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屋根の上で網を張るという狙いは、呆気なく成功した。その成功理由は実に単純。鬼が誠たちの存在に気づいていなかったことに大きく起因する。
人が連れされる場面を目撃し、鬼の手段を把握できた。
「血鬼術って何でもありなんだな」
「異能力だと言ったでしょ」
人が連れ去られた方向に駆ける。未だに屋根の上から降りないのは、向かっている今もなお人が連れ去られているから。鬼が潜む場所をはっきりと認識するためだ。
鬼のやり方はシンプルだった。網漁のようなもの。対象が魚ではなく人間で、一人ずつしか連れされないという違いがある程度だ。網に掛けてから回収するまでの速さが異常ではあるが。
「鬼が2体いると考えた方が良さそうだな」
「そうね。一人一体ずつという計算になるわね」
「鬼の首斬れるのか?」
「斬れないわよ。けど、鬼を殺せる毒はできてる」
「さてはお前天才だな」
「気の抜けることを言わないで」
本当に天才であるのなら、より多くの薬を開発できている。試行錯誤の繰り返し、頭がおかしくなりそうな程に悩むことなどザラにあった。それでいて開発できた毒はまだ1種類だけ。2種類目は検証しないと分からない。
薬と毒は紙一重だ。成分の組み合わせの違い、量の違いがあるだけ。鬼殺隊に入らなければ、きっと日本を代表する薬学者になれていた。
そんな可能性が脳裏を過るも、それは今のしのぶの否定に等しいと気付く。口にしてはいけないことだと黙り、しのぶに手で合図を出して物陰に隠れる。ちょうど近くに高さの違う家があってよかった。
「気づかれた?」
「おそらくは。鬼の位置は把握できたか?」
「あれだけ見れば十分よ」
「それじゃあ、ここからは一気に詰めるか」
しのぶが小さく頷く。
誠は頭を覗かせ、鬼の網が迫っていないことを確認する。
敵も様子を伺っていると考えられる。距離を詰めなければどうしようもない誠たちは、どの道進むしかないのだ。
「いっそわざと捕まるのも手か」
否定されるだろうと思いながら呟く。
しかし返事がない。無視されたのかと思ったが、しのぶは基本的に言葉を返す少女だ。急に無視するようになるとは考えづらい。
後ろを振り向く。
夜の町
「は?」
しのぶの姿がどこにもない。急いで辺りを見渡すも、どこにもしのぶを見つけられない。鬼がいる方向を見ていたというのに、そちらにしのぶが連れ去られていくのも見えなかった。何かが通ったという感覚すらなかった。
何も音がしなかった。目で追えないほどの速さというわけでもない。残像すらなかったのだから、誠の視界外でしのぶが攫われたということになる。
「面倒にも程があるぞこの鬼」
「おいお前! 人の家の上で何してやがんだ!」
「……やってくれるな」
無音だった夜の町が終わる。町民たちの認識阻害が解かれ、誠に注目が集まる。次々に人が家の外に現れ、ちょっとした騒動になる。保安官も呼ばれるようだ。
(違う! あの鬼はこうなるように操作した!)
