タグは、必要なものが出たら追加です。たぶん増えないと思います。
1話
ある意味他の村とは違う。その村は他の村のように鬼の伝承話がない。それでも村人たちは夜になったら家で過ごす。辺境にある村であるために、夜になって何かをするわけでもないのだ。朝日とともに家を出て畑を耕す。田の世話をする。川で魚を釣り、森で恵みを採取する。
自然の恵みを堪能できるがために、他の地域との交流は全くと言っていいほどにない。大人の中でも代表となる者が、時折数人で出かけるだけだ。具体的に何をしているのか、子どもたちがそれを知ることはない。子どもたちは気の赴くままに過ごすことが許されている。好きで家の手伝いをしている者もいる。自主性を重んじているのだ。
ただ、一定年齢になれば大人の仲間入りとなり、大人たちと同様に村のために働くことになる。
それを苦に思う子どもはいなかった。なにせそれが"大人の証"だからだ。自分が一人前であることが証明されるのだ。そうなる事を夢見て、家族の手伝いをする者が多い。
「誠は手伝わねぇのか?」
「今手伝えることはないし、それなら体を鍛えてる方が、役立つ時が来るだろ?」
「頭いいな! そんな考えでやってたとは思ってなかった!」
「もっと褒めていいんだぜ?」
「任せろ! そういうとこは子供っぽいよな!!」
「……」
誠は腕立て伏せの途中で動きを止めた。首だけ動かし、満面の笑みで誠の鍛錬を見届けている友人こと阪上昇を見つめる。昇には一切悪気がない。
嘘をつくことは良くないという教えが骨の髄に染みているだけだ。
そして、相手のことを真っ直ぐに捉え、思った通りに話すだけだ。
だから、決して誠を馬鹿にしているわけじゃない。大人になった時を想定して今を行動できる誠のことを尊敬すらしている。ただ、それでも年相応に子供っぽいところが現れるために、親しみやすさをそれ以上に感じているだけなのだ。
「どうしたの? 今日はもう終わり?」
誠と昇のところにやってきた同年代の少女、サツキが動きを止めている誠に問いかける。その言葉にハッとした誠は、止まっていた時間のロスを取り戻すように腕立て伏せの速さを上げて再開する。
「すごーい! 誠は自分を追い込める人なんだね!」
「昇って誠を煽ってるの?」
「え、なんで?」
何故か小馬鹿にしているように感じたサツキだったが、昇にはさらさらその気はない。誠もまた、「時間を無駄にした!」と集中力を上げているために二人の話が聞こえない。
誠が腕立て伏せを終えたところで、サツキがすかさず飲み物を渡す。半ば強引に飲まされる形となり、飲み込む量より口に入れられる水の量が多く、咽て咳き込むまでがいつもの一連の流れ。
「ゲホッゲホッ! サツキ、なんでいつもそうするのさ」
「え、だってこうでもしないと誠は水を飲まないじゃない」
「失敬な。俺だって死にたくはないから水は取るぞ?」
「私が持って来てなかった頃は飲まなかったわよね?」
「たしかに誠は飲んでなかったね!」
そんなはずはない、と思ったが、思い返してみればそうだった。だが、それもサツキに注意されてからは飲むようになっていた。水筒は自分で用意していた。
「少量しか飲まなくて倒れたわよね?」
「……そんな馬鹿な……。俺はそこまで馬鹿じゃ──」
「3日連続で倒れてたよね! その度にサツキが泣いでぇっ!? 何するのさ!」
「余計なことは言わなくていいのよ!」
誠が倒れてはサツキが泣き、昇が急いで大人を呼びに行く。3日連続でそれが続き、村長がサツキに「誠が何と言おうとサツキが水を飲ませなさい」と勅令を出したのだ。
サツキがどれだけ誠を心配したのか。それを伝えようとした昇だったのだが、どうやらサツキにとっては隠したいことだったらしい。誠は気絶していたため、当時の状況を分かっていない。黙っていれば知られなかったことなのだ。
というわけでもなく、サツキが泣いていたことは誠も知っている。それ以降は無茶しないようにしようと心に誓っていた。
