オレと私は一人で二人!   作:御鍵

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第五話:入学

 2008年4月8日。

 古鳥小学校の始業式の日だ。

 この日は穏やかな日和で、咲き誇る桜が日光に照らされ新年度の始まりを彩っている。

 

「琴葉。いよいよ今日から四年生だな。おめでとう」

「ありがとう、お父様」

「そして今年は琴葉が初めてポケモンを持ち、正式にポケモントレーナーとしてデビューする年でもある。胸を張って式に臨み、立派に節目の日を過ごしてきなさい」

「うん!」

 

 父も心なしかいつもより嬉しそうだ。

 思えばあっという間の五年間だった。目を覚ますと突然知らない家の知らない子供になっていて、でも住んでる街の事はよく知っている。

 歴史も殆ど一緒かと思えばポケモンという創作物だったはずのものが実在するせいで近代史以降に大きな違いがあり、その割に地理には目立った違いが見当たらない。

 そんな不思議な世界だったものだから、一度は社会に出たオレが園児にまで戻っても退屈はしなかった。きっとこれからはもっと退屈しないだろう。

 

「よし、準備完了。行ってきます!」

「行ってらっしゃい、琴葉」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 

 オレは大きな期待と小さな不安を胸に学校へと向かった。ちょうど他の純粋な子供たちと同じように。

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

「おはよう、琴葉ちゃん」

涼音(すずね)、おはよー」

 

 学校に着いてすぐオレに声がかけられたのでその主を見れば、去年から仲良くしている嘉島(かしま) 涼音(すずね)がふんわりとした笑顔で小さく手を振っていた。

 涼音は同年代の中でもかなり華奢な体格で、性格も大人しく控えめな子だ。主体性がないとまでは言わないが主張の弱い方であり、人に頼られ注目される立場が苦手でいつも集団の中に隠れているような印象がある。

 

「涼音はもう新しいクラス分け見た?」

「ううん、まだ。私も今来た所だから」

「そっか。じゃあ一緒に——」

 

 見に行こう、と言いかけた所で、オレは背後から妙な視線を感じて振り返った。

 

「………?」

「どうしたの?」

 

 しかし背後にはオレを見ていたような人物は誰もおらず、ただ校門近くの木の葉や桜の花びらがさわさわと揺れているのみだった。

 

「琴葉ちゃん?」

「うん?」

「どうしたの?急にぼーっとして。早くクラス分け見に行こう?」

「ああ、うん。そうだね」

 

 何だったんだろうとは思いながらも、今考えても仕方ないと割り切ってオレは歩き始めた。

 この世界は本当に新鮮な事だらけだ。

 

「えーっと、嘉島、嘉島…あった!私、2組だって」

「あっ、じゃあ同じクラスだ!よろしくね、涼音」

「良かった。こちらこそよろしくね、琴葉ちゃん」

 

 クラス分けが張り出された掲示板の前は大勢の児童でごった返していたが、オレは人混みに慣れているし涼音は小さいしでするすると抜けられた。

 今年はオレと涼音は4年2組で同じクラス。前回と同じだ。尤も前回の4年2組に琴葉なんていなかったし、涼音ともそんなに話す方ではなかったが。

 それよりも、オレは名簿の下の方に載っている名前の方が気掛かりだった。

 

「あっ…ねえ、あれ」

「あ、あの子…」

 

 ふと背後の喧騒が気になった。というのも、ガヤガヤしていたものが俄かにザワザワしているものへと変わったのだ。

 

「? どうしたのかな」

「さあ…」

 

 涼音の問いかけについ生返事をしつつ、オレは喧騒の原因たる存在を目で追った。

 それは春に着るには暑いだろうフード付きの外套に身を包み、肌を一片たりとも出さないよう慎重に歩いている同年代らしき子供の姿だ。オレはその姿に心当たりがあった。

 

「ねえ、あれじゃない?」

「ああ、あの」

「滅多に学校来ないって噂の」

「こんな時間に来るなんて珍しい」

 

 遠巻きにひそひそ話をしている一同もオレが思い浮かべているのと同じ人物の事を噂しているようだ。

 その噂話のネタにされている本人はそんな事など意にも介さず、クラス分けの名簿で自分の名前を確認するとさっさと校舎の中へと向かった。

 それは必然的に、オレの横を通り過ぎる事になる。

 

「くだらないよね、ああいうの」

「まったくね」

 

 すれ違いざま彼女(・・)はオレに囁いた。同じように囁き返すと、彼女は小さく笑うように息を吐いてから「後でね」とだけ言い、教室へと歩いていった。

 

「………涼音、私たちも行こっか」

「えっ?あ…うん、そうだね」

 

 しばし沈黙が支配していた空間は、オレたちの会話をキッカケに再び喧騒が広がった。

 

 

 

 

「ねえ、琴葉ちゃん。今朝のって…」

 

 始業式も無事に終わり教室で各クラスの担任の先生が来るのを待っている間に、涼音が遠慮がちに話しかけてきた。

 

「うん?」

「ほら、あのフードの人…」

「ああ、英美の事」

「知り合いなの?」

 

 オレがあっさり名前を出すと涼音はビックリしたような声を出した。無理もないだろう。円山 英美は、この古鳥小学校ではちょっとした噂の人(・・・)だ。

 

「春休みの間にちょっとね。偶然話す事があって」

「そうなんだ…」

 

 オレの話を聞いた涼音の顔は複雑だ。不安そうな、申し訳なさそうな、それでいて少しだけ安心したような、そんな表情になっている。

 

