もっと短くテンポよく書ける様に努力します……。
かの騒動の翌日、我々『玲瓏』はアインクラッド全土に散らばる攻略組の面々に対しての説明回りに奔走していた。第二四層フロアボス攻略を目前に控えての『アインクラッド解放軍』の一時戦前離脱。未だ攻略会議は開かれていないが、それが開かれる前には何人かにはその事実を直接伝える必要があった。
フロアボス攻略において、作戦立案や全体指揮を取り仕切るのは有力ギルドのギルドマスターやそれに準ずる者が主であり、基本的には攻略会議に集まったギルドの面々がその階層のフロアボス討伐参加するか否かを決めるのは自由だ。しかし、フロアボス討伐の常連ギルドである場合、作戦立案者もそのギルドありきで事前に作戦を組み立てて来る場合も儘ある訳だ。そんな中で今までフロアボス討伐の常連ギルドである『アインクラッド解放軍』が一時的ではあるが攻略から外れる事は、攻略組全体に承知させておく必要があるし、そうなる一端を作った『玲瓏』がその役を担うのは至極当然と言える。
「へぇ、そんな事があったのかい?」
「大変ご迷惑でしょうが、ご理解頂ければとおもいます」
現在俺が居るのは、第二四層の主街区『ユーヴェンス』にある『青龍連合』のギルドホームだ。『ユーヴェンス』は近代西洋風の建物が並ぶ街であり、規模は其ほど大きくは無い。しかし一つ一つの建築物の収用人数が多く設定されている事もあり、大人数を抱える攻略ギルドの拠点にするにはうってつけだ。その一画を占めるギルドホームの一室に俺は通された。恐らくはギルドマスターの個室として使用されている一室であり、豪奢という程では無いにしろ重厚さを感じさせる趣のある部屋である。
目映いばかりの純銀に輝く鎧と、蒼碧に彩られた肩まである長髪とその瞳。純日本人にはお世辞にも似合わないであろうその装いも、目の前でゆったりと腰掛ける男にはこれ程しっくりくる姿も無いと言える程似合っている。世の女性が放っておかないその容貌を兼ね揃え、かつ大規模ギルドを束ねる胆力と合理性を持ち合わせた奇跡の男、攻略組で第二の規模を誇る『青龍連合』のギルドマスター、ディアベルは俺の話を聞いて愉快気に笑った。
彼の笑みにはどの様な意図が含まれているのか。規模、実力共に上位に食い込むギルドのギルドマスターであるディアベルが、今回の顛末を聞いて笑みを浮かべる理由。それを表情を変えない様に考察する。
ディアベルは第一層の事件以降も変わらずボス討伐パーティーを指揮し続け、彼に心酔したプレイヤーを従え一時期『バスタード』というギルドのギルドマスターを務めていた。《basterd》というギルドネームは恐らく第一層での自身の行いを皮肉って付けた名前だろう。しかしその様なギルドネームとは裏腹に、彼はその類い稀なる指揮力やカリスマ性を以てメンバーを正しく導き、攻略組のイニシアチブを握ってきた。それは決して彼の潜在的な能力に頼りきった物では無く、常に現状を把握し適切な攻略に励んできたからに他ならない。攻略が進むに連れて、リンド率いる『ドラゴナイツ』と結託し現在の『青龍連合』の姿になった訳だが、ギルドマスターを決める為の双方ギルドマスター同士のデュエルで難なくリンドを打ち倒すプレイヤースキルも兼ね揃え、現在のアインクラッドでも屈指の実力を誇るプレイヤーと言える。
はっきり言って現状の『アインクラッド解放軍』と比べ、『青龍連合』は実力のみで言えば歯牙にも掛けない程にはギルド全体の練度は折り紙つきだ。『青龍連合』が危惧している事と言えば、比較にならない程のギルド規模とそれに伴う財源力とでも言うべきか。『玲瓏』の介入により『アインクラッド解放軍』がどの様な変貌を遂げるのか、恐らくそこが気掛かりであるのだろう。
「いや、相変わらずケイジュ君の仕出かす事は突き抜けていてね……。思わず笑ってしまうよ。本当に一人で四十八人も倒したのかい?」
先程の笑みに対する釈明なのか、ディアベルはそう言って話を切り出してきた。
「途中からキバオウさんとの一騎討ちになりましたから、倒したのは三十人ですね」
「そうか……。それでも充分凄いけどね……」
そう言って彼は笑った。呆れ混じりの屈託の無いその笑みには普段の攻略で見せる荘厳さは欠片も無く、ただ本来のディアベルを写している様に思えた。疑りすぎかと思えたが決してその様な事は無い。大規模ギルドのギルドマスターは伊達では無く、何かしら腹に黒い物を抱えている。そうでもないととてもでは無いが二百を越える人数を従わせる事など出来る筈も無い。
「キバオウ君は強かったかい?」
先程の笑みは鳴りを潜め、静かに強かな表情を形作る。
「強かったですよ彼は。『玲瓏』のメンバー以外では一番苦戦した覚えがあります」
「そうか、たださっきの話を聞いた限りでは急拵えのレイドパーティーでは君に歯が立たなかったみたいじゃないか。やはりキバオウ君以外の実力は然程という事なんだろうね」
