第一層にある教会にはこのソードアート・オンラインがデスゲームと化してから戦う事が出来ない、否、戦わせる訳にはいかないプレイヤーが保護されている。それは主に低年齢のプレイヤー達の事で、確か一番下は八歳の少年だったかそれくらいの子がいた筈だ。ていうか居る。現に今コユキちゃんと庭先で楽しそうにおいかけっこしているのがその子の筈だ。多分鬼ごっこかな、それかケイドロか。コユキちゃんも小さい子が好きみたいだし楽しそうにはしゃいでる。それはメリーサちゃんも同じの様で、彼女も子供達と遊ぶ事に夢中な様だ。そんな中私とキリュウは子守りをする訳でも無く、教会の庭を一望出来る所に設置されているベンチに重い腰を下ろしていた。
「姐さん行ったらどうすか?」
「姐さん言うなや。キリュウこそ一緒に遊んでやりなよ」
「嫌だよ、だってあいつら俺に懐かないもん。メリーサさんとコユキさんにべったりじゃん」
「ほんとやね~」
まああの二人は可愛いから仕方がないね。子供は正直だ。
「しかし君の考えは玲瓏の理念に反しますな。ボランティア精神に則り我々はやるべき事を拒んではいけないのだよ判るかねキミぃ」
「適材適所って言葉がありまーす」
「生意気なヤツめ」
キリュウのにべも無い返答に私はさして怒る訳でもなく、同じ様な調子で返した。私も何処かの中小企業に居そうな上司の様に、ふざけたテンプレート的発言をした当りコイツの事を強く指導しようという思惑は一切無い。適材適所ってのもごもっとも。ケイジュ君とミヤビちゃんが所用で出掛けている間、ボランティアでガキ共のお守りしている訳だけど、殆ど、というより全てをメリーサちゃんとコユキちゃんに任せているのだ。普段攻略活動に勤しんでいる分たまのオフの日くらいこうやって羽を伸ばしてもバチは当たらないでしょ。
「あー眠い、今頃最前線はどうなってるのやら」
「昨日俺達が解放初日に三分の二をマッピングし終わったから、今頃は血盟騎士団か青龍連合あたりがボス部屋見つけてんじゃないすか? ていうか今朝はマジでしんどかったっすね。何時間ぶっ通しで潜ってた事やら……」
「正解は約七時間です。分かっちゃいたけどマジでブラックギルドですわ。企業と違うのは潜った分だけコルと経験値が溜まるって所くらいかな」
「そんな中、立て続けに子供の世話をするコユキさんとメリーサさんは神か何かですわ……。あ、あと潜ってた間常にアイテム管理してくれてたフェンダーさんも……」
「我々玲瓏は献身的なサポーターに支えられて成り立っております、ってね」
昨日、第二三層がアクティベートされてから私達がマッピングを終えた頃には、最早太陽がこんにちはしそうな時間帯だった。それにも関わらず着きっきりでサポートしてくれたフェンダーさんには本気で頭が上がらないと思う。彼に恋人が居なかったら結構マジでアタックしてたかも知れない。キリュウに見習わせたい男がまた一人増えたな……。そういった含みのある眼差しをキリュウに向けるが、コイツはそれに気付いてるにも関わらず素知らぬ顔をするから本当に生意気だ。あからさまな溜め息を吐いて私は教会の庭先ではしゃぐ二人とチビッ子達に目をやった。昨日の疲れ等まるで知らないとでも言うかの様に走り回るメリーサちゃんや、先ほどとは打って変わり子供達と輪を作りお話に興じているコユキちゃんを見て、命懸けの現実を暫し忘れてしまいそうな平和な日常をそこに垣間見た。
SAOに囚われる前は比較的順当に人生を歩んできた。勿論その時々で歳相応の相手としか付き合いは無かったが、目の前の光景を見ていると意外とこういうのも悪くないかも知れないと思ってしまう。狂暴なモンスターを相手に連日死闘を繰り広げていて忘れがちになるが、こういうのが当たり前にあるのが本来の私達の日常で在るべきなんだ。現実で忘れがちな何かを非現実に放り込まれて漸く気付けるなんて、人間という物は何とも皮肉な生物だ。
「何か、こういうのも悪くないかもね……」
「そうですね」
