また評価増えました! ₍₍ ⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ ₎₎
1話
ふわりとした雰囲気を纏い、少女は蝶屋敷を訪れた。着物を風に靡かせ、肩まで伸びている髪を手で抑えながらアオイと対面する。桃色の着物でその身を包み、側頭部には狐の面。澄んだ瞳が美しく、儚げな印象にアオイは言葉を詰まらせる。
「初めまして。こっちに誠がいると思うのだけど、会わせてもらえる?」
「え、は……っ」
柔らかな笑みと共に鈴のような声で話しかけられ、思わず「はい」と言いかけて手で口を抑える。明らかにテンパっているアオイにその少女はくすりと笑った。
「あ、あの。見ず知らずのあなたをお通しするわけには……。隊士の方でもないですよね?」
「うん。そうだよ。でも、誠は私のこと知ってるし、誠のことを知ってるなら、この面のことも分かるでしょ?」
「それは……そうですが……」
少女がつけている面のことをアオイも知っている。誠が常に大切そうに扱っていた面と同じものだから。描かれている模様こそ違えど、同じ製作者であることはよく分かる。少女と誠の共通点ではある。しかしそこまでしか信じられない。本当に知り合いなのか分からない。
「アオイ? 誰が来たの?」
「あ、しのぶ様。その、泰富さんに合わせてほしいという方が」
「誰? ……っ!? ぇ……」
「? 私の知り合い? ごめんね、たぶん知り合ってるんだろうけど、記憶が飛んでて」
「い、いえ……。アオイ、お通ししなさい」
「か、畏まりました」
ただならぬ事情がある。しのぶの反応を見てアオイはそう思った。その姿を見た瞬間驚愕し、中に通すように言ったのだから。しのぶはなんとも言えない表情を浮かべていた。少し寂しそうにしているようにも見えた。
屋敷に上がると、少女はアオイに自己紹介した。真菰と名乗ったその少女は、左袖をひらひらとさせていた。失ったのだとすぐに分かった。
しのぶが前を歩き、真菰とアオイはその後ろをついていった。蝶屋敷は病院のような施設も整えており、今では療養所の一つだ。薬学に精通し、医療面も勉強したしのぶがいることで、この場は機能している。アオイもしのぶから知識をもらって手伝いをしているが、細かな判断はやはりしのぶに頼るしかない。
「泰富さんのことは誰かに聞いたの?」
「ううん。誠が負傷したらここだろうなって思っただけ」
「よくここに着けたわね」
「私にも鴉はいるからね。他の人に就けばいいって言ってるんだけど、なぜか慕われちゃって」
「そう」
感情の起伏を感じさせない声で、しのぶが真菰と言葉を交わす。しのぶの胸中を誰も察することができない。だから真菰も素直に答えるだけで、隣にいるアオイはずっとそわそわしていた。
誠は傷が深く、一人部屋で眠り続けている。しのぶが診断して分かった範囲のことを真菰に伝え、真菰は思わせぶりな反応を返した。それがしのぶの癪に障ったのか、鋭い視線を向けられる。しのぶの雰囲気もそれに伴って鋭くなった。肌を切られそうなほどに。
「何なの?」
「怒らないで。誠が無茶したんだなって思っただけ。でも、誠は目を覚ますから」
「なんでそう言えるのかしら? もう
「……そっか」
真菰はそれだけ呟いて、誠が眠る部屋へ行こうとしのぶに促す。しのぶは強く歯ぎしりしたが、アオイがなんとか間を取り持つことで足を進める。アオイはこの日、後にも先にもない程に胃がキリキリしたとその日の晩に言った。
「そのお姉さんは?」
「……今は買い物よ。少しでも気分転換させないといけないから」
「優しいんだね」
「これくらい当たり前よ」
案内された部屋に入る。ベッドが一つだけ。誠は点滴を付けられた状態で眠っていた。その容態は安定しているようで、呼吸も一定だ。穏やかな寝息が聞こえ、真菰は安心したようにほっと息をもらす。
眠っている誠に近づき、傷の具合を確かめるように触診する。回復も順調だと分かると、真菰はおもむろにベッドに上がり、誠の腹の上に座った。
「ちょっ! 何してるのよ!」
「真菰さん! 着物が崩れますよ!?」
「違うでしょアオイ! そこじゃないでしょ! 怪我人に何してるのって話よ!」
はっ、と息を呑んで、そうだったと反応するアオイにくすくすと真菰が笑う。アオイはそれで恥ずかしくなるも、それ以上に真菰の笑顔に魅了されていた。しのぶもそれで毒気を抜かれてしまい、肩透かしを食らってしまった。
