旅は終わらない   作:バラセン

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主人公 有馬公正

「僕らはまだ旅の途上にいる」




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―――胡桃ヶ丘中学校の音楽ホール入口

 

久しぶりで道に迷ってしまったけど、電話がつながってよかった。

間に合ったみたいだ。

 

『だーかーらー、何べん言ったら分かるんですか?』

 

電話越しに怒鳴る女の子。

 

『「アイザサン」って呼ぶより「ナギ」って呼んだほうが簡単でしょ!!』

 

「ご、ごめん」

 

『2文字だし、5文字よりカロリー使いませんよ』

 

「で、でも君のお兄さんの機嫌が悪くなるから」

 

『お兄ちゃんが怒る?』

 

あっまずい。

そっとケータイから耳を遠ざける。

 

『今からそんな弱気でどーするんですか!?』

 

ここが音楽ホールの中じゃなくてよかった。

周りからはそれでも奇異の目で見られたけど。

 

周りに軽く頭を下げ、逃げるように会場へ向かう。

 

『まったく、今はもういいです!本番前だし、後輩の演奏に影響したら嫌なので』

 

―――本番。

 

彼女の演奏はこのくる学祭の最後―――締めだ。

それは彼女の努力の証であり、人に好かれる彼女だからこそ。

この舞台に彼女の存在はよく映える。

 

「相、…凪さん」

 

『はい!なんですか?』

 

「頑張って」

 

2年前のことを思い出す。

震えた手。あの時は握ってあげられたけど、今はそうもいかない。

せめて、強くて弱い相座凪の後押しができれば。

 

『…私の人生で、ありったけの私で、真摯に弾けばいいんですよね?』

 

「あっ、うん。――そうだね」

 

覚えていたのか。

僕が一昨年のくる学祭で伝えた言葉。

嘗ての相棒が僕に伝えた言葉。

 

『私の生き様、見ていてくださいね。有馬先生!』

 

それだけ言って電話が切れた。

 

―――また強くなったね。相座さん。

 

僕の知り合いの女性はなんというか、我が強い人が多い。

相座さんも椿も紘子さんも気が強いというか。

 

――彼女もそうだった。

 

音楽ホールの入り口を抜けるとほとんどの席が埋まってしまっていた。

 

「人がいっぱい、昨年よりも多いな」

 

2年前、この音楽ホールで相座さんと連弾をした。

生きることを、弾くことを諦めていた相棒を一発ぶん殴るためにピアノを弾いた。

それが正しかったのか、今でも答えはわからない。

でも当時の僕には耐えきれなかったのだ。

天真爛漫、傍若無人な彼女が笑わずに過ごしているのが。

 

「あそこ空いてるな」

 

端のほうに空いた席を見つけた。

今日は椿や渡もそれぞれ高校の部活で来られない。

紘子さんは来ると言っていたけど、、、

 

「こんなに混んでいたら合流は無理そうだな」

 

今の自分を表すと、

母校でもない中学校の学祭に来る一人の高校生。

 

だ、大丈夫。知り合いはいるから不審者にはならないはず。

むしろ良かった、うん。これだけ混んでいたら一緒には座れなかったかもしれないし。

 

そわそわしながら座席に座るとしばらくして演奏が始まった。

コンクールのような雰囲気が漂う中、何組かの演奏が拍手とともに終わっていく。

 

みんな、よく練習している。

それが緊張感となって会場の雰囲気を変えている。

一昨年はなまはげもいたのに。

さすがにこの雰囲気で登場はできないかな。

 

今演奏しているのは、三池俊也さん。

昔に出場したコンクールで迷惑をかけた、少し僕に似ていた演奏家。

伴奏の子は後輩かな。かなり練習したのだろう。

三池さんのリードにも遅れることはない。

なんだか、少し出会った頃の相座さんに似ているかもしれない。

だからだろうか、この演奏を聴くと不思議とあの連弾を思い出す。

 

演奏が終わり、万雷の拍手。

余韻に浸る会場。

 

僕に似てるなんて失礼だったかな。

三池さんはすごい演奏家だ。あの伴奏の子も。

会場を自分たちの演奏でこんなに変えてしまえるんだから。

 

この雰囲気を作り出した”主役”の二人が舞台袖にはけていく。

自然と会場の空気が落ち着いつくと、司会の人からお昼休憩が告げられた。

 

