俺の発言により応接室の中は騒然となった。たった三人しか居ないにも関わらずである。
「ケイジュはんは何を考えとるんや! たった一人で四十八人を倒せる訳無いやろが!」
「そ、そうだよケイジュ君! キバオウ君の説得は僕が何とかするから!」
「どんだけの自信があったらそんな事言えんねん! 厚顔無恥ってやつちゃうんかい!」
「もしこれをキバオウ君が受けでもしたらどうする! 負ける確率の方が高いんだよ!?」
交互に捲し立てる二人だが、シンカーさんは自身の発言の際に起こしてしまった失敗に気づき、慌ててキバオウさんを見た。キバオウさんはシンカーさんの発言に如何に俺が無謀な提案をしているのかに改めて気付いた様で、途端に顔を綻ばせた。それにしても、厚顔無恥は無いだろう……。
「と、色々と言うてみたものの、別にその勝負、受けてやってもええで?」
「キバオウ君!」
「構いませんよシンカーさん。此方は話が通らなかった場合、元からそうする予定でしたから。自分はいつでも構いません。ルールもそちらで決めてもらって構いません。但し自分が勝ったら、間違いなく軍のギルドメンバーが一人でも多く生き残る為に、現在の軍の在り方を見直すと約束して下さい。宜しいですね?」
キバオウさんに異論を唱えようとするシンカーさんを制して、キバオウさんに向けてそう言った。
「ほぉう、えらい自信やないかいケイジュはん? ルールもこっちで決めてええなんて随分気前もええしのぉ。そんだけ男見せてくれる言うんならその約束、守ったるわ。但しこちらも条件があるんやけど聞いてもろうてええか?」
無理を言っているのは重々承知している為、どんなに不利な条件でも呑むのが俺自身の誠意である。それを受けてキバオウさんの顔付きは先程とはうって代わり随分と穏やかな物になり、その分下卑た魂胆が透けて見える様な、そういった笑顔を浮かべながら彼はそう言った。厚顔無恥という言葉はまず鏡を見てから使えと言いたい所ではあるが、その心は胸の奥に静かに仕舞う。
「何でしょうか? 聞ける範囲であるなら聞きましょう」
「いやな、そんな大した事でもないんや。この勝負を受けるにあたってワイらには何のメリットも無いやないか。そこんとこケイジュはんはどう思うとるのかと思ってな」
腰を浮かせそうになるシンカーさんを目で制しながらキバオウさんはそう言った。それに対して俺はふむと、考える素振りを見せる。此方から言わせてもらえば、勝っても負けても軍の沽券に関わるというデメリットに気付かれる前に確約しておきたい所だ。それにキバオウさんの提案は勝算を増やす好機でもある。
「判りました。ではこういった物はどうでしょう? 参加したレイドパーティには一人一つずつ、現時点での最高級プレイヤーメイドを武器、防具問わず贈呈します。ボスドロップとしては丁度良いでしょう」
俺の発言にキバオウさんだけでなく、シンカーさんも目を見張る。貴重なモンスタードロップに比べれば程度は劣るが、それでも質の良いプレイヤーメイドは決して安値で取引されない。攻略にあたって高価なアイテムは何処のギルドも喉から手が出る程欲しい代物であり、それを四十八個も用意すると言っているのだから驚くのも無理は無い。
「用意出来るんか?」
「コネクションは有ります。今すぐに口を利けば遅くなる事無く用意出来るでしょうが、流石に勝敗を決める前に用意する事は出来ませんので決断は早めにお願いします」
キバオウさんは椅子に深く腰掛け、思案に耽る。考えている暇は無いぞキバオウさん。ここには俺とキバオウさんだけではない、シンカーさんだって居るんだ。二人だけの秘密にするわけにはいかなくなった。さあどうする? 時間を開ければ何処から情報が漏れるか解らない。こんな美味しい情報が他のギルドにバレたら体裁も悪いぞ? 何を迷う必要がある。相手は一人で此方は四十八人だ。負ける訳無いじゃないか。
