オレと私は一人で二人!   作:御鍵

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第四話:少女

「ん……こ、ここは…?」

 

 西四辻家の屋敷の中で、ボロボロだった少女は目を覚ました。戸惑いながら外を見ればまだそれほど暗くなっていないという事くらいしかわからない。

 痛む身体を無視して起き上がろうとしたらしいところで、オレが部屋に入っていった。

 

「あ、もう起きたんだ。丁度良かった。聞きたい事もたくさんあるし、ティーセットも持ってきたし。紅茶は好き?」

「え?えっと……嫌いじゃない…かな…」

「良かった。じゃあ今淹れるね」

 

 オレがベッドのそばに丸椅子を寄せて紅茶を淹れているのを、ボロボロだった少女は不思議そうな目で見ている。

 その視線に気付いたオレはなるべく優しい声で問いかけた。

 

「先に、何か私に聞きたい事はない?」

「あるけど…えっと、まずここはどこ?」

 

 最初の質問がそれなんだ、とはオレの率直な感想である。てっきり名前を聞かれるかと思っていたが、どうやらものすごく警戒されているらしい。目力がヤバイ。

 

「はは…ここは私の家だよ。西四辻家のお屋敷。私はここに住んでる西四辻 琴葉って言うんだ」

「どうして助けてくれたの?」

 

 オレが苦笑して答えると食い気味に次の質問を投げてきた。

 だがこの質問はさすがにオレの予想外の内容だ。

 

「んー、どうしてって言われても…。うちの敷地内であのカブルモに暴れられても困るし、やっぱり君を放っておけなかったからだし…」

「…変なの。見ず知らずの不法侵入者なんか助ける理由なくない?」

「不法侵入を自覚してるなら、君の名前と家を教えてほしいな。送りようがないから。はい、紅茶淹れたよ」

 

 オレが話しながら差し出した紅茶のカップをボロボロだった少女は受け取ったが、不機嫌そうな目でそれを睨みつけたまま口を付けようとしない。

 ここまでの言動から大体そういう子なんだなと察したオレは、特にそれを気にすることもなく自分で淹れた紅茶を啜った。

 

「うーん、葉は良いから美味しいのは美味しいけど、まだまだ柿川さんのようにはいかないかあ」

「え?あれだけ得意そうにしといて練習中なの?」

「ごめんね、実はまだ」

「ふーん」

 

 苦笑するオレを見たボロボロだった少女は徐ろに紅茶を一口飲んだ。淹れたてだから相当熱いはずなのだが、冷ました様子はなしだ。

 

「あ、熱いから気を付けて…って、遅かったか」

「なんだ、普通に美味いじゃん。これでまだまだって、そのナントカさんはどんだけ美味いお茶淹れるっていうの?」

「そりゃあもう一度飲んだら忘れられない味だよ。本当に初めて飲んだ時の衝撃たるや!あの味を再現したいんだけど、オレじゃあまだまだ練習不足みたいで」

「………」

「?」

 

 つい饒舌になってしまい口を押さえたオレにボロボロだった少女は少しだけ意外そうな目を向けてくる。オレがその視線を正面から捉えると途端に彼女は悪戯っぽい笑顔に変わってからかうように言ってきた。

 

「ふーん、『オレ』ねえ。ふーん、そっかあ。そうなんだあ」

「へっ?………ああ!?」

 

 どうやら柿川さんの紅茶の事を考えていたら無意識のうちに素が出てしまったらしい。

 

「ち、違うんだよ今のは!なんていうかこう、いつもはそんな風じゃなくて、ええっと…」

「いいっていいって、誤魔化さなくて。むしろそうやって素顔隠される方がすっげームカつく。さっきみたいなのの方がこっちも話しやすくていいや」

「あ、そ、そう?そうなんだ…」

 

 まあ結果的にオレが素を出した事によってボロボロだった少女が多少距離を詰めてくれたのなら、悪いことではなかったと思うべきだろう。

 何というか、このちょっと意地悪そうな女の子に弱みを握られたのは、新たな不安の種ではあるのだが。

 

