今までで一番熱量多め。
2023年 3月18日 10:00 アインクラッド二十五層迷宮区
「皆、準備は出来ているかな?」
ボスフロア大扉の前に佇むディアベルがそう口火を切った。ボスフロア前に集まったレイドパーティー及びその他十人、総勢五十八人のプレイヤー達の喧騒は彼の発言により鳴りを潜める。前日夕方に行われた攻略会議により、今回のボス攻略は今まで以上に苛烈を極める事が予想されていた。自然、緊張が走る。
「では、フロアボス討伐に入る前に再度要点の確認を行いたいと思う。前日に『玲瓏』が先行視察を行っている為、例のごとく『玲瓏』から報告をしてもらいたいのだけど、良いかなミヤビさん」
「畏まりました」
ディアベルは極めて穏やかな表情で雅にそう言った。彼女も落ち着いた様子で返答する。現状のアインクラッドの勢力において、この二人は絶対的強者の立ち位置にいる。『青龍連合』、『血盟騎士団』、『アインクラッド解放軍』、そして『玲瓏』のそれぞれのギルドマスターが泰然としているだけで、レイドパーティーは安定する。それを理解しているからこそのこの態度だ。生憎と『アインクラッド解放軍』は前回のボス攻略から一時的に身を引いてはいるが、今回は別動隊としてキバオウさん率いる十人がこの場に居合わせている。ボス攻略における新しい取り組みの一環だった。
「二十五層フロアボスの名は《ヘカトンケイル》、双頭を持つ巨人です。体力ゲージは四本。フロア中央に差し掛かった所で、フロア最奥から件の巨人が地面を割って出現し、床から半身のみを出した状態で我々レイドパーティーとの戦闘が始まります。その時点で全長は恐らく五メートルを越えていて、表情も非常に凶悪かつ醜悪に作り込まれておりますので、その姿に圧倒されない様に注意して下さい。序盤の攻撃パターンは基本的に右腕に持った棍棒と左手による徒手格闘による攻撃が主になります。棍棒での攻撃手段は二点あり、一つ目は垂直振り下ろしです。棍棒が地面に叩き込まれた際に衝撃波を模したライトエフェクトが放射状に五メートル程広がり、それに触れた場合一時的に《スタン》のバッドステータスが付与される為気を付けて下さい。仮に範囲内であっても地面に触れていなければバッドステータスの付与はありません。また、二点目の棍棒を振り回す攻撃がありますが、この攻撃はフロア全体に範囲が及ぶ為、うつ伏せになるまで身を伏せるか最大筋力をもって垂直跳びで回避するかの二点になります。この攻撃の直前、ボスは上半身を右側に大きく捻りますので、そこに留意して下さい。左手による攻撃手段は三点、一つ目は棍棒と同じく垂直振り下ろし、こちらはバッドステータスの付与はありません。二つ目は正拳による攻撃、これらは溜めの様な予備動作がありますので、落ち着いて対処すれば問題は無いかと思います。問題は三つ目、拳を開いて掴みかかる様な動作がありました。これは検証した訳ではありませんので何とも言えませんが、掌は人間を包める程の大きさを誇りますので、掴まれたら最後と思って細心の注意を払った方が宜しいかと……」
雅は説明の最後の部分だけ言葉を濁した。レイドパーティー全体が緊張したのが判った。無理も無い。ただでさえ過去最強と噂されるフロアボスで効果不明の攻撃がある。更にそれはまだボスの行動パターンの一段階目だ。体力ゲージが一本消失する度にボスの行動パターンは変わる。序盤を凌いでからが、このボス戦の本番なのだ。
流石と言うべきか、皆が不安で狼狽える中、ディアベルとヒースクリフは眉一つ動かす事無く微動だにしていない。ヒースクリフは静観の意思であるのか、今の説明に然程興味を示していない印象を受ける。ディアベルの方は、今の説明を受けても尚とるに足らないとでも言う様な堂々とした佇まいだ。これが演技であろうと無かろうと、大した男だ。
ディアベルは右手の掌を皆に向け、静粛にするよう促す。次第にざわめきも収まっていった。
「続いてボスのおおよそのステータスを、コユキさん、お願いします」
「は、はい……」
雅からの呼び掛けにコユキさんが辛うじて反応し、応える。
「フロアボス《ヘカトンケイル》のステータスですが、『玲瓏』ケイジュの攻撃力及び防御力からおおよその数値を算出しました。ケイジュさんのカタナ上位単発スキル《辻風》は同階層迷宮区に出没する大型の人型Mob《エリス》を現時点で二撃決殺する威力を誇りますが、そこから算出したフロアボスのヒットポイントは約十五万五千です」
「十五万……」
レイドパーティーの中から畏れを孕んだ呟きが聞こえた。その恐怖が伝染する前に再度ディアベルが場を治める。静かになった頃合いに、コユキさんは一度息を調え、説明を続ける。