今日も何人も町民が攫われたというのに、それに触れる人は誰もいない。そんな事はなかったという顔で、誠を捕らえようと躍起になっている。
下には操られている町民が集結し始める。保安官の出張所は鬼の術の範囲外だが、これだけの騒動になれば誠を取り押さえることに尽力する。屋根の上にも何人か登り始めている。
「ちょっと忙しいんで!」
「さては盗人だな!」
「それは冤罪ですね!」
あられもない罪を着させられそうになるが、身の潔白を証明する時間もない。誠は一刻も早く鬼の下に向かわねばならない。
(鬼は……こっちであってるな)
当初の予想と変わらない。屋根伝いに走り続け、それを確信する。人の現れ方からして、それが顕著だった。誠がつい先程いた地点。そこより後方からは集まる人が少なかった。だが、向かっている方向では人の姿を次々と確認できる。屋根の上で待ち構える人もいるほどだ。
「この盗人が!」
「何もしてないんですけどね」
捕まえようとする男性の頭上を飛び越える。少し離れて構えていた二人が着地の瞬間に誠の足を狙うも、誠が間髪入れずに軽やかに跳ねることでそれを避ける。
この状況で止まることが最も愚かな行動。誠は速度を緩めることなく、むしろ人を躱す毎に少しずつ加速していった。時には隙間を縫うように潜り抜け、時には壁を跳躍し、時には空いてる隙間をついて地に足を降ろした。
やがて町の外に抜けると、町民たちは追いかけて来なくなった。鬼が隠れる場所も近いからだろうか。
誠は当たりをつけていた場所へと足を踏み入れたが、そこには鬼の姿が見当たらなかった。勘違いさせられていたのか、それとも移動したのか。
「後者か」
木の根に近づき、落ちているそれを拾う。いつもしのぶが付けている髪留めだ。
「どこへ行ったのやら……」
髪留めを懐に入れ、周囲を見渡したところで高く跳躍する。太い枝に手を掛け足下に目をやると、そこには長い縄のような
「そっちだな」
追撃を仕掛けてくる腕を躱しつつ、その腕を頼りに鬼を追う。200mほど進んだところで右へ直角に曲がり、奥に見える茂みに一閃。茂みを斬り、何かも斬る。
「斬られるかと思ったわ」
「助けて一言目が批判って、姉妹で口裏合わせてるのか?」
「なんの話?」
「なんだ知らないのか。ならいいや」
誠が斬ったのは茂みに隠されていたしのぶを捕らえていた腕。人を攫う鬼の血鬼術は、腕を特異なものに変化させるといった内容のようだ。誠を襲った縄のような腕。しのぶや町民を攫った網も腕の形状が変化したもの。
たった今片腕を斬ったわけだが、すぐに再生するだろう。さらに、鬼の腕が人のように二本だけ、とも限らない。
「鬼は?」
「
「それはそれで分かりやすい見た目だな」
「異形は見るだけで嫌悪を感じるのだけどね。……あいつは、腕が4本で首が2本あったわ。体自体は一つだったけど」
「分裂してもおかしくなさそうだが、可能性として考えとくか」
しのぶと情報を共有し、再度鬼の捜索が始まる。身を隠されているのは厄介だ。しのぶを捕らえていた腕も、いつの間にか無くなっている。体の方に引き戻されたようだが、相変わらずその速度は凄まじい。
しのぶは周囲を細かく観察する誠へと近づき、横腹を抉る。
代わりにしのぶの肩を誠の刀が掠める。
「あら? なんで避けるの?」
狙いは横腹ではなかった。ギリギリのタイミングで素早く体を捻られたために狙いがズレた。
きょとんとするしのぶに誠は冷めた様子で返した。
「だってお前鬼じゃん」
「……何言ってるの?」
「知ってるはずのことを知らなかった。それで察せた」
カナエがしのぶに最終選別での出来事を話したことは、誠も知っている。それでも完全に攻撃を避けられず、先制もできなかったのは、本当に目の前のしのぶが鬼じゃないかわからなかったから。
