月夜の輝き   作:粗茶Returnees

23 / 41
 お気に入りが300件超えました。ブイ (ง˘ω˘)วブイ
 今後ともよろしくお願いします! お気に入り、感想、評価、お気軽にください!


3話

 

 いつも通りの時間に起床し、居間へと移動したしのぶは目の前に広がる光景に怪訝な目をした。

 正座している誠。その隣で正座している真菰。こちらは座布団の上。二人の前で腰に手を当てて怒っているカナエ。

 朝から何をしているのかと呆れるし、真菰まで怒られる事態とは何事だと驚愕もする。状況が読み込めず、しのぶはそれを静観することにした。姉に巻き込まれるのも面白くない話だ。

 

「言い分は?」

「特にないです。強いて言うなら、誤解を解いてほしい」

「真菰さんは?」

「今日はカナエも混ざる?」

「そういう話をしているわけじゃないの!」

 

 僅かに紅潮して怒るカナエに、ある程度の予測を立てた。予測を立てたのだが、本当にそんなことをしたとも思えなかった。誠の言うとおり、カナエが誤解しているのだろう。それはそれとして、どんな状況を目撃したというのか。頭が痛くなってため息をついた。結局、間に入らないといけないのだから。

 

「姉さん、何があったの?」

「しのぶおはよ~」

「おはよう真菰さん。少し黙っていて」

「はーい」

 

 調子を崩されそうになったが、なんとかそこを保つことができた。澄んだ瞳で見つめられるとドキッとする。どこまでも見透かしていそうな瞳だ。この後の顛末も初めから分かっていて、場を楽しんでいるようにすら見える。誠の疲れ方も、どちらかと言えばそっちに見えてくる。

 とはいえ、それは今は関係ない。姉と話をつければこの小さな騒動も終わりなのだから。

 

「朝起きて、真菰さんの部屋に行ったらいなかったのよ」

「うん」

「何かあったのならって考えたら心配になって、泰富さんの部屋に行ってみたのよ。何か聞いてるかもしれないと思って」

「うん」

「そうしたら同じ布団で寝てたのよ」

「うん?」

 

 同じ部屋で寝てたとか、そんな程度だと思っていた。予想の斜め上を行かれる。サッと視線を移すと、誠は居心地悪そうに視線を反らし、真菰はニコニコと笑っている。とりあえず、それで真菰の確信犯だと分かった。けど、カナエは誠に怒ってしまっている。それは仕方ないのだろう。今は盲目的になってしまっているから。

 

「姉さんは泰富さんが真菰さんを呼んだと思ってるのね」

「それ以外があるの?」

「あるんじゃない? その辺は真菰さんの方がよく知ってると思うわ」

 

 二人の視線が真菰に集まる。余裕の表情を一切崩さず、むしろ「やっと話を聞いてくれる」といった雰囲気すら醸し出していた。

 

「誠を起こそうと思ったんだけどね。気持ちよさそうに寝てたからつい」

「つい!? ついって何なのよ!」

「姉さん落ち着いて……」

「もしかして、2年間そうしてたとか言う気かしら?」

「あ、それはないから安心して」

 

 誠も大きく首を縦に振る。カナエの怒りの矛先が全て自分に向いているせいだ。

 

「布団を隣に並べるくらいだったから」

「小屋程度の広さだからな! 仕方ないんだ!」

 

 必死に弁明する誠がもはや哀れに見えてくる。しのぶは早くこの事態に収拾をつけたいため、不服ながら誠の擁護をすることにした。そのおかげもあってか、カナエも溜飲を下げることにし、真菰への注意で終わらせることにした。

 

「あはは、ごめんごめん。でもなんでか落ち着いたんだよね。初めてのはずなんだけど……、もしかして前にもあったのかな?」

「どうなの? 泰富さん」

「……あったよ。最終選別に向かう道中で一度だけ」

 

 その時の状況を話し、なんでそうなったのかまできっちり説明する。そこをちゃんと説明すれば、カナエもしのぶも納得してくれる。真菰も、そういう状況ならたしかにそうすると、過去の自分の言動を認めた。

 

「皆様おはようございます。食事の準備ができました」

「おはようアオイ。それじゃあ行きましょうか」

「誠行こう」

「……ちょっと待って」

「……足痺れた?」

「うん……」

 

 痺れている足を真菰に突かれて悶える誠の姿がそこにあった。

 

 

 

「ははは、君たちの生活は楽しそうだね」

「楽しいことは否定しませんが、心臓に悪いですよ」

「おや、誠はその心労も心地よく思っているんじゃないのかい?」

「まぁ……そうですけど」

 

