誠が再び目を覚ますと、カナエの謝罪劇が始まった。何度も何度も頭を下げられ、腹を切りかねない勢いには流石のカナヲも止めに入った。誠はそれをあっさり流したのだが、体が弱っている理由を真菰が説明すると、頭を下げる立場が逆転した。カナエの怒る気迫は外にいた鎹鴉たちも鳴き出すほど。
「あ、そうだ。カナエ、私しばらく泊めさせてもらうね。具体的には誠が復帰するまで」
流れを読まずにぶった切る。
「あ、はい。どうぞ」
不意を突かれたカナエは、きょとんと怒りを鎮めてあっさり了承した。そのすぐ後に自分が言ったことに気づくも、時既に遅し。一度了承してしまったものは引き下げられない。嵌められたと思ったカナエだが、真菰はそれを狙った様子がない。本当にただ思い出したように言っただけなのだ。
「ところでしのぶ。動くだけなら問題ないと思うんだ」
「訓練の一切を行わないという条件下なら許可するわ」
「そうだろうな。体が回復するまでは訓練を行わないと約束しよう」
「呼吸も駄目よ」
「大丈夫だよしのぶ。私が側で監視してるし、カナエも監視するだろうから」
「もちろんやるわよ」
誠をフォローする人はいない。柱であるカナエと、誠に呼吸を叩き込んだ真菰の二人の監視に隙など生まれない。特に真菰は気配に敏感だ。誠へと意識を向けておけば、ある程度離れていても気づける。それは以前の共同生活で誠も把握しており、こっそりやろうという魂胆は一切持たなかった。
この二人の監視なら大丈夫だろうとしのぶも信じ、誠の自由行動を許可する。誠はそれで分かりやすく喜んだ。
「さすがに風呂には入りたいからな」
女性陣全員納得の理由だった。眠っている間、体を拭いてもらっていたとはいえ、気持ちの面では別問題だ。風呂でさっぱりして、のんびりと湯船に浸かりたいと思うのは当然である。
「お風呂は誠から?」
「泰富さんはその点滴が終わるまでは駄目よ」
真菰の気遣いも、主治医しのぶにばっさり切られる。それもそうだろうと真菰はあっさり引き下がり、誠も動く許可を貰えてるために落胆することはなかった。
アオイはカナヲを連れて夕飯の準備に向かっている。怪我人は他にもいるため、作る量が多いのだ。医療施設増設に伴って、風呂も大浴場へと変貌を遂げている。鬼殺隊は男性が圧倒的に多いため、男女も分けてある。
「それなら私たちは気にしなくてもいいね」
「真菰さんは客人だし、一番風呂をどうぞ」
「ありがとう。それじゃあカナエも連れて行くね~」
「え!?」
「片手だとできないことが多くて」
「あ……、そうよね」
真菰とカナエも退室する。風呂に向かう道中で、真菰が使う部屋の案内もするようだ。すぐに打ち解けているのは、二人の器によるものか。気が合うのも理由だろう。
早速監視役の二人が消えたわけだが、誠は抜け駆けしようとは考えなかった。真菰とカナエを怒らせたくないのが一つ。これが最たる理由で、それを後押しするのが、今も部屋にいるしのぶの存在。誠はカナエと真菰の言葉に弱いが、一番真っ直ぐ言葉を突き刺せているのは、実のところしのぶだ。
カナエや真菰が手を伸ばして支える人である一方、しのぶは誠に対して背中を蹴って前に進ませる人だ。それは、しのぶが誠を的確に見ているからできること。優し過ぎる人にはできないことだ。はっきり言ってしまえば、誠は若干しのぶが苦手である。ただ、しのぶへの印象は良く、トータルで苦手意識が隠れている。
「てっきり真菰さんがいたらもっと雰囲気が変わると思ってた」
「なんだそりゃ」
「だってあの人って、泰富さんにとって大切な人でしょ? 最終選別の後のことを考えたら、一緒にいるだけで幸せですって雰囲気を出してもおかしくないなって」
「俺をなんだと思ってるんだ……。まぁでも、しのぶの言ってることは当たってるぞ。真菰と一緒にいると心が温まるからな」
「……そう」
やっぱり嫌いだ──しのぶは誠のことをそう思う。しのぶにとって、姉のカナエが何よりも大切な存在だ。姉が大好きで、絶対に幸せになってほしいと思っている。だから、誠の視線がカナエに向いていないことを不満に感じている。正確には、誠が応えないことにだ。
