月光   作:尖った耳

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プロローグ/chapter1

 

プロローグ

 

 

 

思い出した。

 

ふっ、と、何かが帰ってきた。

それは脳内にじんわりと浸透して、広がってゆく。思考回路が澄み切るまでには、幾分かの時間が掛かった。

 

月を、眺めていた。

満月だった。

 

妖怪の力の源は、妖しく輝いていた。人間にしてみても、それは美しい存在だった。

こんなことはよくあることだ。

だから今日も、眺めていた。

 

ああ。

 

私を縛り付けていた何かが、ぷつりと切れるのを感じた。偏執病みたいな狂った頭の中から、飛んでいった。そうして私の中に、今までも持っていた筈の何かが帰ってきた。人肌のような暖かさがあったけれど、凍えるほど冷たかった。

そしてそれから直ぐに、もう残り少なくなってしまっていた、それの一部が消えた。

 

消えてしまった。

 

これまでもそうだったようだ。

 

初めて、自覚した。

 

余りに突然過ぎる喪失感が、私に牙を剥いて。抗う術なんて、ある筈はなかった。

 

どうして気付いてあげられなかったのか。

噛み締めた奥歯が軋む。

してやられたという気持ちより、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 

紫はきっと、気付いてた。

 

はっとして振り返る。

……一縷の望みなんて、ある筈も無い。

 

握り締めた掌に爪が食い込んでも、痛いとは思えなかった。 気持ちが先に来ていた。

 

やり場の無い怒り。

腕を大きく振りかぶって、空に思い切り、弾幕を放った。

空を切る音がする。視界がチカチカとする。けれども、気は晴れなかった。

 

さっきまであんなに美しかった満月は、冷たく光って、私を嘲笑っているみたいだった。

 

何時から始まっていたのか、分からない。分からない、けれどあの日から、確かに何か……。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

chapter1

 

 

一面に晴れ渡った空。秋晴れの空に正午の月が浮かぶ。神社の様相もいつも通りのその日、珍奇な客が相談事を持ち掛けてきた。

 

奇妙な依頼と言う他無かった。

緑がかった髪に、季節感の欠片も無い全身フリル。よく見知った、とは言えない、多少知っている程度の妖怪...…古明地こいしが私に持ち込んだ一件は、はっきり言ってしまえば、意味不明、である。

 

「だからね、その子を探して欲しいんだけど」

 

「妖怪?」

 

「うん」

 

「何か、特徴とか」

 

そう尋ねると、考え込んでしまった。一拍、二拍。妙な間が空いた。幻想郷で言うのも何だが、神様が通り過ぎた様な、居心地の悪い沈黙。

 

「分かんないや」

 

そう言いながら、はにかむ彼女。さっきからずっとこんな調子だ。

 

突然な依頼の内容は人探しらしい。そもそも神社に平然と妖怪が来ていることとか、その妖怪が神社を興信所と間違えていることとか、そんなことはこの際置いておこう。

肝心なのは彼女の話から、「探して欲しい何かが居る」ということ以外さっぱり分からないってことだ。

 

「鵺鳥も真っ青ね」

 

「えへへ」

 

こうも要領を得ないんじゃ、どうしようも無い。正体不明もいいところだ。

 

「ねえねえ」

 

「ん?」

 

「お茶でも啜ったら思い出すかも」

 

妖怪と、それから魔理沙がよくやる、図々しい、ふてぶてしい要求。

 

「……はぁ」

 

どうせ今日も魔理沙はやってくる筈だ。

 

「……押し付けよう」

 

こういうのは彼女に任せるに限る。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

「はーなーせー!」

 

ヤカンを火にくべたところで、居間から大声が聞こえてきた。

 

「やーだーよー!」

 

「ちょ、ちょっと、本当に、駄目だって、ちぎ、千切れ」

 

悲鳴が断末魔じみたものに変わってきていた。

何が起こっているのか、今の私に察することは簡単である。

慌てて駆け付けた。

 

「はい、ストップ。あれに触るなって言わなかったっけ?」

 

小さな同居人の住み処を指差す。

しかしこいしは小首を傾げながら、

 

「触るなって言われたら触りたくなっちゃうじゃない」

 

意にも介さない様子。

 

「それより、あの子は何?ペット?」

 

どうやら彼女にとって、好奇心は何に於いても最優先されるものらしい。前から承知はしていたけれど。

 

