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アオイはしっかり者だった。蝶屋敷に来てからというもの、家事は全て行うようにしている。しのぶより先に起床して朝食を作る。その腕前はとても高く、しのぶも認めている程だ。ただ、しのぶより先に起きて朝食を作るために、それに合わせて全員の起床時間も早くなった。
「しのぶと二人で作ればいいんじゃないの?」
「いえ。私はここに身を置かせてもらっているのです。私が作ります」
「真面目だな」
その真面目さはアオイの長所でもあり、同時に短所でもあった。融通が効きづらいのだ。しのぶも、ずっとやっていたことを急にやめろと言われても引き下がれない。それにより、二人の起床時間がどんどん早くなったことがあり、カナエが二人に説教した。
「起床時間も決めるわね。どっちが先に起きるとかやらないように。いい?」
「「はい……」」
「基本的にはアオイに任せます。しのぶが手伝う時は二人で作ること。守らないのなら私が作るわね」
「「絶対遵守します!!」」
「…………複雑だわ~」
カナエには絶対に作らせない。そんな気概をはっきりと示され、別に料理が下手というわけじゃないカナエは困ったように笑った。カナエは気を抜いている時にとことん気が抜けるから、しのぶやアオイからすれば任せきれないのだ。
「泰富さんとは違う意味で怖いのよね」
「? あの方もそうなのですか?」
「今は大丈夫ってだけなのよね~。出会った頃は酷かったわ」
「私達が勝手に話していいことでもないし、実は危なっかしい人だと認識しといて」
「は、はぁ……」
腑に落ちないといった調子だったが、二人が話さないのならアオイも追及できない。しのぶが言ったように、本人を抜きにして話せることでもないのだ。
「気になるのなら本人に聞いてね。なんて答えるかは分からないけれど」
「分かりました」
「それにしても姉さん。あの二人に買い物を任せてよかったの?」
「しのぶは心配症ね~。買い物くらい大丈夫よ。何があっても泰富さんが対応するから」
「……どうだか」
しのぶの懸念通り、誠とカナヲは面倒事に巻き込まれていた。そしてカナエの予想通り、誠が対応して方をつけていた。それが最優のやり方だったかは置いといて。
「変な時間を過ごしたけど、買い物の続き行くか」
手をぱんぱんと払いながらその場を後にする誠に、離れて見ていたカナヲが駆け寄る。誠は手が僅かに砂埃で汚れていることを気にしたが、カナヲが気にせずに誠の手を握った。一緒に出かける時、カナヲはいつもこうしている。誠も断る理由はなく、本人の希望に合わせていた。
誠が巻き込まれたのは、単純に賭博で負けて酔った男たちの乱闘だった。カナヲがそれを見つけ、誠が様子を見て状況を理解し、カナヲにそれを教えていたら巻き込まれた。
「カナヲはこういうの巻き込まれないようにな」
「?」
「巻き込まれても、俺とは違うやり方でやり過ごすように」
こくりと頷く。誠の言いたいことは何となく伝わった。チラッと後ろを見て、そういうことなのだろうと納得する。チラッと見た視線の先には、暴れていた人たちが全員気絶していた。
「おや今日はお兄さんと来たのかい? 買うものは決まってるのかな?」
「はい。これ……です」
「ちょっと借りるね。うんうん、まだまだ余ってるし、袋に入れてくるから待ってな」
気さくなおじさんは、カナヲから受け取ったメモを見ながら商品を袋に入れていく。あのメモはアオイが書いたものだ。しのぶと二人で必要な食材を確認し、空いている時間を鍛錬にばかり費やす誠を指名して買い物に行かせた。それを見たカナエが、カナヲにもついていくように言い、アオイにメモを書かせた。
経緯としては、誠の付き添い人としてカナヲが出てきたのだが、傍から見れば完全に逆だった。買うものを記憶した誠は、カナヲにメモを持たせていた。
