オレと私は一人で二人!   作:御鍵

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毎日投稿はこれが限度かなあ。週一ペースは崩したくない。


第三話:黎明

 2008年3月25日。

 この体での生活ももう自然に送れるようになった頃の出来事だ。

 これがなければきっと、取り返しの付かない事になっていた——そんな重大な事件のあった日がこの日である。

 

「フーンフフフーン…あ、おはようヒコザル」

「ヒコッ」

 

 オレはすっかり自分で身だしなみを整えられるようになっていた。

 一度は大の男だったとは言え、肩甲骨にかかるくらいにまで髪を伸ばした事はない。そのオレが今や普通に女の子として暮らしているのだから慣れとは怖いものである。

 

「よし、完成」

 

 やや赤みがかった茶髪をふんわりとしたポニーテールにまとめ、前髪をストレートアイロンでまっすぐ伸ばす。オレの基本スタイルだ。

 …柿川さんに最初に教わった形を貫いているのが、他のパターンを考えるのが面倒だからというのは屋敷の誰にも言わない秘密だ。

 

「………」

 

 しかしオレの、というよりこの西四辻 琴葉の姿は、見れば見るほどアニメのキャラクターみたいに思える。もうすぐ10歳だから、実際のキャラクターで言えばアニメ版ポケモンのハルカやヒカリと同い年なのだが、あの世界の頭身がいかに狂っていたかわかる。オレなんてまだまだちんちくりんだ。

 どちらかと言えば某萌え特化の四コマ漫画を掲載してるあの雑誌に出てきそうな見た目だ。というかあの頭身感覚なら「身長は小四で止まりました」と言えば高校生でも通じそうな気がする。オレまだ小三だけど。

 

「…まあ、まだ今度の四月で小四なんだし、伸びるよね」

 

 これからこれから、と自分に言い聞かせながらヒコザルを連れ食堂へ向かう。この世界に来たばかりの頃は柿川さんの案内なくして辿り着けなかった場所だが、今やすっかり覚えてしまった。

 

 

 

「お嬢様、春休みが始まったばかりではございますが、勉学を疎かにしてはいけませんぞ。ポケモンたちへの理解を深めるのは結構ですが基礎教養もしっかりと身に付けなければ…」

「わかってるって武宮さん。午後から書庫行くつもりだから。それに私の成績は武宮さんも知ってるでしょ?」

「油断は禁物です。しかし、お嬢様にお嬢様なりの計画があるのならば私は尊重致します。お嬢様が学年首位という現状も存じておりますから」

 

 朝食を終えていつもみたいにヒコザルと庭園に出ようとした所で武宮さんに止められた。ここの所オレがフィールドワークに出る事が多くなったのは確かだけど、武宮さんもどこか説教っぽくなってきた気がする。

 まあ両親が多忙を極めている分、武宮さんをはじめとする使用人たちが厳しくないといけないんだろう。多分そういう風に指示も出されてるし。

 

「本日は午後より雨の予報も出ております。お昼よりも気持ち早めにお帰り頂くようお願い致します」

「わかった。行ってきまーす」

 

 屋敷を飛び出し庭園の中にある森っぽくなっているエリアに向かいながら空を見上げれば、確かに今日は鈍色をしていた。

 森エリアは庭園の中でも比較的屋敷の外周に近く、端までいけば敷地と公道を分ける朱色の壁が見えてくる。

 今日行きたいのは正にそこだ。

 

「パラスたちに会うのは久しぶりだなあ。元気にしてるかな、みんな」

「ヒコォ」

 

 溢れ出る期待の感情をヒコザルに話しかける事で放出し、二人して表情を緩ませながらお目当ての場所を目指す。

 すると程なくして、オレたちの表情は引き締まる事となった。

 

「ん?前の方から誰か来るな…あれって柿川さんのユンゲラーじゃ?」

「ヒコ?」

 

 この時点では何も感じなかったが、ユンゲラーの様子がどうもおかしい。どこか切羽詰まったような表情だし、いつも冷静な彼らしくもなく息が荒くなっている。

 

「どうしたの、ユンゲラー?」

「ユンゲラー!」

「へ?ちょ——」

 