「やるわ、今すぐ」
「判りました。では早急に準備をお願いします。此方も先方に連絡を取りますので」
「決まりや」
「ちょっと待ってくれキバオウ君! 幾らなんでもそれは……」
「黙っとれ、こんな旨い話無いで。ケイジュはんもそれで納得しとるんやからええやないか」
再び言い争いに発展しそうになったその時、不意に応接室の扉が叩かれた。本来、室内は余程大きな音を出さない限り外部に音が漏れない仕様になっているが、来訪者が扉をノックした際、内外での会話が可能になる。必然、室内は一瞬の静寂に包まれた。
「……入れ」
全員が居住まいを正したのを確認して、キバオウさんが外に待機しているであろう人間に指示をだす。
「失礼します!」
キバオウさんの了承を得て入ってきたのは、二十歳半ばに見える青年だった。軍特有である鈍色の西洋甲冑に深い緑色のマントを身に纏った彼は、金属が擦れる音を響かせながら俺たちの前に直立し敬礼する。闊達の良さそうな好青年である。
「第二十三小隊所属、守衛係を務めるコズロフと申します! 本日の客人であるケイジュ殿に今すぐ会わせろと言っているロザリオと名乗る女性を現在守衛室前で待機させているのですが、如何致しましょう!」
「ロザリオさんが来ているのですか?」
コズロフと名乗る青年の言葉を聞き、俺は真っ先に反応を示した。
シンカーさんとキバオウさんに許可を取り、俺はロザリオさんが待機している守衛室前に向かった。突然の来訪という事もあり、ホーム内に入れず外で会う事にしたのだ。しかし一体何があったと言うのか、報告ならメッセージ機能を使えば事足りるとは思うのだが、緊急で伝えなければならない事でも発生したのだろうか。色々と思案に耽っていると、守衛室前に人だかりが出来ているのを確認できた。何やら大勢の男性が囃し立てる声に混ざり、女性の反発する声が聞こえた。僅に目眩の様な感覚を覚えたが、気をとり直してその人だかりに歩を進め、軽く咳払いをする。俺の存在に気付いた軍の男達は渋々といった様子で俺の為に道を開け、開けた先には胸の前で腕を組んで仁王立ちをするロザリオさんの姿があった。お世辞抜きで均等の取れたプロポーションによるその立ち姿は、世の男性の目を惹き付けて憚らないだろう。
「オッス、ケイジュ君元気?」
彼女は組んでいた腕を解き、頭の横まで右手を挙げながらそう言った。
「貴女も奔放な方ですね。此処で話せる内容ですか?」
「私は元気かどうか聞いたんだけどなー。まあ良いや、ここじゃ話しにくいから外行こう」
「判りました」
俺の了解の言葉を得ると、彼女は不意に俺の服の裾を掴んで先導を促し、去り際に軍の男達に笑顔で手を降った。彼等はそんなロザリオさんに惚けた顔で手を振り返していた。
軍のギルドホームを出て、俺達は直ぐ傍に面する『中央広場』まで足を運んだ。手頃な場所に腰を落ち着かせ、俺は話を切り出した。
「何やら言い争っていた様子でしたが、大丈夫でしたか?」
先程から浮かない顔をしているロザリオさんを見て、先程の軍の者達と言い合っていた事を思い出す。俺の問い掛けに、彼女は浮かないながらも返事を返してくれた。
「ん、大した事じゃ無いよ。ちょっとデートに誘われたくらいだから」
「そうですか、返事はどうするのですか?」
「おととい来やがれって言ってやった。アイツら私の事エロい目で見すぎ」
「それは穏やかではないですね」
俺との問答が気に入ったのか、不意に彼女が可笑しそうに笑った。
「本当、ケイジュ君は泰然としてるね。判ってるよね? 私さっき勧誘されてたんだよ?」
「軍に入るつもりは無いのでしょう」
「そうだけどさ……」
結成から三ヶ月、思えば彼女達には多大な無理を強いてきた。
「『玲瓏』は辛いですか?」
