作者の体型が横にダイマックス
更新ペース遅くて申し訳ないです
2008年4月21日。
週末明けで皆の士気が下がる月曜日だが、この日オレは全く違う理由で集中力を大きく欠いていた。
「西四辻さんー?どこ行くのー?」
「え?」
「今週給食当番でしょー。白衣掛けてあるのはそっちじゃないよー」
「あ…そうだったね、ごめん」
懐かしさを感じていたのは最初だけで、その後三年間ずっと日常の一部分となっていたものなのに、今日はすっかり忘れていた。
食器に給食を盛っている間も全く集中できず量の配分もメチャクチャになってしまったし、その上何度もこぼしかけたほどだ。
授業中も前回含めた過去最低レベルに酷かった。
「西四辻さん!」
「……へ?あ、はい?」
「次、西四辻さんの番ですよ」
「は、はい。えっと……」
「はあ。教科書36ページ、3行目から」
国語の時間、文章を一文ずつ皆で読み合わせる小学校の定番だ。
茅原先生にもすっかり呆れられ、休み時間には多くの人がオレに心配するような言葉をかけてきた。
涼音もその内の一人だった。
「琴葉ちゃん、今日どうしたの?なんか調子悪そう…」
「ん……ちょっとね、事あるごとに考えちゃってて。その、この前の事…」
「この前——それって、前の金曜日のポケモン学の事?」
「うん…」
週末もその事ばかり考えていた。なぜ負けたのか、どうすれば勝てたか、オレと封城の違いは何か——なるべく詳細にバトルを思い出しながらずっと分析を続けていた。
「あの時こうしていればその先はどうなってたか、とか……考えだすと止まらなくなって、ずっと頭の中でシミュレーションを繰り返しちゃっててさ」
「そうだったんだ…」
そもそもオレが劣勢を強いられた最大の原因はアシマリが予想外にアクロバティックだった事だ。その上でもっと冷静な状況判断ができれば、あえて接近戦を挑む事もなかったかもしれない。
だからと言って不利相性のまま遠距離戦を続けていてもスタミナ勝負になればダメージを受けていたヒコザル側に勝機があるとは思えないし——
「——葉ちゃん?琴葉ちゃん!」
「……え?あ、ごめん。なに?」
「やっと返事してくれた。またボーッとしてたよ」
こんな感じでもう何度目かになる同じ思考に陥っては名前を呼ばれて意識が引き戻されての繰り返しだ。
心の中で再三涼音に謝りながら目を合わせれば、彼女は何やら思案顔で恐る恐るオレに問いかけてきた。
「琴葉ちゃんは、封城君に勝てなかったのが悔しいんだ?」
「うん、そうだけど…」
「じゃあ、もっとバトルで強くなりたい?」
「それはもちろん!」
少々回りくどい言い方で焦れったく思ったが、涼音の顔がいつになく真剣だったのでオレも鼓動を早めながら彼女の次の言葉をじっと待った。
「それなら、私良い所知ってる…!」
「本当?」
「……かも」
最後は自信なさげなのが涼音らしく頼りないが、多分それはオレが希望に満ちた目で彼女を見たからだろう。オレの、もとい人の期待に応えられる自信がない涼音だからこその曖昧な語尾だと思えば、その情報は信頼できる。
「それって、どんな所なの?」
「え、えっとね、本格的なポケモンバトルの練習ができる所…で良いのかな」
「ポケモンバトルの練習…それってもしかして」
「はい、席に着いて。帰りの会を始めますよ」
いい所で職員室から戻ってきた茅原先生が全員の着席を促した。
「えっと、じゃあまた後でね」
「うん、また」
涼音の言う本格的なポケモンバトルの練習ができる場所とは、オレの予想が間違っていなければ多分
♢ ♢ ♢
「お待たせ、涼音」
「あっ、琴葉ちゃん。……と、えっと…」
あの後オレと涼音はお互い一度家に帰り、教科書などを置いて身軽になってから再度集合した…のだが、涼音はオレの斜め後ろに立つ人物に視線を向けたまま困ってしまった。