「にしてもこんな大豪邸に住んでるって言うからどんな箱入り娘のお嬢様かと思ったら、案外おもしろい子なんだね。オ・レ・さ・ん?」

「西四辻 琴葉!」

「あはははは、そうだった!あたしってばホント人の名前覚えるの苦手でさ。えーっと、オレの人?」

「わざとだよね?絶対わざと言ったよね今のは!?」

「あはははははは!」

 

 これだけ捻じ曲がった性格をしておきながら、楽しげに笑うボロボロだった少女の様子は今まで見てきた誰よりも純粋で快活なのだから調子が狂う。きっとこの歪さが彼女の魅力なのだろう。

 

「ああもう、何でもいいからオレが自分の事オレって呼んでるの、屋敷の人には言わないでくれよ」

「やっぱそっちが素なんだ。うん、わかった。あたしに対してそれ隠さないならいいよ」

「…まったく。こんな疲れたのはいつ以来かな…」

円山(まるやま) 英美(えいみ)

「……え?」

 

 オレがため息を吐いている間にポツリと少女が言い、うっかり聞き逃しそうだったオレは確認のために顔を上げた。

 

「だから、あたしの名前。円山 英美って言うの。古鳥(ふるどり)小学校に通ってる、えーっと、今度の四月で四年生。琴葉は?」

「ああ、オレもそうだよ。古鳥の新四年。なんだ、同じ学校の同じ学年だったんだ」

「ま、一学年に四クラスだもんね。面識なくても不思議じゃないか」

 

 先ほどまでの敵対心むき出しだった様とは打って変わって、ボロボロだった少女もとい英美はフランクな態度で接してきた。どうやら先ほどまではオレが自分を普通の少女と偽っていたのが気に入らなかったらしい。

 たかがこれだけの事で次の質問に踏み入って良いのか不安ではあったが、聞かなくてはいけない事なのでオレはカップを持つ力を少し強めて英美に問う。

 

「あの、さ。英美は、なんであのカブルモに襲われてたの?」

「あー、あれね」

 

 やはり少し不満そうな顔に変わった。ただオレが素を隠さないようになっているからか、先よりは自然に会話してくれそうだ。

 

「あれはまあ、あたしが全面的に悪いかな。ちょっと嫌な事あって、気分紛らわそうと石蹴りながら外歩いてたの。で、うっかり強く蹴りすぎちゃって飛んでった石があのカブルモの頭に直撃して、襲われちゃったって感じ」

「な、なるほど…」

 

 やたら執念深くカブルモが追っているように見えたから何事かと思えば、案外些細なキッカケで拍子抜けしてしまった。

 というか、それだけの理由であんな傷だらけにしてなおトドメ刺そうとかあのカブルモも大概だな…。

 

「じゃあウチに入ってきたのは?っていうか、落ちてきたよね?」

「うん、あいつのメガホーンが足下に着弾してさ。衝撃で吹っ飛ばされちゃった」

 

 英美は随分あっさり語ったが、衝撃だけであの外壁を超えるほど吹き飛ばすのは相当な威力だ。何しろ西四辻家の外壁は高さ3mはあるのだから。

 それほどの威力を持つ技を使いこなすまではいかないものの覚えているあのカブルモは、冷静に考えればかなりの強者だ。今度バトルする事があれば絶対に勝つと心に決めたが、早速自信がなくなってきた。

 

「ん?じゃああの火傷みたいなのは?」

「ああ、見てわかるでしょ?あたしアルビノなの。先天性白皮症。日光というか、紫外線アウトなんだ」

 

 言われてみればそうだ。カブルモの強さや英美の傷の酷さばかりが目についてすっかり頭から抜けていたが、アルビノの事はオレも多少知っている。実際にアルビノの人間に会うのは前回も含めてこれが初めてなので、本当に知識として少し知っているという程度なのだが。

 だからこそ尚更気になる事もある。 ただ、これはまさか英美本人に聞くなんて絶対にできない事だ。

 今はそれよりもっと大事な事がある。

 

「そんな事より、ここが古鳥の校区内で良かったよ。歩けるようになったら勝手に帰るからこの屋敷の正門の場所だけ教えてくれる?」

「え?いや、さすがにそれはダメだよ!」

「えー、なんで?ずっとここでお世話になるのも気が引けるんだけど」

 

 いやいや、いきなり何を言い出すんだこの子は!?