「ツラくないって言ったら嘘になるけど、ケイジュ君は優しいし、ミヤビちゃんも、メリーサちゃんもコユキちゃんも可愛いし、キリュウは放っとけないし、辞めるつもりは一切無いよ」
彼女は瞼を綴じて、何かに思い馳せつつそう言った。辛いという気持ちも、辞めないという考えも彼女の本心であり、嘘偽り無き心情だろう。
「それを聞けて安心しました」
今は彼女の強さに肖るとしよう。
暫く沈黙が続いた。本来の目的を忘れている訳では無いが、直ぐに切り出すのも憚られた。しかしそろそろ頃合いだろう。
「話が有るのでは無いのですか?」
「そうだった。ケイジュ君がお節介するから危うく忘れる所だったよ」
彼女も冗談めかしくそう言うあたり、今はまだ頑張りたい様だ。しかし彼女達の機微には今後も確り目を配らねばなるまい。
ロザリオさんの表情が引き締まり、真面目な物になる。俺は彼女からどういった話が出るのか身構えた。
「ケイジュ君は茅場昌彦が今何をしているかって考えた事ある?」
彼女の口から出た言葉は、この世界の核心を突く物だった。少なからず俺の意表を突く物ではあった。
「勿論、それを一つの指標として攻略を進めてます。ロザリオさんは何か気付かれたのですね?」
普段から攻略に関わる発見をした際は遅滞無く報告する様にギルドの皆には義務づけていた。彼女の報告は俺がこのゲームをクリアする上で最も重要視している事の一つであり、その重要性に気付いているが故か彼女がメッセージ機能では無く直接会いに来たのにも合点がいく。
「うん、茅場昌彦はさ、もしかしたらこのゲームの中に居るんじゃないかな?」
俺はその言葉を聞き僅かに表情を緩める。四ヶ月程度の付き合いではあるが彼女の聡明さには気付いていた。実際にそれを示してくれる機会に立ち会えると、非常に頼もしいと思える。
「それは茅場が自分達同様、プレイヤーとして参加しているという事ですね?」
「うん、最初にそう思った切っ掛けは、何で茅場は捕まってないんだろうって思ったからなんだ。日本の警察って何だかんだで優秀じゃん。このゲームを運営するに当たってどれだけの規模の設備が必要か私には解らないけど、多分物凄く膨大な設備が必要だと思うんだよね。それを管理維持するのは並大抵じゃ無いだろうし、誰かが付きっきりで視ておく必要があると思う。多分茅場一人では管理出来ないだろうから、何人か協力者も居るんだろうけど、それなら尚更外部からの救済が無いのって不可解だよね。もう四ヶ月だよ? 何で警察は見つけられないんだろう」
「そう考えると、既に茅場昌彦及びそれに与する人達を発見しているにも関わらず、手を出せない理由がある。そう考えた訳ですね?」
「そう、例えば私達みたいにナーヴギアを被っていたら、無理やり外せば死んでしまう可能性がある。そうすると中に居る私達にもどんな影響があるか解らない。最悪、囚われた一万人が一斉に死んでしまう可能性だってある」
「そう簡単には手が出せませんね」
「えっと……まあもしかしたらそうなんじゃないかなーと思って、ケイジュ君ならこれくらい気付いてるかとも思ったんだけど、一応伝えとこうかと」
彼女自身、これが直接的に攻略に繋がる情報なのか、そもそも考えすぎなのか、という所を判断出来ていないらしい。俺の顔色を伺いながら不安そうにそう言う彼女に、俺は微笑み返す。
「素晴らしい洞察力です。その結論に至っている人は、きっとまだ少ないと思いますよ」
俺の返答を受けて、彼女は自身の考察が無意味な物では無い事を悟ったのか、安堵の表情を浮かべた。
「その言い方だと、ケイジュ君は前から気付いてたんだ?」
「可能性の一つとして考えていました」
「他に思い当たる可能性があるの?」
彼女は何気無く質問を返してはいるが、どこか自身の出した答えに確信めいた物があるのか、確認の意味を込めている様に感じる。