「姉さんといる時は違うの?」
「ん?」
「姉さんといる時は、そう感じることはないの?」
不満を抱えているが、しのぶはそれを出さなかった。それ以上に、姉を不憫に思ってしまい、悔しそうに、寂しそうな目で誠を見つめる。その答えを予感しているから。
「俺は──」
誠の答えを聞いてため息を付く。
──あぁ、嫌いだ。この人は本当に
「馬鹿な人」
カナエに案内してもらい、これから泊まる部屋の場所や屋敷の主だった部屋を教えてもらう。これから向かう風呂場であったり、食事の際に集まる居間であったり、部屋からどう進めば玄関に近いのかなど。
「結構立派な部屋だね。私がここを使っていいの?」
「そうよ。私たちの部屋にも近いし、泰富さんの部屋もそう遠くないから、丁度いいと思うの」
「なるほどね。ありがとう」
部屋の内装を確認し、荷物を整理し終えると着替えを抱える。部屋を出ると一度カナエの部屋に寄り、二人揃って女子用の大浴場へ。増設の際に張り切ったとかなんとか。風呂好きであれば仕方ない。そうでなくとも、同じ女子として共感できるものがあった。
「カナエって肌綺麗だね。鍛えてるはずなのに柔らかいし」
「ひゃっ!? 真菰さん!?」
「同じ女子としては嫉妬しちゃうな~」
背中を指が滑る。肌触りを確かめるように表面を撫でられたり、軽く押し込まれたり。それはすぐに終わったのだが、カナエはその一瞬でドッと疲れを感じた。ズルいと無言で言ってくる真菰に、「理不尽な」と思ったがそれを言っても言い負かされる気がした。
「さっ、お風呂入ろっか」
「はぁ。真菰さんの肌も綺麗ですけどね。瑞々しいですし。しっとりしてる感じがズルいです」
「あはは、ありがとう」
「……なんで平然としてるんですか……」
「仕返ししてきそうだな~って思ったから」
カナエも同じようにやり返したのだが、真菰には敵わなかった。目のつくことでは全て先に行かれてる気がして、カナエはため息をついた。それを尻目に、真菰は一足先に浴室へと入る。
当然初めて見るわけだが、ここは温泉街の一角かと思うほど浴室が洒落ていた。これには真菰も呆気にとられ、遅れて中に入るカナエに視線を向ける。
「やり過ぎじゃない?」
「楽しんじゃった」
「あ、そう」
手を頬に添えて答えたカナエは、後悔など一切していないと表情で語っていた。むしろウキウキしていて、企画時の暴走っぷりが目に浮かぶ。百人中百人が目を見開くような豪勢さだ。ここまでやっちゃってるあたり、止め役であるはずのしのぶやアオイも楽しんでしまったのだろう。
それはそれとして、この場は公共の場でもなく、一屋敷内の風呂場なのだ。その屋敷の主も今一緒にいる。思う存分満喫してしまっても文句など出ない。
「それはそうと、やっぱり気になるみたいだね」
真菰が自分の左腕をちらりと見やる。それを受けてカナエは申し訳なさそうに目を逸らした。
「ごめんなさい。一応私もあの時の当事者になるから……」
誠の速さについていけず、出遅れたことも含めて罪悪感が強かった。もし、あの時一緒に行動することを提案していれば。押し切ってまで三人で動けば、真菰は左腕を失わなくてよかったのかもしれない。
ずっとカナエの中で残り続けていたものだ。一度話しただけの、他人とも言える関係であっても、カナエは気にかけ続けていた。誠から話を聞くだけでは精算できないのだから。
「うーん、私は覚えてないから。誠からは、カナエとしのぶが恩人だって聞いてるし、むしろ私がお礼を言わないといけないね」
幸か不幸か。真菰はその当時のことを一切覚えていない。
同じ真菰であっても、カナエの精算は求めている通りにはできない。
"覚えていない"──ただその一点によって。
「誠には言えたし、カナエにもちゃんと言わなきゃね」
たとえその時の記憶が真菰になかろうと、その事実だけは消えない。
「『私を助けてくれてありがとう』」
