月光   作:尖った耳

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一月に一章を目標に。
二章は長くなりそうだったので、前後編分けます。
後編も今月中に。


chapter2(前)

chapter2(前)

 

 

十月は神無月であるが、こと幻想郷に至って神が不在ということは有り得ない。伊勢神宮へ馳せ参じようにも、結界を越える必要が有るというのは、酷く面倒なのだ。

勿論、結界を越えること自体は彼女達(幻想郷では稀だが、或いは彼等)にとって大した手間では無い。信仰を殆ど失い、雀の涙程の神力しか持っていなかった守谷の神ですら、越えることが出来たのだから。幻想郷で信仰を取り戻したのであれば尚更である。

では何が面倒なのか。

幻想郷は、日本国に在りながら日本国で無い、とは紫の談である。詰まるところ、ある種の出国手続きがこの上無く面倒なのだ。聞いた話では、早苗がホームシックを起こした時に、二柱が慌ててその申請をしたらしいが、手続きが終わる頃にはホームシックが治っていたとか。加えて、その手続きによる出国の申請は、九割方却下される。(当然、二柱の申請も却下された)事実上、幻想郷は、忘れられた者達の楽園で有りながら、紫を看守長とする牢獄であるとも言えた。

 

そういう訳だから、自ずと出来ることも限られてくる。娯楽らしい娯楽はそう多くない。幻想郷での楽しみと言ったら、酒を置いて他になかった。

 

「霊夢!こっちはこれで良いか?」

 

呼ばれて外に向かう。

参道には猩々緋の敷物が、もう大分年季の入った石畳を、すっぽりと覆い隠す様に敷かれていた。

魔理沙も手慣れたものである。

 

「うん、良いわよ。次は肴でも調達してきてくれる?」

 

「アイアイサー、だぜ。酒は足りてたか?」

 

「ん……うん、持ち寄りの分で足りるとは思うけど、一応お願いしようかしら」

 

「了解!」

 

そう言うと魔理沙は、跳ねるようにして箒に飛び乗り、そのまま飛んでいった。方角は……魔法の森。どうやら肴は焼き茸になりそうだ。

今日は満月に託つけた宴会である。私はと言えば、やってくるであろう人妖の腹を満たすために、朝から台所に立ち続けだ。

 

彼女達は(私も含めて)殆どが酒呑みだが、だからと言って酒と肴だけ有れば良いと言う訳では無い。

一人で呑む分にはそれでも構わないが、宴会なのだ。皆で寄り集まって騒ごうと言うのに、見てくれが貧相なのでは興が醒めてしまう。だからこそ、こうやって準備している。参加者全員、と言うと語弊が有るが、ほぼ全員が朝から、各々の準備で奔走していることだろう。

そんなことを考えながら、手の中で月見団子を転がしていると、背後からひっそりと誰かが忍び寄ってくる気配がした。

 

「つまみ食いならお断りよ、こいし」

 

気配の主に当たりを付けて振り向く。案の定こいしであった。気付かれたことが意外であったのか、一瞬目を白黒とさせる彼女。

 

「うーん……気付かれるってのも良いことばっかりじゃないなー」

 

結局彼女の能力が失われた原因は分からないまま、一月が過ぎていた。探し人もあれから何度か捜索したが、見付からずじまいである。その期間中ずっと居候していたものだから、もう大分親しくなっていた。

 

「夜まで待てば食べられるんだから、待ちなさい」

 

「だって、もうかれこれ二十九日もお団子食べてないんだよ?」

 

団子、及び甘味全般が彼女の好物だとは分かっているが、そうしょっちゅう食卓に並べられるものでも無い。神社に買い置きしてある茶菓子は、専ら日保ちする煎餅類であるし、言われてみれば、前回の満月の日以来こいしは甘い物を食べていないような気はする。しかし、それとこれとは話が別だ。私には台所の守護者として、宴会用の料理を、この妖怪の魔の手から守る義務がある。

 

「駄目ったら駄目」

 

