伝奇公演 しあわせの呪文   作:久聖

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「さあさあできましたよハンターさん。これが我が家に伝わる吸血鬼料理ですよ」

「……真っ赤ですね」

 ブライファイレンデ城の西向きの小部屋に座るカーテローゼの許に、カンパネラが隣の調理室から次々と料理を運んでくる。白いクロスのかけられたテーブル、雨戸も閉めきった窓、揺らめく燭台。時間の感覚の狂いそうな、それは朝食である。

「トマトと干し肉のパスタに、ロシアのビーツのスープ、オリーブの酢漬け、ローズヒップティー……。どうせだからぱーっと使っちゃいました」

「干し肉? ……なんの肉なのか念のため訊きたいんですけど」

「干し肉ってなんの肉? ……干しの肉じゃないんですか?」

「そんな生き物いません」

「うーん、疑問に思ったことなかったなあ。でも母さんが作ってたやつだから、鹿とか熊とか猪とか……」

 カーテローゼの疑う視線に、カンパネラは爽やかに微笑む。

「まあ、人間じゃないですよ。母さん、私が人間嫌いなの知ってたし、矯正諦めてたし」

「……そう。いつも朝からパスタを?」

 ひとまずの納得はした顔で、こんどはパスタそのものを不思議がる。カンパネラとしてはそれこそ不思議だった。

「好き嫌いじゃなくって、ローマではずっと朝はパンだったから、なんだか珍しくて」

「パンはねえ……。あれはお腹が痛くなっちゃうから食べないんですよ」

「なんで? パスタもパンも小麦でしょう?」

「だってほら、あれって聖体でしょ。だめなんですよきっと、吸血鬼っていうか、闇のモノはみんな」

 聖体、すなわちキリストの肉である。教会で儀式を施したものにはとくに、吸血鬼を祓う力がある。ただの自家製のパンでもそれなりに効果があるとは、カーテローゼは意外がった。

「ホク・エスト・コルプス・メウム、ですね」

 hoc est corpus meum.(これは私の身体である)それはマタイ書にある、キリストの言葉である。それがゆえ、吸血鬼のカンパネラは大げさに嫌がってみせた。

「あーやめてやめて、せっかく作ったんだから美味しく食べましょうよ」

「はーい。ちなみにだけど、赤ワインも?」

「白かロゼならよし、ただし修道院で作られたものには用心せよ、だとか」

「吸血鬼の教えですか?」

「そ、先人の苦労の結晶ですねー」

 おだやかに朝食の時は流れていった。食前の祈りに顔を背けて、カンパネラがわざとらしく手足をばたつかせてみせたことと、なにかにつけ

「カリン、カリン、それどう? 口に合うかな?」

 と言ってじゃれつくことのほかは。はじめこそ毒でも盛っているのかと思ったカーテローゼだったが、“おいしい”と答えると裏表のない顔で嬉しそうにするので、結局すべての皿に手をつけたのだった。

 

 食事を終えると、二人は城内をひっくり返しはじめる。カンパネラの出立の用意である。日用品に気に入っている服、日持ちのする食料、思い出の品……。

「あ、そうだ。身だしなみ」

 床に転がった空の香水瓶を見て、カーテローゼが手を叩いた。カンパネラが気の抜けた返事をする。

「あ~、そっか、ちゃんとできるかなあ。アイライン書くの、怖くないですか?」

「うーん、得意じゃないですけど、お互いのためだから……」

「そう言われちゃうと弱いですね~」

 二人は向かい合って座った。交互に、相手のアイラインを濃くし、口紅の乗りを見、服の歪みをチェックする。……吸血鬼とダンピール、共通する特性の一つは鏡に映らないことである。自分で自分の身だしなみを確認できないのだ。カーテローゼはローマでは身だしなみを整えてくれる友人がいたが、独りで棲むカンパネラは“なんとなく”で済ませてきていた。そのため、カーテローゼの顔を整えるのになかなか手こずったのだった。

 髪をとかし、整える。この時代、整髪料をたっぷりつけて固めた髪に小麦粉をまぶして白くみせるのが流行であったが、そんなことは知らぬ吸血鬼と華美は避ける教会のもの、見苦しくないよう撫でつけるのみである。

