「意地の張り合いやっ! 行くで!」
キバオウさんの雄叫びと共に、軍のパーティの目付きが変わったのが解り、俺は感心した。伊達にギルドの副長をはってはいないという事か、その一声により先程までの散漫な空気が一変して皆が俺に対して確かな闘志を燃やして行軍してきた。俺は太刀を身体に隠す様に後方に引き、レイドパーティに向かって駆け出す。軍のプレイヤー達は俺の突然の疾駆に戸惑う事無く、飽くまで冷静にソードスキルの予備動作に移行する。前列中央二組のパーティが装備している武器はランスだ。ランスは『槍スキル』によるソードスキルに限定され、細長い円錐形の槍は刃物が付いておらず、その攻撃方法は基本的に突き刺すか振り回すしか無い。全長は約二メートル、お嬢の持つ日本槍『紋珠』は全長三メートルであり、それと比べると随分短い。初突を回避してもその後の取り回しは早いだろう。しかしその初突さえいなせは忽ちこちらが攻めに転じる間合いにもなる。
ソードスキルによる攻撃判定は武器がプレイヤーの身体に触れた事が条件であり、逆に身体に武器が当たりさえしなければ攻撃としてカウントされない。勿論ソードスキルにはある程度の追尾補整が付与されており、当初の目標に対して標的がずれていたとしてもシステムが攻撃を命中させてくれるのだ。その誤差は±150㎝。つまり相手が攻撃を仕掛けてきてから回避行動をとっても、相手の目測よりも百五十センチメートル以上身体をずらさないと回避は叶わず、ソードスキルを受けてしまう羽目になるのだ。その為、ソードスキルを回避するには此方もソードスキルを合わせたパリングを狙うか、補整範囲外まで一気に退く必要があり、反撃は出来なくなってしまう。相手が使用したソードスキルよりも高い威力を誇るソードスキルによりそれを圧殺する事も可能だが、今回の様に集団相手の場合、スキル発動後の技後硬直があるのでそれは悪手である。デュエルに勝利する為に俺が取らなければならない手法は、相手のソードスキルを確実に回避し、此方は技後硬直及び冷却時間の短い初級単発スキルを確実に当てていく事だ。
「それが佳樹が勝てる理由です。解りましたか?」
「いや……。いやいや、それ全然説明になってないよミヤビちゃん」
私はケイジュ君が確実に勝てる理由を聞いたにも関わらず、ミヤビちゃんから返ってきた答えは今回ケイジュ君が取らざるを得ない戦術の説明だけだった。そりゃあ集団を相手にする場合ワンパーティーで臨むなら兎も角、ソロで臨むなら相手の攻撃全部避けてこっちの攻撃全部当てる。それくらいの事が出来ないと戦いにならないだろうけど、それが出来る根拠を全く説明して貰ってない。当のミヤビちゃんは『今の説明で解らなかったの?』みたいな顔で見てくるし、この子は本当に天然なのではないかと疑ってしまう。
「あ、そう言えば姐さんは佳樹とデュエルをした事は無かったのでしたっけ」
「姐さん言うなや」
私が納得いかないという表情で見つめているとミヤビちゃんは合点がついた様にそう言った訳だが、姐さん呼ばわりされて思わず突っ込んでしまった為言葉の意味を上手く呑み込めなかった。確かに私はケイジュ君とデュエルした事は無い。『玲瓏』での戦闘訓練でケイジュ君の担当はコユキちゃんとキリュウで、私とメリーサちゃんがミヤビちゃんに戦闘訓練をして貰っている。だからコユキちゃんとキリュウならケイジュ君とデュエルをした事がある筈だ。あの二人ならさっきの説明を聞けば納得出来たのだろうか?
