中里佳樹と私、藤堂雅との関係は意外な程長い。
彼の姓から察する事が出来るが、彼は藤堂家の血筋とは何ら関係の無い出生である。にも関わらず、物心つく時から藤堂家に住み込み、藤堂流に触れ、藤堂流が抱える内弟子の誰よりも藤堂流を理解し、且つ内包する武は誰よりも優れていた。その実力は齢九つにして自身よりも一回りも大きい大人相手に互角とも言える立回りをし、中学に上がる頃には剣術において彼に敵う者は、師である藤堂武夫以外には居なくなっていた程だ。
話が若干逸れてしまったが、彼は私が物心ついた頃から藤堂家にいて、あたかも藤堂家の嫡男と見紛う程の自然さで馴染んでいたのだ。それに関して言えば、お父様は特に意に介す事も無く寧ろ本当の我が子の様に可愛がっていた覚えがある。当の私も、両親が余りにも自然に彼を可愛がっていた為、当時は佳樹が本当の兄であると思っていた。
男女七歳にして席を同じうせずと言う言葉に倣ったのか、私が七歳の誕生日を迎えたその日に、佳樹と血の繋がりが無い事を両親から告白された。しかしそれに関して特に驚きといった感情は芽生えず、ああやはりかと言った様な、寧ろ今まで感じていた違和感、疑問といったそれらの感情が氷解する心地ですらあった。取り敢えず似ていないのだ。顔が。両親と佳樹共に端正な顔立ちではあるのだが、決して血脈を感じさせる様な類似点は見当たらない。あと佳樹の私に対する接し方も、妹に対するそれから使用人としてのそれに変わっていったのもそう判断する材料の一つだったし、何より教育方針が佳樹と私で随分と違っていたと、幼心ながら思っていたものだ。
藤堂流門下生として武を修める傍ら、使用人としての技術も着実に身に付けていった佳樹は、私が中学に上がる頃には立派な使用人として藤堂家を支えてくれていた。掃除炊事洗濯は当たり前。其れなりに広大な庭先の手入れや、師範代で無いにも関わらず進んで門下生の指導を行い、果ては連盟との窓口に成り、時には突然押し掛けてくる道場破り紛いの不埒な輩の相手等、本当にティーンエイジャーかと疑ってしまう程の万能スペックを藤堂家に披露していた。
佳樹が中学校を卒業する迄は私も同じ中学校に通っていたので判るのだが、顔立ちも良く、大抵の事をそつなくこなす彼の事だ。学校内では女子達の注目の的であった。常に何らかの形で女子が引っ付いていて、一人で行動している所を見掛ける事は驚くほど少なかった記憶がある。何にせよ彼は他人からのアプローチを無下に出来ない性格であり、当人は困った顔一つせず話を聴いてくれるものだから話し掛ける方もさぞかし気分が良かっただろうと思う。そんなこんなで佳樹の学校内でのイメージは、気さくで優しい頼り甲斐のあるイケメンという形で定着していた訳だが、それは飽くまでも佳樹の一面でしかない。道場で稽古及び指導している佳樹は決して優しいだけの男では無かった。
当時の佳樹は身体運用、身体操術、及び藤堂流に於いてお父様に次いで深く理解していた。それこそ次期当主である私を抑えてである。自身に課していた稽古はそれこそ凄まじい物があり、思えば使用人としての時間以外は全て刀を握る時間に当てていたのではないかと言う程、苛烈極まる物だった。その恐るべき克己心故だろうか、剣理を説くにあたって昔日の佳樹は意見の食い違いにより他の内弟子達と衝突する事も少なくなかった。ただそれも、年下の佳樹に対する他の内弟子達の反発が原因ではあったのだが。
ある日の事だった。
佳樹と内弟子の一人が果たし合いという形での死闘を人知れず行っていた事が分かった。相手は現在道場を去っているが、当時、佳樹を含め内弟子の中でも一、二を争う実力者だった。礼儀正しく素行も悪くない、決して他人に迷惑を懸ける事を良しとしない真面目な方だった。年齢は佳樹と一回り違うながらも、剣の腕はお互い認め合っていた所もあり、良き好敵手という間柄であったと記憶している。そんな彼等が何故このような事態になったかは佳樹が頑なに口を閉ざしている以上判らないが、結果として件の内弟子は藤堂流を捨て、佳樹は一時除名という処分を現当主から言い渡された。本来、内弟子同士の私闘は固く禁止されており、立会人有りで漸く認められる物だ。勿論それは命の危険に及ばない為の配慮であるのだが、佳樹と件の内弟子はそれを破り、剰え真剣を持ち出した始末だ。その決闘後に佳樹の自白によりその行いが白日の下に晒された訳だが、それを知ったお父様は、内弟子全員で止めに掛からなければならない程の激しさで佳樹を木刀で折檻してしまった。