せっかくだから学祭を回ってこようかな。

昨年もそんなに回れてないし。

 

ホールを出るとさっきまでの空気が嘘のように、騒がしい当たり前の学祭の姿があった。

教室の窓から廊下から溢れるようなたくさんの飾り。

きらびやかでカラフルな空間。

 

やっぱり、くる学祭ってすごい。

これだけ人が多いのは通学する時の電車くらいしか知らない。

こんなことならコンビニに寄ってから来るんだったな。

 

廊下は人があふれ、ゆっくりと流されるように移動する。

 

どこかに空いてそうなお店ないかな。

 

ドン

 

「あっごめんなさい!」

 

どうやら誰かが人とぶつかってしまったらしい。

僕も気を付けないと。

 

そう思いながら、ふと謝っている人に目を向けて、頭が真っ白になった。

 

なんで?

なんで、君がここにいるの?

 

「ちょっと急に止まらないでよ」

 

いつの間にか立ち止まっていた僕に後ろの人が文句を言う。

 

「あ、すいません」

 

「えっ、あ、有馬公正さん!?こちらこそすみません!!」

 

頭の中は混乱したままだ。

廊下の端に寄ってからもう一度その人のいる場所を確認すると、そこには誰もいなかった。

 

見間違いだろう。

そんなはずない。

でも。

ありえない。

 

「あの、私あなたのファンで!さ、サイ、あっ待って!」

 

足はすぐに動き出した。

廊下は一本道。

それでも人混みに紛れてしまうと探すのも難しい。

 

――それから数十分、校内にその人は見つけられなかった。

これ以上は午後の演奏に間に合わない。

 

戻ろう。

きっと勘違いだった。

 

少し汗かいちゃったな。

お昼も食べてないし、踏んだり蹴ったりだ。

自動販売機で飲み物くらいは買って戻れるかな。

 

「なに、やってるんだろうな。僕は」

 

「本当に、何してるんですか~?あ・り・ま・せ・ん・せ・い!」

 

ハッとして振り返るとそこには鬼がいた。

 

「とぉっくにお昼休憩終わってますよ!何やってるんですか!こんなところで!」

 

相座さんは時計を指さした。

どうやらさっきまでのは見られてなかったみたいだ。

 

「ご、ごめん。でも相座さんの出番まだなんじゃ…」

 

「だ・か・ら!凪だって言ってるでしょ!」

 

「会場の様子見てみたら先生がいないから!しん、ま、迷子になったのかと思って探してたんです!」

 

「はは、ごめんね。心配かけちゃって」

 

「心配なんてしてないし!人に迷惑かけてないか不安になっただけよ!」

 

慌てて否定する相座さんをなだめる。

 

「でも、そろそろ会場に行かないと」

 

「むっ!たしかにそうですね。っは!」

 

いいこと思いついた!といった表情で相座さんは提案した。

 

「先生!罰として会場まで私のエスコートしてください!」

 

「えぇ、なんで。相座さ「なぎ」な、凪さん、僕よりこの学校に詳しいのに」

 

「はぁ~。わかってないですね、先生。乙女心ってものが全く、これっぽっちも」

 

まるで出来の悪い生徒に教えるように相座さんは自身の恰好を指さす。

 

「一人でこの格好して人の多い校内を歩いたら恥ずかしいでしょう。そもそも罰なんだから口答えしない!」

 

相座さんが今着ているのは演奏用の淡いピンク色のワンピース。

そういえばこのドレス選ぶのも手伝わされたっけ。

 

「あぁ、言い忘れてたけど。似合ってるよ、そのワンピース」

 

「――――ぇ」

 

急に黙り込んでどうしたんだろう?

そう思うのも束の間、そのまま左腕をとられ、彼女に引っ張られるように歩き出した。

 

「えぇ!ちょ」

 

「私は陳腐じゃない。私は陳腐じゃない。私は陳腐じゃない」

 

ぶつぶつ呟きながら歩く相座さんには聞こえてないのだろう。

そのまま廊下を歩いていく。

 

―――ねぇ、あれ相座先輩だよね。やっぱりキレー。

―――隣の男だれ?彼氏?

―――知らないの?有馬公正だよ。一昨年の東日本ピアノコンクールで優勝した。

―――うそ、あの有馬公正!?今のうちにサインもらえないかな。

―――あの2人って一昨年のくる学祭でも連弾してたよね。付き合ってんのかな?