「そうとも言えませんけどね。飽くまでも対Mobとして考えればあれほど理に叶ったギルドはありません。ただ此方からしてみれば、Mob相手同様の戦い方さえして貰えれば付け入る隙は幾らでもあったというだけの話です」
「確かに、回復ローテだけで今までの攻略を切り抜けてきた様なギルドだからね。あの防御力と攻撃力は目を見張る物があったけど、例えばそれが通用しないMobの場合は一気に瓦解してしまう恐れがあった。だから態々テコ入れしたんだろうけど、ちょっとお節介が過ぎないかい?」
ディアベルの瞳が僅かに妖しく光る。実際の所何を目的としているのか、それを知りたがっている。しかしはっきり言って、ディアベルが望んでいる様な答えを俺は持ち合わせていない。
「ディアベルさん、亡くなってからでは遅いんですよ。ミヤビは危ないと判っていて尚放っておく程非情ではありません。本当ならばもっと早くからこう言った対処をしたかったのですが、なかなか聞き入れて貰えなかったんです」
「となると、本当に善意のみで事に及んだって事か。まあ、ミヤビさんなら解らないでも無いけど、ケイジュ君としてはどうなのかな」
『玲瓏』のギルドマスターであるミヤビの行いに対して、彼は疑心を挟まないつもりらしい。惚れた弱みとでも言うべきか。しかしディアベルはどうしても俺の行動に何らかの意図を見出だしたい様だ。しかし『玲瓏』程の少数ギルドともなれば政治的立場に拘る必要は無く、そもそも慈善活動を主とするギルドにそういった立ち位置もあった物では無いだろう。ディアベルは未だにそこら辺を深く理解していない様だ。
「自分はミヤビの意にそぐわない行動を取るだけです。アインクラッド百層攻略を、出来る限りの犠牲者を出さずに成し遂げる。その為なら自分はどの様なお節介も厭わないでしょうね。ミヤビは全プレイヤーに対して生還を望んでいます。全プレイヤーに対して気を配らなければならない以上、『玲瓏』の他ギルド参入はあり得ません」
ディアベルは虚を突かれたかの様に一瞬黙り、苦笑を溢した。『玲瓏』は少数ながら過去全てのボス討伐戦に参加しある程度の実績を残している。はっきり言って、攻略組から見れば異質な存在だろう。六人という少人数で確固たる連携を取りボス討伐に貢献しているが、そんな少人数でギルドを維持している理由が無いのだ。このゲームが只の遊びであるなら好きにすれば良いのだろうが、これは命懸けのデスゲームだ。確かなプレイヤースキルを誇る六人を放っておく程無駄な事は無いだろうし、寧ろ他ギルドからしてみれば扱いづらい事この上無い。いっその事自身のギルドに引き入れてしまった方が得策であると考えるのは自然な事だ。ましてや、表沙汰では無いとは言え迷宮区の序盤のマッピングやMobの情報源は『玲瓏』が暗躍している事は攻略組の間では周知の事実であり、第一層主街区の流通を握る商人ギルド『ムスタング』のフェンダーとも懇意の仲である『玲瓏』を引き入れる事が出来れば、絶対的イニシアチブを取る事が出来る。言ってしまえば、現在のアインクラッドにおけるパワーバランスを握っているのは『玲瓏』と言っても過言では無いのだ。
「心配為さらずとも、自分達が『アインクラッド解放軍』に入る、若しくは傘下に入れる様な事はありません。飽くまでも今の『玲瓏』としてこのアインクラッドを攻略します」
「……解らないな。何故そこまで『玲瓏』に拘る? ケイジュ君達なら何処にいてもその実力を発揮出来ると思うけど」
ディアベルの問い掛けは、探る様なものではなく、私欲を挟まない真に疑問を呈するものだった。
「自分達が『玲瓏』に拘る理由は、ギルドマスターがミヤビであるからです」
俺の発言にディアベルは何かを理解したかの様に目を細め、先程よりも僅かに身を乗り出して話を聞く姿勢をとる。
「ミヤビははっきり言って、かなり世間知らずです。世の中の黒い部分をあまり知らない。人間がある程度の挫折を体験した後に、挑戦する事を諦めたり始める前から不可能だと決めつけて行動してしまう事を、そういった思考に陥る事を、ミヤビは経験せず無垢なままで育ってしまった。それが許される環境に恵まれてしまった。それ故に彼女は実直に自身の信じる正義を貫いて来る事が出来ました」
「それはケイジュ君のお蔭で、という事かな?」
俺の説明の最中ディアベルは真意を見つけたかの様に、それでいて俺を咎める様な視線を投げ掛け、口を挟む。いたいけな少女を世間知らずなまま、それが許されるままに成長させてしまった、その壁役を承った人間が俺であると決めつけた様な表情だった。
「ディアベルさんが危惧している事は判ります」
彼女の強さは諸刃の剣である事を彼は指摘している。人間の底知れぬ悪意を経験せぬままに得た強さは、それこそ悪意の洗礼の前に屈してしまう脆ささえ持ち合わせてしまうだろう。
「確かに自分がミヤビの盾になる事は多々ありました。しかし決して自分だけが今のミヤビを造り上げた訳では無く、それこそ友人に恵まれ、環境に恵まれ、容姿や才能に恵まれ、自身に内在する強さに恵まれ、更には偶然にさえ恵まれました」