何となく呟いた言葉にレスポンス良く返してくれたキリュウをふと見つめた。今は目を閉じて深く椅子に腰かけているが、もしかしたらキリュウも私と同じ光景を先程まで見ていたのかも知れない。しかし考えてみれば不思議な物だ。恐らくこの様な事態にならなければ私が小さい子供達と関係を持つことも無かっただろうし、そもそもデスゲームにならなければゲームの中で子供と戯れる光景など起こり様も無かった筈だ。そう考えると茅場昌彦の行いにも少しだけ意味を見出だせるかも……。
「いや、それは無いな……」
思わず独りごちてしまい、慌ててキリュウを見る。聞いていたのかいなかったのか解らないが、彼は目を瞑ったまま微動だにしていなかった。その様子を見ると私も独り言を聞かれてしまった可能性なんてどうでも良くなり、彼に倣って椅子に深く腰を落とした。自分でも何を血迷った事を考えてしまったのか、阿保らしくなって自らを心の中で叱責する。茅場昌彦のやった事を正当化しようなんて馬鹿げてる。ヤツは一万人もの人間を自らのエゴにより仮想世界に幽閉し、あまつさえ命懸けのゲームを強制している凶悪犯罪者だ。目の前の子供達だって今でこそ安全地帯に保護されてはいるが、一歩間違えれば死と隣り合わせの現実を強いられていた筈だ。どんな目的があろうと許される訳無いじゃないか。
そこまで考えて、私は自身の中に一つの疑問が生まれるのを感じた。そもそも茅場昌彦の目的とは一体何だったのか。何故、このソードアート・オンラインをデスゲームという仕様にしてしまったのか。此処まで緻密な仮想世界を造り上げるあたり、正しくヤツは天才と呼ぶに相応しい。この技術を悪用しなければ一生遊んで暮らせるだけの金が手元に入る筈なのにそれを放棄した。つまりヤツにとって金は二の次で、それ以上に尊重する物があるって事? じゃあヤツの目的は一体何?
確か、ヤツが初日に何かを言っていた様な覚えがあり、私は思考の深部まで潜り記憶を辿る。茅場はゲーム初日に何と言っていたか……。そう、確か目的は既に達成したって、この世界を観察するのが目的だって、そう言ってた筈だ。観察するのが目的って事は今も私達の事を何処かで見てるのだろうか? 私は徐に空(天井?)を見渡したり、周囲を探ったりしたが、カメラの様な物は見当たらなかった。しかしよく考えれば当たり前だ。茅場からしてみれば私達の行動がデータとして残る以上、ログを調べれば済むのだから態々観測カメラを設置する必要も無い。要はパソコンの画面を眺めていればプレイヤーの行動は手に取る様に把握出来る筈だ。私達の何を観察してその先にどんな結末を見ているのかは判らないが、全てを知った様な顔をしてディスプレイの前でほくそ笑んでいる茅場昌彦を想像すると無性に腹立たしくなってくる。どうにか早く捕まって貰えないものかね……。
「どうしたんスかロザリオさん!?」
突然立ち上がった私にキリュウは僅かに声を上擦らせて、驚いた様にそう言った。
「キリュウ。私、とんでもない事に気付いたかも……!!」
第二三層の主街区にて私とアルゴさんは邂逅した。というのも、彼女からユーベルさんの件での中間報告を伝えたいというメッセージを頂き、了解の旨と会う約束を取ろうとした矢先に偶然主街区の大通りで出会ってしまったのだ。とりあえず近場のNPCが営む喫茶店に入りお茶をしながら話す事になった。お互い簡単なドリンクだけを注文し、序盤はお互いの近況報告や情報交換をして暫く世間話をした後に本題に入った。
「それで、如何でしたか?」
「ブルートとフルヒトとの接触には成功したヨ。結論から言えば二人はシロだネ。ユーベルと顔が一致しなイ。まあ、この世界に顔を変更するシステムがあれば話は別だけド、オレっちが見つけてない物を他所が先に見つけたとも思えないしナ」
そう言ってアルゴさんは得意気に笑った。彼女自身、自らの情報収集能力に自信を持っている故の笑顔だろう。確かに日がな一日アインクラッド中を持ち前の俊敏性で走り回り、手にした情報の吟味や裏付けを怠らない彼女から提供される情報の信頼度は高い。彼女が無いと言った物は現状間違いなく無いと言って差し支えない。