「あの、琴葉ちゃん。その…円山さんって、噂で聞くような怖い人?」

「さあ?私もそれほどよく話した訳じゃないし、そもそも私はその噂を知らないし…」

 

 オレが慎重に言葉を選びながら話している内に、その英美が教室へと戻ってきたのを視界の端で捉えた。トイレにでも行っていたのだろう。

 

「それに涼音がどういう人を怖がるのかも私は分かってないからさ。色眼鏡で見ずに、実際に話してみたら?」

「うん…それもそっか」

 

 小四ともなれば、オレでも女子の社会がいかに面倒かは多少分かっている。その上で自らマイノリティになれるのは涼音の長所だ。いくらオレが背中を押していると言っても。

 こちらの話がひと段落したのを確認すると、英美がおもむろにオレたちの方へと歩いてきた。教室の中には一気にオレたち三人とそれを遠巻きに見るその他という構図が出来上がる。

 

「おはよう、琴葉。本当に同じクラスになったね」

「おはよう英美。怪我はもういいの?」

「見ての通り、普通に歩けるから問題なし。で、この子誰?」

 

 周りから向けられる奇異の視線などお構いなしに英美は親しげな様子で涼音の事を話題にした。

 

「ああ、こっちはオ——友達の、嘉島 涼音。二年の時同じクラスだったんだ」

「かっ、嘉島 涼音です。あのっ…よ、よろしく…」

「そうなんだ。あたしは円山 英美。英美でいいよ。よろしくね、涼音」

 

 イメージより優しそうで安心したのか涼音の顔が少し明るくなった。

 

「っていうか、琴葉。それ」

 

 不意に英美が半眼でオレを見た。言葉ではそれ以上を語らなかったが、彼女の言いたい事はその眼で察せられる。

 だからオレも僅かに首を動かして遠巻きにオレたちを見ているクラスメートを示しながら返した。

 

「勘弁してよ」

「あー、そういう事。わかったわかった、じゃあいいよ」

「?」

 

 涼音は一人この会話の意味がわからないようだった。だがオレにとってはその方がありがたい。

 彼女が置いてけぼりになっている事に気を遣ったのか、英美はそれ以上オレ(・・)について追及しなかった。

 

「涼音はさ、なんか好きな事とかある?」

「えっ?えーっと、好きな事…かぁ」

「何でもいいよ。好きな食べ物でも、授業科目でも」

「あっ、草タイプのポケモンのお世話は好きだよ。ナゾノクサとかキノココとかね、喜んだ顔がすっごくかわいいから」

 

 涼音の声が珍しく少しだけ大きくなっている。と言っても、こんな様子の涼音をオレは割とよく見ているから驚きはしない。

 

「へえ、草タイプのポケモンたちの事が本当に好きなんだね」

「うん。いつから好きとか、どうして好きになったとかは、よくわからないけど…」

「そういうもんじゃない?いつから、はともかく、どうして好きになったかなんてわかんないから、それが好きなんじゃないの。私はそう思ってるけど」

「英美ちゃん…」

 

 二人の会話を横で聞いて、オレの英美に対する印象がまた少し変わった。

 オレはてっきり、英美は積極的に人と話す方ではないと思っていた。しかしこの様子を見るにどうもそれは間違っていたようだ。そうでなければそもそも彼女はオレたちに話しかけには来なかっただろう。

 

「さ、もうすぐ先生来るんじゃない?琴葉、涼音、また後でね」

「あ、うん。後でね、英美ちゃん」

「うん、後で。英美」

 

 英美の一声でオレたちがそれぞれの席に着いたのを見ると、周りでひそひそ話をしていた他のクラスメートたちも徐々に各々の席へと座っていった。それでも止まない内緒話にオレと英美は苦笑し、涼音は少し顔を赤くして下を向いていた。

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 人の寄り付かない鬱蒼とした樹海の中。

 全身が真っ黒な影のようになっているそいつは、やや疲れた様子で目を覚ました。

 

「………夢か。どうもワタシは夢に縁があるな。またワタシ自身の事について少しわかってしまった」

「ヨンノワー」

「ヨノワールか。ああ、今目が覚めた。どうもワタシには近くで眠る者に悪夢を見せる能力があるらしい、という情報と共にな」

 

 目覚めたそいつに声をかけたのは以前ヨンワール(仮)と呼ばれていたポケモン、ヨノワールだ。彼の本来の呼び方も、そいつが夢で得た情報だった。

 

「ヨノォ…ヨンワ、ヨンノワール」

「なるほど…確証はないが、お前は周りの者に悪夢を見せるポケモンという存在に聞き覚えがあるのか」

 

 そいつはヨノワールと協力関係を結んで以来、度々このようにして自らについての情報や己が生きるこの世界についての情報の裏付けを取っていた。

 この森に棲むヨノワールはかなり博識なようで、滅多に森の外へ出ないというのにこの世界についてよく知っていた。もっともその背景には人間の弱い心が関係している。

 

「そうか。以前この森で自害した人間からそんな情報も得たのか」

「ヨンワール」

「生者と死者の間に対等な関係はありえないが、お前はゴーストタイプ——幽霊の性質を持っているからそれを可能にすると。そんな事も言っていたな」

 

 そいつはヨノワールの助力のもと着々と力を取り戻していた。

 

「その死者曰く、悪夢を見せるポケモンの名は——」

 

 全盛期のものにも迫る強力な力を。またその心に宿る悪の煌きをも。

 

「ダークライ、か」

 

 そしてそれを一番助長しているのは、悲しい事に人間なのかもしれなかった。

 




剣盾ランクマ楽しぃ( )
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