「霊夢のケチ」

 

「何とでも言いなさい。あんまり我が儘言うと追い出すわよ?」

 

「ちぇっ」

 

少し強気にそう言うと、そう言うとこいしは、居間に戻った。

ところで、彼女は暇を潰すのが格段に上手い。目を離すと直ぐに出掛けて、適当な時間に帰ってくる。何もしていないということは無いし、部屋でじっとしているということも無い。長年の無意識の成果か、一人で楽しむ術を知っている。

そんな彼女が居間でじっとしている様なのだ。どうやら私に、台所から動くなと言っているらしい。そろそろ一休みしようかと思っていたのだが……目を離そうものなら皿が空になりかねない。

そこで、半ば当て付けの様にこいしにも作業を……言うまでもなく料理以外の作業であるが……任せた。

 

「分かったよー」

 

私の予想に反して、すぐに作業を開始したこいし。

思いの外要領が良く、外の作業はあらかた片付いてしまった。

この要領の良さが食欲から来るものであったことは、最初に気付いておくべきことだったのだが。

 

「お手伝い頑張ったからご褒美頂戴?」

 

そう言われてしまうと、何も与えないわけにはいかない。仕方がなく、本当に仕方がなく。台所の守護者が敗北を喫した瞬間であった。

 

 

 

~~~~

 

 

 

夕方から夜にかけて、徐々に参加者が集まってくる。やって来る順番には傾向があって、大体は人間寄りの者程早い。魔理沙は何時も昼までには来ていて、早苗も早い。人間と呼べるか怪しい妹紅や慧音、やや人間寄りだと私が勝手に思っているアリス辺りが、その後くらいに。夕方になるとわらわらと妖怪達がやって来る。

そのやってくるのにしたって、強い妖怪の方が遅い。余裕の表れなのだろうか。偶にやってくる鈴仙なんかはアリスの次くらいには来るが、例えば幽々子はゆったりとやってくるし、紫に至っては何時来るのやらさっぱり分からない。宴会の途中で来ることの方が多いんでは無かろうか。まあ、大抵はそんな感じで百鬼夜行の宴会が始まるのだ。今日もそうである。紫はつい先程やって来たので、やや珍しい方のケースと言えた。

 

「それじゃあ、乾杯!」

 

幹事は私なのだが、宴会の最中は、魔理沙が幹事の体である。

彼女の号令に合わせて、両隣に乾杯と声を掛けながら、手元に置いてあった小振りの盃をぶつけた。

中身に少し口を付ける。美味しい。

 

「霊夢、はい。大吟醸でよろしく」

 

そう言って、隣に座っていた紫が、空になった盃を私に向けてきた。そんなに上等な酒、有る訳が無い……無くも無いが、出す訳が無い。

 

「発泡酒の間違いかしら?」

 

少し皮肉を込めて言う。

 

「盃にエールだなんて、随分と斬新なことを言うのね。あれみたいに見えなくもないかしら」

 

空を見上げながら、紫が言った。どうやら皮肉は通じなかったらしい。

 

「……はい、普通の」

 

手元に有った適当な日本酒を注いで渡した。構わなかったのに、と紫は言ったが。この妖怪は何を考えているのやら、さっぱり分からない。

 

「ん……?あら、その子ってもしかして」

 

と、その何を考えているのやら分からない妖怪が、同じく何を考えているのやらさっぱり分からない妖怪に興味を示した。

 

「何時ぞやのステルス妖怪じゃない。珍しいわね」

 

「久し振りだねー」

 

「……ねえ霊夢、気のせいか、前よりおかしくなってないかしら?」

 

口調がこれだけ変わっていればそう言いたくなる気持ちも分かる。

ステルスしてないし、と付け加える紫。

 

「気のせいよ。ここ最近見ている限りではずっとこの調子だし」

 

気のせい、と言うよりは、こいしの言動に意味を求めることに無理があると言うべきか。彼女の頭の中で、常人(常妖)には思いも付かないような猟奇的な内容が繰り広げられていても、何らおかしく無い。異邦人から一つ飛んで、異星人の道徳観念だと言っても良いくらい、全てがさっぱり分からないのだ。

 

「どっちかと言えば、前よりも安定してるんじゃない?守谷神社で始めて会ったときよりも。よく話してみたらそう思うわよ」

 

「ふーん……ねえ、こいし……で良いかしら」

 

「良いよ?」

 

「ん。こいしは、どうしてこの宴会に?」

 

「んー……」

 

少し考え込むこいし。

 

「お団子が食べたくて?」

 

的外れな答えを聞いて早くも諦めたのか、紫が質問の対象を変えた。

 

「ねえ霊夢?」

 

「色々あってね。今家に泊めてるのよ」

 

それを聞いて、紫がにやりとした。

 

「あら、正真正銘の妖怪神社になったの?」

 

「今更ね」

 

そんな一言二言を交わした数秒の間に、こいしの興味は移ってしまったらしい。視線を戻すとそこに彼女の姿は無かった。

 

「あらあら。貴女は始めてみる顔ね」

 

「えへ、古明地こいしだよー」

 

代わりに幽々子の近くから聞こえる声。参加者全員と仲良くなろうとでもしている様だ。

 

「怖いもの知らずと言うか、彼女が怖いものと言うか……」

 

「あはは……」

 

紫のそんな一言に、自然と乾いた笑いを漏らした。本当に、掴み所が無い。

 

 

 