その様な事件もあり、私は佳樹が有する使用人としての真面目且つ有能な一面だけでは無い、若さ故としては到底片付けられない武術家としての過激な一面をも垣間見た出来事だった。佳樹が真剣を用いて決闘を行った所を実際に見た訳では無いのだが、ただ、件の内弟子から切り落としたであろう人差し指と親指が付いた左の掌を主人の前に晒し、頭を垂れる佳樹を見れば、間違いなくその決闘は行われたという事を如実に物語っていた。視点を変えれば凶悪犯罪級の烏滸がましい出来事ではあったが、それが世間沙汰に為らずに済んだのは、藤堂流の内部的な争いであった事、佳樹が当時学生だった事と、単に斬られた内弟子が事を大きくせずに静かに消息を絶った事が挙げられる。
私はこの件に関して、一時期佳樹を快く思っていなかった。如何に両者合意での果たし合いとは言え、藤堂流が掲げた禁を破る事を良しとしない気持ちもあるし、何よりも現代の倫理観から『人斬り』自体に忌避感を持っている事は否めなかった。どの様な理由があったとしても人斬りを厭わなかった佳樹に対して不信感は拭いきれず、優しさ、誠実さの塊の様な彼が人を斬るという運命に抗いきれなかった事が許せなかった。佳樹は、決して私利私欲、ましてや私怨で行動を起こす様な男では無い。そんな彼が藤堂流の不益になる様な事をする訳が無い以上、その果たし合いにも何かしら意図が有ったのだと思う。だが、もし仮にそうだとしても許容できる範囲では無い。佳樹がどうしようも無い愚か者だったならそこまで悩む必要は無かったのに、彼ほどの男がその様な愚行を犯してしまったからこそ当時の私には何が正しく何が悪いのかが判らなくなり、佳樹の存在に違和感を抱く事によってその疑問に何かしら決着を着けたのだと思う。
斯くして、一時期私は佳樹に対して僅かながらの不信感を抱きながら生活していたのだが、実際その期間も長くは続かなかった。程無くして私は事故に巻き込まれてお母様を亡くし、その存在及び存在を仄めかすであろう記憶を消失し、更には視力まで失ってしまうという念の入れようで自己喪失してしまったのだ。そんな私に対して佳樹は変わらぬ誠意で応え続けてくれた。自室に閉じ籠もって鬱ぎ込む私を励まし、彼も盲人の介護等初めての経験の筈なのに持ち前の器用さからか、それすらもそつ無くこなしてくれた。何時しか佳樹に対する蟠りも無くなっていたし、お父様と佳樹の関係も私の気が付かない内に良好な物に成っていた様に思う。これも単に佳樹の人柄による物なのだろうかと考えた事もあったが、だとしても人柄のみで一度失落した信用をこうも早く回復出来る筈もなく、結果としてそれは佳樹の人心掌握技術の成せる業であった。
佳樹は相手の気持ちを理解する事が達者で、相手が何を思い何を欲しているのかをいち早く把握し、ここでこうして欲しい、ああして欲しいといった事を過不足無く、時には期待以上の結果をあげた上で提供してくれる。その技術は武術にも応用されていて、佳樹と立ち会った者達は理想通りの展開で試合を進めていたと思ったら、佳樹の思惑通りに試合を進めさせられていたという事が多々あると口々にそう言っていた程だ。また、それ故に彼は相手を懐柔させる術にも長けていた。以前、とは言っても数年前の話だが、藤堂流道場に腕試しの求道者が訪れた事があった。調度稽古の時間だったという事もあり、沢山の門下生が突然現れた無礼者に対して冷静さを装いながらも溢れる闘気を迸らせて、事の成り行きを見ていた。相手にしたのは勿論佳樹なのだが、道場での試合の前に来訪者を別室に連れていってしまった。それを見たお父様は気にする事無く皆に稽古の続きを始める様に指示し、戸惑う門下生達に喝を入れ何事もなく指導を再開した。閉口しつつも門下生達は稽古を再開したが、いつまで経っても戻ってこない佳樹に業を煮やし遂に一人の門下生が様子を見に行った。そして見に行った先には、楽しそうに茶器を挟んで談笑する二人の姿があったそうだ。
