デスゲーム開始から四ヶ月の時が流れ現在の最前線は十九層まで上がっています。第一層攻略に一ヶ月という時間を有した頃に比べると、随分と攻略速度が上がっている事が伺えますが、その理由としては攻略組の存在が大きいのでしょう。攻略組とはこのソードアート・オンラインに於いて、最前線で戦い続ける者達が主にそう呼ばれております。攻略組という呼称が広まり始めたのは第十層辺りからだったでしょうか、私達が提唱した安全策が崩れ始めたのが切っ掛けでした。層を重ねる毎に迷宮区の探索やフロアボスの討伐に参加するプレイヤーの顔ぶれが定まり、実力者とそうでない者の差が出始めました。実力のある者達は嘗て提唱していた安全策に合わせるのは非常にもどかしさを感じていた事でしょう。取り決めが崩れていくのは自明の理であり、これに関しては致し方ないというのが私達の見解でした。人には向き不向きがあり、こと戦闘に於いて相手の呼吸の読みや身体操作はセンスが分かれてきます。そういった戦闘感覚を持ち合わせていた者が自然と攻略組となっていったのです。
攻略組は主に幾つかのギルドによって構成されており、代表的なのがヒースクリフさん率いる『血盟騎士団』、リンドさん率いる『ドラゴナイツ』、ディアベルさん率いる『バスタード』、シンカーさん率いる『MTD』が主に活躍している状況であり、僭越ながら私をギルド長とした『玲瓏』も攻略組の一端を担っております。各ギルドにはそれぞれ特色があり活動理念も各々違った物になっておりますが、アインクラッドの攻略という大局を見据えて全ての攻略組が活動していると言えます。しかし、その中で『玲瓏』は異質な存在と言えて、勿論攻略活動はしているのですが、如何せん主目的はプレイヤーの救済にありました。
フロアボスを倒し次階層に上がった際、各々のギルドは祝杯をあげたり、アクティベートされた階層の主街区でのリソースを我先にと言った様子で回収していく訳ですが、当方ギルドで真っ先に行うのはフィールドMobの情報収集及びフィールドボスの討伐。そのまま迷宮区の探索に乗り出し、迷宮区Mobの情報及びマッピングデータを情報屋に開示するというのが現在までの流れになってきました。私達が主に利用する情報屋は攻略組の一人、『鼠のアルゴ』こと、今までお世話になっているアルゴさんに集めた情報を提供していて、その見返りとして同時進行で調べて貰ったアイテムやクエスト等の情報を彼女から頂いているのです。
集めて提供した情報をどの様に拡散するかは全てアルゴさんに一任しておりますが、それをする条件として情報提供元を『玲瓏』であると明かさない事を取り決めとしています。これには理由があり、攻略組を常に緊迫した状態に保つ事を目的としているからです。佳樹曰く、全ての情報を攻略組ギルドである『玲瓏』が集めて提供してしまうと、他の攻略組は未踏の地を歩む事無く攻略をする事になってしまう。潤沢な情報により安全性の高い攻略活動が可能という利点はあるが、逆にその状況が当たり前になってしまうと今度は予期せぬ状況に陥った際の直感的対応力が損なわれる恐れがある、という欠点が予想出来るのだそうです。それを防ぐ為に可能な限りの情報を集めアルゴさんにその情報を提供し、彼女の塩梅で適度に情報を流す。そこに『玲瓏』の介在を匂わせない。この流れの完成により安全性と危険性を両立する事に成功しました。