「今から誠を起こそうかと思って」
「どうやって? 怪我人に手荒なことをしたら真菰さんでも許せないわ」
「じゃあ先に謝っとくね。ごめんね」
「は?」
真菰が右手を上げる。あまりにも自然な流れで話が進んでしまい、しのぶはそれを眺めてしまった。止めるために動くことなく、その手が誠の頬に振り下ろされて乾いた音が響くのを耳にする。その音は凄まじく、隣の部屋で休んでいた隊士たちはビクッと反応していたとか。
「な……ななっ……何してるのよ!!」
「だから、誠を起こしてるんだよ」
「……ぅっ……痛い……」
「なんでそれで起きるのよ!!」
「し、しのぶ様。落ち着いてください……!」
誠に殴りかかりそうになるしのぶをアオイが必死に止める。しのぶには申し訳ないが、しのぶの体格が小さくて良かったと思ってしまったアオイだった。
誠はゆっくりと瞼を開き、ぼやける視界の中誰がいるのかをぼーっと把握していく。脳もまだ覚醒しておらず、隣でアオイに羽交い締めされているしのぶを見やり、それから正面にいる真菰に目を移す。目が合うと、真菰は覗き込むように顔を近づけた。誠もだんだんと頭が働き始め、真菰がいることを認識する。
「なんでいるの……」
「誠が目を覚まさないって聞いたから。起こさないとなーって」
「……理解が追いつかない」
「1ヶ月寝てたみたいだもんね。仕方ないよ」
「いや真菰さんがいることにでしょ」
しのぶのツッコミが虚しく流される。突っかかろうとしたところで、再度アオイが力を込めて羽交い締めにして止めた。
「誠。ゆっくり思い出していって。そうしたら混乱も落ち着くでしょ?」
「まぁ、そりゃあ。……たしか、嶺奇の奴を……っ! 上弦の壱……!」
「「!?」」
「……出てきたの? 上弦の壱が?」
「出てきて! 利永さんも来て! それで……! ……利永さんは!? あの人はどうなった!?」
真菰は静かに首を横に振る。それが答えだった。誠は言葉を失い、視線を真菰から天井へと移した。その目は虚ろになり、何も映してない。
その状態であろうとも、真菰は教えていった。利永の消息は掴めないままであること。遺体は発見されず、かと言って利永からの生存報告もない。現状としては、利永が戦死したと判断されている。
「……そうか……」
誠はそれを受け入れられない。しのぶはそう思った。真菰が記憶を失っただけでもそうなったのだ。師弟関係にあった相手が命を落とせば、それだけ誠の心が傷つくと。
けれど誠はそれを受け入れられた。一度瞳を閉じ、しばらくしてから開けたときには真っ直ぐ前を見据えていた。その姿にしのぶが目を見開く。今までの誠では考えられないことが起きたのだから。
「あの人……たぶんそこまで読んでたんだろうな」
誠の予想は当たっていた。利永は上弦の鬼の出現を読んでいた。全てを承知の上で、自分の命の危険性も把握した上で、あの場に駆けつけた。誠は利永に生かされたのだ。
そう思うことで、少しは哀しみを軽減させられる。その事自体は辛いものだが、覚悟の上だったのだと思うと。それでも、その命の重みは誠にのしかかる。誠は、利永の命を引き替えにして生き残ったのだから。生かされたのなら、その分足掻いて生きないといけない。
「えい」
「痛いんだけど」
真菰が誠の頬を引っ張る。そのせいで発音が若干怪しいのだが、聞き取ることに支障は出ない。
真菰の気配が変わった。面識がないに等しいしのぶや初対面のアオイですら分かる。明らかに真菰は怒っている。その気迫に気圧され、誠は冷や汗をかいた。
「私がなんで怒ってるのか分かる?」
「怪我したから?」
「ううん」
「死にかけたから?」
「それも違うよ。私は誠が死なないって信じてるから、そこに関してはあんまり怒らないかな」
「え……なに?」
誠の質問で、真菰は手を離した。その手を誠の胸の上に起き、ゆっくりと圧をかけていく。
「あ゛っっ!!」
「真菰さん!?」
しのぶの声で真菰は圧をかけるのをやめた。ほぼ一瞬の出来事だったが、誠は全身から滝のように汗を流している。それだけ体への負担が大きかったのだ。だが、真菰はそこまで力を加えていない。せいぜい"走れるようになったばかりの子供のタックル"を食らった程度の強さだ。実に可愛らしい衝撃だと言える。そのはずなのに、誠にとってその衝撃は凄まじいものに感じられた。
