月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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 間に合いました。追い込まれたらできるもんですね。


4話

 

 ひとしきり笑い終えた真菰が、混沌と化した場に説明を始める。義勇が言ってるのは、しのぶを嫁に貰いに来たという意味ではないのだと。

 

「義勇が言いたいのは、次の任務でしのぶの力を借りたいってこと」

「そういう……」

 

 しのぶの顔から表情が消える。騒ぎ立てていたことが急に恥ずかしくなり、誤解を招く言い方をした義勇に怒りを覚えているのだ。周りの人の感情に疎い義勇はそれに気付かず、カナエにお礼を言ってしのぶに出立を促す。

 

「この……!」 

「ほらほらしのぶ笑って~。最近しのぶの笑顔が少ない気がするわ~」

「これで笑えるわけないでしょ!」

「でも任務は頑張ってきてね。しのぶの力が必要なのって、ある種特異なことだと思うの」

「……はぁー。分かったわ」

 

 成り行きか、そういう指令がない限り柱同士での共同任務はない。柱は一人一人が貴重な戦力で、一箇所に固める事が得策ではないからだ。そもそも一人で任務に向かわないことも非常に珍しい。さらには義勇がお願いに来てる時点で、義勇を知る人からすれば異常だ。真菰が笑い過ぎたのもそのせい。

 それでも義勇はしのぶの力が必要だと判断した。しのぶの毒か、はたまた医療の知識か。もしくは単純に能力の高い隊員を探してのことなのか。

 何にせよ、カナエの継子であるしのぶを連れ出すには、カナエの許可が必要となる。そのために屋敷へ訪れ、カナエの許可も取ることができた。

 

「義勇」

「……?」

「気をつけてね」

「了解した」

 

 しのぶの準備を玄関で待つようで、真菰もそこまで見送ることにした。現状、鬼の数は激減しており、従って鬼の出没情報も滅多に入ってこない。隊士の大半が自己鍛錬に精を出している状況で、義勇に司令が出た。心配するには十分な理由だ。そこまでは分かってない。ただの挨拶程度に思っているようにも見える。それもまた義勇の"らしさ"かもしれない。

 真菰の懸念はカナエも思っていたようで、しのぶにその話をしながら玄関へとやってくる。義勇は反応の薄さのせいで分かりにくいが、しのぶははっきりと反応を返してくれる。心配は拭えないが、カナエはしのぶを信じることができた。

 

「それでは姉さん。行ってきます」

「行ってらっしゃい。冨岡くんも気をつけて」

「義勇。しのぶに迷惑かけないようにね」

「迷惑なんてかけない」

「だといいね」

 

 任務の成果自体にはあまり心配していない。義勇は柱になってからの日が浅いとはいえ、その実力は間違いないものだ。同行するしのぶも、カナエの継子として研鑽を積んでいる。状況判断も的確にできるだろう。

 

「俺は帰らせてもらうぜ」

「不死川くんまたね~」

 

 その後実弥も早々に屋敷を出ていった。

 

 それから数日。しのぶは無事に任務を達成して帰ってきたのだが、分かりやすいほどに不満を抱えて帰ってきた。

 

「姉さん! あの人全ッ然駄目だわ!!」

「なんか既視感あるな」

「あの人泰富さんより駄目よ! 致命的だわ!」

「俺を基準にするな」

 

 カナヲと花札に興じつつ、隣で不満を爆発させるしのぶにツッコむ。しのぶはそれを聞く気はなく、カナエに義勇の何が駄目とか、任務の時にどうとか詳細に話していく。あまりにも事細かに話せているあたり、任務中のほとんどを苛ついていたのではないだろうか。

 そんなしのぶの講義を、カナエは楽しそうに笑いながら聞いていた。いったい何が面白いんだと、しのぶがさらに怒りそうな反応だ。真菰は何故かその話で嬉しそうにしている。誠には理解できない反応で、思考を割かれたところでカナヲに負けた。

 

「しのぶは冨岡くんのことちゃんと見てるのね。ねぇ真菰さん」

「うん。そうみたいだね」

「はぁ!? あの人は放っておくと事態をややこしくするから目を離せないってだけよ!」

「でも、本当に嫌ならしのぶはもっと怒ってるわ」

「何言ってるのよ……。姉さんが言ってること、わけが訳が分からないわ」

 

