月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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 前回更新できなかった言い訳をします。
 コミケ初日行ってまいりました! 知り合いの家でワイワイ闇鍋やら何やらしてたので執筆できませんでした! 楽しかったです!(小並感)
 そんな事をしている間に、お気に入りとか評価が増えてびっくりしました。ありがとうございます!(*・ω・)*_ _))


11話

 

 食卓を囲む人数が増えた。その事に関して意見を言うこともない。カナヲは発言を求められない限り一切話さないため、賑やかになったとは言うこともできない。それでも、屋敷内の空気が変わったというのも事実だ。  

 カナエはこれでもかとカナヲを可愛がり、甘やかしそうになるとしのぶが横槍を入れる。そんな光景が日常化するようになった。

 

「おはようカナヲ」

「おはようございます」

「……」

「なんだよ」

「なんか、泰富さんに話しかけられた時のほうが、カナヲの返しが早いのよね」

「しのぶお前、カナヲに何かしたのか?」

「してないわよ。それにそれはこっちの台詞だわ」

 

 全員がそれぞれに「おはよう」と言う。それはどちらからともなくだ。カナヲだけは返す側になるが、ちゃんと返事している。その中でも、カナエと誠に言葉を返す時のほうが、しのぶに返すよりも早い。あくまでしのぶの体感での話だが。

 

「なんか釈然としないわ。私のことあまりよく思っていないのかしら?」

「それはない気がするけどな」

「だって私ってよく声を張るじゃない? 姉さんはいつもお淑やかだし、泰富さんは泰富さんだし。二人に比べられたら、印象があまり良くないのも仕方ない気がするわ」

 

 自覚はあったのか。とか思っても口にしない。今はそんな事を言う雰囲気ではないのだから。だから、率直に意見を言うことにした。

 

「それもしのぶらしさだと思うんだがな。ところで俺は俺ってどういうことだ」

「姉さんはどう思う?」

「カナヲは可愛いし、しのぶの笑顔が好きよ?」

「わりと真剣に聞いてるのだけど!!」

 

 カナヲの髪を梳かしながらカナエが戯ける。カナエも概ね誠と同意見だった。しのぶらしさがそこにあり、それをカナヲが悪く思っているとも思えない。しのぶの考え過ぎだ。

 何よりも、カナエはカナヲがしのぶに対してだけ挨拶が遅れる理由を分かっている。

 

「しのぶって朝が早いじゃない? カナヲもしのぶの手伝いをしてくれるから早起きでしょ?」

「そうね。泰富さんより助かるわ」

「酷くね?」

「冗談よ。それで姉さん。それがどうしたの?」

「単純に考えたらいいのよ。朝が早いから、しのぶはともかく慣れてないカナヲにはまだ眠たい時間。だから遅れちゃうの」

「……」

 

 しのぶはぽかんとした。たったそれだけの理由。自分にとっては当たり前になっていることは、そうじゃない人にとってしんどい事。カナヲの生まれた環境からして、今の生活は慣れないことの連続。よく眠れているのかも怪しい。それでも朝起きて、しのぶに頼まれればしのぶの手伝いをしている。

 

「カナヲはしのぶの事が好きなのよ。ね~?」

 

 カナヲはきょとんとして小首を傾げる。"好き"が何なのか分からないから。ただ、しのぶのことを悪く思っているわけじゃない。むしろ好印象だ。それがはっきりと伝えられる日がいつ来るのか。それは分からないが、誠とカナエはその日が来ることを楽しみにしている。そっぽを向いて誤魔化しているしのぶも、おそらくはそうだろう。

 

「はい、これで終わり~」

「カナヲで遊ぶのは程々にな」

「そんなことしてませんー。あら?」

「指令ダ! 久ジブリノ仕事ダ!」

「本当に久しぶりだな土佐右衛門。元気にしてたか?」

「モチノロン! 北西ニ向エ!」

「了解」

 

 誠は刀を取りに行くために自室に移動する。立て掛けてあった刀を腰に携え、反対側には厄除の面を。カナエが補修した羽織を纏い、すぐに玄関に赴く。

 

「泰富さん……」

「心配するな。アイツではない」

「……何にしても気をつけなさいよ。不気味なまでに鬼の出現が減った中での指令なんだから」

「そうだな」

 

 二人と言葉を交し、カナエがカナヲに声をかける。カナヲはじーっと誠を見つめ、それから重い口を開くようにゆっくりと声を発した。

 

