夜も更けて、街の往来でさえ野良猫が蔓延る中、その少女はふらりふらり、と体を覚束ない様子で動かし、ゆっくりと歩いていた。
「ただ……いま。」
そこにあるのはカレンダーらしきものキッチンとベッド、そこに横たわる一人のみ。
カレンダーには「腎臓 3日 肺 5日 胃 …………」と様々な臓器とその隣にそれに対応するかの如く日数が書いてあった。
壁にもたれながら息も絶え絶えに歩いてゆくが、己が思うように足を運べず倒れてしまう。
すると、そこを先に占領していた一人の青年が目を覚ました。彼もその物音に何事かと思い、体を起こすも、何も見つけることが出来ない。
すると地面の方から、
「はぁ……ごめんなさいね?起こしてしまって…」との声が。
彼は安心して、こちらこそ遅くまですまない、と彼は感謝を述べつつベッドへと彼女を促す。
それに力を任せるようにベッドで横になり、彼女は彼をそっと抱き締めた。
しばらくそのままのぼんやりとした静寂が続く中、
「あの、明後日少しお休みが取れそうなの。だから、その、海にでも行かない?」と彼女が不安げに呟き、それに応えるかのようにそっと抱き締める力を強くする。
そして、彼女は満足げに微笑みながら瞼を落とした。
彼と彼女が満たすその空間、その中にあるのは只の静けさとそこに光を落とす月の明るさ。
しかし、その月すらも雲に隠れようとしていた。
何を間違えたのだろうか。いや、間違ってはいない。見落としてただけなのだ。自分が元来このような性分だということを。
出会ったのはなんともないただの平原。私がいつものように仕事をこなしているとずっとこちらを見てきたのだ。あんまりにも見るものだからこちらから話しかけた。
そこから始まった奇妙な師弟関係。あまりにも彼が物事を知らないものだから私が色んな事を教えてあげた。
けれども物事を知るということは知らない事が減るということ。
いつのまにか彼に多くの事で助けられ、終いには私が教えられる事もあった。師弟というより相棒のような間柄になり、私が切り込んで彼が支援するというポジションが決まり、この二人でならどこまででも行ける、そう思わせてくれるまでには愛情が深くなった。
彼が強くなった、その事に対して私は頼もしく思いながらも、寂しいという感情がふつふつと湧いて出たまま、このまま遠くに行ってしまうのではないのだろうか、と。
次第に彼と会うことも無くなってゆき、彼が新しく発見された島へと調査に行ったということも人伝いで聞いた。私と同じくらい強いのだ。彼なら大丈夫だろうなという安心感とまた遠くへと行ってしまったという不安が引っ付いたまま、行くこともできず、ただ手紙を送り、返事を期待する事しか出来ない。
不安とは裏腹に返事はすぐに来た。あんなものを食べたとかこんなものを食べたとか、主に食べ物の話しか書いていなかったが十分に楽しくやっている事を確認でき、私もある程度不安を拭えていた。
それからは週に1回位便りを寄越すように催促するようになった。そうした紙の上での会話を3ヵ月程続けていく中、ある日から手紙が来ないのだ。いくら送れども返事が来ない。それを見かねて私はついにその島に行くことにした。いつもならお金がお金がと渋っていたがその時は持ちうる限り最短の手段で向かわざるを得ない。幸いその島での拠点への流通は多く、入り込むのは容易かった。
馬車に揺られ船に揺られ10日程、たどり着いたのはいいがどこにいるのかという情報がまるでない。
仕方なく聞き込みから始めて、しばらくは拠点に来ていない事を知った。これはかなり危険な状況であるだろう。死んでいるかもしれないという考えは一瞬、しかしそんなことを考えている暇もない。彼が受けたという依頼を片っ端から何とか調べて何とか最後に受けた依頼を見つけ、その場所に見当をつける。探すにあたって今までの手紙も大いに役に立った。
私が向かったのはとある湿地帯。名前もまだついておらず、生態系を調査するということが依頼の内容だった。距離も遠く、馬車で1日と少し要した。
一秒一秒がとても長く感じる時間を過ごし、たどり着けばそこには中々に広い沼が7つ8つにそれ以外にも湖や池がありその地帯を見渡すと先が見えない。もしかすると沼に沈んでいたりもするのではないかと考えると身が総毛立った。
とりあえず御者に少し待ってもらい、奥まで見ていこうと足を進めていると、途中で白髪の少女の姿が。彼女は確か……コッコロという名前だった。彼の世話役だと言っており、彼もそれを認めているがそれはどうだろうか。体面もあるが、それよりもまともにお世話などが出来るのだろうか。それなら私の方がと思っていた。