 予想していなかった話の流れに、そっぽを向いて口を尖らせるしのぶ。カナエはそんなしのぶを愛らしく思って頭を撫で始めた。これで機嫌を戻したら子どもっぽいなんて思いつつ、それでも最愛の姉にそうされるのは嬉しい。不満は最後まで言い切ってはいるのだ。あとは、"義勇はそういう奴なんだ"と受け入れて、今回のを水に流す。

 

「ねぇしのぶ。冨岡くんの良かったところもあったでしょ? お館様に柱に任命されてるのだもの。そういう一面もあったはずだわ」

「……なくはなかったけど」

「ふふっ、そこも聞かせて?」

 

 カナエは義勇のことを全く知らない。真菰がよく知っているだけで、真菰も聞かれない限り話さないし、必要以上に話すこともない。だから、カナエが手に入れてる情報を二分すると、今のところ義勇の悪い面ばかりが集まっていることになる。だから、しのぶが見て取れた義勇の良い面を聞いているのだ。

 ぽつりぽつりとしのぶが話していく。しのぶの胸中は少し複雑なようで、分かっているものの、話すために声を絞り出している。そんな状態だ。それを急かすことなく、相槌を打ちながら聞いていった。

 

「ほら、やっぱりしのぶは冨岡くんのことをよく見てるじゃない」

「……別に、一緒に動く人のことを知ろうとするのは当たり前でしょ。じゃないと動きにくいもの」

「そうね。しのぶのそういうところ、私は好きだわ。だって、しのぶの優しさがよく出てるんだもの」

「そういうのじゃ……ないわよ……」

 

 照れ臭そうにカナエの胸に顔を埋める。カナエはここぞとばかりにしのぶを褒めていき、追い打ちをかけていった。すぐさましのぶが顔を上げ、カナエの口を塞ごうと抵抗を始める。その頬は赤く染まっており、相当恥ずかしかったことが伺えた。

 

「ただいま戻りました」

「アオイおかえり~」

「……あれは何をされてるのですか?」

「姉妹で戯れてるだけだから気にしなくていいよ」

「そうですか。しのぶ様も楽しそうですし、気にしないことにします」

 

 買い物を終えたアオイが帰宅し、片付けを真菰が手伝う。誠も手伝おうとしたのだが、二人いれば十分ということでお役ごめんに。カナヲと二人で胡蝶姉妹の戯れを眺める。

 

「誠、夏祭りあるんだって! みんなで行こう?」

 

 目をキラキラ輝かせながら戻ってきた真菰に視線が集まる。カナエとしのぶも手を止めた。真菰に遅れてアオイも戻ってくる。アオイの息が上がっているのは、真菰が話を聞いてすぐにこっちに来たせいだろう。それでも片付けはちゃんと終わっている。

 

「だってよ。どうする?」

「いいんじゃないかしら。そういう催し事に行けるのもあまりないことなのだし」

「じゃあ決まりだな。カナヲも行くぞ」

 

 カナヲがこくりと頷き、全員参加が決まる。カナエが乗り気の時点でしのぶとアオイに選択肢などない。行くならおめかしをしなければとカナエが慌ただしく動き出す。屋敷内でするのではなく、以前、季節外れの祭りの際に訪れた店でおめかしをする。アオイと真菰はその店のことを知らないが、カナエのお墨付きということで期待に胸を膨らませる。

 

「……思ってはいたが、改めてこうして全員で出かけると男女比が凄いことになってるな」

「え、今さら何言ってるの?」

「今までは全員揃うのが屋敷内だけだったから言わなかっただけだぞ」

「呆れた~。ねぇカナエ?」

「そうね。私はみんなのこと家族同然だと思っているのに」

 

 前を歩くカナエが、視線だけ後ろに寄こして言ってのける。しのぶは無反応だったが、特に反応をしないということは、カナエの考えに異論がないということ。何だかんだ言いつつ、誠を受け入れてるのだ。アオイは喜びが感極まって幸せの絶頂にいるような顔をしていた。

 蝶屋敷は全ての孤児を受け入れているわけじゃない。そもそも出会うことがなければ引き取られないし、他に行く宛があるのなら留めることもしない。誠がいない2年の間でも、そういうことはしばしばあった。ただ、受け容れてしまえば家族同然に接する。その言葉に偽りなどなく、カナエの優しさはアオイにもカナヲにも行き届いている。だからこそ、二人もカナエやしのぶのことを慕っている。

 