「行って……らっしゃい、ませ」

「……ははっ。あぁ、行ってくる。帰りに土産でも買ってくるよ」

「え、そんなお金あったの? 一番稼ぎがないくせに?」

「それくらいあるわ! ったく」

「ふふっ、緊張が解けるわね~。泰富さん、ご武運を」

「ああ」

 

 三人に見送られ、誠は蝶屋敷を出ていく。久々の任務ということもあり、鎹鴉である土佐右衛門がやる気を出していた。誠を先導し、全力で走らないと置いていかれる程の速さで飛ぶ。

 

「張り切り過ぎだろ。場所は遠いのか?」

「今日中ニ着ク!」

「そう遠くないのか。そうなると……着くときにバテるわ!」

「カカカカ! 励メ励メ!」

 

 誠の苦言を聞かずに、土佐右衛門は速度を維持する。ただ調子に乗っているだけではないようで、そう感じた誠は土佐右衛門の先導を信じた。

 いくつかの町や村を超え、日が傾き始めた頃には目的地に着いた。日が暮れる前に着いたおかげで、しばらくの間休憩することができる。それを込みで考えていたのか、はたまた違う理由でもあるのか。どちらにせよ、土佐右衛門の先導についてとやかく言うのは控える。

 

「ココハー、オッカァガ喰ワレタ場所」

「……そうか」

 

 鬼は人を襲う。だが、飢餓状態ともなれば食べられるものを食べる。土佐右衛門の母親は、それで鬼に殺されてしまったらしい。その場で被害が出るのは、土佐右衛門としても嫌なのだろう。気を引き締め直そうと誠は自分の頬を2回叩く。

 

「友達ノオッカァガ喰ワレター!」

「お前のじゃねぇのかよ! なんにせよ鬼は狩るけどさ!」

 

 ややこしい話し方に調子を崩される。それはそれとして、鬼を狩ることに変わりはない。たとえ土佐右衛門の母ではなくても、知り合いの母が食われたのなら、嫌な思いではあるだろう。

 日が沈むまで休憩した誠は、完全に夜になると同時に鬼の捜索を始めた。誠は五感のどれかに優れているわけではない。鬼を地道に探す必要がある。気配を察知できるようにはなっているが、それでもその範囲が広いわけでもないのだ。

 

「町に潜むなら……どこか家の中か? 空き家あたりが怪しいが、どうなんだろうか」

 

 そもそも、どこが空き家なのかも知らない。地の利などあるわけもなく、潜んでいるのなら鬼の方に利がある状態だ。町が企画的に作られているのが唯一の救いではあった。この町は入り込んだ道がない。綺麗に家々が並んでいる町だ。屋敷周りはそれが崩れるも、それでも動いて捜索する分にはありがたい。

 そうして探し続けていると、鬼の気配を感じることができた。その場に人が二人いる。誠は急いでその場に駆けつける。

 

「こいつは鬼じゃない! 俺の弟なんだ!」

「……」

「そういう状況なのか」

 

 鬼を庇う少年。その少年の前に、左右半分ずつで柄の異なる羽織を着ている隊士が一人。誠が来たことには気づいたようだが、その隊士は鬼から一瞬たりとも目を逸らさない。

 人が増えたことでの焦りからか、鬼が少年の肩に食らいつく。少年の悲鳴が響き渡り、その隊士は鬼の首を斬り落とした。おそらく鬼になって日が経っていないのだろう。その鬼は避けることもできなかった。隊士の動きが速かったのもある。少年は傷口を抑えて身悶えつつ、首を斬られた鬼を見て涙を流す。

 

「ぁぁ……っ」

「お、兄ちゃ……ん。……ごめ、ん……ね……」

 

 鬼は元々人だ。鬼になれば人としての記憶が消えるというが、それは消えるまでそうだというわけでもない。走馬灯が流れ、人だった頃を思い出し、そして消滅する。だからあの()も、噛んでしまったのが自分の兄なのだと分かったんだろう。

 

「お前の……なんて、い、痛くねぇし。弟のやったことを許すのが兄ちゃんだからな!」

「……あり、が……」

 

 最後までは言えずに消滅する。少年の我慢もその時だけで、蹲りながら涙を流す。隊士は何も言わずにそれを眺め、誠は土佐右衛門を通じて隠にこの場を任せることにした。

 家の中を確認する。あの鬼は血の匂いはこの家に入った時からあった。その予測を確かめるために見て回り、そしてある一室で男女の大人二人の遺体を発見した。おそらくは両親だろう。あの鬼は両親を殺したが食べていない。少年には噛み付いたが、食べる前に殺された。

