目覚めたらなぜか真っ暗闇の中に突っ立っていた。
目の前にあるのは二つの椅子のみ。手前の方は空いていたが、奥の方には一人の女性が腰掛けていた。
女性はそこらのアイドルなんかよりよっぽど美しい顔立ちをしていて、異常な状況も相まってここが死後の世界かと思ってしまう。
とりあえず、ここで立っていてもこの状況への理解は進まない。見知らぬ人ではあるが、まさかいきなり襲い掛かるなんてことはないだろう。
深呼吸を一つして、手を握り締めて女性に近づいた。
女性は俺が近づいたのを見て、空いている椅子を指差す。
座れ、ということだと思い、一応警戒しながらも座る。
「ようこそ
座った瞬間、待ちかねていたように女性は衝撃的なことを口走る。
「待ってくれ」
そのまま続けようとしたので、女性の言葉を止める。女性は慣れているのか、特に気分を害した風もなく素直に口を噤んだ。
それに感謝しつつ、冗談から出た真とはいきたくはないが、一応女性の言葉を吟味してみる。
彼女が俺の名前を知っていることに関しては考えても無駄だろう。このご時勢、俺の名前くらい知る方法ならごまんとある。
だから、考えなきゃいけないのは一つ。死後の世界ということについてだ。
死後の世界ということは、俺は死んだということだ。これが狂言の類ではないことを知るには、死んだ記憶があるかどうかを確認するのが手っ取り早い。
頭を捻ってみると、幸い…と言いたくはないがその記憶は見つかった。
俺は夕焼けが綺麗だと噂の崖に行き、不注意で足を滑らせて落ちてしまったのだ。遠のいていく地面と近くなっていく地面。どっちも地面じゃないかと馬鹿げたことを考えた所で記憶は途切れている。
「すまない。ここが死後の世界だと理解した。話を続けてくれ」
そう告げると、女性は心なしか驚いた顔をしたが、そのまま話を続けた。
「あなたには三つの選択肢があります。一つ目は天国に行くこと。二つ目は赤子として生まれなおすこと。三つ目は異世界へと転移することです」
3本指を立てた女性の言葉に頷きながら、どれが最良か考える。
一聞した限り、天国が一番良さそうなんだが一応訊いてみよう。
「天国ってどんなとこなんだ?」
「簡単に説明しますと
地獄じゃねえか!!
そう思ったのが顔に出ていたのか、女性は苦笑する。それを見て、幾許か頭が冷えた。
つまり、自分の意識を残したいなら異世界転移。残したくないなら赤ちゃんに戻れということ。
答えは決まってる。
「異世界転移でお願いします」
このまま佐藤風という自分を失いたくはない。まだまだやりたいことがある。
「分かりました。では、あなた方には異世界に移住してもらうお礼として、一つだけ任意で特典を授けています。この中から選んでください」
そう言うと、女性は様々な装備やら特殊能力やらが書かれたカタログのようなものをくれた。
生憎、カッコいい装備だとか、誰にも負けない特殊能力なんかには興味がない。だが、貰わないと言うのも勿体ない。
我が事ながら面倒臭い貧乏性を発揮しながらぺらぺらと眺めていると、ある特殊能力が目に入った。
「―――って何ですか?」
「―――は―――――スキ―――」
突然乱れ始めた言語感覚にうろたえかけて気付いた。
これ…夢だ。
俺の名は佐藤和真。
思い出すのも辛い死に方をしながらも、異世界への移民政策に賛同し、自らも積極的に移民した聖人君子。
「冒険者になるには登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」
その一言を聞き、現金という現実に打ちのめされた男でもある。現実は非情だ。
仕切り直しをかねて、一度頭を下げてアクアと一緒に後ろへ移動。
「おいアクア、金って持ってるか?」
「持ってる訳ないじゃない」
使えねえ
じゃなくて、どうすんのこれ?
いきなり詰んでないか?