 背伸びせず、当然のように言える。その言葉の信憑性は疑いようがない。そう思わせられるところに、胡蝶カナエという人間の器の大きさが表されている。

 

「カナエは凄いね~」

「? そうかしら?」

 

 自分の凄さなど実感が得られにくい。優しさなど特に測りようなどない。カナエは「もしかしたら他の人より優しいのかも」程度にしか思っていない。それも、周りから言われるから、そうなのかなと思っているだけだ。

 

(カナエには敵わないや)

 

 ある意味母性が溢れている。人を包み込み、受け止める優しさ。相手の視線に合わせて、時に助言して、時に背中を押して、時に手を差し伸べる。底無しの優しさが、カナエの強さの裏付けとなる。人としての強さ。それは転じて魅力となる。しのぶ曰く、周りの男たちの気を引いたという話も嘘じゃない。同性でも憧れる強さ。異性を惹かせる魅力。才色兼備という言葉が、これほど当て嵌まる人間を他に知らない。

 だからこそ、人として異常な心となってしまった誠でも、カナエの存在が大きくなる。

 

「悔しいな……」

「何が?」

「ううん。こっちの話。お店ってあれ?」

「え、あぁ。あれだぞ」

「いろんなのありそうだね。決めるのに時間かかっちゃうかも」

「いいんじゃないか? 決めれるまで悩めば」

「そう? ならお言葉に甘えて」

 

 カナヲの手を引き、カナエたちと店の中に入っていく真菰。その後ろ姿を見て、真菰に何か隠されてそうだなと誠は頭を悩ませた。真菰が何かを感じ、何か後ろ暗い気持ちになっていたことには気づけた。だが、それが何かは皆目検討がつかない。後で機を見て話をするしかない。

 そう決めたとしても、気がかりは残り続けるもの。それについて考えていると、急に後ろから背中を叩かれた。強烈な叩きに誠は大きく咽る。まだ体が治りきっていないのだから当然だ。

 

「ん? ワリィワリィ。まだ治ってないのか」

「……えっと、どちら様?」

「宇髄天元様だ!」

「……え?」

「分かりやすく言ってやろう。音柱だぜ!」

「! そうでしたか。それで、その宇髄さんが何用でこんなところへ?」

「それは俺が祭りの神だからだ!」

 

 会話という会話が成り立っていない。噛み合いそうでなかなか噛み合わない。それは天元がわざとそうしているからで、挨拶代わりのようなものだ。誠に話しかけたのは気まぐれではない。探していたわけではないが、見つけたのなら話をしておこうと考えてのことだ。

 

「目覚ましてるなら教えろよな」

「連絡手段知りませんよ」

「鴉に適当に任せりゃできるだろ」

「……あー。でもお館様は知ってますし、問題ないでしょ」

「俺はお前と話すことがあるってことだよ!!」

「首締まってます……!」

 

 誠の首に腕を回す天元。その腕にタップして限界を伝え、早めに解放してもらう。天元はわりと気が利く人間だったりするのだ。

 

「影の役割は理解してるか?」

「嶺奇を追うっていうものだと理解してます」

「んー、まぁ大方そうなんだが、重要なのは利永がやっていたことの半分を担うってことだ」

「どういうことですか?」

「あいつは柱だったからな。影なんて役は今回できたわけだが、それで言うなら利永は柱と影をこなしていたことになる。んで、問題は利永が(・・・)やっていたってことだ」

 

 重要なこと、ではなくて問題(・・)と言った。天元の言い間違えなどではない。天元は話を分かりやすくするために、あえてその言葉を選んだのだ。怪訝な顔をする誠に、天元は要点を纏めて説明していく。

 

「お前は乃木利永という人間のことを理解していない」

「……そんなこと」

「あるんだよ。利永がお前に見せていたのは、あくまであいつの一面だ。相棒としてやってきた俺は知ってる。あいつはこの世で一番トンデモねぇ野郎だってな」

 

 影としての役割。それを始めるために、利永は元忍である天元に相談していた。裏の仕事のプロフェッショナル。その天元に、効率のいい情報収集の仕方。諜報活動。情報戦。あらゆることを教わり、自分のものにしていった。その速度、昇華の仕方に、天元は冷や汗をかいた。もし利永が忍として生きたら、そんな想像が脳裏を過ぎったから。

 