彼女に連れられ向かったのは付近の森を抜けて少し外れた洞窟。そこには少しばかり灯った火と3人の人が横たわっていた。彼もその中の一人だった。どうしたのか訳を聞くと一人は沼に棲む生き物を食べて体調を崩し、彼を含む残りの二人はその折に現れた沼の主にやられ、未だ目覚めない。コッコロがひたすら回復呪文を掛けていてこれなのだから本来ならば死んでいてもおかしくはないのだろう。
私とコッコロは待たせていた馬車に彼らを乗せ、拠点へと戻ってランドソルへと帰る手続きをした。
ランドソルへ帰って、いの一番に医者を探した。道中、医者と名乗る女が料金はいらないと言いながら治療をしようとしていたが、無理矢理黙らせた。そのような輩に構っている暇はないのだ。
何とか医者を見つけ、彼らはそれぞれの病室に寝かされた。私もずっと彼の傍にいて、彼の事を考えていた。彼の今の現状でもあり、今までやこれからの事。
やはりおかしい。あの王冠を着けた少女。よく考えなくとも、未開の地で生態が分かっていない生き物を食べるのはおかしい。今までの手紙でおいしかったとか揚げればうまいとか、全部楽しそうに書かれていたから気づかなかったが。その事に猛省しながらもさらに考え続ける。
それなら彼をどうしてやればいいか。彼は記憶を失っている。それはいわば真っ白なのだ。それをあんな鉄も食べそうな女と共にいていいのだろうか。いいはずがない。他をつれていこうとしても情やらなんやらで引き剥がせないだろう。それならば私と彼だけで、しかし本当に出来るのだろうか。いや、やるしかないのだ。
そして、彼が目覚めてすぐに私たちはランドソルから逃げ出した。その時はどうやって生きようかなんていうことも考える余裕は無かった。とにかく何処か、見つからないような場所へ行かなきゃという一心で様々な馬車を乗り継いでたどり着いたのは、知識人が揃っていると評判の賢者の街。
そのような場所だからか、あまり肉体労働のような仕事が無い。住んでいるのは飲食店をしている人か学者や医者の下で働く人だけだった。そこでは当然稼ぐ場所が限られてくるし、コスパのいい仕事がない。
けれどもどうせの彼らのことだ。捜索の領域をもうすぐここまで広げてくるだろう。だから長居する気はなかった。
そうして始めたのは自分の臓器の販売。私は他の人とは違い基本的に復元できるから、今まで手は出さなかったが今ではこれしか効率的な方法がなく、医者が多いせいか、実験材料や治療するためのものが明らかに不足しているような様子であり、私の提案に向こうもすぐさま飛び付いたのだった。討伐依頼等を受注しようにもここではギルド管理協会直営の受付しかなくそれでは足が付く。仕方なく始めた割には単価が高いものだから、あながち悪い心地ではなかった。
だけどもう少しでこれも終わる。次で最後にしよう。その後でしっかりと処理をしなくちゃいけない。彼を危険に晒すような事はしたくないし、母のような失態は犯さない。そして彼と海の近くで住もう。これからお店でも始めようか。何屋さんにしようかな。新しく始めるのもいいかもしれない。けど、それを始めるのにかなり元手が必要ではないのだろうか。それなら今までみたいに二人で色んな人から仕事を引き受けるのもいいのかもしれない。そうか、それでいい。それがいい。
そうして寝ている彼をぼんやりと眺め続ける。そろそろ眠くなってきた。すると懐かしい空気を不意に感じる。これは、何だっただろうか。ふわふわしてて、まるでこどものときの…………あれ?
なにを考えていたのかが思い出せない。そんな思い出せないことはどうでもいいの。今出来るのは早く寝て傷を治すことだけ。
そうして私はいつものように明日になるまで、夢に耽るのだった。
これで前話を少し修正して、一旦休憩するつもりです。
ミフユは圧倒的に力が足りていないながらも、それを自力で何とかしようとしているのがストーリーにもキャラ性能にも現れているので好きです。一番好きなキャラはアンナですけれども。
感想等を頂けると喜びますし、好きなキャラを布教していただけると私もそれに染まって新しい話を更新出来るようになるかもしれませんので是非。
後1.2キャラ程ネタが有るので最低それを書くつもりです。
今後ともよしなにしていただけると幸いです。
(修正)アストルムではなかったですね。どこからそれが来たんでしょうか