 オレの問いかけに対しユンゲラーは、説明するより見せた方が早いとばかりにテレパシーを送ってきた。催眠術を応用したユンゲラーの得意技だ。

 

 その送られてきたテレパシーはどうやら実際にユンゲラーが見た光景らしい。

 場所は実に見慣れた場所だ。緑ばかりの森と外の公道を隔てる朱色の壁の目の前で、これまた見慣れたポケモンたちが思い思いに過ごしている。

 

『!?』

 

 と、そこへ唐突に一人の人間が降ってきた。オレとほぼ歳の変わらないだろう少女だ。彼女の着ている衣服は所々裂けており、そこから覗く肌は火傷したように赤くなっている。上着のフードも半分以上が破れてしまっていて、長い真っ白な髪がボサボサに乱れていた。

 そんな全身ボロボロの少女はしかし、息を乱れさせながらも何かから逃げるように這いずっている。そこへさらに西四辻家とは関係のない存在が侵入してきた。

 

『っ!!』

 

 お腹は黄色く、背中とツノは青色のカブトムシのような見た目のポケモン——カブルモだ。この家の庭園にはカブルモなんていないし、ましてや先の白い少女なんてこの家の敷地内で見た事もない。

 明らかに二人とも部外者なのだが、カブルモは少女の姿を見つけるなりツノを光らせて襲いかかった。目的は屋敷の襲撃ではなく飽くまで少女という事らしいが、だからといって庭園で暴れられたくはない。それに少女の事も見て見ぬ振りはできないので、庭園のポケモンたちは一斉にカブルモへ攻撃を仕掛けた。

 パラスたちは一斉にひっかく攻撃を、ニドリーノや二ドリーナがどくばりを、ユンゲラーはねんりきをそれぞれ放つ中、カブルモは驚異的な身のこなしでその猛攻を掻い潜っていく。

 これはまずいと判断したユンゲラーは早々に攻撃を中断して屋敷へと急ぎ——そこでテレパシーは終わった。

 

「——と、なるほど。放っとくわけにはいかないね。ヒコザル、急ごう!」

「ヒコッ!」

「ユンゲラーは屋敷まで行って、お父様か武宮さんか、それか柿川さんにこの事を伝えて」

「ユンゲラー!」

 

 ユンゲラーが見せてくれた映像は完璧だ。状況は一発で把握できたし、少女やカブルモたちの居場所もオレならすぐわかる。この庭園は文字通りオレの庭なのだ。

 オレはユンゲラーに屋敷へ向かわせると、ヒコザルと一緒に全速力で走り出した。

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 西四辻家の庭園で、一人の少女が痛む身体に鞭打って這いずっていた。少女はもう満身創痍で、服の裂け目から覗く肌は火傷で赤くなっている。長い真っ白な髪もボサボサになっており、ここへ来るまでによほど酷い目に遭ったようだ。

 

「カッブウ!」

「ひっ…!」

 

 そんな少女に追い打ちをかけるかのごとくカブルモが襲いかかる。ツノを光らせて繰り出したその攻撃は虫タイプの大技、メガホーンだ。ただカブルモ自身のレベルが低く使いこなせないのか、技には精度というものがカケラもない。

 それ故放置しておくのは余計に危険で、庭園で暮らすポケモンたちが総出でカブルモを止めようとしていた。

 

「私を、助けてくれてる…?」

 

 少女の目の前ではパラスやニドリーノたちがカブルモと戦っている。その図は確かに少女を助けようとしているように映るだろう。実際彼らは自分たちの住処を守りたいだけなのだが、それが間接的に少女を助けることに繋がっている。

 

「カブウ!」

「パラァ!?」

「ニドオ!!」

 

 が、劣勢だ。

 小さな体躯のどこにそんな力があるのか、カブルモはつつく攻撃やメガホーン、れんぞくぎりなどの技を駆使してパラスたちを蹴散らしていた。

 

「カーブッブッブ…」

「うぅ…」

 

 脚を怪我しているのか、少女は立つ事ができない。庭園のポケモンたちを突破したカブルモは狩人の目で少女ににじり寄り、攻撃の構えに入った。

 

「どうして…私が、こんな目に……クソが」

 