「小人を馬鹿にしないで!」

 

余程疲れたのか、酷くぐったりしていた針妙丸が、ふらふらと立ち上がりながら主張する。

 

「そうやって強い妖怪は、すぐに弱者を虐げるんだから!私はペットじゃなくて同居人!」

 

「そうだったの?」

 

きょとんとした顔をして、こいしが尋ねてきた。

 

「一応。説明しても納得しないだろうから、触るなって言ったのに」

 

「逆効果だったじゃない」

 

拗ねたように、針妙丸が床を小突く。

 

「そうみたいね」

 

いずれにせよ、ろくな目に遭わなかったでしょう。そう言いかけてやめた。まあ、今後も会うであろう相手なのだから、何時かこうなることは目に見えていた。

 

「うちで飼えないかなぁ?」

 

懲りずにそう発言したこいしに、案の定針妙丸が食い下がる。

行動に振り回されることは重々承知しているが、物理的に振り回された当人にとっては笑い事では無いらしい。

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

魔理沙が境内をまともに登ってきたことは、まず無い。外から、箒の急ブレーキで空気が舞い上がった音がした。

そうしてから、ドタドタと慌ただしく駆けてくる音。別に急ぎの用があるわけでも無かろうに。

 

「よう!」

 

「お疲れ様」

 

「霊夢にちっこいのに...ありゃ、そこに居るのはいつぞやの」

 

「久し振りだねー」

 

「ん?」

 

魔理沙が怪訝そうな顔をする。

 

「お前の能力ってオンオフ出来たっけな?」

 

「うーん」

 

私も最初は感じた疑問であるが。

 

「制御出来てないなんて言ってたし、たまたま切れてるんじゃない?」

 

そもそも妖怪、それも元は地底の大妖怪なのだ。殆どの弾幕ごっこに言えることだけれど、ごっこだから成り立っているのであって、本気でやりあったら勝つのは難しいだろう。(裏技はあるが)

そんな妖怪がこんな状態でこんな性格でこの能力なのだ。人間様が考えるだけ無駄だと、そう諦めた。

 

「そんなもんかなぁ。ちっこいのは?」

 

「針妙丸は一悶着あってふて寝してる。ちっこいの、なんて目の前で言ったら煩いと思うわ」

 

実際煩い。が、一応付け加えただけで、魔理沙が直すとは思えない。

毎日のように口喧嘩を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。

私の申し訳程度の注意を、魔理沙は当たり前のように聞き流した。

 

「お前は何しに?」

 

「寧ろ魔理沙はなにしに来たの?」

 

「日課だ」

 

茶菓子を食い散らかす日課である。

 

「日課かー」

 

「で、何の用で?」

 

「そう言えばねー」

 

今日の始めににこいしから話を聞き出すのに、ゆうに十分は掛かった。

この分だともっと掛かりそうだ。魔理沙は人の話をばっさり切ることを得意としない。

 

「魔理沙、要点だけ説明するわ」

 

「ん、そうか。助かるぜ」

 

「人探し、以上」

 

「……は?」

 

呆気にとられる魔理沙。

 

「それだけ?他にないのか?」

 

「それ以上は何にも。さっぱり。……ああ、探し人は妖怪。それくらいしか」

 

「探し人と言うか、探し妖だな、そりゃ。それより、幾ら何でもそれ以上分からないってことは無いだろ?」

 

そう言いながら魔理沙は、こいしを指差して続けた。

 

「こいつが変な奴だからって、そりゃあ無いぜ」

 

そう言う魔理沙と言われたこいしを見比べて、つい口に出す。

 

「……なんで照れてるのよアンタは」

 

頬を少し染めて、嬉しそうに、かつ少し気恥ずかしそうにして体をくねらせるこいし。不躾に指差されて、普通は良い気分で無いだろうに、これで照れる奴が居るとは。

 

返答は、反応に困るものだった。

 

「んっと、意識されるのって気分が良いなあって。ちょっと前の異変が解決しちゃって、もう終わっちゃったと思ってたんだけどなぁ」

 

少しだけ、しまった、と思った。

思っていたより数段重い回答に、意表を突かれる。何も考えていないと思っていたし、実際そうなのだろうけど、今だから頭が回っているんだろうか。それとも元々はこうだったんだろうか。