 

「……別か」

 

 任務対象の鬼とは違う。先程の鬼は、鬼になってから間もない。

 隊士がいる場所に戻る。少年は今にも隊士に殴りかかりそうだ。誠が間に割って入り、少年の応急手当を施す。

 

「しばらくそれで抑えとけ。無理に動かないこと。死ぬぞ」

「う、うん……」

「さてと、俺は泰富誠。お前の名前は?」

「……」

 

 振り返って聞くと、隊士は沈黙して誠に目をやる。しばらく待っていても名乗る様子がなく、誠はため息をついた。

 

「名前くらいは名乗れよ。他の鬼についても話がしたいしな」

「……冨岡義勇」

「冨岡ね。それで、他の鬼に心当たりあるか? まだ他に鬼がいるはずだ」

「ない」

 

 一言で話を終わらせる。絶望的に会話が難しい相手だと思った。正直に言えば、誠だって話が得意な人間ではない。相手に合わせるようにしているだけだ。だから、こういうタイプの人間が相手になると、会話が途切れ途切れになる。

 どうしたものかと頭を掻いていると、冨岡が僅かに目を開かせた。その視線の先は、誠の腰。より正確に言えば、そこに下げている厄除の面だ。

 誠はその面を腰から外し、義勇に見えやすいように手に持った。

 

「この面に心当たりがあるのか? 細かな違いはあるだろうが」

「…………なぜその面を? 先生が育手なのか?」

「先生? いや、たぶん違う。俺の育手は岳谷さんだからな。少し事情があって、鱗滝さんが作ったこの面を貰ってる」

「錆兎という人間に心当たりは?」

「錆兎? いや……、聞いたことないし、会ったこともないな」

「……そうか」

 

 表情にこそ変化が無かったが、義勇の声は沈んでいた。何を考えているのかさっぱり分からない。共通点があるように思えて、共通点がない。

 その錆兎について聞こうと思ったが、それは聞こえてきた悲鳴に遮られる。

 

「冨岡頼んでいいか!? 隠が来たらこの子を預けて後を追う!」

「無駄だ」

 

 義勇が鬼がいるであろう方向に駆けていく。言い残されたその言葉が誠の中で引っかかる。無駄とはどういうことなのか。それを自分の都合で解釈し、誠は少年の傷口を確認する。

 

「血が止まるのにもう少しかかりそうだな」

「……兄ちゃんたちは何なの?」

「鬼を狩る集団だな。それより、その布を新しいやつに変えよう」

 

 傷口を抑えている布は既に血で染まっている。誠はそれを受け取り、新しい布を傷口にあてがう。出血量は減っていて、布に血が染みる速度は遅くなっている。この布で止血は完了するだろう。誠は布で傷口を抑えたまま少年の隣に腰掛けた。

 

「……」

「俺が偉そうに言える義理でもないけど、この先どうするかは君次第だ。聞きたいことは、これから来る人たちに聞いてくれ」

 

 一夜にして家族を失った。それも鬼になってしまった弟によって。

 果てしない絶望感が少年を蝕む。何をする気力も沸かず、何かを考えることもやめてしまう。誠はただ隣にいるだけだった。慰めることも励ますこともしない。黙って隣にいるだけ。

 そのうち、ぽつりぽつりと少年は家族のことを話し始めた。両親がどういう人だったのか。弟がどういう存在だったのか。家族でどう過ごしていたのか。涙を流しても、声をうまく発せなくなっても、家族と過ごした日々を話した。

 

「ここか」

「あぁ、お疲れ様です。後のことはお願いします。鬼はまだいるので、これからそちらも討伐してきます」

 

 話の途中だったが、隠が来たことで誠も義勇に続くために立ち上がる。ある程度事情を隠に話し、少年に別れを告げた。

 とりあえず悲鳴が聞こえていた方向に向かい、そこから気配を探る。鬼の気配と義勇の気配。それを捉えればそこへと向かい、行われている戦闘が目に入ってくる。鬼の動きは速いが、それ以上に義勇の動きが早い。鬼が両手で振り回す鉈を捌いている。

 

「やっぱそっちか」

 

 鬼の動きを見切ると、義勇のペースで戦闘が運ばれる。それはつまり、戦いの終わりを意味していた。

 

──水の呼吸 肆の型 打ち潮

 

 鬼の両腕が斬り落とされ、流れるように首が飛ぶ。鬼の表情を見るに、何が起きたか分かっていないと言ったところか。鬼が消滅し、刀を鞘に収めた義勇が誠の方を見る。

 