「はー、久しぶりにやると緊張しますよ」

「久しぶり?」

「前は母さんがいたんで」

 食事のときも言っていた。母が最近まで、一緒に暮らしていたらしいことを。

「冬に街へ出ていったきり……あ、血を飲みにね。そこの村人は私が嫌ってたんで、ちょっと遠出をね」

「うーん、ノーコメントです」

「で、どうやらそこでハンターと戦って相討ちになったみたい。知ったのは先々月かな、風のうわさで」

 カーテローゼも聞いたことのある話だった。カンパネラの母親だったと知ると、なんとも言えぬ気分になった。横顔の気持ちの読めなさが、むしろ気になってしまう。

「それは……その、わたしたちに対してなにか思ったり、寂しかったりとか……」

「ウフフ、心配してくれてます? ヴァンパイアハンターに対してとくべつ思うことって、じつはないんですよね。母さんが死んだって聞いたときはびっくりしたけど、うーん……」

 カンパネラは天井をぐるりと見回して、そのときの気持ちを反芻し、表現する言葉を探す。

「“もう待ってなくていいんだ”、かな……」

「……」

「帰ってくるのかこないのか、わからない母さんを毎日待ってるのは、つらかったですからね。でも一週間も経つとだんだん寂しくなってきて」

 カンパネラは身を乗り出した。同情的になっていたカーテローゼと鼻先が触れる。

「だからカリンが来たのは嬉しさ半分、怖さ半分でしたね。結果的には嬉しさ一〇〇%ですけどね」

「よかった」

 顔を離さず、カーテローゼは微笑んだ。

「ずっと気になってました。お母さんと同じ目をしてたから。……お母さんも、二度と会えないお父さんを想いつづけてたのかも」

「ウフフ、お母さんって呼んでもいいですよ」

「それはイヤ。さ、荷造りをしゃい……再開しましょう」

 

 古城のなかを二人は歩き回った。ほかに持ち出すものを探して、あるいは育ちの家の見納めに。

 湿気と埃で曇りきった姿見。脚の折れたバスタブ。蜘蛛の巣だらけの小部屋。使い物にならない銃や剣や槍や鎧。……この古城はもともと人間のものだった。二〇〇年ほど前、領主の横暴に耐えかねた領民が反乱を起こし、腐敗の極みにして中枢、夫妻と一人息子をギロチンにかけた。新領主が城の名前をいまのもの、ブライファイレンデ城と改めた。彼のまつりごとはうまくいっていて、それは息子にも受け継がれたが、時代の移ろいとともにこの城の軍事的価値は下がっていた。ときの皇帝の指示で新たな中枢都市へ、彼らは遷っていった……。

「で、引っ越しが面倒で置いていかれた家財が山ほどあったわけだけど」

 絨毯のない廊下に足音を響かせ、カンパネラが肩をすくめた。

「まず野盗が漁りに来て、人が近づかなくなると錬金術師や悪魔崇拝者が寄ってきて、最後は私の父さんがそいつらを追い払って母さんの棲家になった、って流れですね」

「それで調度品が、王侯貴族が使うような感じじゃないんですね。イメージもちぐはぐだし」

「投石機とかおっきい弩なんかは手つかずでほったらかしですよ」

「戦争の道具は興味ないです」

「じゃあ、あとは絵ですかね」

 かつての領主のものは捨てられたり、引っ越しに際して持っていかれたりしたようで、残っているのは芸術家気取りの錬金術師や変わり者の画家が描いたらしい絵の数々である。一枚だけ、そのなかからカンパネラが取り上げたのは、一組の男女が描かれた油彩画だ。男は二枚目で、気障な立ちかたがむしろさまになっている。女はじつに幸せそうな笑みをたたえて、片腕は男に絡め、片腕で腹を撫でるポーズだ。