「さてと、それじゃあこの後はどうする?」
「いつも通りでいいんじゃない?」
「ならそれで」
余った時間は村の近くにある森の探索。探索とは言っても、10分以内に村へと帰れる程度の距離しか進まない。村の外をほとんど知らない子ども達にとって、外は怖いものだからだ。
大人になれば探索距離を広げよう。3人でそう決めていた。
「木の実見つけた!」
「昇はこういうの得意だよな」
「釣りもそうよね」
「なんとなく分かるんだよね~。語りかけてくれてるから」
「頭おかしいんじゃないの?」
サツキの辛辣な言葉に蹲る昇。実は心が弱かったりするのだ。ある程度ネタなところもあるのだが、今回のは結構刺さったらしい。誠の視線がサツキに刺さり、サツキは昇に謝って丸く収まった。
3人で過ごすとついつい時間を忘れがちになる。「私がしっかりしなくては」と意気込んでいるサツキのおかげで、いつも日が沈むまでに家に帰れている。
この日もそうだった。サツキのおかげで日が昇っているうちに村に帰れた。
これが3人で自由にできる最後の日だ。
「明日から大人の仲間入りか~」
「私は誠が心配だわ。また倒れると思う」
「失礼だな。ちゃんと気をつけるさ」
成人の日というものが、この村では設けられている。今年で15歳になる者を、一斉に祝い、大人と認める日なのだ。その日の午前で儀式が済まされ、午後からは仕事がある。各々バラバラの仕事だ。こうして3人で探索する時間はなかなか取れないだろう。集まる時間は作れるだろうが、その頻度は当然少ない。
だからサツキは提案した。
「夜空を3人で見てみない?」
夜に外に出る習慣はない。この村には鬼の伝承もない。だから、夜に家の外に出てはいけないという話はされたことがない。大人たちも子どもたちも、何となくそうしていただけだ。
だからサツキは提案した。
それに誠と昇は頷いた。
サツキの真意を推し量れたから。
村の大人の誰かしらが定期的に村の外へと出ていく。しばらくすれば帰ってくるのだが、今はサツキの父親が外に行くメンバーの一人だ。母親は既に亡く、明日に父親が帰ってくるかも分からない。祝ってくれる家族がいない。
それがサツキの思いだった。
「夜空を見るのってなんだかんだやってなかったな。楽しみだな!」
「昇は寝てそうだけどな」
「起きるわ!!」
笑いあって昇とサツキ一旦別れる。家で一人となるサツキは、父親が帰ってくるまでの間村長の家に住んでいる。母親がいればそうはならないが、他界してしまっているため、村長がしばらく預かるのだ。
帰宅し、家族3人で食事を取る。それが済めば片付けを手伝い、水浴びをしてから集合場所に移動する。
今までしてこなかったことをするのは、なんだか規則を破っている気持ちになり、誠は親に気づかれないようにこっそり家を抜け出した。
そのつもりだったが、親にはバレてた。見逃してもらえた。放任主義な家で助かった。
「夜空って綺麗なんだな」
家の窓からすら見上げたことはなかった。夜は日の光がない。闇に覆われているようで、あまり外を見ようとも思わなかった。
見てみたらなんてことはない。月は輝き、星々が夜空を彩る。空は闇に覆われていない。幻想的な景色を作り出している。
──夜は人間の時間じゃない
一度そんな事を言われたことがあった。
それはそうなのかもしれない。
これほど幻想的な景色を前にすると、自分の存在が霞んでしまう。夜空を見上げるほどに、夜空が示す
そうして眺めていると、しばらくしてサツキがやってきた。村長相手に抜け出してくるのは相当苦労したようだ。
「隣いいかしら?」
「いつもそんな事聞かなくね?」
「……ふん」
「いたい! なんで無言で足踏みつけるんだ!」
「誠が悪いわ」
理不尽な奴だ。そう思う誠にロマンチックなものは分からない。そういうものを夢見る少女の気持ちは分からない。この先も。
「夜空って綺麗なのね」