「無駄だと言った」

「一応な。こっちも任務で来てるわけだし。それはともかくとして、これに似た面をつけていたのが錆兎って人なんだよな?」

「……」

「冨岡は錆兎の知り合いか?」

 

 しばらく沈黙が続く。誠はその間義勇から目を逸らさなかった。義勇は鬼がいた場所に目をやり、静かに口を開いた。

 

「俺と錆兎は先生の下で鍛え、同じ最終選別を受けた。俺は初日に負傷して、錆兎に助けられたが、気がついた時には最終選別が終わっていた。当時の最終選別は、錆兎以外が受かった」

「……そうだったのか」

「これで失礼させてもらう」

「冨岡」

 

 誠に背を向けた義勇に話しかける。義勇は振り返らなかったが、その足を止めた。

 

「お前は強いよ」

「……」

 

 義勇の背が闇夜に消える。義勇も義勇だが、誠も誠で会話が下手だ。

 大切な人を失ってなお、鬼殺隊として戦うことをやめない。不器用だろうと、周りとの会話が下手だろうと、それでもその足を止めることはない。誠はそれを義勇の強さだと思った。それを気に病んでいようとも、進むことができる強さ。

 誠には持ちえないものだ。真菰を失ったわけじゃない。それでも廃人に半歩踏み込んだ誠。カナエがいなければそのまま死んでいた男だ。

 

「ドウシタ。帰ラナイノカ」

 

 義勇が去っていた方をじっと見ていた誠の肩に、土佐右衛門が乗る。誠が鬼を倒さなかったことに不満はある。そんな事もあるだろうと割り切ることもできる。だから、愚痴を言わずに声をかけた。カナエとしのぶの鎹鴉にとやかく言われないように、任務が終わったのなら早く帰りたいとかも思ってる。

 

「いやな。鱗滝さんの所に行った時には会わなかったからさ。その後なのか、どこかに錆兎と出かけていたのかと思って」

「ドウデモイイ~」

「ははっ、たしかに大したことではないな。……真菰のことは知ってるのか? ……まぁいいか。帰ろう」

 

 土佐右衛門を肩に乗せた状態で帰路につく。急いで帰る理由もない。町を出るあたりでふと足を止めた。そういえばカナヲにお土産を買うと言ったのだ。今から帰っては、手土産なしになってしまう。

 

「そんなわけで、帰るのは土産買ってからな」

「カァァ! 仕方ナイナ!」

 

 今から宿を探しても見つからない。部屋が空いている宿はあるかもしれないが、夜が更けている今の時間では宿主も寝ているだろう。そんなわけで、いつものごとく藤の家を目指して一晩過ごした。

 夜が明ければ朝食をもらい、お礼を言って再び町へ。そこでお土産を買ってから蝶屋敷へと帰る。玄関を開けると当然のようにカナエが出迎えている。この光景に慣れそうだが、慣れたくはないなと思っていたり。当然悪い気はせず、屋敷に戻ってカナエを見ると、帰ってきたのだと実感できる。

 

「ただいま」

「おかえりなさい。怪我はなさそうだけど、鍛錬のおかげ?」

「いや、他にも隊士がいてな。先にそいつが鬼を倒しただけだよ」

「その人とはいい出会いだったの?」

「なんで?」

「そんな雰囲気出てたから」

 

 いったいどんな雰囲気だ。それは自覚できないものだと察した。カナエだから感じ取れるもの。他者のほうが本人よりも見える部分、というものもあるのだから。

 

「真菰の同門に会ったってだけだよ」

「真菰さんの……。それは泰富さんにとっていい出会いね」

「そうか?」

 

 カナエの考えは時々分からない。誠自身に気づかせたいのか、それとも直感でそう思っているのか。そこをカナエは言ってくれない。誠は首を傾げつつ、家に上がった。自室に荷物を置き、珍しく部屋の前で待機してるカナエと共に居間へ。

 

「なんかまた気配が増えてるんだけど?」

「今回はしのぶよ~。……今回も、かしら?」

「そこはどっちでも」

 

 居間に近づくとハキハキとした声が聞こえてくる。その声の主が、新たにこの屋敷に来た子なのだろう。今回はどういった経緯なのか、その話はしのぶに聞くのが筋だ。

 戸を開けると、しのぶとカナヲ、そして新たに来た少女がいた。カナヲが正座していて、その前で何やら少女が話している。しのぶはそれを横から見て、うんうんと頷いていた。それだけで、その子の性格がそれなりに分かる。

 