 茶を飲みながら言葉を濁す。雑談もここまでで終わりにするという意思表示も兼ねている。

 輝哉との会話はなぜか雑談がよく混ざる。それが輝哉から誠への気遣いなのだが、誠はそれを分かっていない。二人の間に意識の差が出ており、雑談が長くは続かない原因になっている。その事はさしたる問題でもないため、輝哉も気にしていない。

 

「胡蝶から"影"のことは聞きました。嶺奇を追う役が必要なことも理解していますし、自分が適任だろうとも思っています。ですが、特定の鬼の足取りを追うことは困難です」

「そうだね。どうやら嶺奇は姿を変えられるようだし、一筋縄では行かないだろうね」

「それでも任命されたのは、何か考えがお有りなんですよね?」

「私は具体案を知っているわけじゃないけどね」

 

 誠は眉をひそめた。任命したのは他でもない輝哉だというのに、その輝哉は嶺奇を追う方法を知らないのだという。ある程度の算段がついていない状態で、任務につけさせるのは無謀だと言える。それを輝哉が行った理由、それは他にあるということになる。

 

「利永は嶺奇を追い続けていた。その具体的な方法は知らないけれど、その手がかりになるものは残しているはずだ。なにせ、誠をこの役にするように言ったのだ利永だからね」

「利永さんが?」

「利永はだいぶ先のことまで見据えていたようでね。その全ては聞かせてもらえなかったけど、興味深い話もいくつかあったよ」

 

 利永の先見性は常軌を逸しているレベルだ。確信を持っていることに対しては、未来予知と言っていいほどに当たる。その利永の助言もあり、輝哉は何人もの隊士と直接会っている。現柱で言えば、宇髄天元がそうだ。他にも、助言されている中でまだ見ぬ隊士もいたりする。

 そんな利永が、誠を推薦しておいて何も残さないとは考えにくい。言わば自分の後継者を選んだようなものだ。引き継ぎができるようにしているはず。

 

「利永の家を当たるのがいいんだろうけどね。困ったことが一つあるんだ」

「何でしょうか」

「それが残されているであろう利永の家の位置が不明なことだよ。彼、一箇所に留まるということをしなかったから、拠点とする場所が複数個あったようなんだ。他の人に見つからないように隠してもいるだろうし」

「時間がかかりそうですね」

 

 要は、いくつかある利永の拠点を一つずつ周り、その都度徹底的に物探しをしないといけないということだ。確実にそれなりの時間がかかる。一つ厄介なことは、利永の拠点がいくつあり、どこにあるか把握されているのかどうかだ。それが把握されていなければ、初手から手詰まりになる。

 

「私が知っているところで5箇所。天元とも照らし合わせて確認した。これが全てかは確信を持てないけど、ひとまずはそこを当たってほしい」

「畏まりました」

「急ぐ必要はないよ。体が治ってからそこに向かえばいいし、日輪刀も受け取らないといけないからね」

「ご配慮感謝します」

 

 たとえ輝哉が止めずとも、蝶屋敷にいる面々が絶対に許可しない。こういう事に関しては、しのぶが一番怒るだろうなと容易に想像できた。

 

「さて、嶺奇の件は現状でここまでしか進めないとして、利永の役割を引き継ぐ誠に話しておくことがあるんだ」

「別件でですか?」

「そう。利永の予見で、一番興味深かったものだ」

 

 輝哉の口から聞かされたその話は、たしかに興味深いものだった。もしそれが本当なら、と期待してみたくもなる。だが、どうしても憶測の域を出ない話だ。たとえこれまでに利永がどれだけ先のことを当てていても、その話をそう簡単に鵜呑みにすることはできない。他の誰も知らないであろう話。それもそのはず。これは憶測であっても広げるべきではない話だ。

 それならなぜ誠はこの話を聞かされたのか。それも利永の指示なのか。はたまた輝哉に何かしらの考えがあるのか。

 

「頭の片隅に残しておいてくれないかな?」

「……承知しました」

 

 輝哉との話も終わり、あとは蝶屋敷へと戻るだけなのだが、誠は一つ輝哉に問い質しておきたいことがあった。

 

「胡蝶に俺のことを話しましたね?」

「そうだね。カナエと話したのかい?」

「話はしてませんよ。しのぶたちも知らないようですし。それでも分かりますよ。胡蝶のことですから」

「ふふっ、流石と言うべきなのかな。ところで、誠はそろそろカナエと向き合うべきじゃないのかな?」

「……」

 