これ以上この話題に触れるのは、少なくともこの場では止めておいた方が良いだろう。そう思って、頭の中からすり替える話題を探す。

 

「嬉しいから、ちょっと思い出したかも」

 

私が苦し紛れに捻り出した、さっき出したお茶の話題を口にする前に、こいしが口を開いた。

 

「人里に行けば、何だか何か見付かりそうな気がするな」

 

先程までうっすら感じていた、悪いことをしたなと言うような気持ちが、吹かれて飛んでいった。

先程私が再三再四訊ねたことではないか。流石にむっとする。

 

「ああそう、行ってらっしゃい」

 

嫌味の一つも言いたくなる。

 

「そう言わずにさー。霊夢は厳しいよ、ねえ魔理沙?」

 

「そうだな、泥棒にも厳しいしな」

 

魔理沙が子供好きなのは知っていたけれど、見た目と言動が子供なら何でも良いらしい。保母なんか向いてるんでは無かろうか。手癖は悪いが。

しょうがない。なんにせよ、もうこうなったら私も行かないと済まないのだろう。

 

「仕方がないなあ」

 

「よし、三人で行くか。こいし、乗るか?」

 

「乗ってみたい!」

 

針妙丸は置き去りだけど……今日に限って気にしなくても、何時でも置きっぱなしだ。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

最近の人里の雰囲気は、私が物心付いたときのそれとは大分異なっているように思う。大きく変わったのは、やっぱりスペルカードルールが制定された後だろうか。あれを決めてから、少なくとも、村人が突然取って喰われるようなことが無くなって、それからだった。

とは言っても、普段住んでいるのは神社。ここまで来るには遠いから、買い物はある程度まとめて済ませているし、それゆえにここの事情に明るいわけでは無いのだが。

 

目標が有るのだか無いのだかはっきりしない足取りのこいしに付いて回りながら、数日振りに訪れた人里を眺めていた。視界に映る大勢の人間。それらには、その数に迫るほど大勢の妖怪が混ざっているのだろう。そんなことを考えて、私は何時ものことながら、やっぱり奇妙な感じを覚える。

この状態を妖怪がどう考えているのかは分からない。同様に、人里の人間がどう考えているのか、仏教や道教を信仰する彼女等がどう考えているのか、そもそも形式としての畏怖、退治で本当に大丈夫なのか。それらは私には掴みにくくってしょうがないことだが、事実としてはっきりしているのは、今の人里がある種の非武装地帯であることだ。そうして人と妖怪との、形式上は平和な交流がある地域だ。妖怪退治をちょっとした稼業にしている身としては、こんな関係に、疑問、とまで行かないまでも、何かもやもやとしたものを感じなくもない。しかし、普段から妖怪と付き合っている身だ。私が言えたことでは無い。だから紫に訊ねたことも無かった。

 

「お?」

 

とりとめも無いことを考えていたら、突然足を止めた魔理沙に頭をぶつけそうになってしまった。

その魔理沙が、目の前数十メートル先に、大きく声を掛ける。

 

「おーい!慧音!」

 

「ん?おお、魔理沙じゃないか!」

 

呼び止められた女性......上白沢慧音が、ほとんど等間隔の歩幅でこちらに向かってきた。

 

「霊夢も一緒か。そちらのお嬢さんは?」

 

話しかけられたこいしが、喜色を浮かべる。私と魔理沙に、子供っぽい無邪気な、少し悪戯っ気をはらんだ笑顔を向けてきた。

そうすると少し浮き足立ったようなモーションで慧音に向き直って、しっかりと視線を合わせる。

 

「こいし、古明地こいしだよ」

 

「こいしちゃん、ね」

 

慧音が反芻した。教職に携わる身として、年端もいかない少女が自己紹介してくれると言うのは嬉しいものなのだろう、その表情はどこか満足気だった。

しかし、彼女は酷い思い違いをしている。

 

「……こいし、年齢を言ってみなさい」

 

「霊夢、駄目だよ?"れでぃー"に年齢を訊ねちゃ」

 

慧音の表情が、驚きと呆れに変わった。

 

「干支が十二支の数だけ回るより多いくらいか?」

 

魔理沙が頓珍漢な喩えを持ち出す。

 

「十二支の足の本数が回るより多いかなー」

 

こいしの返答も大概で有る。

 