これはアルゴさんからの情報提供だからこそ可能となった形でした。実を言うと、嘗ては集めた情報を自らで開示していたのですが、それは極短い期間で終了したのです。我々『玲瓏』の評価は少数ながらも突出した実力派ギルドという位置に定着しており、また、第一層での立ち振舞いにより佳樹と私に対する期待値は否応なしに高まっておりました。その影響は、私達が提供した情報だと解っただけで無条件に信用してしまうプレイヤーが出てきてしまう程でした。それを危惧した私達は集めた情報を下手に自らで開示せず、アルゴさんに託す方法を採った訳です。その点アルゴさんは確りと情報を吟味し、過剰漏洩を防ぎつつ攻略に有用な情報をプレイヤーに提供していきました。アルゴさんから情報を提供された、若しくは購入したプレイヤー達はそれが正確な情報だと解っていても尚、鵜呑みにする事無く真偽を自らの目で確かめてから判断するだけの警戒心を持つ事が出来ている様に感じます。こういった絶妙な采配が出来る辺り、アルゴさんは本当に有能な方です。言葉巧みに情報の信憑性を濁しつつも、その情報の質を下げない話術は佳樹も舌を巻く程でした。
こうして、当初掲げた安全策が瓦解しても尚第一層から一人の犠牲者を出す事も無く現在までデスゲームの攻略を続けて行く事が出来ております。この成果は単に各プレイヤーの生きる意志と攻略組の勇気と使命感の賜物なのでしょう。偉そうに語っては見ましたが私達のやってきた事は非常に些細な事なのだと感じられます。
さて、ご多分に漏れずこの十九層もアクティベート早々フィールドMobの情報収集や迷宮区の即日解放に尽力している訳ですが、今回は過去の攻略と比べて些か捗らない。それはこの第十九層の特色に依る物でした。第十九層を一言で表すならば『お化け屋敷』。お化け屋敷だと日本風である為まだゴーストタウンと言った方がイメージはつきやすいでしょうか。日中でも曇天に覆われ日の光りが指す事はまず無く、大気中の漂流物の影響か景色も若干紫がかっている。自生している木々は一本残らず枯れ果てており、申し訳程度に地面に雑草が生えているだけで、それに生命の豊かさ等微塵も感じられません。試しに足を運んでみた主街区も外を出歩くNPCの姿は一人も居らず、しかしながら其処らから不気味な視線を感じるというオマケ付き。ふと、コユキさんが悲鳴を上げたかと思えば、指さした先には窓から此方を見ている女性の姿が。此方がその存在に気付いた途端、不気味に笑い、消える様に姿を眩ませた。なかなか粋な演出ではあるのですが、あれの存在により私以外の女性陣が目に見えて怯えだしたのは言うまでもありません。何とか皆を奮い立たせフィールド攻略に乗り出したのですが、徐々に慣れていったロザリオさんとメリーサさんとは違い、コユキさんだけは慣れる事は無い様子でした。
ここ数ヵ月で間違いなくコユキさんは強くなった。初めの頃は戦闘に消極的で恐ろしい容姿を持つMobに対して明らかな怯えを見せておりましたが、階層を重ねる毎にそういった弱点が徐々に克服されているのが判りました。佳樹による戦闘訓練の成果もあるのでしょうが、一番は本人の努力が大きいのだと思います。盾持ち片手剣使いとして確りと前衛をはれる程の実力を持ち、自身の防御力やキリュウさん、ロザリオさんの攻撃力と照らし合わせてMobのおおよそのステータスを弾き出す分析力は目を見張る物があります。ギルド加入の際に立てて頂いた誓いを違える事無く自らを高めてくれた彼女には頭が下がる思いですが、それでも根底に根付く生理的恐怖を克服するには至っていない様です。本人たっての希望により、今階層の情報収集はコユキさんを真ん中に置いた隊列を組む事になりました。
こうして、順調とは言えない物の何とかフィールドMobの情報を収集し、巨大な二頭を持つ犬型のフィールドボスを四苦八苦しながら討伐し、若干指揮は上がらないもののそのまま迷宮区へと繰り出し……。
「うおぉぉぉぉっ!! キメェぇぇぇぇぇ!! こっち寄って来んなし!!」
「ちょっ、ロザリオさん! その攻撃止めて! 敵の肉片飛び散ってますから!」
「ロザリオさん一度下がって! 体力の残量を気にしてください! キリュウさんはロザリオさんと交代して下さい!」
現在窮地に立たされております。