ここまで長々と佳樹の事に関して語ってきたが結局何を言いたいのかと言うと、佳樹は何をするにも有能で大抵の事は問題なくこなせるし、他人とも直ぐに仲良くなってしまう訳で、今現在隣で起こっている状況も当然の帰結なのだ。
私はアインクラッド第一層、トールバーナにある一件の寂れたバーのカウンター席で人生初のカクテルを味わっていた。SAOの中でお酒を飲むのは初めてで、且つ洋酒の類いは今まで口にしたことが無かった。未成年者故に当たり前だが普段から酒を嗜む習慣も無く、年中行事で日本酒を口にする程度だった私は鮮やかで透明な液体を訝しげに観察していた。何でも、SAOの世界を構築しているシステムの表現にも限界があるらしく、特に液体の表現が苦手だとか。グラスの中で揺れているカクテルは、昔に見たゲーム画面の様な、リアルなのだが現実感の無い動きをしていた。
カクテルから視線を外し前を見れば、カウンターの内側で西洋風の男性NPCが頻りに白い布でグラスを磨いているのが見てとれる。この男性NPCは現実世界にいても何ら違和感が無い程には精巧な存在だ。そんな彼が何も仕事をせずにただ直立していたら不気味意外の何でもないので、同じ作業の繰り返しとは言え客に関心を寄せずに仕事をしてくれているのは非常に有難い事だ。それに話し掛ければ恐らく店員として対応してくれるだろう。そう思うとふと話し掛けたい衝動に駆られてしまうのだが、そうすると私の隣で話している二人に水を指して仕舞いかねないので思い止まった。
噴水広場で開かれた第一層攻略会議が終わった後、私達パーティーメンバーは戦術確認、戦力把握等、諸々の用事を済ませて適当な宿に宿泊手続きをした後に各自自由行動となった。本来ならフロアボス討伐の前にチームワークを高めるという目的も含め、パーティーメンバー間の親睦を深めておくべきなのだろう。それでも外せない用事がある事を伝えると、パーティーを組んだ皆は快く私達を送り出してくれた。斯くして私達は、アルゴさんの助力もあって無事キバオウさんを見つけ出し、この寂れたバーのカウンターで佳樹とキバオウさんは隣り合って座り、心情を吐露しあっているのだ。キバオウさんの様子は私達が訪れた当初は狼狽えていたものの、次第にに穏やかなものになっていった。彼はこれまた私の知らない種類の洋酒が入ったグラスを手で回し、波立つ中身を虚ろな目で見つめながら佳樹の話を聞いたのだった。
佳樹が語った話を纏めるとこうだ。幼い頃に両親を亡くし頼るべき親戚筋も居らず途方に暮れていた佳樹を、藤堂家が引き取り養子として育ててくれた。その家には生まれつき盲目の嫡子……まあ私の事なのだが、それが居て、兼ねてから恩返しをしたかった佳樹はナーヴギアの存在を知り、光のある世界を見せてあげたく一緒にSAOにログインした結果この事件に捲き込まれてしまった。恩返しのつもりがそれを仇で返す事になってしまい、せめて私を生きて現実世界に還してあげなければ最低限の面目すらたたない為、躍起になって攻略を進めていた。そんな中、悪気が無かったとは言え攻略の妨げになる可能性がある発言をしてしまったキバオウさんに対して怒鳴り付けてしまった事を深く詫びたい、という様な話の内容だった。
私自身、生まれた時から佳樹と共に過ごして来たので、彼が語っている話には虚実が織り混ぜられているのは聞いていて解る。しかし語られている内容は佳樹の半生そのものだ。彼が生まれてから培ってきた人としての基軸、人柄、精神といった物が、その話の中には集約されていた。それを聞いたキバオウさんはお酒が入っている為か妙な疑念を抱く事無く、男泣きに泣いた。断片的に聞き取れる嗚咽混じりの言葉を聞けば、何て律儀な男なんやと、同じ男としてホンマに恥ずかしいと、日本のサムライ魂は潰えていなかったんやと、軽い酩酊状態が伺える内容の話が聞こえた。それにしても佳樹に対してサムライ魂とは言いえて妙だと思ったものだ。