カナエと出会ったときに交したやり取り。そこまでをカナエがしのぶに話したのかは聞いていない。だが誠は「カナエなら話していてもおかしくない」と思い、しのぶが偽物だと仮定した。そしてしのぶが仕掛けてきたことで、一緒にいる鬼がしのぶだと断定できたわけだ。
「傷も手がかりだな。刀でこんな傷にはならない。あいつの刀ならなおさらだ」
「凄いね~。それで? 分かったところでどの道殺されるだけだよ? 楽に死になよ」
「ごめんだな」
誠はここに誘導されていたことを理解した。
町民が追いかけるのをやめたのは、町民たちへの意識操作をやめ、対象を誠に移したからだ。誠を誘導させ、自分をしのぶだと思わせ、油断しているところを殺害する。それが鬼の狙いだった。
誠は刀を構え直す。理解してしまえば、しのぶに見えていた相手の本当の姿を認識できる。気を抜けばぼやけてしのぶになるが、それでもそれが鬼だという認識だけはブレない。
「しのぶの見た目は見れば分かるんだろうが、口調はどう真似た。ある程度しのぶの記憶も知ってそうだよな」
「知らなくてもいいだろうけど、教えて殺そうかな。答えは簡単。自白させた。能力を一点に集中させれば造作もないってわけ」
「そうか」
誠の足が一歩前に出る。
鬼がそう認識した時には目の前に誠がいた。
「──死ね」
「ちっ!」
振り下ろされる刃を鬼が横に跳んで避ける。着地の瞬間に跳ね返り、鬼は鋭い爪を突き立てて誠に襲いかかる。誠は寸分狂わせることなく刀を爪に合わせて横に振るう。機動を逸らし、隙ができた鬼の首を斬る。
「隠れる奴は弱いな」
「
「は? ……っ! ゴフッ!」
首を斬ったはずが、目の前には片腕を失った鬼が口を歪めて嗤っている。
無傷のはずが、誠は胴に4本の線が刻まれ、そこから血が流れ出している。
(あぁ、そういうことか)
鬼の術は意識を操ること。抗う意識の強い誠はその影響が弱まっているが、狙う対象をズラされることは考えられる。胴を爪に切られていたことに気づけなかったのも、同様の理屈だ。
「君の方が厄介だね。あの娘は抵抗が弱かった。特に、姉って認識させたら呆気なかったなぁ。大事なものを言わせて後は認識させるだけ」
「……趣味が悪いな」
「君も同じ相手なら揺らぐかなぁ?」
鬼に見えていた相手がカナエに見える。誠の腕が僅かに硬直し、鬼はそれを見逃さなかった。
二本の腕が宙を舞う。
鮮血が降り注ぐ。
どちらも鬼の腕だった。
「あぁ?」
鬼が顔を歪める。
誠はたしかに硬直した。それは即ち、誠にとってもカナエの存在に影響されるという証。
そのはずなのに、誠は一切の躊躇いもなく両腕を斬り飛ばした。
「胡蝶を侮辱するな」
鬼は勘違いしていた。決定的なまでに。その行いがどういう結果をもたらすのかを。
誠はカナエを絶対に斬れない。それは間違っていない。しかし、今の硬直はその硬直ではない。
カナエを引っ張り出してきたことで、鬼に対する怒りが頂点に達したがために生じた硬直だ。
「あいつはそんな顔で人を傷つけない。あいつは誰かが死ぬことを決してよしとしない。それが赤の他人であろうと」
両足を斬られ、鬼が地に倒れる。再生する度に四肢が斬られ、鬼は一切の抵抗を許されない。
鬼を斬るたびに誠の体から血が吹き出す。その一撃は重症にこそならなかったが、だからといって放置していいものでもない。止血せねば血が足りなくなるのは明白だ。
「答えろ。しのぶはどこにいる」
「教えるわけがぁぅぁ!?」
「答えろ。俺は今機嫌が悪いからな。嬲られたくなければ早く言え」
鬼の口内に刀が突き立てられる。口内を斬りつけられると、話せるように刀が退けられる。
「早く教えてほしいのは、失血死するからだね?」
「そうだな。時間もない」
「ならそのま──」
「我慢の限界だ」
今度こそ鬼の首が斬られる。
