ソードアート・オンライン ~二人の記録~   作:無気力さん

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十一話

 俺の刃が捉えたのはボスの身体では無く、ボスが降り下ろした野太刀だった。金属同士がぶつかり合うかん高い音が木霊し、それに合わせて火花を模したライトエフェクトが炸裂する。

 

 「ぐぅっ!!」

 

 筋力値の大きく異なる者同士の通常攻撃がぶつかり合った場合、軍配が上がるのは勿論筋力値の高い方であり、俺はノックバックとは到底言い現せられない勢いで後方に弾き飛ばされてしまった。飛びそうになる意識を精神力で引き戻し、前後不覚に陥りそうな程の錐揉み回転の中、正確に自身の向きを把握する。床、天井、床、天井と、目まぐるしく変化する景色を読み取り、腕と脚の振りを複合させながら身体を屈ませる事で体勢制御を完成させ、無事に両足着地へと至った。ボスと俺、彼岸と此岸の距離を確りと見据え、不敵に笑う。どうだ茅場昌彦、俺は生きてるぞ。βテストでの情報を元にボス戦に挑み、まんまと貴様の姦計に嵌められてしまったが、それでもこの局面で誰一人として欠けてなど居ないぞ。

 ボスの注意は攻撃を凌いだ俺に集まっている様で、野太刀を八相に構え俺をねめつけていた。俺は先のやり取りにより自身の体力が五分の一程削られているのを確認して内心で戦々恐々としていた。ソードスキルによるパリングで防いだ訳では無いにしろ、敵の太刀は身体に受けていない。それにも関わらず体力の二十パーセントを削られてしまった事実は素直に脅威的だ。もしも一騎討ちなら絶望的な状況に違い無かった。しかし生憎と、此方は一人では無い。

 

 「はああああっ!!」

 

 お嬢が輪の中から目にも止まらぬ速さで飛び出し、無防備なその脇腹にソードスキルを叩き込んだ。俺以外に注意を欠いていた所為か、あっさりと懐に入られていた。しかしアルゴリズムの変化故かボスは迅速にお嬢に狙いを変え、ソードスキルを発動する。あの初動はカタナスキル《浮舟》だ。コンボに繋げる為の初撃の役割を果たし、下段から振り上げる剣撃により対照を宙に斬り上げる。技後硬直から開放されていないお嬢には絶対不可避の一撃ではあるが、彼女の顔に焦りの色は無く、それは俺も同じだ。お嬢とほぼ同時に飛び出した二人の人影を見逃す筈が無い。

 

 「はああああっ!!」

 「せええええっ!!」

 

 お嬢に続いてボスの前に躍り出たキリトさんが的確にボスの呼吸を読み、ソードスキルをパリングで弾く。今度は《浮舟》の動作により必然的に下がったボスの右腕をアスナさんが光速で駆け上がり、細剣ソードスキルによる二連撃《パラレル・スティング》を頭部を狙って炸裂させた。その際深々と被っていたフードがはだけ、今まで隠していた顔の全貌が明らかになる。それは美の象徴とも呼べる程の整った造形、華麗に舞い剣を奮うその姿は戦場の女神と形容しても遜色無い雰囲気を漂わせていた。物語から飛び出して来たと言われたら信じてしまいそうなその姿を見た者は、男女関係無く感嘆の声を洩らし見惚れてしまっていた。しかしそんな状況でも、自身の責務を全うする為に動く者はいた。

 

 「戦意がある奴はワイに続け! エギルはんはディアベルはんの代わりにレイドパーティーの立て直しを頼むで!」

 「任された」

 

 キバオウさんが数人を引き連れボスに向かって走りだし、エギルと呼ばれたネグロイドの男性は的確に指示を飛ばし、パーティー全体を立て直し始めた。皆の戦意が徐々に復活し、気力が沸き上がってきていた。こうなれば事態はなし崩し的に収束する物だ。俺は一息つき、自身の命を護ってくれた曲剣に感謝する。あの一撃を受け止めて良く折れなかった。本当にリズベットさんは良い業物を鍛えてくれた……。

 