ミヤビが盲目になる前に得た友人にあたる者達は、盲目になっても尚交友関係を途切れさせる事は無く、父親や道場の門下生も彼女を見捨てる事は無かった。容姿端麗、才色兼備である雅は、恐らく世間一般の者よりも辛い体験は少なかっただろう。盲目である欠点さえ克服し、何よりも辛い経験すら都合良く忘れてしまえる程の偶然にさえ見舞われ、それを受け入れられる強さを得てしまった。そうして出来上がったのが
「また、ミヤビは世間知らずではありますが、身の程知らずではありません。自身の出来ない事、他人と違う所、それらを察する聡明さを持ち合わせていた。自身の至らぬ事を理解し、それを慈しみ、それはそのまま他人を慈しむ心を育みました。彼女は他人を自身の下に置かず、上に置かず、宛ら偉人が語った君子のごとき異常さを孕んでしまった」
他人から受ける嫉妬や憎悪すら、彼女はそれが当たり前である事を理解し、容認する。他人の得手、不得手を承知し、それを許容する。そこまでの説明を聞いたディアベルは僅かに顔をしかめ、深く項垂れる。
「歪だね……」
彼女がああなった経緯をここまで話したのは、ディアベルが初めてだった。彼はミヤビの身に起こった出来事を全ては知らぬまま彼女の不可解さを理解する。
「ミヤビにとっての戒律は江戸期の武士道ではありますが、彼女は五徳を経験では言い表せない何かで補い、理解してしまった。彼女にとって人助けは当たり前で、それに足る為の努力を惜しまない。他人からのやっかみは当然で、それでいて人が本来持ち合わせているであろう善意に信を置き、それを信じるからこそ礼を全うする。正解ですよディアベルさん。彼女は余人にとって余りにも歪で、だからこそ完成された彫像の様に美しい」
言い換えれば、人間味が無い。しかしそれも雅にとって異常とは思っておらず、少しだけ他とは違うというだけの認識だ。だからこそ守らなければならない。白無垢の様に清廉で、激流の様に苛烈で淀み無いそんな彼女を。ディアベルは俺の説明が腑に落ちたかの様に黙り込み、思わず笑みを溢す。
「そうだね。ミヤビさんの歪さは、何となく気付いていた。俺達は心のどこかで何が正しいのかを解っていても、顔色を窺ったり、場の空気に流されたり、恥が出たりで躊躇ってしまう。だけどミヤビさんにはそれが無い。中々出来る事ではないよ……。更に言えば、彼女は理想を振りかざすだけの無力な少女じゃなくて、皆を納得させ振り向かせるだけの力がある。実ありきの美とでも言うべきかな。可愛い女の子に先導されてちゃ男としては形無しだけど、そこに惹かれてしまうんだろうね」
ディアベルは隠す事無く心情を吐露する。そこには牽制の様な物は無く、同志と意見を分かち合う様な声調が含まれていた。俺は無言でそれに同意する。
「ケイジュ君が『玲瓏』に拘る理由、何となく判る。彼女は大勢の中に埋もれさせるには余りにも惜しい。しかし彼女一人では危なっかしくて目に余る。君は、そんな彼女を今まで守り続け、これからも守っていくつもりなんだね?」
今まで、肉親以外にここまで雅を理解し、俺のやることを理解してくれた者がいただろうか? 俺は心のどこかで孤独だったが、今はどこか報われた様な気がする。
「ミヤビは恵まれています。少数ではありますが、良い仲間に巡り会えた。彼女らは良くも悪くもミヤビを普通の人間として扱ってくれますから……。そして貴方の様な理解者もいる」
ディアベルは俺の発言に満足気に微笑む。改めていい男だと思った。
「野暮な事を言って済まなかった。『玲瓏』は好きなようにやれば良い。ただ、ケイジュ君と袂を分かつつもりは無いけど、他ギルドとして活動するなら君と俺はライバル同士だ」
そう言ってディアベルは挑戦的に笑う。相変わらず笑顔を絶やさない男だ。
「当たり前です。誰にもこのポジションは譲りません」
「それが本音かい?」
そう言って、俺とディアベルは互いに笑った。
第二十四層主街区の一画を占める宿の一室にて、私は目的の人物と面会していた。
攻略組の一角、ギルド『血盟騎士団』のギルドマスターを務めるヒースクリフその人だ。作戦立案に関してヒースクリフさんが表に出てくる事は無く、いつも副ギルドマスターであるアスナさんが攻略会議に参加している。作戦立案を任されているアスナさんに今回の騒動の顛末を報告すれば充全に対応して頂けるかとは思うが、筋を通す上でも直接ヒースクリフさんに報告するべきであると思った上で、今回の両ギルドマスターの会談に至った。
「『玲瓏』からの報告、確かに承知した。この件は私からアスナ君に伝えさせて貰おう」
「お手数お掛けします。多大なるご迷惑をお掛けする事を知っての『玲瓏』の独断専行、真に勝手ながら、ご理解頂ければと思います」
「なに、構わないよ。此方としても被害を未然に防ぐ事に異論は無い」
「大変恐縮で御座います」