「ブルートさんとフルヒトさんがどういった方なのか教えて頂いても宜しいですか?」
私はアルゴさんが直接会ったという二人に関して、必要かどうかはともかく聞いておく事にした。佳樹はネガティブな意味を持つドイツ語である可能性が高いという事で、ブルート、フルヒト、モルトの三名を絞り込んだのだ。仮にその三名の中にユーベルさんが居なくとも、ユーベルさんと同じ思想を持った者が居る可能性だってあり得る。アルゴさんが私の考えを察したのかどうか、その表情からそれを読み取る事は出来なかったが、特に訝しむ気配も無く情報を開示してくれた。
「ブルートは『アインクラッド解放軍』に所属するタンカーで、見た目はエギルの旦那と変わらない位の大柄な日本人ダ。見た感じ性格は温厚そうだったネ。盾持ち片手剣の使い手で、軍の末端のパーティーでリーダーを務めていル。フルヒトは『青龍連合』所属の棍棒使いで、中肉中背、話してみた感じ勝ち気な性格かナ?まあ謀は苦手そうなタイプだったヨ。彼もギルドの末端パーティーのメンバーだナ。どちらも有名ギルドの陰に隠れて、表に名前が出てこない様なポジションについているからミッちゃんとヨシ坊が知らなかったのも無理は無いヨ」
「……そうですか、判りました」
ブルートさんは、ギルドの末端とは言えパーティーリーダーを務めている以上佳樹なら把握している。フルヒトさんに関しては恐らく佳樹も面識は無いだろう。こちらは折を見て接触する必要が有る。
「モルトさんに関してはどうですか?」
「モルトはまだ足取りが掴めていないナ。生命の碑に名前が表示されてるから間違いなく生存はしているんだろうけど、不自然な位に居場所が解らなイ。一ヶ月近く探しているにも関わらず尻尾すら掴めないなんて、情報屋の名折れだヨ……」
そう言ってアルゴさんは苦虫を噛み潰した様な表情を隠す事無く晒す。彼女の情報力を持ってしても存在を匂わせないその周到性といい、モルトさんが元ユーベルさんである線は濃厚なのだろうか……。
「判りました。他に何か、私が耳に入れておいた方が良い情報はありますか?」
「特にこれと言って無いナ。強いて上げれば、モルトは最前線より下の階層を拠点を決めずに活動していると推測出来るって位かナ。第一層の聞き込みは入念に行った上で、モルトという名前を持ったプレイヤーの目撃情報が無い以上第一層に潜伏している可能性は非常に低イ。中層をウロチョロしているか、若しくは迷宮区の安全地帯を根城にしているかのどちらかだと思ウ」
「把握しておきます。ありがとうございます」
彼女の忠告は最早、モルトさんが元ユーベルさんである事を確信しているかの様な口振りだった。火の無い所に煙は起たないとは言うが、一ヶ月近く足取りを掴ませないだけの隠遁生活を送るには何らかの意図的な行動が伴う筈なのだ。モルトさんには身を隠さなければならない理由があり、それ故にアルゴさんもモルトさんを最重要人物候補にせざるを得ないのだろう。
粗方依頼していた情報は聞き終えた。後はこの情報を佳樹と共に吟味し、今後の活動方針を練るだけだ。
「今日はありがとうございます。これは今回の分です」
私はトレード画面を表示させ、必要分のコルをアルゴさんに渡した。トレードを確認した彼女は渡された金額に僅かに顔をしかめた。
「これは余りにも貰いすぎな気がするけど、一体こんな金額どうやって捻出するんだヨ……」
「四六時中迷宮区に潜っていればこれくらいの金額は直ぐに貯まりますよ」
プレイヤーに可能な限り事前情報を提供する為には、誰よりも先に迷宮区の攻略に乗り出し、より多くの情報を収集する必要がある。必然的に迷宮区の解放は私達が率先してやり、潜る時間も長い。そうすれば比例して経験値及びコルの貯まる量も多くなる。しかし私のその説明を聞いたアルゴさんは表情を暗くした。
「ミッちゃん……。余計なお世話だとは思うけどさ、いつまでこういう事を続けるつもりだイ?」
