お待たせ致しました。
思えば、俺達は死に対して本当に無頓着だった。ゲーム初期の頃、俺は雅の願いによりソードアート・オンラインに囚われた一万人のプレイヤー達の救済を余儀なくされた。自身がβテスターである事を利用し、この世界で生き残る為の方法をその場凌ぎで示唆したのが切っ掛けだった。この世界で生き残る為の方法、それはこの世界を現実の世界の遊びと変わらないという錯覚をさせる事だった。
『これはゲームであっても、遊びではない』
ソードアート・オンラインの製作者であり、この世界に俺達を閉じ込めた張本人である茅場昌彦の言葉だ。本来ならば、先進技術であるVRマシンを利用し、仮想空間であっても現実と遜色無い体感で遊ぶ事が出来るという事実をセンセーショナルに宣伝する為のキャッチコピーだった。それにまんまと騙されたゲーマー達がこうやってデスゲームを強制されるに至った訳だが、ゲームであっても遊びではないという謳い文句通りにそれを実効してみせた茅場の言葉を逆手に取ったのが、俺が初期に行っていたペテン紛いのプレイヤー育成だった。
「確かにこれは遊びでは無いかも知れない。それでも、所詮ゲームでしか無い」
俺が良く使っていた言葉だった。この世界がゲームであるならば、決められたシステムに則り、限られたリソースを無駄なく配分し、無理の無いゲーム進行さえすれば死ぬ事は無い。まだ訪れてすら無い絶望に不安を抱く必要なんて無い。原因に結果がつきまとうならば、その原因さえ解消すれば死という結果は伴わないのだと、日々不安に怯えるプレイヤー達に言い聞かせた。勿論、事がそこまで単純に進むとは万が一にも思っていなかった。どんなに論理を示した所で人間の根幹にある恐怖を払拭出来る物では無いし、それで事が運ぶと思える程俺はロマンチストでは無い。次に俺が利用したのは藤堂雅だった。
彼女は現代社会において中々稀有な存在だった。品行方正、才色兼備。言葉としては存在するが、これを地で行ける女が一体どれ程いるだろうか。皆何かしら抱える物が存在する世の中で彼女は悉く境遇に恵まれた。由緒ある家柄に生まれたが故の行き届いた教育、恵まれた才能に恵まれた容姿。五徳を重んじる様に躾らられた彼女は正しく品行方正、才色兼備を有するに至り、端から見れば誰もが一目置く存在へと成長を遂げる。また、彼女がゲーム開始初日に母親の存在を思いだし、奥様の死を乗り越えるだけの強さを手に入れている事を知った時、まさしく天恵であると感じた。彼女の強さを利用すれば、ゲームに囚われたプレイヤー達の心の支えにも成り得ると。
人々が未来に迷い絶望するとき、必要になってくるのがカリスマという存在だ。例えばイエス・キリストという存在が有史以来二十億もの人間の心の支えに成り得ている様に。流石に二十億は無理でもたった一万人であるなら、更に言えば戦場に赴くその半数の人数であるなら可能であるという確信があった。
雅にそれを告げた時、彼女は二の句も告げずそれを承諾する。勿論彼女には俺の意図を伝えた訳では無く、不安に怯えるプレイヤー達の心の支えになってほしいと伝えただけだ。そう言うだけで彼女は俺の望む様な行動をとってくれるし、俺はその付加価値を狙ったにすぎない。全ては俺の差し金だった。夜を徹したレベリングによりリソースを無視した強さを手に入れ、日中は迷える子羊達に恵まれた容姿と慈愛を振り撒いた。心身共に弱りきったプレイヤー達にとって、その作為的とも取れる行動すら一縷の救いとなり心に沁みていった事だろう。事実、彼女はプレイヤー達の心の支えとなり、戦場へと赴くプレイヤー達に勇気を与え、恐怖を麻痺させた。
しかし今回、遂に一人の死者が出てしまった。死の間際に見せたロイの怨みの篭った視線。大丈夫だと言ったじゃないか、死なないと言ったじゃないかと、問われていた様だった。その視線を雅に向けなかった事が俺にとって唯一の救いだった。結局の所、彼が怨んだのは無責任に戦場へと追いやった俺達に対してでは無く、何の確証も無く死の危険は無いと説いてきた俺に対してだけだったと言う事だ。それならそれで構わない。他人からの怨み辛みなど、今までの人生で雅の分まで受け止めてきた。今さら一つや二つ、更に言えば一万の怨みを背負おうが知った事では無い。雅の為であれば世界中全ての人間を敵に回す覚悟は出来ている。
