そろそろ異変の片鱗が。(chapter1からおかしい箇所は有りましたが)
酒の勢いに任せて、普段より幾分饒舌に弾幕ごっこを語っていた魔理沙が、呻き声を上げながら倒れたのは本当に突然のことだった。
「魔理沙!どうしたの!?」
人形遣いが酷く慌てている。魔理沙はもう、気を失ってしまったらしい。 彼女のことだから、遅効性の毒茸でも齧ってきたんではないかと思うが……。
「うう……」
「あらあら、妖夢?」
見れば、妖夢も体調の不良を訴えていた。幽々子もいつになく心配そうな表情をしている。
「これじゃ、お月見は中止ね」
「うん、霊夢を呼んでくるわ」
兎に角介抱しなければならない。休息の為の部屋に、濡らしたタオルに、何か気の効いた物に、そういった物は彼女に任せるのが一番だ。
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おかしい。
台所に向かっているのに、水音一つ聞こえてこない。焦りからか、私は次第に足早になって、小走りになった。境内から台所まではほんの僅かな距離でしかないが、友人の非常事態で柄にもなく動揺してしまっていた私にとって、無音は不安を掻き立てる材料にしかならなかった。
半ば前のめりに居間に駆け込む。台所への通路、扉の替わりに掛けられた暖簾の向こう側に、割れた食器が散らばっているのが見えた。
「霊夢!」
思わず口に出す。返事は無かった。彼女に何かあったことは明白だ。とうとう私は、自分の着ているロングスカートが足に絡まることなど忘れて、走って台所に飛び込んだ。
そこには、薄々思っていた通り……つまり私の希望的観測を見事に打ち砕いて……霊夢が倒れていた。
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倒れた二人と体調を崩したらしい妖夢を寝かせるまでには、かなりの時間が掛かった。博麗神社の押入れから引っ張り出した薄い布団は生憎二枚しかなく、妖夢は「気にしないで下さい」と固辞したが、普段より一層蒼白な顔色の彼女を起こしておく訳にはいかない。私はここに至って漸く自身の能力を使うことを思い出し、スキマを通して自宅の布団を持ってきたので、事無きを得た。
「紫にしてはうっかりしてたわね」
そう幽々子に言われてしまった。確かに、どうも最近抜けている気がする。誰しも偶にある、忘れていることなど無いのに何か忘れているような気がする、あの感覚が常に有るのだ。
……しかし幽々子も私の能力について指摘しなかったでは無いか。
私も幽々子も動揺していたというだけのことかもしれない。人形遣いに至っては、半泣きになりながら竹林に向かおうとすらしていたし、冷静だったのはこいしだけだった。
何も考えていないだけとも言うが。
そんなことを考えてながら、三人の枕元で手持ち無沙汰にしていると、幽々子が作ったであろうお粥を持って丁度こいしが戻ってきた。妖夢は既に眠ってしまっていたので、こいしは一応といった体で枕元にそれを置く。いそいそと立ち上がった彼女が、私に訊ねた。
「ねえ、霊夢と魔理沙、このままってことは無いよね?」
……何も考えていない、は言い過ぎだった。現に彼女は、取り乱してこそいないものの、そわそわと心配そうにしている。
「御免なさいね」
「……どうにもならないの?」
「ああ、そのことじゃないの。何でもないわ」
こいしが至って冷静だった、というだけのことだ。少なくとも今の彼女は無意識に囚われていない。どこか侮っていたことは謝るべきだろう。寧ろ、私の呆けが糾弾されるべきなのだ。妖怪の賢者がこれでは聞いて呆れる。私はこいしに向き直って、先の失態を返上するための一言を告げた。
「二人は直に起きるわよ」
それを聞いたこいしの表情から焦燥感が消え、安堵の色が浮かぶ。その為か、彼女は好奇心の塊に戻る余裕を取り戻したらしい。口を開きかけたこいしの質問攻めにあう前に、それを遮って話を続けた。
「能力をちょっと応用して、調べてみたのよ。倒れた原因なんだけどね、どうも精神にダメージを受けているというか」
「精神に?」
「ええ、説明はしにくいのだけれど……それを対処しておいたから、二時間も経てば起きると思うわ」
要領を得ない回答をしてしまったな、と思う。こいしは案の定、不服そうな顔をしていたが、それ以上追及してくることは無かった。
問い詰められたらどうしようかと思っていたが、一安心だ。こいしに話すべき内容では無い。