 それから数刻と待たずしてボスは撃破され、フロアは歓声に包まれた。討伐隊の完全勝利でフロアボスの討伐は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 「ヒッ……ヒッ……」

 

 一人の男の嗚咽がフロアを支配していた。フロアボス討伐完了のムードは程ほどに、俺は土下座をしているかの様に俯いているディアベルさんの前に佇んでいた。俺の他にもお嬢やキバオウさん、先の討伐で彼の代役を勤めたエギルさんや彼のパーティーメンバーがその様子を側で見守り、他のプレイヤーは遠巻きに俺達の様子を眺めていた。

 掛けて遣れる言葉が見つからない。大の男が人目も憚らず嗚咽を漏らし哀しみを訴える心情は並大抵な言葉では言い現せない。少なからず事情を察している身としては尚更で、彼に同情する行為は非常に烏滸がましいのだ。しかしこのままではいけない。哀しみの内に心情を吐露させれば、例え情けなくとも救われる場面は存在するのだ。

 

 「ディアベルさん……」

 「ヒッ……すまない……ヒッ……」

 

 嗚咽混じりの謝罪に周りで見ている者は悲痛に顔を歪め、お嬢だけが彼の哀しみを理解するかの様に目を閉じていた。

 

 「な、何や、ディアベルはんに何があったんや? 別にええやないか、こうやって誰も死なずに攻略できたんやさかい……」

 「そういう訳にもいかんだろう。ディアベルは下手したらパーティー全体を危険に晒しかけたんだからな……」

 

 確かに、ディアベルさんの暴挙により全体の士気の低下と俺自身の命の危険は有ったが、結果的に全員無事にフロアボス攻略を果たす事が出来た。キバオウさんらしい発言ではある。しかしエギルさんはディアベルさんの人柄を加味した上での発言だ。短い間とは言え、彼はディアベルさんの人間性や責任感という物に触れた筈だ。自身の身勝手な行動によりパーティーの皆に迷惑を掛けた責任を感じ、涙を流している。エギルさんはそう考えているのだろう。事前情報無しならそう考えるのは妥当だが、彼には悲しい程に複雑な事情が絡み合い、泣く泣くその様な決断に至ったのだと俺は考えている。

 

 「ディアベルさん、貴方はラストアタックボーナスを狙っていましたね? 何故その様な真似を?」

 

 ディアベルさんは驚いた顔をした。少し事を急ぎすぎた気もするが、しかし皆にも早く確信に至って貰わないといけない。

 

 「それは……俺は強くならなければ……ならなかったから……」

 「誰の為に?」

 

 彼の顔が悲痛に歪んだ。うめき声を上げながらディアベルさんは顔を伏せる。その様子を見ながらキバオウさんは憤りを感じているかの様に俺を睨み付け、胸ぐらを掴んできた。

 

 「ケイジュはん、何や知らんが無神経とちゃうんかい……」

 「百も承知です。しかし皆さんはディアベルさんが悩み苦しんでいる事を理解しなければいけない。その上で許しを与えなければ、彼はこれから一生涯自身を許せないでしょう」

 「なんやて……?」

 

 俺の発言にキバオウさんは若干手の力を弛めた。しかし俺はそれを振りほどく事はしなかった。ディアベルさんを一方的に追い詰めている自覚は在るからだ。

 

 「ケイジュとやら、少し良いか?」

 

 不意に、エギルさんが俺に言葉を投げ掛けてきた。俺はそれに目線だけで応える。彼の厳かな表情から、俺が何を意図してこの様な回りくどい事をしているのかに気付いている様子だった。

 

 「あんたが言いたい事を足りない頭で考えてみたんだが、その上で一つ気づいた事がある……」

 

 静かに、だが確かに皆に聞こえる声量でエギルさんはそう言った。ディアベルさん以外の皆がエギルさんに注目する中、彼はディアベルさんを見つめながら話始める。

 

 「ディアベル、あんたは第一層攻略会議の時確かこう言ったよな? 『俺達のパーティーがボスの部屋を見つけた』と。だが、今のあんたのパーティーは俺やキバオウを含め全員寄せ集めのメンバーだ。なあ、あんたのパーティーとやらは何処に行ったんだ?」