普段の彼女らしからぬ、非常に低い声調だった。彼女から言われた『こういう事』とは何かと考え、私はギルド活動の事を言われているのだと察しが付いた。『玲瓏』はSAOに囚われたプレイヤー達の救済を目的としたギルドだ。主な活動は情報収集による危険地帯及び危険Mobの早期発見、他ギルドへの技術供与、非戦闘プレイヤーの介助など、これらを無償で提供している。その過程で攻略活動に勤しんでいると言っても過言では無い。
アルゴさんのその表情から私達の事を心配してくれているのが判ったが、彼女が危惧している事がある程度予想できた私は彼女からのその問い掛けに返答する事無く黙って見つめ返すだけに留めた。
「仲間、集まらないんだロ……?ギルド方針が厳しすぎテ」
何の反応も示さない私に軽くため息をつき、彼女は私の予想通り、玲瓏の欠点とも言えるギルドメンバーの欠乏を指摘してきた。玲瓏を作った当初は佳樹と私のネームバリューもありギルド参入希望者は少なくなかったが、玲瓏の内情を知ったプレイヤーは悉くギルドを去っている。見返りを求めない、完全献身的なギルド方針に対して疑問を抱き辞めて行ってしまうプレイヤーが後を絶たなかったので、現状創立メンバーのまま今日までやってきた。勿論参入希望者には事前にギルド方針は説明しているし、それを踏まえて参入後に玲瓏のやり方に理解を示せない場合は辞めて貰って構わない旨を伝えている為、その事に関してとやかく言うつもりは無い。しかしメンバーが少ない事は即ち現状のメンバーに負担を強いる結果となっており、アルゴさんはそれを指摘しているのだ。
「『玲瓏』のあり方を変えるつもりは全く有りません」
しかし、そう言った指摘をされても私は意思を曲げるつもりなど無かった。彼女は私の返答に微かに目を細め困惑の表情を見せた。しかしそれも一瞬の事で、感情を伺わせない静かな表情に戻る。私はそれを見て、彼女は私のこの発言を粗方予想していたのだと感じた。
「……ヨシ坊は何て言ってるんダ?」
「佳樹……ケイジュは私のやり方に意見を挟む事はありません」
「判っタ。じゃあ他のメンバーはどうなんダ?」
「ロザリオさん、メリーサさん、コユキさん、キリュウさんは私のやり方に理解を示した上で着いてきて貰っています。勿論彼女達には事前に覚悟の程は伺っておりますし、いつ辞めても良いと伝えています。不満が出れば聞きますが、今のところその様な事はありません」
「それで本当に皆がギルドを抜けてしまったらどうするつもりなんダ?」
「その時はまたケイジュと二人で同じ事をするだけです」
明瞭簡潔に聞かれた事を返していく私に対してアルゴさんも淡々と質問を返していたが、他のメンバーがギルドを去っても構わないといった旨の発言にアルゴさんは初めて次の言葉を言い淀む。僅かに逡巡する間、彼女は顔を伏せ此方を見ようとしなかった。
「何時までそんな無理を続けるつもりダ……」
「無論、解放の日まで」
「出来る訳無いだロ……。それが解らないミッちゃんじゃない筈ダ」
「しかし誰かがやらなければならない事です。それが偶々『玲瓏』だったというだけの事」
「効率が悪すぎル。たった六人だゾ?」
「なにもたった六人で百層全てを攻略する訳ではありません。私達は攻略の足掛かりに成っているだけにすぎません」
アルゴさんは説得が進まない事に苛立っているのか、がしがしと頭を掻いた。彼女も利害を無視した相手と交渉を進めた経験は無いのだろう。
「だがギルマスとしてチームのマネージメントのあり方はどうなんダ? 現状の『玲瓏』は間違いなく良くなイ。これが只のゲームならオレっちだってケチつけるつもりは一切無いヨ……。でもこれはデスゲームなんダ。一歩間違えれば死んでしまうかも知れなイ」
「それは誰しもがそうでしょう。それにチームのマネージメントに関しては、ギルド内で私とケイジュが徹底して生き残る術をメンバーに伝えております。アイテム管理もフェンダーさんにより問題無く行って頂いてますので、『玲瓏』の活動に何ら支障はきたしません」
「そう言う事を言ってるんじゃ無イ。これがデスゲームである以上全てのプレイヤーの命が危険に晒されている事くらい殆どのヤツが理解してル。そうじゃなくて、『玲瓏』がそこまで無理をしなくても他のギルドだって充分に攻略出来る力を持っているのに、態々ミッちゃん達が先陣切って危険を犯す必要なんて無いじゃないカ」