重なる。一寸の狂いもない。カナエが初めて話した時の真菰と、今話している真菰が完全に一致する。あの純粋無垢な笑顔だ。
それは至極当然の話なのだが、その重なりによってカナエは自分の心が洗われた気がした。清らかな水によって、胸に残り続けていた汚れが流されていく。許されたのかどうか。そんな話がどうでもよくなった。そうだ、真菰は今も生きていて、目の前にいて、共に言葉を交しているんだ。それが全てだ。
ようやくカナエも、前に進めた。そう感じられた。
「いい湯だね~。これで商売できたりして」
「ふふっ、繁盛するかしら」
「すると思うよ」
体を洗い終わり、二人肩を並べて湯船に浸かる。二人で入っても浴槽にはまだまだ余裕がある。しのぶたちが一緒に入っても狭く感じることはない。10人は余裕で同時に浸かれるだけの広さがあった。
「カナエが羨ましいなー」
「急にどうしたの?」
「女子では上背ある方だし、出るとこ出てるし? 腰回り引き締まってるし?」
「真菰さん!?」
胸元を隠して少し距離を取る。真菰はその分距離を詰め、再びカナエが距離を取る。それを何度か繰り返していると、風呂の縁に追い詰められた。
「どうやったらそうなるの?」
「そう言われても……」
「そんな気にしてるわけでもないけど、純粋に羨ましいよ」
「そう言うけど、真菰さんだって細いじゃない。理想的な体つきでそれを言うのは贅沢だと思うわ」
「そうかな?」
「そうよ」
自分の体に自信がないとかそんな話ではない。真菰は自分のことを疎んじる気もない。少し欲張った話をするならば、カナエを羨ましく思えるだけだ。ただそれはお互い様。
「誠って気に……しないね。そういう人じゃないし、ならやっぱりいいや」
一度自分の胸を見下ろし、一人納得する真菰。カナエはそれに少し嫉妬した。何であれそう断言できる信頼感。それだけの間柄になるには、相手のことをよく知らないといけない。まだカナエには足りないものが、自然と見えてきてしまう。
「……泰富さんのこと、理解してるのね」
「うん? 誠は分かりやすいから。それに、カナエだってできることだよ? カナエは心配が勝ってるだけ。私も心配はするけど、大丈夫だって信じてる。信じるって決めたから」
「強い人ですね」
「そんなことないよ。誠がそのままの私を受け入れてくれるから、私もそれで応えてるだけ。お互いに好きなようにしてるだけだよ」
「好きなように……って! だからって肌を撫でないで!」
「触り心地いいもん」
完全に真菰のペースに振り回される。ここまで自由奔放な印象はなかったのだが、そうでもないのだろうか。カナエが混乱している間に真菰はカナエの隣へと移動し、覗き込むように視点を下げて爆弾を投げ込んだ。
「ところで、カナエって誠のこと好きだよね」
「へ? 何の話?」
「だって誠が目を覚ましただけであの様子だったから」
「…………忘れてください。あの醜態だけは!」
「誠があれを覚えてなくてよかったねー」
カナエが湯船の中に沈んでいく。あまり掘り返してほしくないことだから。自分でもどうかしていたと思う出来事で、なんであんな行動を取ったのか分からない。もっとも、周りの目がある中での話だが。
誠は目を覚ました後平然と話していたが、その実起きているだけでも辛かった。完全に磨り減っていた体力を、気力だけで持ち堪えさせて会話に参加していた。大人しく寝なかったのも、皆との会話を楽しみたいという思いによるもの。そんな状態で、少しの圧でも辛いほどボロボロの体で抱き締められれば気絶するのも当たり前。そして意識が薄かった状態だったために、その一連の流れの記憶が飛んでいる。
(っていうことにしてるんだろうね)
誠はああいう状態でも記憶を残すタイプだ。真菰はそれをよく知っている。真菰だけが知っている。あの場では他の誰もそれを知らない。誠はそこをついて忘れたことにしているし、真菰もそれに合わせている。慌てふためき、今も思い出すだけで羞恥に染まっているカナエのために。
「それで、カナエはどうなの?」
「……続けるのね」