「驚くよな。今まで見てこなかったのを損した気分だ」
「ふふっ、たしかにね。……見れてよかった」
「サツキ?」
「こうやって夜空を見るのが、当たり前になれたらいいね」
「そうだな」
誠の肩にサツキが寄りかかる。
不思議に思ったが、迷惑とも思わないから流すことにする。昇はまだ来ていない。抜け出してこれない可能性も考えられる。それはそれで仕方ない。日が昇ってから話を聞けばいい。
「ねぇ……誠は私のこと……好き?」
「いきなりどうしたお前。頭大丈夫か?」
「失礼ね。……どうかしてるかも」
サツキの寄りかかってくる重さが増した。手を回して支えないと崩れてしまうほどに。
サツキの肩に手を回し、いったいどうしたのかと顔を見る。
大量の汗をかいていた。熱でもあるのか。そんな
夜空に気を取られていて気づけなかった。そんな事はないだろうと思い込んでいたのもいけなかった。
──"血の匂い"はしていたじゃないか
「サツキ! 何があった!」
この村の医者は老人だ。この時間ではもう寝てしまっている。すぐに起こさないといけないが、何があったのかも把握しなくてはならない。危険があるのなら、それに対処することも考えないといけないのだから。
「私はね、誠のこと好きだったよ」
「っ!」
美しい笑顔だと思った。不覚にもそれに見惚れてしまった。だから何も言葉を返せなかった。サツキの体から力が抜ける。誠はそれを抱きとめるも、サツキが起き上がることはない。
背に回していた手を見る。サツキの血で真っ赤だ。サツキの背中は大きく切りつけられていた。包丁ではない。包丁でここまでの大きな傷はできないはず。
何があったのか分からない。誰がサツキを殺したのかも分からない。
分かるのは、サツキが命を落としたこと。
変なプライドのせいで、サツキの想いに最後まで応えてやれなかったことだ。
「ーーーッ!!」
声にならない声で叫んだ。喉が張り裂けそうだった。
悲しみに打ちひしがれている誠の下に、昇が駆けつけてくる。誠は昇に話をしようとして、顔を上げた途端目を見開いた。
昇も大量の流血をしていた。
「な……にが……」
「逃げ、ろ……誠。……そんちょは……鬼だ」
「どう、いう事だよ……鬼ってなんだよ!」
昇は困ったように笑い、そこで命尽きた。もともと致死量の怪我だった。誠にその事を伝えるためだけに、最後の力を振り絞ったのだ。
誠の頭は真っ白になった。目の前で大切な人が二人死んだのだから。昇は村長のせいだと言った。それが本当なら、サツキを殺したのも村長ということになる。
異常だった。この状況は何もかも異常だ。
子どもが二人死んだ。これだけの事件が起きているのに、村は
「おやおや、こんな夜に外に出歩いちゃいかん」
「……っ!」
夜の闇の中から一人の老人が現れる。この村の長だ。
村長は誠
「家に帰りなさい。明日は成人の儀式があるじゃろうに」
「あなたは……何を言っている! サツキが、昇も死んだのに! なぜその事には何も触れない! 村長が、鬼だからか!?」
「……二人がそう言ったのかな。全く、とんでもない子どもだ」
顔を手で覆った村長が、やれやれと頭を振る。
手がどけられた時には、村長の顔が変わっていた。
手も足も違う。強靭な爪があるものに変化した。
「知られたからには、お前にも死んでもらうしかないな!」
誠はすぐにサツキを横にさせ、サツキと昇から離れるように走った。
村長も誠を逃すまいと追いかける。
昇が言ったことがよくわかった。村長の形相は、間違いなく鬼だった。どうやって擬態したのか誠には分からない。そもそも、鬼という存在自体知らなかったのだから。
「逃げ場などないぞ!」
必死に夜闇の中で目を見張った。誰か大人はいないのかと。
助けなどない。この村の異常さを段々と誠は理解できてきた。
ある建物に逃げ込む。扉を閉めるも、扉は村長の爪で切り裂かれた。誠は床に叩きつけられ、左肩に爪を突き刺される。
「がっ、あああぁぁぁ!!