「体力及び防御力は、《エリス》を二千体倒すつもりで挑めばどうにかなるかと思いますが、問題は攻撃力です。ケイジュさんは基本的に攻撃を主体としたビルドを組んでいますので、『アインクラッド解放軍』のタンカーと比べて防御力は格段に劣ります。それを踏まえてもボスの攻撃力は驚異的です。左腕による正拳の威力を算出すると、直撃すれば軍のタンカーの体力を一撃で半壊させる威力を誇るかと……。棍棒による攻撃は言わずもがなです……。あの……」
レイドパーティーが沈黙した。勿論それは落ち着きとは程遠い感情である事は想像にかたくない。皆の顔からは、一様に不安や後悔といった感情が伺えた。俄にパーティーの士気が下がっていく。
「どうしたんだいコユキさん。説明を続けてくれないかな」
見かねたディアベルが説明の止まったコユキさんに対して続きを促す。
「はい……。皆様も、攻略会議の後に今回のボス討伐は苛烈を極める戦いになると、各々予想されていたかと思いますが、最悪の場合を想定された方が言いかと思います……。今日が、私の命日になると、私は既に覚悟を決めてます! も、勿論、そんなつもりなんてありませんが!」
後半はきつく目を瞑り、皆を鼓舞するかの様に彼女は叫んだ。意外だった。本来小心者のコユキさんがこの様な態度に出るとは想像していなかった。俺は軽くうつ向き、笑みを溢す。目尻に軽く涙を浮かべるコユキさんを見て誇らしくなる。言わずもがな、彼女を含めて誰一人として死なせる訳にはいかない。
彼女の演説に似たそれは、レイドパーティーにある変化をもたらした。先程まで不安に駆られていた者達の表情が徐々にではあるが改善されていく。最初に茫然としていたそれは、覚悟に似たそれに変わっていく。自分の歳に充たないいたいけな少女が見事な覚悟を皆に示したのだ。歳上として、男として、ここで奮い起たない訳にはいかない。
不意に拍手が聞こえてきた。大扉の前で泰然と佇むディアベルだった。
「見事な啖呵だった。ありがとう、コユキさん。さて……」
一度言葉を切り、ディアベルはパーティー全体をゆっくり見渡す。何かに納得したかの様に微笑み、そして真剣な表情に変わっていく。
「『玲瓏』からの説明を聴いて判った通り、今回は辛く厳しい戦いになる。事前に覚悟を決めていたとしても、ここに来てその覚悟が揺らいでしまっている者も居るだろう。無理はしなくて良い。戦えないというのなら、ここで踵を返して安全圏で俺達の凱旋を待てば良い。誰も責めも咎めもしない。どうだ、皆?」
憮然とした表情でディアベルはここに集まった皆にそう問い掛ける。愚問だと、誰も動こうとはしなかった。ディアベルは目を瞑り、一度笑んだ。そしてゆっくり目を開ける。
「周りを見渡して欲しい。君達の隣に居るのは、これまでの厳しい戦いを勝ち抜いてきた戦士であり、共に背中を預けあった戦友であり、このアインクラッドを全層攻略し、皆を解放する英雄達だ! それが俺達攻略組だ! 先程『玲瓏』コユキが魅せた覚悟こそが俺達攻略組の矜持だ! 俺達が退いた先に、ソードアート・オンラインのプレイヤー全一万人の明日は存在しない! 今一度皆に問おう! 戦えるか!」
空間が割れた。全五十八の雄叫びがフロアボス直前のこの空間に木霊し、反響する。鼓膜をつんざく叫びは止む事を知らない。
「この扉の向こうに待ち構えているのは凶悪なフロアボスだ! この場に俺達の骸を埋めるかも知れない! しかし俺達は! 俺達の凱旋を待つプレイヤー達の為にも勝たなくてはならない! 俺達の生還を待ち望む家族や恋人達の為にも生きて帰らなければいけない! それを叶えられるのは! 俺達しかいないんだ!」
ディアベルは大声援の中で負けじと口上を叫ぶ。先程までの沈みきった士気はそこに存在しなかった。コユキさんの啖呵を利用し、ディアベルはレイドパーティーの士気を最高潮まで高めて見せた。
「武器を取れ! 俺達は戦士だ! 俺達は英雄だ! 勝つのは! 俺達だ!」
ディアベルは勢い良く振り返り、大扉の前まで勇ましく歩みより、その手で扉を開け放った。途端にボスフロアから冷気が押し寄せる。ボスフロアを照らす松明が怪しげな雰囲気をもって俺達レイドパーティーを誘う。しかし、このパーティーに撤退の意思は存在しない。ディアベルの勇然なる背中がそれを証明していた。腰に履いた直剣を勢い良く抜き放ち、頭上高く掲げる。
「皆、勝つぞ!」
ーーー応!!
ディアベルのパーティーを先頭に置き、俺達は雄叫びと共にボスフロア内へと駆け出した。
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