 

「そうじゃなくて!もう夕方だし、親が心配するんじゃないの?連絡して迎えに来てもらわないと」

「……別に、あたしの事心配するような親なんかいないし」

「…?いや、だとしてもさ、さすがにまずいって!正門の場所は教えるまでもなく分かりやすい所にあるけど、小学生女子が無断で人の家に泊まるとかマジで色々問題だから!迷惑被るのこっち!わかる?ってかわかって!」

 

 何なんだろう、英美はさっきオレの事をどんな箱入り娘かと思ったみたいな事言ってたけど、常識知らずって意味じゃ人の事言えないじゃないか。

 いやまあ、カブルモを追い払ったあの時点で救急車を呼ばなかったオレたちにも既に問題はあるけどさ。なまじ専属医を雇っている分そういう常識的な発想を欠いていたかもしれない。

 

「……はあ、わかった。じゃ電話貸して。家に連絡する」

「よかった、わかってくれた」

 

 何はともあれ、英美は自宅に連絡してくれるようだ。しかしこの歳で反抗期とは……中々ませた子だ。

 オレは一度カップを机に置き、武宮さんに事情を話して携帯電話を借りてきた。武宮さん自身を連れてきても良かったのだが、彼は彼で仕事が忙しいはずなのでそれはやめておいた。

 余談だがオレの記憶が確かなら今年は日本で初めて某リンゴのロゴで有名な会社がスマートフォンを発売するはず、この固定電話の子機をひたすら小さくしたような形状の携帯電話も見おさめが近いかもしれない。

 

「はい、ケータイ。使い方わかる?」

「うん。…だからそんな説明書ガン見しなくて大丈夫だよ」

 

 偉そうな口をきいたがオレはその某リンゴのロゴで有名な会社のスマートフォンから携帯電話を持った身なので、この時代の携帯電話の事はよく知らないのだ。英美は使い方を知っているようで助かった。

 

「——あ、もしもし。私、英美。うん、もうすぐ帰るよ。うん、そう、心配いらない。うん、じゃあね。——はい、連絡終わったよ」

 

 ん?なんで知ってるんだろう?

 

「……琴葉?」

「へ?ああ、ごめん。連絡終わったんだね。どうだった?」

「うん、すぐ迎えに来てくれるって。じゃああたしもう行くね」

 

 オレが考え事をしている間に英美は電話を終えたらしい。すると彼女はすぐにベッドから降りて立ち上がり歩き始めた。

 

「え、ちょ、ちょっと待って!まだ傷痛むんじゃ…」

「こんなの歩けさえすればどうって事ないし。さっきは足も怪我したばっかで全身覚束なかったけど、今はもう大丈夫だから」

「だからって…って、言っても英美は聞かないか。せめて門までは送るからね」

「はいはい、それで気が済むならそうしてください。迎えまで一緒に待つ事はないけど」

「はぁ…うん、そうだね」

 

 この意地っ張りで悪戯好きなお転婆ちゃんがオレの言う事を素直に聞くとは思えないが、一応忠告だけしておこう。カブルモの話で確信したが、どうもオレはこの世界のポケモンという存在を少し舐めていたようだし、外は思ったより危険らしい。

 友達と呼べるほどの仲になれたかは分からないが知り合いにはなった。そんな人が、オレが注意していれば防げたはずの事故に巻き込まれでもしたら目覚めが悪いどころの騒ぎじゃない。

 

「じゃあまた学校で。同じクラスだと良いね」

「だね。また学校で」

 

 英美の事は気にかけておこう。前回は会わなかった人物だが、少なくとも悪い人じゃないだろうし。

 オレの知る古鳥の卒業アルバムには写っていなかった彼女は。

 


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