 

 エギルさんの確信に迫る発言に、ディアベルさんは顔面を蒼白にして黙り込んだ。キバオウさんも驚いた様にディアベルさんを見つめ、俺の胸ぐらから手を離した。俺は襟元を軽く正し、ディアベルさんに歩み寄る。彼はまるで許しを乞うかの様に俺の事を見上げていた。彼の目の前で静かにしゃがみこみ、目を見ながら切り出す。

 

 「生命の碑を確認しました……」

 

 その発言を最後に彼は激しく崩れ落ちた。大声で泣き叫ぶ彼の悲痛な姿を目の当たりにし、誰一人として彼を責める者は居なかった。彼はパーティーメンバーを既に亡くしていたのだ……。

 

 

 

 

 

 落ち着きを取り戻したディアベルさんは事の顛末をぽつり、ぽつりと話始めた。

 当初、ディアベルさんは俺達と一緒に初心者プレイヤー育成に携わっていたが、それも軌道に乗ってからは攻略活動を優先して行って貰っていた。

 

 「攻略は順調に進んでいた。皆、しっかり安全性を確保した上で攻略に励み、目に見える危険なんて何一つ無かった……」

 

 迷宮区も難なく踏破し、ボス部屋も無事発見。全てが順調だった。そこで一人のパーティーメンバーからボス部屋の中を確認するべきだという提案が出たそうだ。そこでパーティーが全滅したのかという周りからの問いに、ディアベルさんは頭を振る。

 

 「ボス偵察も無理の無い範囲で行ったんだ。ボスの存在と取り巻きの存在を確認してから俺達は撤退戦を行い、皆無事に部屋から脱出した。ただ、少しミスを犯してしまってね」

 

 メンバーの一人が自身の武器である片手用直剣の耐久値を全損させてしまった。その彼が全損させたのは、ホルンカ村で受ける事が出来る《森の秘薬》クエストの成功報酬で貰えるアニールブレードという武器だった。

 

 「今思えば、はじまりの街で質の良いプレイヤーメイドを探していれば良かったんだ……」

 

 武器を全損させたプレイヤーがどうしてもアニールブレードが良いという事だったので、改めて《森の秘薬》クエストを受け直したそうだ。このクエストの存在とその留意点を知る者なら、これからディアベルさんが語る事の顛末が見えてきただろう。このクエストは食虫植物型モンスター《リトル・ペネント》の胚珠を手に入れる必要があり、中でも出現率の低い《花付き》を倒す事で胚珠が手に入る。しかし問題は同じく希に現れる《実付き》の存在だ。その名の如く実の付いたリトル・ペネントが存在し、誤って実を破壊してしまうと夥しい量のリトル・ペネントを呼び寄せてしまうという危険性がある。恐らくそのクエストで誤って実を破壊してしまったのだろう。

 

 「でも、おかしいやないか! いくら危ないクエストやからって、あれはかなり初期のクエストや。ほんなもん、今のワイら位やったら朝飯前とは言わんでもそう難しいもんや無い筈やないか!?」

 

 キバオウさんの疑問も最もだ。攻略序盤ならばいざ知らず、迷宮区を踏破したディアベルさんのパーティーが実を誤って破壊するという愚行を犯すのか? また、仮に誤って実を破壊したとして、大量に発生するリトル・ペネントに後れを取るのだろうか?皆の顔に疑問が浮かぶ中、生命の碑を確認した俺と、恐らくお嬢も、俺が考えている可能性に行き着いている。信じたくは無いがその前提で考えた方がしっくり来るのだ……。話の口火を切ったのはディアベルさんでは無く、意外にもキリトさんだった。

 

 「MPKか……。それも、恐らくは計画的な……」

 

