月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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 今回ので10万字超えたようです。
 物語全体としてはまだ半分も行ってない気がしますが。
 それはさておき、軽率にお気に入り評価感想等々してもらえると作者は喜びます。更新ペースは変わりません。


6話

 

 誠はおそらく良識がある方だ。無知とはいえ、人に迷惑をかけることは極力避ける。

 実弥は一応良識を持っている人間だ。ただ自分の考えを最優先する。そうしない時は鬼殺隊を纏める現当主から指示があった時だけ。

 

 誠は実弥を中庭へと殴り飛ばし、自らもそちらへと移動する。先に足をつけた実弥が、着地寸前の誠の足を掴んで地面に叩きつける。誠は手でその衝撃を抑え、反動を利用して体を回転させる。掴まれていない方の足で実弥頭を狙う。

 

「甘ェんだよォ!」

 

 屈んで躱し、タイミングを見計らってサマーソルト。誠の腹を狙って放たれたものを、誠は腕で防ぐ。衝撃は抑えられず、蹴り飛ばされて距離が開く。誠は地面に足をつけ、距離を詰める実弥に誠からも近づいて拳を振るう。

 実弥はそれに合わせクロスカウンターを狙う。誠の拳をスレスレで避けながら誠の顔を狙う。それを反対の手で止め、肘で実弥の首元を強打。続けざまに膝を鳩尾に叩き込む。同時に誠の鳩尾にも実弥の膝が食い込む。

 

「っつ!」

「ちっ!」

 

 どちらも同じ狙いだったために、お互いにダメージが少ない。誠が掴んでいた実弥の拳が離れ、仕切り直しになる。

 その瞬間に空間が響くほどに大きな音が鳴った。二人はどちらも耳を抑えてそちらを見た。この藤の家の子と思わしき青年が、大きな銅鑼を鳴らしたようだ。よく見ると青年は耳栓をしている。おそらくそれをしなければ鼓膜がやられるのだろう。

 

「無益な争いはお止めください。ここはそんなことをする場ではありません。これ以上続けるようでしたら、産屋敷様にご連絡させていただきます」

「……そうでしたね。失礼しました」

「チッ! 命拾いしたなァ?」

「お前がな」

 

 睨み合うと今度は控えめに銅鑼が鳴らされる。実弥が先に部屋へと戻り、誠はしばらくその場に残ってから部屋へと戻った。食事の時間はずらされた。この家の配慮だ。

 翌朝、朝食を貰ってから誠は宿を出た。実弥は誠より先に朝食を食べて出発している。だからどうという訳でもない。誠は自分の任務のために移動を再開する。誠の足で移動し続ければ、夕刻には目的地に着く。今回は街ではないため、被害が増大するといったことは考えにくい。

 

「討伐任務ダ~」

 

 鬼を発見した隊士がそれを伝えた。討伐より先に伝達をしたのは、自分の力では勝てないと判断したから。それ以降その隊士からの連絡は無かったという。鬼に殺されたという結論が下されたのも当然だ。それを受けて隊士が派遣された。その隊士たちの交戦の後、逃げ延びた一人が鬼の情報を知らせた。

 

 曰く、鬼は一体だけ

 曰く、鬼は好戦的である

 曰く、鬼の体は標準的な成人男性と変わらない

 曰く、鬼の血鬼術は不明

 

 つまり、鬼は血鬼術を使うことなく、隊士たちを返り討ちにするだけの強さを持っている。それを受けて鬼殺隊は、第二陣を編成。誠はその一人であり、誠以外にも何人か派遣されているという。

 本来ならば合流するべきだった。それは暗黙の了解だ。そのはずなのに誠は単独行動をしていた。原因は誠の鎹鴉である。

 

「負ケタラ突ク!」

「死体蹴りするなよ。この場合は死体突きか?」

「鴉ノ呼吸 死体突キ!」 

「お前面白いな」

「僕土岐右衛門(ときえもん)。名前ハマダナイ」

「土岐右衛門だろ」

 

 この鎹鴉、お喋りであり、自慢したがりなのである。鎹鴉業界において、「自分が就いている隊士はこれだけ凄いのだぞ」という話は盛り上がるもの。柱の鴉ともなれば武勇伝も多く、後輩鴉たちの憧れである。誠の鴉はそれに憧れ、一つでも多くそういう話がしたかった。その我儘によって、誠を合流地ではなく任務地へと案内している。

