月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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 これで一区切りですかね。


14話

 

 下弦の鬼の6体のうち、3体は柱にぶつけられた。残りの3体のうち、1体は誠の下へ。そして残りの2体は、それぞれ別の隊士の下へ。その2体は、下弦の壱と下弦の伍。柱がそれぞれそこに向かっているが、それよりも先に隊士たちが接触する。隊士たちは、柱が来るまでの間に生き残るか、柱抜きに十二鬼月を討つかの二つしか道がない。

 

「下弦の壱。ハッ! 上等じゃねぇか! どんな鬼だろうとブチのめすだけだァ!」

「飛び出し過ぎるなよ実弥!」

「遅れるなよ匡近ァ!!」

「だー! くっそお前!」

 

 下弦の壱と対峙するは、不死川実弥と粂野匡近。

 そこに向かっているのは水柱。

 

 

「ハハハハハ! その目! 下弦の伍! 十二鬼月か!」

「一筋縄では行かないだろう。敵の攻撃に注意しろ。ただでさえお前は正面切って戦うのだ。合わせる者のことを考えろ」

「それはすまない! 今回も頼む!」

「言葉が通じないのかこいつは……」

 

 下弦の伍と対峙するは、煉獄杏寿郎と伊黒小芭内。

 そこに向かっているのは音柱。

 それぞれ最後の山場となる激戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 それはもちろん、一人で下弦の鬼と戦うことになっている誠も。

 

「──ッ!」

 

 下弦の弐の鬼は、髪を操る能力を持っていた。なおかつ、その髪は異様なほどに硬い。金属である刀と弾き合う程に。さらに厄介なことに、髪であるからこそ敵の攻撃量が多くなる。髪の束が10本。それによる乱舞を捌くだけでも手一杯だ。

 

(物量で押されるか……!)

 

 髪鬼は一定の距離なら離れていても誠を攻撃できる。髪を操りながら移動することも可能だ。だから、詰まっていた距離を引き離すことも容易い。それにより、誠は自分の射程圏外へと鬼の退避を許してしまう。

 刃と化した髪が左右から迫る。左から迫る髪の刃の側面を蹴り上げ、体を回転させて右から迫る刃を下方向に逸らす。それによって生まれた隙間に体を入れてその攻撃をやり過ごす。着地と同時に刀を振り上げ、上から迫っていた刃を弾き返す。連弾となって放たれている刃全てを弾き返し、誠は回り込むように足を動かす。

 

(この敵に止まるのは危険だな。今は刃にしかしてないが、自在に操れるのなら俺を拘束してから殺しに来るはず。その方が確実だ。今のところは様子見か)

 

 相手がこちらの力量を読み切る前に決着をつける。それがある種安全なやり方だ。だが、その時間はもうない。熟練の猛者たちは、ひと目見ただけで力量を推し量れる。その領域に達していなかろうと、戦闘経験を共有されているのなら相手の分析時間も短くなる。そして、現時点で髪鬼は誠の力量を把握することができていた。誠もそれを察しており、静かに冷や汗を流す。

 

(どの程度の量で拘束できるのか。髪一本でも引っ掛けられる力があるのなら相当渋いぞ)

 

 動き回りながら鬼の弱点がないか観察する。髪は常に誠を追いかけ、動き回りながらの思考を余儀なくされた。それ自体は問題にもならない。鬼との戦闘は常にそうだ。

 鬼の背後に回る。鬼はハリネズミのように棘を大量に出現させ、面の攻撃で誠を牽制。その間に振り向き、再度誠に追撃を放っていく。

 

(このままじゃあジリ貧だな。一気に決めるにしても、狙えるのは一度だけ)

 

 そこまで考えて、誠は不意に笑った。鬼との戦いはそういうものだったと思い出したから。一対一のこの状況で、拮抗している状況だというのなら、無傷で倒せるわけがない。多少の無理を通して一度のチャンスを作り出し、それを掴みとるしかない。

 誠は柱たちに比べて戦いの才覚が乏しい。勝負どころの嗅覚は持っていない。カナエのような見切りも、利永のような先見性も、実弥のような才能もない。特別な才能などなく、特筆する能力もない凡人の限界。その体現者とも言える存在だ。

 

(次の一手で屠る!)