終始声調を乱さないアルゴさんだが、それでも当初見せていた冷静な表情は僅かに崩れ、そこには憤りの色が見え隠れしているのが判る。正直に言うと意外だった。普段の彼女は全てのプレイヤーに対して中立に近い立場であるイメージが有ったからだ。確かに親しくなれば便宜を図るだけの関係にもなるだろうが、この様に他人のやっている事に対してあからさまに感情を顕にする所を見たことが無かった。最も、彼女が苦言を呈した時点でこの違和感に気付くべきではあったのだが……。
「私も他ギルドの実力を疑っている訳ではありません。しかしプレイヤーの生存率を上げるには情報は不可欠です。最も命の危険に晒されるのは攻略組の面々であり、そんな彼等の生存率を上げるには誰かが事前に情報を集めるしかない。それ故に私達『玲瓏』がその任を請け負っているのです」
「何と言うか……何で解ってくれないかナァ……。オレっちは無茶をするなって言ってるのニ……」
ここに来て初めてアルゴさんが諦めに近い感情を顕にした。心の底から私達の事を心配しているのが判ったが、それでも私が保守的になる理由にはならない。アルゴさんはばつが悪くなったのか、とうとう力無く項垂れてしまった。店の中は沈黙が支配し、唯一の音源は店内に響く機械的なBGMのみになった。
「アルゴさん……」
私にとって決して心地の悪い沈黙では無かったが、それは確固たる意思を貫いた私だけの感情でありアルゴさんにとってはそうでは無い。心の中で独白しても意味は無い以上、私は意を決して彼女に話しかける。アルゴさんは顔を伏せたまま、目線だけ此方に向けてくれた。
「アルゴさんの気持ちは充分理解しております。私達の事を心配して頂いている気持ちも、伝わっております。しかし私達は『玲瓏』の理念を変える訳にはいきません。今のアインクラッドの情勢は、現状全てのプレイヤーが全力で解放に向かう事で成り立っています。また、『血盟騎士団』、『青龍連合』、『アインクラッド解放軍』、これらのトップギルドがそれぞれのやるべき事を怠慢なく果たして頂いているからこそ素早い攻略が可能となっているのです。その中で、『玲瓏』だけが手を抜きやり方を変えてしまっては確実に綻びが発生してしまう。私達が『玲瓏』をより良い物に変えるのは構いませんが、決して今より手を抜く訳にはいきません」
「それでも、別に『玲瓏』で無くても良イ。今ミッちゃん達がやっている事を『血盟騎士団』にでも任してしまえば良いんダ。アーちゃんの所なら上手くやってくれるヨ」
「確かに私達でないと成り立たないという烏滸がましい事を言うつもりは一切ありません。しかし『血盟騎士団』にも役割があります。私達の役割の一部を『血盟騎士団』に譲渡するとして、結局それは彼等の業務を増やす事にしかならず、攻略の遅滞に繋がります」
「そっカ……。まあ、そうだよナ……」
アルゴさんはどこか納得した様にそう呟いた。彼女なら私が説明した論理など、説明する以前に考えが及んでいるだろうに……。不思議に思い彼女の思惑を探る様に見つめていると、そんな私の様子に気付いたのか落ち着き払った態度でアルゴさんは語り始めた。
「いや、悪かっタ。このSAOでミッちゃんは数少ない女友達の一人だからね、ついついお節介を焼いてしまったんダ。βの頃からの付き合いだから余計なお世話だって事は判っていたんだけどネ」
落ち着きを払いながらも何処か自嘲気味に笑う彼女の様子に思い当たる節は無かった。私はアルゴさんと出会った頃から今日まで彼女に良く面倒を見て貰ってはいたが、今まで見たことの無い、何処か卑屈ささえ感じさせるその表情に違和感を覚えた。
「ミッちゃんが強い事は知ってル。だがその強さが、オレっちには何だか哀しいヨ。いたいけな少女とは言わないまでもミッちゃんだってまだ若いんダ。ヨシ坊が付いているとは言え、二十歳そこらの女が背負わなければならない責務ではないんだゼ?」