 

あぁ、周りの目が痛い。

早く、ついてくれ。

 

ようやく針の筵だった廊下を抜け、会場に到着した。

その後、相座さんは勝手に納得した様子で演奏の準備を始めてしまったため、今僕は客席に座って午後の部の開演を待っている。

エスコートってなんだっけ。

 

「―――それにしても」

 

さっき一瞬すれ違った彼女。

世の中、似た人間が3人くらいいるとは聞いたことあるけど。

本当にいるのかもしれないな。ドッペルゲンガーも。

 

まさか、彼女がいるなんてことは決してないのだから。

 

「ねぇ」

 

思考に耽る僕の背中に鈴のなるような声がかかると同時に世界が止まった。

 

神様なんて信じていないけど。

思わず笑いが出るくらい。

あの出会いは奇跡的だった。

 

それならこの出会いは何だったのかな?

 

声に振り返り、目の前にいたのは大きな瞳に白い肌。

最初はまるで天使ようだと思い、後からは悪魔だと叫んだ。

もうここにはいない。遠くへ行ってしまった彼女。

 

その彼女にそっくりな女の子。

 

「ここ、座ってもいいですか?」

 

そう指をさされたのは横の席。

他の席はもう埋まってしまっていた。

 

「あの、」

 

ハッと我に返る。

 

「あ、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「いえ」

 

横に座る彼女を見つめる。

 

「何ですか?」

 

笑わない。

怒らない。

蹴らない。

叩かない。

落ち着いた話し方。

分かっていたじゃないか。

分かっているんじゃないのか。

 

「君の名前を教えてくれませんか?」

 

怪訝な表情。

こんな表情も見たことない。

もしかしたらこんな顔もしたのかもしれない。

そんなことを考えている僕はやっぱり冷静じゃない。

 

「ナンパ、ですか?こんなところで」

 

「あ、その、人違いだとはわかってるんです」

 

あの別れを嘘にしちゃいけない。

 

「でも、どうしても確信が欲しくて。よければ名前を教えてくれませんか?」

 

今度は座ったまま頭を下げる。

どれだけ待っただろう。

ついに目の前の女の子は僕の肩に手を乗せた。

 

「とりあえず、頭を上げてください。迷惑です」

 

すぐに謝ろうとした僕を彼女が止める。

 

「その人があなたにとってどんな人かは知りませんが、私はその人とは違います」

 

あぁ、この子もきっと優しい子なのだろう。

偶然横に座っていた男の意味の分からない質問にも、はっきりと答えを突き付けてくれたんだから。

 

「私の名前は日下由希」

 

「帰国早々、ナンパかと思いましたが、違う様で安心しました」

 

「はは、」

 

「しかもその制服、奥津音大附属高校の生徒ですよね?危うく学校に連絡するところでしたよ」

 

あ、あぶない。

 

「お堅い学校だって聞いてたからびっくりしました」

 

眉一つ動かさない。

本当にびっくりしたのかな。

 

「ありがとう。答えてくれて」

 

もう一度、頭を下げる。

今度はすぐに頭を上げた。

 

「どういたしまして」

 

沈黙。

まだ演奏は始まらない。

きまずい。な、何か話さないと。

 

「さ、さっき帰国って、もしかしてうちに通うの?」

 

「はい。来年から2年生のクラスに」

 

「そっか。そうなんだ。僕、その時は3年生だからわからないことがあったら聞いてね」

 

「はい。何かあったらよろしくお願いします、―――ところで先輩」

 

「?」

 

「お名前なんですか?」

 

あ、名乗り忘れてた。

 

「あぁ、ごめんね。有馬公正です。よろしく、日下さん」

 

「有馬、公正?」

 

会場が暗くなる。

午後の部が始まるようだ。

日下さんが何かを考え込んでいるのを横目に、前を向く。

そしてさっきまでの自分が何をしていたかを理解した。

 

そ、そんな気はなかったけど、これじゃまるで…

まるで、渡じゃないか!

 

その事実に驚愕していると今年のくる学祭の締めの演奏者が登場した。

ライトを浴び、彼女のために用意された舞台を堂々と歩くその様は、一昨年から変わらない。

色々あったけど、今は彼女の演奏だ。

 

「がんばれ。がんばれ、相座さん」

 

そしてピアニスト相座凪の晴れ舞台がはじまる。

 

―――春の香りと共に

 

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