 

 後ろへと跳躍してさらに距離を取る。髪鬼がそれに合わせて髪を伸ばし、誠は髪が当たる寸前のところで地を蹴り上げた。蹴られた強さに土が悲鳴を上げる。

 

「!?」

 

 その瞬間、鬼は誠を見失った。

 髪を伸ばしたことがその原因の一つだ。離れた場所にいる誠へと髪を伸ばせば、自分の視界が自分の髪によって狭められる。戦いの経験を共有しようと、自分の力での戦いを積み重ねたわけじゃない。それが嶺奇の力で経験を積まされた鬼の弱点となる。驕りが生み出すのは、一糸報われる隙なのだから。

 鬼の対応も早かった。髪を戻しながら上空に跳躍し、誠の姿を探す。だが上昇が不意に止まる。さらには強引に地へと引っ張られた。誠が鬼の髪を掴んで引き寄せたのだ。鬼は髪を操作し、自分が上空にいるための支えへと変える。他の髪で誠を拘束しようとするも、その前に誠が跳躍して鬼に迫る。

 

「馬鹿な人」

「ぐっ、ぁっ!」

「私が能力に頼るだけだとでも?」

 

 誠の腹を鬼の手が抉る。咄嗟に体を捻ったものの、空中では動きに限度がある。横腹を爪で裂かれた。状況判断を冷静に行われたわけだが、変化が起きたと感じ取れた。嶺奇が洗脳を解き、髪鬼に全て任せたからだ。

 

「ははははっ、さすがだな」

「何がおかしいの?」

 

 ケタケタ笑う誠を不審に感じた鬼が眉をひそめる。誠はそれに答えることなく、刃を鬼の首に当てた。

 

「!?」

「さすがは利永さんだ。俺にあった技を身につけさせてくれた」

「おま──」

 

 鬼が動く前にその首を斬り裂く。鬼の髪の支えも無くなり、誠は自由落下に従って着地する。鬼の首を探し、消え始めている鬼に近づいた。

 

「何よ。あんたも私を嘲る気でしょ! 男たちはみんなそうよね! 自分が上だと考えて! 気に食わないやつはみんな奴隷みたいにして!」

「田舎者の俺には分からん感覚だが、それよりさ」

「私の大切なもの全部奪い取って! 許さない! 絶対許さない!!」

「話聞けよ……。あんたも鬼だけどさ、それでも髪、綺麗だったよ。ごめんな、刀で弾いたり引っ張ったりして」

「ぁっ、……っ! なによ……男のくせに…………!」

 

 鬼の消滅を見送る。それを見送りつつ、カナエが言っていたことを思い返した。鬼は悲しい存在なのだと。鬼の力には、人間時代での強い思い入れが反映されているのだと。その多くは、未練であったり拘りであるという。鬼と仲良くなりたいと考えているカナエだからこそ、気づけた鬼の特徴だ。戦いにおいては関係ないこと。だが、相手を知るという点においては、有用な情報だった。

 

「お~。下弦の弐でも勝てちゃうのか。野放しにするのが遅かったかな」

「そうだろうな。おかげでお前相手に余力を残せた」

「まぁでも、他の隊士がどうかは分からないけどね。弐以外はすぐに解いてたから」

「それがどうした? あまり鬼殺隊を舐めるなよ?」

「いいわね~。じゃあ、殺してあげる。余力があるとか言ってるけど、傷が浅くないのは見ていて分かってるから」

 

 矢も爪も、致命傷を避けただけで深手にはなっている。体を動かす度にその痛みを感じるが、戦闘に入ればその感覚を忘れられる。危険なやり方だと自覚しているものの、ここで嶺奇を逃がすわけにもいかない。誠が刃を収めるわけがない。特に嶺奇が相手となれば。

 