しかし問題はこれからの事だ。今回のロイの死を目の当たりにした攻略組の中から一体何人の落伍者が発生するか。今までのMobは、はっきり言って俺の想像の範疇内だった。確りと対策を講じ、無理なく打ち倒す事が可能なありふれた障害でしかなかった。しかし今回のボス《ヘカトンケイル》は一味違う。真しやかに噂されたクォーターボスの存在を楽観視する事無く、可能な限りの対策を講じるも実状はさらにその上を行く。今まで守られてきた不文律は脆く崩れ去り、とうとう攻略による死者を出してしまった。あのロイという青年が死の間際まで往生際悪く喚き散らしてくれたお陰で、俺達がプレイヤー達に掛けた魔法は解け改めて死の恐怖と向き合う羽目になる。
ならばと、俺は左腰に指した刀を強く握り締め、来るべき時を待つ。それから寸刻後に雅が意を決してボスに向かって走り出したのを見計らい、俺も一歩後ろを追随する様に走り出す。
「ミヤビさん!」
「ケイジュ君!」
「ロザリオさん! 時間を稼ぎます! 撤退を!」
『玲瓏』メンバーの呼び声を背に受け、膝を付いて呆然としているディアベルを無視してロザリオさんに簡略的に指示する。
長い槍を持ちながらも驚くべきスピードで雅は疾走する。俺は彼女がこの様な行動に出る事は予想出来ていた。彼女は自身の行動がまがりなりにも他のプレイヤーに影響を及ぼす事を理解している。第一層で過ごした一ヶ月もの間、無自覚ながらも聖女の様な振舞いをしていた事、その自分自身にプレイヤー達が崇拝に近い感情を抱いていた事を知っている。彼女が今後の攻略に対してどこまで先見しているかは解らないが、少なくともこの場で攻略組が瓦解してしまう事を恐れている事は確かだ。ならば取る行動はこれしか無い。自身を今後の攻略活動の礎とする、つまり自己犠牲のつもりでの行動か、若しくは自身の行動により他の攻略組プレイヤーを奮い立たせるつもりか、それは俺にも解らない。ならば俺に出来る事は彼女の行動を後押しする事だった。
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《ヘカトンケイル》をたった二人で相手にしているミヤビちゃんとケイジュ君を茫然と見つめながら、私はケイジュ君から受けた指示を心の中で何度も噛み締めた。彼は私達に撤退しろと、そう言った。彼の発言はまさしく救いの発言だ。情けないけど、私はフロアボスが『青龍連合』のプレイヤーを食い殺した時、ちらりと転移結晶を使って逃げてしまおうという考えが頭をよぎってしまったのだ。今まで都合よく忘れていた、目を反らしていた現実をまざまざと見せ付けられた。ヒットポイントが全て消失した先に待ち構えているのはまごう事の無い死であると……。ロイという名のプレイヤーが見せた死の間際の慟哭が、痛みや苦痛を感じさせないこの世界で忘れかけていた恐怖という警告を強制的に呼び戻した。先程の光景が脳裏にこびりついて離れない。これ見よがしに補食行為を行った奴の顔は、元々醜悪な顔を更に醜く歪ませていた。私達がその行為に脅える事を判ってやっていたんだ……。そう、それに今思えば、奴は助けに出ようと飛び出したディアベルさんを狙いすましたかの様に棍棒を振り下ろしていた。一辺倒なアルゴリズムが組まれている訳じゃ無い。確実に人間の心理を利用した攻撃をして来ている……。
周りを見渡す。フロアボス討伐参加者達は皆、ケイジュ君の発言を聞いていたのかどこか落ち着かない様子だ。それもそうだ。下手したら人間と同じ様な思考回路を持ち合わせているフロアボスから、今なら安全に逃げられるかも知れないのだ。ケイジュ君達がボスの気を引いている今のうちなら、例えば《ヘカトンケイル》が二つの脳を持っていて、ケイジュ君達を相手にしながら私達を狙う事が出来たとしても、逃げ切れる可能性は高い。勿論それは今懸命に戦っているミヤビちゃんとケイジュ君を見捨てて逃げる事と同義ではあるのだけれど……。ただ、何かしらの算段があってケイジュ君は私達に撤退しろと言った訳で、取り敢えず今は撤退して、対策を練って、充分な準備をした上で、再度《ヘカトンケイル》に挑む。多分それの方が勝率は高いだろうか。