その後も私達は言葉を交わした。聞くところによるとキバオウさんは明日のフロアボス攻略には参加しないつもりでいたそうで、それどころか攻略活動すら辞退する考えだった。
「大衆の前で恥ぃ晒した上、いけしゃあしゃあと攻略に参加なんて出来へんわ」
と言うのは本人の談なのだが、それも佳樹の説得により明日以降も確り攻略に参加してくれる様に約束を取り付けた。キバオウさんの行動力や発言力、これまで生き残ってきたバイタリティは必ず攻略の力になれる。是非ともSAOからの生還の為に力を貸して欲しいと、佳樹は静かに熱弁し、それを聞いたキバオウさんは殊更に泣いた。端から見ても見事にチェックメイトだった。
「男キバオウ! ケイジュはんと交わした約束は後生違えん事を誓うで!」
その後落ち着いたキバオウさんは、佳樹にそう宣言し、明日の健闘を祈りあいお互いの宿屋へと帰路についた。
「佳樹、ご苦労様でした」
予約している宿へ帰る途中、私は今日の佳樹の働きを労った。事の発案は私がしたとは言え、そこから計画を練り、実行に移したのはすべて佳樹だ。
「ありがとうございます。ただ会って話をするだけですから、そう難しい事ではありませんが」
事も無げに佳樹はそう言った。
「キバオウさんは攻略会議の際の言動でも解る通り、直情経行な方です。あの様な方は理詰めよりも感情に訴えかける方法を採ると御し易い。しかし問題点も……」
「感情論に流されやすく、自らの意思を変えてしまう可能性もある、という事ですね?」
簡単に言うと、こっちの方がええやん!といった物だ。
「その通りです。ですので、本人の口から約束を違えないという発言を聞けたのは非常に大きい。多少大袈裟に自分語りをした甲斐が有るというものです」
私達とキバオウさんの間で交わした約束とは、私達と一緒に今後も攻略に尽力するといった簡単な物で、砕いた言い方をすると敵対せずに仲良くしましょうといった所だ。出会ってから数時間しか経っておらず、且つ第一印象の悪かった相手と考えれば上出来と言える成果では無いだろうか。それに今回の話し合いで佳樹はキバオウさんに好印象を与える事が出来た。上手くいけば今後も便宜をはかる事が出来る関係になるだろう。
「そうですね。アルゴさんの方は上手くいったのでしょうか」
アルゴさんにも以前から私達以外のβテスターの方と積極的にパイプを持つ様に御願いをしていた。御願いと言っても確りコルは支払っているので依頼と言った方が正しいだろうけど。
「キバオウさんと会う前にアルゴさんには確認のメッセージを送っておきました。返信も既にあります。どうやら他のβテスターの方々と上手く関係を築けている様で、先程もキリトという方と……おや?」
メッセージを読みながら佳樹は可笑しそうに笑った。何事かと気になったが、更に読み進める彼の表情が怪訝な物に変わっていくのにも気付いた。ふと、私のメニューにインスタントメッセージの着信を知らせる音が鳴った。確認すると差出人がケイジュとあるので、恐らくアルゴさんから送られてきたメッセージを佳樹が貼り付けて送ってきたのだろう。早速そのメッセージを開いてみると予想通りアルゴさんからのメッセージが貼り付けられていた。
『おっス! そんなに急かさなくても報告はするヨ。コルは確り貰ってるからナ。
前々から依頼のあったβテスター探しとパイプ作りは着実に進んでるヨ。八割がたは完了してル。残りの二割は残念ながら既に亡くなっているか、足取りを掴めないレベルで身を隠してるヤツだナ。そいつらの事を考えると少しキナ臭いけど、まあそんなヤツ等がいるって事を認識しといてくレ』
メッセージとは言え、どうやらアルゴ節は健在の様だ。何かしらの拘りが有るのだろうか? 身を隠してるという方々が気になるが、とりあえず続きを読み進める事にする。
『そうそう、さっきβテストの頃から知り合いのキリトってヤツの所に居たんだけど、珍しい娘に会ったゾ。アーちゃん解るだロ? あの娘とキリトが一緒に居たんダ。ヨシ坊とミッちゃんも気にしてたのは知ってるからこの情報はまけといてやるヨ。元気そうだったゼ? いや、元気は有り余ってる感じだったかナ?』