まあ無理もないだろう。何しろこの人はどういうわけか「同行する」と主張して強引に着いてきたのだから。
「お初にお目にかかります。私、西四辻家にて執事を務めております武宮と申します。以後お見知りおきを」
「はっはい、あのっ。ええっと、琴葉ちゃんの、じゃなくてえっと、琴葉さんの?お友達の、嘉島 涼音です。えと、よろしくお願いします…?」
武宮さんは無駄に仰々しいし涼音はそんな武宮さんに合わせて無理やり堅苦しく話そうとするしで、正直オレとしては見ていられない。
「武宮さん!別にそんな堅くしなくていいっていうかむしろソレやめてって言ったよね!?涼音も無理して合わせなくていいから!武宮さんの事とか気にしないでいつも通りでいいから!」
「お嬢様の仰る通りでございます。私の事はお気になさらず、どうぞお楽しみくださいませ」
「武宮さんは日本語が苦手なのかな?」
そろそろツッコミ入れるのやめていいよね。もう疲れてきた…。
仕切り直してオレは涼音に話しかけた。
「それで、さっき言ってた本格的なポケモンバトルの練習ができる所ってどこにあるの?」
「あ、うん。案内するね。駅前のロータリー沿いにあるから、ここからなら歩いて10分くらいかな…」
「意外と近いね」
そんな近くにあるのに全然知らなかった。
確かに電車に乗る機会ってこの歳だとあんまりないしウチの最寄駅は通学路から外れているから目も向けないけど、もっと自分の住む街に興味を持つべきかもしれない。
前回だって大学卒業を機に上京してしまったから地元の風景ってもうほとんど覚えてないし、今回ならではの新しい施設があるのなら尚更だ。
「ふむ…やはりこの近くでとなると、そちらでしたか」
武宮さんが何か呟いているがとりあえず無視しておこう。
それからオレと涼音で他愛もない話をしながら歩いていると、本当に約10分弱で目的地に到着した。
「着いた。ここだよ、琴葉ちゃん」
(やっぱり
涼音の示す建物は地方では存在感を放つ堂々とした佇まいで駅前のロータリーにそびえていた。淡いオレンジ色の屋根が日光に煌めき白い外壁はそこが荘厳な雰囲気の施設である事を表しているようだ。
そしてこの建物の立派な看板には、シンプルながら目立つデザインで大きく「GYM」と書かれていた。
「ポケモンジム。ポケモンリーグ公認のポケモントレーナー養成施設ですな。プロの世界で最前線に立つ者からエンタメの世界で大衆に見世物を提供する者まで、次代を担うポケモントレーナーを幅広く育成する施設にございます」
武宮さんがこの世界のポケモンジムについて解説を入れてくれた。
オレの知るポケモンジムとはかなり違うが、それも世界が違うからだと思えば納得できる範囲だ。
何より、オレの予想はある意味当たっていた。
「それにしても、涼音はよくこんな場所知ってたね?」
「う、うん。時々、見学に来るから」
そうだったのか。涼音と出会ってから結構経つけど全然知らなかった。
「ね、早く入ろう?」
「…そうだね」
涼音は目を輝かせてオレの袖を引っ張った。こんなに積極的な涼音は見た事がない。彼女はそんなにポケモンバトルが好きだったのだろうか。
とにかくいつまでもジムの前で突っ立っていても仕方ないので、オレたちは自動ドアを通ってジムの中に足を踏み入れた。
「おお…」
一歩入ってジムの中を見渡せば、そこはオレの記憶とイメージに概ね合致するポケモンジムだった。
学校に用意されているものより幾分広いバトルフィールドがいくつも設営されており、そこでは年齢も性別も様々な人たちが実戦に観戦に励んでいる。
少し端の方へ目をやればサンドバッグやルームランナー、ベンチプレスなどの体力トレーニング器具が置かれているスペースもあり、奥には更衣室まで用意されていた。