「それで……?」
上手く行けばミヤビちゃんとケイジュ君を残して全員無事に撤退出来たとして、次に《ヘカトンケイル》を相手にする時、その時ミヤビちゃんとケイジュ君は
私は柄を握る右手に力を込める。
もしかしたらここで攻略組を撤退させる事がケイジュ君にとっての正解なのかも知れない。ケイジュ君なりの考えがあるのかも知れない。でも、今まで『玲瓏』として活動する中で、ケイジュ君達に生き残る術を教えて貰ってきた中で、彼等は一体何を大事にしてきた? 常に思考し、身体を動かし、心を止めてはいけない。常に大局を見据えろ。直感に従え。自分を信じろ。他に流されるな。自分を動かすのは自分だけなのだと、そう言ってたじゃないか。
胸のつかえが取れ、迷いが消えていく。
大局を見据えるなら、これからの攻略にミヤビちゃんとケイジュ君は必要不可欠だ。ここで喪う訳にはいかない。それに、私の直感がここで逃げてはいけないと告げている。戦略的撤退ってヤツは必要なのかも知れない。でも今回の撤退は果たして戦略的なのだろうか。いや、今の状況を見る限りどうしても戦略的とは思えない。それならばそんな命令くそ食らえだ。今までの人生で逃げた先に明日はあった? 自分を納得させる事が出来た?
「ゴメン、ケイジュ君。その指示はやっぱ聞けない」
背中に履いた大剣を勢いよく抜き放つ。《デーモンズ・コア》を除いて、現状最大要求筋力を叩き出す強化アイテムを使って鍛えて貰った愛剣《オベリスク》をボスを睨みながら構える。
「ロザリオさん!」
「私達も行きます!」
キリュウ、メリーサちゃん、コユキちゃんが各々の武器を構える。やはり皆も同じ気持ちだった。私は三人にニヤリと笑いかける。
「おうよ。我等『玲瓏』死なば諸共ってね」
「なんすかそれ?」
「今考えた。いちいちチャチャ入れんなや。ディアベルさん!」
私は膝を付き、自身の剣を杖の様に突いて俯くディアベルさんに呼び掛ける。彼は未だに俯いたままだが、構わず続ける。
「皆を撤退させて下さい。これからの攻略組を頼みます。『玲瓏』の勝手を許して下さい」
ケイジュ君が撤退をベストと考えているなら、『玲瓏』以外を撤退させれば良い。ディアベルさんか、それがダメならヒースのおじ様なら上手くやってくれる筈。多分!
私は彼の返答も聞かず走り出した。後ろから三人も着いてくる気配がする。急がないと、ミヤビちゃんとケイジュ君を二人ぼっちにさせてしまった償いをしないといけない。
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俺達二人は《ヘカトンケイル》の猛攻を辛うじて回避しつつ、通常攻撃のみでその場を凌いでいた。ソードスキルを使えば技後硬直を狙われるからだ。雅は四腕を自在に動かす《ヘカトンケイル》の動きに対応出来ていて、かくいう俺も未だに一撃を貰った訳では無い。しかしそれは移動型では無いボスである事と、速くはあるが予備動作のある攻撃である事、それを俺と雅で二分しているからこそ持っている様な状態だった。仮にこれを一人で対応するとなると恐らくもうこの世には存在していないだろう。それに、お互い盾を持ち合わせておらずお世辞にも防御力は高くない。ボスの無手による攻撃ですら掠めれば致命的だ。綱渡りの様な攻防は一瞬にして終わりをつげ、二人揃ってポリゴン片へと成り果てるだろう。
「ハッ!」