迷宮区の通路に設置されていた罠をキリュウさんが見事に踏み抜いたのが切っ掛けでした。遠くでMobが出現する音が多量に響いたかと思えば、前方の曲がり角から腐乱死体を模したMobが大群でゆっくりと押し寄せて来たのです。本来ならMob大量湧きの罠は掛かった途端に周囲に出現する物ですが、この層ではどうやら茶目っ気のある演出が用意されていた様です。狭い通路に押し寄せてくる腐乱死体、それも前後から。コユキさんの悲鳴を皮切りに木霊する阿鼻叫喚、キリュウさんに対する罵詈雑言。至って緊張感が欠落した中で戦闘は始まりました。最早腰が抜けて立てなくなったコユキさんをサポート役に置き、前方から来る大群を私とキリュウさんとロザリオさんで、後方からの大群を佳樹とメリーサさんで受け持つ形で戦闘が始まりました。
「うおおおおおっらぁ!」
キリュウさんの両手剣広範囲二連撃スキル『ブラスト』が前方の二体を纏めてポリゴン片に変えたのを確認し、スイッチでポジションを入れ替える。最も近くまで迫っている一体を通常攻撃による三連突きで突き放し、傍らの体力ゲージの残り僅かな一体に槍単発スキル『スラスト』を放ちそれもポリゴン片に変えた。僅かな硬直の間に接近してきた一体のMobから物理攻撃を受けたが、硬直から回復したキリュウさんからのバックアップにより大した被害も無く事なきを得た。
「ロザリオさん!」
「オッケーお待たせ!」
回復結晶により即座に回復を終えたロザリオさんが私の問い掛けに応じてくれたのを確認すると、私は体力ゲージが未だに欠損していない一体に向け槍三連スキル『トライデント』を放った。頚、胸部、額の三ヵ所にヒットした攻撃はクリティカル判定を出し一撃でMobを葬る。瞬時にスイッチでロザリオさんと入れ替わり、ロザリオさんは防御に徹していたキリュウさんの目の前に居るMobに入れ替わりざまに一閃を入れていた。未だに終わりを見せないMobの群衆に溜め息しか出ない。
「絶対に自分より後ろにMobを行かせませんので、メリーサさんは落ち着いて、一体づつ確実にソードスキルで仕留めて下さい」
「判りました! 宜しくお願いします!」
後方の様子を見ると、Mobの大群の目の前で刀を構え、矢面に立っている佳樹の姿がありました。佳樹は敵の攻撃を一体づつ的確に捌きつつ隙を見て通常攻撃で反撃しており、メリーサさんは常に槍によるスキルを佳樹の後方から放っています。佳樹が今使っているスキルは第十層あたりからスキル欄に追加された『カタナ』というエキストラスキルです。第一層フロアボス『イルファング・ザ・コボルトロード』が使用していた事によりプレイヤーにスキルの存在が確認され、第十層を過ぎた辺りから佳樹がスキル取得条件を公表して一般に認知される様になりました。その特性として、通常攻撃に若干のクリティカル補正と出血効果の付与、それに合わせてソードスキルに部位欠損補正が掛かるといった具合で比較的攻撃向きな反面、スキル発動時間や技後硬直が他のスキルよりも僅かに長く一般的には扱いづらい物とされています。盾装備も着ける事が出来ないので前衛向きとは言えず玄人好みの仕様になっているのですが、それを苦戦を強いられる事も無く前衛を維持している佳樹の力量は流石としか言い様がありません。彼等の戦術は、佳樹が藤堂流剣術に於ける相手の重心を崩す柔術的捌きを駆使しつつ体術スキルと通常攻撃を合わせて戦線を維持して、メリーサさんは一体づつ確実にソードスキルを当てて着実に大群の数を減らしている状況でした。狭い通路が幸いして一度に襲ってくるMobが三から四体という状況だからこそ出来る戦略であり、仮に広い空間で同じ状況に襲われたら正しく絶望的。それほどに今回の罠によるMobの出現量は異常です。
「スイッチ!」
私は戦線を支えていた硬直中のキリュウさんとスイッチして、擦れ違い様に手近にいた全損寸前の一体に突きを放ち始末した後、接近中の敵に体術スキルによる蹴りを浴びせて突き放す。
「オラァァァァ!