「体の内側が弱り過ぎてる」
「それは先程言ったでしょう?」
「聞いたけど、しのぶはその原因を分かってる?」
「……いえ。無理をしたのだろうと、漠然としか」
「うん。誠は無理をした。回数制限のある技を無理に行使したから。誠は何回虚空を使ったの?」
誠が目を逸らす。真菰の圧が増す。恐怖を感じて正直に答えた。
「……4回」
「馬鹿なの? 死にたいの? 2回目でも体に負担が大きいから、1回だけって言ったよね?」
「そうしないと勝てなかったから」
「はぁ……。そうかもしれないけど、柔軟にならなきゃ。この先体がついてこれなくなるよ?」
「反省します」
本当に反省していることを認め、真菰は誠の汗を拭いていった。目を覚ましたとはいえ、誠はまだ体が重たい。動けなくはないが、極力体を休ませるべきだ。その様子を見守りながら、しのぶは真菰に説明を求めた。体の負担が大きいという技について。真菰は一度誠に目をやり、本人の承諾関係なくしのぶに説明する。
「教えちゃうんだ……」
「誠の主治医には教えなきゃ」
「……そうっすね」
「それで、その虚空という技は、どういう技なの?」
「効果だけを言えば意識誘導。相手の意識を自分とは別の存在に向けさせるもの。相手からしたら、誠が消えたように見えるかもね」
「存在感を消す、ということ?」
「うん。頭いいんだね」
嬉しいような嬉しくないような、複雑な気持ちにさせられる。真菰に悪意がないのは分かるため、しのぶはそれを流すことにした。
「鬼との戦闘になれば、みんな呼吸を使うでしょ? 呼吸は体温が上昇するし、鬼への敵意も強まる。戦闘してるし、存在感も大きくなる。それだけの気迫がある状態で対峙しておいて、気配を消すにはどうすればいいと思う?」
「どうって……っ!? まさか……心臓を止めているの!?」
「え!?」
「正解。鼓動を止めて、鳴りを潜める。その瞬間に合わせて自分以外に視線を誘導させる。例えば刀で反射させた月明かりとかね。その一瞬で生まれた隙を全力で取る。そういう技なの。落差が激しいから、当然体は悲鳴を上げる。それを4回とか自殺行為なんだけどね」
しのぶが誠の頭をスパンと叩く。真菰はそれを止めることなく、むしろ嬉しそうに笑っていた。その事に誠が口を尖らせる。
「なんだよ」
「ううん。ちゃんと誠を心配してくれる人が、こうやっているんだなって思ったら嬉しくて」
「私は別にこの人の心配をしているわけじゃないわよ! この人が無茶すると姉さんが悲しむから怒るの!」
「そうなんだ」
「絶対分かってないでしょ」
しのぶの苦言を真菰はふわふわと躱す。掴み所がなく、喧嘩腰になるのも馬鹿らしく感じさせられる。それでも嫌な気にならないのは真菰の性格故か、それとも相性がいいのか。
真菰はいそいそとベッドから降り、風呂敷の中から狐の面を取り出す。その模様は、誠が持っていた面と全く同じだ。
「なんで?」
「誠が持ってた面は壊れたって聞いたからね。鱗滝さんにもう一回作ってもらったんだよ」
「え、俺のやつ壊れてたのか……。まぁでも、そりゃあ壊れるか……」
「真菰さんはどうやってその事を知ったのですか? カナエ様もしのぶ様もお伝えされてませんし、そもそも真菰さんへの連絡手段もないはずです」
「誠の鎹鴉から教えてもらったんだ~。私の鴉と姉弟らしいから」
三人の視線が、窓の外にいる土佐右衛門へと注がれる。事情を把握していないというのに、土佐右衛門はドヤッと胸を張る。その後ろから真菰の鎹鴉に蹴られていた。
「仲良いよね」
「え、あれってそうなの?」
「私には喧嘩してるように見えるのだけど」
「私もです」
「喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ?」
「あれをそれに当てはめていいのか……」
どうなんだと頭を悩ませ、考えることをやめた。そこまで重要なことじゃないし、後で本人たちから聞けば分かることなのだから。
誠はそれよりも気になることがあった。真菰の荷物が何やら多い気がするのはひとまず置いておくとして、それよりも真菰が携えている刀だ。着物に刀とは不釣り合いにも程がある。
「真菰。その刀、もしかして日輪刀とか言う?」
「うん。日輪刀だよ」
「なんで?」