「カナヲはそれなりに来てるのか?」
「カナエ様やしのぶ様と」
「なるほど。偉いなカナヲは」
「?」
褒められた理由が分からなかった。カナヲは、指示されなければ一切動かない少女だ。カナエやしのぶとの買い物も、どちらかに言われて同行している。手伝いをしているという感覚が非常に薄い状態だ。だから、褒められる理由が見当たらない。
そんな様子のカナヲに、誠は微笑を浮かべた。カナヲが分からないのも無理はない。その真意を教える気もない。意地悪ではなく、教えなくても問題ないことだから。
そうこうしているうちに、商品を袋に入れたおじさんが戻ってくる。それを誠が受け取り、支払いはカナヲが行う。
「これはおまけね。二人で食べちゃいなさい」
「いいんですか?」
「いいんだよ。お得意様だからね!」
「それではお言葉に甘えて。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。カナヲちゃんまたねー」
カナヲと手を繋いで店から離れつつ、カナエがカナヲを同行させた理由に納得した。あのおじさんは、カナヲのことを気に入っているらしい。おまけをくれたのも、カナヲがいるからだろう。それを見越して、カナヲに日頃のご褒美としておまけを与えているわけだ。
「胡蝶のやつ、本当にカナヲのこと好きだな……」
「カナエ様は……お優しい、です」
「そうだな。お人好しだよ」
適当なところで腰掛け、貰ったお菓子をカナヲと食べる。貰ったのはわらび餅だ。きなこもついていて、粉で汚れないようにしながら食べていく。
誠は先に食べ終わり、空を見上げながら時折カナヲの様子を確認する。目的の買い物自体は終わっているのだ。急ぐ必要もないため、ゆっくり食べていいと伝えている。カナヲは味わいながら上品に食べていた。これもカナエとしのぶの教育の賜物だ。
それでも粉が口周りについてしまっている。風も吹いているせいということにしといた。カナヲがわらび餅を飲み込み、次を食べる前にハンカチで口周りを拭いてあげる。
「ん……。ごめんなさい」
「謝ることじゃないだろ?」
「…………ありがとうございます……?」
「ははっ。ああ、それでいいんだよ。どういたしまして」
カナヲがわらび餅の続きを食べ始め、誠はその様子を見守った。残りをパクパクと口に運び、僅かに頬を緩めて咀嚼する。女の子は甘いものに弱いのかもしれない。カナエやしのぶを思い出しながらそう思った。真菰も最たる例になる。
「飲み物はいるか?」
「……」
小さく首を横に振る。誠はカナヲの唇に目をやり、それから手を繋いで茶屋を目指した。乾燥し始めていて、水分を取ったほうがいいことが分かる。とはいえ、まだどっちでもいい程度だ。屋敷に戻ってからでも問題はない。だから誠は、買い物の寄り道がてらカナヲを茶屋に連れて行くことにした。
「すみません。ラムネってありますか?」
「冷えてるやつがあるよ。いくつ買っていくんだい?」
「2本お願いします」
「よし来た!」
カナヲに手を軽く引かれる。飲み物はいらないと言ったのに、自分の分まで買われたことに戸惑っているようだ。
「せっかくだから飲んでみろ」
「……お金」
「俺の奢りだ。買い物用のとは別で払うし、胡蝶たちに何か言われることもない」
渋々といった様子でカナヲが押し黙る。店の人がラムネを取り出し終えたのもあるだろう。飲めるように先に開けてくれて、お金と引き換えにラムネを受け取る。店の前の椅子に座らせてもらい、ラムネを飲むことにした。
「中の玉は飲み込まないようにな。出てこないと思うけど」
「?」
カナヲがラムネを横に置き、カナエから貰ったコインを取り出す。カナヲが何を聞きたいのか誠は察したが、カナヲのコイントスを見守ることにした。上手に真上に打ち上げ、手の甲でコインを受け止める。出たのは裏で、それがどっちになるのかはカナヲ次第。
