芽衣は二分ほど俺の腕を貪っていたが、その間も俺の腕は再生を再開しなかった。
ここで痛みが本格的に麻痺してきたらしい俺は、全く別の感性が強くはたらいてくる。
端的に言うと、血のむせ返るような臭いや時間の経った肉片が放つ腐臭が看過できないほどに成長している。
耐えきれなくなって、二分が経ってまた食事を中断した妹に向けて俺は言った。
「.......あの、そろそろ全部食べちゃわない? 臭いがすごいし.......」
すると、妹は少し思案したのち。
「.......じゃあ、鼻も切り落としますね!」
「ちがーう! 確かに臭いを感じなくなれば俺が言ったことは問題ないけど、そういう事じゃなくてだな.......!」
危ない危ない。
頭の狂った妹には、どんな提案も慎重に行わなければならないようだ。
危うく鼻がなくなるところだった。
「んー、飲み物が欲しいですね.......」
と、そこでお腹がいっぱいになったらしい芽衣が飲み物を求めてうろつき出す。
「冷蔵庫にオレンジジュースとか入ってなかったか?」
確か昨日買ってきたオレンジジュースがあるはずだ、と助言する俺。
ついでに、トイレに行きたいと頼んでみた。
こんな腕では立ち上がるのが困難なうえ、血液が足りなくて歩いてなんていられないだろう。
ペットボトルかなにか持ってきてくれれば、それにするってのも手かも知れない。
そう思って頼んでみると。
「.......わ、わかりました。喉が渇いてる私に向かって、おしっこの処理がしたいと.......つ、つまり!」
喋りながら顔を真っ赤にした妹が、俺のズボンに手をかける。
「.......つまり! 私にお兄ちゃんのおしっこで喉を潤せと!」
「.......違う! そうじゃない!」
やはり、とんでもない方向に話が向かってしまった。
もっと言葉を慎重に選ぶべきだったらしい。
「じゃあ、脱がしますよ! 脱がしますからね!」
こっちが冷静になっていくうちにも、芽衣はズボンを掴んで離そうとしない。
それどころか、どんどんとベルトを外し、ボタンを外し、チャックを下ろして.......。
「お、おい! それ以上は!」
.......と、そこで芽衣が顔を引きつらせる。
どうしたんだろう。
「.......くっ、お兄ちゃん.......。私、ちょっと食べすぎてしまったみたいです.......。体調が悪いので、部屋で休んできますね.......」
「.......血は流してから横になれよー」
.......行ってしまった。
結局、ズボンのチャックを下ろして左腕を一部失った男が、リビングに一人。
確実に人に見られたら詰む状況だ。
これが小説かなにかだったら、きっとこのタイミングで運悪く親が起きてきたり、来客が来たりするところだろう。
.......ふふふ、しかしながら、事実は小説よりも奇なり。
なんとこの状況を目にするのは親でもなく、急な来客でもない。
この不思議な光景をその目と、写真に収めた人物はーーなんと、他ならぬ芽衣だった。
「いや、お前お腹痛くて部屋に戻ったんじゃねーのかよっ!」
「.......えへへ、実はこの状況が面白かったので、スマートフォンを取りに戻っていただけでしたー!」
「.......かわいく言っても許さないからな?」
それを聞くと、俺はもう一度芽衣を呼んで、自分の近くに座らせる。
「じゃあ、ほら。お腹痛くないんだろ? だったらすぐ続きの話しろやコラ。それと、おしっこ漏れる。はよ」
すると、芽衣は何故か急に頬を赤く染めだして.......。
「.......お、お兄ちゃん! いくらなんでも私だって恥ずかしいものは恥ずかしいんですっ! さっきみたいなことは.......もう、続けられませんからっ!」
「おしっこ飲めとは言ってねーからな!」
俺の腕が再生する真相を知るのは、もう少し先になりそうだった。
続く。