 無言のままに退室し、蝶屋敷へと戻っていく。道中で輝哉に言われたことを考え込んだ。

 向き合うとはどういうことなのか。

 それについて考え続け、道中で町に寄っては手土産を探す。店員と話をしながら適当に物を選び、軽くカモられて多めに買って出る。お金には余裕があり、ぼったくられたわけでもないから、流されるままに買うことにしていた。

 袋を抱えながら考え事を続けていると、いつの間にやら蝶屋敷へと着いていた。玄関へと入ると、帰宅を把握していたのかカナエが出迎えに来た。

 

「おかえりなさい」

「ん? あぁ、ただいまカナエ(・・・)

「ふぇ!? え、ぁ、え!?」

「帰りにお土産買ってきたから、みんなでおやつにしよう」

「う、うん……」

 

 玄関から屋敷の中へと上がり、カナエと奥へと進んでいく。他のみんなはどうしているのか聞くも、カナエからの返事がない。もしかして体調が悪いのかと振り返って確認するも、カナエの顔色が悪いようには見えない。カナエの首筋に手を添え、体温と脈を確認。そちらも異常はなさそうだった。それでも、素人判断で安心することもできず、カナエに体調が悪いのか直接聞くことにした。

 

「いえ、体調は問題ないの」

「何か気になることでもあったのか?」

「……さっき泰富さん……、カナエって……」

「…………ぇ」

 

 全くの無意識だった。本当に自分がそう言ったのか疑わしいほどに。だが、カナエのしおらしい様子からして、そう言ったのは間違いない。僅かに揺らいでいる瞳で見つめられ、誠は口ごもる。

 

「その……なんだ。それなりの付き合いだし……」

「本当にそれだけ? 本当にそれだけのことなの?」

 

 胸を掴まれる。カナエの声は少しばかり震えていた。誠が答えられずにいて、カナエが口を開こうとしたその時に、アオイが近くの部屋から出てきた。ほとんどの隊士は復帰できているのだが、まだ全員が回復したわけではない。残っている隊士の様子を確認していたようだ。

 

「泰富さん。おかえりなさ……ごめんなさい」

「待て。お前は何か勘違いしている」

「その……余計なことだとは思いますけど、廊下はちょっと」

「アオイ。少し私とお話しましょうか」

「ひっ! わ、私の勘違いですよね! そうなんですよね!」

「あ、そうだ。お土産買ってきたし、今からみんなで食べようと思ってるんだ。みんなを呼んでくれるか?」

「分かりましたー!」

 

 アオイがドタバタと慌ただしく走り去っていく。廊下を走るなというしのぶの注意が聞こえてきて、誠とカナエは同時にくすりと笑いを溢した。

 

「それで……」

「はい?」

「いや……悪い。日を改めさせてくれ」

「意気地なし」

「うっ」

「……でも、私も人のこと言えないわね」

 

 雰囲気が崩されたのもある。それはそれとして、あのまま流されるように言うのは、今では憚れる思いがあった。それでは駄目なのだと、心が訴えかけている。

 

「さ、行きましょ。実はお客さんも来てるのよ」

「そうなのか? 誰が来てるんだ?」

「ふふふ、たぶん驚くと思うわよ」

 

 誰が来てるのかははぐらかされる。その場に行けば分かることだと割り切り、誠はカナエと共にその場へと移動した。客人の相手は、家主であるカナエでもなく、その妹であるしのぶでもなく、同じく客人であるはずの真菰がしていた。

 体中に傷があり、服の前側をはだけさせて不機嫌そうにしている男。誠が彼とこうして対面するのは、実に2年ぶりのことだ。

 

「不死川? 何しに来たんだ?」

「あ、誠おかえり~。それお土産?」

「そうだな。いろいろと勧められるままに買ってみた」

「本当にいろいろ……和洋折衷だね」

「そういやおはぎもあったんだ。不死川も食べるだろ?」

「あァ? 誰が食うかよ」

 

 誠を見てさらに機嫌を悪くする実弥。誠はそれを気にすることなく、実弥の前におはぎを置いた。刃のように鋭い視線で睨まれるも、誠は袋から次々とお土産を出していて相手にしていない。実弥は舌打ちし、頬杖をついて視線を逸した。

 

「泰富さん帰ってきてたのね」

「ついさっきな。ほらカナヲ。ラムネもあるぞ」

「……ありがとうございます」

 

 好物と化したラムネを受け取り、カナヲは雰囲気だけで喜びを顕にする。ある意味器用なやり方で、見慣れている面々はそれを微笑ましく見つめた。しのぶとアオイもそれぞれ適当にお菓子を取り、カナエがお茶を全員に行き渡らせて誠の隣に腰を下ろした。