「ひょっとして、この二人」

「はい、私の両親です。住んでた人嫌いの画家に描かせたそうで」

「……その人は?」

「美人に描いたから殺さないでおいてやったって言ってましたよ」

 まあいいか、とカーテローゼは頷く。二〇年前の画家の安否よりも、気にかかることが彼女にはあった。

「この男の人、ううん吸血鬼、知ってるような……」

「あら、昔やっつけちゃった感じですか?」

「見たことはないです、けど、うーん……。ていうか、わたしがお父さんの仇だとして、いまの反応軽くないですか?」

「だって父さんは“母さんが妊娠してることも知らずにほかの女のところへ行っちゃった薄情者”ですもん」

 母がよく、そう愚痴を言っていたとカンパネラは笑う。じっさいに対面したこともない父親に、情はまるで湧かないようだった。カーテローゼは複雑な表情で肩を落とす。

「ちょっとわかるのがなんか……」

「カリンの父さんも浮気症だったんですか?」

「お母さんと一晩過ごしてそれっきり、だったそうです。なのにすごく惚れこんじゃってて、きっとあれこそチャームされてたんじゃ。だいたい、お母さんのことが好きなんだったら処刑されるとき助けてくれたっていいし、ていうかずっと一緒にいればよかったし、わたしだってずっと、お父さんがいないの、寂しかったのに」

 一息に恨み節を吐き出して、尖ってしまっていた口を慌てて隠す。やさしく頷いてみせるカンパネラと目が合って、カーテローゼは赤面した。

「ねえねえ、なら、私の新居探しのほかにもう一個」

 いたずらっぽい笑みで、赤い爪の指を一本、まっすぐに立てる。

「お父さんを探していっぱい悪口を言って、それからやっつける」

「カンナのお父さんはともかく、わたしのなんて顔もわかんないのに」

「あんがい同一人物だったりして」

「ぞっとしないなあ」

 

 カンパネラもあまり立ち入ったことのない書庫を、古城探索の最後に二人は選んだ。価値のある古書があれば、ローマへのいい土産になるだろう。錬金術師の怪しげな本、本書を逃れた旧名時代の史書、そして……。

「収蔵物目録だって」

 一冊、真新しい本があった。著者が記されていないそれは、前書きによればこの古城に収められた魔導器(アーティファクト)の一覧とその考察である。口絵つき。

「マメな人がいたんですねえ」

「アーティファクトが無造作にしまってあるっていうのがまず驚きですけど……。でも、一〇〇年以上も錬金術師が自由にしてたなら、そんなに不思議じゃないのかな」

 先頭から真面目に読む気のないカンパネラが、適当にリストを読み上げる。

 一つ、怨念を吸わせて固めた黒い甲冑。殺された領主一家の怨念を押し固めて封じたといわれる。村では、夜な夜な城を這い回っているとの噂があるが、これは事実ではない。

「あ、絵うまい」

「ねー、ほんとにマメ」

 一つ、映った生物を閉じこめる鏡。解放のしかたは簡単とあるが、そこから先は虫に食われて読めない。

 一つ、決して曇らない大鏡。廊下のつきあたりにかけられており、廊下が彼方までつづいているように見える。この場所にある。注意されたし。

「後半はべつの人の字ですね、絵もざっくりで」

「ほんとだ、言ってること的に吸血鬼? 父さんかな」

 一つ、影に刺すことで相手をその場に留めさせる短剣。石壁や床では刺すのは難く、抜くのはたやすい。命のやり取りにあっては、正面からでは使うヒマなどなく、余裕があるなら斬れば良いので、ゴミと考えられる。

「けっこう口悪いですね、書いた人」

「ほかにも使い途わかんないのいっぱいあって疲れたんでしょうね」

 一つ、心を移す釣瓶。移す、という動詞は間違いではない。説明には(アー)(ベー)の二者を用いる。Aが水を汲み出し、指なり髪なりを浸す。しかるのちBに飲ませる。するとBはAと同じ記憶を持つ。Bに伝わる記憶の量や鮮明さは、浸したAのものの濃さによる。

「うーん、すごい。こんなにあったのに私ぜんぜん見たことない」

「なんで……」

「だってこの城ぜんぶ見て歩いたことないですもん。これだっていまはじめて読んだんですよ」

「……ともかく、その本はローマに持って帰りましょう。むしろこれさえあればいい気がします」

 荷物に収めながら、愚痴にも似た注意喚起をカーテローゼはした。

「年代物のアーティファクトはガラクタになるだけならまだよくて、変質して本来とは違う働きをしたり、魔力を溜めすぎて暴発したりするから危にゃー、なー、いんです」

「ふっふ、えー、そんな危険物に囲まれてたんだ私」

「だから、もっと早くこれ読んで、手入れしていてほしかったです」

「もう、優等生~」

 

 

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