先程までの諦観の表情を崩さずそう言うアルゴさんの面影が、何故か佳樹が時折見せるそれと重なる。佳樹もアルゴさんも、私が知る限りでは非常に頭の切れる人間だ。私の様に奔放な人間には理解出来ない苦悩を、私と居る事で感じさせてしまうのだろうか……。
「お心遣い痛み入ります。でもアルゴさん、これは他ならぬ私自身が選んだ道です。私はゲーム初日にこのSAOに囚われたプレイヤー全員と現実世界に生還すると心に誓いました故に。それに私は決して強くはありません。私はケイジュ以外に自身の弱さをさらけ出していないだけです」
「違うよミッちゃん、それが強さだヨ」
アルゴさんに気を使わせまいとした発言に、彼女は私が言う事を事前に想定していたかの如くそう言い放つ。アルゴさんはゆっくりと席を立ち、その間にメニューを操作して先程私が渡したコルを全額返金してきた。私はその行為に目を見張り、物申そうとした矢先に彼女からそれを手で制される。
「元々の仕事量に対して貰いすぎなんだヨ。それにオレっちにも考えがあル」
彼女は丁寧に椅子をテーブルに寄せ、立ち去りながらそう言った。
「ミッちゃんがどうしても今のやり方を変えないと言うのなら、オレっちに出来る事はミッちゃん達の負担にならない事ダ。流石に情報屋として他の客に面目が立たないから『玲瓏』に入る事は出来ないけど、オレっちは『玲瓏』からの依頼は絶対断らないし対価を求めたりもしなイ。まさか文句が有るとは言わないよナ? 他人には無償で善意を押し付ける癖に、善意の押し売りを受け付けないのは只の我が儘だヨ。金はいらないからその代わりに第一層の商店街にでもばらまいてやってくレ」
少々辛辣な言葉を並べたアルゴさんは店から出ていく時、右手をヒラヒラと振りながら漸く微笑んでくれた。それを見送った後、私は目の前に浮かぶトレード画面を見つめた。コルを受け取るか否かの問の下に並ぶマルとバツの選択肢。ここでバツを選択したら、アルゴさんはどう思うだろうか……。その様な意固地な思考が働きそうになったが、私はさして迷う事無くマルを選んだ。大金が戻ってきた事を確認して私は席を立つ。この金の使い道をどうするか、佳樹に確認してみたくなった。
浮遊城アインクラッド、その第一層は構造上最も敷地面積が広く、直径にして約十数キロメートルにも及ぶ。この第一層は二つの顔を持っている。
第一層の主街区である『はじまりの街』は、ゲーム開始当初から生産職を受け持ったプレイヤー達が居を構えており、武器や防具、ポーションや解毒剤、結晶等の回復薬、グルメや音楽等の娯楽、それら全てがこの街で手に入ると言っても過言ではない程に充実している。何故その様な状況になっているかと問われれば、第一層がこのアインクラッドで最も人口の多い階層だからだ。現在の第一層の人口は約六千人、その内生産職を受け持つプレイヤーはその半数にものぼる。彼等は日々の営みの中で創意工夫し、驚く程に文化的な生活を営んでいた。人々が生活に慣れてくるに従って『玲瓏』がはじまりの街を見回る頻度も少なくなり、最前線に籠ることが多くなった。それでも月に数回は慰安目的で街を訪れる機会があるのだが、俺達が訪れる度に街は活気に満ちていくのが判った。多種多様な音楽が流れ、異国に迷い混んだかの様な情緒溢れる様式美や食文化を楽しむ事が出来る。行き交う人々は笑顔を絶やす事無く外来者を受け入れ、人としての全うな思い遣りが感じられる。第一層は間違い無く彼等が繁栄させた階層になった。
そしてもうひとつの顔が、この街に設けられている中央広場に面する『黒鉄宮』だ。ここには『監獄エリア』と呼ばれる犯罪行為やハラスメント行為等を侵したプレイヤーを閉じ込めておく施設や、現在では名ばかりとなってしまったが『蘇生者の間』と呼ばれる施設があり、この『蘇生者の間』には正式サービスで死亡したプレイヤーを記録しておく『生命の碑』という物が申し訳程度に設置されている。こういった正式サービス以前には不可欠だった仕様が盛り込まれている『黒鉄宮』だが、ギルドホームとして購入出来るといった一面もあり、そして此処をギルドホームとして購入したのが現在最大規模を誇るギルド『アインクラッド解放軍』である。
