やる気は人を変える……らしいです。
佐藤風。
そう名乗った少女は騒いでいる人々をちらりと見た後、そっと冒険者カードを俺に差し出した。
「…これは見ていいのか?」
「ええ」
即座に返ってくる返事。
本人のお墨付きという最大の保証書を貰った俺は、嬉々として少女の冒険者カードを眺める。
名前はサトウフウ。偽名を少しだけ疑っていたが、まあ偽名を名乗る奴が自分の冒険者カードなんて見せるはずがない。
職業は《盗賊》?
らしくない職業だが、基本職の《冒険者》にしか就けない俺よりは、似合わないとはいえ基本職以外に就けてる時点でよっぽどいい。
次に一番気になっていたステータス。俺と同じ日本から来た人間で、俺よりも年下の少女とくれば、俺よりも酷いステータスをしているんじゃないだろうかと密かに期待している。
勘違いして欲しくないから言うが、俺は別にステータスで張り合おうと思ってるわけじゃない。自分より低い…もしくは同じくらいのステータスの相手を見つけて安心したいだけだ。決して疚しい思いで見るわけじゃない。
生憎とステータスを計る基準が自分のステータスしかないから、自分のとフウのと交互に見ながら比べてみることにした。
筋力 俺の勝ち
生命力 俺の勝ち
魔力 フウの勝ち
器用度 フウの勝ち
敏捷度 フウの勝ち
知力 同じくらい
幸運 俺の勝ち
うー――ん、この煮え切らない勝敗。
ロリとどっこいどっこいな俺のステータスってどんだけ弱いんだ!?
「あ…私、これでもレベル17だからその分ステータスは上がっているの」
落ち込んでいる俺を見かねてか、フウがそう言う。
そういえば、レベルを見落としていたな。
俺はレベル1。フウはレベル17。そう考えれば仕方のない開きなのか?
そういえば、結局なんで俺に冒険者カードを見せたんだ?
それを訊くと、こう返ってきた。
「これくらい弱いステータスでも冒険者家業は出来るってことを教えたくて……迷惑だった?」
女神だ…これこそが俺の会いたかった女神にしてヒロイン。
惜しむらくは俺のストライクゾーンどころか、恋愛可能年齢にすら辿り着いてなさそうな年齢であるところか。
「何してんのヒキニート?」
ちやほやされるのに飽きたのか、ひょっこりと顔を出すアクア。視界にフウが入ったのか、何も考えてなさそうな顔でこう言った。
「あんたロリコンだったの?ロリマさんだったの?いくらロリマさんでも手ぇ出しちゃダメよ」
こいつ!
一瞬俺の紳士的なハートに火が点いたが、今の俺はこんななんちゃって女神に構っている暇はない。真の女神の好感度を上げてる最中なんだ。一ミリも心が痛まないが、アクアには去ってもらおう。
しっし、と追っ払うとアクアはふぐのように頬を膨らませた。
「…何よ!ロリコンがばれたからって邪険に扱わなくてもいいじゃない!」
「黙れ」
何でこいつはいちいち人を貶めなきゃ気が済まないんだ!?
「黙れって何よっ!!あんたが高貴で美しいアクア様がいいですぅーって言って私を連れてきたんでしょうが!!っていうか、あんたのせいで天界に帰れないんだから責任取ってよね!!!」
「ちげーよ!!お前の人を嘗め腐った態度が気に入らないから連れて来たんだ!!そうじゃなきゃ、誰がお前のようなドブ以下の女神なんて連れてくるかよ!!」
「ド…ドブ以下って言ったわね!?あんたなんてミジンコ以下のヒキニートのくせに毎日女子高生相手にはぁはぁなんて言って脳内で滅茶苦茶にしてたんでしょ!!!」
「はぁあああああああ!!?女神のくせに嘘ばっか言うなよ!!そんなんだから嫌われてんだよ!!なぁお前見たか!?後任の天使さんの顔!!!厄介者が居なくなって清々するわぁって顔してたぞ!!!」
騒音生産機だったアクアが停止した。
「…え……嘘よね。この私が厄介者?嫌われてるの?」
「マジだ」
嘘だけど。
それっきりアクアは頭を抱えてぶつぶつと「嫌われてないわよねクソニートの嘘よね…」などとつぶやき始めた。
ふっ……勝った。
「お話は済んだ?」
勝利の余韻に浸ってると女の子の声がした。
あれ?結局、何で俺はアクアを追い返そうとしたんだっけ?
声の方へ顔を向けると亜麻色の髪が視界に入る。声の主は怒気を滲ませてもう一度喋った。
「お話は済んだ?」
――――俺の名は佐藤和真。フラグをへし折る事に定評がある男だ。
「すみませんでした」
コンマ一秒で土下座すると、声の主――フウは呆れ顔で俺を見下ろす。
「あなたたちが仲良しなのは分かったけど、人が大勢居る中で騒ぐのはマナー違反よ」
凄まじい威力を誇る正論が俺の胸に突き刺さる。
これを言っているのが年上だったら猛烈に反抗する。具体的に言うとアクアに全責任を押し付ける。だが、さすがに年下の、しかも女の子相手に反抗する気はさらさらない。
「まぁ、初めて冒険者になったんだから興奮する気も分かるけど…ね?」
大人しく反省しているのが分かったのか、フウは笑いながらウインクする。その男心を猛烈にくすぐる仕草に俺は思った。
あと五歳くらい上だったらなぁ…
「邪悪な思念をこの男から感じるんですけど…」
うるさい。人の心を読むんじゃない。
ぱんぱん、と手を叩いて俺とアクアの注目を集めたフウは魅力的な提案をする。
「はい、ここでお説教はおしまい。ねえ、あなたたちさえよければ、私がモンスター討伐について教えよっか?」
折角のお誘い嬉しい所だが、武器がない。
隣の駄女神なんて連れてこずに、武器でも貰ったほうが良かったと猛烈に思う。
断りの返事を入れようとすると
「ふふん、そんなことは予想済みよ」
と誇らしげに胸を張ったフウが、ローブの中からショートソードを出してきた。それを俺に渡し、さっきから胡乱げな視線を俺に注ぐアクアに渡し―「いらないわ」――は?