雅が右腕による棍棒の振り下ろしを跳躍で回避しつつ、その腕に細やかながら通常攻撃による三連撃を食らわせる。《スタン》の影響を受けない様に俺も左腕を警戒しながら跳躍し、狙いすましたかの様に放たれた左腕による正拳突きを空中で身を捩って回避した。付近の空気を焦がすかの様な速さで通り過ぎる腕に刀を突き立て、可能な限りボスにダメージを与えられる様に努めるが焼け石に水とはまさにこの事だ。激しい猛攻の中で辛うじて確認出来たボスの体力ゲージに目に見える変化は無い。ちらりと雅の様子を窺うと、戦意こそ切らしてはいないがその顔に余裕の色は見受けられない。その様子を見た俺はボスに接近して標的を自身に集めつつ、右腕による棍棒の振り降ろしによる攻撃を跳躍して回避、フロアに叩き付けられた棍棒の上に着地し、間隙無く俺を狙って放たれる正拳突きを棍棒の上から転がり落ちる様にして回避した。隙を見て後方のレイドを確認するが未だに動きは無い。それがあまりにも焦れったく、俺は思わず舌打ちした。
まだか、と、俺は心の中で独りごちる。撤退でも加勢でも良い、何かしら動きを見せてくれなくては俺達二人は《ヘカトンケイル》の攻撃を永遠避け続けなければならなくなる。また問題はそれだけでは無い。今すぐにでもレイドの撤退が完了すれば、二十五層主街区に出口を設定した回廊結晶を展開して俺達も避難出来るのだが、これ以上今の攻防を続けるとボスが俺達の動きを学習してしまう可能性があった。そうなってしまうと最早手遅れだ。仮にレイドの撤退が完了したとしても、その後の俺達は逃げる隙を見失いボスフロアに取り残されてしまう。いったいあと何れ程の猶予があるだろうか、自然と焦燥に駆られ、俺は雅が健在であるか様子を伺った。
「っ!」
先程見た時と違い、雅は泣いていた。未だにその動きに精彩を欠いては無いが、大粒の涙を振り撒き、見えない何かに追い詰められているかの様に懸命に槍を振り回していた。彼女が涙を流す理由には即座に合点がついたが、その儚げな様子に一瞬だけ目を奪われてしまった自身の失態に気付き、反射的に地面と平行に跳んだ。刹那の瞬間、俺が先程まで立っていた場所に棍棒が振り降ろされ、空間を揺るがす様な轟音と共に黄色いライトエフェクトが宙を舞う俺を追い立てる。
「クッ!」
まるで津波の様に迫ってくるエフェクトに瞠目しながら俺は着地と同時に地を転がる様に距離をおく。辛うじてエフェクトによる影響を受ける事は無かったが、次に迫る左腕の振り降ろしをこの目で確認した時、自身に逃げる算段が無い事に思い至る。
「ぐあぁっ!」
咄嗟に身を起こしながら地を蹴った。しかし地面を蹴ったその右足が《ヘカトンケイル》に叩き潰されたのを感覚的に察し思わず悲鳴を上げた。確認するまでも無く俺の右足は折損し、太股部から下が一撃で消失した。
《部位欠損》
ソードアート・オンラインにおいて四肢に一定以上のダメージを被った場合に起こるペナルティであり、このペナルティを受けてしまうと三分間、ダメージを被った部位を消失してしまう。本来ならば余程の集中的な攻撃を受けなければ発生しないペナルティではあるが、彼我の力の差がある場合はこの様に一撃で《部位欠損》が発生してしまう。
「佳樹っ!」
俺の悲鳴を聞きつけた雅が喫驚し、涙を貯めた目を見張りながら俺を見た。
「違う! 前を見ろ雅っ!」
自身が犯してしまった致命的なミスと、それに伴う雅の愚行に堪らず絶叫した。俺の注意喚起に雅は慌ててボスに目を向けたが、その時既に《ヘカトンケイル》の右腕の正拳が彼女に迫っていた。
「っう!」
咄嗟に雅は後方へと身を引いたが、彼女の装備した槍がボスの攻撃に巻き込まれ弾き飛ばされた。槍は一瞬にしてその姿をポリゴンへと変え、跡形もなく消えてなくなる。雅はその事実に数瞬の意識の停滞を見せたが、瞬時に見切りを付け躊躇う事無く俺の下へと駆け付けて来る。違う、そうじゃない。俺は慌ててシステムメニューを開き、アイテムストレージから回廊結晶を取り出す。それをボスの攻撃が及ばない場所まで投擲する為に腕を振りかぶったその瞬間、雅が突進する様に俺に抱きついてきて、手に持った回廊結晶がその拍子にフロアの端へと転がっていった。遂に脱出の手段を全て失ってしまった。俺と雅は呻きながら縺れ合う様に地面を転がる。先程まで俺が居た場所にボスの左腕が振り降ろされていた。
「佳樹っ!」
いち早く雅が身を起こし、片足を失った俺を抱きかかえようとする。
「駄目だ、俺をおいて逃げろ!」
「嫌です! お願い、立って佳樹!」