カナヲはコインを見つめ、懐にしまってラムネを眺めた。どうやら外れたらしい。誠はそれに苦笑し、カナヲの肩をぽんぽんと叩いた。
「聞きたいことはそれで決めなくていい。気になったこと、分からないことは聞けばいい」
「ですが……その……」
「聞いたらいいんだよ。胡蝶たちもそうしてもらえた方が嬉しいだろうしな」
「……分かりました」
こくりと小さく頷き、ラムネを抱えながらカナヲは誠を見上げる。口を開けようとしては閉じ、何かを言おうとして黙る。興味本位で聞きたいことで、でもそんなことを聞いてもいいのかと葛藤する。その葛藤が生まれただけでも進歩だろうと思い、誠は助け舟を出した。
「何が気になるんだ?」
「……これ、なんで中に玉があるんですか?」
「たしか、これがある事で炭酸が抜けないようにしてるらしいぞ。細かな原理は知らないが、真菰からはそう聞いてる」
「?」
「ん? あぁ、真菰は俺の大切な人だよ。今は離れてるけどな」
ラムネを仰ぎ、真菰のことを考える。一緒に暮らそうと提案しようか悩んだが、真菰には極力鬼とは無縁でいてほしかった。それを提案しても、真菰がどう答えるかは分からなかったが、何にせよ提案をせずに真菰とは別れた。いずれまた顔を出すつもりでいるが、しばらくはその余裕もない。
誠がラムネを飲んでいる横で、カナヲがコイントスする。今度は当てられたようで、カナヲは深呼吸してから胸元をギュッと握りながら誠に聞いてみた。
「カナエ様より、ですか?」
「……え?」
カナヲの真意が掴めない。それどころか、誠はその答えに詰まっていた。カナヲの考えを読んで言葉を選ぶこともできない。なにせ即答できることすらできないのだから。
真菰が大切だと断言できる。カナエやしのぶも死んでほしくないと思える程度に大切だと思っている。
では、そこで比べたら?
──真菰とカナエのどちらか2択にされたら?
「……どうだろうな」
誠はそれを答えられなかった。真菰だと言おうとして、何かが引っかかってそれを止められる。結局はぐらかすことしかできず、誠は答えられないことをカナヲに謝った。
「私も、ごめんなさい」
「いやいや、カナヲが謝ることじゃないさ。っと、カナヲはそれ飲みながらちょっと待ってろ」
「?」
後をつけて来ていた土佐右衛門をカナヲの側にいさせ、誠は店の中に入っていく。カナヲは首を傾げ、視線を土佐右衛門に向けた。
「何カ貰エルンジャネーノ」
土佐右衛門はそれだけ言うと、誠が戻ってくるまで毛繕いを続けた。カナヲはもう一度誠が入っていった方に視線を向け、ラムネを飲みながら待つのだった。
買い物を終え、ちょっとした寄り道も終えて帰宅する。頼まれていたものをしのぶに渡し、誠はカナヲを連れて庭へ。そこではカナエとアオイが洗濯物を干しており、二人が帰ってきたことに気づく。
「おかえりなさい。少し遊んできたのかしら?」
「ただいま。ちょっとした寄り道だな。遊びはこれから」
カナエと誠が言葉をかわす。アオイはその会話を聞き流しながら、家事を続けていく。量が多いわけでもなく、カナエに手伝ってもらっていたこともあって、すぐに終わるだろう。
カナエは誠の手を握るカナヲに目を向け、しゃがんで視線の高さを合わせる。そっと髪を撫でながらカナヲに話しかけた。
「おかえりなさいカナヲ。ちゃんと泰富さんの手を握ってるのね。偉いわ~」
「胡蝶の差し金か」
そんな事だろうと思った、といった調子で誠が呟いた。カナエはにこにこと微笑みを誠に向け、自分の指示だとそれで伝える。そして本当の意味合いは口で説明した。
「こうしてカナヲに手を握られてたら、ふらふらとどこかに行くこともないでしょう?」
「そっち!? というか、俺がそういう人間だと思っていたのか……」
「念の為に、ね。両方にとって有効だと思ったし、いろいろと狙いがあるのよ」
「ふーん?」