「こういう話ができるの楽しいから」
いつの時代もどんな子でも、女の子は恋話が好きなのだ。
「……真菰さんはどうなのよ」
「私? 好きだよ」
「……!」
照れ笑いをしながら、それでもはっきりと言い切った。それを言われた瞬間カナエは目を見開き、胸が締め付けられるのを感じた。
「どういう、ところが……?」
「……うーん、別に細かい理由とかはないよ? 大切に思われてる。ただそれだけで嬉しくて、幸せだなって思える。だから好きなんだ」
真菰は湯船の中を移動し、段差に腰掛けて半身浴に変える。視線を正面の少し上に移し、そこにある窓から見える空を見上げた。
「他の人がどう考えてるかは分からないけど、孤児っていろいろ複雑でしょ? 鬼か、親か、不幸な出来事か。理由はそれぞれ。だけど、独りになっちゃったら寂しくて、居場所が欲しくなる。自分の存在を認められたくなる。だから、私達は拾ってくれた鱗滝さんが大好きだし、私は私を大切に思ってくれる誠のことが好き」
単純かもしれないけどね、そう締め括った真菰がはにかむ。カナエはその話を聞き入っていた。真菰の言う通り単純なのかもしれない。浮ついた理由なのかもしれない。それでも、きっとそれは真理だ。ストンと納得できて、それに同意した。体裁とか格式とか関係ない。おそらくは孤児だからあっさりと辿り着ける答え。だけどそれは馬鹿にできない。自分の幸せを願うことに間違いなどないのだから。
「さ、私は話したからカナエも話してね」
「ううん。もう少し聞かせてもらうわね」
「あれ?」
真菰の話を聞き、自分のことにも整理がついたカナエは余裕ができた。さっきまでの様子とは打って変わって強気である。そんなカナエの様子を見て、真菰も張り合うことにした。
「泰富さんってああいう人だし、全然はっきりとは言ってくれないわよね」
「? 私は言ってもらえたよ?」
「え?」
「『大切な人だ』とか『生きる意味になってくれ』って言ってもらえたよ」
「……」
カナエが押し黙る。さすがの真菰も黙った。こればかりは誠が悪い。真菰は少し見ただけで理解できてる。カナエもまた、誠の生きる意味になっていることに。誠自身が自覚できていない事実。そのせいでカナエとの間に見えない障害ができてしまっている。お互いに気づかずにその障害を超えていたのに、今のカナエではそれもできなくなる。
とはいえ、これは誠とカナエの問題だ。真菰であっても、しのぶであっても口を挟むことはできない。せいぜい相談に乗る程度だ。
「あとで問い詰めようかしら」
「いいと思うよ」
どちらからともなく笑みが溢れる。動揺する姿が簡単に想像できた。
「そろそろ出ないと逆上せそうだね」
湯船から上がり、身体を拭いて部屋着を着る。一度荷物を部屋に置くと、真菰はカナエの部屋へと移動した。この後はしのぶと交代するのだが、その前にカナエに話しておくことがあるから。
「カナエにお願いしたいことがあるんだ」
「何かしら?」
その頼みはカナエの想像の斜め上を行った。
食事の用意が終わり、全員が食卓に集まる。点滴も終わり、動けるようになった誠が見るからに機嫌がいい。だが、その機嫌の良さはそれだけの理由ではない。それを見抜けるのは真菰だけで、温かい目で誠を見やっていた。
「真菰さん、西洋のものなんですけど、よかったらこちらをご利用ください」
「なにこれ?」
「スプーンというものだそうです」
「へ~。たしかにこれがあると食べやすいね。ありがとうアオイ」
「いえいえ」
真菰の左側には誠が座り、その隣にカナエが座るかと思いきやカナヲが座った。笑顔を固めるカナエに、しのぶとアオイは言葉を詰まらせる。カナヲは平然としていて、別にいいかと割り切ったカナエは誠の正面に座ることにした。ほっと息をついたしのぶとアオイもその両隣に座り、6人で食事を始める。
「真菰、大丈夫か?」
「うん。食べにくいやつはお願いするかもだけど、今のところ大丈夫だよ」
「そうか。遠慮はするなよ?」
「その時にはちゃんと言うから、気にしないで」