そして何かしら吹っ切れたロザリオさんが物騒な言葉を撒き散らしつつ豪快にソードスキルを放っている所を見て、私はサポートに徹していても大丈夫だろうという事と、ロザリオさんに対する認識を少々改める必要があるという事を瞬時に悟りました。
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「キリュウてめぇコラァ! 危うく死にかけたじゃねえか! この落とし前どう付けてくれるんじゃい!」
「姐さん申し訳御座いませんでしたっ!」
「貴様に姐さん呼ばわりされる筋合い無いわ!」
「そんな!冷たいっすよ姐さん!」
「くどいわ!」
まあ良いではないですか姐さん。皆さん無事に切り抜ける事が出来たんですから。美しいスライディング土下座を披露するキリュウさんに辛辣な言葉を投げ掛けているロザリオさんですが、恐らく照れ隠しです。後半は本当に人が変わったかと思いましたから。
「でも私達がこのトラップを発見出来て良かったじゃないですか。これで他のプレイヤーの皆さんは安全にここを通過出来る訳ですし、ねえ姐さん?」
「キリュウてめぇメリーサちゃんが真似しちゃったじゃねえか!」
「姐さん格好良かったですよ?」
「ミヤビちゃんまで!?」
がーんという効果音が出そうな表情を見せる姐さん。年下の私が言うのは何ですがとても可愛らしいです。
「あの、元々私が前衛を変わって貰ったのが切っ掛けですし、あまりキリュウ君を怒らないであげてください。あ、姐さん……」
「コユキちゃん……君は良い子なんだから無理して周りに合わせなくて良いんだよ……?」
「ご、ごめんなさい」
遂に力無い笑みを見せる姐さん。少々からかいすぎたでしょうか。ロザリオさんは恐る恐るといった様子で佳樹を見ました。佳樹は僅かに可笑しそうにクスクスと笑っていました。
「皆さんもロザリオさんをからかうのもそこまでにしてあげて下さい。ロザリオさんもお疲れ様です。とても頼もしかったですよ」
「流石ケイジュ君や! まさに聖人! どっかの誰かに爪の垢煎じて飲ませてやりたいね。おいキリュウ、ケイジュ君に爪の垢下さいって言ってみろ」
「あ、俺さっきのでレベル上がった」
「聞けや!」
突如ステータス画面を眺めだしたキリュウさんの頭にロザリオさんの痛烈なツッコミが炸裂しました。スパコーンという音が聞こえそうな程見事な物です。
「でも本当ですね、私もレベル上がってます。戦闘に参加してないから少し申し訳無いですけど……あ、すごい! 回復アイテムとかがもう補充されてる。フェンダーさん仕事早いですね」
メニュー画面を繰っていたコユキさんが驚きの声を上げたのを聞き、私も確認の為メニューを開きました。ギルド間共有ストレージの中には先程の戦闘で消費した回復結晶や解毒結晶が既に定数量補充されているのが確認出来ました。私達『玲瓏』は第一層にある商人ギルド『ムスタング』のギルド長であるフェンダーさんと提携を結んでいます。彼はゲーム開始当初から商人としての道を選び、その頃から第一層で生産職に就いているプレイヤー達の流通を管理して貰っていました。経営が成り立つまで私達も彼に可能な限りの手助けをしていた事もあり、お互いに便宜を図る仲になったのです。『玲瓏』のギルドメンバー全員とフェンダーさんはアイテム共有ストレージを持っており、回復系アイテムの在庫状況に合わせて過不足無く常に管理してもらう代わりに、私供は彼に毎月定額のコルと使ったアイテム分のコルを支払う事でこの契約は成り立っています。彼も随分と仕事熱心なのか、余程の深夜でも無い限り遅くとも三十分以内にはアイテムが補充される為、長時間の探索が可能となる訳です。
「さて、今日はここで引き上げましょう。余り根を詰めると要らぬ失敗を招きかねませんので。お嬢も宜しいですね?」
「そうですね。流石に今回は疲れましたから」
「さんせー」
「よかった、流石にこれ以上はハートが持ちそうに無いよ」