~~~~

 

 

 

三十分程談笑しつつ料理を摘まんで、席を立った。そろそろ追加の料理を持って来なければならないし、酒瓶も追加しなければならない。私が気楽に宴会を楽しめるのは、皆がそれなりに腹を満たして、お喋りに興味が移り、余興で盛り上がり始めて、卓上には目もくれなくなってからである。

 

それにしても。

こいしがああも社交的だとは思ってもみなかった。彼女はあの後、私が席を立つまでのこの僅かな時間で、参加者の誰もに自分の存在を知らしめた。……多分、社交的には二種類あると思う。会話が上手で人付き合いが良いタイプ、それから、特別何かをするわけでも無いのに、何故か他人から気に入られているタイプ。こいしは明らかに後者であった。

 

「まあ、私も……」

 

彼女を何故か気に入っている、という点では、私もその内の一人なのだ。原因はさっぱり分からないが、心地よさに身を任せていたら、行き着く先がそこだっただけのことである。何時も通りの私だ。

 

下げてきた皿の中には、月見団子の皿もあった。数枚分用意した中の一枚目である。きっとどの皿よりも早く、空になっただろう。今後も補充の度に直ぐ無くなるであろうことがはっきりしていた。

そう考えると、こいしが一人であっという間に消費しているとなると、果たして宴会に、月見の要素があるのやら微妙だ。空には満月が有るから良いのだろうか。

そう言えば、宴会の騒々しさのせいで、ゆっくり月を眺められていなかった。

目の前の地面を照らしていた月明かりは、普段にも増して明るい。

空を仰ぐ。

思っていた通りの見事な満月が、そこにあった。

じっと見詰めていると、どこか別の時空へと飛んでいってしまいそうな……。

 

そんな時。

唐突にやってきた浮揚感に、反射的に身を固めた。

 

「!?」

 

息が、詰まった。

不意に訪れた、強烈な頭痛。金槌で頭を殴られた様な痛みと、内臓が浮き上がるような感覚。

 

「くっ……うっ……ぁ」

 

声を出すことすら儘ならない。頭の中がぐしゃぐしゃで、自分の身に何が起こったのかも分からない。

脳味噌がかき混ぜられる。神経が大渋滞を起こす。電気信号の一つ一つが追突事故を起こしている。

そうして訳も分からずに、訪れた一際強い痛みで……月光に照らされながら、私は意識を手放した。








こいしが好きだからこいしばっかり書いてるって訳では......半分くらい有ります。
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