 吐き捨てるような呟きが誰かに届く事はなく、少女はカブルモが攻撃を放つのを見ている事しかできなかった。

 ツノを光らせて高く跳躍、カブルモのメガホーンだ。その攻撃が少女に直撃する——

 

「いた、あそこだ!ヒコザル、ひのこ!」

「ヒイッコオ!!」

「カブ!?」

「………え…?」

 

 ——その直前で、ヒコザルの攻撃が間に合った。飛行能力も滞空能力もないのに空中に身を晒していた事が災いしカブルモはヒコザルのひのこをかわす事ができず、効果抜群の技を諸に受けたカブルモはそのまま奥の木に叩きつけられた。

 

「君、大丈夫!?」

「……あ、うん…」

「よし、じゃあもう少しだけ待っててね。今あいつを追っ払うから!」

「ヒコッ!」

 

 すぐに立ち上がったカブルモから少女を守るように、琴葉とヒコザルが立ちはだかる。その背中を見て少女は息を吐いた。

 

「……ムリだ…」

 

 それは諦めのため息だった。

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

「今あいつを追っ払うから!」

 

 文字通り間一髪間に合った!

 オレが見つけた時点で既にカブルモが攻撃を繰り出していたから血の気が引いたけど、どうもあのカブルモは覚えている技だけ一丁前で本人は技を使い慣れていないらしい。

 その上で庭園のポケモンたちをまとめて倒したのは、天性の才能だろうか。とにかく、オレにとって初めてのポケモンバトルだ。負けるわけにはいかないし純粋に負けたくもない。

 

「行くよ、ヒコザル!ひっかく攻撃!」

「ヒコッ!」

「カッブ!」

 

 ヒコザルのツメを使ったひっかく攻撃を、カブルモは横跳びにかわした。ただ身体の形がより人間に近い分、ヒコザルの方が器用な動きが可能だ。

 

「そのままひのこ!」

「コオ!」

「グウッブ…!」

 

 ひっかく攻撃の姿勢から身体を捻って素早く繰り出されたひのこをカブルモはかわす事ができない。そこでカブルモはつのでつく攻撃でひのこを弾く事にしたようだが、それじゃあ間に合わないだろう。

 

「ひのこを続けるんだ!」

「ヒコココオ!!」

「ブッ…!カブウッ…!」

 

 このまま体力勝負に持ち込めば相性も良く攻勢も取ったこちらが有利。それに今回の場合、オレ個人としては不本意ながらこのまま時間稼ぎを続ければ確実にこちらが勝てる。

 …それが油断だった。

 

「カブブウッ…!」

「よし!そのまま押し切れ、ヒコザル!」

 

 ポツ。

 一瞬聞こえたその音に胸騒ぎを覚えてオレが地面を見れば、そこにはごく小さい物とは言え周りの土よりも色の濃くなっている点があった。

 ポツ、ポツ。

 音はすぐ気のせいで済まないほど多く大きくなり、その都度地面に色の濃い点が増えていく。

 

「あ、雨…もう降り出したんだ」

 

 後から客観的に見返せば、この感想がいかに呑気で間の抜けたものであったかとオレは頭を抱えてしまう。傷だらけの白い少女が風邪をひかないだろうか、彼女の怪我にこの雨水がしみないだろうかと他人の事ばかり気に掛けていたのだから。

 実際にはオレのヒコザルこそがこの場の誰より窮地に追いやられていたというのに、残念ながらオレがそれに気付いたのは事態が悪化してからの事だった。

 

「ココ…コオッ…!」

「カーブ!ブッ!」

 

 攻撃しているのはヒコザル、防戦一方なのはカブルモ。にもかかわらずヒコザルの表情は俄かに必死なものとなり、対するカブルモは余裕を取り戻したかのような表情になっていた。

 頭上には木々が生い茂っている事もあり、雨の音は余計に大きく響いている。それが意味する所は即ち——

 

「ヒコザル、どうしたの?なんかひのこの威力が落ちてるような……っ!」

「カブウ!」

 

 オレが気付いた時にはもう遅い。

 カブルモはニヤリと笑うと器用に身をひねり、多少の被弾は厭わずにひのこの猛攻から逃れた。

 先ほどまではあのカブルモでも防ぐのに精一杯だったひのこだが、雨が降り始めた事によりその威力が半減してしまったのだ。

 

(オレはバカか!?天気が雨の時は炎タイプの技の威力は下がるんだ…そんな事知ってたはずなのに!)