「それじゃあ、人外って訳か。多分、妖怪だろう?」

 

「そういうことになってるねー」

 

やれやれと言った風で、慧音。

 

「あいつらは……君も含めて、だが。種類を問わず人間をおちょくるのが大好きだからな。私は人間で無いってのに」

 

さっきのこいし、いや、さっきに限らずこいしは、態とやっているのか素なのか判断しにくいが。

魔理沙が小首を傾げて訊ねる。

 

「慧音は外見で妖怪かどうか分かるのか?」

 

「幻想郷にそれと分かる妖怪なんてそう居ないよ」

 

尤もで有る。もしも妖怪が俗に言うような妖怪のナリをしていたとしたら、金輪際付き合って居ないだろう。まあ、妖怪退治の腕は今より良くなっているだろうが。

 

「妖怪と人間の違いなんて、蓋を開けてみないと分からないわよね」

 

私がそう言うと、慧音は少し苦い顔をした。

 

「ところがな、そう言うわけでも無いんだよ。私や霊夢、魔理沙。そうでなくとも、多少なり強い人間。そういった者にはな、気付けないだけなんだな、これが」

 

「何がだ?」

 

「妖怪が皆持ってる、人を畏れさせる力……とでも言おうか。何でもない普通の人間にとってはな、どうも、相手の妖怪が一切普通にしていても、強いプレッシャーの様なものを感じるらしい」

 

「そんなもん感じないけどなぁ」

 

「私達にはな。慣れもあるし、何より退治家は畏れないものだ。恐れはしてもな」

 

そうして慧音は、暇そうに其処らを歩き回っているこいしに目を向ける。

 

「ほら、見てみろ。彼女が通りすぎる瞬間、皆そっちを向くだろ。向かない奴は妖怪だ。私の顔見知りのな。振り向く距離からして、本当に強い妖怪なんだな……」

 

こいしを呼び戻す。彼女にとっては、視線をより多く集められて嬉しいのかもしれない。しかし、彼女に向けられた視線には、積もった不服のような、もやもやとした何かが見え隠れしているようにも見えた。

 

「もうしばらく、話してるつもりなんでしょ?」

 

呼び戻されて、不満気なこいし。当事者が居ないとどうしようもないでしょ、と言うと、渋々ながら足を止めてくれた。足だけが止まっていると言っても良いほど、落ち着きが無かったが。

 

「それで、お前達は一体何を?」

 

本題を切り出す慧音。

 

「こいつの人探しでな」

 

魔理沙は端から訊ねるつもりで声を掛けたらしい。慧音なら何か分かるんじゃないか?と続けた。

頭を抱える慧音。

 

「……それだけの情報で分かったとしたら、今頃私は閻魔をやっているよ」

 

「それじゃあ情報をやろう。そいつは妖怪らしい、後、人里に何か有りそう」

 

「他には?」

 

「無い」

 

慧音が眉をひそめる。呆れてものも言えないと言った様子であるが、そりゃあ当然と言うものだろう。

あんまりな説明であったから、少し付け加えた。

 

「そこの本人から、直接訊いてみてくれない?毎日これくらいの子を相手にしてる慧音なら出来ないかなと思ったんだけど」

 

「酷い殺し文句だな。外見通りの実年齢だったんであれば、それも言えているけれど。流石に無理だ。お前達に出来なかったのなら尚更な」

 

寧ろ、と続ける慧音。

 

「霊夢も魔理沙も妖怪専門だろう」

 

お手上げ、のポーズを取った。動きが魔理沙と被る。考えは同じらしい。

 

「ここに何か有りそうって言うんなら、ここの誰かとか何かが何とかしてくれないかしらと思ったのだけれど」

 

そんな都合良く行くわけがない。私が考えるのと、慧音がそう言うのとは、全く同時だった。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

それから、駄目元で慧音がこいしに質問してみたり、その間に魔理沙とそれらしい者(物)を探してみたりしたが、薄々駄目だろうなと言うのは分かっていたし、実際そうなった。

慧音の所に戻ると、二人連れ立って通路沿いの団子屋から出てきたのである。話を流しに流されて、結局こいしの口車に乗せられたらしい。依頼内容だけでもはっきりさせることが出来た私が、どうやら一番まともだったようだ。

 

「面目無いな」

 

「ええ、まったくよ」

 