 キリトさんのその発言に周りにいるプレイヤー達は耳を疑った。MPK、モンスタープレイヤーキルを略したその意味は、文字通りモンスターを利用してプレイヤーを攻撃させ、プレイヤーの命を奪うという手法だ。一般的なMMORPGでもノーマナー行為とされ、事SAOに至っては実際の命に関わる歴とした犯罪行為になりかねない。この場にいる大半はお嬢が中心となり主催した初心者育成の参加者だ。彼等は決して命を軽い物と考えていない為、故意に他人の命を奪う様な精神を持ちあわせていない。そもそもそれが人として当たり前ではあるが、だからこそ彼の発言を俄には信じられないだろう。しかしキリトさんの目は真剣そのもので、決して冗談で言った訳では無い事が伺える。

 

 「確かに、信じがたい事かもしれないけど有り得ない訳では無い。実際俺も同じクエストでMPKを仕掛けられたからな」

 「ちょっと待ってくれ、計画的ってのはどういう事だ!? ディアベルのパーティーが誤って実を破壊した訳では無いって言うのか?」

 「キバオウさんが言った通り、有り得ない訳では無いが考えづらいんだ。そもそも俺がMPKを仕掛けられたのはゲーム序盤、しかもその時は一人でモンスターを対応して何とか生還出来た。今のディアベルさんのレベルで恐らく六人パーティーだった場合、寧ろ生存率の方が高いと思う。そう考えると何かしらの妨害があって本来の力が出せなかったという結論の方が妥当なんだ」

 

 キリトさんが自身の経験を元に考察を展開しているが、聞いている者達は彼の持論よりもその壮絶な経験に戦慄している様に思う。今回共闘してただ者ではないと感じたが、まさか其処まで常識を逸脱しているとは思わなかった。

 キリトさんの考察を聞いて、今まで黙っていたディアベルさんが重い口を開いた。

 

 「キリト君の考えは正しいよ……。あれは間違いなく俺達を嵌める罠だった。俺達のパーティーは花付きよりも先に、運悪く実付きを発見してしまった。勿論目標を達成していないから慎重に実付きの撃破に取り掛かった。しかし、何処からともなく……多分投擲用のピックか何かだと思うが、それが飛んできて実を破壊してしまったんだ……」

 

 何人かが息を呑む。俄には信じられなかった裏切り者の存在が、ディアベルさん本人の口から話される事で真実味を帯びてきた。誰もが必至に生還を望む中、理由は定かでは無いが俺達の命を弄ぶ者が居る。その事実に此処で話を聞いている皆が震撼していた。

 

 「一体誰がそんな事を……」

 

 アスナさんが口元を手で被いながら信じられない様子で呟く。ディアベルさんは首を横に振りながらそれに答える。

 

 「解らない……俺は実を破壊されて集まってくるリトル・ペネントの群れを見て、兎に角まずいと思ってパーティーを退却させる事を選んだ。ピックが飛んできた方向も定かでは無かったし、索敵をするよりもまず現状を打開する必要があると思ったから……。恐らくピックを投げてきた奴も直接俺達のパーティーに攻撃を仕掛けてくる事は無いと考えて、ユーベル君……さっき説明したメインアームを失ったヤツ何だが、彼を先頭にして俺が殿になってパーティーを退却させていた」

 

 プレイヤーが故意に他のプレイヤーを攻撃すると、頭上のカーソルがグリーンからオレンジに変わる。これはシステム上の仕様であり、カーソルがオレンジに変わると《アンチクリミナルコード有効圏内》に入る事が出来なくなる。つまり主街区である安全地帯に入れなくなってしまうのだ。これは体力が自身の命に直結しているSAOでは死活問題になる為、この世界で注意しなければいけない問題の1つだ。この仕様があるからディアベルさんは敵手からの攻撃は無いと推測し、自身の主力武器を失ったパーティーメンバーを安全地帯に置き自分が一番危険な最後尾でモンスターの相手をしつつ撤退したのか。優しい、彼らしい判断だ。だからこそ、彼の話を聞いて俺の推測が現実味を帯びていく事実が非常に遺憾だった。

 

 「話を聞く限りでは、それでもパーティーが全滅する様な状況でも無さそうじゃないか。一体ディアベル君のパーティーに何があったと言うんだ?」

 

 ディアベルさんのパーティーメンバーの一人、確かシンカーと言っただろうか、彼が当然の様に疑問を呈した。

 