 「自分の相方は強い鬼でも一人で倒せる」と話せるから。

 誠はそれを責めなかった。カナエから、規模の大きな任務であれば隊が組まれると話を聞いている。今回がそれに当たるとも分かっていた。それでも現地合流を図れる。何より司令で「合流してから任務地に向かえ」とは言われていない。経験の少ない誠であれば「知らなかった」で誤魔化しが効く。今回限りの手であるが。

 

「腹減ッタ!」

「昼時過ぎてるもんな。どこかで調達できればいいが、土佐右衛門は何食うんだ?」

「雑食! 好ミハタコノ干物!」

「あったらいいな」

「前ニ町アリ!」

「そこで昼飯にするか」

 

 道中にある町に寄る。町の中でも小さい方。区分でギリギリ町と言える程度の大きさだが、飲食店はいくつか見当たる。誠は適当なところで食事を済ませ、土佐右衛門の好物であるタコの干物がないか探す。

 ここで誠の無知さが発揮された。

 この男。まずタコを知らない。

 タコは海の生き物だ。この町は海に面していない。タコなんているわけがない。

 タコが見当たらないなと町を練り歩いていると、一軒のおはぎ屋を見つける。人の話し声も聞こえ、この町では人が集まる場にもなっている事がわかる。誠もおはぎが気になり、そちらへと寄っていったところで固まった。

 

「婆さんいい腕してるなァ。食ってきた中で一番美味ェぞ」

「あらそうかい? それは嬉しいことを聞いたね~」

 

 店の前でおはぎを食べる少年。その少年と話すこの店のお婆さん。おはぎが好物なようで、なかなかにいい食べっぷりである。

 誠は見てはいけないものを見た気がした。

 何事もなかったように立ち去る。

 

「君も食べていくかい?」

 

 お婆さんのお節介で誠は逃げられなかった。実弥が誠を視認して固まる。誠は背中で視線を感じる。僅かに振り返り、"苦虫を噛み潰した顔をしようとしつつも、好きなおはぎが口の中にあるためにそれができない珍妙な表情"を浮かべている実弥を見る。

 

「悪い」

「待てやゴラァ!!」

 

 なぜか謝らないといけない気がした。

 一言謝って駆け出す。実弥が怒声を浴びせながら追いかける。

 

「若いわね~。あら鴉ちゃん。愛らしい瞳ね~。おはぎは喉が詰まっちゃうだろうし、干物でもあげようかしら」

 

 土岐右衛門はお婆さんから、昼飯になる干物をちゃっかり貰っていた。行商人から買ったというタコの干物を貰った。大歓喜する土岐右衛門こと鴉の姿が、おはぎ屋の前にあった。

 

「テメェ、さっき見たもんは忘れろォ」

「なんのことか分からないなぁ。俺が見たのはおはぎを食べてる少年がお婆さんと話してる光景だけだなー」

「ブッ殺してやろうかァ!!」

「それよりタコの干物ってどこにあるか知らね? 忘れてやるから教えてくれ」

「あァ? タコの干物だァ? 変わったもん探してんなァ」

「うちの鎹鴉が好物なんだとよ」

「頭おかしいんじゃねェの?」

 

 素が出た。

 実弥がそう思った理由は二つ。一つは、「鴉の好物ってそんなんだっけ」という点。もう一つは「そんなものがこの町にあるわけないだろ」という点だ。

 

「タコがこの町で取れるわけねェだろ。海からどんだけ離れてると思ってやがんだ」

「タコって海の生き物なのか? まずタコってどんなやつだ?」

「それでよく探してやがったなァ!!」

 

 「タコは海なのか」とぶつぶつ呟く誠に、実弥の調子が狂わされる。何とも言えない気持ちになり、苛つきも中途半端で体がむず痒くなる。それに舌打ちして頭をガシガシと掻く。

 実弥は自分の鎹鴉を呼び、誠に背を向けて立ち去っていく。

 

「教えてくれてありがとな! お前嫌な奴だけど良い奴だな!」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねェ!」

 

 無視しようと思った。二言目のせいでそれができなかった。

 実弥を見送り、何やら上機嫌な土佐右衛門と合流して移動を再開する。少しばかり時間を浪費したが、特に問題はない。土佐右衛門がタコの干物を食べられたと話し、誠はとりあえず実弥を疑うことにした。

 

 日暮れに任務地に到着することができた。誠の他にも隊士たちが集まっている。今回派遣された隊士たちだ。ひとまず誠はそこに合流することにしたのだが、何やら騒がしい。実弥の声が聞こえてきて疑問が消えた。納得できた。