 

「おい俺はいらねェぞ」

「あら不死川くん。私が淹れた茶は飲めないということかしら?」

「……チッ」

「言葉だけで抑えた……」

「? 不死川くんは結構聞き分けいい人よ?」

「え、お前本当に不死川か?」

「喧嘩売ってんのかテメェ。売ってるよな。表出やがれ」

 

 実弥が立ち上がるために膝を立てたところで、カナエが手を二回叩く。それだけで実弥は上げかけた腰を下ろし、その後に誠はカナエに頬を抓られた。結構力を込められていてだいぶ痛みが強い。

 

「一緒にお茶するくらい大人しくできないのかしら」

「喧嘩っ早い性格が悪いと思う」

「誠もわざとそう言うのやめようね?」

「はい」

 

 真菰にも注意されて反省。その様子にやれやれとしのぶは首を振り、アオイは居心地悪そうに息を詰めていた。実弥に近い位置にいるのも原因か。

 

「なんで不死川が来てるんだよ」

「柱稽古のためよ」

「柱稽古?」

「柱同士で手合わせをするの。実践に近い形でできるし、お互いに研鑽を積めるから貴重なのよね」

「へ~」

「真剣は危ないから木刀で行っているわ」

 

 木刀も木刀で危ない気はするのだが、その辺りも柱であれば問題ないのだろう。基本的にお互いの木刀が折れたり、決まる時は寸止めだったりするのだから。

 柱稽古の説明が終わると、実弥が獰猛な笑みを浮かべて誠を見やる。

 

「テメェもやるかァ?」

「泰富さんはまだ駄目よ。体が治りきってないもの」

「そういうわけだ。やるなら俺が復帰してからだな」

「ハッ、内側から壊れるような戦い方するテメェとじゃ、得られるもんも少ないだろうな」

「! 分かるのか」

 

 実弥は当然だと吐き捨てるように言いながら、お菓子を口に運ぶ。実弥が言うには、誠の呼吸を見ていれば分かるとのこと。微かな差異しか見えないが、万全な状態よりも呼吸が浅いのだと言う。体の内側が弱っており、その回復に全力が注がれている。その分、呼吸は最低限だけのものになり、普段よりも浅くなるのだ。

 

「そっちのチビも見て分かってるんだろうけどな」

「カナヲが?」

「そうなのカナヲ?」

 

 視線がカナヲに集まる。ラムネを両手で握っているカナヲは、質問したカナエの方を見つめてから誠に視線を移して頷いた。

 

「そいつ、良い目してやがるぜ」

「そうだとは思ってたけど、ここまでなのか」

「カナヲちゃんは凄いね~」

 

 真菰がカナヲの頭を撫でて愛でる。カナヲは目を細め、心地よさそうにそれを受け入れた。カナヲの目がある種特別なものだとは、誰もが気づいていた。それがどういう目なのかは分からないが、今回のことで少しだけ分かるものもあった。とはいえ、それでどうこうという話はしない。実弥もそこは察し、カナヲについてそれ以上は口にしなかった。

 

「はいカナヲ。あ~ん」

「あーん……。美味しいです」

「だよね~」

 

 金平糖をカナヲの口に入れ、真菰自身も自分の口に入れる。真菰は金平糖を気に入ったようで、先程からそればかり食べている。誠が食べようと手を伸ばすとパシっと軽く叩かれた。

 

「なんで!?」

「これ私の」

「えー……、買ってきたの俺なんだが……」

「あはは、うそうそ。食べていいよ」

「ありがとう」

 

 真菰から金平糖を受け取って口に入れる。固くもすぐに砕け散る食感。口内に広がる甘味。癖になりそうだが、糖分過多には気をつけないといけない。

 

「……なんだこの吐き気のする茶番はァ」

「不死川さん。よくあることなので気にしないでください」

 

 顔を顰める実弥に助言を入れるしのぶ。二人はお茶で口の中を濁し、目先で繰り広げられる光景を相殺する。

 そうして過ごしていると、新たに一人来客者が現れた。アオイが出迎えて皆のいる場まで案内すると、実弥が一瞬で機嫌を悪くして歯ぎしりを始めた。カナエはそれを諌めつつ、来訪者を歓迎する。

 

「いらっしゃい冨岡くん」

「義勇久しぶりだね。元気そうでよかった」

「そっちこそ」

「うん。全然顔を出してくれないし、手紙もくれないしでどうしようかと思っちゃったりしたけどね~」

「……」

 