「あなたは知らないだろうけど、私は女神アクアなの。女神が野蛮な武器を振るうなんて馬鹿みたいでしょ」
お前が馬鹿だ。
そんな俺の思いはアクアには届かず、フウは困ったように笑い、武器を仕舞った。すかさず俺はフォローに入る。
もちろん、フウの好感度アップのため。
だが、念のため先に断っておくが俺はロリコンじゃない。将来性に期待したいんだ。
「あーごめんな。あいつ、馬鹿だから武器を持つ意味とか分かってないんだわ」
「ううん、自分の信念を貫き通すのも大事だもの。私が軽率だったわ」
そう言ってフウは頬を掻く。
ねえこの子、なんでこんなに優しいの!?あのアホなアクアの言葉をそこまで美化して受け止めるなんて、俺にはできないわー。
俺が密かに感激していると、フウは一歩進んでから振り向いた。その際ふわりと舞った亜麻色の髪の毛に見惚れていると、ぺこりと頭を下げてフウは言った。
「それじゃあ改めて自己紹介。私はフウ。よろしくね二人とも」
「うわぁぁああああああああ!!!何だこれ!!?デカすぎだろっ!!!」
あの後、自己紹介を終えた俺たち三人組は、初心者向けらしいジャイアントトードの討伐に挑戦してみることにした。
結果として、俺は自分の身長の三倍はありそうなカエルに追われるはめになっている。
「プークスクス!カズマさんったらあんな必死こいて走って惨めで仕方ないわ!」
あいつ!!後で地面に埋めてカエルに喰わせてやる!
そう心に決めながら俺は走る。背後から迫ってくるカエルは遅い。だが、単純にデカいだけで怖いものだということを初めて知った。
「大丈夫よー!!ジャイアントトードは遅いから!!」
フウが声を張り上げて言うが、遅いからどうだというんだ!?
「無理無理無理!!助けてくれぇー!」
カエルこええ!!!こんなのどうやって倒せばいいんだ!?
「しょうがないわね!!このアクア様が助けてあげる!」
お前に言ったわけじゃないんだが……。まあ、助かるならこの際駄女神でも何でもいい。
すれ違いざま「プークスクス!」と煽ることを忘れないアクアに向けてそう思う。
「いくわよっ、ゴッドブローッ!!!」
そう言ったアクアの拳が仄かに輝き、猛烈な速度でカエルの腹に突き刺さったっ!!
そのあまりにも凄まじい威力にカエルは低く呻り、動きを止めたっ!!これはチャンスだ!!
「ジャイアントトードに打撃は効果が薄いのだけど…」
俺の見間違いだったらしい。そう呟いたフウの言葉通りにカエルは平然とアクアを見下ろしている。
「…よく見るとあなたってとってもチャーミングね」
…ばくり
「うおおおぉい!!?アクアァ!?」
俺はアクアを飲み込んで動きが止まったカエルに、ショートソードによる一撃を叩きつけたっ!!
「ううっ……ぐずっ…うえええええっ」
カエル討伐を終えた俺たちは、アクアの泣き声をBGMに帰路に就く。討伐に出かけた頃は明るかった空も、今や真っ赤に染まっている。
そんな中で粘液まみれのアクアを連れた俺たちは、ご近所さん方の注目の的となっていた。
「ごめんな。悪い意味で目立って。アクアは俺が連れてくから、別に着いて来なくてもいいぞ」
俺の言葉にフウは黙って首を横に振る。
「ううん…実践の方が覚えるかなって、モンスターの見た目くらいしか教えなかったのが悪いの。大衆浴場まで案内するわ」
「風呂があるのか?」
「ええそうよ」
そう言うと、さっきまで申し訳なさそうな顔をしていたフウは愉快そうに笑う。
その理由がさっぱり分からないから訊いてみると、短い返事が返ってきた。
「私、あなたたちのことが気に入ったの」
「は?……俺たちを?」
「ええ」
カエルにビビッて逃げていた男と、カエルに飲み込まれた女神のどこに気に入る要素があるんだ?
そう思ったが嬉しそうな少女に訊くのも野暮というもんだろう。
そこから大衆浴場で別れるまで、ずっと嬉しそうにしていたフウの姿が妙に印象に残った。
「佐藤和真に女神アクア…ね」
面白い二人だったとフウは笑う。
カエルから逃げている時のあの無様で必死そうな男。カッコつけた挙句にカエルに飲み込まれて泣いていた女神。
「ホント…おもしれぇなぁ」
あの二人ならきっといいリアクションをするだろうと、ほくそ笑みながら少年は思った。
ご読了ありがとうございました。
早くカズマさん達を煽れるように努力したいと思っております。