 「丸太……」

 

 ぽつりと、呟く様にディアベルさんは答えた。周りで聞いている者達は彼の言葉の続きを聞くためか、先程より静かになる。

 

 「丸太がね、降ってきたんだ。来るときはそんなものがあった何て気が付かなかったけど、多分樹木に擬態させてたか何かだと思う。俺はその時リトル・ペネントの群れを相手にしていて一部始終を見ていた訳では無いけど、物凄い音と悲鳴が聞こえて振り返ったら、パーティーメンバーが夥しい数の丸太に押し潰されていた。辛うじて見えた皆のヒットポイントゲージは既に半壊していて、呼び掛けには応えてくれたけど身動きはとれない状況みたいだった。目の前にはリトル・ペネントの群れが迫ってきていて、兎に角俺は身動きが出来ない仲間達を背に死に物狂いで戦った。けど、多分弱っているプレイヤーから狙う様にアルゴリズムが組まれていたんだろうね、戦う側から脇をすり抜けていってどんどん丸太の山に群がっていった。正直途中から良く覚えていない、仲間の悲鳴は聞こえていた気がするけど、俺も半狂乱で戦ってたから。全てのリトル・ペネントを倒し終えた頃には、もう何も残っていなかった。確かにあった筈の丸太の山も、遺留品も……」

 

 フロアを沈黙が支配していた。彼が語った顛末は、ここに居るプレイヤー達に重くのし掛かっていた。

 

 「さて……」

 

 ディアベルさんは徐に腰を上げ、周りを囲うプレイヤー達を見渡す。何人かはいたたまれずに顔を背けていた。

 

 「下らない自分語りに付き合わせてしまってすまないね。これは俺が弱かった為に起きてしまった事だ。キリト君」

 

 ディアベルさんに呼ばれたキリトさんは呼び掛けに応じる。

 

 「何でしょう」

 「君の持っているアニールブレードを買い取ろうとしたのは俺だよ。今となっては馬鹿みたいな事をしたと思ってるけど、ラストアタックを狙うチャンスを増やす為に君の戦力を削ごうとした。本当に済まない」

 

 ディアベルさんは深々と頭を下げた。殆どの人は今の話に着いていけていない様子だった。キリトさんは首を振りながら気にしていない旨を伝え、頭を上げさせる。それを聞いたディアベルさんは静かに頭を上げた。

 

 「それじゃあ、俺はここで攻略から退くとするよ。皆も俺みたいな奴に命を預けられないだろうしね。最後に、短い間だったけどリーダーとして俺に着いてきてくれた皆には感謝している。本当に有り難う。それじゃあ、さよならだ」

 

 肩の荷が降りたかの様に坦々とそう言って、ディアベルさんは第二層に繋がる階段に向かってゆっくりと歩き始めた。彼の行く先に居るプレイヤーは道を空け、気まずそうに顔を伏せる。誰も引き留める者は現れない。

 

 「待ってください」

 

 だから俺が呼び止めた。彼をこのまま行かせる訳にはいかなかった。

 

 「ディアベルさん、あなたはまだ何か隠していますね」

 「……」

 

 ディアベルさんは立ち止まった。誰もが俺を見る中、俺は話を続ける。

 

 「俺は生命の碑を確認して、ディアベルさんが連れたパーティーメンバーが既に亡くなっている事を知っていました。そして、ユーベルさんがまだ生きている事も知っています」

 

 俺の発言を聞いたフロアに居る皆がざわめき始めた。彼の話を聞いて、誰もがディアベルさん以外のパーティーメンバーは亡くなっている物だと思っていた筈だ。いや、何人かは黙っている所を見ると気付いていた者も居るのだろう。

 

 「今回ディアベルさんの口から話されたMPKは、決して単独で準備出来る物ではありませんので、恐らく複数による犯行でしょう。しかし貴方のパーティーをホルンカ村に隣接する森に呼び出さなければこの計画的なMPKは成立しない。只一人、ディアベルさんのパーティーを森に連れていく事が出来た人物が居ます。勿論、事の発端を作ったユーベルさんの事です」

 