「お前も、あの二人も、まだ食べるに値しない」
「フゥ! フゥ! っ、あんたは死ぬに値する!!」
誠は縄を引っ張った。この建物に作られた仕掛けを起動するために。
天井が開き、そこから現れた巨大な金槌が村長の体に叩きつけられる。夜闇の中ではそれに気づくこともできず、村長は体を潰されながら壁を突き破り外に叩きだされる。
左肩を抑えながら立ち上がり、村長の様子を見る。粉砕された体が地面に転がっており、死んだと考えていい、わけがない。
「こんのクソガキィィ!!」
「なっ!」
時間が経つにつれて体が治っていく。完治するまえに村長は動き始め、予想外のことに動きが遅れた誠の腹に爪が刺さる。だが爪は誠の腹を貫通はしなかった。
村長の腹にも槍が突き刺さり、そこで止められているからだ。
誠はバランスを崩して後ろに転け、その際に刺さっていた爪が抜ける。
「何なんだここは!」
誠にも今起きていることはよく分からない。誠が逃げ込んだ建物は、村の倉庫だ。ここには鍬や鋤が置かれている他、動物を狩るための弓矢や槍が保管されている。そこまでは誠も村長も知っている。
村長が知らなかったのは、先程天井から現れた巨大金槌の仕掛け。
村長も誠も知らなかったのは、今偶然にも発動した床の仕掛けだ。
それなりの強さでその場所を踏みつけなければ発動しない仕掛け。床に敷かれている板の一部は、強く踏むことで沈み込み、反動でその板の反対側が上がるようになっている。そこには槍が付けられており、それが今村長を貫いていた。
大人でも踏み抜くには相当な力がいる仕掛けなのだが、建物の一部が崩れたことで仕掛けに綻びが生まれ、子どもの誠が偶然踏んでも発動できるようになったというわけだ。
「こんなものを、オレに黙って作りおって!! 全員後で喰らってくれるわ!」
「ああぁぁぁ!!」
「ぬぅっ!」
村長が仕掛けに苛立っている間に、誠は倉庫にあらゆる道具を取り出した。斧で村長の首を切り飛ばすも、それでも村長は死なない。回復し始めるのを見た誠は、一心不乱に村長の四肢を斧で切り落としていく。
四肢がなくなった村長の体を再び建物の外に出すも、首が治った村長は恐ろしい形相で誠を睨みつける。
「クソガキぃ! 偶然が続いているからって良い気になるんじゃねぇぞ!!」
「黙って死んでくれ!!」
四肢が回復して起き上がる前に、誠は倉庫にあった槍で村長の体を地面に縫い止めていく。
腕に1本ずつ。手に1本ずつ。脚に1本ずつ。計6本の槍で村長を縫い止めるも、村長は死ぬ気配など一切ない。
「どうやったら死んでくれるんだよ」
何をしても死なない村長に、誠は悲痛な顔を浮かべる。その手は震え、目には絶望の色が映りだしていた。
動物であれ誠は殺したことはない。斧で切り落とした感触。槍で突き刺した感触。何をしても死ぬ気配がない鬼。誠の心は既に疲弊していた。
斧を振るう気力もなく、誠は村長の胸を全体重をかけて踏みつける。
「お前を殺す前に教えてやるか。お前たちが夢見た"大人"ってやつを」
優位に立っているはずの誠が絶望し、劣位に立っているはずの村長が愉快そうに笑みを浮かべる。
この村は変わった村だ。他の地域との交流は滅多にない。大人たちは定期的に村の外に出ていく。帰ってくるのがいつになるのか分からない。村の規則は村長が決めた
村長の年齢を知る者はいない。老齢であることしか分からない。子どもたちは親に聞き、親は適当にはぐらかす。村長に関する疑問はたいていそうだった。
成人の日で追加される規則はあった。職に関することがほとんどだと子どもたちは聞かされる。実際は違った。村長のことを教わるのだ。
村長が鬼であることを。
この村に鬼の伝承がないのも当たり前だ。村長が鬼なのだから。
この村の外に出たものがいつ帰ってくるか分からない。それは嘘だ。鬼に食べられるのだから。
この村の大人たちがそれに従うのも当たり前だ。死にたくないのだから。
この村の大人たちが立ち向かわないのは当たり前だ。鬼を殺せないのだから。
この村はそういう村で、この村の大人はそういう大人だ。