 

 一瞬の油断が命取り。カブルモは自分の有利状況を知ると先ほどまでのダメージなどなかったかのように機敏に動き出した。

 

「くっ…!ヒコザル、落ち着いてカブルモを見るんだ!」

「ヒコオ」

 

 自然に降り出した雨だ。いつ止むかもわからない。こんな状況から立て直しを図るにしても、機動力で勝る相手に対し棒立ちは愚策中の愚策だ。

 それが分かっていても、この時のオレには他に手が思い浮かばなかった。

 

「カッブウ!」

「あれは…!?」

 

 少しの間そうしていると、唐突にカブルモが動きを変えた。今までは撹乱するかのように跳び回っていたのだが、その場で身を捻り横回転を始めたのだ。

 ツノはより鋭く尖り、その回転はドリルのように。

 そしてカブルモがただの回転する青い何かに見えてきた頃、勢いよくヒコザルに向かって突進してきた。地面タイプの強力な技、ドリルライナーだ。

 炎タイプのヒコザルには効果抜群、少なからず疲弊している事もあってこれは耐えられない。

 

「か、かわせヒコザルー!」

「コオオオオ!!」

 

  当然オレは回避するよう叫んだが、先の攻撃による疲労と初めて見る大技の圧にヒコザルは足がすくんで動けなかった。

 このままカブルモのドリルライナーがヒコザルにクリーンヒットする——ここにいる誰もがそう思った瞬間、後ろから頼もしい声が聞こえた。

 

「モジャンボ、しぼりとる!」

「モォーンボオ」

「カブッ!?」

 

 高速で回転していたカブルモの身体が濃い青緑色の触手を束ねたような腕によって容易くホールドされ、逆方向に雑巾絞りの要領で回転させられた。

 それを為したのは、武宮さんのモジャンボだ。

 

「勇敢な行い、実にご立派でしたぞお嬢様。ですがやはり勉強不足、経験不足は否めませんな。後はお任せください」

「武宮さん…!」

 

 武宮さんは落ち着いた様子でオレを庇うように立ち、近くの木に寄りかかって座っているボロボロな少女を一瞥すると厳しい眼差しをカブルモに向けた。

 

「さて、今の一撃で実力差はわかったと思うが……まだやる気かね?」

「カブゥ…」

 

 凄みのある武宮さんの問いかけに対し、カブルモは悔しそうに歯噛みするとオレとボロボロな少女を順番に目で追ってから外壁の外へ逃げ出した。

 その背中が見えなくなって足音も聞こえなくなかった事を確認すると、武宮さんは一転優しい目になってオレたちの方へ振り返った。

 

「逃げましたか。まあ良いでしょう。お二人がご無事で何よりです」

「あ……その………」

「武宮さん、オ…私は無傷ですけど、ヒコザルは体力が切れかけてて…それにこの子も無事って言うには傷だらけだし…」

「ふむ…ではお嬢様はヒコザルを運んであげてくださいませ。こちらの子は私とモジャンボで屋敷までお送りします。——立てますかな?」

「え、えっと、はい………つぅっ…!」

 

 武宮さんに差し出された手を見た上でボロボロな少女は自力で立ち上がろうとして、しかし脚の痛みに顔を歪めて倒れ込んだ。

 

「無理は禁物です。モジャンボ、この子を抱えてあげなさい。傘は私が」

「ありがとう、武宮さん。ヒコザルもよく頑張ってくれたね」

 

 結局、オレの初めてのポケモンバトルは実質負けに終わった。オレの言う「不本意な勝ち方」とは要するに、武宮さんに助けてもらう事だったのだから。

 

(悔しいな…)

 

 ヒコザルを抱えながら歩くオレは、武宮さんには聞こえないよう静かに鼻をすすった。

 




この進め方だと作者がペルソナ5好きってバレそうだよね。ハードを持ってないからプレイできないんだけどさ(泣)
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