気を取り直すと彼は苦笑しながら小さく頷いた。

 透はクリスの歌が好きなのだから、彼女の歌が聞けると聞いて否と答える訳がない。

 

 そしてこう言われるとクリスは弱かった。結局クリスがステージ上で歌う事に乗り気でないのは、衆人環境で歌わされる事に恥ずかしさがあるからであり、一歩を踏み出す踏ん切りがつかなかったからだ。

 ここで透が少しでも背中を押してくれれば、クリスはその一歩を踏み出す事が出来る。

 翼はそれを狙っていた。

 

「え、っと……き、聴きたいか? 透は……」

〔勿論。クリスが歌う事が嫌でなければ〕

「い、嫌だなんて――――」

 

 透とクリスのやり取りを、その場の全員が優しく見守っていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 学院内の劇場は非常に盛り上がっていた。

 既に何組も歌を披露した後であり、その中には響の友人である弓美達も居た。

 

 その様子を響と未来も観客席から見ており、次々とステージに上がる者達の披露する歌を純粋に楽しんで聞いたいた。

 

 そこへ颯人と奏がやって来た。何処か疲れた様子の颯人を、奏が引っ張って響達の傍の席に座らせる。

 

「あ! 奏さん、颯人さん!」

「よ! 響に未来! 隣失礼するよ」

「どうぞどうぞ……って、颯人さん一体どうしたんですか?」

 

 見ると颯人は何処か疲れた様子を見せていた。決して悪い意味ではない感じなのだが、学際を楽しんできたと言うにしては少し疲れすぎと言うように見える。

 

「ん? な~に、気にすんな。ちょっと一仕事してきたってだけの話だから」

「誰の所為だ、誰の……」

「「一仕事?」」

 

 一体何の事だと顔を見合わせ首を傾げる響と未来。

 

 その時、司会の少女がマイクを片手に声を上げた。

 

「さて! 次なる挑戦者の登場ですッ!!」

 

 司会がそう告げると、舞台袖のクリスが緊張しながら両手でマイクを握り締める。歌う事は好きだが、それでも人前で歌うのはやっぱり慣れていないのだ。

 

 緊張する彼女に、クラスメイトらがエールを送った。

 

「頑張って、雪音さん!」

「北上君って子も言ってたじゃない! 雪音さんならきっと大丈夫だって!」

「で、でもよ……」

 

 今一歩を踏み出す事が出来ないクリス。そこにクラスメイトの1人が、1枚のメモ用紙を取り出して彼女に渡した。

 

「そうだ! これ、北上君から預かってたの!」

「と、透から?」

 

 渡されたメモ用紙をクリスが見る。

 そこにはシンプルに、こう書かれていた。

 

〔僕だけを見て〕

 

 一瞬何の事か分からなかったクリスは、メモ用紙に意識を奪われてしまう。

 

 その隙を見逃さず、クラスメイトらはクリスの背中をポンと押した。決して強い力では無かったが、それでも不意打ちだった為にクリスはそのまま舞台に押し出され、テンパりながら舞台の真ん中へと立たされた。

 

 当然それは観客席に居る響や颯人達の目に留まる事になり、4人は目を丸くした。

 

「響、あれって!?」

「うっそぉ~!?」

「クリスの奴、何処にも居ないと思ってたら……」

「ああ言うのには出たがらないと思ってたけどなぁ?」

 

 クリスの登壇に4人が驚いていると、翼と透がやって来た。

 

「雪音だ。私立リディアン音楽院、二回生の雪音 クリスだ」

「お? 翼に透?」

「……もしかして、何かあったのか?」

「ちょっと――」

 

 翼が颯人達に事情を話す前に、曲のイントロが流れ始める。

 しかしこのタイミングになっても、クリスの緊張はまだ解れていない。

 

 クラスメイト3人が応援するが、今のクリスには殆ど聞こえていなかった。

 

――透ッ!?――

 

