勉強とかクトゥルフとかパラノイアとかエトセトラで時間が無くなってましたがようやく投稿です。
今後かなり不定期になりそうです……。失踪だけは(宣言無しでは)しないと思うので、読んでくれてる方は申し訳無いですが気長にお待ち下さい。なるべく頑張ります。
今回は前回の翌朝からスタートです。
三人分の朝食をどうしようかと考えて、そう言えば昨日の残り物が有ったことを思い出し、御飯を炊いて味噌汁だけ作れば良いと結論付けた。起きてから暫く経っていると言うのに、まだ大分眠たい。寝惚け眼を擦りながら、ざっくりと葱を刻んでいく。
巫女という職業柄早起きにはそれなりに自信が有る。とは言え、別段何かをするために早起きをする訳では無い。ただ、うっかり朝寝過ぎてしまうと昼寝が気持ち悪くなってしまうのだ。私のささやかな楽しみ、陽気に当たりながら気持ちよく日向ぼっこ、をするための早起きである。だから職業柄と言うには語弊が有るかもしれない。兎に角早起きは習慣付いていた筈なのだが、今朝に限っては昨日の散々な騒動と紫の意味深な発言のせいで、若干寝不足だ。目が覚めたのも普段よりも数十分遅い時間だった。それでも一番早起きだったけれど。
昨日、私が目を覚ましたのが真夜中、大体零時位だったと思う。それから一時間しないうちに魔理沙も目を覚ました。紫は私に適当なことを言って直ぐに帰り、アリスも魔理沙の無事を見届けてから帰ったようだった。妖夢も気分が良くなり次第幽々子を連れて白玉楼に戻った。(一時間程で死人の世界に着くと言うのも如何なものかと思うが)魔理沙は私と同じくまだ本調子で無い様だったので、泊めることにした。
その魔理沙はまだ寝ている。普段は妖怪故に夜中の方が好調なこいしも、何かと疲れたのかぐっすりと眠っていた。
「痛っ……」
うわの空で手元を見ていなかったせいで、包丁が指先を掠めた。中指からうっすらと血が滲む。
赤い、赤い……。
あの時の頭痛が思い浮かぶ。
普段なら些末な筈の掠り傷が、私にはっきりと生を実感させた。同時に、その先に有る死すら否応無しに意識させられた。
昨日の夜からずっと隠していた不安が、堰を切って溢れだした様だった。中指を目の前に突きだしたまま体を動かせずに、ただひたすらに悪い想像ばかりが頭を過った。
紫はああ言っていたが、本当に霊廟に向かえば解決するのだろうか。
妖怪の中でも一つ飛び抜けた存在の彼女の頭の中には、きっと私には想像もつかない、宇宙の底を暴く様な光景が広がっている。……まあ、月面戦争の体たらくを見るにそれは少々言い過ぎなのかもしれないが、それでも、それなりに強い程度の人間にそう感じさせる程度には本質的な格の違いが有る。その圧倒的な力量の差から来るあの食えなさが、未だに諸手を挙げて彼女と付き合えない原因であるが、裏を返せば、何を考えているのかは分からなくても、少なくとも言われた通りにすれば彼女にとっては一番都合が良い結果になってきた。博霊の巫女と言う立場上、こと異変に関して言えば彼女とは利害が一致する関係にあるので、大抵は指示通りに動いていた。今回にしても、昨日の内に居間に一通りの道具を揃えてあった。
しかし、今回と言ったらどうだ。