何だっけか、第五世代のアニメにこんな感じの施設が登場した気がする。ポケモンバトルクラブ?あれに似てる。
「どうかな、琴葉ちゃん?」
「うん…すごい、すごいね!ここ!」
心の中に抱く感想はいくらでもあった。でも不安げに問いかけてくる涼音の顔を見ていると、不思議と一番単純な言葉しか出てこなくなって、オレの語彙力は今の体の歳相応になってしまった。
少しの間そうしているとオレたちの来訪に気付いた大柄な男性がこちらへと歩いてきた。
「ようこそ!——っと、嘉島クンじゃあないか。また見学に来てくれたのかい?」
「あ、いえ、今日はお友達を連れてきてて」
「ふむ。では隣の彼女が…」
涼音はこの男性とはすっかり見知った仲のようで、若干言葉に詰まりながらもオレを紹介した。
大柄な男性だと遠目に見ても思ったけど、近くで見るとより大きく感じる。全身の筋肉が無駄にバランスよく鍛えられており、そのどれもが無駄にはち切れそうなほど膨れ上がっている。
純粋に身長も高い上に姿勢も良いので、圧迫感が半端じゃない。しかしその目をよく見れば、そこにはどこまでも優しそうな光が宿っていた。
「あ、ああ…」
「?」
ただこの男性はオレの後ろに目を釘付けにしたまま突然震え出してしまった。それは表情から察するに、驚いた時の衝撃と何かに歓喜する気持ちが混ざり合った嬉しそうな、しかし信じられないといった震え方だ。
この直後、オレはこの人の体格を間近に見ておきながら耳を塞がなかった事を心の底から後悔する事になる。
「センセー!」
耳がキーンとなってから抑えても時すでに遅し、頭が痛くなるほどの大声で男性は叫んでいた。
「武宮センセーでねえですか!お久しぶりッス!」
「うむ、久しぶりだね。
「うおおおお!その節はどうも、本当に世話になりましたッ!」
「…え?え?どういう事?」
「さ、さあ…?」
大声による衝撃と会話の意味が分からないのとでオレの声は思いの外小さくなり、説明を求めるオレの言葉は辛うじて涼音に届いたのみのようだ。
「しっかし武宮センセー、まさかこんな所までおいでになるなんて!武宮塾の方は順調なんですかい?」
「あー、実は諸事情があってね。武宮塾はもう随分前に後継に渡してしまったんだよ」
「エーッ!そうなんですかい!?したら、今は何を」
柴田さんと言うらしいこの男性は先ほどまでの格式ばった話し方はどこへやら、若さを感じさせるワイルドな態度に変わってしまっている。
「今は西四辻様の家で執事をしている」
「執事ッスか!?」
「柴田君の方はその後どうかね?——と、これほどまでに立派なジムを構えていれば聞くまでもなかったかな」
「恐縮ッス。おかげさまで、今のアッシがあるもんッスから。……あ!」
懐かしさを噛みしめるように武宮さんと話していた柴田さんだったが、唐突にオレたちの方を見るとくしゃりとした笑顔になって話題を変えた。
「ま、まあ積もる話はまたにしましょうや!お子さんたちが困ってまっせ」
「それもそうだな」
二人してオレと涼音の方へ視線を戻す。それを会話に参加してよしのサインと捉えたオレはおずおずと気になる事を聞いた。
「えっと、武宮さん?その方とはお知り合い…?」
「ご紹介が遅れまして失礼致しました。こちら私の教え子の
「
「ああ、言ってなかったね。こちらの方は——」
「西四辻 琴葉です。よろしくお願いします、柴田さん」
「——そういう事だ」
柴田さんは少しの間考え込むようにオレと武宮さんの間で視線を行ったり来たりさせると、一瞬で大きく息を吸い込んだ。
オレは直感的に次に起こる事態を悟り慌てて耳を塞ぐ。
「エエエエエ〜〜〜!!?!?!?」
小学四年生女子の小さく薄い手など易々と透過して柴田さんの大声が鼓膜を破らんばかりに震わせた。