「戦闘の素人相手に負けるかよ。お前は知識を得ただけだ。それだけで戦闘で勝てると思ってる程度にはな」

「言ってくれるね。けど、こっちだって何もしてこなかったわけじゃない。下弦を乗っ取るにはそれ相応の実力が必要だったからな」

「やっぱ青いな。なんで下弦の弐があの負け方をしたのか、それを分かってないのならなおさらだ」

 

 嶺奇が押し黙る。誠が言ったように、嶺奇は先程の決着のつき方を理解できていなかった。なぜ最後はあっさりと首を斬れたのか。なぜ下弦の弐は寸前まで気づけなかったのか。

 それを誠が教えるわけもないが、仕組みとしては技に嵌めただけのこと。参ノ型の真意は、相手の意識を誘導すること。それが成功したからこそ、髪鬼は上空にいる間、誠が鬼を掴んで残り続けたことに危機感を覚えなかった。そしてそれは、刃が首に当たるまで気づかなかった。嶺奇が操作をやめなければ、誠はその状況で詰んでいた。明らかに嶺奇の戦闘不足が敗因だ。

 

「お前はここで消えてもらうぞ」

 

 止血が終わるとすぐに踏み込む。誠の刃と嶺奇の拳がぶつかり、嶺奇の拳が裂かれた。誠はそれで確信をいだき、追撃を放とうとしたところで別の拳を胸に叩きつけられる。

 

「っ、くぅっ……」

「お前も俺のことを舐め過ぎだ」

「私が鬼だってこと見落としてるんじゃないかしら?」

「はっ。生半可な鬼がよく言う」

 

 斬られた拳を再生させた嶺奇が誠に迫る。四つの拳を防ぎ、流し、裂く。回し蹴りを刃で防ぎ、そのまま流れるように首を狙う。腕を盾代わりにされ、首を斬ることはできなかった。

 腕を両断し、他の腕による攻撃を避ける。その場でバク宙し、つま先で嶺奇の顎を蹴り上げる。回転中に足を掴まれて投げ飛ばされる。空中で体勢を整え、追撃に迫る嶺奇に反撃を仕掛ける。

 

──空の呼吸 参ノ型 虚空

 

 嶺奇の狙いをズラさせる。嶺奇は瞬きの間誠を見失った。最小の動きで交した誠は、嶺奇の懐に入ってその首を狙う。

 

──空の呼吸 弐ノ型 空斬り

 

 寸分の狂い無く首へと伸びていく刃。嶺奇が誠を再認識し、間に腕を割り込ませる。先程斬っていた腕だが、驚くことに今度は腕が斬れなくなっている。せいぜい皮を斬ったくらいだ。

 

(呼吸が乱れた!? いや、違う! こいつ……硬くなりやがった!)

 

 刀を掴まれ、鳩尾に拳を入れられる。足が地面から離れると同時に顔と胸を殴りつけられて飛ばされる。何度か地面を跳ね、勢いが止まる前に地面を蹴って機動を変える。その直後に嶺奇が地面を踏み抜き、その衝撃に地面が抉られる。

 

「げほっ、げほ! ……っ」

「動きが鈍いぞ」

「がっ!」

 

 土煙の中から弾丸のように嶺奇が飛び出し、誠の防御を上回って胸に2本の右腕を叩き込む。内側で砕ける音が響き、誠は鮮血を吐きながら木へと叩きつけられた。その際に止血していた箇所からも出血し、誠の視界が霞み始める。

 

「大見得切ってたわりには、呆気ないな」

「はっはは、やっぱ……素人だな」

「あ? っ!!」

「さっきのは防ぐためじゃなくて……!」

「傷ぐらい自覚しろ」

 

 嶺奇の太腿に斬り傷を負わせ、さらには右腕を2本とも斬り飛ばしている。鬼相手であれば、一時的なダメージに過ぎない。太腿の傷も、一時的に機動力を削いだだけだ。

 だが、それは本来の鬼であればの話。

 

「やっぱりな。お前……、再生の限界が来てるだろ。それを隠すために締めに入った。体が硬くなったのもそれだ。そこまで操れることには驚きだがな」

「ちっ!」

 