 

「騒いでないで鬼を探しません?」

「息を合わせずに行ったら足を引っ張り合うだけだろう。それより君いつの間に来た!?」

「今着きました。それで、騒いでいる理由は?」

「あ、ああ。あの不死川って奴が単独行動しようとしててな。それで揉めてるところなんだ」

「なるほど~。ちょっと行ってきますね」

「お、おい!」

 

 誠は静止を振り切り、騒ぎの中心に飛び込む。誠が現れたことで一瞬全員の動きが止まり、誠は懐から取り出したおはぎを実弥の口にねじ込む。好物を蔑ろにすることもできず、実弥は動きを止めて咀嚼する。目は殺気走っている。気配もさらに尖ったものへ。

 

「騒いでいても話は片付かないですよ。鬼の捜索から始まるわけですし? 不死川を別働隊として扱えばいいのでは?」

「鬼を発見しても合図を送るとは思えない。それで殺されてしまってはこちらも迷惑だ」

「誰が鬼なんぞに殺されるかってんだよ愚図が!」

「はい黙って~。食べるの早いね」

 

 予備のおはぎをねじ込む。口を大きく開けて話してくれるのがありがたい。苦労せずにねじ込めるのだから。実弥の殺気が誠にのみ向けられ始める。周りの隊士からは不憫な者を見るような視線が集まった。

 

「俺がこっちに同行して、見つけ次第合図を出します。なので、あなた方も同様にお願いしますね。この人数を派遣されたということは、この人数で倒せってことでしょうし、全員の力が必要なんでしょ? 戦いが始まれば足の引っ張り合いなんてしてる場合でもありません。誰だって死にたくないでしょうからね」

「……仕方ない。ここで変に疲れては本末転倒だ。君の案で行こう」

「あァん!? なんで俺がこんな奴と!」

「では任せた」

 

 実弥の相手に既に疲れていたようで、他の隊士たちはそそくさと鬼の捜索に行った。森のどこにいるか分からないが、人数もいれば見つけること自体は苦でもないだろう。誠と実弥だけがこの場に残り、実弥の体がわなわなと怒りで震えている。

 

「違う場所から突入するか」

「俺に指図すんじゃねェ! それについて来んな!」

「話聞いてただろ? 俺だって好きでやってるわけじゃねぇんだよ。さっさと片付けるためだ」

「チッ」

 

 誠と実弥はそれ以降無言で森を進んでいく。じっくり練り歩くようなことはせず、走りながら鬼を探していた。鬼の気配は感じられず、この辺りにはいないと判断して捜索範囲を変える。

 それを30分ほど続けたところで、遠くから爆発音が聞こえてくる。合図にしては派手だ。鬼は好戦的であり、先に鬼が見つけたのだろう。戦闘が始まっていると判断していい。

 

「ハズレか」

 

 ギアを上げて走る。低木を鬱陶しく思い、途中からは木々を蹴って移動する。駆けつけると、そこではやはり戦闘が始まっていた。10人いた隊士が既に6人になっている。隊士たちの士気が下がり気味だ。

 

「死ねやオラァ!」

──風の呼吸 壱の型 塵旋風・削ぎ

 

 鬼の横から風が舞う。鬼は刃に拳を叩きつけてその風を止める。実弥の刃は手首にすら到達しない。動きが止まった瞬間を誠が狙う。鬼は実弥を蹴り飛ばし、誠の腕を掴んで地面に叩きつけた。

 

「ガッ……!」

 

 他の隊士が割って入ることで追撃は免れるも、鬼の強さをこの一連の動きだけで、身を持って思い知らされた。

 

「少しは骨のあるやつが来たか」

 

 鬼が向き直る。その目には文字があった。

 ──下弦陸 

 鬼の中でも格が違うとされる十二鬼月。そのうちの一体だ。

 

「あれ? 目がそれで見えてんの? 黒目どこ」

「なんだお前。腑抜けているわけではないようだが」

「んなことどォでもいいだろォが! この馬鹿が!」

「ところで、その目にバツ印が入ってるってどういうこと?」

「お前に教える道理はない」

 

 バツ印は十二鬼月から外されたという烙印だ。それは鬼にとって屈辱的なこと。誠がそれを知っているわけもなく、知らないがために刺激してしまった。鬼の闘気が膨れ上がる。

 

「何してくれてるの!? ねぇ君何してくれてるの!?」

「オメェら足手まといだ失せろ!」

 