「海外に逃走してそこで運営しているという考えもありました。そうなると基本的に日本の警察はお手上げですからね」
「そっか、そうなると解らないね……」
「しかし自分も茅場がプレイヤーとして参加している可能性が高いと踏んでおります」
「それはやっぱり、ゲーム初日の宣言で観賞する事が目的って言ってたから?」
「それもありますが、自分がそれに至った理由はそこではありません」
彼女は俺の発言を受けて暫し考える素振りを見せたが、結局思い当たる理由が浮かばなかったのか答えを視線で催促してきた。
「恐らく彼は、逃げ遂せるつもりは無いのではないでしょうか……」
特に彼女を試すつもりも無いので、俺は暇を挟まず自身の考察を展開する。俺の発言に彼女も何らかの結論に至ったのか、僅かに瞳が揺らいだのが判った。
「『私の目的はすでに達せられている。私はこの世界を創り出し観賞することが最終目的なのだ。すべては達成せしめられた』彼はこう言いました。まるで、思い残す事はもう無いと言っている様ではありませんか? 彼はきっとこのゲームと共に心中するつもりだと、自分は想像しております。そうなると、自身の集大成であるソードアート・オンラインを自身で楽しみたいと思うのもまた必然ではないでしょうか」
どうせ生き長らえるつもりが無いのなら、最後は人生を捧げたゲームに殉ずる。人はそこまでする理由があるのかと疑問に思うかもしれないが、これは武術を嗜む俺やお嬢なら理解出来るであろう感情だ。俺もお嬢も、現代社会に於いて何ら役に立つ事の無い、薬にも毒にもならない範疇に身を費やしている。ただ自身の為だけに武術に殉じているからこそ、茅場の考えも理解出来るし、それ故に彼の心の欠落も想像出来る。
「ヤツの事、心配してるの?」
俺の表情を読み取ったのか、複雑そうな顔で俺を見つめるロザリオさんの姿があった。生還を目的としているギルドの副長がまさか同情したりなどしないよなという、咎める様な視線でもあった。
「哀れだとは思っています。酷く不器用な方法でしか、自身の創った世界を示せない哀れな男だと……」
茅場昌彦が一万人もの人間を死の瀬戸際に追いやっている事実は許されない事だ。たとえそれが茅場自身の命を掛けた試みであってもだ。もう既に五百人近くが死んだ。茅場が結末はどうであれ必ず死ぬ運命だとしても俺は酌量の余地など欠片も持ち合わせないだろう。人には侵してはならない領域が存在する。我々武術家は、人を殺す為の技術を身に付けても尚それを決して殺人の為の手段として使用してはならない。それが現代の倫理観であり、それを護る事が現代を生きる我々の矜持だからだ。それを容易く侵してみせた茅場昌彦は、どれだけ素晴らしい発明をしたとしても所詮獣と同程度の価値しか無い。そして何よりも、藤堂家嫡子、藤堂雅の命を脅かす輩を俺は誰一人として赦すつもりは無い。
ロザリオさんが戦慄の表情でこちらを見つめているのに気付き、俄に溢れ出ていた殺気を謗らぬ顔で内に収める。途端に安堵の表情を浮かべる彼女に向かい微笑みかけた。
「さあ、用が終わったのなら戻りましょう。自分はこれから一仕事ありますので」
「一仕事?」
彼女が疑問を投げ掛けると同時に、タイミング良く俺にメッセージが届いた。中身に軽く目を通し、ウインドウを閉じる。
「これから『玲瓏』のメンバーとフェンダーさんが軍のギルドホームに来ます。自分達も遅れない様にしましょう」
「え? 何か始まるの?」
当然の様に疑問を投げ掛けるロザリオさんに対して、俺は先程とうってかわり不敵な笑みを返す。
「これから自分一人で、軍の人間で構成されたレイドパーティとデュエルします」
「ええっ!!」
これまた当然の様にロザリオさんはすっとんきょうな声を挙げた。