鬼の敗因はただ一つ。カナエとして認識させようとしたことだった。怒りのみに染まった相手に、他の意識を持たせることができない。そこまでの実力を持っていれば、この鬼は"番号を与えられる可能性のある鬼"程度にはなっていたかもしれない。
刀についている水液をすべて飛ばし、刀をしまって腰にある面を確認する。
「……血がついた……」
面を見つめて落ち込む。羽織で拭おうとして止まり、隊服を千切って面についた血を拭う。面に血が残らなかったのは、水捌けがいいからなのか。鱗滝に密かに感謝し、会うことがあれば言葉にしようと決める。
認識の阻害が無くなり、しのぶの捜索ができるようになる。この鬼との戦闘までは別の鬼を追えていた。鬼同士が協力していたことは疑いようもないが、あの伸びる腕は本物だ。ある程度方向を絞れる。そちらへと突き進んでいくと、やがてしのぶの気配も感じられる距離にまで近づいた。
しのぶの他にも鬼がいる。離れた位置にも1体いる。
しのぶは宙に釣られていた。腕が蛇のようにしのぶの体を回りながらしめつけ、手で口を塞がれていた。
(考える必要もない)
誠はしのぶを助けるべく鬼に肉迫する。鬼はいち早く誠に気付き、迎撃のために腕を鞭のように振るった。それを刀で斬ろうとして体ごと弾き飛ばされる。木に足をつけ、跳躍を続ける。木から木へと移動し、加速を続け、鬼が腕を振るったのを見てしのぶを拘束していた長い腕を斬る。
さっきは斬れなかったのに今度は斬れた。その違いに眉をひそめるも、分析を一旦やめてしのぶの体を受け止める。
「大丈夫かしのぶ?」
「それはこちらの台詞よ。助けてもらったのはありがたいのだけど、早く止血しなさい」
「鬼を倒しきってからな」
「この鬼は私が倒すから、すぐに止血して。異形がいるのよ」
「……分かってはいるが」
「腹の虫が収まらないからこの鬼は私が殺す」
「……任せた」
殺意の篭った笑顔を向けられ、誠は渋々しのぶに任せた。さらしを投げ渡される。それで止血しろということらしい。誠は隊服をまくり、先に腹の止血を始める。いつでも動けるように、飛び出せる体勢ではあるが。
「人の体を撫で回すように腕を巻きつけるわ。口の中に手を入れるわ。虫唾が走るわね!」
「それはキツイな……」
鬼は腕を元に戻して立っている。しのぶが攫われたのは、鬼の腕を悟れなかったから。それは誠が先に倒した鬼の術のせい。つまり、今の状態であればしのぶが遅れを取ることはない。
刀を抜く。特徴的なその刀はしのぶに合わせて作られた特注品。力の弱いしのぶでも問題なく振り回せる軽さ。その刃にはしのぶが作った毒が塗られている。
「あーあー。だから早く殺そうって言ったのによー」
この鬼はしのぶをすぐに食べたかったらしい。それができなかったのは、今もなお離れた場にいる異形の鬼のせいだろう。やはりその鬼の方が強いようだ。
「こうなったら仕方ねーよなー」
「いち早く死んで」
腕が鞭のようにしなる。両腕とも鞭になり、縦横無尽にしのぶへと襲いかかる。
しのぶはそれを冷静に躱しながら接近していく。
しのぶの接近に合わせ、腕が瞬時に戻って今度は網になる。
至近距離で広げられ、後方に下がろうとして横に避ける。真後ろからはもう一本の腕が針になって迫っていたからだ。
そちらを避けることには成功したが、網には捕らわれた。
「死ぬのはお前だなー。その後は死にかけの野郎か」
「はぁ。だから死ぬのはそっちよ」
しのぶは刀を網になっている腕に突き刺した。
「ははははは! そんなんで死なねぇよー!」
「ふふふふ。笑い死ならマシなんじゃない?」
「あー? ぁ……? ぐるぁぇぁ? な……ぅあ……」
「刺しやすくしてくれてありがとう」
しのぶの笑みに誠は軽く引いた。よっぽど苛ついていたようだが、それはそれとして恐ろしく思える。
毒が回り、鬼が断末魔を上げながら命を落としていく。しのぶを捕らえていた網の腕も消え、動けるようになったしのぶはそそくさと誠に近づいてさらしを奪い取る。