アインクラッドで最も栄えた生産者の街であり、ゲーム攻略を最も期待されたギルドの軍事拠点でもあるのが、二つの顔を持つと言われる所以だ。
「ケイジュはん、あんた嘗めるのも大概にしいや……」
目の前の男は声色こそ静かな物だが、溢れる憤りを決して隠そうとはしない。応接室の上座に用意された椅子にふんぞり返り、容赦の無い拒絶を孕んだ眼光を此方に向ける。トレードマークとも言える尖った頭髪は正しく彼の尖った性格を表している様だった。
「キバオウ君、前々から思っているんだけど、もう少し彼の言葉に耳を貸しても良いんじゃないかい?」
四角テーブルを挟んで対面に座るキバオウさんに対して、そう言ったシンカーさんは俺の右手側に用意されている椅子に控えめに腰かけていた。
「黙っとれ。膨れ上がったギルドを纏める自信が無い言うからワイが副ギルド長に収まってやっとるのを忘れたんか」
キバオウさんの歯に衣着せぬ物言いにシンカーさんは二の句を告げる事無く黙りこむ。事実上ギルドマスターを務めるシンカーさんではあるが、カースト上ではキバオウさんが上に居るのが誰の目にも明らかだ。今まで彼等の戦闘を拝見させて貰っていた身からすれば、決して実力的に開きがある訳でも無く寧ろ拮抗しているとも言えるのだが、こればかりは元頼の性格に依るのだろう。しかしキバオウさんの主張は些か的外れだ。大きくなったギルドを一人で纏めるのが困難だから役割分担するというのは至極当然と言えるのにも関わらず、まるで組織を一任されたとでも言いたげな物言いである。まあこればかりは跳ね返りを押さえ付けきれないシンカーさんにも問題はあるが……。
「確かに部外者である自分が他ギルドの事に口を出すのは図々しいとは思いますが、もう余りにも見ていられない状況になってしまっている。今までにも再三忠告した筈です。このままでは危ない、ギルドが瓦解してしまうと」
「図々しい思うとるんなら言うなや。ケイジュはんやから門前払いせずに入れてやって話聞いてんねんけど、そもそもあんさんに何の得があってワイらに口出ししとんねや」
関係無いから口出しするな。言外にそう言われているのが判る。しかしこちらも見過ごす訳にはならない理由があるのだ。
「ミヤビの望みです。今となっては最早達成出来ない物となりましたが、『玲瓏』のギルド長であるミヤビは一万人全員で無事現実世界に生還するという目標を掲げておりました。今は只、一人でも多くの人と共に生還する為に尽力している」
「……で? ワイらに口出しすんのは、ワイらがこのままじゃ一人残らずワヤんなる可能性があるって事かいな?」
「一人残らずとは言いません。しかしこのままの遣り方ならまず間違い無く大勢が死ぬ」
俺の断定的な言い方に今まで歯牙にもかけずに話を聞いていたキバオウさんの眉根がピクリと動くのが判った。
「ふん、アホらしい。一体何の根拠があって言うとんねん」
「映像記録媒体が無いので物的根拠はありませんが、しかし再三の忠告に身に覚えが無いとも言わせません。物量にかまけた粗の目立つ戦術により、ヒットポイントがレッドゾーンに入った人達を何人も見た覚えがあります。まだシンカーさん主導の頃の方が堅実な立ち回りでしたよ」
「何やて……?」
これもまた、怒りを滲ませた声調だった。俺の発言のどれが彼の怒りの琴線に触れたのかは想像が付く。彼が気にしているのは結局の所自身の体裁だ。自分より下に見ている者よりも劣っていると指摘された事が我慢ならないのだろう。