私は深々と頭を下げた後に、改めてヒースクリフさんを見た。幾度も同じ戦場を駆け抜けた間柄ではあるが、この様に面と向かって話すのは意外にも今回が初めてだった。
歳の頃は恐らく三十前半から半ばに掛けてだろうか、決して老いてはいないが青さを感じさせない雰囲気がある。艱難辛苦、酸い甘いをある程度経験したであろうその表情は皮膚の皺ではない何かが確かに刻まれていた。その相貌をロザリオさんはナイスミドルと賞していたが、その感想も頷ける。しかし最も目を引くのは先程から真っ直ぐ私を射抜いている両眼である。鈍色に輝く瞳はまるで日本刀の地鉄を深くまで覗いているかの如く、吸い寄せられる様な魅力を内包している。まるで特殊な磁力でも宿しているかの様に中々目を離せないでいた。
「ミヤビ君、聞きたい事があるのだが良いだろうか」
不意にヒースクリフさんが私に話し掛けてきた事により、私は漸くその磁力から解放された。
「失礼致しました。お話とはなんでしょう」
私は不躾にもまじまじと見つめていた事に対して謝罪し、要件を伺う。私の反応を見たヒースクリフさんは目を閉じて薄く笑みを浮かべた。
「なに、大したことでは無い。『アインクラッド解放軍』を前線から一時離脱させる事に関して了承したが、その穴埋めとして君達がどの様なプランを立てているのかを伺いたくてね」
「それに関しましては、ディアベルさん率いる『青龍連合』から人員を増強して頂く手筈になっております。『青龍連合』は普段からボス討伐に参加しているフロントプレイヤー以外の練度も非常に高く、同等とは言えずとも充分に『アインクラッド解放軍』の空いた穴を埋められると予想出来ます。生憎『玲瓏』は少数ギルド故に人員の対処は出来ませんが、その分ボス討伐部隊に対してアイテムによるバックアップに努めさせて頂く所存です」
私はヒースクリフさんからの問いに対して事前に用意していた返答を伝えた。今回の説明回りは佳樹が『青龍連合』、私が『血盟騎士団』、ロザリオさん、メリーサさん、コユキさん、キリュウさんがその他の少数パーティーやソロプレイヤーへの声掛けを担当している。その際佳樹の方からディアベルさんに人員増強の打診を図る様にお願いしてあるのだ。恐らく佳樹に関しては問題なく事は運ぶ筈である。彼の交渉術ならば余程筋の通らない案件でない限り確り話を持ってくるだろう。
問題は私の方だ。『血盟騎士団』のギルドマスターであるヒースクリフさんは最前線が十五層の辺りから突如として攻略組に名を列ねてきた方で、それまで何処で何をしていたのかその情報は皆無である。佳樹曰くゲーム開始時に把握していたプレイヤーの中に彼は居らず、恐らくはβテスターであろう事は推測できるそうだが、佳樹と私の記憶の中に彼がβ版をプレイしていた記憶は無い。勿論βテスター千人全てを把握していた訳では無いが、彼の情報量、システムに対する理解度は他のプレイヤーと比べ群を抜いており、ビギナーとして捉えるには些か不可解だった。佳樹なりに彼がどういう存在なのかある程度の当たりを付けてはいる様だが、今回私が『血盟騎士団』に対する説明に回ったのは、私の視点からヒースクリフさんが信頼に足るかを確認する為であった。
今まで表だって活躍している訳では無いが、ディアベルさんに勝るとも劣らない指揮能力や団員の統率力を鑑みるに只者では無い。飽くまでレイドパーティーの下手に甘んじながらも要所で抜群の防御力をもってレイドパーティー全体の補助をする。かと思えば鍛え抜かれた突出力でアスナさんを筆頭とした攻撃部隊がボスの隙を突き決定的なダメージを与え、ギルドとしてラストアタックを獲得したのは一度や二度ではきかない。攻略組が死亡者ゼロでここまでこれたのは間違いなく『血盟騎士団』の貢献が大きい。その点で言えば間違いなく信用に足るのだが、はたしてそれが恒久的な物なのか、無条件で信を置くにはあまりにもヒースクリフさんはベールに包まれ過ぎているのだ。
というのが佳樹の考えである。
私個人としてはそこまで疑う程の事であるのか判断がつかないでいる。そこまで考えているなら佳樹が『血盟騎士団』の説明に回れば良いのでは? とも思ったのだが、どうしても穿った見方をしてしまうと本人が言っている以上、渋々という訳では無いが私がこの役を請け負ったのだ。
「成る程、『玲瓏』として最大限の助力はしてもらえるという事か。しかしアイテムによるバックアップと一口に言えど、具体的に度の程度の事をするつもりだろうか?」
「具体的には『アインクラッド解放軍』が抜けた事による攻撃力の低下を武器及び補助アイテムで補う予定です。商人ギルド『ムスタング』と『玲瓏』は提携を結んでいる為ある程度アイテムの融通は効きます。決して今回の会談による契約を不履行には致しません」
「承知した。しかし今回の話を聞くに、ボス討伐における『アインクラッド解放軍』の欠員を『青龍連合』の人員で補うにあたって、『玲瓏』から受けられるアイテムバックアップの比率が『青龍連合』に偏ってしまうのではないだろうか?」