 この鬼の今の体は借り物だ。そして元は人間だ。しかもその遺体。血鬼術によって動かしただけであり、元々死んでいるものだ。動いているだけで異常。血鬼術による効果であろうと、他の鬼のようにはならない。再生回数に限度が発生する。

 

「知られたところで関係ない。いくらでも変えは存在する!」

「俺を殺してってか? 死ぬのはお前だ」

 

 重たい体を起こす。溢れ出る血が地面を赤く染めていく。誠はその出血量を減らし、刀を構える。

 気を抜けば膝から崩れ落ちそうになる。集中しなければ視界が霞む。今刀を握れているという感覚すら危うい。

 思い出すのは、利永との鍛錬で初めて死にかけた時のこと。生き残れたことが奇跡だと言われる程の傷を負い、それでもなお刀を構えた時のことだ。

 

『死ぬ気で戦うのと命を投げ捨てるのは違う。そこを履き違えるなよ』

 

 利永にそう言われ、気絶させられて治療を受けた。目を覚ました時には利永は任務に出払っており、岳谷と真菰だけがいた。真菰には困ったように笑われた。

 

『死線を潜り抜けるってことは、生きることを諦めないこと。誠はどうやって生き残る?』

 

 真菰にそう聞かれ、誠はキョトンとしながら答えた。それを聞き、真菰はおかしそうに、それでも何故か嬉しそうにクスクス笑っていた。

 それを思い出し、誠はくすりと笑って嶺奇と向き合う。迫りくる()をどう超えるのか。放てる技は一つだけ。それ以上の力は残っていない。それを行えば、それこそ死に至ると自覚できている。

 故に、誠の答えはシンプルだ。

 

「勝って生き残る! それ以外知らない!」

 

──空の呼吸 伍ノ型 深空

 

 初速で最高速に至る。この技で嶺奇を屠るために、全身の力を今一度湧き立たせる。

 機動力を削がれている嶺奇は、動くことはせずにその場で誠を迎え撃つ。

 秒数にして1秒。

 その僅かな時間で、この戦闘に終わりが告げられた。

 

「やってくれたな!! お前!!」

「ハァハァッ!」

 

 嶺奇の首が地に落ちる。それに合わせて誠の刀の刀身も地に刺さる。

 

(くそっ! 仕留め損ねた(・・・・・・)!!)

 

 嶺奇の首は二つある。斬れたのはそのうちの一つのみ。これでは嶺奇を倒せたことにならない。嶺奇の左拳は二つとも砕けているが、誠の刀も砕かれた。鍔付近から折られているために、嶺奇を倒す手段が残っていない。

 むしろ形勢は逆転したと言っていい。誠はもう動くことができず、武器も無くなった。それに対して嶺奇は、首が一つ残っている。再生が止まろうと、誠を捕食することは容易い。

 

 

「貴様が……あのお方が言及していた鬼か……」

 

 

 その鬼は突如現れた。

 

 その声色は静かに響いた。それが聞こえた瞬間、誠は心臓を握り潰されるような錯覚に陥った。放たれる重圧は凄まじく、汗が止まらなくなる。

 それは嶺奇も感じたようで、誠からそちらへと視線を移した。誠もそれに倣って目を向ける。

 1体の鬼がこちらへと歩いてきていた。髪を後ろで束ね、一本の刀を腰に携えた鬼だ。その鬼は目が六つあった。右目と左目が三つずつ。その真ん中の目両目に文字が刻まれていた。

 

 『上弦壱』と──

 

(上弦……っ!! なんでこんな場所に……!)