「確かにあれは実際に佳樹と手合わせしないと解らない感覚ですからね。私の説明がいまいち呑み込めていなかったのも納得です」
ミヤビちゃんがそう言った途端、辺り一帯から歓声が上がった。歓声というよりも驚愕のそれに近いかもしれない。何事かと思ってステージに目をやると、軍の人間が二人宙を舞っていた。開始何秒の出来事かは知らないが少し目を離していた間にケイジュ君は既に二人のプレイヤーを倒してしまった様だ。私が呆気にとられていると更に二人の人間がサウンドエフェクトと共に弾き飛ばされ、更にその続けざまに二人のプレイヤーが宙を舞った。瞬く間に一つのパーティーが退場になってしまった。地面に倒れ伏す軍のプレイヤー達の中に剣を構えて泰然と佇むケイジュ君がいる。私は訳が判らずミヤビちゃんを見た。彼女は私が見ている事に気付いて得意気に微笑む。いわゆるドヤ顔ってやつだ。何故ミヤビちゃんが得意気なんだよと危うくツッコミを入れそうになったが、また本筋からずれてしまう為口から出かけた言葉を飲み込み、無表情で見つめながら説明を促す。
「あれは佳樹が仮想世界に囚われてから、研究に研究を重ねた結果編み出した技術です」
未だにドヤ顔のミヤビちゃんを無視して、私は辛うじて見えた先程のケイジュ君の行動を考察し始める。前列の軍のパーティーとケイジュ君のファーストコンタクトは残念ながら見えなかったが、その次。ケイジュ君が体術スキル『水面蹴り』により二人のプレイヤーを弾き飛ばしたその後、随分と不可解な事が起こった様に感じた。クーリングタイムが終了した軍のプレイヤーが放ったソードスキルがケイジュ君の身体を
「ソードスキルには相手に攻撃を当てる為に追尾補整が掛かるのはご存知ですね?」
漸く普段の真面目な表情に戻ったミヤビちゃんが説明を始めた。ソードスキルの追尾補整は誰もが知っているシステムで、寧ろダメージ補整と合わせてそれがメインである。両手持ち大剣を使う私はソードスキルの追尾補整に随分と助けられている。挙動が大きくなりがちだから素早いMobはソードスキルの補整無しでは中々当たらないんだよね。
「現実世界で相手の攻撃を回避する場合は、相手の拍子と間合いを読んで攻撃の及ばない所に身体を置いておくだけで良いのですが、仮想世界ではそうもいきません。通常攻撃ならば兎も角、ソードスキルでは現実世界での見切りは役に立たないからです。私と佳樹は当初この違いに随分と苦労を強いられました」
ミヤビちゃんの言いたい事は何となく判る気がする。私も高校時代に地面が細かい砂利の所でバスケをする機会があったが、普段やっている体育館の床との感覚の違いに戸惑った覚えがある。私の場合は馴れでどうにかなったが、武道家の様に脊髄反射レベルで動きを身体に染み込ませてる人達にとって、いわゆる物理法則といった常識を覆されたら堪ったもんじゃないだろうと思う。
「私達はデスゲーム開始後の一ヶ月間を、現実世界と仮想世界の認識の違いと、それを踏まえてこの世界で何が出来るか、どこまで出来るか、どうすれば良いのかを研究しそれを身体に刻み込む事に費やしました。その結果出来上がったのがあの動きです。解りましたか?」
そう言ってミヤビちゃんはまたドヤ顔になったけど、ちょっと待って。今デスゲーム開始後の一ヶ月間って言った? 確かその時期はミヤビちゃんとケイジュ君は初心者プレイヤーの育成とか、それが終わった後も第一層の治安維持の為の見回りとかをやってて忙しかった筈じゃなかったっけ? いつそんなことやってたの? ていうかそれよりも、今の説明でもあれが何なのか解らなかったんだけど、もしかしてミヤビちゃんって説明下手なの?
「ごめん、結局その動きって具体的に何してるの?」
色々と聞きたい事もあったけど、とりあえずあの動きの理解に努める事にした私はそう質問した。
「あれはソードスキルによる追尾補整を限界まで見切った先にある動きです。ソードスキルにより武器を振り抜いたその先、システムは追尾完了を認識します。そうなるとどう足掻こうとも攻撃の軌道を変える事は出来ません。その間隙を縫って相手の攻撃を回避しているのです」
私はその説明を聞いて愕然とした。システムが追尾完了を認識するという事は、システムが攻撃が当たると認識したという事に等しい。いったいコンマ何秒の世界で回避行動をとればそれが可能になるのか、最早システムに打ち勝ったと言っても過言では無い程の偉業ではないか。ケイジュ君が攻撃をすり抜けたと錯覚したのも頷けるし、ミヤビちゃんがドヤ顔する理由も判る気がする。
「確かにそれが出来れば、もしかしたら勝てるかも……」
デュエルの様子を見るとすでに四組のパーティー、レイドパーティーの半数が脱落した所だった。
「くっ……!」
迂闊だった。そもそもが今回のデュエルは軍の方に分が有りすぎたのだ。誰だってレイドパーティーで一人のプレイヤーを殲滅すると聞かされれば、たとえ相手が第一層の時に話題だった『玲瓏』のケイジュだとしても、勝算の方が高いと思わざるを得ないじゃないか。その結果がパーティー全体の士気の低さに繋がってしまったのではないのか?