『アインクラッド解放軍』のギルドホームである『黒鉄宮』は、アインクラッド最大の敷地面積を誇る第一層のほぼ中心に位置しており、巨大なその建物は必然的にその収容人数も多く設定されている。その巨大さ故に、敷地内のそこかしこに中庭と呼べる物が存在し、今回のデュエルの舞台はその中庭であった。初日に一万人を収容した『中央広場』に比べれば猫の額程の面積ではあるが、レイドパーティ及び今回の経緯を知る軍の関係者、我々『玲瓏』や少人数ながら観戦者を収容するには充分な広さを有している。飽くまでギルドホーム内という事もあり、一般に開放している『監獄エリア』や『蘇生者の間』からこの様子を見る事は叶わず、短時間ならば今回のデュエルを秘匿するに充分な状況が作られていると言えるだろう。その中庭に簡易的ながら今回のデュエルで用いられるステージが用意されていた。地面に設置された、第一層の雑貨屋で手にはいるロープを五十メートル四方に張った正方形の内部が今回のステージだ。
「今回のデュエルは一対多数という事もあり、システムによるデュエルは不可能です。その為、『アインクラッド解放軍』のギルドマスターである私シンカーと副ギルドマスターであるキバオウとの厳正なる話し合いにより、『擬似的初撃決着モード』という物を考案させて貰いました」
仮設された壇上の上でシンカーさんが今回のデュエルの説明を始めた。彼の説明を要約するとこうだ。今回のフロアボスの役目を担う佳樹はソードスキルを一撃でも当てれば一人を撃退した事になり、レイドパーティである軍のプレイヤー達は佳樹をソードスキルでロープの外に押し出す。佳樹がロープの外に出るか、軍のプレイヤー全員がソードスキルを浴びる事で勝敗は決するという訳だ。本来『アンチクリミナルコード有効圏内』に於いて、通常攻撃でもソードスキルでもプレイヤーの体力を削る事は出来ない。しかし、如何に圏内であっても攻撃を受ければ物理法則に従って身体は動かされるし、ソードスキルであれば筋力値で差は出るが、激しいノックバックにより距離にして約十メートルは弾き飛ばされてしまう。それを利用したのが今回のルールだ。軍のプレイヤー達がソードスキルを受けてノックバックされればその時点でステージから退場し、佳樹はロープの外へ押し出されれば終了。実に解りやすいルールである。
しかし今回の問題点は、軍のプレイヤーの脱落判定は自主的判断に依るという所だ。一応四隅に軍内部で用意された審判が設けられているが、口裏を合わせられでもしたら随分とこちらが不利になる。そこで登場するのが、今回の景品を用意したスポンサー達だ。フェンダーさんを筆頭に、その恋人である料理人クロエさん、フェンダーさんの商人仲間や、景品を用意する職人達が軍のプレイヤーの撃墜判定に目を光らせている。一応、今回のデュエルで佳樹が負けた方がフェンダーさん達に利があるが、そこを確認したら誓って不正は許さないとの事なのでその言葉を信じる事にする。
「ねえねえミヤビちゃん。すごい大事になってるけど、ミヤビちゃん的には良いのこれ?」
ロザリオさんが僅かに狼狽えながらも私に質問してきた。彼女の動揺も尤もだ。私も最初に報告を受けた時は随分と狼狽えた物だ。
「確かに今回の佳樹……ケイジュの判断は正しかったかと問われれば、そうと一概にはいえません」
「ミヤビちゃん、私達の前ではケイジュ君の事を佳樹って呼んで良いと思うよ? ていうか今更だよ」
彼女からの指摘に思わず閉口してしまう。ネットゲーム内にリアルを持ち込むのはマナー違反という指摘を過去に佳樹から受けた私は、人前では出来るだけ彼をプレイヤーネームで呼ぶ様に心掛けてきた。それ故にその禁を容易く破るのは些か憚られるのだが、身内からの御指摘とあらばそれを享受するのもやぶさかでは無いですよね!