俺の拒絶を無視して雅は俺の肩に手を回し、懸命に抱き起こそうとする。そのやり取りの中、俺達に巨大な影が差した。おそるおそる見上げると、そこには醜悪な笑みを浮かべながら右手に持った棍棒をフロア高く振りかぶる《ヘカトンケイル》の姿が。
「うわああああっ!」
掲げられた棍棒が振り下ろされたその時、俺の物でも、雅の物でも無い悲鳴が響いた。俺達二人の前に何者かの姿が躍り出る。それも一人ではなく、人の身には似つかわしくない大剣を振りかぶった影が二つ。各々の大剣をライトエフェクトで染め上げ、《ヘカトンケイル》が振り下ろした棍棒を狙いすましてそれを振り抜く。この世の物とは思えない程の打撃音をフロアに響かせ、寸刻の拮抗の後に見事ボスの棍棒を弾き返した。
「どやああああああ!」
「『玲瓏』のアタッカー舐めんなぁぁぁぁ!」
技後硬直中にも関わらずボスに向かって声を張り上げているのは、『玲瓏』が誇るアタッカーであるロザリオさんとキリュウさんだった。身の丈以上の大剣を軽々と扱うその膂力と日頃の修練の賜物である息の合った連係により、《ヘカトンケイル》の棍棒から俺達を守る盾になってくれたのだ。
「ケイジュさん、ミヤビさん!」
「早く! こっちへ!」
続いて俺達を抱き起こしたのはメリーサさんとコユキさんだった。《ヘカトンケイル》の相手を二人に任せ、彼女達は俺達の避難を優先させる。俺としても雅を避難させる事は願ってもない事だが、それと同等に彼女達の安否だって気掛かりだ。
「俺達よりも先ず、ロザリオさん達の援護をっ!」
「大丈夫ですケイジュさん」
俺達を抱き起こす二人に慌てて指示をだすも、コユキさんは至って冷静にそう言った。俺がその言葉の意味を理解するよりも先に、《ヘカトンケイル》はこの世の物とは思えない絶叫を上げる。その叫びに思わず俺は目を向けると、そこには無数の大剣に貫かれ苦悶の表情を浮かべるボスの姿があった。いや、違う。あれは大剣では無く、大剣と見間違える程の巨大な投擲剣。大きさこそロザリオさんが奮う《オベリスク》に見劣りするが、同じ様に人の身に有り余る程の禍々しさを内包するそれは、墓守の悪魔から採取した禁忌の武器。
「ディアベル……」
ゆっくりと後方を確認すれば、そこには漆黒の隊士を率いる彼の姿があった。その姿に俺は微かな戦慄を覚えた。構えも無く幽鬼の様に佇むその姿は、嘗て俺達を先導してきた凛々しさは微塵も感じずボスを睨み付けるその瞳だけが爛々と妖しい光を宿していた。寧ろ悪魔の力を携えた隊士を引率するに相応しい幽玄ささえ醸し出している。
「ここは私達に任せてください」
「討伐はこのまま続行します。ケイジュさんは先ず、その足を早く治してください」
後方からの援護射撃に乗じてボスに打って出るロザリオさんとキリュウさん、それに俺達に避難を促すメリーサさんとコユキさんの行動に僅な戸惑いを覚えたが、俺の肩に腕を回す雅に強制的に身を退かれ我に返る。
「早く! 行きますよケイジュ!」
雅の悲痛な懇願に、俺は為すがままに退避する。後方のレイドからキバオウさんが率いる『アインクラッド解放軍』のメンバーと、ヒースクリフ率いる『血盟騎士団』のメンバーがボスに向かって進撃して行くのを確認しつつ、俺は雅に支えられながら一歩ずつゆっくり退がっていった。
「済まないケイジュ君、少し呆けていた」
既に投擲隊を退けたディアベルが、俺とのすれ違いざまにポツリと言葉を溢した。その声にボスフロア進入直前に見せた華々しさは欠片も感じない。感情の何処かが欠落した危うげな何かを感じ、俺は堪らず目を背けた。
「ミヤビさん、ケイジュ君を頼みます」
その発言の時だけ彼は弱々しい笑みを浮かべ、ボスに向かい歩を進めて行く。その足取りは決して軽やかでは無いが、何かを噛み締める様に確りと地を踏みしめ接敵していた。
「行きましょうケイジュ……」
雅にそう促され、俺は俯きながらその言葉に従う。名残惜しむ様にボスの方を確認すると、俺と雅が欠けたレイドパーティーは不足無く《ヘカトンケイル》と渡り合っていた。
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