 鬼の初動を実弥が抑える。激しい応酬が始まり、隊士たちはその目で捉えきれなかった。その攻防に一区切りがつくと、鬼が口角を歪ませて目を鋭く光らせる。

 

「お前稀血だな?」

「稀血?」

「君は何も知らないんだな。稀血というのは、鬼にとって『人間の中でも栄養価が高い血』とされている。稀血の人間一人でも普通の人間を50人異常食べることに値するとか何とか」

「不死川は希少種だった?」

「……そうなるねー」

 

 鬼と実弥以外の中で冷めた空気が漂う。その原因である誠はそれを一切気にしない。地面に叩きつけられたせいで脳が揺れていた誠も、少し休んだおかげで動けるようになった。立ち上がり、実弥の隣に立つ。

 

「何の真似だァ」

「分かってるだろ。こいつは強い」

「協力なんぞいらねェ! 足手まといはとっとと失せやがれ!」

「誰がお前なんかに協力するかバァカ! お前を利用して俺が倒すんだよ!」 

「上等だテメェ!」

 

 二人同時に動く。

 実弥が直線的に。誠は回り込む形で。

 鬼は実弥の攻撃を避け、腕の内側からアッパーを入れる。実弥の体が浮き、回転蹴りを見舞いされる。

 その隙に誠が斬りつける。指で挟んで止められ、胸を強打されそうになるのを躱す。実弥が鬼の腕を斬り飛ばし、誠の刀が解放された。

 

「ほう。ではこちらも出し惜しみなく行こう」

「かッ……!?」

 

 鬼の体から電撃が発せられ、最も近かった実弥はその余波で体を痺れさせられる。動きが鈍くなった実弥に電撃を帯びた突きが放たれる。

 誠が実弥に飛び蹴りを入れた。実弥には鬼の突きが当たらなかったものの、助けた誠の横腹を掠めた。

 比較的最小の傷で済んだ。

 それは甘い考えだった。

 

「ヌルいわ!」

「がっ、ああぁぁぁ!!」

 

 鬼から発せられる電撃の出力が増し、誠の全身に浴びせられる。実弥が再度鬼に斬りかかり、鬼はそれを後ろに跳んで躱した。

 電撃が終わり、刀を杖代わりにして立とうとするも誠は膝をついた。体の内側から力が入らない。呼吸もうまく使えないでいる。

 

「チッ、俺をエサにするんじゃなかったのかよ」

「……不死川は、俺より強い……。なら、お前に首を狙わせた方が確実だ」

「揃いも揃って馬鹿だなお前たちはよォ」

「はっ、見えたろ(・・・・)?」

「知らねぇなァ」

 

 誠の様子を確認し、実弥は鬼との交戦を再開した。電撃は厄介だが、実弥は誠がやられた時の状況から仮説を立て、それを検証しながら鬼に斬りかかっていく。果たしてその仮説は正しく、動けるようになった誠が参戦する。

 常に動き回り、鬼の狙いを絞らせない。フェイントも交えることでさらに鬼を撹乱させる。それでも掠り傷を追うこともあり、実弥も誠も体のいたる所から血が流れる。

 ふとした瞬間、鬼の動きが鈍る。体がふらつき、明らかに隙だらけだ。それが誘いではないと直感で理解した。誠と実弥は同時に左右から首を狙う。

 

「な、めるなァァァ!!」

「「っ!!」」

 

 動きが戻り、どちらも腕を掴まれる。

 高出力で電撃が発せられる。体が内側から崩されそうな感覚が全身で発生する。手足も痺れ、抵抗する力を発せられない。

 

「今だ!!」

「うぉぉぉ!!」

 

 他の隊士が駆けつけ、鬼の首を狙う。鬼は電撃を止め、誠と実弥を近づいてくる隊士たちへと投げつける。

 

「がはっ、かはっ、……はぁっはぁ……ツッ」

「げほっゲホッ……」

「鬼は電撃を発する時に足を動かせない。電撃を発するまでに僅かに時間がかかる。範囲は近距離。そうだな!?」

「合って、ますよ……。よく、気づけましたね」

「お前たちのおかげだ。ただし、我々ではあの鬼の首を斬れない。それは頼んだ」

 

 6人の隊士が鬼を包囲する。二人のうちどちらかが回復するための時間稼ぎと、首を斬るための隙を作らせる役割を買って出たのだ。

 

「テメェは……そこで寝てやがれ」

 