「うわあぁぁぁぁ!」
俺のパーティーメンバーの一人が闇雲にソードスキルを放ちケイジュに向かって突進していくが、それも敢えなく背後に廻られて一刀の下に降された。彼は瞬間移動のスキルでも持っているのでは無いのか。そういった疑いを持ってしまう程に彼の動きは神憑っていて、俺が率いるパーティーでは彼を降す事は出来ないと悟った瞬間でもあった。情けないとは思う。だがせめて一矢報いたい。俺を含め残り二人となったパーティーのメンバーと目配せし次の行動を示し合わせる。意図を汲んだ相棒はケイジュに向き直り、彼に向かってソードスキルを放つ。両手持ち大剣による初級スキルであり回避される事前提の一撃だ。俺は相棒がスキルを発動させたのを見計らい、彼の後方から両手持ち大剣の突進系上位ソードスキルを発動、有事に備える。相棒がその場でケイジュに斬られるか若しくは再度回り込んで斬られるかは俺には判断出来ないが、相棒もろともケイジュを斬る。スキルアシストにより身体が一瞬軽くなり、それに合わせてソードスキルを放った。突如自身の身体に指向性を持った力が働き、二人に向かって高速で接近し始める。
「うおぉぉぉぉっ!」
ケイジュに肉薄していた相棒は既に彼のソードスキルによって弾き飛ばされていた。しかしそれは計算の内であり、スキルモーション後の技後硬直によりケイジュの身体が硬直している。タイミングはドンピシャだった。絶対に当てる。空を切った大剣を見ながらそう思っていた俺は自身の思考が現在起こっている事象に追い付いていない事に気付く。激しいサウンドエフェクトと一瞬の意識の空白の後、俺は大剣を手放し一面に広がる空を見ていた。少しだけ気分の良い浮遊感から一転して抗い様の無い重力を感じ、俺は上空に弾き飛ばされていた事を理解する。やられたのか、あの一瞬で。思考が追い付いた瞬間、俺は地面に叩きつけられた。
「ぐえっ!」
蛙の鳴き声の様な情けない音を発して地面を転がる。辛うじて見えたのは、ケイジュが地面に転がる投擲用である大きめの投剣を二つ広い集めている所だった。上体を起こしながら、先程見たその事実に信じられない思いでいた。まさか投剣スキルで俺達二人は弾き飛ばされたのだろうか? 一体どれ程の筋力値があればその様な芸当が出来るのか、底の見えない彼のプレイヤースキルとそれに対する自身との差に俺は成す術なくうちひしがれた。
ワイは先程ケイジュはんが見せた見事なプレイヤースキルに素直に称賛を贈りたい気持ちやった。直前の二人は充分な連携を見せてくれよった。勿論一撃喰らわせた所でこのデュエルに勝利する事はでけへんが、それでも大抵のヤツなら確実に一撃もらう位にはしっかりしたもんやった。ただケイジュはんの方が一枚上手やったっちゅう事や。本人達は何が起こったのか理解するのは難しいやろうが、端から見てればどうという事やあらへん。最初に飛び込んで来たヤツを投剣スキル『ツインシュート』で吹っ飛ばして、後続の追撃をしゃがんで回避し体術スキル『弦月』で上空に弾き飛ばした。言葉にすればただそれだけや。ただその一連の動きがどれだけ緻密に計算され、且つどれだけ高速で行われたかを考えると、やりきれん思いになる。『ツインシュート』を使ったんは、確実に撃墜判定を取れる威力を出しつつ技後硬直を出来るだけ少なくする為や。その後の『弦月』は発動時間の長いカタナスキルを考慮して体術スキルを使った。咄嗟の判断で出来るもんや無い。ケイジュはんはこういう事態を予め想定しとったんや……。当たり前や。この話を持ち込んで来たのはケイジュはんで、その為の準備を入念にしとったに違いあらへん。その場の思い付きで勝負を申し込んできた訳やなく、元からワイ等を負かすつもりで勝負を挑んできとったんや。ハナから勝負に対する覚悟が違う。勝てる訳あらへん……。
「お前ら、最初の四組のパーティーの戦いはしっかり見とったやろうな? あれが敵の戦い方や。闇雲に行っても埒があかへん、こっちから攻めても相手の思うつぼや。素早く周りを囲むんや。間違ってもこっちから攻撃しようとすんなや。敵が攻撃してきたら慌てずソードスキルで弾き返せ。ある程度囲ったら一斉にソードスキルで畳み掛ける。相手はタコやない、四本足の人間や。絶対に限界はある」
せやかて泣き言いう訳にはいかへんのや。まがりなりにもギルドの副長はっとる以上、部下の前で弱音吐く訳にもいかんし、しっかり道を示してやる義務がある。それに、ここまで虚仮にされて黙ってヤられる程ワイも大人や無い。醜くとも足掻き通したる。