その"いろいろ"については聞かない。お人好しとか部分が出ているだろうから。誠は最後に買ってきたものを取り出し、それをカナヲにあげる。カナヲはそれの使い方が分からず、誠の手を握る力を強めた。
「あぁ、やり方知らないのか」
「ふふっ、カナヲが好みそうなものを買ってきたわね」
「教えてやってくれ。胡蝶もわりかし好きだろ?」
「どうかしら? 懐かしいし、カナヲと遊んでみるのもいいわね」
誠がカナヲにあげたのはしゃぼん玉だ。カナエがその遊び方を教えることになり、カナヲの手が誠の手から離れる。誠は縁側に腰掛け、カナエがカナヲに教えながらしゃぼん玉を作っているのを眺める。そうしていると、家事を終えたアオイが側にやって来た。
「隣いいですか?」
「いいぞ。仕事お疲れ様。俺もやった方がいいんだろうけどな」
「私がやるのでいいですよ。泰富さんは任務に行かれますし」
「それでも居候の身だしな……」
「私は行けませんから……」
「ん?」
アオイが俯いてそう呟く。誠は、カナヲよりも楽しそうにしゃぼん玉で遊んでいるカナエから視線を外し、隣のアオイに向けた。
「私は……運良く最終選別を超えられただけで……、鬼と戦うとなると怖くて……それで任務に行けないんです」
「……そっか。それでしのぶが連れてきたのか」
「はい……。ですから、せめて家事は私がやろうと思っているんです」
「真面目だな。それでも、アオイの担当は他にもあるかもしれないぞ?」
「え? どういうことですか?」
「それは後ろにいるしのぶに聞いてくれ」
アオイが素早く後ろを振り向く。そこにはしのぶが立っていて、小さくため息をついた。
「そこで話を振るのね」
「しのぶがやろうとしていることだからな。しのぶの口から説明するべきだろ」
「それもそうだけど……、それについては夕飯の時にでも。姉さんにもまだ相談してないから」
そう言ってしのぶはカナエの方に視線を向け、何をしているのだと眉間の皺を寄せた。カナエは名実ともに"柱"だ。だが、どう見てもその柱らしさが見えない。切り替えができることは、しのぶが一番良く知っているわけだが、もう少し行動を見直してほしいとか思ってみたり。少なくとも、しゃぼん玉でカナヲ以上に楽しまないでほしい。
そんな様子のしのぶに苦笑し、誠はカナエの方に行くように進言した。ちゃんと言葉にしてこいと。しのぶは黙ってそれに頷き、草履を履いてカナエたちの方へ。
「よかったのですか?」
「何が?」
「いえ、その……」
「あー。心配しなくていいぞ。しのぶも、偶には息抜きしたほうがいいだろ」
「え?」
三人の様子を見守る誠につられ、アオイもそちらへと目をやる。アオイの不安が映し出されたように、しのぶがカナエに問い詰めている。カナエはそれを微笑みながら受け止め、しのぶの言葉が止まるとしゃぼん玉を作った。それをしのぶにもやらせ、カナヲの視線も受けてしのぶは渋々しゃぼん玉を作る。一際大きなしゃぼん玉を作り、それが漂っているのを見て無意識に頬を緩める。
その様子を見たカナエが、誠の方に視線を向けてウィンクする。誠は手を振ってそれに応え、そんなやり取りをする二人にアオイは目を丸くした。
打ち合わせなどしていなかったはずだ。それなのにカナエは誠の意図を掴んだ。それは、どちらもが日頃のしのぶのことを見ていないとできないこと。そして、どちらもが相手を理解できていないとできないことだ。
「泰富さんは、カナエ様とお付き合いが長いのですか?」
「男女のそれではないと先に断っておくぞ」
「あ、はい」
「胡蝶とは最終選別で知り合った。ちょっと変わったことを胡蝶がしてて、俺はそれに協力することになった。付き合いはそれからだ。最終選別の間ずっと一緒に行動して、再会してからは今みたいな状態だな」
いろいろはぐらかしながら、所々飛ばしながら説明した。話せば長くなる話で、知らなくてもいい話だ。