「大人になることを夢見てたよなぁ? これがお前たちが見ていた大人の姿だ! 強者に従い! 相手の顔色を伺い! 見て見ぬふりをし! 諦めていくのが大人だ! 身の程を知ってな!」
「黙ってくれ……!」
「本当にな。ベラベラと煩い鬼だ」
その声が聞こえた時には、村長の首は斬られていた。誠がやった時とは違い、今度は鬼が消滅していく。
顔を上げると黒服に身を包んだ男が、いつの間にか現れていた。呆然とする誠に、男は頭を下げる。
「お前のおかげで楽に殺せた。それと、対応が遅れてすまなかった」
「ぁ……サツキ、昇……」
「……お前の友人か。埋葬を手伝わせてくれ。あ、その前に応急手当しないとな」
男に言われて思い出す。それなりに血を流していたことに。
緊張が解けたことで誠の体から力が抜け、倒れそうになるのを男が支えた。一旦倉庫の中に移動し、そこで止血を行う。それが済むと男は誠を背負い、二人が倒れているところに移動する。
誠を下ろし、二人は特に会話することなくサツキと昇を埋葬した。墓は村の外で、三人がよく遊んだ場所に作った。あの村の中より、こっちの方が二人も収まりがいいだろうと思って。
「……なんなんでしょうね……。短い時間で全部無くなりましたよ……。大切な人も……夢も……。大人があんなのだって言うなら……俺は大人になりたくない!」
「この甘ったれめ!」
誠の頭に拳骨が叩き込まれる。あまりもの強さに誠は顔が地面に叩きつけられた。脳も揺れ、うまく起き上がれない誠を、男は起こして胸倉をつかむ。
「たしかに絶望するだろうさ! 家族が死ぬのも、仲間が死ぬのも目を瞑るような人を見せつけられたら! だがな、お前は一面しか見てねぇんだよ! お前の親はお前を愛さなかったか!? お前の友人の親だって同じだ! 大切に育てただろ!」
「……でも……! それでも子どもは守らなかった! 昇は殺された!」
「そうだな。そいつの親が殺された後でな」
「っ!?」
「子どもを想うのが親だ。弱い奴を守るのが強い奴だ。お前は気づけないのか? 村の住人たちが決めたっていう規則に込められた想いを! "子どもに自由を"って願いを! それだけじゃない! それは自主性を重んじている。自分で考えて自分で行動できる大人になってほしい。それがこの村の大人たちの願いだ!」
「……ぅ……ぁぁぁ……!」
己の小ささが嫌になる。"大人になること"にばかり意識が向かい、大人がどういう存在なのか分かっていなかった。この村の大人たちの想いにすら気づけていなかった。
一度流れた涙は止まらない。失った悲しみも今誠の中で実感として生まれる。その場に泣き崩れる誠を、男は黙って見守った。
泣き終わった頃には眠りについてしまっていたようで、誠は日の出とともに目を覚ました。周りを見渡すと、すぐ近くに男がいることも分かった。
「いてくださったんですね」
「そりゃお前、夜は鬼の活動時間だからな。お前の家に戻すのも手だったが、どの家か分からん」
「なるほど。ありがとうございます」
平伏する誠に、男は居心地悪そうに顔を歪める。そういうのは受け付けないらしい。硬いやり取り自体好きじゃなさそうだ。
「あの……鬼は他にもいるんですか?」
「そりゃ大量にな」
「俺にも鬼を倒すことはできますか?」
「それはお前次第だ。仮にその力を手にしても、生き残れるかもお前次第。自分の力で生き残れるようにならないといけねぇ」
誠の目に迷いはなかった。男も誠の意志を疑わなかった。
どうなれるかは本人次第だが、その機会は与えてやってもいい。そう思っている。尤も、男は育手ではない。預け先の判断に任せることにはなる。
「人間相手に死なないぐらいの強さで、ようやく始まりだ。分かってるな?」
「はい!」
『こうやって夜空を見るのが、当たり前になれたらいいね』
それがサツキの願いであり、誠もそうなれたらいいと思った。あの景色を誰もが安心して見られるようにできるのなら、それをやり遂げよう。たとえこの先にどれだけの生地獄が待っていようとも。
「自己紹介してなかったな。俺は乃木
「泰富誠です。よろしくお願いします! 師匠!」
「師匠! いい響きだな! ま、育てるの俺じゃないけど」
「えっ!?」
変化しか取り柄のない鬼とかこんなみみっちい生き方してそう。