ワイの問い掛けに部下達は確りと意志を示してくれた。多分コイツらも生半可な事やっても勝てん事は気付いとる。ワイ等がケイジュはんに勝てる唯一の方法は数の暴力で押し通してミスを誘う事や。それを皆が理解しているからこそ、意志疎通の必要も無く一瞬でケイジュはんを取り囲む事に成功した。
「ぐがっ!?」
取り囲む事には成功したが、間髪置かずに放たれたケイジュはんの『ツインシュート』に早速一人脱落させられる。ケイジュはんの左手には既に第二射目の投剣が装備されとった。
「ビビんなや! 押し込め!」
即座にパーティー全体に喝を入れる。二投目の『ツインシュート』で更に一人脱落したが、囲っているメンバー全員で一斉にソードスキルを発動した。眩いライトエフェクトが一人のプレイヤーに向けて一気に迸る中、辛うじて見えたケイジュはんの表情は酷く冷めたもんやった。その表情を見たワイは、この攻撃が徒労に終わる事を一瞬で悟ってしもうた。全てを見透かされた様で、悪寒が背筋に走る。そんな表情が人間に出来るもんなんか。ワイは……、ワイ等は……。
「うわっ!」
全てのソードスキルが不発に終わったんを見届けた後、悲鳴がした方を見ればそこには今にも膝を着きそうになるのを懸命に堪えている仲間と、その肩上に直立しとるケイジュはんの姿があった。
不安定な足場で重心を崩さず立っとるケイジュはんは、先程まで囲っとったワイ等に目もくれず周りに待機しとる他のメンバーをねめつけとる所やった。まるで嘲笑の様な薄い笑みを口許に張り付け、パーティーを物色するケイジュはんのその姿は猛禽類に例えるには生易しい。仮に何かに例えるなら、その姿はまるで……。
「悪魔だ……」
誰が呟いたか、脅えの混ざったその言葉と同時にそれは一人のプレイヤーに向かって飛び掛かり、狼狽える間も無く狙われた仲間は一刀の下に弾き飛ばされた。いつの間にか納刀され、空いた両手にはそれぞれ二本ずつ投擲剣が握られ、交互に放たれたそれは呆然と立ち竦む左右の獲物を瞬く間に退場へと促す。空いた両手に続けて投擲剣が握られたその時、とうとう軍のパーティーはパニックに陥った。
「ヤベェ!」
「こんなの勝てる訳ねえよ!」
陣形も何もあったもんや無く、三々五々と逃げ惑う軍のパーティーがそこにはあった。命のやり取りでは無いという事実だけが、コイツらに縄で囲まれた簡素なリングから逃げ出すという行為を留まらせる唯一の心の支えやった。ただそれだけや。ロープぎりぎりまで身を寄せる残りのメンバーには、もうケイジュはんを倒すという意志は感じられへん。未だにリング中央に残っとるワイを脅えた表情で遠巻きに眺めとるだけの奴らを横目で見て溜め息を吐き、ケイジュはんに向き直る。
ケイジュはんはワイ一人になったからか、両手に構えていた投擲剣を解除し、刀に装備し直しとった。この現状を目の当たりにした為か、先程よりも冷めた目でワイを見つめとる。
改めて目の前にいる男がワイの知っているケイジュはんなのかが疑わしくなる。飽くまで主観ではあるが、ケイジュという男は知性的かつ理性的、己のやる事に私情を挟まずミヤビという嬢ちゃんに対して従順、悪く言えば傀儡の様な男やった。それは間違い無い筈や。直接的な交遊関係は無いにしろ、四ヶ月もの間共に前線を張った戦友や。ケイジュはんがミヤビの嬢ちゃんの為に行動しとる事は誰もが知っている事実やし、今回のデュエルも嬢ちゃんの望みでワイ等の在り方を正すという名目やった。この男の行動理由は全てがミヤビを中心としとる。
だからこそ引っ掛かるんや。先程のやり取りで見せたワイ等を嘲笑する様な笑み。戦いに対する愉悦、絶対的強者のみが見せる余裕、弱者に向ける無関心、失望、その全てを上手くブレンドさせたかの様な物や。あれだけは間違いなくケイジュはん自身の感情が滲み出とる様やった。それのせいでワイのケイジュはんに対するイメージに誤魔化し様の無い齟齬をきたしとる。第一層の興隆はケイジュはん無しではあり得へんもんやし、ケイジュはんの人柄や評判も、第一層を拠点にしとる限り耳にタコが出来る程に聞いとる。どんなに嬢ちゃんの指示やゆうても、それら全てが嬢ちゃんの意向に添った結果やとは到底思えへん。クサイ言い方やが、ケイジュはんには他人に対する思い遣りの心を絶対に持っとる筈なんや。それやのに、今回のデュエルでワイ等に向けた侮蔑ともとれる表情に、心底震えた。話に聞く人格者としてのケイジュはんがそこにはおらんかった。その表情にさせたのが他でもないワイ等だという事が情けなくてしゃあない。