「しょうがないわね。女神の本気を見せてあげるわ」
俺が頭を悩ましていると、アクアが自信満々にそう言い放つもんだから、安っぽい本気だなと思いつつ見守ることにする。
プリーストっぽい男に近づいたアクアは自信たっぷりに、上なのか下なのか分からない態度で金をせびる。
簡単に言うなら、お前の宗教のご神体だからお金を貸してくれませんか、だ。
そこから先は見ても聞いてもない。
冒険者ギルドに入ってきた少女に目を奪われていたからだ。
美しいウェーブがかかった亜麻色の髪が首下くらいまで伸びている。顔は人形のように小さく整っているが、瞳だけは人間味溢れた勝気な色を帯びていて、それが妙に似合っている。だぼだぼとした黒のローブ一枚だけに見える彼女はおよそ冒険者ギルドに似合わないと思う。
それこそ、金をせびっている女神と役割を交換したらいいんじゃないだろうか?
そんなことを考えながら少女を眺めていた。
はっきり言ってアクアの存在を忘れかけていた。思い出したのは背後におぞましい陰気を感じてからだ。
「ねぇカズマ。私……女神だって信じてもらえなかったんですけど。後輩女神の信者に同情されてお金貰っちゃったんですけど…」
その声に振り向くと棒読みで、ははは、と笑う女神の成れの果てが立っていた。
よっぽど心にきたのか、さっきまで自信満々だったアクアはキノコでも生えそうなくらいジメジメとした空気になっていた。
あまりにも哀れだ。少しくらいは優しくしてやってもいいかもしれない。
そう思い、テキトーな言葉で宥めながら再度カウンターに向かう。その際、あの女の子の姿を探すと、掲示板のようなものとにらめっこしている姿を見つけた。
「えっと…登録料持ってきました」
女の子から目を外して、素晴らしいおっぱいのお姉さんに声をかける。
「は…はぁ…。登録料はお一人千エリスとなります」
アクアの持ってきた金は三千エリス。つまり、俺とアクアの分だけあればいいから千エリスは余る。プリーストの慈悲深さに内心頭を下げながら、お姉さんに二千エリスを渡す。
それから、簡単な説明を聞き、書類の必要項目を埋めて、ついに俺の素晴らしい才能が明らかになる時がきた。
このちっぽけなカードに触れた瞬間、俺の物語は始まるんだ。そう思うと、引き篭もり生活で忘れていた情熱が蘇ってくる。
万感の思いを込め、いざカードに触れん――――!!!
「サトウ…?すみません、サトウカズマさんですね。筋力、生命力、魔力に器用度、敏捷性はどれも普通ですね。知力がそこそこ高い以外は…あれ?」
だいぶ才能を否定されたが、お姉さんの顔が驚きの色を映した。
そう、ここで俺の隠された才能が―――「幸運が非常に高いですね」―――幸運?
「これだと、基本職である《冒険者》しかないですよ?これだけの幸運があるのなら、商人になってはいかがですか?」
俺の才能と冒険者人生が完全否定されたんだが。
おい、そこの駄女神笑うんじゃない。俺が弱いってことはお前も困るんだぞ。
「えっと……《冒険者》でお願いします」
ああ恥ずかしい…所詮、引き篭もりにはこの程度が限界だったのか。チートハーレムなんて夢のまた夢だったのか…
「はっ!?はああああっ!?何です、このステータス!?知力が低いことと幸運が最低値なことを除けば、全てのステータスが平均を大幅に超えてますよ!?」
儚い人の夢というもを感じていたら、アクアのカードを見たお姉さんが驚愕の声を上げていた。その声を聞いて自慢げに胸を張るアクア。
あれ……そういうの俺のイベントじゃねえの?
悔しくて自分の冒険者カードを眺めながらいじけていると、第二次成長も迎えてなさそうな声が耳を打った。
顔を上げ…下げると俺に声を掛けた少女が、上目遣いで俺を見ていた。つうか、さっきから気にしていた女の子だった。
「なんか用か?」
「ええ。あなた日本人でしょう?」
!
何でそれを知って……いや、普通に分かるか。さっき俺の名前が読み上げられたばかりだ。日本から来た奴ならだれだって気付く。
「ってことは、お前もか?」
「ええ。私は佐藤風。よろしくね」
そう言って目の前の少女はにこりと笑った。
この出会いが、この俺をクズマさんだのカスマさんだの、極め付けにロリマさんと呼ばれる不名誉な機会を齎したのだ。
ご読了ありがとうございました。
アンチ・ヘイトタグはカズマさんを煽る上では欠かせないんじゃぁ