「知ってると思うが、あいつは先読みの能力がずば抜けてやがる。大局を見据えるってもんじゃねぇ。予言じみたことだってやってのけた」

「お館様もそう仰ってましたが……本当なんですね」

「あぁ。んでだ、利永は自分自身も盤上の駒として考える。自分を大将とは微塵も考えない」

「大将はお館様だからでしょうか」

「さぁな。あいつが大将を誰として考えてたのか今じゃ分からねぇ。ただな? 相当先のことを見据えられる利永が、ただ上弦の鬼に討たれて終わりだと思うか?」

「っ!!」

 

 ゾッとする話だ。気温が下がったのかと思うほど、誠は背筋が凍った。天元は口を止めない。必要なことを話していく。今話しておくべきだと直感が告げている。

 

「あいつは自分が死ぬことすら想定してる可能性がある。むしろ、利永を知っている俺からすれば、そうとしか考えられない。その利永がお前を影の役割に推薦した。お館様がそれを飲むと読んで」

「……あの人に利用されていると?」

「道を用意させて、その道を歩ませる。その事に何の意味があるのか知らないが、今おそらくは利永の想定通りに動かされてる。……おそらくは、今後もそうする羽目になるんだろうぜ」

「…………あの人が何を置いていったのか知りませんが、鬼を倒し切るのにも必要なことも含まれているはずです。用意された道であろうと、そこを歩むのは俺の選択です」

「へっ、言うじゃねぇか。気に入った! 何かあれば俺を呼べ! 手を貸してやるよ!」

 

 天元に肩に腕を回される。天元は相当機嫌が良くなったようで、大笑いし始めた。その様子に誠もつられて笑みを零す。気さくな天元は心地のいい存在だ。普段その様子が見えなくとも、本質を知れたのは大きかった。

 

「俺も利永の想定通りになるのは面白くなくてな。つっても、あいつの事が嫌いなわけじゃない。あいつの想定を上回る展開でこの戦いを終わらせてぇって話よ」

「いいですね。度肝を抜かせてやりましょう」

「おぅよ! んじゃ、話は済んだし俺は行くぜ」

「えぇ。ありがとうございました」

「っと、一つ助言があるんだった。女を幸せにする自信があるなら、一人に拘らなくてもいいんだぜ?」

 

 音もなく姿を消す天元に驚くこともない。あの利永の相方を努めていたと聞いていれば当然だ。その天元から聞かされた話は、なんとも重たい話だった。輝哉から聞いた話も、今聞いた話によって信憑性が増していく。本当にそうなるのだろうと信じ込まされる。だが、あくまでもその話を頭の片隅に留める程度にする。そうしなければ、その話に縛られてしまうから。

 それはそれとして、天元の最後の言葉には驚かされた。誠の事情など知らないはずなのに、的確に助言だけして帰ったのだから。とはいえ、それが正しいのかは話が別だ。嫁が三人いる天元だからこそ言えることだ。

 

「誠お待たせ~!」

「ん? あぁ……ぇ……」

「えへへ、どう? 似合ってる?」

 

 誠に見せるように、真菰は目の前でくるっと一回転した。いつもは動きやすさ重視なのだが、今回はおめかしということで華やかさ重視である。普段の明るい色の服とは打って変わり、今回は黒い生地の着物だ。その生地には青い花が描かれており、真菰が付ける狐の面とも合っていた。

 

「誠? もしかして似合ってなかった?」

「え、いや違う! その……本当に綺麗だから、見惚れてた」

「……ぷっ、あはははは! よかった~!」

 

 心底嬉しそうに笑う真菰の姿は、誠の脳裏に焼きついた。その姿に魅了される反面、空元気だと分かってしまって痛々しくも思う。誠は真菰の笑顔が好きだが、この笑顔には複雑な思いになってしまう。

 

「他のみんなは?」

「もう来るよ」

「お待たせしちゃってごめんね」

「これくらいいいさ。みんなよく似合ってるな」

「ふふっ、ありがとう。悩んで決めたかいがあったわ」

 

 着替えも済ませ、代金をお婆さんに払って店を後にする。祭りともなれば他にもお洒落をする人たちが多く、町の風景が様変わりしていた。店の前で叩き売りしていたり、普段は売っていないものを販売したりと賑やかな状態だ。

 

「お祭りって凄いね~! 実は私こういうの初めてなんだ~」

「そうなのですか?」

「うん。アオイは?」

「私は鬼殺隊に入る前に何度か」

「じゃあ案内して!」

「ちょっ、案内しますから引っ張らないでください!」

 