皆さん口々に安堵の声を漏らすあたり、戦闘終了直後におふざけをする余裕は見せてくれたもののやはり精神的疲労は隠しきれない様ですね。こうして私達は迷宮区の三分の二を残して本日のマッピングを終了しました。帰りは勿論元来た道を徒歩で帰ります。転位結晶は貴重ですからね。
「いやぁ驚きましたよ。少しストレージから目を離している内に回復アイテムが随分と減っていましたから、何かあったのではないかと心配していた所でした」
「ええ、幸いにも大事には至りませんでした。御心配をお掛けした様で申し訳御座いません」
「いえいえ、無事で何よりです。ミヤビさんの所は大事なお客様ですからね、ゲームクリアまで確りと面倒を見させて貰います」
迷宮区を脱出する頃には時刻は二一時を回っておりました。正式なギルドホームを持ち合わせていない私達は常にNPCが経営する宿で寝泊まりしているのですが、賛成意見多数により今回の寝床は一層下の第十八層にある宿に泊まる事になりました。肉体的疲労の無い仮想世界で就寝する目的は、現実世界同様に確り押し寄せてくる睡眠欲の他にも精神的疲労を解消する目的があります。その為恐らくは精神の安息を望めない第十九層を寝床にするのは好ましくありません。現在は、皆さんを宿にチェックインさせた後に私と佳樹が代表してフェンダーさんの元へ挨拶をしに来ている所です。夜分遅くにも関わらず快く迎えてくれたフェンダーさんは私達に現在第一層で流行しているという、ちゃんと琥珀色をした珈琲風味の飲み物を振る舞って頂いております。
「やはり皆さんは現実世界の常識に飢えておりまして、この様な現実の質に近い物はとても人気が高いです。まだ最前線まで供給は間に合っていませんが十五層まで流通している筈ですけどご存知ありませんでしたか?」
「そうでしたか、基本的には最前線に籠りきりなので存じませんでした。こちらもフェンダーさんお抱えの調理師がお作りになられたんですか?」
「そうですね。彼女は第一層で一番料理スキルも高いですし、何より味覚エンジンの忠実な再現に秀でている。厭らしい話ですが、お陰で随分と儲けさせて頂いてますよ。非戦闘プレイヤーの楽しみは娯楽が大半ですからね」
そう言って彼は薄く笑みを浮かべた。ゲーム開始当初のたどたどしい雰囲気は何処へやら、今では立派な商売人に成っている様でした。
「先日にお伺いした件は如何でしたか?」
「至って普通、としか言えませんね。何しろ此方も商売を専業としている身でして、情報屋紛いの事はお門違いですから」
「第一層で不穏な雰囲気は今のところ見られないと……」
「私の主観ですがね。変な噂は聞きませんよ」
佳樹の問いかけにフェンダーさんは明瞭に答えた。何やら私の伺い知らぬ所で二人の間で話が進んでいた様だ。
「勿論商売人にとっても情報は命です。顧客の微妙な心の機敏には確りと対応しているつもりです。何か判りましたらこういった機会にお伝えするか、若しくはアルゴさんに情報を売って間接的に伝えさせて頂きます」
そう言ってフェンダーさんは再び笑みを浮かべました。商魂逞しいとは言わないまでも、やはり商売人としての気質はある様です。
「あ、そう言えば」
差し出された珈琲擬きも飲み終えそろそろ暇しようとした時、フェンダーさんは思い出したかのように声を漏らしました。
「第二層の時に武器強化詐欺を働いた彼等ですが、今では随分と使える様になりましたよ。途中でボロが出るかとも思ったんですが、元々悪に染まりきれない質だったでしょうからね。それなりに商才もありましたし、そろそろ一人立ちさせますから。会ったら優しくしてあげて下さいね」
「心得ておきます」
少しだけ愉快そうなフェンダーさんに同調して佳樹も愉しそうに笑う。最前線が第二層の時に、武器強化失敗を装ってプレイヤーから強力な武器を奪い取り、鍛治職人から攻略隊に成ろうとしたプレイヤー達がいました。幸いにも事の真相に気が付いたキリトさんからアルゴさんに情報が伝わり、それが私達の耳に入った事が切っ掛けで最悪の結果を未然に防ぐ事が出来たのでした。フェンダーさんにお願いして、第一層で鍛治に従事するプレイヤーの中でも評価の高い人達に声を掛けて貰い、当時最高峰のプレイヤーメイドを強化詐欺に会ったプレイヤー達に配って貰ったのです。詐欺に会って憤慨する被害者達を札束で殴って黙らせた訳ですが、勿論その損失分は詐欺を働いたプレイヤー達が支払う事になりました……。彼等はフェンダーさんの下で連日休み無く働かされた様で、先程のフェンダーさんの言葉を直訳すれば『彼等は逃げずに借金を完済したから自由にします』という事なのでしょう。