「おい」
「巻くの慣れてないでしょ。お腹の方もよれよれ。こんなのじゃ止血なんてできないわよ。あと布か何か持ってないなんて思ってなかったわ」
ぐうの音も出ぬほど責められ、誠は黙ってしのぶの処置を受ける。しのぶが持っていた布を傷口に当てられ、それを固定するためにさらしを巻かれる。腹の方をテキパキと済まし、誠の隊服をさらにまくり上げる。
「性別が逆だったら変態だぞ」
「負傷者の手当に性別なんて関係ないのよ」
「格好いいこと言うな」
「それに……私がもっとしっかりしてたら、泰富さんはこんな傷を負わなくてよかったかもしれないもの……」
「かも、とか考えても仕方ないだろ。それに、しのぶが無事でよかった」
顔を伏せていたしのぶがはっと顔を上げる。誠と目が合い、子供のような柔らかな表情で言われていることに気づく。本当に安心しているようで、先程までの気概を放っていた人物と同じとは思えない。
(違う……
戦いに向いてない理由は違う。しのぶの場合は鬼を斬る力を持っていないこと。毒が通用しない相手がいたっておかしくない。その鬼と遭遇した時、しのぶに勝ち目はない。
誠は口にしなかった。しのぶがいたほうが危険だったということを。あの場に二人揃っていれば、お互いに殺し合いになっていたかもしれない。しのぶの武器には毒がある。掠りでもすれば、誠は死に至っていた。そういった可能性の話は、しのぶの気持ちをさらに沈めてしまうと判断し、話さないことにした。
「これ、帰るまでに治るか?」
「姉さんに怒られないとか無理だから諦めて。藤の家で療養するのもいいんでしょうけど、帰りが遅くなる時点で気づかれるから」
「だよな。あ、これ拾っといたぞ」
「髪留め……。ありがとう」
「やはり彼らは敗れたか」
現れた3体目。誠は服装を正すことなく、しのぶを庇うように前に出る。当然のように誠がそう動いたために、後ろにいるしのぶは一瞬誠を睨んでから鬼を見やる。
異形の鬼。体は一つなのだが、腕は左右の肩から2本ずつ。体の中心から首が2本生え、その顔から男女が合わさっているものだと分かる。しのぶは口元を手で覆い、眉をひそめた。誠が羽織の袖でしのぶの視界を塞ごうとしたが、しのぶは誠腕を掴んでそれを止める。
「いやぁ。また会えるとはね。誠?」
「なんで……泰富さんの名前を……」
「それは私たちが
「何を……言って……」
しのぶの視線が異形の鬼から誠へと移る。誠はその鬼に少し驚いたようだったが、口をつぐんで表情を消した。その反応が答えだ。どういうわけか、誠はこの鬼と面識がある。
「鬼ってのは悪趣味な奴しかいないのか?」
「酷いな。再会できたのにそんなことを言うんだ?」
「お前たちは死んだ。生きているはずがない。その体が証拠だ」
誠が抜刀する。死した友を再度眠りにつかせるために。眠る体を無理に動かされている。それを看過できるわけがない。墓に埋めた。乃木利永に協力してもらった。その記憶に間違いはない。
「墓を掘り起こし、体を無理に合わせたか。死体であろうと寄生する。それがお前の力ってことだろ?」
「あっはっは。さすがに分かりやすいか~」
「その答えを導き出すのに、違う要因も関係してそうだね」
「答える気はない」
「そうかい。さてさて、それじゃあ一つ聞こうか。
「!?」
しのぶが動揺し、誠は依然として表情を消したままだった。大した反応も見られず、鬼はつまらなさそうにし、視線を誠からしのぶに移す。
「そこのお兄さんは親を殺してるわけだけど、君はどう思うかな?」
「……出鱈目よ。泰富さんはそんな事をするような人じゃない!」
「優しい子だね~。でも、事実なんだよねこれ」
ケタケタ嗤う鬼の言葉を、しのぶは僅かも信用しなかった。敵の言葉よりも最愛の姉の言葉を信じるし、自分で感じたものは本物だと信じているから。