霊夢と魔理沙が倒れた原因は、私の予想より、遥かに不味いものだった。それは精神分析の範疇に依るものであって、言葉ではっきりと説明するには困難を極めるのだが……些か抽象的に過ぎる表現をするなら、"心"が無くなっていたのだ。妖夢に関しても同様に、彼女の半人の"心"が消え去っていた。
幸いにも、人間の精神程度であれば楽に操ることが出来る。治療、基修復作業はそう手間では無かった。今こうしている間にも、藍が静まり返った人里の人間を次々に「直して」いる筈である。
現象の説明は難しい。しかし、"幻想郷"で"人間"が"心"を失ったという現象の原因は、容易に推測できる。
それはつまり"こころ"が消滅したことに他ならなかった。幻想郷の人間は、仮面一枚であれだけ騒ぎになる程には、須く彼女に精神を握られているのだから。
……これを告げれば、最近有った異変と殆ど同じ、原因も同じ、それに気付かない者は殆ど居ないだろう。しかし、話して良いものか。妖怪、それもかなりの大妖怪が、突然消滅するというのは、はっきり言って異常事態だ。異変と言って霊夢をけしかけられる度を超えている。
私だけでひっそりと事を済ませ、一刻も早く代理の"こころ"を立てるべきか。
しかし、それでは私が直接人間の手助けをすることになる。管理と言えば管理であるが……。
私に言わせれば、形式と感情とはは完全に分断されている。取り繕う様な形だけの振る舞いと、その場限りの感情では、歴史に残るか否かと言う点で大きく異なるのだ。歴史に感情の入り込む余地は無く、残るのは純然たる事実だけである。例えどれだけ妖怪と人間が互いに親しく在ろうとも、形としての畏怖と退治さえ有れば、歴史には"妖怪"と"人間"として残る。それは妖怪のアイデンティティを保つ作用になる。逆を言えば、私が人間の手助けを直接行ってしまえば、妖怪が人間と親しい"そぶり"を見せてしまえば、妖怪と人間の関係が揺らぐ可能性が有るのだ。
畢竟するに、正解であろうと思われるやり方は一つしかなかった。即ち、霊夢に尤もらしい理由を付けてこの異変とも呼べない何かに関わらせ、実際には裏で私が実働するという方法である。
兎に角、霊夢が起きないことには何もしようがない。この事を話そうにも、台所に立っている私の聡い友人は、態々伝えずとも全て察することであろうし。
そうして待っている暇から、私は自分が虎になってもおかしくない量の酒を呑んだことを思い出し、酒気に誘われた睡魔に身を預けた。
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「……て…………起きて………」
沈んでいた意識が徐々に戻ってくる。酒癖は悪くないのだが、寝起きが悪いとよく言われるのは、こういったとき直ぐ様起きないからであろう。事実、私の鼓膜が声の主を霊夢であると認めていなかったなら、五分は起きていない。
顔を上げると、霊夢の布団は空になっていた。魔理沙はまだ寝ている。
大きく一度伸びをして、背後の彼女に向き直った。
「お早う、調子は如何?」
「良い訳無いでしょう。何が起こったのか説明しなさい。妖夢には言ってないらしいじゃない」
少し苛立った様子で捲し立てられる。自分の身に起こったことが分からないと言うのは、気味が悪いものなのだろう。
「どうせあんたは知ってるんでしょう、教えなさい」
さも当たり前と言った様に言う霊夢。
「悪いけど教えられないわ。強いて言うなら、これは異変よ。だから自分で何とかしなさい」
そう霊夢に告げると霊夢は一瞬、呆気に取られた顔をしたが、少しして諦めの境地に至ったような表情に変わった。胡散臭いと思われていると、こういうときに役立つ。
「はぁ……」
「霊廟の方に行ってきなさい、そうしたら何か分かるでしょう」
「はいはい」
幾分ぞんざいな返事。
「それじゃあ、私はこれで」
そう言って右手でスキマを作った。
これで霊夢は、明日にでも霊廟へ向かうだろう。以前のことも有る、自分の倒れた原因が"こころ"にあると言うことに気付くには、そう掛からない筈だ。そして代理が立つまで、私の助力込みで三ヶ月と言ったところか。
彼女には外面を取り繕う形式を。
私はこの、薄気味悪い何かの真相を。
スキマを閉じながら見た霊夢の表情は、寝起きの為かどこか呆けている様に見えて少々不安を覚えたが、何時ものこと。いざ異変となれば鋭いのが、彼女が博麗の巫女たる所以なのだ。