「この子がここまで強敵だとは思わなかったよ。そういう能力か?」

 

半分当たりのようなものか?能力は自己申告制なので、実態が能力名と異なることはよくある。驚く人間が居やしない化け傘なんかがそうだ。しかしこいしの場合、無意識を操る、という言葉の実態そのものがはっきりしない。その上今、理由は分からないが、彼女の能力は発現していない。制御出来ていないことと言い、断言出来ないことが多すぎる。

 

「よく分かんない能力だぜ。普段は気付けないしな」

 

魔理沙の言う通りだった。

 

「そうか。ん、私はそろそろ行こうか。竹林の焼き鳥屋に、会いに行く約束が有るんだ」

 

慧音は、何時もの友人に会いに行く用事が有るらしい。焼き鳥に惹かれたのか、こいしが一緒に行くと言ったが、二人の邪魔になることは確実である。焼き鳥なら今度食べさせるから、と言って、どうにか引き止めた。

 

「それじゃあ、また今度会ったらゆっくり話そうな」

 

私と魔理沙、何故だかこいしも、了解の返事を送る。

何だかもう全部やりきったような気分になるが、まだ何も解決していないことに気付いて、力が抜けるような感じがした。

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

「もう夕方だな、そろそろ帰らないとな。針妙丸の夕飯用意してないだろ?」

 

ぬけぬけと「針妙丸の」などと言ってはいるが、要は夕飯の催促である。

 

「そうね。今日はこの辺で引き上げましょうか」

 

別段何か言うこともない。人は適応していく生き物なのだ。魔理沙程度の環境に適応出来ないようでは、ストレスで死んでしまう。程度、と言うのは、つまり私の回りには彼女より図々しく、ふてぶてしい、傲岸不遜の極みのような妖怪が沢山いるということである。

 

「こいし、帰るぞ」

 

魔理沙が声を掛けた。そのこいしはというと、通り沿いの何でもない民家の、少し古びた石壁の前で、じっとしゃがみこんでいた。

捜索の間中、彼女はその行動の意味を(問うだけ無駄だが)問いたくなるような行動しかしていなかった。例えば細い農用水路の傍に何本か立てられた風車に張り付いて、意味も無く吹いて回してみたりと言ったような。

にしても、少しばかりその時間が長かったので、魔理沙も不気味に思ったのだろう。少し心配そうに、こいしの方へ向かっていった。

 

「ひゃっ!」

 

魔理沙が素頓狂な声を上げる。突然こいしが勢いよく立ち上がったのが原因であった。その勢いのまま、こいしがとんでもないことを言い放った。

 

「解決したよ!」

 

……言葉の意味を飲み込むのに、数秒かかった。探し人が居るのではなかったのか?壁を見詰めていただけで、どうして解決したのだろうか?と。

 

「おいおい、何が解決したんだよ?」

 

魔理沙が言った。こいしが元気よく続ける。

 

「分かんない!」

 

これまた数秒かかった。分からないのに解決とは一体何事か。

さらにこいしが続ける。

 

「分かんない、けど、私の中で何か解決したかな。そんな気がするの。その人は見付けなくちゃいけないけれど」

 

「問題そのものは解決したの?」

 

暫しの混乱から立ち直って、大事なことを訊ねる。

結局一番重要なのはここなのだ。

厄介極まりないこの依頼を、私は続けなければならないのか否か。それに限る。

 

「一部はねー、うん、ちょこっとだけ」

 

予想された中で最悪の答えであると言えた。つまり人探し以外の何かが解決しただけで、それ以上では無いってことだ。当初の話と違うではないか。なんだか損をした気分である。

 

ふと、頭を過る。

どうして妖怪の、こんなに厄介な依頼に一日もかけて、恐らくこの先もっと多くの時間をかける、そうする気になっているのは何故だろう。

……まあ、その疑問はやはりと言うか、長続きしなかった。私はその場でその疑問に、結局私の性分が世話焼きなのだ、という、安直な結論を付けたからである。

一段落付いた、一刻も早く神社に帰ってゆっくりする。そんな考えが、私の脳内全てを支配し初めていたから、ほんの些細なことが御座なりになってしまうのは仕方がなかった。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

神社が見えてきた頃には、もう日が落ちて、月が昇っていた。人里を出た頃には既に夜が顔を覗かせかけていたし、私と魔理沙はヘトヘトで、空路であろうとその影響は免れなかった。思っていたより遅くなってしまったから、夕飯はさっと作れるものにしようか。