「飽くまで『玲瓏』の目論見はボス討伐部隊全体の戦力増強です。ボス討伐に差し支えさえ無ければどこのギルドが何人参加するかは問いません。そこは攻略会議の際に話を詰めて貰えれば宜しいかと。しかし私共としても攻略組の間で軋轢が生じるのは本位ではありませんので、仮に会議の際に不和が発生する様ならばアイテム融資は『玲瓏』の判断でやらさせて頂きます」
「ふむ……つまり君達の不興を買わなければ攻略会議は今まで通りという事だね」
ここまでの説明でヒースクリフさんがある程度納得したかの様に思索に耽りだしたのを確認し、私はばれない様に一息ついた。佳樹が用意した台本はここまでだ。これからは私の考えの下に話を進める必要がある。少しだけ緊張した。
「君達の考えは判った。その条件ならばこちらとしても特に口を挟むつもりは無い」
「ご納得頂けた様ならば何よりです」
「ああ、次回の攻略会議は今まで以上にアスナ君に奮闘して貰う事にするよ」
思いの外すんなりと話が通った事に私は少しだけ拍子抜けした。少々波乱の種を蒔いてしまった気もするが、概ね良好と捉える事にする。
「所で、個人的な質問をしても良いだろうか」
これ以上の言及が無ければこれで会合を終えるつもりだったが、不意なヒースクリフさんからの発言により私は緩み掛けた気を改めて引き締め直した。
「どういった事でしょう。私に答えられる事であれば」
「そうだね、では今回の『アインクラッド解放軍』と『玲瓏』の騒動を何故第二十四層の時点で発生させたのか、というのはどうだろうか?」
彼からの質問は私が佳樹と話を詰めていない内容だった。心中で僅かに動揺しながらも、私は自身の中で考察を展開する。今回の強行は数週間前から『アインクラッド解放軍』に対しての警告に当方ギルドが応じなかった為の佳樹による独断専行ではある。私としてもこのまま警告に応じなかった場合、攻略組ギルドと話し合った上で何等かの措置を取る事を謀ってはいた。では何故、佳樹は事を急いだのか。何等かの理由があるからこそ佳樹は今回の強行に至ったのだ。佳樹の人柄と自身の見聞を照らし合わせて、凡その最適解を弾き出す。
「今回の騒動は『玲瓏』ケイジュの独断であります。ですので事の真意は本人にしか判りませんが、私の解釈で良ければお聞かせ致しますが」
「構わない、聞こう」
ヒースクリフさんはそう言って胸の前で腕を組み、目を瞑って椅子に深く腰掛けた。私は違和感を覚えたが、これが彼なりの話を深く聞く姿勢なのだと納得した。
「まず、ケイジュの行動は前提として私の意に反する事はしないという条件があります。私の意とは即ち一人でも多くの人達と無事に現実世界へ生還する事です。そこから紐解いて行くと、第二十四層以降で現状の『アインクラッド解放軍』に何等かの被害が及ぶ様な困難が待ち受けていると、ケイジュが推測したという事です」
一度話を区切り、私はヒースクリフさんの様子を見た。彼は私の説明が止まった事に気付き、目を開ける。その視線は続きがあるのならば先を促す様な意が込められていた。恐らくは自身が納得の解答に至るまで私の話を遮るつもりは無いのだろう。私は話を続けた。
「攻略組に属するならば一度はある噂を伺っているかと存じ上げます。全百層からなるこのアインクラッドに於いて、十層、若しくは二十五層、若しくは五十層毎に、強力なフロアボスが配置されているという噂です。この噂はまことしやかに囁かれておりますが、ケイジュは何等かの確信を持って二十五層毎に強力なフロアボスが配置されているとみなしたからこそ、今回の強行に至ったのだと思います」
第十層及び第二十層のフロアボスは勿論強敵ではあったが、苦戦を強いられる程では無かった。ヒースクリフさん率いる『血盟騎士団』も第二十層を経験している為、それは知っている筈だ。尚も話を続ける。
「ケイジュがどの様にそう結論付けたのかは判りませんのでこれは私の経験から話をさせて頂きますが、例えばこのソードアート・オンラインに限らず、スポーツ、若しくは学術でも構いません。それらを修める所をゴールと定めるならば、ゴールに至る迄に複数の難所が存在しました。勿論個人の才能の違いがありますので一概には言えませんが、それは決して1つや2つでは利かなかった様に思われます。飽くまで感覚的な問題ではありますが、このソードアート・オンラインに於いて百層攻略をゴールと定めるならば、難所が1つでは些か緩い。しかし十も二十も難所を定めてしまえば、それに向き合う意欲が削がれてしまいます。ならば、私の見解では二十五層毎の難所が適切かと……。勿論、佳樹がこの様に稚拙な思考回路から答えを導き出したとは到底思えませんが…………あっ!」
私は慌ててヒースクリフさんを見た。彼は目を開け、僅かに笑みを浮かべていた。
「ヨシキとはケイジュ君の事だろうか?」
「あ、はい、そ、うですかね……?」
「良い名前だと思うよ」
「あ、ありがとうございます……。私もそう思います……」
またやってしまったー! 私バカだー!