異変は自分の身の回りで起こるものであって、こうも直接自分自身に影響があったことは無かった。間接的には、寒さで凍えるだとか、怨霊が出てきて困るだといったことは有ったが、あくまで環境の変化だった。それが自分を襲うだなんて、考えてもみなかった。それは異変と言うには度を過ぎていた。もしかしたら今回の異変は、ごっこ遊びでは済まないものなのではないか。紫の様子だって、何時もと同じ様に見えて微妙に違った。長年の付き合いだからこそ分かる。あれは「しまった」の表情だ。何か裏で、彼女にすら御し難い事態が起こっているのではないか。
いや、それはそれで愉快じゃないか。あの人を食った様な……実際に喰っているかもしれないが……妖怪の慌てふためく姿は、成る程どうして中々滑稽じゃないか。ああ、おかしい。そもそも紫ですらどうしようも無い存在なんて、そうそう居て堪るものか。霊廟に行けば何とかなるに決まっている。こうして不安に刈られる私をこっそり覗き見しながら、悪趣味な笑みを浮かべているに違いない。全部演技だったと言う訳だ。ああ、馬鹿らしい……。
……そうとでも思い込まなければ、やっていられない。私は私自身を叩き起こした。そうして、幾分雑な味付けの朝食が出来上がったので、二人を起こしに向かった。
~~~~
「霊夢、なんだか顔色が悪くないか?」
朝食の席に付くなり、少しおどけた調子で魔理沙が訊ねてきた。そう言う彼女の表情も窶れており、とても体調が良い様には見えない。
「そういう魔理沙だって、随分調子が悪そうじゃない。今日はここで寝てたって良いのよ?」
「そんな訳には行かないぜ。異変なんだ、また霊夢に先を越されたくはないな」
気丈にそう言う魔理沙は、こんな状況の中ですらも生気に溢れている。感謝すると同時に、少し羨ましい。
「はあ、私も今日は寝てようかしら」
「霊夢が行かないなら、私の勝ちで決まりだな」
不戦勝でも勝ちにはカウントする様だ。異常事態の翌朝としては不釣り合いな空元気から、じんわりとした安堵を感じた。
「二人とも、本当に大丈夫なの?顔色がわるいみたいだよ?」
会話を聞きながら気不味そうにしていたこいしが訊ねてきた。傍から見れば病人が二人で無理して冗談を言っている光景なのだから、居心地の悪さを感じたのだろう。
「察しなさい」
「無理してるんだよね」
「そりゃあ、大丈夫な訳無いじゃない、でも行かないわけにはいかないのよ。私は退治家だから。解決のアテが無かろうが原因が分からなかろうが、行かなきゃならないわ」
それを聞いた魔理沙が、意外そうにして言った。
「ん?霊夢のことだから、何か気付いてるんじゃなかったのか?」
私こそ魔理沙が何か気付いているんじゃないかと思っていたのだが、この様子じゃお互い紫の指示以外さっぱりらしい。
「勘が冴えないのよ。何か引っ掛かってるというか……どうも駄目で」
「霊夢もか。私もさっぱりだぜ、普段からお前みたいに冴えてる訳じゃあ無いけど、なんか頭が回らないと言うか。こいし、お前はどうだ?」
こいしは視線を中空に向けたまま少し考えて、申し訳なさそうに言う。
「ごめんね。私今まで勘とか冴えだとかって意識したことなかったから……無意識の直感って言ったら逆にそればっかりだし」
「いや、悪いな。うーん……単に病み上がりで頭が回らないだけか?」
「うん、きっとそうだよ。すぐに治るって」
こいしの元気付ける様な同調で、魔理沙は納得した様だ。
しかし私は疑り深くなり過ぎていた。つい考え込んでしまう。本当にそうだろうか?これが私と魔理沙だけなら分かる。しかし昨日見た紫の表情が引っ掛かって離れない。もしや彼女も同じだったのでは?そうだとしたら、あの場に居た全員。いや、幻想郷の誰もがぼんやりとした意識に包まれているのでは……?