『アインクラッド解放軍』の前身である『MTD』は、当初は我等『玲瓏』と志を同じくした初心者プレイヤー救済の為のギルドだった。有史以来、生産職と戦闘職に別れはしたものの戦闘に回る者にも実力に格差があった。そんな彼等を一から指導し、自身のギルドに招き入れていたのは他ならぬシンカーさんだ。ギルド参入者には安価の物ではあるが毎日三食分の食事が支給されるという特典があったという事もあり、ギルドメンバーは膨大な数となった。それにより現在では総勢三千人近い人数に昇り、シンカーさんとキバオウさんのツートップという体制になったのだ。それに伴いギルド名も『アインクラッド解放軍』という名に変わったのだが、その頃からだろうか、キバオウさんが台頭し戦闘に粗が目立ち始めたのは。現在の軍の戦法は重槍や大剣を用い、足を止めて攻撃に専念する戦い方が主体だ。防具で身を固め、多少のダメージでは生命に影響しないレベルまで防御力を高めている。勿論攻撃に専念する為ダメージディーラーとしての役割は確り果たしてくれているのだが、その分敵からの攻撃の対処はてんでお粗末だ。
「今まで死者が出なかったのは幸いでした。今からでも決して遅くはありませんので戦術の見直しと、それに伴う訓練をしてください。遣り方が解らなければ指示致します」
「だからええかげんにせえ言うとるやろが! たかだか六人の小数ギルドに知った口叩かれとうないわ! あんさんもワイらの恩恵受けてる癖にどんだけデカイ口叩いとんねん!」
唾を飛ばす勢いでキバオウさんはそう捲し立てた。確かに『アインクラッド解放軍』の台頭により、迷宮区のマッピング速度は格段に上昇した。軍という名に相応しい大人数による行軍で並み居るMobを蹴散らしながら進撃するその光景は圧巻と言える。その光景に感化されて、フロアボス討伐のレイドパーティに軍が参加すれば俄に全体の士気が上がるのもまた事実だ。だからこそ、危ないのではあるが。
「軍の皆さんが攻略に多大な貢献をしている事は勿論存じています。しかしキバオウさん、いつまでも今の遣り方で栄華が続くとは思わないで欲しいと、自分は思います。トップに立つ者なら部下の為に英断を下す勇気もまた必要です。お願いします、どうか聞き入れてください」
俺はシンカーさんを軽く一瞥し、座するキバオウさんに対して深く頭を下げる。彼等の為に進言しているとは言え、此方はお願いしている立場なのだ。 裁量権は彼方にある。しかし断られでもしたら此方も強行手段も辞さない覚悟だった。
「判った。ケイジュ君の言う通りにするよ」
キバオウさんが何かを言い出そうと身を乗り出した気配がしたが、それを制して口火を切ったのはシンカーさんだった。顔を挙げれば厳めしい顔をしたキバオウさんと、僅かにそれに狼狽えながらも確りとした面持ちで此方を見据えるシンカーさんがあった。
「有り難う御座いますシンカーさん」
「ちょい待ちやシンカーはん! ワイは認めるとは言ってへんで!」
「飽くまでもギルドマスターは僕だよキバオウ君。それに今の軍の遣り方は危ないと前々から思っていたんだ。丁度良い機会だし、ここで今までの在り方を見直すのも悪くないと思わないかい?」
先程よりも確りとした面持ちで彼はそう言った。俺のアイコンタクトを正しく受け取ってくれたシンカーさんには感謝する。部下の為に英断を下すのはトップの役目であり、トップとは即ちシンカーさんの事だ。自身の煮え切らない立場を払拭して発言してくれた彼の勇気に頭が下がる思いだった。未だに納得のいかない表情のキバオウさんとシンカーさんの問答が続いているのを見て、俺は彼等に助け船を出す事にした。すんなりと事が運べば使う必要の無い強行手段だったが、勇気を見せてくれたシンカーさんに免じて此方も一肌脱ぐ事にしよう。ギルドのトップ間で軋轢が発生するのも不本意だし、ヒールは飽くまで俺一人で良いのだ。
「話が纏まらない様ですので、此方から一つ提案があります」
俺の発言に、言い争いに発展しそうになっていた二人が同時に目を向ける。少なからず聞く姿勢を保ってくれている内に次の言葉を紡ぐ。
「キバオウさんは証拠を見せろと仰いましたね。ならばお二方は自身のギルドでレイドパーティを作ってください。自分はフロアボスの役目を担い、それを打倒して見せます」
大口ここに極まれり。俺の発言に流石のシンカーさんも目を剥いた。
更新が遅くなってしまったのは完全に自身の不徳の致すところで御座います。
更新を楽しみに待って頂いていた方々には頭が上がりません。