「お言葉に甘えさせて頂きます。佳樹の行為は全てを手放しで称賛する訳にはいきませんが、しかし軍の杜撰な生命管理は目に余る物がありました。遅かれ早かれこの様な荒療治に及ばなければならなかったと思います」
今まで運良く生き残ってきてはいたが、仮に一撃でプレイヤーの体力を全損させてしまう敵が現れた場合、彼等は格好の的になってしまうだろう。今回のデュエルはそれに気付いて貰う為の行為だ。流石に佳樹一人の手によってパーティーが壊滅したとなれば、軍も考えを改めない訳にはいかない。出過ぎた真似も、勝てば官軍である。
「言いたい事は判るけどさ、それってケイジュ君が勝つ前提の話だよね? そもそも勝てるのっていう疑問があるんだけど……」
疑問を投げ掛けるロザリオさんだが、佳樹の対人戦闘技術を知らない者なら当然そう思うだろう。私からしてみれば佳樹が敗ける所がまず想像出来ないのだが。
「心配要りませんよ。そもそもロザリオさんだって、この前の十九層で五十体じゃきかない数のMobを相手に無双してたじゃないですか。あ、間違えました。ロザリオさんじゃなくて姐さんでしたね」
「ミヤビちゃん、態々言い直さなくて良いよ! 忘れてたんだったら態々言い直さなくて良いから!」
大事な事だから二回言ったのでしょうか……?
「ふむ……」
今回用意された仮設ステージの中で待機している軍のレイドパーティーと、それに相対する様に佇むケイジュさんの姿を見て、実に心踊る風景だという感想を最初に抱いた。大勢の人間に対して一人で挑むというこの状況は、言うなれば男のロマンに近い感情を促される。今でこそ商人という立場になってはいるが、私も男である以上『強さ』という物に憧憬の念を抱いていた時期もあった。生憎と運動がからっきしであった為、儚い夢となってしまったが。せめてゲームの世界でなら強くあれるだろうかとも思ったが、デスゲームという不幸に見舞われて結局商人留まりだ。
この景色を見ていると、当前だがケイジュさんは勝つつもりでいるのかという疑問が湧く。身体を動かすのが苦手な為か、仮に私が他者と一対一の殴り合いの喧嘩をしたとして到底勝てるビジョンが浮かばない。勿論ケイジュさんは私と違い随分と運動が得意そうだ。風の噂で有名な剣道の選手であるという話も聞いたことがある。剣道の知識は無いので素人としての見解ではあるが、素人とプロ程の違いがあれば四十七人の差は覆せる物なのかも知れない。しかしもし仮に、ケイジュさんが完勝という形では無く善戦という形でこの勝負を決着付けるつもりであるなら、私はきっと失望してしまうだろう。そうなれば第一層の時に交わした契約も不履行という事になってしまいますね。思えば、私は彼の実力をこの目で見るのは今回が初めてであり、ケイジュさんが果たしてこのソードアート・オンラインをクリアして、生存者を無事生還させるに足る人材であるのか見極めるまたとない機会である。
「是非とも、頑張って下さいね。ケイジュさん」
シンカーさんによるデュエル開始の合図と共に腰に帯びた日本刀を鞘から抜き放つ彼を眺めながら、誰に聞かせる訳でもない健闘を称えた。
十数メートル先で黙ってつっ立っとるケイジュはんを睨み付けながら、ワイは心の中で舌打ちした。何でこんな事になってしもうたのかをパーティーの最後列に立ちながら改めて考え直した。第一層攻略の前日にケイジュはんから説教食ろうて、ワイは自身の考えの甘さに気付かされた。それでもワイの力が攻略に必要や言うてくれたから、今日までやってきたんや。今思えば自分よりも若いヤツに説得されてその気にされとったのも癪な話やが、あの日交わした男同士の誓いを忘れた事は無い。ワイはワイのやり方でこのクソッタレなゲームを攻略してきたつもりや。せやのに……。
「ケイジュはんは、またワイの前に立ちはだかるんやな……」
巨大ギルドの副ギルドマスターという重圧に耐えながら、思うように動かない部下に辟易しつつも尚、『アインクラッド解放軍』というギルドの在り方を確立出来たと思うとる。せやのに、それが間違いやったと言うんか……。ケイジュはんはワイ何かよりずっと頭が回るやろうから、ワイには見えてない未来が見えとるんやと思う。つまらん真似せんと、ケイジュはんの言う事をホイホイ聞いとけば万事上手く行くんやろうな。せやけどワイも男や。人から言われた事をはいそうですかと、ただ言う事聞くだけのヤツになりとうない。何より『アインクラッド解放軍』はワイ等のギルドや。どんなにやり方が間違っとったとしても、今この時だけはワイ等の『アインクラッド解放軍』や。他所者が、しゃしゃんなやっ!
