真菰がいるとは思っていなかった。なぜ真菰がここにいるのか理解できず、誠はその場に立ちすくんだ。そんな誠にくすっと笑った真菰は、小鳥を飛び立たせて誠に歩み寄る。右手をそっと誠の頬に伸ばす。
「元気そうでよかった」
「……真菰も元気そうでよかった。でも、どうして真菰がここに?」
「利永さんに頼まれたから。ここで誠の鍛錬をするわけだけど、私の指示に従ってね」
「そういう話になってるなら、それに従うよ」
「うん。ありがとう」
真菰の手が離れる。温もりが離れることに若干の寂しさを感じる。表情のほんの僅かな動きに真菰は気づき、誠の存在を定義していく。失った記憶は戻っていない。誠が真菰のことを知っていても、真菰は誠のことを覚えていない。「こういう人なんだ」と自分の中で定義し直す必要がある。
真菰はそれを難しくは考えなかった。真菰自身、相手のことに気づきやすいからだ。観察力に長け、相手の癖も的確に見抜く。
誠が真菰に対して心を開いていることもあり、真菰は誠の人となりを大方理解できた。真菰が目覚めたときのこともその助けになっている。
「中に入ろう。お腹空いたでしょ?」
「そんな時間だったか」
「自己管理は大事だよ」
「耳の痛い話だ」
真菰の後ろをついていく。視線はどうしてもその左腕に向かってしまう。一歩遅く、防げなかった損失。ずっとその事を悔やんでいる。だが、今の真菰はそれを覚えていない。それを刺激するわけにもいかない。
「誠は何食べたい?」
「え、いや……特に思いつかないな」
「そっか。なら適当に作るね」
後ろ向きな考えをかき消される。真菰が声をかけたタイミングは絶妙だった。後ろに目がついているのかと疑いたくなるほどだ。
家の中に入り、真菰はすぐに台所に立った。食材を取り出し、包丁を握る。それを誠は見守り、はっと気づいて真菰の隣に立った。
「? どうしたの?」
「えっと……切るのは俺がやるよ」
「そう? 片手でもできないわけじゃないんだけどね」
見てて、と言う真菰に従い、誠は一歩離れる。真菰が野菜を上に投げ、落下していくるところを切り刻んだ。大きさは安定していないが、たしかに野菜を切ることができている。
「ほらね?」
真菰が振り返ってにこっと笑う。誠はそれに頷くしかなかったが、それでもと真菰の隣に立った。片腕の真菰を憐れんでいるわけじゃない。手伝わなくても大丈夫だと分かってもなお、手伝おうと素直に思ったのだ。
「誠は優しいね」
「そうでもないと思うが」
「ううん。優しいよ」
真菰の言葉がスッと誠の中に入っていく。褒められて嫌な気はしない。真菰の言葉はむず痒くなることもなかった。
真菰の指示に従って誠が調理して食事を完成させる。それらを食器に載せていき、ご飯もよそいで食べ始めた。片腕である真菰が食器を持って食べることなど不可能。誠は食べさせようと思ったが、真菰がそれを制した。
「誠が気にしないなら、これで食べるよ。鱗滝さんのところにいた時もそうしてたから」
「わかった」
誠は自分の分を食べ終わるまでは、真菰の手伝いをしなかった。食べ終わり、食器を洗って片付ける。それが終われば真菰の前に座り、真菰から箸を受け取って食べさせる。
「別にいいのに」
「それでも食べにくいだろ?」
「そうだけど、いっぱい手伝ってもらうのも申し訳ないから」
「……迷惑じゃないならやらせてくれ」
「……じゃあ、お願いしちゃおうかな」
手伝ってもらうのはありがたい。申し訳ないと思うのも、誠に迷惑だと思うから。それでも、誠が微塵もそうだとは思わず、むしろ真菰が受け入れてくれるのなら手伝うと言っている。真菰はそれに感謝し、誠の手伝いを受け入れた。
初日だからか、特に何かすることはなかった。ここで生活するにあたり、どこで何が取れるのか。近くの町がどこにあり、どの程度で着くのか。それを案内されたり説明されたり。初日はそれで終わり、お湯を沸かして順に風呂に入る。
「誠。お風呂空いたよ」
「ああ……んっ!?」
「どうしたの?」
「いや、どうって……」
真菰の着ている服がはだけている。片腕しか使えないのだから、それは当然と言えば当然だ。胸元が開かれ、普段は見えない鎖骨も覗かれる。真菰はそれに気づき、腕で胸元を隠して冷ややかな目を誠に向けた。