「さっき俺が殺した鬼のことか。なるほど、母親が鬼になっていたわけか。意識操作をできるから俺も村の誰も気づけなかった。大方、時を見て俺に正体を明かしてから殺そうとしていた。そんなくだらない物語でも考えてたんだろ」
「いやぁ驚いた驚いた。正解だよ誠。よく分かったね」
「あの人は俺の親について何一つ言及しなかった。俺が黙って村を出ることも許した。あの時、親を演じていた鬼が既にいなくなっていたからだ。俺の状態を見て、その事を話さなかった。それだけの話だ」
平坦な声。感情の起伏も感じられない。鬼は満足気に頷き、それが正しいことを証明する。話の流れからしても、しのぶは目の前の鬼が何者なのか察せた。誠のことを知っており、意識を操る鬼が母だったことも知っている。消去法も用い、この鬼は──
「泰富さんの……お父さん……?」
「お嬢ちゃんも頭がいいねぇ。"元"がつくけどねぇ!」
「はっはっは! お前の周りは全てが偽り! 全て鬼! 親も村長もそして友人も!」
「それ以上は喋るな」
──
距離を詰めると同時に音も無く刀が振り下ろされる。刀が地面に届いたところで音が後追いで聞こえてくる。刀が通った後を埋めるように風が吹き込み、発生した鎌鼬が駆け抜ける。鎌鼬はおまけのようなものだが。
本来はそういう技だ。
鬼はそれを4本の腕で受け止めている。腕の半分まで沈んでいるが、そこまでだ。途中で止められているため、鎌鼬も発生しない。
しのぶが後続として鬼に突きを放とうとするが、蹴り飛ばされた誠が間に入ることでそれを防がれる。
「今日は挨拶代わりなんだよ。しつこい奴に気付かれそうでな」
「また会いましょう。次は
「お前は……!」
誠の刀が折られ、鬼は姿を消した。
鬼の狙いが何なのか分からない。普通の鬼が取る行動とは離れている。不確定要素の多さは厄介さに比例する。それでいてあの鬼は実力の底を見せていない。鬼は人を食べる。食べるほどに強くなる。放置するほどに実力を増すわけだが、あの鬼は姿を変えられる。そもそも本体が分からなかった。
「しのぶ……」
しのぶの思考はそこで止められる。しのぶの腕に支えられている誠が、弱った表情を浮かべていた。
「俺は、
「当然よ。私や姉さんが何回でも言ってあげるわ。あなたはれっきとした人よ。鬼でもない。本当は優しくて、結構不安定ですぐに無茶して心配かけさせるような、そんな普通の人よ」
「……そっか」
誠としのぶは藤の家で一晩休んだ。治療を受けて休んだが、すぐに復帰できるわけもない。しかし、誠は翌日には帰ることを選択した。どう足掻こうとカナエには怒られるのだ。早く済ませようと判断した。
しのぶと共に帰宅し、玄関を開けるとカナエが足早に出迎える。誠の服がボロくなっているのを見て表情を落としたが、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「おかえりなさい」
「ただいま姉さん」
「ただいま。悪いな。また怪我した」
「みたいですね。ちゃんと休んでくださいよ?」
「ああ。少し寝させてほしい。話を聞きたかったらしのぶにでも聞いてくれ」
「分かりました」
誠は部屋着に着替え、縁側で背中を壁に預けながら仮眠を取った。布団を敷いてしまうと、仮眠にならずに熟睡してしまいそうだった。
「いろいろあったみたいね。……心に来るようなことも」
「なんでわかるの?」
「顔が疲れてたもの。あの人、怪我とかじゃそんな顔しないし、分かりやすいわよ?」
当たり前だろと言外に語る姉に、しのぶは苦笑い半分と呆れ半分の複雑な顔をしていた。
それを気にせずにカナエはしのぶの肩に手を置き、僅かに空気を重くしてにっこりと微笑む。
「それよりしのぶ。なんであなたは名前で呼ばれているのか教えてくれないかしら?」
「私に聞かれても知らないわよ!?」
誠が起きるまで、カナエからの圧はしのぶにかかり続けた。