「意地の張り合いやっ! 行くで!」
シンカーはんの開始の合図と共に、ワイはパーティーを奮い立たせる為に雄叫びを上げた。
目の前に並ぶ軍のレイドパーティを、目を薄く開けて観察する。前列四パーティ、後列四パーティ、合わせて八組のパーティが開始の合図を待っている。しかし個々のプレイヤーに於いて士気の差が顕著に現れているのが判る。恐らくは数の差という絶対的有利を前にして、勝負に対する心構えが出来ていないのが理由であろう。アイテムを餌にして準備期間を設けなかったのも、理由の一つとして上がっていて欲しい物だ。折角勝率を上げる為に布石を打ったにも関わらずそれが意味を成さないというのも悲しい物があるしな。さて、目の前のレイドパーティで突き崩す事が容易なのは前列の四組だ。命の取り合いでは無い、集団同士の合戦でも無い今回の戦いでは、後方に味方の守りがあり尚且つ相手にするプレイヤーは一人のみという心理的余裕が見てとれる。そういった相手は物の数では無い。後方の四組もほぼ同じ様な状況ではあるが、味方が半数削られれば気を引き締めない訳にもいかないだろう。そうなれば此方も更に気を引き締める必要があるが、何にせよ先ずは開始早々の相手の出方を伺ってからだ。開始の合図前に一つ、深呼吸をする。かの剣豪宮本武蔵は諸説あるものの、吉岡家門弟である剣法家の手練れ数十人に対してそれを打倒し生還している。俺が宮本武蔵と比肩し得る技術を持っているとは到底思えないが、その史実を思うと目の前のレイドパーティなど烏合の衆同然である。彼等とて今までこのデスゲームを生き抜き、攻略組として最前線を支えてきた強者達だ。この世界でなら決して弱い存在では無い。しかしそれも結局は用意されたアルゴリズムに、ヒットポイントという約束された命に、与えられたシステムという恩恵に、護られているからこそ成し得た結果でしか無い。木枯らし吹き荒ぶ寒空の下、自らが手にした本物の真剣を鞘から抜き放つ緊張も、一太刀浴びれば命すら危ぶまれる切迫も、その鋒を殺気と共に向けられる恐怖も、人の肉を掻き分けるぬめりとした重みも、何一つ経験していないのならそれは只のチャンバラでしか無い。
「彩られた強さに過信し、与えられた仮初めの生を守る事もしない」
トッププレイヤーとしての矜持もあるのだろうが、勝手に死なれたらお嬢が悲しむんだよ。それに気付けない様なら、解らせる。
「今から『アインクラッド解放軍』によるレイドパーティー対『玲瓏』ケイジュによるデュエルを開始します。それでは、デュエルスタート!」
シンカーさんによるデュエル開始の合図と共に、俺は腰に帯びた太刀を抜き放った。