それでも、アオイの中で一つだけ引っかかりがある。カナエとしのぶが口揃えて『危なっかしい』と言う理由が見当たらないのだ。普段の様子を見ても、話を聞いてもそれが見えない。誠を知るための重要なピースは、未だに語られていない。
「差し支えなければでよろしいのですが、一つ教えていただいてもよろしいでしょうか? 泰富さんにとって重要な方が、他にもおいでなのですか?」
「質問の意味がないな。いるって分かってて聞いてるだろ」
「その……知りたいことではあるのですが、泰富さんがお話になりたくないことであれば、聞かないようにしようと思いまして」
「軽くなら教えてやるよ。……真菰って女の子がいてな。最終選別に向かう道中で一緒に動いてたんだ。俺は道が分からなかったから、案内してもらった」
腰につけていた面を手に持ちながら話す。ほぼ常に持ち歩いている面だ。何も知らないアオイでも、それが大切なものだとは分かる。
「真菰や胡蝶が言うには、俺の心は砕けてるらしい。俺自身、生の実感なく生きていたとは思う。ただ、真菰といる時は自分でも生きていると実感できた。自然とそうさせてくれる人だったんだよ」
「……」
「ちょっとあって、真菰は最終選別で片腕と記憶を失った。最終選別での記憶だ。俺のことも忘れていた。それを知った時かな、俺は一度完全に駄目になった。胡蝶たちに連行されなけりゃ、廃人になって死んでた」
何を言えばいいのか分からなかった。真菰が誠にとって最も大切な存在だったことは伝わる。その記憶が飛んでしまって、支えを失ったことも伝わる。ちゃんと話は理解できるのに、かける言葉が見当たらなかった。
とりあえず、カナエとしのぶが誠のことを『危なっかしい』と言っていた理由は理解できた。カナエたちが居候させているのも、放っておくわけにはいかないからだ。二人の優しさを鑑みれば、当然の帰結だと言える。カナヲを交えて三人で遊んでいる姿を見ると、どれだけ背負って生きているのだろうと考えてしまう。
「重荷にはなりたくないよな。俺の場合はもう無理だが」
「ご自分で言うのですか」
「背負わせてしまっているのは事実だからな。できるだけそこを軽減させようとは思ってるよ」
「私も……あの方たちの力になれればと思います」
二人で三人の様子を見守る。そうしていると、誠もアオイもあることに気づき、これはどうなんだと微妙な顔を見合わせる。
「ちょっと行ってくるか」
「同行します」
誠が先に進み、その後ろをアオイが続く。二人に気づいたカナエが笑顔を咲かせて迎えた。五人で遊ぼうとか言うのだろうと予測すると、その通りのことを言われた。
「それは別にいいけどさ、さっきから見てたらカナヲが眺めてるだけなんだが?」
「えーそんなこと……あるわね」
「私としたことが、はしゃぎ過ぎた……!」
カナエが困ったように笑い、しのぶはさも正気に戻ったかのようにカナヲに小道具を渡す。羞恥に顔を赤く染めているのは、指摘しないのが優しさか。
そうこうしている間に、カナヲが誠に小道具を渡してコイントスをする。何か発言したいようで、四人はそれを見守った。コイントスに成功し、カナヲは誠の服の裾を掴みながらカナエを見上げる。自分に用があるのだと察したカナエは、その場にしゃがんでカナヲに視線を合わせた。
「カナエ様にとって、泰富さんは……大切な人ですか?」
「ふぇ? ……え?」
予想外の質問にカナエの目が点になる。しのぶもアオイもその場に固まり、カナヲがその質問をする理由を唯一察せられる誠は、逃げるように遠い目をして視線を空へ向けた。
カナヲがどういう意図で聞いているのか察せられないカナエは、一旦深呼吸して思考を始める。誠が視線を逸らしているのも考慮し、買い物中に何かあったとこまでは分析した。そこまでを踏まえ、カナエは正直に答えた。
「もちろんそうよ。泰富さんは大切な人。しのぶも、アオイも、そしてカナヲもそう。みんな私の大切な人なの」
しのぶとアオイは、恥ずかしそうにしながらもそう言われたことを嬉しく思った。特に、屋敷に来てから数日のアオイはより喜んだ。