 実弥が体を痙攣させながら起き上がる。重い足取りで進む実弥を見て、誠も体を起こすも崩れ落ちた。2度浴びたツケだ。実弥以上に体が動かない。

 

「……テメェもあの馬鹿女も同類だなァ」

「あ? 次真菰を馬鹿って呼んだらしばき倒すぞ」

 

 怒りが誠を支配する。動かせないはずの体を動かし、痙攣を抑えこんだ。それを見て実弥は、やはり馬鹿だと確信した。

 

「ぐぁぁ!!」

「くそっ、今だ! やれ!」

 

 何か言おうとしたが、戦況も佳境だ。一人が掴まれ、電撃を浴びている。それを合図に、残りの5人が鬼に襲いかかった。二人が足に刀を突き立て、二人が腕を突き刺すことで四肢を抑えた。残りの一人が電撃を浴びていた隊士を退避させつつ、実弥と誠に叫ぶ。

 

「頼む!」

 

 実弥と誠は鬼へと駆け出した。

 鬼は全身から電撃を発し、4人の隊士たちに電撃を浴びせさせる。それで弱ったところで逃げようとしているのだ。

 

「ぐっ、ぉぉおおお!!」

「は、な、すかー!!」

「おのれ! 貴様らぁぁあ!!」

 

 4人の隊士が耐え抜き、実弥の刃と誠の刃が鬼の首を跳ね飛ばす。

 鬼が消滅するのを確認した後、抑えていた4人がその場に崩れ落ちた。命に別状はなく、休めばとりあえず動けるようにはなりそうだ。

 実弥と誠は刀を仕舞い、拳を握りしめる。

 全力でぶつけた。

 お互いの頬に。

 

「なにしてんのお前ら……」

 

 唯一電撃を浴びなかった隊士が呆然とする。

 その視線の先で二人は地面に倒れ込んだ。

 

「真菰は馬鹿じゃない。取り消せ」

「あの女は馬鹿だ。……あんな事しなけりゃ、腕を失わなかったかもしれねェんだからなァ」

「っ! お前! 何を知ってるんだよ!」

「知ってるさ。あの状況については、お前よりもなァ」

 

『あなたは私より強い。きっと柱にもなれる。だから、こんなところで死んじゃ駄目』

 

「稀血ってのは鬼がご執心になるよォでなァ。あの手鬼にも追われた。そん時に狐の面を持ったあの女が現れて、手鬼はそっちに意識を裂きやがった。あの女は、俺を逃がすために崖から蹴落としやがった。俺が知ってるのはそれまでだ」

 

 真菰は実弥を逃がし、その末に手鬼に殺されかけた。その後に誠が駆けつけ、カナエとしのぶの応急処置と医者による治療によって一命を取り留めた。

 誠は疑問だった。なぜ真菰があの状況に追い詰められていたのか。それがやっと繋がった。 

 

「一人じゃ勝てねェと分かってた。あの女もそれを分かってたはずだ。だが二人ならどうかを考えなかった。オメェが助け出さなきゃ死んでた。あの女は実力があったっていうのになァ。それすら分かってない奴を馬鹿と言わないでなんて言うってんだよォ」

「美少女」

「………………は?」

 

 実弥は唖然とした。

 身動きを取れない隊士たちは呆然とした。

 唯一動ける隊士も呆然とした。

 土佐右衛門はミミズを食べた。

 

「面倒くせェ」

「まぁでも、真菰を気にかけてくれててありがとう」

「お前は脳おかしいのか?」

「だって、気にしてないんだったらとっくに忘れてる。そうだろ?」

「……チッ。うぜぇ奴だ」

 

 唯一動ける隊士が自分の鎹鴉で本部に報告を送る。

 順に動けるようになった隊士たちは、まだ動けない実弥や誠に肩を貸して一路藤の家を目指した。煩く騒いだ実弥が気絶させられたことで、一行はストレスフリーで移動できたのだった。

 

「もう行くのか泰富」

「ええ。動けますし、早く帰らないと怒る奴がいるので」

「まさか女房か!?」

「なんだと!」

「その若さで!?」

「結婚してくれ!」

「女を紹介してくれ!」 

「いえ、不死川が目を覚ましたらまた喧嘩になるので」

『あ~』

「ボケを流された……」

 

 誠の言葉に全員納得する。

 何を隠そう。実弥を気絶させたのは他でもないこの誠である! 真菰を馬鹿と言われたことを許す気が毛頭ないのである!