「やらしい」
「わざとじゃない! というか、昼間は普通に着れてなかった!?」
「着付けてもらってるもん。ここから鱗滝さんのところまで1日かからないし」
「近いな! それは置いとくとして。じっとしてろ」
真菰の腕を退かせ、極力見ないように気をつけながら帯を解く。すぐに着服を正し、きつくならないように気を配りながら着付ける。解いていた帯を結び直し、苦しくないか聞いて終わり。
「ごめんね。一人で出来たらいいんだけど」
「謝ることじゃない。真菰は何も悪くないんだから……」
「ありがとう。優しいね誠は」
「……どうだろうな」
真菰の言葉をはぐらかし、逃げるように風呂場へと向かった。真菰は覚えていない。腕を失った理由を。誠はずっと、自分が悪いんだと思っている。駆けつけるのが遅かったのだと。共に行動するべきだったのだと。
湯船に浸かっていても思考は切り替わらなかった。むしろそればかり考えさせられ、風呂から上がった誠は夜風に当たるために家の外に出た。
夜空はあいも変わらず星々が輝く。月明かりに照らされ、野花が光ってるように見える。そんな夜に鬼たちは動き、鬼殺隊が鬼と命の奪い合いをする。こうして空を見ている今も、知っている隊士や知らない隊士たちが戦っているのだろう。
「湯冷めしちゃうよ」
真菰も家から出てきて誠に声をかける。ここの夜風は少し冷たい。せっかく温まった体がすぐに冷えてしまうと、風邪を引いてしまうかもしれない。
「もう少ししたら戻るから。真菰は先に戻ってて」
「それなら私もここにいようかな。放ってたら誠がずっとここにいそう」
「否定できないな」
さすがに何時間もいるつもりはないが、それでも軽く1時間はここで費やしてしまいそうだった。誠は真菰に手を引かれ、縁側の方へと移動する。そこからでも月は見える。真菰は右手で誠の手を繋いだまま座り、ぽつぽつと話し始める。
「誠には、謝らないといけないこと、あるよね」
「……ないだろ」
「ううん。あるよ」
真菰は寂しそうに、申し訳なさそうに眉を下げた。それでも真菰は誠の目から視線を逸らさなかった。誠も縫いとめられたように止まる。
「私の左腕のこと。記憶のこと。誠が関係してるんだよね? たぶん、最終選別」
「っ! それは……」
「目が覚めた時に誠がいた。すっごい嬉しそうにしてくれて、泣きそうにしてて。でも私は覚えてなかった。引っかかってたけど、私が最終選別に行って、誠と出会ったって考えたら繋がる。ごめんね、誠」
「謝らないでくれ! 謝らないといけないのは……俺なんだから……!」
悲痛な叫びだった。
誠の瞳から涙が溢れ出す。
「俺が……もっと強かったら……もっと早く駆けつけれたら! そしたら……!」
「自分を責めないで」
誠の手を握る力が強まる。
真菰の瞳が揺らぐ。
「私は誠がいなかったら死んでた。誠のおかげでこうして生きていられる」
「でも! それでも……」
「たしかに片腕は生活しづらいよ? でも、恨んだことなんて一回もない。ずっと言えてなかったこと。誠と出会った私もきっと伝えたかったことがあるんだ」
涙を堪らえようにも堪えられない。栓が壊れたように涙が溢れてくる。それでも誠は、真菰から視線を外さなかった。逸らしちゃいけないと心が叫ぶから。
「『助けてくれてありがとう』」
柔和な笑みで言われる。
その瞬間、誠は自分の内側でたしかに何かが灯ったと感じた。
何か言おうとして、それでも何も言えなくて。
小柄な真菰を抱きしめた。腕の中の命を離さないように。
「真菰……!」
「うん。私はここにいるよ」
それから2週間の時が流れた。
真菰の生活の難しさを痛感した。当たり前のようにできることを、真菰は当たり前にはできない。着替えや食事、家事も難しい。基本的に誰かの助けが必要となる。この場には誠しかいないため、その役割は自然と誠のものになる。それを重荷に感じることはなかった。当然だと思っているのだから。
「誠は花の冠を作れる?」
「作ったことないな。どんなやつだ?」
「じゃあ教えるから、二人で一つずつ作ってみよ」
ある時は野花で冠を作った。真菰は鬼と無縁な環境であれば、年相応な少女らしいことを好んでいた。生き物に優しく、食料を調達する際には必ず一言謝っている。冠を作るときもそうだった。先に謝ってから冠を作った。