「信じられへんかも知れんけど、これでもケイジュはんの事、尊敬してんねやで……」
これ以上、弱者を追い回す恐ろしいケイジュはんを見とうない。ワイは手にした直剣を鞘に納め、右手を勢いよく横に振りメニューを表示させる。画面を指で繰り、ワイは『デュエル申請』のアイコンをケイジュはんの目の前に表示させた。
「この試合、十中八九『アインクラッド解放軍』の負けや!」
ワイが提示したデュエルルールは、強攻撃の一撃ヒットまたは相手のHPを50%以上削ることで勝利する『初撃決着モード』。泣いても笑っても、次の一撃で最期や。『デュエル申請』アイコンが目の前に表示されたにも関わらずケイジュはんは眉ひとつ動かさず、先程と変わらず冷めた表情でワイを見とる。ほんまに大した肝っ玉や。
「せやから回りくどい事は抜きにして、最期はワイとの一騎討ちで決着をつけて欲しいんや!」
勝手言うとるのは判っとる。せやかて結果の判りきった試合をダラダラ続けるよりもこれの方がいくらかましや。それにこれで終わってくれれば、これ以上ケイジュはんの恐ろしい姿を見んくて済む。
「頼む、ケイジュはん。請けてくれ……」
懇願にも近いワイの申し入れに、ケイジュはんは黙って構えていた刀を納めた。
「今回の試合のルールは『擬似的初撃決着モード』、あなた方が決めたルールです。自分がこの決闘を請けたからと言って終わりではありません。ルールを改変したいのならキバオウさんがシンカーさんに申し入れして下さい。それまでは黙って見ていますので」
不意にケイジュはんが嘗ての穏やかな表情に戻る。これが、ワイがケイジュはんに求めていた物やった。先程の様な苛烈な一面を見せても尚、大事な一線を決して見逃さない。今目の前に在る者こそがケイジュという男の本質ではないのやろうか。
「シンカーはんっ!」
ワイは確認の意を込めてシンカーはんの方を向き、叫んだ。ワイの発言を受けた当の本人は目をつむり黙って頷くだけやった。シンカーはんはワイがケイジュはんに対して抱いている感情を知っとる数少ない内の一人や。今回の結果も含め、彼にも思うもんがあるんやろう。快諾とは言わんまでも承諾を取れたのを確認してケイジュはんに向き直ると、ワイとシンカーはんのやり取りを見ていたからやろうが、デュエルのカウントダウンは既に始まっとった。それにも驚いたが、更に驚いたのはケイジュはんの回りに投擲剣が無数に散らばっとる事やった。数にして凡そ二十近い投擲剣を地面にほっぽっとる理由を正しく汲み取るとすれば、それはメインアーム以外の武装解除、刀一本で相手取るという意思表示では無いやろうか?
「……最高やないかい」
ケイジュはんはワイの期待にこれ以上無い程に応えてくれた。そうなればワイも無様な闘いは見せられへん。鞘に納めていた剣を勢いよく抜き放ち、それを正眼に構えてケイジュはんへ向ける。対する偉丈夫は刀を鞘に納めたまま静かにワイを睨めつけよるだけやが、溢れ出すその雰囲気は決してワイを舐めている訳や無い事が一目で判る。これが所謂殺気というヤツなのかと思うと、武者震いとは別の震えを覚えた。刻一刻と迫るデュエル開始のカウントダウンに合わせて徐々に闘気を増してゆくケイジュはんを見て、今更ながら自身の選択を後悔し始める。そんな自分を心の中で叱咤した。歯が浮きそうになる恐怖を抑え込み、本物の命の取り合いでは無いのだと自身に言い聞かす。ここで逃げ出す位なら舌噛んで死んだ方がマシやと、迫り来るタイムリミットを睨み付けながら震える心に鞭打った。
「うおぉぉぉぉっ!!」
刻限到達と同時に、己の内から湧き出る恐怖を払拭する様に雄叫びを上げケイジュはんに向かって駆け出した。高速で接近してくるワイを未だに抜刀せずに待ち構えるケイジュはんを見て一抹の不安を覚えたが、構わず突進する。相手はソードスキルすら計算で回避する様なバケモノや。無い頭振り絞ってケイジュはんの行動の意味を考えた所でワイにはどうする事もでけへん。ならば当初の予定通り、スキルを使わず通常攻撃のみで攻める。ソードスキルなんか使っていざ避けられた日には嘗てのメンバーの二の舞や。技後硬直狙われて一撃、それだけは避けないかん。
「喰らいや!」
結局ケイジュはんは刃圏に入っても微動だにしなかった。ケイジュはんに向かって右手に持った片手用直剣を突き出す。何の感触も無い、虚空を突き抜いた剣先を見て、一瞬思考が停止する。
「消え……」
消える訳あるかっ! 人がっ!