「きっちりとした子か?」

「しのぶみたいにね~。賑やかになったでしょ?」

「孤児院でも目指す気か?」

「それは難しいわね~。私達は鬼と戦っているから……。でも、そういう可能性もあっていい、かな」

「そうなってくると、俺の立場面倒そうだな……」

 

 半分演技でげんなりしながら、渡し忘れていたお土産をカナエに預ける。西洋から輸入されたお菓子、カステラだ。少し多めに買っているため、一人増えたところで全員に行き渡る。

 

「私がお母さん、泰富さんはお父さんの立ち位置ね」

 

 その発言の瞬間、しのぶが誠を殴り飛ばす。床を蹴った爆音が後から聞こえた。あまりもの速さに、その場にいた誰もがそれを目で捉えられなかった。真っ先に現状を理解できたカナエが誠に駆け寄り、少女は口をぽかんと開けながら腰を抜かした。そんな中じっとしてるカナヲは、ある意味大物だった。

 

「泰富さん大丈夫!?」

「びっくりしたー。しのぶってそんなに速く動けたのか。あと本当に非力か?」

「大丈夫そうね……。しのぶ、これはさすがに私も怒るわよ?」

「ごめんなさい。反射的に体が動いちゃって」

 

 しのぶがすぐに謝る。その様子を見ていると、誠もカナエもしのぶのことを察せられた。反射的に動いたのは、半分本当だろう。速く動けたこと、誠を殴り飛ばせたことは本人も驚いている。しのぶも動揺が抜けていない。殴った手も痙攣していて、限界を超えていたことが分かる。

 それを見るとカナエも強く言えない。反省しているのもちゃんと伝わってくるから。とばっちりを受けた誠も、別にしのぶを怒ろうとは思わない。体を起こし、しのぶに少女のことを尋ねる。

 

「え、ああ……。あの子は神崎アオイよ。アオイ、こっちに来て」

「は、はい」

 

 座り込んでいたアオイが立ち上がり、しのぶの隣に立つ。ぱっちりとした目の少女で、しっかり者の印象を与える。

 

「神崎アオイです。しのぶ様のご配慮で、こちらに身を置かせていただいております」

「泰富誠だ。俺も似たようなもんだな」

「この人の場合、事情が面倒なのだけどね」

「さらっと余計なことを……。何にせよ、よろしくなアオイ」

「はい。よろしくお願いします。誠さん(・・・)!」

 

 場の空気が凍る。

 しのぶは笑顔を固め、誠もビシッとその場に固まった。さすがのカナヲも冷や汗をかく。来たばかりのアオイは、何が起きているのか察せない。何かをしてしまったという自覚すらない。

 握手したまま、誠はぎこちなく顔だけ動かして横を見た。にっこりと微笑んでいるカナエが、足音を立てずにゆっくりと誠に近寄る。

 

「お、落ち着こうぜ胡蝶。な?」

「落ち着くのは泰富さんじゃないですか? ねぇ?」

 

 カナエが誠の横腹に指をつんつんと当てる。その力がいつもより強く、表情を歪めた。

 

「ねぇ泰富さん? これはどういうことなのでしょうか? ねぇ?」

「あ、あの……私なにか──」

「ちょっと来なさいアオイ。カナヲも!」

 

 しのぶがアオイの口を塞ぎ、カナヲに声をかけて部屋から急いで出る。戸が閉まった瞬間、誠は組み伏せられて、腹の上にカナエが座る。左手は胸に置かれ、右手をそっと頬へ。

 

「何なんでしょうね? ねぇ? いったい何なんでしょう」

「アオイの性格もあるんじゃないか? そういうとこ規制したくないだろ?」

「そうだけど、それは分かっているのだけど……」

 

 頬に添えられていた手も胸に置かれ、両手とも誠の服をギュッと掴んだ。

 

「うまく言えないのだけど、引っかかるのよ」

「……そう言われてもな……」

 

 カナエの手に手を重ねる。誠はカナエの心内を察することができない。カナエも引っかかりを理解できない。持ち前の察しの良さが、それには発揮されてくれない。だからこそ戸惑い、恐怖すら感じる。

 カナエが落ち着けるまでその状態が続き、その間にアオイからの誠の呼び方は名字呼びへと変更されたのだった。

 お土産のカステラは全員で美味しくいただきました。

 

 




 冨岡義勇さんは書くのが難しいですね! 無口で無表情で言葉足らずな上に思考の一個先を言うとか難しいです! 書いていて自分でも「これ本当に義勇かぁ??」とかなりました!

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