 ミスを装って自らの主力武器を全損させ、同じ武器を手に入れるという口実を作る事が出来る人物は彼しか居ない。そんな事、ディアベルさんもとっくに気付いている筈だ。彼は話の中で意図的にその事実を隠している様に感じた。そんな事をする理由は限られている。自身の真意を隠す為だ。

 

 「今後、同じような悲しい事故を起こさない様にするために、貴方は強くなろうとした。その思いに偽りは無いでしょう。しかし貴方の潔すぎる去り際を見ると、決してそれだけでは無い様に感じます」

 「……」

 「まさか、復讐を考えている訳ではありませんよね?

 

 無言という名の肯定が場を支配する。少ない可能性ではあったが否定される事を望んでいた。誰にも話さなかったのは、下らない私事に他人を巻き込む事を良しとしなかった為だろうか。ディアベルさんにその様な事をさせる訳にはいかない。同意の上とはいえ、ディアベルさんのパーティーを攻略へと送り出したのは他でもない俺とお嬢だ。俺達の下した決断が、ディアベルさんを取り返しの付かない所に追い詰めようとしている。

 

 「余計なお世話かも知れませんが、決してその様なことをしてはいけません。月並みな言葉ですが、亡くなった人達は貴方の復讐は望んでいないでしょう」

 「……」

 「何をもって復讐とするかは解りませんが、貴方はユーベルさんをどうするつもりですか?」

 「…………」

 

 ディアベルさんの肩が震えているのが分かる。当事者ではない俺が、当たり前の正論を並べるだけで説得しようとしているのだ。彼の燗に障るのは最もだろう。だが俺は、ディアベルさんから殴られようが罵られようが、此処で足留めする事に意味があると思っている。

 

 「罪を償わせるつもりですか? 相手は恐らく複数。躊躇いなくMPKを仕掛けて来る相手に一人で行っても、態々殺されに行く様なものですよ」

 「うるさい……」

 「若しくは殺すつもりでしょうか? ならばもっとお勧め出来ません。何より、貴方が人のまま生還したいなら決して人の命を奪う真似はしてはいけません」

 「うるさいって言ってるだろう!!」

 

 突如、ディアベルさんの怒声がフロア全体に響いた。その鬼気迫る咆哮に何人かが後ずさる。勢い良く振り返り、その整った顔を怒りと哀しみに歪ませ、胸ぐらを掴む勢いで詰め寄ってきた。

 

 「解ってる! そんな事解ってるんだよ! あいつらが復讐を望んでいるか何てもう金輪際判らないし、人を殺す事がいけない事だってのも解ってるんだよ! でもなぁケイジュ君、君に解るか? 俺の気持ちがあんたに理解出来るのか!? 隠蔽スキルを使い、笑いながら姿を眩ますユーベルを見た俺の気持ちが! 俺の名前を呼びながら助けを求め死んでいくのを只見ている事しか出来なかった俺の気持ちが! 自分のミスで仲間を失った俺の気持ちがあんたに理解出来るのか!」

 「……」

 「あんたは良いよな……、ケイジュ君……。君は強いから、俺なんかよりもずっと強いから……こんな思い味わった事無いだろう……。なあケイジュ君、俺はどうすればいい……。これから先、この思いにどう折り合いをつければいいんだ……」

 

 ディアベルさんは力なく膝を付く。仲間を失った哀しみ、裏切られた憤り、不甲斐ない自分自身、彼はそれらの感情が混ざりあい膨れ上がり、決壊寸前のダムの様に危うい状態だった。俺だって不甲斐ないさ。ディアベルさんのその哀しみに、今になってでしか気付いてあげられなかったんだから。

 

 「ディアベルさん……」

 

 だからこそ、無条件でその哀しみを包む事が出来る強さと優しさが彼には必要なのだ。

 

 「もう一人で抱える必要はありません」

 

 お嬢が彼の傍らに寄り添い、話始めた。

 彼女が語るのは、俺達とディアベルさんが初めて出会ったデスゲーム初日の話だ。




第一層攻略に何話使ってんだか……。
恐らく次で第一層の話は終わりです。
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