何となくだが、メッセージを作成しながらニャハハハと笑うアルゴさんの姿が創造出来て可笑しくなった。それにしても、アスナさんは元気にしていたみたいで安心した。彼女はゲーム初期に行っていた初心者の育成に勿論の事参加していたのだが、その類い稀なる戦闘センスには驚かされた物だ。教えた事を直ぐに吸収してしまうのもそうだが、目を見張るのは体運びとそれに伴う移動速度で、それは武術に精通している私達と比べても何ら遜色の無い物だった。かと言って決して速力にかまけた戦闘をする訳でも無く、効率良く戦闘を組み立ててゆき苦もなくMobを倒して見せた。佳樹をして天才と言わしめるその実力はプレイヤーの中でも随一を誇るだろう。そんなアスナさんだが、私達が初心者プレイヤーの育成に力を注いでいた頃、攻略の遅滞を理由に単身攻略に乗り出す旨を持ち掛けてきたのだ。彼女のその発言に当時の私達は閉口してしまった。と言うのも、ソロ活動は安全面を考慮すると推奨出来るものではなく、かと言って先陣をきって攻略を任せられる程のプレイヤーがアスナさん以外にいない。つまりパーティーを組ませてあげられない状態だったのだ。彼女の発言はそれだけ初期の話であり、驚くべきはその時点で提案を一蹴出来ないレベルまで彼女が実力を昇華させている事だ。また彼女のその発言は、私達が提唱した安全策に関する問題点を悉くついてきていると言うのもあった。
彼女の言う通り、私達の行動は飽くまでプレイヤーの生存率を上げる為だけの政策であり、攻略速度に関しては度外視していた。また、私と佳樹に至っては初心者プレイヤーの育成のみならず、非戦闘職のプレイヤー達の様子見や治安維持を目的とした見回りをしていた。黄金に等しい貴重な時間全てを環境保全に回す様な私達のやり方にもどかしさを感じずにいられなかったのだろう。
また、問題点はそれだけでは無い。安全策を講じるあまりアスナさんの提案に尻込みしている訳だが、それにより彼女の様な突出した実力を持つプレイヤーの成長を著しく遅らせる原因になっていたのだ。アスナさんだけでは無く、当時私達と共に初心者プレイヤーの育成に手を貸してもらっていたβテスターの方々や、他の初心者プレイヤーの中にも才能あるプレイヤーは沢山いた。まず間違いなくデスゲーム攻略の要となる者達だ。上限数一万人という人材を守る事も大切だが、得てして守りすぎても成長が無いのは事実であり、アスナさんのその提案により一週間程続けた初心者育成カリキュラムに終止符を打ったという経緯があった。
その日以来アスナさんとは目立った連絡は取れていなかった為、アルゴさんの報告には非常に嬉しい物があった。しかし尚もアルゴさんからのメッセージを読み進めようとすると、そこには気になる文面があった。
『ただ問題となる事が一つだけあっタ。恐らく明日のフロアボス討伐に影響がでる物かも知れないが、情報屋を名乗っている以上人様のプライバシーをペラペラと喋る訳にはいかないんダ。それなりに事情も込み合っていてね、この情報を聞きたいなら一万コルは準備してもらう事になると思うヨ。もしこの情報が必要なら連絡をくレ。指定された時間と場所に確実に居る事を約束すル。値段が法外だって怒るなヨ? 本当に事情が有るんだかラ』
アルゴさんからのメッセージはここで終了していた。私はメニュー画面に目を通し、自身の所持金額を確認する。千五百コルと、非常に心許ない数字が表示されていた。
「佳樹、今の所持金額は幾らですか?」
「自分が今二千六百コルですので、残りは約六千コルです」
「六千コル……」
教会にコルを寄付したばかりで私も佳樹も所持金は少ない。
「佳樹、パーティーの皆さんに今晩は戻れない事を伝えてください。それとアルゴさんには明日の朝7時に会う約束を取るのでそのつもりで」
「判りました。それでは迷宮区に向かいましょう」
佳樹は私の意図を直ぐに察して、既に歩きながらメッセージ作成に取り掛かっていた。 私達は足りないコルを稼ぐため迷宮区へと向かった。