「護身用。私の刀も用意されてたみたいだし、それなら貰っとこうかなって。安心して、隊員じゃないから任務とかはないよ」
「それなら……まぁ……」
釈然としない。隊服を着ていないのだから、真菰が隊士になったわけじゃないのは明らかだ。それでも、誠はあまりその事を良しと思えなかった。だが、もう持っているのだから、とやかく言っても仕方のないこと。次いで真菰の荷物の多さへと話が移っていく。
「ん? しばらくこっちに泊まるからだよ?」
「え」
「は?」
「それはカナエ様の許可を頂かなくては」
「うん。本人が帰ってきたらお願いするね」
あたかも、許可は取れると言いたげな真菰に、誠は遠い目をした。カナエの性格を考えれば、真菰を追い返すわけもない。すでに荷物を持ってきてここにいるのだ。万に一つもありえない。何より、真菰はこれでいて芯が強い。こうだと決めて行動を起こしている以上、それを達成させる少女だ。2年間共に過ごした誠はその事をよく知っている。
「それで、姉さんが許可を出したとして、真菰さんはいつまで滞在するつもりなの?」
「誠の調子を戻せるまでかな。内側がボロボロだし、まず回復に時間がかかる。回復するまでは絶対安静だから、その間に身体能力は低下する。その低下分を戻すまではいるつもりだよ」
「最低でも2ヶ月ってところね」
「そうなるね」
「泰富さん、どうかされました?」
「いや……別に……」
しのぶと真菰の会話を聞き、顔を青くした誠にアオイが言葉をかけた。誠と真菰の関係を知らずとも、会話の様子から深い仲だとは見て取れた。下手すればカナエ以上だとも感じた。その真菰が2ヶ月はいると聞き、なぜそんな反応をするのかアオイにはさっぱり分からなかった。
その様子に気づいた真菰が、心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。その仕草にあざとさを感じさせないところに、しのぶとアオイは軽く嫉妬し、可愛らしいと思った。誠もそう思ったのだが、それ以上に恐怖を感じている。
「真菰……
「もちろん。その方が効果的でしょ?」
「そうだけど……」
「真菰さん。あれとは?」
「機能回復訓練。私なりのやり方だけどね」
それを聞いた瞬間、しのぶの目がギラリと光った。それを見てアオイは悟る。今あるものと組み合わせる気なのだと。そして、それを実施する者として自分もできるようにならないといけないのだと。今この瞬間、アオイは被害者と言えた。
「それについては、誠が動けるようになってからじゃないとね」
「動く分には問題ないぞ?」
「気絶させてほしいの?」
「安静にしてます」
「「おぉ~」」
「なんで感心してんだ……」
しのぶとアオイが顔を見合わせる。それから誠を見て、やれやれと首を振った。自分がどれだけ無茶なことをしているのか自覚してほしい。自分の体をもっと労ってほしい。それが初めからできているのであれば、こんな反応はしないのに。それを二人が言っても誠は改善しない。欠落しているから。自分という存在が。それを補える立場にはいない。だから何も言えない。
「誠が自分を大切にしてないからだよ。そこも課題だね」
それを言えるのは、この場にいる真菰と今は出掛けているカナエだけだろう。誠はこの二人の言葉に弱い。真菰にいたっては、すんなりと受け入れるほどに。それが実際にどれだけ誠に響くのかは分からない。もしかすれば、一時的な効果しかないのかもしれない。それでも、言わないよりはいい。
現に、誠はこうして生き残れている。最終選別の時と比較すればたしかな進歩だ。あの時、あの場でしのぶが助けなければ、誠は命を落としていたのだから。玉砕覚悟の戦いをやめている点は、進歩したと言っていい。
(今のところ、そこ
誠が真菰にデコピンされて悶えているのを見ながらそう思った。随分と人らしくなってきた。"人の形をした
しのぶは知らない。自分の存在がそこにどれだけ貢献しているのかを。むしろ、しのぶの存在は大きいというのに。
「あ、二人が帰ってきたみたいだね」
「察知できるんですね」
「気配でね。さすがに距離の限界はあるよ? 今も玄関の方に意識を向けてたから気づけただけだし」
「それでも凄いですよ」
「あはは、ありがとう」
アオイと真菰が談笑していると、カナエとカナヲがこの部屋へと近づいてくる。カナエも来客者がいることに気づいているからだ。来客者がいるのであれば、まずは挨拶をしようという心がけである。