 

 立っているのがやっとな状態だが、誠はその鬼から目を離さなかった。否、離すことができなかった。どう足掻いたところで負ける(死ぬ)ことは目に見えていた。しかし、目を離した途端殺されることも分かっている。

 

「その程度には力があるか……」

 

 鬼と目が合う。生きた心地がしなかった。指一つ動かすことができない。圧倒的な強者を前にした者は皆そうなる。それに足掻けるのは、同じ強者か蛮勇の者か。

 上弦の壱"黒死牟"は、誠から嶺奇へと視線を移す。それで察することはできた。この鬼の目的は嶺奇にあるのだと。

 

「なるほど……。お前にはあのお方の下へ来てもらう……」

 

 誰のことを言っているのか明白だった。この鬼は、嶺奇を鬼舞辻無惨の下へと連行しようとしているのだ。イレギュラーなことを起こせる嶺奇を。無惨にとっても厄介な存在を。

 

「それは困ったな。この鬼は今日討つ予定なんだわ」

 

 雷鳴のような着地音と共に、その男はこの場へと現れた。誠を庇うように、上弦の壱と誠の間に。そして、嶺奇をすぐに斬れる位置に。

 

「利永……さん……?」

「傷負い過ぎだろ誠。もっと頭使って戦え。俺がカナエに顔向けできなくなる」

「そこは大丈夫……かと。どうせ……俺が怒られるだけ、なんで……」

「尻に敷かれてんな~」

 

 利永が居合の構えを取る。黒死牟も刀に手をかけた。その状態で膠着し、誠も嶺奇も縫い止められたようにそれを見つめる。張り詰めた空気がその場に流れ、物音を立てるどころか、1ミリたりとも動くことができない。

 利永は今嶺奇を討つことができない。それをすれば黒死牟に殺されるから。誠の前に立ったのは、そうしなければ黒死牟に誠が斬られていたから。

 

 瞬きをした。

 

 その一瞬で利永と黒死牟は刃を交えていた。轟音が遅れて響き渡る。たった一撃。その一撃で格の違いを見せつけられる。

 利永の動きを追うことができず、響き渡る剣戟のみがその戦況を伝える。その剣戟の音ですら、全てを聞くことはできなかった。いくつもの音が重なっているようにすら聞こえる。

 

「流石に上弦の壱となると強いな」

 

 気づいた時には、利永の背が再び誠の前に現れる。隊服のいくつかの箇所が裂けている。全て軽傷で、黒死牟にも傷を負わせているものの、その傷はすぐに修復していく。

 

「風柱よりはできるか……。面白い……」

「! あいつを殺しておいて、楽しむ余裕があるのか。剣を扱うもの同士、少しは親近感抱くかと思ったんだが無理だな。俺はお前を許さない」

 

 利永の気配が鋭くなる。その言葉に怒気が含まれているのは明白だった。利永はそれを一旦静め、背を向けたまま努めて穏やかな声で誠に話しかけた。

 

「……誠、いつかお前は柱になれ」

「ぇ……」

「実力はともかく、今のお前じゃ"柱"として未熟過ぎるが、そこもいずれ克服しろ。背負える人間になれ。支えられる人間になれ」

「利永さん……?」

「お館様には先の展望も話してある。足掻けよ、誠。その道の先に何があろうと」 

 

──雷の呼吸 漆ノ型 鳴神

 

 利永から放たれる闘気が膨れ上がる。"反復動作"と呼ばれるものは、呼吸の関係なく行えるもの。自身の調子を最高潮に持っていくものだ。利永のそれは、そこに呼吸を混ぜ合わせている。細胞レベルまで意識し、能力を最大限に引き上げるもの。それを深くやり過ぎると、人間が無意識のうちにかけている制御を壊すことになる。人間は本来生まれ持った力を十全に使えない。体が壊れるからだ。利永の技は、そのギリギリまで引き出すもの。他の誰も体得できない技だ。

 

「来い……。鳴柱……」

「利永さん!」

 

 誠の叫びは届かない。利永の姿が消え、黒死牟の姿も消える。激しく響いていた剣戟も遠くなり、やがて聞こえなくなる。黒死牟がいたことによる圧もなくなり、張り詰めていた空気が解けたことで、誠は気が抜けて意識を失った。

 

 

 

 

 

 それから数日。緊急での柱合会議が開かれた。

 その場には、新たに柱として任命された者たちもいる。実に半数がそうだった。風柱、不死川実弥。水柱、冨岡義勇。炎柱、煉獄杏寿郎。蛇柱、伊黒小芭内。その四名が、今回新たに任命された者たちだ。