この答えに嘘偽りはない。正直に答えたもので、何も知らない第三者からすれば、完璧な切り抜け方だと言える。だがカナヲが聞きたいのはそうじゃない。それを知っている誠は何とも居心地が悪かったが、カナヲに掴まれているため逃げられない。
「泰富さん個人ではどうですか?」
「へ? 個人? それはどういう……」
カナヲの目をじっと見つめながら考える。読み取れるものは限りなく少ないが、ヒントがないわけじゃない。カナヲは個人での評価を聞きたいのだ。みんなを巻き込んでの話ではなく、誠個人についてを。
それを理解し、真剣に考え、カナエは答えに困った。"大切な人"という言い方以外見つからない。しのぶとの差異がないわけじゃないが、それはしのぶが妹だから。分け方で言えば、誠とカナヲとアオイは同じになる。そのはずなのに、本当にそうなのかと自分で疑問を抱いてしまう。
「……ごめんなさいカナヲ。ちょっと答えられないわ。たぶん、泰富さんが答えられなかったから、私に聞いたのでしょ?」
「はい」
「期待に答えられなくてごめんね。宿題にさせてくれるかしら?」
「はい」
「ありがとう」
カナヲの特大な質問も終わり、その後は各々自由に過ごした。カナエはしのぶと共に屋敷内に戻り、アオイはしばらくしゃぼん玉で遊んでから夕飯の支度へ。誠はカナヲと共に残り、縁側に並んで腰掛けては、カナヲが作り出すしゃぼん玉を眺めた。自分でも年寄りみたいだと思って、少し凹んだ。
縁側で空を見上げるのは誠の趣味とも言えた。ある意味自分の部屋よりも気に入っている。寝る前にそこで空を見上げるのも珍しくない。
「今日の夜空はどうかしら?」
「特に変わらないぞ。鬼が鳴りを潜めてるから、純粋に綺麗だと思える」
「皮肉な話ね」
誠の隣に座ったカナエは、空を見上げながら率直に言った。鬼との大戦が起こる。前代未聞の事態に、隊も全力で迎え撃つ準備をしている。正に嵐の前の静けさ。しかし、それによって鬼を警戒しなくていい夜が続いているのも事実だ。不安なく夜空を楽しめる。正しく皮肉な話だった。
「しのぶの考えも、それに合わせてるんだろうな」
「おそらくは。あの子なりに有用なものを考えてる。反対する理由もないのだけど、次の戦いが戦いだから、うまく稼働できるかが不安ね」
しのぶの考えは、この蝶屋敷を療養所としても活用しようというものだった。薬学に長け、自主学習だけで治療面も可能になったしのぶは、それを発揮できる場を求めた。そうすることで、助かるものもあるのならという希望も抱いて。
「しのぶの案はお館様に伝えるんだろ? あの人のことだからそれを認めるだろうし、そうなるとしのぶが次の戦いで真っ先に前線に出される心配もない」
「そう、ね……」
歯切れの悪い返しを、誠は不思議にも思わなかった。それだけで大体のことは察せられた。誠は手を後ろについて軽く体を反った。
「俺は真っ先に最前線、だろ?」
「……っ! ……はい」
「だろうな。嶺奇を誘き出すにはそれが手っ取り早い」
「なんで受け入れられるの? 囮になるってことは、一番危険な役回りなのよ!? 私は側にいられない! 乃木さんも! それなのに! なんで……!」
カナエにきつく睨まれるも、誠はそれを笑って受け止めた。笑えるだけの余裕があった。なにせその展開は、利永の
「それでも生き抜く力はつけてきた。死ねない理由もできたし、俺はこんなところで死なないから」
「…………真菰さんですか?」
「そうだな。でも、それだけじゃない」
体を起こした誠は、右手をそっとカナエの頬に当てる。下がっていた視線を上げさせ、瞳を見つめ合う。
「胡蝶が生きてるんだ。死ぬわけにはいかないだろ。俺、胡蝶の泣き顔見たくないからさ」
「……っ、ばか」
カナエが誠の胸に頭を押し当てる。誠はカナエにそっと腕を回した。
この日の一月後、鬼殺隊に多大な被害を出した大戦が勃発した。