「作るの下手だね。不器用」
「なんで真菰はそんなに綺麗に作れるんだ」
真菰は作り方を教えながら片手で作った。どういうわけか両手を使える誠よりも綺麗に作った。第三者に見せれば誰も信じてくれないだろう。それぐらい二人の出来栄えに差があった。
「どう? 似合う?」
「よく似合ってるよ」
「ふふっ、ありがとう」
完成した花冠を自分の頭に乗せる。誠が正直に答えると、真菰は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔に誠は見惚れ、真菰がどうしたのかと首を傾げると何でもないと誤魔化した。
ある時は川へ足を運んだ。食料調達も兼ねているが、それとは別に川で遊ぶために。ひんやりとした川の水は心地よく、真菰は無邪気にはしゃいだ。
「あはは、冷たいね」
「そうだな。これだけ冷たいと物を冷やすのにも困らないな」
「うん。冷たい水は美味しいしね」
「清流でよかったな」
「そこも考えて選ばれてるんだけどね」
冷蔵庫代わりにもできる。二人はこの川を重宝していた。飲んでも問題ないほどに清らかな水でもあり、飲み水はここから確保している。
着物が濡れないように裾をたくし上げながら川に入っていく真菰を、踏み外したら危ないからと理由をつけて誠は側で支えた。真菰は過保護だと苦笑したが、誠の本音は別である。元より膝上の高さまでの着物だ。それをたくし上げられたら目のやり場に困るのだ。
「鍛錬が始まらないことを気にしてるでしょ?」
「そりゃあまぁ……」
「始まらない理由は分かってる?」
「気づけてないから。呼吸にムラがある理由を」
「正解。利永さんに頼まれた時はびっくりしたんだけどね。聞いた時は信じられなかったし、本当にそうならちょっと恥ずかしいし」
「どういうことだ?」
「内緒。それも気づけば分かるよ」
口の前に指を当てられ、小首を傾げられる。誠はそれで押し黙り、今のも真菰なりの助言なのだと察した。
これは自分で気づかないといけないと言われた。真菰も直接の言及は口止めされている。だから、誠が気づくための糸口を示すことしかできない。気づいてほしいのかそうでないのか。真菰自身ちぐはぐなところもある。真剣に考える誠を見て憂いてしまうのもそのためだ。
真菰と再開してから一月の時間が流れた。誠の鍛錬は未だに始まらない。考えてもなかなか答えに辿り着けず、当てずっぽうで言ってみては真菰に怒られた。
そうして日々が過ぎていく中、それでも誠は焦りを感じることはなかった。鍛錬のために来ていて、その鍛錬が始まらないのに焦りを感じない。そのことに違和を感じた誠は、そこに答えがあるのではないかと気づいた。
「誠どうかしたの?」
野原に腰を下ろしていた誠の下へ、肩に小鳥を乗せた真菰が近寄る。誠の隣に座った真菰に目をやり、自分の胸のうちを理解する。見失っていた自分をやっと見つけられた。
「呼吸にズレがある理由に気づけた」
「……本当に? 前みたいに適当だったら怒るよ?」
「今度は適当じゃない。気づけて何か軽くなった気分だし」
「そっか。じゃあ、聞かせて?」
穏やかな空気が流れる。それは誠にとって心地よかった。ここに来てからずっとそうだ。この場は人を落ち着かせる効果があるのか。なんて思うこともない。誠がここに来てからそう思い続けるのは、この場が誠に合っているから。そして──
「俺は誰かが傷つくのが嫌いだ。あの日がきっかけというわけでもない。俺はきっと元々そうなんだ」
「うん」
「手鬼と戦った時、他の鬼と戦った時もそうだった。鬼が硬くなったんじゃない。俺の呼吸が浅くなったんだ。だから……その……」
「大丈夫。分かってるから。私の腕は、その鬼のせいで無くなったんだよね?」
「……うん。それで、真菰を助けるために鬼の腕を斬った。その後全然斬れなかったのは、俺が誰の為でもなく戦ってたから。復讐、なんだろうけど、俺はそれじゃ全力を出せないらしい。……復讐心も仮初だからかな」
しのぶと任務についた時も同じだった。しのぶを助け出す時には鬼を斬れたが、その後は斬れていなかった。それもこの分析と一致する。実弥たちと共闘した時に斬れたのだって似た理由だ。
「誰かを思って振るう時。それが呼吸を完全に使えてる時だ」