現状起こった結果から導き出される対戦相手の動向とそれに対する可能性、それら全てが過去の見聞と合致し、警笛を鳴らす。未来視かの如く沸き上がる敗北へのイメージ。それを思考から排除し、直感に従って前方へ飛び込んだ。ヘッドスライディングよろしく飛び出したワイは無様に地面を転がるが、その間に辛うじて見えたのは、眩いライトエフェクトを迸らせた刀を振り抜くケイジュはんの姿やった。飛び出した際の慣性を利用してもう二、三回転地面を転がり、ケイジュはんから距離をとり起き上がる。目の前には初撃を回避された事など、気にも留めていないかの如く佇むケイジュはんがいた。
今までの戦法を客観的に見ていなかったら、発動の遅いカタナスキルで無かったら、今ので決められていた。たった一合、それだけのやり取りの筈なのに、咄嗟の判断ではあるが回避に成功したにも関わらず、実力差を明確に肌で感じた。天地が逆転した所でワイはケイジュはんに勝てない。出し抜く為の名案も思い付かない。
「はああああっ!」
それでもワイは立ち止まる事無くケイジュはんに斬り掛かっていた。逆袈裟の斬り込みは当然の如くスレスレで回避され、お返しに頸動脈への一撃を貰った。
「ぐぅっ! がああああっ!」
刀の軌道なんてまるで見えへん。気付けば喉元にくい込んでいた刃物の不快感を振り払う様にがなりあげ、がむしゃらに剣を奮った。今まで培ってきた、Mob相手にまがりなりにも通用していた戦闘スキルは一切機能してへん。ワイの攻撃全てが回避され、弾きいなされ、その度にケイジュはんから一撃を貰う。ワイも何度か攻撃を防いでいるが、そんな事気休めにもならへん。相手がソードスキルでは無いのが幸いして未だに半減決着には至っとらへんが、ワイのヒットポイントもそろそろヤバくなって来とった。
ただ、ワイは気付いてしもうた。真に恐ろしいのはそことちゃうという事に……。
何度目かの攻防の後に一度距離を取り、態勢を整えた時やった。身体に残る赤いダメージエフェクトが示すワイが攻撃を貰っとるその場所、首、手首、股関節、心臓、あとおそらく肝臓もそうや。その全てが現実で斬られれば致命傷になりかねない箇所やった。
ケイジュはんとの一連の攻防の中、ワイは数回殺されとる。仮想世界である事を良いことに、ケイジュはんは遠慮無くワイを殺しに来とる……。その事実に気づいた時、一瞬で血の気が引いた。恐る恐る相手を見る。ケイジュはんは刀を正眼に構え、射抜く様にワイを見つめていた。その眼差しには一分の隙も無くデュエル開始前と変わらぬ殺気が込められている。
「ひっ……」
喉の奥から掠れた様な声が漏れた。尋常じゃ無い。ホンマに殺す気とちゃうんか? そんな事はありえへんという事は理屈では解っとる。相手はかの『玲瓏』ケイジュ。人を助ける事はあっても、罷り間違っても殺す事などある筈無い。その筈やのに、何でそんな目が出来るんや!?
剣を持つ手が俄に震えだし、呼吸が細かくなる。振り払った筈の恐怖が再来し、歯を鳴らす。ワイは恐怖でおかしくなりそうで、思わずリザインを宣言しそうになりかけた。
「負けるなっ! キバオウさん!」
それを止めたのは、他でもないワイのギルドメンバーやった。
「キバオウさん頑張れ!」
「まだ負けてねえぞ! 最後まで諦めるな!」
「キバオウ!」
「キバオウさん!」
幾多の呼び掛けがワイを恐怖から引き上げ、現実へと引き戻した。呆気にとられてデュエル中にも関わらず辺りを見回した。最初は疎らだったワイに対する声援も、時が経つにつれて次第に大きくなり、いまでは大気を揺るがすかのような大声援へと発展していた。ある者は大地を踏み鳴らし、ある者は拳を握り叫ぶ。軍のメンバーだけや無い。ここに集まった殆どの人間がワイを鼓舞し、応援している。それら全てが衝撃に変わり、ワイの胸を打った。
「ハッ……。ほんま、勝手なやっちゃな……。ワイの気も知らんと……」
無責任にもさっきまで逃げ惑っていた奴等までワイの事を応援しとる。こればかりは釈然とせん物があるが、まあええ……。
「諦めるタイミング、逃してもうたわ……」
剣を強く握り締める。幾分気持ちが軽くなったのが解った。さっきよりも身体が軽い。周りも良く見える。なんや、まだ戦えそうや……。目の前のケイジュはんを見る。未だに殺気は衰えとらんが、先程の様な絶望感は最早どこにもない。今までが嘘の様やった。行ける。まだやれる。声援に後押しされる様に、一歩、また一歩とケイジュはんに向かって距離を詰める。
「はあっ!」
その一歩ずつの歩みすらもどかしくなり、ワイは気勢と共に一気に距離を詰めた。今までの様な不安定な感覚では無い明確な意志の下、構えられた刀もろとも押し潰すつもりで正中線目掛け剣を降り下ろした。その一撃もケイジュはんの刀によって難なく逸らされ、受けから攻めへとノータイムで変化する打刀が額目掛けてつき出される。
せやかてワイは今までと違った。翻る銀の刀閃が今は確りと見える。電光石火の如く疾る刀をワイは首を捻り辛うじて避け、それと同時に下段に逸らされた剣をケイジュはんの首に向かって勢い良く振り上げた。