「分かった」
アオイの気遣いのおかげで、真菰も片腕ながらに食事をスムーズに取れる。時折誠に頼むことがあり、その都度誠がおかずを真菰の口に運んだ。それを見た時にカナエから圧がかかるかと思いきや、カナエは特に反応することがなかった。アオイは不思議そうにしたが、しのぶはカナエに心境の変化があったのだと気づいた。
そうして食事を済ませ、皆で手分けして片付ける。まだ風呂に入っていなかったアオイとカナヲは、その後に風呂へと入り、しのぶは他の怪我人の様子を見に行った。
「こうして三人になるのも久しぶりね」
「そうなんだろうね。なんだか私もそんな感じがする」
食卓のある部屋から庭へと移動する。三人になるのは最終選別以来だ。あの一夜だけだったが、カナエにとって大切な思い出の一つになっている。真菰も覚えてこそいないが、不思議と似た気持ちになれていた。
「誠は相変わらず空を見るのが好きだよね」
「まぁ、なんとなくだけど」
「いいんじゃないかしら」
三人で肩を並べる。三人で同じ夜空の下を過ごすのもあの日以来。その時間は心地よく、口数が減ってその時間を純粋に楽しんでいた。
カナエは誠に伝えなければいけないことが一つある。前回の柱合会議の際に、輝哉から頼まれている伝言だ。誠に与えられた
頃合いらしい頃合いもなく、きっかけも訪れない。誠がカナエの方を見やり、それでカナエは話を切り出すことができた。
「前回の柱合会議で、新たな柱が任命されたわ。一席空いた状態で、今は八人。あの戦いで鬼の数も激減してるから、しばらくはお互いに動きが減ってる」
「そうか。俺は柱じゃないだろうし、何か特殊な役にでも任命されたか」
「細かなことは、しのぶの許可が出たらお館様から聞くことになるわ。それで、泰富さんが就くことになったのは、"影"という役割よ」
「影、ね。大方嶺奇を追い続ける役ってとこか」
「……そう聞いてるわ」
その役に疑問を抱くこともない。今回の戦いで、嶺奇の危険性は柱たち全員が認識するところとなった。誰かがその役割を担う必要がある。無論柱たちもその足取りは探す。だが、柱は担当区域が決まっていてその範囲も広大だ。嶺奇が危険とはいえ、他の鬼を後回しにしていいことにはならない。それなら、担当区域を持たない人間を用意し、その者に追わせる方がいい。その意味において、誠は適任だった。
「問題はどうやって足取りを追うかだな。……その辺もお館様と話すか」
「誠、嶺奇を見つけても約束は守ってね」
「それはもちろん。死ぬ気はないから」
「うん」
生きる意味であり、帰ってくる場所でもある。その約束を破る気などサラサラない。手を重ね、指を絡める。瞳を見つめ合っているところで、カナエが咳払いした。
「私を省かないでほしいわね」
「あ、あぁ。悪い」
「?」
真菰と繋いだ手はそのままに、反対の手をカナエに差し出した。予想外のことにカナエはきょとんとする。それを見た真菰は反対に笑いを溢し、その反面誠の手を握る力を強めた。そういうところだぞという意をその力に込めて。
「え、手を握るのを省くなってことじゃないの?」
「……!? 違っ! そうじゃなくて!」
「あはは、いいじゃん。カナエも手を繋いだら」
「真菰さん! 分かってて言ってるでしょ!」
「別にいいなら断ったら?」
「ーーっ!!」
カナエの葛藤を見て、ついさっきのことを思い返して、カナエが言いたかったことを理解する。それを誠が言う前に、カナエが遠慮気味に誠の手に触れる。ちょこんと乗せるように。
「えっと……」
「今は何も言わないで!」
「わ、分かった」
「カナエ可愛いね」
「~っ、真菰さん!」
真菰に揶揄われて頬を赤く染める。手はそのままに、二人からの視線を逃れるように背を向けた。そんなカナエの手を誠が包み込む。乗せた程度だった手が、しっかりと繋げられた。そこから誠の温もりが流れてくるようで、カナエは胸が熱くなるのを感じた。
その熱に辛さはなく、呼吸が浅くなるほど胸が一杯になったが、カナエにとってとても心地良いものであった。