「霊夢、顔が怖いよ……」
そうこいしに言われ、はっとして顔を上げる。
「どうせ悪い想像でもしてたんだろ。考えすぎは毒だぜ。まずは目の前の異変を解決することに集中しようじゃないか」
目の前には、いつも通りの笑顔を作り損ねて、少し強張った表情の魔理沙。
「……そうね。そうしましょう」
「まあ解決するのは私だがな!」
「ふん、あんたに異変解決は譲らないわよ」
「じゃあ私が!」
「どうしてそうなる」
彼女達の言う通りだ。先ずは目の前の異変に集中しよう。もしかするとそれだけで全て解決するかもしれない。楽観的に思えても、そう考える様にしよう。
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少しは気分が落ち着いたので、食器を下げて急いで着替えて、それから準備してあったポチ袋入りの札や愛用の幤を点検して、出発の準備を済ませた。魔理沙は一足先に出発している。朝食を食べ終わるなり「そうなるとこうしちゃ居られないぜ」と慌ただしく出ていった。魔法の森に戻って魔理沙なりの準備をするのだろう。
私も同居人に出掛けの挨拶をしようと振り返る。
「それじゃこいし。そろそろ行くから」
それを聞いたこいしは、まるで私がおかしなことを言っているかの様な視線を向けてきた。
「え、私も行くよ?」
「はい?」
こいしから向けられた視線をそっくりそのまま返す。
「貴方は妖怪でしょう。それにこれは私や魔理沙の問題よ」
「私が霊夢に初めて会ったときは、霊夢、妖怪と協力してたと思うんだけどなー。気のせいかな」
「むう……」
そう言われると返す言葉も無い。そもそもうちは妖怪神社呼ばわりされているし、投げた陰陽玉が跳ね返ってきた気分だ。
それに、とこいしが付け加える。
「探し人、まだ見付かってないよ?」
一瞬、何のことを言っているのか分からなかった。
「そう言えばそんな話有ったわね」
最後に探したのは半月近く前のことだったし、それどころではない一件が有ったので、本気で忘れかけていた。言われてみれば、こいしが居候しているのはそれが理由であった。
「付いて行っても良いよね?」
行くのが当然、とでも言いたげな口調。
「……仕方無いわね。邪魔はしないで頂戴よ」
私の切実な要求への返事はなく、こいしはただにこにこと笑っているばかりであった。もう少しだけ休んでから出発しようかと思っていたが、人探し……基こいしの妨害を見越して、早めに出ることにしよう。
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空から見る秋の幻想郷は、一面が紅葉で埋め尽くされて、飾り絨毯の様である。見渡す限りの木々が各々染まっているのを人目見れば、心の奥から湧いてくる漠然とした寂しさを感じて、センチメンタリズムな感傷に浸ったまま戻ってこれない、そんな風景じゃないかと思う。
随分前、"紅"葉と聞いて張り切ったレミリアが意気揚々と紅葉狩りの誘いを掛けてきたことが有ったが、紅葉の紅はスカーレットの紅では無いのだと説明すると、かなりがっかりしたらしかった。紅葉の紅色は、もっと広がりのある、この眼前に広がる秋を内包するような色なのだ。
見下ろす景色を眺めつつ、そんなことを考えながら霊廟への不思議な道程を辿る。
「そう言えば、霊廟で何するの?」
右隣で気持ち良さそうに飛んでいたこいしが、思い出した様に訊ねてきた。
「取り合えずとっちめようかと」
「あはは……」
困った様な顔で苦笑された。
そんな顔をされても、実際計画なんて立てようも無いのだ。行ってこいとしか言われておらず、それ以上のことを知りも気付きもしなかったなら、退治してみれば何とかなると思うしか無いだろう。
「でもあそこって妖怪居たっけ?」
「妖怪の前に商売敵よ」
この際だからついでだ、ついで。
~~~~
「たーのもー!」
こいしの少しずれた掛け声が、空間に響く。
何時ぞやも通った長い不思議な道を辿ってやってきた霊廟の前には、やはり耳が良いのか、それとも勘が良いのか、暫定的な異変首謀者が澄まし顔で待っていた。
「やあ霊夢、随分と慌てているじゃないか」
相変わらずの落ち着き払った物言いだった。見下されているような気がして少し腹が立つ。
「そう言うそっちは慌ててない。やっぱりあんたが異変の首謀者みたいね」
それを聞いて、一瞬困ったような表情をする神子。しかし直ぐに元の自信に満ちた表情に戻して言った。
「もし私が、何の話か分からない、なんて否定したところで君は私に牙を剥くでしょう。今回も、特に意味もなく」
何時かの台詞。ニヤリと笑いながらそこまで言うと、神子は懐の剣を抜いてゆっくりと真上に掲げた。隠しようもないカリスマがその身から迸る。
人が変わった様な鋭い視線をこちらに向けながら、その気迫で一回りも二回りも大きく見える彼女は、はっきりと宣言した。
「さあ、異変について知りたいのならば、私を倒してみせよ!そしてお前の欲望も全てさらけ出せ!」