 祭りにはしゃぐ真菰にアオイが連行されていく。人の数も多く、見失わないか心配だ。真菰もアオイもしっかりしているから、大丈夫だと思いたいのだが、変な人に絡まれないだろうかと誠はヒヤヒヤする。

 

「最後は花火だし、場所はあそこ(・・・)でいいのよね?」

「そうなんだが、あの二人はその場所知らないし……」

「私が二人の側にいるようにするから。カナヲも行くわよ」

「はい」

 

 しのぶがカナヲの手を引いて、真菰たちが向かった方へと歩き出す。人が多いとはいえ、人混みで姿が見えなくなるほどではない。しのぶとカナヲが合流できるのなら、もし逸れても問題ないだろう。二人きりではないのだし、絡まれる心配も薄れる。しのぶが度胸の座った子であることも、心配が薄れる要因だ。もっとも、事態がややこしくなる可能性が増えてもいるのだが。

 

「纏まって行動するのが一番安心なんだがな」

「そうですけど、泰富さん。少し付き合ってもらってもいいですか?」

「向こうは……合流できてるな。どこか行きたい場所でもあるのか?」

「はい。ちょっと移動しますけど」

「それくらい構わないぞ」

「ありがとうございます」

 

 カナエの先導で移動していく。人の多い通りから横にそれ、さらに人がいる場所から遠のいていく。町の側で流れている川があり、カナエはそこまで誠を連れ出した。穏やかな川では蛍が飛び回り、夜の闇を幻想的な光景へと変えていた。

 

「人に聞かれたくない話か?」

「そうね。できればこうして二人で落ち着ける場所がよかったから」

「……そういうことか」

「ふふっ、もうバレちゃったかしら?」

「気づけないとでも?」

「それもそうね。私も隠すつもりなかったし、分かりやすいわよね」

 

 川の近くを飛び回る蛍を見ていたカナエは、ゆっくりと誠の方へと振り返る。幻想的な光景の中に佇むカナエの姿は、誠の脳裏に強く焼き付く。それと同時に天元に言われたことが脳裏を過ぎる。

 

「私は誠さん(・・・)のことが好き。すぐに無茶しちゃう困った人で、放っておいたら壊れてしまいそうな危なっかしい人だけど、ひたむきに頑張って、人のために頑張れて、私たちを大切にしてくれる誠さんが好き。……あはは、言ったら緊張が解けちゃった……」

 

 カナエの瞳から涙が溢れ出す。誠が見たくない姿だ。そうさせてしまうことに胸が痛む。カナエも自分の想いを吐露したことで、胸が強く締め付けられた。これは叶わぬものだから。誠は、いつも真菰を気にかけていると知っているから。

 

「ごめんなさい。泣いてるところ……見せちゃって……」

 

 涙を何度拭っても、次から次へと溢れ出して来る。悲しみが、苦しみが胸に何度も何度も突き刺さる。

 そんなカナエを誠はそっと抱き締めた。腕の中で体を硬直させたカナエは、首を横に振るう。そんな事をしてはいけないのだと。哀れんでほしくなくて、優しくしてほしくなくて。求めているのは拒絶の言葉。この初めての気持ちを、この願いを諦めさせてくれる言葉。

 

「不安にさせてごめん。俺もカナエのこと、好きだ」

「っ……! なに、言って……」

「最低だと罵ってくれても構わない。失望されてもいい。でも、俺はカナエのことが好きだ」

「……まこも、さんはっ……」

「だから、俺はきっと最低なんだろうな。真菰もカナエも好きで、二人と一緒にいたいって思ってるんだから。……それでも、俺は二人が大切で、どっちも失いたくないんだ」

「よくばり……」

「だな」

 

 カナエを抱き締める力が強まる。カナエも体に入っていた力を緩め、誠に身を預けた。自分は思っていた以上に馬鹿なのかもしれない。あまり褒められたことではないことをしようとしてる男の人を、それでも好きだと思ってしまうのだから。とはいえ、後悔なんてしない。自分の幸せには、この人が必要なのだと確信している。

 

「私を寂しくさせないでね」

「必ず」

「うん」

 

 そっと唇を重ねる。

 

 夜空を花が彩り、蛍が祝うように飛び回る。空に浮かぶ月が道の先を照らしていた。


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