 

「それでは皆さん。また会うことがあればその時はよろしくお願いします」

「おう。元気でな~」

 

 誠は土佐右衛門に案内を任せ、寄り道することなく一直線に胡蝶家へと帰った。道中に藤の家で一泊したが、比較的早い帰宅だろう。

 胡蝶家の玄関を開ける。

 

「おかえりなさい」

「え、こわっ」

 

 開けたら目の前にカナエがいた。

 扉を閉めようとした。駄目だった。

 イラっとしたのか、誠の腕を強く掴んで中に入れる。扉を閉めて鍵もかけた。今回の鬼と対峙したときよりも緊張感が高まる。鬼舞辻無惨がカナエに平伏すると言われても納得できそうだ。会ったこともないが。

 カナエは誠の腕や胸をペタペタ触って触診する。その様子に緊張感が解けた誠は、カナエの手を包んだ自分の頬に当てさせる。

 

「大丈夫。大きな怪我はしてないから」

「そのようですね。……本当に、よかったです」

 

 糸が切れたようにカナエの体から力が抜け、誠が受け止める。それを冷ややかな視線でしのぶが見つめ、誠は平然としのぶに「ただいま」と言う。カナエもそれを受けて平然と誠から離れた。

 しのぶはこの二人にくっついてほしいとは微塵も思わないが、この状況でどちらも慌てないのはどうかと思う。特に姉。結婚とかどうするんだろうか。

 

(相手の殿方が苦労しそうね。姉さんに相応しいかは私が見定めるけど)

 

 ちなみに誠は不合格だ。

 家に上がると、利永が座禅を組んでいた。その集中力は空気を張り詰めさせるほど。誠が来たことに気づき、座禅をやめて目を開ける。

 

「無事に帰ってきたらすぐにって思ったが、そうでもなさそうだな」

「そうですね。この人、体の内側がボロボロです」

「なんで分かるの……」

「呼吸が乱れてる」

「さっき心音を確かめたので」

「あれそういうことだったのか」

 

 利永は誠に修行場を伝え、地図も渡して胡蝶家を後にした。誠が今日帰ってくると予想し、時間も予想して寄っていただけらしい。

 1週間後に出立するように言われ、誠はそれに従った。

 その出立の日、玄関でカナエが誠の袖を掴んだ。

 

「出発できないのだが?」

「……できなくても、いいんじゃないですか」

「それは流石に駄目だろ」

「任務じゃないですし」

「強くならなきゃ。何もできないから」

 

 カナエはその修行にはあまり賛成ではなかった。

 その期間は最低でも半年。長くて一年以上。

 育手の下での修行を彷彿とさせるが、内容はさらに酷いものだと利永から聞いている。全ては誠次第。場合によっては命を落とす。平均的な隊士では無理だと利永が断言したものだ。それに向かわせたくなかった。

 

「姉さんいい加減にしよ。甘くなっちゃこの世界で生きられない。分かってるでしょ?」

「っ……そう、ね……。泰富さん──」

 

 カナエの言葉を遮り、誠は前回の任務に行くときと同じことをした。しのぶが何とか自分で怒りを律する。

 

「気休めかもしれない。それでも、俺は本気だから。必ず帰ってくる」

「……はい。行ってらっしゃい」

「帰ってこなかったら毒で溶かすから」

「それは嫌だな。行ってきます」

 

 胡蝶家を出て、土佐右衛門を肩に乗せながら利永から渡された地図を見る。

 黒丸が書かれ、そこから矢印が伸びている。山を二つ越えた先に白丸があり、そこに着けばいいらしい。

 

「分からん」

 

 地図は捨てた。

 土佐右衛門がいつものように案内する。

 そこに着くのに1週間かかった。途中でたしかに山を越えた。二つではなく四つ。道中で鬼とも交戦した。3回ほど。 

 

 そうしてたどり着いた場所は、やはり育手の存在を彷彿とさせる場所だった。山の麓にあり、川もそう遠くない場所にある。

 小さな家が一軒。周りには緑が広がり、この季節に咲く花も多く見える。

 その家の近くに少女がいた。袖が旗のように風に靡かれている。普通では考えられないことだ。その少女の指先に小鳥が止まっており、少女は微笑む横顔が見えた。

 

 誠は彼女を知っている。 

 

 一度も忘れたことなどない。忘れようがない。

 

 魂に刻まれている彼女のことを。

 

 

「──真菰……?」

 

 誠に気づいた真菰が向き直り、無邪気に柔らかくはにかむ。

 

「久しぶりだね、誠」

 

 


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