 その場で行われたのは、今回の戦闘による被害と戦果の確認。柱たちの担当区域の確認。そういった確認事項がほとんどだった。それを聞いている中で、カナエは一つ納得の行かないことがあった。それは、上弦の鬼の出現についてだった。

 

「まさか、上弦の鬼が現れることも予見されておられたのですか?」

「利永の予想では、その可能性もあるとのことだった。嶺奇は無惨も放置できないだろうからね」

「それを、なぜ教えてくださらなかったのですか? それを教えてくださっていれば!」

「それも利永は踏まえてたんだよ」

「っ! どういうことですか? 宇髄さん」

 

 カナエの問いかけを天元が代わりに答える。天元は柱の中でも利永と仲が良かった。利永に忍びの情報収集の仕方を聞かれたのがきっかけだ。話を聞くだけで習得する利永を気に入り、互いに声をかける仲になった。

 その天元なら知っていてもおかしくない。そう思ったカナエだったが、すぐにそれが思い違いだと気づく。岩柱悲鳴嶼行冥もまた、黙ってそれを聞いているからだ。あたかも知っていたかのように。

 

「まさか……皆さんは知っていたのですか……? 私だけ……?」

「そういうことだ。胡蝶以外の柱は、上弦が出てくる可能性を利永から聞かされていた。それを承知の上で俺たちはあいつに命を預けた」

「なぜですか!? なぜ私だけ……! ……負傷者の手当の指示に回されたのも……」

「胡蝶を上弦と戦わせないためだろ。柱の中で一番治療面に長けてるのも理由だろうが、一番はあの男のためじゃねぇの?」

「……」

 

 それが誰を指しているかは聞かなくても分かる。誠だ。利永とカナエを同時に失えば、誠が立ち直れるか怪しい。いくら真菰でも、完全復帰させるのに相当な時間がかかる。もしかすれば、誠は人として大切なモノを欠損させたまま、生きることになるかもしらない。

 カナエは何も言えず、その場で俯いた。利永がギリギリまで出撃せず、カナエを出撃させなかったのも、上弦の鬼が出る場所を予測するためだったから。ヒントもない戦場で、それでも兆しはないかと考え続け、そして導き出したのだ。

 生存者は生き残ったものとして、悔しさを胸に、託された想いを胸に、歩みを続けないといけない。

 

「お館様。柱が一つ空席なのは、今も死にかけてるあの馬鹿のためなのでしょうか?」

 

 カナエの質疑が終わり、実弥が輝哉に質疑した。誠が下弦の鬼を倒したことは、この場の全員が聞いている。柱に任命される条件を、誠は満たしているのだ。

 

「実弥は誠のことを認めているんだね」

「……実力だけは」

「ふふっ、そうなのかい? 答えは否だよ。誠は柱とは別の存在になってもらうからね」

「別の存在?」

「そう。誠が担うべき役割だ。彼は"柱"としてはまだ脆いのも理由だね。それに、利永がどうなったのか不明だ」

 

 誠が何に任命されるのか。その内容をカナエが聞いたのは、もはや自然な流れだった。輝哉の口から説明されたその内容に、柱たちは押し黙った。なんとも言い難い内容で、それが決められたことなのであればと納得するしかなかった。

 会議が終わると、カナエは一人だけ輝哉に呼ばれる。

 

「君には話しておくべきだろうからね。利永から聞いていないのであれば、私から話すよ」

「えっと、何のことでございましょうか?」

「誠のことだよ。本人を除けば、この事を知っているのは私と利永の二人だけ。ただ、私は側にいられないからね。今後のことを考えるに、誠の側にいる君も知っておくべきだろう」

 

 




 異例の鬼、嶺奇が引き起こした此度の大戦。
 最優先目標であった嶺奇討伐──失敗
 下弦の鬼の討伐──全滅を確認
 鬼の討伐数──観測不能。推定500体

 鬼殺隊の被害
 上弦の鬼との交戦により、4人の柱の戦死。
 鳴柱の消息不明。
 一般隊士の死傷者多数。

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