「つっ……!」
ケイジュはんは上体を反らし辛うじてワイの一撃を回避する。せやけども、その頬には一筋のダメージエフェクトが確かに刻まれていた。
「当たった!」
ギャラリーにどよめきが走り、それは続けざまに大きな歓声へと変わる。その歓声を受ける度にワイの身体は興奮に打ち震え、自然と口角がつり上がる。皆の期待を背負っていると思うと腹の底から胆力が漲って来るのが解った。対戦相手の剣筋を確かに見切った高揚に五体が唸りを上げ、その勢いを乗せて振り上げた剣をそのまま強引に降り下ろす。しかしケイジュはんもそう易々とはくらってくれへん、上手いこと回避して刀を喉元に突きだしてきた。ワイはそれを半身になって辛うじて避け、腹部を狙って横薙ぎに剣を払った。それもケイジュはんは半歩下がって難なく回避して、そのままの勢いで二、三歩下がり距離をおく。
お互いが各々の得物を正眼に構え対峙し、数瞬の睨み合いの後に同時に得物を振り上げ飛び出した。瞬きの間もおかず激しいサウンドエフェクトと共に火花を模したライトエフェクトが爆ぜた。押し寄せる衝撃と圧力に抵抗する様に歯を食い縛り、そのまま鍔迫り合いへと発展させる。ギリギリと甲高い音を響かせながら鎬を削り合い、至近距離で睨み合う。
信じられん事に、ケイジュはんは笑っとった。それも今までの様な嘲笑では無い、思わず零れたかの様な笑み。その表情に一瞬呆気にとられた隙に鍔迫り合いを制したのはケイジュはんやった。面白い様にくるりと剣が回され力を掛ける方向を見失った。
ワイは我に返り、咄嗟に剣を離して後方に倒れる様に身を引いた。鼻先を掠める様に銀の閃光が目の前を可視限界の速さで通過し、地面に背中から転倒する。無意識のまま後転して距離を開けた。追撃は無かった。足が地面を捉えたのを感知し、勢い良く立ち上がりたたらを踏む様に更に後方へと距離をとる。間一髪やった。もし今のを回避出来んかったら半減決着で終わっとった。せやかて問題はうっかり武器を手放してしまった事や。いくら回避の為とは言え、デュエル中に武器を手放してしまう何てまさしく絶望的。メニューから新しく武器を取り出す前に決められてまう……。終わった……。
未だになりやまぬ歓声はワイにまだ期待を寄せている証なんやろうが、誰の目から見た所で決着は見えたもんや。流石にもう往生際も悪いやろう。やはりケイジュはんには勝てんかった。ホンマに大した男や、ケイジュはんは……。レイドパーティーに一人で挑み、あまつさえそれを打倒して見せた。正真正銘のトッププレイヤーや。負けるのは正直悔しいが、この男に倒されるなら本望。そう思い、ワイは静かに目を綴じて来るべき時を待った。俄に観衆が息を飲むのが解り、次第にケイジュはんが近づいてくる気配も感じる。不思議と心境は穏やかやった。短い間やったが、全力を尽くした。だからやろう……。
ケイジュはんが目の前で立ち止まった雰囲気を察した途端、観衆が爆発した。耳をつんざく様な大歓声に僅かな不快感を感じながらも、何が起こっているのかを確認する為薄く目を開ける。
己の得物を納刀し、ワイの剣を両手でうやうやしく持って、それを此方に差し出すケイジュはんの姿がそこにはあった。
「まだやれますか?」
茫然と佇むワイにケイジュはんは静かにそう投げ掛ける。大歓声の中にも関わらずワイの耳に声が届いた。訳も判らず首肯して差し出された剣をおずおずと受け取る。ケイジュはんはそれを確認すると微笑み返し、数歩下がって抜刀しそれを正眼に構え直す。観衆は鳴り止まない。
「は、はは」
意図せず笑い声が漏れた。負けると判っているにも関わらず、ワイの胸を埋め尽くすのは例えようの無い悦びやった。思わず感涙を溢しそうになる。
死に物狂いでこのくそったれな世界を生きてきた。無理言ってギルドの副長の座に収まり戦ってきた。後ろ指を指される事もあったが、それでもワイはワイなりに攻略に尽力してきた。それもこれも全て……。
「ワイは、ケイジュはんに認められたかったんや……」
その答えが目の前にいる。期待を向けた眼差しで刀を構えて佇むケイジュはんがいる。ワイが勝ち取った、ワイの為だけに向ける視線がそこには……。
「ああああああああああああああっ!」
観衆の大歓声に負けぬ様な雄叫びを上げ、剣を振り上げ突進する。もう前しか見えんかった。真っ向に降り下ろした剣を、ケイジュはんは刀を振り上げながら半身でかわし、それを容赦無く降り下ろしてくる。歯を食い縛って地面を踏み、襲い掛かってくる刀に向かってワイも剣を振り上げてぶつけた。甲高い金属音と共に両者は弾き飛ばされる。地面を滑りながらも踏み留まり、目視を廃してケイジュはんが居るであろう方向へ飛びだし、がむしゃらに剣を振る。再び響き渡る金属音。目視が叶ったその時、ケイジュはんは僅に狼狽えながら上段に弾き飛ばされた刀を手放さない様に踏み留まっていた。
ここやっ!