「正解、でいいかな。もう少し踏み込んでもいいんだろうけど、そこは追々かな」
「……まだ何かあるのか」
「それも、誠が気づくことだよ」
100点満点は与えられない。合格ラインには達している。
真菰が立ち上がり、誠も立とうとするとそれを止められた。座ったままで呼吸を使うように言われ、誠が呼吸を使うと真菰にデコピンされる。強烈な一撃で、真菰の肩に乗っていた小鳥が驚いて飛び立つ。
「めちゃくちゃ痛い……」
「私も呼吸使ってるからね。誠の呼吸が緩む度に罰を与えるから」
「えぇ……」
「柱は当り前だけど、他にも実力のある隊士たちは呼吸をずっと使うみたいだよ。鱗滝さんと利永さんがそう言ってた」
「そうなのか」
「私もできるんだけどね」
「え!?」
誠の反応を期待していたものだったようで、真菰が嬉しそうに笑う。僅かにドヤっているのを誠は可愛いなと内心で思った。
「全集中の呼吸。誠は斬る時以外にも、無意識に使ってる時があるって岳谷さんから聞いてるんだけど」
「全く身に覚えがない」
「だろうね。それは今度教えるとして、まずは継続できるようにしないとね。ただでさえブレるんだし」
「よろしくお願いします」
「うん。任せて。それで、誠の呼吸がちゃんと引き出される条件。それを明確にするためにはどうしたらいいか分かる?」
真菰の問いに誠は悩んだ。力を引き出せた時を思い出しても、真菰を助けた時としのぶを助けた時。例外とすれば、利永に試されてカナエが斬られかけた時の3回だ。
共通点は、"全て誰かが窮地に陥ってる"というもの。
そんな状況が常に続くという状況は想像もできない。そうならないために戦うのだから。
「誠は誰かを思わないと力を出しきれない。分かりやすいのは近くにいる人だけど、実力もついてくれば単独行動が増える。だから、側に誰もいなくてもちゃんと力を引き出せるようになること。最低条件だからね?」
誠を立たせて家に戻る。そろそろ昼食の時間になる。調理を始める頃合いだ。ここでの生活は真菰が管理している。体内時計がほぼ正確で、規則正しい生活を送ることができている。
誠は真菰に言われたことを考えながら昼食の準備を手伝った。1ヶ月共に生活すればお互いの癖も分かり、効率的に昼食を作れるようになっている。真菰は味付けの違いとかあるだろうと予想していたのだが、誠がそこに拘りを持っていなかったためにそこで衝突することはなかった。
「真菰」
「なーに?」
「俺決めたよ。自分を分かって、決めれた」
真剣に話す誠を見て、真菰も真剣な雰囲気を作った。
「俺は真菰の左腕になる」
「……うん?」
真菰の予想と少しズレた言葉だった。それを言及するのはやめ、ひとまず誠が話し切るのを待つ。
「ここの環境に無駄なものは何もなかった。少なくとも俺には」
誠の性格に合った自然環境。争いや喧騒から離れ、ただ静かにひっそりと暮らせる。そんな場所で育ったのだ。そういう人柄になるのは当然の帰結。才能の話を抜きに、誠が戦いに向かないと言われる所以だ。
それに気づき、誠はさらにもう一つ気づけた。
この環境に
それが答えだ。誠にとって、どれだけ真菰の存在が大きいのかを意味している。それを知り、ならばどうしたらいいのかを考えた結果が少し前の発言になる。
「俺にとって真菰は大切な人で恩人だ。真菰を支えられる人間になりたい。……それでも、俺は鬼殺隊の人間として生きていく。だから……我儘になるけど、真菰には俺が戦う意味になってほしい」
「誠……」
宣言されている真菰の方が恥ずかしかった。いや、真菰だけが恥ずかしかった。誠は自分の発言がどういうものなのか理解できていない。真菰はそれが少し許せなくて、だけどそう言われることが嬉しくて、誠はこういう人なんだなと識って受け入れた。
「いいよ。私を誠の意味になってあげる。だから、これから先、どんな任務でも絶対に帰ってきてね」
「ああ。誓うよ」
真菰の手を取り、その甲に口づけする。
誠の最大限の決意の現し方。
真菰はそれをくすぐったそうに受け止める。どうしようもなく心が弾み、気づけば頬が緩みきっていた。
「本当は左手にするところなんだけど」
「左!?」
「そうだけど……え、どうかした?」