 思わず心の中で透に助けを求めるクリス。そこで彼女は、手の中のメモ用紙とそこに書かれていた一文を思い出した。

 

――僕だけを見て……あッ!――

 

 クリスは素早く観客席を見渡し、そして透の姿を見つけた。翼や颯人の傍で、真っ直ぐクリスを見つめて小さく手を振っている。

 

 透を見つけたクリスは、気付けば視界から他の観客の姿をシャットアウトしていた。

 いや、それは正確ではない。正確には、透が見守ってくれていると言う認識がクリスの中にある他人に対する警戒心と言うか恐怖心を和らげてくれていたのだ。

 

 気付けば、クリスはとても自然に歌えていた。肩から力が抜けて、綺麗な歌声を劇場内に響かせていたのだ。

 

 その歌声に、観客の誰もが聞き惚れていた。中にはその歌声に心を震わせる者も居たくらいだ。

 

 言うまでも無く最も心を震わせていたのは透だった。今彼は、彼自身が愛した少女が心から楽しんで歌う姿を見て感激していたのである。

 

 それはステージ上のクリスにも伝わり、クリスは自分が楽しんで歌っている事を自覚した。

 

――あたし、こんなに楽しく歌を歌えるんだ――

 

 最初は人前で歌うなど、と思っていたが今は違う。歌う事が楽しくて仕方ない。誰かに歌を聴かせて、その誰かが楽しんでくれているのを見るのが楽しくて仕方なかった。

 

 最後まで歌いきり、クリスは観客達に向けてお辞儀をした。

 彼女の歌を、会場は万雷の拍手で称賛した。誰もがクリスの歌に心を打たれ、そして歌い手であるクリスの事も受け入れていた。

 

 その拍手は、クリスにとって彼女を受け入れる歓迎の拍手でもあった。

 

――そっか。ここはあたしが居ても良い所なんだ……そうなんだな、透――

 

 クリスの心の声が聞こえたのかは分からない。

 だがその瞬間、クリスは確かにクリスに対して頷いてみせたのだった。

 

 

 

 

「勝ち抜きステージ、新チャンピオン誕生!!」

 

 拍手が鳴りやみ、照明を落として暗くなっている会場でスポットライトに照らされたクリス。

 司会は彼女を讃え、会場を見渡し観客達に声を掛けた。

 

「さぁ、次なる挑戦者はッ! 飛び入り参加も大歓迎ですよッ!!」

 

 ここから先はエントリーしていない生徒や、一般の観客が参加となるイベントタイム。

 とは言え、あんなプロ顔負けの歌を披露された後で名乗りを上げるのは流石に勇気が要る。

 

「奏、お前OGとして行って来いよ?」

「ヤダよ。流石に大人気ないだろ」

「あ、そう言う意味でですか……」

 

 颯人に嗾けられるも、トップアーティストの自分が出るのは空気が読めていないだろうと奏は拒否する。決してクリスの歌に負けるとは言わない、奏の負けん気の強さに未来は思わず苦笑した。

 

 その時、観客席から手が挙がった。

 

「やるデスッ!」

 

 手を挙げた少女にスポットライトが当たり、観客の視線が集中する。

 少女は集まった視線を気にすることなく、その隣に座っていた少女も立ち上がると2人揃って眼鏡を外す。

 

 その少女2人を、クリスだけでなく颯人達はよく知っていた。

 

「あいつらッ!?」

 

「おやまぁ、大胆な……」

 

 クリスや奏は普通に驚いていたが、颯人だけは純粋に感心していた。如何に装者と言えど、2人は年端もいかぬ少女。その少女2人が、敵地とも言えるリディアンに2人だけで乗り込んできたその胆力を彼は評価していたのだ。

 

 様々な視線を向けられながら、2人の少女――切歌と調は挑発的な視線をクリスに送り宣言した。

 

「チャンピオンに――」

「挑戦デェスッ!!」

 

 祭りはまだ終わらない。




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