「ただいま~。しのぶ、誰が来てるのかし、ら……?」
「?」
カナエが部屋を開けて固まる。カナエが入り口で立ち竦むせいで中が見えないカナヲは、買い物袋を抱えた状態でカナエを見つめた。
カナエの反応がどちらなのか、しのぶは判断に迷った。1ヶ月間眠り続けた誠が目を覚ましたことか。それとも真菰がこの場にいることか。判断に迷った結果、姉の質問に答えることにして真菰を紹介した。
「たぶん会ったことがあるのかな? 記憶が飛んじゃってるから、一応自己紹介するね。私は真菰。誠を叩き起こしに来たんだ~」
「ぁ……胡蝶カナエです。この屋敷の家主ということになるのかな」
「姉さんは柱なんだからそこは自信を持って言って」
「カナエは柱なんだ? 凄いね!」
「ありがとう?」
なんとも奇妙な感覚だった。真菰の記憶が飛んでいるのは本当のことで、カナエも初対面という体で会話している。それなのに、真菰の様子がそうとは思えなかった。初対面という様子を一切感じない。厳密にはそうなのだが、それでもここまで自然体でいられるのだろうか。
カナエが感じたものは真菰も感じていた。まるで再会したかのような感覚を味わっていた。
「不思議だね。カナエとは全然初めてって感じしない」
「そうですね。私も同じです」
「カナエからしたらそりゃあそうだもんね~」
「そうなんですけど……」
「うん、言いたいことは分かるよ。それより敬語はやめようよ。私もそうじゃないし」
「……分かったわ」
真菰のペースだったが、カナエはそれを心地よく感じた。カナエが真菰と会話をしたのは、最終選別中の僅かな時間だけ。誠という共通点で少し話すことになったあのひと時だけだ。随分懐かしく感じる。
真菰がカナエの後ろにいるカナヲに気づき、声をかけたことでカナエもカナヲが中に入れていないことに気づいた。カナヲに謝りつつ、その手を繋いでさらに中に入る。真菰はカナヲの前に移動し、しゃがんで視線を合わせてにっこりと微笑む。
「お名前は?」
「カナヲです」
「カナヲちゃんか~。いい名前だね」
「そうでしょう。私としのぶで付けたのよ」
「え……カナエの子ども?」
「ある意味そうかしら」
「違うでしょ! 話をややこしくしないで姉さん!」
しのぶのツッコミに笑いが生まれる。カナエとアオイと誠が笑い、ため息をつきながら釣られるようにしのぶも笑みを溢す。カナヲは変わらずだが、その空気を楽しんでいた。その光景が様になっていて、こういう日常を送っているのだと真菰も察することができた。
「なんにせよ。カナヲはうちの子よ。妹ね」
「そこには私も異論ないけど」
「アオイも家族だから、嫉妬しないで」
「してません!」
「え~」
「その……嬉しいのは本当ですよ」
「アオイも可愛いわね~!」
笑顔を弾けさせたカナエがアオイを抱きしめる。抱きしめられたアオイは慌てるものの、心が温まるのを感じて頬を緩めた。そうしてひと騒ぎしたところで、カナエがふと誠の方に目をやる。その表情は暗く、まだ起きていないのだろうと想像していたから。
「おはよう」
「……!?」
だから絶句した。誠が目を覚ましていたことに気づけていなかった。カナエはアオイから離れ、ふらふらとした足取りで誠へと近づく。それが幻なのか現なのか。夢を見ているんじゃないかと自分を疑ってしまう。真菰がこの場にいることも、その疑いに拍車をかけた。
きっと自分はうたた寝してるのだ。微睡みの中で見た夢なんだ。だからこんな幸せな光景が広がっているんだ。
そう思い込み、誠の頬に触れる。感触があり、温かみがあり、自分の手に誠の手が重ねられる。
「ごめん。心配かけた」
「ぁ…………っ!!」
言葉を出せなかった。胸の内から込み上げて来る感情を処理できない。知らぬうちに瞳から涙が溢れそうになり、それを堪えながら誠の背に手を回して強く抱きしめた。
鼓動を感じる。吐息が聞こえる。存在を感じられる。
これが夢だと思いたくない。現実であってほしい。
渦巻くいくつもの感情。その胸中を表すようにカナエは誠を強く強く抱きしめた。
「ちょっ姉さん! 誠さんを離してあげて!」
「いや! もう離したくないもの!」
「駄目駄目駄目駄目!! 誠さん今死にかけてる! 泡吹いてるから!」
「…………あれ?」
誠はカナエにトドメを刺されかけたのだった。