 カナヲとはまた違った様子で、何を考えているのかさっぱり読めない顔をする義勇。真菰はそんな義勇を、相変わらずだなと微笑みながら座る様に促した。空いている場所に座り、ちょうどしのぶの正面となる。初対面なのにしのぶから厳しい目で見つめられ、心当たりがなくて義勇は内心困る。

 

「そういえば水柱になったんだってね。おめでとう」

「別に、大したことはしていない」

 

 その言葉に実弥が苛つくも、口を挟ませることなく真菰が義勇と会話を続けた。

 

「今でも口下手なんだね。言葉が足りてないよ」

「……本当なら、真菰の方がいい」

「あはは、買い被り過ぎだね。私はその器じゃないよ。義勇の方が適任」

 

 義勇の言いたいことは全然分からない。周りの誰一人として、義勇が発言してすぐにその言葉の真意を把握できていない。しばらく考えて、ようやく憶測を立てられるくらいだ。そんな中で、真菰だけはすぐに義勇の言い分を汲み取って言葉を返している。会話が円滑に進んでいるようにすら感じる。錯覚だが。

 

「そういえば義勇。友達できた?」

「……」

「あ?」

 

 黙って実弥の方に目を向ける義勇。実弥は血管を浮き上がらせるほどに苛ついて睨み返した。

 

「できた」

「ブッ殺すぞ冨岡ァァ!!」

 

 何をどう解釈すればその結論に到れるのか。義勇の思考が全然読めないのだが、カナエは今にも斬りかかりそうな実弥を押し留めた。先に動こうとした誠を制してもいる。この場での力関係がはっきりと分かった瞬間だった。

 

「あはははは、義勇も苦労してるんだね。でも、焦っちゃ駄目だよ?」

「わかってる」

「それならいいけど。あ、柱ってことは、ここみたいな屋敷に住んでるのかな?」

「屋敷ではない。無駄が多い」

「それもそうだね。じゃあ最初の所から移動してないのかな?」

「家は移した。最初の場所は罠が多くしかけられていた」

「罠?」

 

 どこか既視感を覚える。誠としのぶはカナエに視線を移し、二人の様子に合わせて他の面々も次第にカナエへと視線を集めた。カナエは指を顎に当てて天井を見上げ、困ったように頬に手を当てながら苦笑いした。

 

「ごめんなさい。外すの忘れてたわ」

「姉さん……!」

「あれ本当に冗談抜きで酷いからな? 早く全部外してこい」

「明日そうさせてもらうわね」

 

 会話の流れでカナエが犯人なのだと全員が理解する。義勇と実弥は一瞬驚いた様子だったが、すぐにその表情を引っ込めていた。現柱たちの共通認識の一つなのだが、『胡蝶カナエを敵に回すな』というものがあるせいだ。

 柱の中に序列は存在しないのだが、暗黙の了解として柱の歴が最も長い悲鳴嶼行冥が筆頭のような立ち位置になっている。その行冥ですら、怒ったカナエには謝り倒していたというエピソードがあったりする。天元はその様子を楽しんで見ていたが、他の柱たちには強烈にその光景が脳内に焼き付いていた。

 

「カナエも抜けてるところあるんだね」

「私の落ち度だけど、諸悪の根源は別なのよね」

「どうせ誠でしょ」

「当たってるけど、その認識は何なのさ……」

 

 妙な信頼感を持たれても困る。ここは一つ真菰に問い詰めねばと誠が思っていると、アオイが話の機動を戻した。カオスな空間が終わってほしいのである。

 

「水柱様は、どういったご用件で来られたのですか?」

「……花柱に頼みがある」

「私?」

 

 カナエの方へと義勇が向き直り、カナエもそれに向き合うように座り直した。腰を上げていた他の面々も、二人を見守る形で座り直す。そうして見ていると、義勇がカナエに頭を下げた。

 

「胡蝶しのぶを私にください」

「は?」

 

 しのぶが声を漏らす。カナエは目を丸くして驚き、他の皆もそれぞれに驚いていた。カナヲですら目を見開き、唯一義勇の真意を理解した真菰だけが、口を閉じて可笑しそうに笑う。

 カナエもしのぶも義勇の言いたいことを汲み取れなかった。だからカナエは、義勇の言葉を文面通りの意味として受け取ることにした。

 

「いいわよ。しのぶを大切にしてちょうだい」

「ちょっと姉さん!!」

 

 しのぶの悲痛な叫びが屋敷内に響き渡るのだった。

 

 





 体調がよろしくないので、次の更新遅れるかもしれないです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。