久しぶりに他人の前で真面目な話をするからまたうっかり素に戻ってしまった……。何がありがとうございますだよー、私の事を言われた訳じゃ無いよー。
ごめんなさい佳樹……。また貴方の名前をばらしてしまいました……。でも結構な人達にはもう周知の事実だし、今更かな……? いや駄目でしょうばらしたら……。
「あの、私の見解は以上なんですけど……。何か質問はございますか……?」
本当ならばまだ私なりの考えはあるのだが、もう説明意欲が削がれてしまった……。いえ、勿論自分の責任なんですけど……。
「いや、充分だ。中々個性的な見解だったよ。物事の結論に至るに、アプローチは決して単一では無いと改めて実感出来る良い機会だった。大変貴重な時間を過ごさせて貰ったよ。どうか気を落とさないで貰いたい」
「はい……。御気遣い感謝致します……」
結局締まるに締まらないまま、今回の会談は修了しました……。
「それでさっきからミヤビさんは落ち込んでるんですね」
コユキさんは少しだけ可笑しそうに笑いながらそう言った。それぞれの説明回りも終わり、現在の拠点にしている二十四層宿屋のラウンジに集まったメンバーが雅の落ち込んだ様子に気付き、俺が事情を説明すると皆一様に納得した様だ。
「まあミヤビちゃんも相変わらずと言うか、確りしてる様でどこか抜けてるよねー」
「うう、面目無いです……」
「まあヒースクリフさんも悪い人では無いでしょうし、気にしなくても良いんじゃないですか?」
メリーサさんは誰に対して気にしなくても良いと言っているのか判らないが、飽くまでも被害者は俺だ。まあアルゴさん曰く、俺の本名は出回りすぎて既に商品価値が無いそうだから今更他の人にバレた所で問題は無いが、自分で言って少し遣る瀬無くなってくるな……。
「まあ普段がかなり厳しいし、たまにそういう抜けた所を見せてくれる方が俺としては有難いですけどね」
恐らくフォローのつもりでは無い実直な感想だろう。キリュウさんがそう言うと雅は慰められているのか揶揄されているのか判らないといった様な微妙な表情になる。ロザリオさんがキリュウさんを軽く小突いた。
「お嬢、何時までも落ち込んではいられませんよ。ギルドマスターとして今回の説明回りの総括をお願いします」
元はと言えば俺の独断専行が招いた余計な仕事ではあるが、急を要する案件だったから大目に見て欲しい。雅は俺の発言に何とか気を取り治した様で、本調子では無いが真面目な表情で俺達を一瞥した。
「失礼しました、では今回の説明回りの報告をケイジュからお願いします」
「はい、自分は今回『青龍連合』に事の顛末を報告に伺い、『アインクラッド解放軍』の一時前線離脱の了承及び、ボス討伐に於ける人員増強の確約を無事に取る事が出来ました」
「ヨッ!」
「流石!」
ロザリオさんとキリュウさんが俺の報告に合いの手を打つ。基本的に人前以外では弛い雰囲気は許容しているのでこの様なやり取りはギルド内では暫しある。しかし何度も言う様だが今回は俺が招いた余計な案件である為、そこはかとなく馬鹿にされてる気分である。
「んじゃ次は私ね。私は中層で活動するギルドで最近力を付けてきた『風林火山』と『黄金林檎』とか、あとその他諸々に、今回の顛末はそこそこに中層で変わった事が起こってないかの聞き込みを主にして参りましたよっと。まあ結果は異常無しだね」
「『寂れた寺院』の様子はどうでしたか?」
「一応覗いてみたけど利用者はケイジュ君を除いて皆無だったね。まあ良い事ではある」
ロザリオさんは終始明るい声調で報告を終えた。ミヤビの落ち込んだ雰囲気を払拭する意図だろう。相変わらず憎めない女性だ。
今回のロザリオさんの報告の中に出てきた『寂れた寺院』とは、カルマ回復クエストの終着点の名称だ。カルマ回復クエストは最前線が第十五層の時にアルゴさんが見つけたクエストで、所謂オレンジカーソルをグリーンに戻す為のものだ。