 

「今日は満月だったな、そういや。今日は随分と綺麗じゃないか?」

 

大きな丸い月。魔性の天体。言われて見れば、今日は雨も降っていなければ、雲もかかっていない。大体月に一回ずつ、これまでに見てきた満月の中でも、上位に食い込む美しさだ。返事も忘れて、つい見とれてしまう。

 

……これではいけない。神社を通り過ぎてしまう。

境内に視線を移して、体に流した力を抜く。上手く着地するコツは、着地の瞬間に膝を柔らかく使うことだ。

もう慣れたものである。

後ろから風の巻き上がる音と、靴底が石材に触れる音。魔理沙とこいしも着地したようだ。

 

改めて月を眺める。

昨日や明日に見られる月は、眺め慣れていなければ満月とそう大差無く見える。でも、満月とは全くの別物だ。

満月は円だ。満月だけが、欠けの無い円だ。

それは完全の象徴であり、夜暗の女王であり、精神から成る妖怪達の、力の源である。

そう考えれば、私は、可能であれば、今直ぐにでも月を壊しに行くべきなのかもしれない。しかしながら満月は、人間に対しても風流の権化としての役割を持っている。そう考えれば、人間にも月は必要なのだろう。

それに、私は依姫には勝てないし......

 

「お団子が食べたいな、晩御飯」

 

神社の方へ歩きながら、こいしがそう言った。

 

「さっき食べてなかったか?」

 

「うん。もっと食べたくなっちゃった」

 

「いい加減にしなさい」

 

この妖怪は一体どれだけ甘味を消費するつもりなのか。そもそも夕飯とは何なのか、一から説明する必要が有りそうだが。

 

靴を脱いで、縁側から室内に。居間の灯りが付けっぱなしであった。今日は、月明かりだけで遠くまで見通せるほど明るいとは言え、最近通った電気の照明はやっぱり便利だ。その明るい室内はと言うと、朝あんな調子であったので、依然として散らかったままであり、少しうんざりしたが。

 

魔理沙とこいしに大人しくしているように言って(もとい、魔理沙にこいしの相手をしておくように言って)、炊事を始める。

あまり時間はかからない筈だ。卵は足りていただろうか……。

 

 

 

 

~~~~

 

 

 

 

「お待たせ」

 

「おっ、月見蕎麦か。風流だな」

 

初めから蕎麦のつもりではあった。そこに、折角なので卵を割ることにした。結果的に、丁度収まりの良い献立となった。

 

「月見団子じゃないけど、はい」

 

「ありがと。団子なんて、いくらなんでも冗談だよー?」

 

よしんば冗談だったとしても、これ程分かりにくい冗談は有るまい。もしかするとそこまで考えた高度なジョークなのかもしれないが。やっぱり分からない。

こいしの隣に座って、箸を取る。

既にこいしは三割程を食べ終えていた。

 

「暖まるよこれ。すっごく美味しい!」

 

「ん、旨いぜ」

 

そう言われると素直に嬉しいものだ。自分でも口を付ける。

……うん、よく出来ている。

 

「ねえ霊夢」

 

「何?こいし」

 

「まだ、依頼解決してないじゃない」

 

面倒の原因が、面倒事を思い出させた。折角頭の隅に追いやられていたと言うのに。

 

「だからさ」

 

一拍置いて。

 

「それまでここに泊まりたいなって」

 

魔理沙が噎せた。

私も、想定外の申し出に驚きを隠せなかった。

 

「いやそれは……」

 

「霊夢のご飯毎日食べたいんだもん。駄目?」

 

聞き方が、卑怯だ。駄目とは言いにくい。

今のこいしを放っておくのは良い手で無いことも確かだった。能力が切れているせいで、その奇行がありありと他人にも分かってしまう。在家信者らしい命連寺に預けるという手も有るが、あそこの食生活で満足する訳が無い。脱走間違い無しだ。

夕飯の後はどうするのだろうと心配してはいた。仮に私が駄目だと言ったら、この後どうするのだろう。

そして何より、賞賛の声に気が大きくなってしまっていた。

 

「……仕方無いわね」

 

後悔してももう遅い。

……しかしながら、私はこの妖怪を好ましく思い始めてもいた。

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