体勢を整える間も惜しく、ワイは大きく踏み込みながらケイジュはんに向けて剣を振った。辛うじてケイジュはんの刀が翻りそれを防ぐ。再三響き渡る金属音と眩い火花に顔をしかめ、倒れぬ様に踏ん張った際に異変を感じた。ケイジュはんが目を見開き、がくりと挙動が崩れる。ワイは、ケイジュはんの足を踏みしめていた。
天恵。その現象はそう呼ぶ意外に他無い。信じられない程にワイの頭は澄み渡っていた。思考が加速する。考える間もなくソードスキルの予備動作に移行する。Mob相手に何回も繰り返し行った動作が自然と形作られ、剣がライトエフェクトを纏う。ケイジュはんが踏みしめられた片足を残して膝をつくのが解った。
「がああああああああああああああっ」
最早声にすらならなかった。無我夢中で掴み取った幸運を取り零さない様に、獣の様ながなり声を上げ、確かな一手を今、ケイジュはんにっ!
片手用直剣単発スキル『ソニック・リーブ』
片手用直剣におけるスキル発動時間最短の一撃が大気を疾る。流星の如く迸る剣閃が初撃を決っさんと駆け抜け、激しい炸裂音と共にその動きを止めた。
「はは……。すげえ……」
思わず感嘆の声を上げたのは無理からぬ事。乾坤一擲、ライトエフェクトを纏う決着の一撃は、同じくライトエフェクトを纏うケイジュはんの両拳に挟まれ、その流れを止めた。
体術スキル『ダブルインパクト』
本来なら只の両手突きであるそれは、従来の使用目的を無視するかの様に、真剣白羽取り宜しく剣を受け止めていた。筆舌尽くしがたいその絶技に、続く言葉を失う。
ふわりと身体が押されるのが解った。既にライトエフェクトは消え失せ、輝きを失った剣がケイジュはんの両拳により押し込まれる。加えて、踏みつけていた足も同時に持ち上げられた。覆い被さられる様にケイジュはんが迫ってくる。既に後傾している身体はその勢いに抗う事も出来ず、ゆっくりと地面に倒れて行った。地面に身体が打ち付けられ、僅に意識の間隙を晒す。気付いた時にはケイジュはんの刀が喉元に突き付けられていた。ダメージを与えられた訳では無く、未だ半減決着には至っていない。それでもこの状況は誰がどう見ても決着やった。
倒れたワイを跨ぐ様に仁王立ちして、喉元に刀を突き付けているケイジュはんと目が合った。その表情に嘗てみせた冷酷なそれは見当たらない。互いに死力を尽くした相手を認めるかの様な、清々しい表情がそこにはあった。
「何で止どめを刺さんのや、武士の情けのつもりか?」
納刀し、脇にずれて手を差し出してきたケイジュはんに向かって、ワイはそう言った。
「決して侮辱している訳ではありません。立場違えど自分たちは運命共同体、謂わば仲間です。互いに認めあったなら態々決着をつける必要も無いでしょう。それと、武士の情けの使い方、違いますよ?」
「細かい事気にすんなや」
おかしな話や。運命共同体が仲間言うんなら、プレイヤー全員がケイジュはんにとっての仲間である筈や。それにしては随分本気で殺しにきとった様な気もするが。つまりケイジュはんが言いたい事はそういう事や無くて、このクソゲームを攻略する中で力を分かち合うに相応しいプレイヤーだと、漸く認められた言う事や……。
ワイは差し出された右手を、握った。
「……リザイン」
ワイのリザイン宣言から、時間差でケイジュはんの頭上に『winner』の表示が浮かんだ。それを確認したか否か判らへんが、ケイジュはんはワイをゆっくりと引っ張り起こす。途端、割れるような歓声と拍手が一挙に押し寄せてきた。ワイを労う声や、ケイジュはんを讃える声が混ざり合い、なんやよう判らん事になってしもうとる。
「約束通り、軍の見直しをお願いしますよ?」
「解っとるわ。ええ気分に水刺すのやめえや」
鳴り止まぬ歓声の中、半ば夢心地だった気分がケイジュはんの一言で現実に引き戻される。ケイジュはんなりのシャレのつもりか、もしくは場の雰囲気で約束をうやむやにされるのを防いだのか……。まあどちらにしろ、今は清々しい気分や。言われんでもこれからは軍のやり方を見直すつもりや。今更ながらホンマしょうもない事で意地張っとったな……。
「これから大変やろうなぁ……」
溜まりにたまった問題点を思い、多少げんなりしながらも辺りの様子を見渡す。何故か涙ながらに頷いているシンカーはんや、満足げに笑っている今大会のスポンサーであるフェンダーはんが印象に残った。
「勿論、必要なら最大限のサポートはさせて貰います。『アインクラッド解放軍』は今後の攻略の要。早急に前線に復帰して頂く予定ですから、そのつもりで宜しくお願い致します」
「さよかい……。ま、精々足引っ張らんよう努力させて貰うわ」
軍が攻略の要と言われて、いまいちピンと来んもんがあったが、ケイジュはんも何か考えがあるんやろうと納得する事にした。
こうして『玲瓏』ケイジュと『アインクラッド解放軍』とのデュエルは、『玲瓏』ケイジュの完勝という形で幕を閉じた。
余談やが、ワイがケイジュはんの発言の意図に気付かされたのは、これから何ヵ月も後の話になる事を、今のワイ等が気付く余地は無かった。