第十五層は日毎に雨季と乾季が交互にやってくる特別な気候で、フィールドの真ん中を一本の広大な河が流れているインド共和国風の階層だ。クエストを開始するにはフィールド西部に位置する『正邪の森』の入口に座り込む『盲目の僧侶』に話し掛ける。クエスト内容は、『盲目の僧侶』を背負いながら『正邪の森』の中に散らばる百八粒の数珠玉を集めるという苛酷な物だ。クエスト開始時に僧侶を背負う事からその場でアイテムストレージを空にする必要があり、その時点で随分苛酷だ。森の中はMobの出現こそ無いが、数珠玉の位置はアトランダムであり全て見つけるには最短でも数日掛かるだろう。その間飲まず食わずで数珠玉を探し続け、背負う僧侶から耳元で法話を囁かれ続ける。間違いなく修行である。数珠玉を全て集め終えると森を抜けた所に件の『寂れた寺院』が立っており、そこへ僧侶と共に入ればクエスト達成だ。その際に集めた数珠玉は寺院内部に保管される為、誰かがクエストを受けた事は一目瞭然だ。名前が刻まれないのが唯一の救いである。余談だが、発見当初に俺はそのクエスト内容を調べる為に態々オレンジプレイヤーになりクエストに挑戦したのだが、二度とオレンジプレイヤーになるまいと心に固く誓った程には辛く面倒な内容だった。
俺達は不定期に中層へ赴く際に、中層で何らかの不穏な動きが無いかをそこで活動するプレイヤー達に聴取している。『寂れた寺院』への訪問もその一環だ。幸いな事に数ヵ月の間誰一人としてオレンジ化、プレイヤーに対する犯罪行為を行っていない事が今回の訪問で判ったのだが、逆に訝しくもある。デスゲームという特殊な環境下で数ヵ月もの間何事も無いなんて有り得ない。何より気掛かりは、第一層でディアベルを陥れた『ユーベル』の存在だ。手の込んだ罠を用いてPKを働いたにも関わらず何故今も猶姿を見せないのか、まるで俺達が罠にかかるのを手薬煉を引いて待ち構えている様な不気味さを感じさせる。
「次は私達ですね。私達三人はソロで活動してるフロントプレイヤーを中心に報告をしてきましたが、居場所が掴めなかった人も居ますので情報が行き渡って無い方が何人か出してしまいました」
俺が考えに耽ているとメリーサさんの報告が始まった。彼女は非常に申し訳なさそうにそう報告しているが、ギルドと違いソロプレイヤーは非常に見つけにくい。
「判りました。残りのソロプレイヤーの方々は自分が話をしておきますので、説明が行き渡らなかった方々を教えてください」
何度も言う様だが自分で撒いた種だからな……。
「あーそれなんですけど、キリトは俺に任せて貰って良いですか? アイツも報告はまだなんですけど居場所はだいたい検討ついてるんで」
俺の発言を聞いたキリュウさんがそう言って名乗りをあげる。
「なんだよキリュウ、居場所知ってるならコユキちゃん達と一緒に行けばよかったじゃんよ!」
「痛っ!? 殴らないで下さいよ!」
ロザリオさんはすかさずキリュウさんの頭頂部に手刀を降り下ろす。そこまで威力がある様に見えない、そもそもSAOでは痛みを殆ど感じない仕様になっているから痛くはない筈だが、彼は頭を抑えながら大袈裟に痛がった。
「いや、俺とキリトの仲なんで、積もる話もありますし俺が直接行こうかなって……」
「あれ? キリュウ君ってキリト君と仲良かったんだっけ?」
コユキさんが当然の様に疑問を呈した。それに合わせ他の皆もキリュウさんに事の真意を促す様に注目する。俺も意外だった。ギルドメンバー全員の行動を全て把握している訳では無いが、いつの間にキリュウさんはキリトさんと親交を深めていたのだろうか。
「まあ俺もちゃんと仲良くなったのは最近なんですけどね。最初の頃なんて俺が話し掛けてもオドオドしてて会話にならなかったんすから」
「判りました。それでしたらキリトさんはキリュウさんに任せましょう。取り合えず残りのソロプレイヤーは佳樹に任せますので、最後は私ですね」
メリーサさん達の報告を雅が締め、最後に彼女の報告となる。
「私は『血盟騎士団』に今回の報告をしに伺い、ヒースクリフさんから軍の一時前線離脱の了承を無事に得る事が出来ました。加えまして、別件で皆様にもお伝えした通りヒースクリフさんが信頼におけるかどうかに対する私の見解ですが……」
皆の目が雅に集まる。彼女は自身の考えを纏めているのか、目を綴じて寸刻思索に耽りだした。僅かに静寂が空間を支配する。
「現時点であの方を猜疑の目で見るのは時期尚早かと思います。軍が抜けた穴をどう埋めるか具体的な案を私達に求める等、攻略に対する思いは真摯でありました」
続く言葉は無く、雅は簡潔に自身の見解を皆に話した。それを聞いた皆は一様に肩の力を抜いた。
「まあそうだよね。ヒースのおじ様だって悪い事している訳でも無いし……」
ロザリオさんの発言に俺と雅以外のメンバーは同意を示す様に頷く。