頬が僅かに赤くなり、俯く真菰を心配する。真菰は手で誠を制し、数回深呼吸して真意を確かめる。誠のことだ。もしかしたら、が十分にありえる。
「誠は、
「? 俺の村では誓いを立てるときにする行為だったんだが、違うのか?」
「はぁーー」
そんな事だろうと思った。言葉には出さなかったが、真菰はそう呟いた。この場合は誰が悪いのか。誠はあくまで自分の出身地の慣習に倣っただけだ。真菰は世間でにわかに浸透している情報を知っているだけだ。
認識の違いなだけ。それを認め、その上で真菰は誠に教えた。にわかに浸透している意味を。
「これは自分の気持ちを伝える行為の一つで、左右で相手が違うの。右は敬う相手とか、異性の友人間。左手は大切な人。想い人とかだね」
「…………本当に?」
「少なくとも、今はそういうふうに言われてる。元々異国の習慣だし、たぶんこの国で意味が少し変わってる」
「……でも、真菰は大切な人だから。そこに嘘はない」
「そ、そうなんだ」
真っ直ぐに言い切った。そう断言されてしまえば、真菰も嫌な気がしなかった。意味を知ってなお、そうだと言ったのだから。
誠の言葉を咀嚼していると、何やら誠が呟いているのが聞こえる。真菰はそれについて追及した。
「もしかして、他にも左手にした人いるとか言う?」
「それは…………はい。います」
逃れられない。誠はすぐに悟って認めた。真菰はグイッと距離を詰め、誠が上体を逸して逃げる。服を掴まれて封じられた。
「誰? もしかして何人にも気軽にするような人?」
「いやいや! そんな節操無しじゃないから! 世間での意味を知らずに胡蝶にしただけだから!」
「胡蝶? 誰だか分からないけど、他は一人だけってことでいい?」
「はい。一人です!」
真菰は誠の服を放す。一人ならまぁいいかと自分を納得させた。基本的に一夫一妻だが、何人かの女性と関係を持つ人がいないわけでもない。そして、何よりも誠だ。本人が言ったように節操無しなわけじゃない。そこは信用できた。
真菰はそれについてはそこまでにして、話題を誠の決意に戻した。一つ確認することがあるから。
「誠は戦いに向いてない。それでも鬼殺隊の人間として生きるのは何で?」
「それは……」
「正直に答えてね。誠の為でもあるから」
「死んでほしくない奴らがいるんだ。あいつらは絶対に戦い続ける。だから、俺は鬼殺隊に残り続ける」
「うん。じゃあ死ぬほど鍛えないとね」
言語化させることに意味がある。はっきりと宣言させることで、誠が自分の意志を固められるのだから。
真菰の修行は強くなるための基盤作りだった。
──"全集中の呼吸 常中"
それは身体能力の底上げにも繋がった。人の体は幾分かの環境に慣れることができる。呼吸は使用後に酷く疲れ、慣れていなければ体が悲鳴を上げる。それに慣れれば、呼吸の継続時間は長くなる。それに耐えられる体も出来上がり、可能なことが増えていく。
誠がそれを習得すると、真菰は次の鍛錬へと移行させた。呼吸による強化。それを特定の箇所に集中させること。雷の呼吸の使い手は、それを最低条件とされている技。彼らは足へと集中させる。雷光の如き速さを引き出すために。真菰はそれを誠に課した。足以外でも使えるように。
「誠は強くなれるよ。成長面は才能がないから、他の人の何倍も時間がかかるだけで」
真菰は何度もそう言い聞かせた。
戦いに向いていないのは性格で、才能がないのは成長面だと。ただ、どこまで強くなれるかは言わなかった。誠もその意味が分からないような人間ではない。
強さの上限は、期待を持てるほど高くない。
真菰は誠の限界値を見定め、そこに至るまで徹底的に指導し続けた。二ヶ月以上が経過し、真菰が合格点を与えてから数日。
誠の鍛錬は第二段階に入った。
「これからは私の担当じゃなくなるんだけど……死なないでね」
「え、死ぬかもしれないの?」
「うん。気を抜いたら」
誠が胡蝶家を出発して2年の時が流れた。
誠が胡蝶家に帰ることはなかった。
右手と左手で意味が違うとか、現実では違います。左右関係なく手の甲で『敬愛』。手のひらにすると『懇願』らしいですよ。両方やると愛の告白として成立するようですが、日本では馴染みのない文化ですね。
真菰の育成スキルが伸びた。炭治郎がやたらと強くなりそう(小並感)