「所で、佳樹とフェンダーさんとのやり取りで私の知らない事があったのですが」
商人ギルド『ムスタング』を辞してから、私は少々批難がましく佳樹に訪ねてみた。プライベートな事なら兎も角、ギルド方針に関わる事なら私が知っていないのは些か問題なのは彼にも判る筈だ。しかし佳樹は私の詰問に慌てる事は無かった。
「あれはお嬢からの依頼に関しての事なのですが、まだ確りとした回答が出来る程情報が集まっていなかった為報告は控えておりました。しかしお嬢が全く存じ上げないというのも問題でしたね。大変失礼致しました」
曰く、佳樹はユーベルさんの足取りを追っていたとの事だ。
「生命の碑を確認する限り、そこからユーベルさんの名は無くなっていました。それはどういう事か判りますね?」
「ネームチェンジクエストですね」
「そうです」
このデスゲーム開始直後、ほぼ均等だった男女比率は茅場昌彦から渡された手鏡によってプレイヤーが本来の姿に戻され、男性七割、女性三割にまでになった。それは約二割の男性……いや、全体の何割かのプレイヤーが性別を偽っていたという事だ。女性が男性用アバターでゲームに参加していた可能性がある以上、性別を偽っていたのは男性だけとは限らない。まあそれは置いておくとして、困るのは性別を偽った際にその性別に合った名前にしてしまっているという所だ。中性的な名前なら問題ないだろうが、例えば女性で『ケンジ』という名前や、男性で『ユウコ』という名前では些か対面が悪い。しかし茅場昌彦もそう言った問題は事前に想定していたのか、ゲーム開始から数日経ってネームチェンジクエストの存在が発見されたのだ。これにより、プレイヤーは一度だけゲーム内で名前の変更が可能になった。
「クエスト発見前に自分が把握していた顔と名前が一致するプレイヤーは全体の七割、現在は約半数しか名前と顔が一致しておりません。まあ問題はそこではなく、ユーベルさんの名前は殆どのプレイヤーが把握していますが、顔を知っているのはかなり限られた人数になります。恐らく第一層の住人は彼の顔を知らない者が殆どです」
「つまり元ユーベルさんは第一層に潜んでいる可能性が高いという事ですね?」
「ご明察です。そこで自分はオフの日に生命の碑に明記された名前を洗い直し、絞り混みをかけた上でその名前のプレイヤーが第一層に居ないか、そして第一層で不穏な動きをしているプレイヤーが居ないかをアルゴさんとフェンダーさんに探して貰う様に依頼をかけました」
確かに、元ユーベルさんの足取りが掴めていない以上、そう言った方法でしらみ潰しに探すしか無い。それにアルゴさんならユーベルさんの顔を知っている可能性がある。
「結果は先程の通り、有力な情報は得られておりません。アルゴさんからも未だにこれといった情報は無いのが現状です」
「そうですか……。所で、その絞り込んだ名前というのは?」
「『ブルート』、『フルヒト』、『モルト』の三人です。これ等はすべてドイツ語である可能性が高く、ネガティブな意味が含まれます」
「何故その三名に絞って……ああ、つまり『ユーベル』もドイツ語なんですね」
「そう。そして、ユーベルの意味は『害悪』」
「害悪……」
私は、今ユーベルさんがどの様な思いでこのSAOの中で生きているのかを想像した。自らの友人を裏切り、罠に掛けてその命を奪った。一体何が有ったから、その様な決断に迫られたのか。他人の命を奪い、今も猶何処かに潜んでいるその理由は……。
「一体彼はどの様な思いで……」
思わず口に出た内心の吐露に、佳樹の反応は素っ気なかった。
「さあ、自らの手を汚す事無く、跳ねた泥すら被ろうとしない者の気持ち等、解ろうとも思いません」