「今回は取り合えずこれでお開きにしたいと思います。ギルドの活動も本日はお休みにしますので、皆さんは今後の攻略の為に鋭気を養って下さい」
雅は駆け足でミーティングを終了させた。彼女の発言に皆は僅かに不思議そうな仕草をしてはいたが、久々のオフという事もあり各々が思い思いの行動に移る。ラウンジには俺と雅だけになった。
「お嬢」
俺の呼び掛けに雅は真剣な眼差しで俺に向き直った。雅は俺の考えに対してかなり察しが良い。単純にヒースクリフが信頼におけるかという点だけで今回の説明回りを終えた訳では無いはずだ。
「佳樹、ヒースクリフさんですが、恐らくは只のプレイヤーではありません」
「その訳は?」
「彼は『ヒースクリフ』という人物を演じている様に見えました。このSAOを一つの物語に喩え、その登場人物であるかの様な振る舞いだった様に感じます」
このゲームの特性上プレイヤーは少なからず各々のキャラクターを演じている。現実同様にアバターを動かす事ができ、尚且つ非現実的な身体能力を発揮できるこのゲームはそれ相応の多幸感や無敵感を得る事が可能だからだ。皆が皆物語の登場人物になり、主人公になれる。一般的なゲームよりも所謂ロールプレイングを実行し易い。しかし彼女の発言はそういった意図では無いだろう。
「つまり、アインクラッドの住人であるNPCの様に決められた役目をこなしている様な、そのいった違和感を感じたのですね?」
「そう、そうです。プレイヤーとして登場人物を演じているのでは無く、決められた筋書きをなぞっている様な……そう、彼の発言からは二十五層が難関である事を察知している節が見受けられましたが、恐らく私達が軍に横槍を入れなければそのまま放っておく心積もりであったと思います。勿論私とて、全ての人間が良心に従うとは思っていませんが……何と言うべきでしょうか……余りにも無機質で人間味が無い……そう、動揺が無かったのです。冷酷とは違いますが、ばつが悪くないという様な……軍に所属する人間が助かっても良いし、助からなくても良い……発言自体は合理的にも関わらず、最善を尽くさない……。飽くまで私達を先に進める事が目的である様な……」
雅は俺の助言をきっかけに、自身が感じた事を発言の中で徐々に形にしていく。やはりそうだったかと、俺は腑に落ちた。決して彼がNPCの様な優秀なAIであると思っている訳では無い。寧ろもっと質の悪い何かだ。
「お嬢の今の考えを皆の前で発言しなかったのは、不安感を煽ると思ったからですか?」
「そうです。私の考えなど杞憂であるに越した事はありません。ヒースクリフさんはこれ迄の実績通りとても優秀な方です。そんな彼が、生還が目的では無い可能性があると皆に周知させるのは、非常に憚られました……」
雅は不安そうに俺を見つめながらそう言った。彼女自身、自分の想像が杞憂であって欲しいと願い、俺に意見を求めている。事が重大でなければ口先八寸で彼女を宥めすかす事も出来るが、しかし『玲瓏』のギルドマスターならばやる事は妥協が許されない。彼女には確りと最悪を想定し、最善を尽くす義務がある。
「お嬢、自分はヒースクリフさんをSAOの製作者側の人間であると考えています。更に言えば、彼の中身は茅場昌彦の思想に準ずる者であるとも考えております」
「……やはり、そうですか」
雅は表情を暗くし、僅かに俯く。彼女が俺の発言にどう折り合いを着けるのか、人の中に宿る善意に信を置く彼女はヒースクリフという存在に対して、どう対応するべきか、今日の今日で結論を急ぐ必要は無い。
「まだ彼が首謀者の一人であると決まった訳ではありません。裏付けは自分がします。お嬢はこれ迄と変わらず、一人でも多くの人間を生還させる事に尽力して下さい」
「そうですね……そうですよね。まだヒースクリフさんがそうであると決まった訳ではありませんよね。ならば私は、私達は……彼も含めこのゲームに囚われた方々を無事現実へと帰す為に尽力するのみ」
「その意気でございます」
一人、自身の思いに対する意気込みを新にする雅に俺は微笑みかけた。彼女には何処までも正道を貫いて欲しい。愚かなまでに美しく。俺は彼女のその美しさを汚さない為にも、尽力するのみ。彼女が正しさで人を導くなら、俺は正しさで解決出来ない穢れた道を行き、雅を護る。その覚悟は、彼女がこの世に生を授かった時から出来ていた。
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